[133]第11話 韓国のあったかな家庭の秘密


発行日:2009/05/16
タイトル:第11話 韓国のあったかな家庭の秘密
シリーズ名:やさしい正座入門学
シリーズ番号:11

分類:電子書籍
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
販売価格:100円

著者:そうな
イラスト:あんやす

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本文

 春は爽やかな季節だが、同時に抗えないまどろみに襲われる季節……。ここはキリッと辛いキムチ鍋なんかを食べて、ぐうたら気分にパンチを食らわせるのも効果的かもしれない!
 ということで、今回も韓国について語ろうと思う。やはり、私は韓国というとキムチや香辛料が真っ先に浮かぶ。一般的には何が浮かぶのだろうか……。私は食いしん坊なので、どうしても食べ物が先に浮かんでしまうようである。『やさしい正座入門学』の9話目に「片膝立て」の座法と「伝統的な衣服」の話を書いたので、今回はその住まい周辺の話を書かせてもらおうと思う。この記事を読み終えた頃、あなたの中の「正座」の概念に変化が起きるかも知れない!

 人間は、環境や住まいによって衣服や食べ物が変わってくる。ならば、この立て膝の場合も、立て膝にあった床(環境)があるはず……と思い調べたら、学校の教科書やテレビ等で耳にしたことがあると思われる《オンドル》がこの件に該当した。「温突」と書いて、オンドルと読む。そういえば以前、友人の韓国人の母に話しを伺った時にオンドルの事を聞いた時に、こう教えてくれた。
友人の母「韓国の家庭では、今でも床がオンドルの所が多いんです」
 そう聞くと、「オンドルは歴史上の古いもの(設備)だ」と思っていた辺り、驚いてしまう。(私だけだろうか? 学校の教科書で習った歴史は、全て昔の事だと思ってしまう感覚がある。昔は昔でも、もっと遠い「昔の人はね……」のような《昔》である。)
 と、私の昔語りは置いておいて、ここでちょっとオンドルの絵を描いてみた。オンドルはこのような構造になっている。
(オンドルの構造図) 温める部屋(温突房)の床を二重にして、この床下に煙の通り道を作る。そこに、温かい空気を送り込んで床を暖めるのだそうだ。なるほど、書いて字の通り、「温める突」だ。
友人の母「今で言う、《床暖房》よね。床暖房って、ここからきてると思うの」
 そう言われてみると、確かにこれは床暖房の構造である。私にとって床暖房といえばフローリングのイメージがあるからか、イギリス・アメリカ辺りが発生の地だと勝手に思い込んでいた。それは先入観かもしれない……?
 更に調べていくと、床暖房の歴史に興味深い事柄が顔を覗かせた。床暖房設備の知恵の一つに、古代ローマ帝国が大浴場を作り、温泉を街にひいていたという歴史があるのだ。その技術があれば、同じ路を利用して床暖房のシステムもできるだろう。いや、実際にそうしていたという仮説もあるようだ。そう考えていくと、床暖房がどこで発生したかは定かではなくなってくる。
 しかし、韓国のオンドル構造も昨今の床暖房の発展に一役かっている事も事実であろう。
 床暖房……どうやら、色々な所でこの設備はあみ出されてきているようである。色んな国で、色んな時代で、誰もが床に寝そべりながらこう考えてきたのだろうか。「あぁ、この床が温かかったらいいのになぁ……」と。
 また、他にもオンドルの家に対してはもっと沢山の構造の工夫があるようだ。例えば、韓国の冬の気候は厳しく、雪は降らなくてもマイナス20度になったりするらしいのだ。そんな気候に備えてオンドルで温めた暖気を逃がさないために、部屋の入り口も窓も全て小さくするなどの工夫があるらしい。ちなみにこれは、梅雨時の湿気に弱く、窓を大きくとって通気しようとする日本とは逆の作りになっている。
 そうなってくると、住む人の衣服に関してもまた違いが出てくる。寒さに対して女性のチマ(スカート部)は足首まで長く延ばし、男性のパジ(スボン部)は下端を紐で結ぶ。
 これもしっかり意味があり、下から寒気が忍び込まないようにとの配慮となっているそうだ。日本の和服は裾を開け放しているので、こちらもやはり対照的である。その国の風土が文化や風俗に及ぼす影響は大きいのだ。気候の変化によって、衣食住が変わり、結果国のカラーにも影響が出てくるようにも見える。

 今まで私は日本の和服に対して、「歩きやすさ」や正座などの立ち座りが「楽」に出来るようにという事くらいにしか印象をもっていなかった。しかし、日本独自の環境に対してのデザインも取り入れられていたデザインだという事に、今更ながら深くうなづいてしまう。もしかしたら、自国に住んでいるからこそ見えにくい視点なのかもしれない。その時代に生きていた人たちの知恵が未来に進みながらどんどん上書きされ、文化が築き上げられる。無駄をそぎ落としながら幾度となく形を変え、ここまでシンプルにスタイリッシュに作られてきたのだ。そう思うと、今の日本や韓国の衣装や住まいにも感慨深いものが込み上げてくる。《築き上げられた文化》は、《宝物》だ。そして、その利便性を当たり前のように使える事は、なんという贅沢なのだろうか。
 さて、感慨深い気持ちはひとまず置いておいて話しを戻す。友人の母によると、床がオンドルであるために、韓国流の座り方は立て膝になったのだそうだ。床が温かい→座る→でも固い→立て膝。ザックリまとめると、こんな感じだろうか。うーん、ちょっとザックリしすぎたかもしれない……。
 さて、雑談をした時の回想なのだが、今でも大半の床がオンドルだと言われたが、オンドルがまだ歴史上の古いモノだと思っていた私は、ストレートにこう切り出してみた。
「今でも、韓国でオンドルを使っている家は沢山あるのですか?」
友人の母「えぇ、あるわよ。私の実家もオンドルなの」
友人「え! うそ、あったっけ?」
 これには、友人がビックリしたらしい。あらまあ、なんという展開でしょう。自分の家の新事実です。しかし図に描いたようにオンドルは独特な造りをしているようであるから、「あったっけ?」というくらいに忘れてしまうのは少々気になる。ちなみに、オンドルがついている家とない家が存在するらしいが、これは日本の畳のある家庭と無い家庭があるという感覚に似ている気がした。
 更に話しを続けていく。
「やっぱり、立て膝で床に座るのですか?」
友人の母「そうよ。あと、うちはビニールをひいてあるわ」
私・友人「ビニール!?」
 これには二人とも驚いた。今思えば、これが日本に住んでいる者の「ビニール」と聞いた時の感覚なのだろうか。当初の私の感覚では、ビニールと聞いて、買い物をした時にもらう袋を想像してしまっていた。そして、想像は瞬時に珍妙で滑稽な世界を作り出してしまった。
 例えばこうだ。それは、ある寒い日だった。オンドルがついている村で一番偉い人の家で、集会は開催された。その場は威厳に満ちており、主催者は客が一人来るたび「どうぞ」と言って当たり前のようにスーパーのビニール袋を手渡す。客は、それをカサカサさせながら器用に床に広げ、ズレないように慎重に座る。しかし、少し動くたびに袋はズレてしまうので、うかつに動いてはならない。もしうかつに動くと、袋がズレて隣の人が席を立った拍子にフワリフワリと飛ばされてしまい、部屋の片隅で寂しそうにカサカサしているなんて事になりかねないからだ。
 そうなってしまったら、まだビニールの上に座れているものと思い込んでいた当人は、仲間の目線から自分の油断を察し、渋い顔でこう言わなければならないのである。
「袋(ビニール)もう一枚ください」
主催者は、「ほらいわんこっちゃない」とばかりの渋い顔をし、「今度はしっかり尻で固定しなさい」ともう一枚手渡す。そして今日もみんな、どこかの立派な家でスーパーのビニール袋を尻に敷き、威厳で空間を満たしているのだ。
 ……なんて、私はそんなしょうもない事を、友人の母に微笑んだままの姿勢で想像してしまっていた。しかし、これではいくらなんでもおかしすぎる。勿論、ビニールとはいっても様々あるから、きっとこんなレジ袋的な扱いではないはずだ。更に掘り下げて「ビニールとは」と尋ねてみると、そこはしっかりと座る用のビニールがあるらしい。やはりそうか。でも、そういう光景を見てみたかったという惜しい気持ちと、見なくて済んだというホッとしたような妙な気持ちが湧きあがる。
 そして、座る用のビニールと聞くと今度はレジャーシートを思い浮かべてしまったが、家の中で「ごはんよ~」などと言いながらレジャーシートを広げる家庭なんて、ほとんど存在しないだろう。解放感があるようで無い光景である上に、そんなレジャーな日常を送っている国ではないはずだという気持ちが否定を勧めてくる。
 後に詳しく聞いてみたところ、「ちょっと名前調べてくるわね」と、友人の母がロイヤルホームセンターまで行ってくれた。そんな身近なところで買えるのか……と小さく驚くと同時に、例のビニールに軽い親近感が芽生えてくるからいけない。返答が来てみると、どうやらそれは《クッションフロアー》という名前で、日本でもよく見かける物だった。多くの家庭では、台所や洗面所などの水周りなどの身近なところに使われていると思う。
【要するに、この床だ!】(自宅風呂場前)
 家全体がこういう床なら、日本の生活とそこまで変わらないように思える。土やオンドルの構造が丸出しというワケでもないだろうから、友人がオンドルが祖母の家にあったかどうか分からなかったのも納得がいく。
 なんだか、ビニールビニールと書いていたら、ビニールが変な文字に見えてきた。なんと、ゲシュタルト崩壊だ。あまりにもビニールが衝撃的だったので、友人や知人に「ビニールと聞いて浮かぶものは?」と聞いたら、ほぼ「スーパーのレジ袋」や「ビニール傘」であった。塩化ビニル等のについて語った人もいたが、やはり床のビニールにはなかなか辿りつかないものだ。ちょっとしたビニールへの意識調査である。

 さて、せっかくの記事にできるチャンスなので、友人に立て膝についてもっと質問してみた。先ほど私は、オンドルのある家で会議……などと突飛な想像の世界を例に挙げた。そのような「正式な場」と、「友人同士のような軽い雰囲気の場」では、男女の立て膝は変わってくるのかという質問だ。何が聞きたいかというと、つまりこういうことだ。日本だと正式な場は正座が多く、友達同士だとお姉さん座りや胡坐、はたまたわけの分からない格好をしている事が多い。そこで、友人に質問してみたのだが、
友人「チマ・チョゴリを着ている時で正式な場所に居る時は、立て膝で座る。友人同士では、立て膝が楽な座り方と思った人は立て膝で座っている」
との事だった。どうやら、韓国の正座(立て膝)は、日本の正座と違って「楽な姿勢」というくくりなのだそうだ。チマ・チョゴリを着るくらい正式な場所では立て膝ということなので、やはり立て膝が韓国の正座ということで間違いないだろう。
 次に、普段着で女性がズボンの時も立て膝なのかどうかも聞いてみた。友人はこう答えてくれた。
友人「日本の正座は、正座が楽な座り方と思う人はジーパン穿いてても、正座するじゃない? それと同じようにズボンを穿いてても立て膝が楽だと思う人は、ズボンでも立て膝するよ」
なるほど、シンプルに返ってきた。日本だと正座が楽だと思う人は少数派だとは思うが(特に長時間)、立て膝には「疲れる」「シビれる」等という概念は全くないようだ。あまり立て膝で過ごしたことがないので、あまりピンとこないがこういうことなのだろうか。ちなみに、男性は立て膝はやらない人が多いらしく、胡坐だったり正座だったりするのだそうだ。韓国では、立て膝は女性的な座り方のようである。
 最後に、韓国ではアメリカみたいに家の中でも靴を履いているのかという質問をしてみた。私がビニールのアンケートをとっていた別の友人から、「家の中にビニールを敷いてあるという事は、家の中では土足なのかな?」と疑問に思い聞かれたようだ。思わぬところで、波紋が広がってしまった。
友人「家の中では靴は履きません。そこは日本と同じで、玄関もあります!」

 ここまで韓国の正座(立て膝)を調べて、初めは正座じゃなく立て膝だというだけで何か大きな違いがあるように思えていたが、なんてことはない気候等の問題であった。何か物々しいことをしているワケでもなく、座る形は違えど日本の正座も韓国の立て膝も、同じような感覚で、同じような用途に使っているのだなと思った(ただ韓国の立て膝は座りやすいので現在でも若者に馴染まれているようだ)。
 他の国の文化を覗いてみるのは、とても楽しいことなのだと思った。自国の文化の特徴や利便性を見直す視点を得ることもできるし、その国の共通点や異なる部分から風土や気候の深いつながりや工夫も見えてきたりする。韓国といえば日本には無い色の服装や恰好に強烈な印象を受けていたこともあったが、結局、風土によって形が変わっただけで、「正座」等の本質は同じようなものなのだなぁと、しみじみ思うと同時に、もっと他の国の「正座」についても調べてみたいと思うのであった。

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