[21]正座先生とクリスマス


タイトル:正座先生とクリスマス
分類:電子書籍
発売日:2017/06/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:68
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みの

内容
リコは『正座先生』ナナミの教えにより正座をマスターし、茶道部部長に就任した高校2年生。
部員たちと力を合わせ『秋の部活動週間』で、茶道部の楽しさをアピールするのに成功したリコだが、さらなる部員獲得のため、今後どうするべきか悩んでいた。
そんな時、部員のひとりであるジゼルの双子の妹・コゼットが現れる。
茶道部を快く思わないコゼットは、なんとジゼルに部を辞めさせたいと思っているらしい。
悩んだ末、リコがとった行動とは?

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本文

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「そういえば。茶道部にまた入部希望者が来たんだって?」

 十二月半ばのお昼休み。
 二年二組所属のわたし・リコは、友達のユリナとアンズと机を囲み、一緒に教室でお弁当を食べている。
 期末テストも無事に終わり、後はもう終業式を待つのみ。
 そんな平和な冬のひとときだったのだけど……。ユリナの質問は、わたしの背中を『ぎくっ!』と大きく震えあがらせる。

「良かったよな! なんか最近。すげぇ部員が増えたらしいじゃん?
 ホッとしたよー。
 『このままだと茶道部が危ねぇから、あたしらが入部するしかないか?』
 って話してたもんな。アンズ」
「ええ。どうやらその必要はなくなったようで何よりです。
 リコは本当に頑張ってらしたから。
 この度無事に成果が出て、わたくしたちも一安心しております」
「あっはっは。ホント良かったぜ!」

 そんな風にユリナは、まるで自分のことのように、大きな声で笑ってくれるけれど。
 そんな風にアンズは、にっこりと優しくほほ笑んでくれるけれど……。
 肝心のわたしの顔は、この通り引きつっていたりする。
 ユリナの言う通り、わたしの所属する茶道部は、つい最近まで部員がほとんどおらず、この高校で最も存続が危ぶまれていた部だ。
 だからアンズの言う通り、今はようやく部員が増えて一安心。
 といえる。
 と、いえる、はずだったんだけど……。

「でもねえ……」

 『この問題』を大切な友達の二人にはもう秘密にしておけず、もごもごと切り出すと。
 グイッ、とアンズがわたしの顔をのぞき込む。

「えっ? まだなんか心配事があるのかよ?
 ようやく安泰……なんじゃねえの?」

 一年生の時から仲良しのユリナは、話し方は男の子っぽいけど、内面はこの通りすごく心配性で繊細。
 女子サッカー部のエースなのに、茶道部の問題にもいつも胸を痛めて。
 これまでに何度も『茶道部がやばくなったら、いつでも入部するからな!』と言ってくれた優しい子だ。

「茶道部は、この前の『秋の部活動週間』を成功させ。
 新入部員が十名以上入部したと伺っております。
 かねてからの懸念事項が解決し……もう問題なく活動できるはずなのでは?」

 対するアンズは、わたしとは同じ中学校出身だったけど、高校二年生になってから仲良くなった。
 アンズは話し方こそのんびりとしているけど、実際は何をするにもきびきびしているアーチェリーの名手。
 全国大会に行くほどの腕前の彼女は、指導もとても上手で。
 他の運動部に比べ初心者の多いアーチェリー部において、顧問の先生並みの活躍をしているらしい。
 少し前まで帰宅部だったわたしは、運動部で活躍する彼女たちにひそかに憧れつつ。
 自分自身は、部活動に縁がないまま高校生活を終えると思っていた。
 そんなわたしが、茶道部部長に就任したのはつい最近のこと。
 茶道の作法はおろか、正座に大の苦手意識があった。
 それを克服したばかりのわたしが部長として活動できているのは、すべて周りのみんなが支えてくれたおかげだ。
 それはどんな時でも決して忘れずにいたいし、だからこそ、どんな小さな成果でもみんなと分け合いたい。
 なので茶道部の現状についても、本来ならとっくに二人へ報告するはずのことだったんだけど。
 でも現実は、一つの問題が解決すれば、また新たな問題が発生するような、いつまでたっても息のつけないもの。
 さあ伝えよう。そう思った矢先に『あの問題』が起きてしまい。
 つい報告を先延ばしにした結果、ユリナの方から質問されてしまったというわけだ。

「そう、部員そのものはね……十二人増で、すごく、増えたんだけど」

 事の次第は、一か月前にさかのぼる。
 今アンズの言った通り、十一月に校内で行われた『秋の部活動週間』において。わたしは当時三年生が引退したばかりで、正規部員が自分一名しかいない茶道部を存続させるべく、様々な活動を行った。
 その中で、当時体験入部という形で手伝ってくれた一年生のジゼルちゃんが正式に入部し、部員は二名となり。
 さらに、わたしの昔からの友人であり、頼れる『正座先生』のナナミが。様々な事情が重なったことで、『秋の部活動週間』の期間中、一時的に茶道部を手伝ってくれ。最終的には剣道部と茶道部の兼部、という形で入部してくれた。
 となれば、部員は兼部を含めて三名。
 これなら、なんとか活動はできるかな? と思っていたところ。
 『秋の部活動週間』で行った様々な活動が実を結び、茶道部には思いがけずたくさんの新入部員がやって来たのだ。
 しかし、その新入部員はみんな……。

「全員、他の部との兼部か、三年生なんだよね……。
 茶道部専門で入部します! 来年度もばっちり活動できます!
 って人は、今回はいなかったんだ」

 この一か月間で新入部員としてやってきてくれたのは、まず剣道部員の皆さん。
 本来剣道部であるナナミが茶道部を手伝うことになり、ナナミの様子を心配して足を運んでくれたのがきっかけで、五名ほど入部された。
 次にやって来たのは三年生。
 すでに進路が決まっていて、時間に余裕があるけど、さすがに今から運動部には入れない。茶道部ならちょうど部員が少なくて困ってるみたいだし、楽しそうだから入部してみようかな。という方が三名。
 後は文化部を多数掛け持ちしていて、新たに茶道もやってみたい。と思っている『タイミングが合えば活動します』というタイプの人。
 つまり『時間があるときに、茶道を体験したい』そう考える人たちが、計十二名入部されたのだ。

「以前リコは、茶道部のことを『一見敷居が高くて、入部しづらいと思われがち。だからそのイメージを取り払って、入部しやすい部にしたい』とおっしゃっていましたね。
 ということは、目標自体は達成できたものの……。
 今度は入部しやすくなりすぎて、これまで『他の部活に入ってるから』という理由で入部できなかった生徒たちばかり、新たに集まってこられた。
 ということかしら?」
「アンズの言う通りだよ。もちろん、とても嬉しいことだし。
 ひとまず、部員が集まらなくて、来年度には廃部かも?
 っていうのも避けられそうで安心してるんだけど。
 専任部員はわたしとジゼルちゃんだけだから。
 二人で頑張らないと、って状況は変わってないんだ」
「じゃあ、当分のリコは、主にそのジゼル、って子と一緒に活動する感じなのか?
 ジゼルってあの子だよな。一年のやたら日本語のうまい、ちびっ子フランス人」
「そうそう。あのすごい元気な子」

 二人だけの正規部員として、わたしの相棒となった一年生のジゼルちゃん。
 彼女は、校内ではちょっとした有名人だ。
 フランス人留学生ということで容姿から目立つのに加え、日本語はとっても堪能。
 さらに、本来フランスの高校に通う予定だったのを、ご両親を無理やり説得してやってきた! というほどの大の日本好きだ。
 ジゼルちゃんは明るく勘が良く。思ったことは、少し言いづらいことでも、きちんと言ってくれる。
 そんな彼女に『秋の部活動週間』では何度も助けられたし、今後はぜひもっと親睦を深めて、先輩と後輩を超えた良い関係を築きたいと思っている。
 お互い茶道については初心者で、茶道部の在籍期間もさほど変わらない。だから、そこを活かして、対等な仲になっていきたいのだ。

「ジゼルちゃんといえばね。
 この前二人で相談して、茶道部でクリスマス会をやることにしたの。
 兼部の方々は、茶道部に参加できる日もバラバラだから、親睦会ってことでね。
 あまり顔を出してない兼部の皆さんも来やすいように、誰でも参加OKにしてるから。ユリナとアンズも、都合がよかったら来てほしいな」
「それは素敵ですね。ぜひとも参加させてください」
「あたしも行きたい! で、いつやるんだ?」
「えっとねえ……」

 連休前の、十二月二十二日だよ。
 ユリナとアンズにそう言おうとしたところで。
 突如、がらり!
 と勢いよく教室の扉が開いた。
 驚いて息をのむわたしたちをよそに。
 扉の向こうから、金髪の小柄な女の子がつかつかと現れ。
 ものすごい勢いでこちらへ歩いてきて……。
 やがてわたしの席の目の前で止まり、大きく息を吸ってこう言った。

「辞めマス」
「えっ!?」

 金髪で、小柄。
 とても堪能だけど、ほんのわずかになまりのある日本語。
 これらの特徴から、わたしは一瞬、そう言ったのがジゼルちゃんと思い真っ青になった。

「いいえ……辞めさせマス」

 しかし、次の瞬間、おかしなことに気づく。
 確かにこの子は、背丈も、顔立ちも、声もジゼルちゃんに本当にそっくりだけど。
 部活動に関して、もしかしたらわたし以上かも。って思うほど意欲的なジゼルちゃんが、急にこんなことを言い出すとは考えにくいし。
 第一昨日だって、放課後クリスマス会の打ち合せ中『あんな話』をしたのだ。
 となると、この子は一体……?

「このコゼット、茶道部なんて……。
 正座なんて、絶対。絶対認めませんカラ!」

 一体、あなたは誰でしょう。
 そう聞く前に、彼女が『ふん!』と鼻を鳴らしながら名乗る。
 認めない。それは強烈なことを言われてしまった。
 ぽかんとするわたしたちをよそに、そこで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。


「本当に……。本っ当に、申し訳ゴザイマセン!」

 それから少々時は過ぎ、今は放課後。
 クリスマス会の準備をするべく集まった茶道部部室で、わたしは本物のジゼルちゃんに、こちらが申し訳なくなるほどにぺこぺこと頭を下げられていた。

「いいよいいよ、ジゼルちゃん。
 わたし、全然怒ってないし。困ってないし。
 ジゼルちゃんが本当に退部するわけじゃないって知って安心したし」

 昼休み、コゼットちゃんはあれから『近いうちに絶対ジゼルを退部させマスから!』とだけ言って去ってしまい。
 それからもう一度姿を現すこともなく放課後になったので。
 わたしはとりあえずジゼルちゃんに『コゼットちゃんとはどういう関係?』と聞くことにした。
 しかし、ジゼルちゃんは『昼休み、コゼットちゃんが二年二組まで殴り込みにやって来た』という噂をすでに聞いていたらしく。
 部室にやってくるなりわたしに平謝りする……。という事態になったのだ。
 そんなジゼルちゃんは、今も『ああ!』と悲痛に叫びながら頭を抱えている。
 抱えながら何度も全身を激しく揺らすので、なんだか音楽にノッている人みたいになってしまっている。

「いいえ、いけまセン!
 今が江戸時代であれば、セップクものデス!
 ワタシの双子の妹がリコセンパイへ無礼をはたらき。
 誠に申し訳ございませんデシタ……」
「ああ、いいよいいよ……」

 この『いいよいいよ』も、もはや何度目だろうか。
 お察しの通り、先ほどからわたしたちはこんな会話を何回も繰り返している。
 というか、たとえ今が江戸時代であっても、絶対切腹はしないでいただきたい。
 何度も繰り返している通り、ジゼルちゃんに非はないのだ。

「ジゼル君には双子の妹がいたんだな。失礼ながら初耳だ」
「私も知りませんでした。一年何組の方なのですか?」

 そこで隣で作業していたアヤカ先輩とナナミが、わたしも聞きたかったことを質問し。
 ムンクの『叫び』のごとくほっぺたに手を当て、ゆらゆらとショックを受け続けているジゼルちゃんもぴたりと止まる。
 ちなみにアヤカ先輩は茶道部をすでに引退された三年生だけど、もう進路が決まっているので、引退前とほぼ変わらず顔を出してくれている。
 なので、今日は剣道部が休みのナナミも含めて、四人で作業していたというわけだ。

「アヤカセンパイとナナミサンが、コゼットのことを知らないのは自然デース。
 あの子、今日一年七組に転校して来たばかりなんデスカラ。
 お昼休み。ワタシが会いに行ったら、もういないカラ……。
 一体何をしているのかと思ったら……ああーッ!」
「いいよいいよジゼルちゃん。
 もう江戸時代と切腹の話はいいからね。
 じゃあ、コゼットちゃんは、転校初日のお昼休みに、わたしのクラスへやってきたってこと?」
「そういうことになりマース。
 ああ……本当に、本当にリコ先輩には謝罪の言葉もございマセーン……。
 今が平安時代であれば」
「ジゼルくん。結局同じ会話の繰り返しになりそうだぞ。
 それにしても。話に聞く限り、コゼット君はずいぶん勝気そうだな?
 二人は容姿こそ非常に似ているようだが、性格は大きく違うようだ」
「ハイ。まさしく、アヤカセンパイのおっしゃる通りなんデース……」

 そう言うと、ジゼルちゃんは『はあ……』と大きなため息をつき、あきれたように目を閉じて。がっくりと肩を落とす。
 もともと感情表現が豊かなジゼルちゃんだけど、ここまで落ち込む姿を見るのはわたしも初めてだ。
 アヤカ先輩とナナミも同じことを思ったのか、おろおろしてしまっている。

「コゼットは本当に気が強い。
 というか……とにかく負けず嫌いなんデス。
 本来コゼットには、留学の予定はナク。
 そもそもワタシの留学に大反対していたのデス。
 『日本なんてキライ! ワタクシからジゼルお姉さまを奪ってしまう!』とまで言っていたんデスヨ?
 にもかかわらず、いざワタシが、留学のため日本語の勉強を始めると……。
 姉のワタシにはできて、妹の自分にはできない……。
 というか、学んでいないことがあるのが不満だったラシク。
 結果……。
 コゼットは『日本なんてキライ』と言い続けたまま。
 なんとワタシよりも日本語がうまくなってしまったのデース。
 しかも、それにとどまらず。ワタシを追って日本にまで来てしまいマシタし……」
「……それはとんでもない負けず嫌いだね」

 嫌っているものを、嫌いなまま、ものすごく上手になってしまう。
 わたしがコゼットちゃんの立場であれば、とてもできなさそうなことだ。
 もしできるとしたら……たとえばやはり、大切な人のために努力して……。という形になると思う。
 だから、コゼットちゃんは、日本は嫌いだけど、ジゼルちゃんのことはおそらく大好きのはずだ。
 そんな彼女が日本に来た理由は、おそらく……。

「つまりコゼットさんは、ジゼルさんを『日本に奪われた』と感じていて。
 取り返そうとしているわけですね?
 それが『茶道部をやめさせたい』発言につながると。
 だからリコ先輩に敵愾心を持っていて、一言いうため、会いに来られたと」
「オソラク。
 コゼットってば。日本文化の中でも、特に正座を嫌ってイテ。
 『正座なんてムダです。
  フランスでは、いつでも椅子に座って生活するのデスから。
  覚えたところでまったく意味がございませんわ』
 って言うほどデスシ……」
「あー……」

 どうやらわたしは、直接出会う前から、コゼットちゃんに相当敵視されていたらしい。
 これまでのわたしの帰宅部人生では、見知らぬ人から、一方的に自分の存在を知られるなんてほとんどないことだった。
 けれど、部長になってからは『茶道部の人』とか、『秋の部活動週間で正座教室を開いていた人』という認識で知られることも増えてきて。それが今回の『会ったことはないけど茶道部部長は敵』というコゼットちゃんの行動につながるのだろう。
 個人的には、今のところコゼットちゃんのことは接した時間が短すぎて『好き』とも『嫌い』とも言えない。
 けれどさすがに『正座は無駄』と言われてしまうと、わたしだって黙ってはいられない。
 しかし、正座にいい印象のない人に、無理やり良さや大切さを語っても、効果は薄い気がするし。かといってこのまま何もしないでいると、また何か起きたとき、ジゼルちゃんが今後こそ切腹してしまうかもしれないし。
 どうしたものか……。そう思っていると、ナナミが口を開いた。

「ジゼルさん。先ほどコゼットさんは、大変な負けず嫌いとおっしゃっていましたが。
 コゼットさんは、正座に挑戦した結果『問題なく正座できるが、無駄だ』と考えた。
 ということでしょうか?」
「オー、ナナミサーン。鋭いデス。そこなのデス。
 コゼットは、正座が苦手なのデス。
 一度ワタシをまねて正座にチャレンジしたところ、失敗したということがありマシテ……。
 そのとき『恥をかかされた。もうやりたくない。そもそも、自分の生活には必要ないのデハ?』と感じてしまったのデショウ。
 普段のコゼットなら、もう少し頑張ると思うのデスガ……。
 当時のコゼットにとっては、正座は日常的に必要なものではなかったばっかりに。
 もう一度チャレンジするよりも、とにかく、否定したい。
 そんな気持ちになってしまったのでショウ。
 それ以来、コゼットは正座と日本がすっかり大嫌いになってしまいマシタ。
 ワタシがどれだけ日本関係の催しに誘っても、絶対来なくなってしまいましたカラ」

 正座にトライしたけど、失敗した。
 そのとき恥ずかしい思いをしたのも手伝い、もう一度チャレンジする勇気が持てなくなってしまった。
 以来、苦手意識を抱いている。
 なんだかそれ、どこかで聞いた話だな……?

「ふむ……。となると、もう一度関心を持ってもらうのは至難の業だな。
 ところで……話の途中で申し訳ないが、セロテープがなくなってしまったようだ。
 飾りつけ用の折り紙も、そろそろ切れそうだし。
 なので私が……」
「あ。じゃあわたし、買い出しに行ってきます!
 ちょっと、個人的にも欲しいものがあるので」

 思わず手を上げ、アヤカ先輩の代わりに買い出しに志願した。
 今の話の通りなら、わたしにとってコゼットちゃんは『自分と考え方がまるで違う、正座嫌いの絶対仲良くなれない人』などではなく。
 むしろ、とても近い存在な気がする。
 なぜなら、コゼットちゃんが正座嫌いになった経緯は、かつてのわたしとほとんど同じだったからだ。
 個人的に欲しいものなんて実際はないけど。ジゼルちゃんの切腹を阻止するためにも、この件について、ちょっと一人で考えてみたいと思った。

「リコセンパイ、代わりに行きマスヨー?」
「一緒に行きましょうか」
「ありがとう。でも一人で大丈夫。すぐに戻ってくるからね」

 気を遣ってくれる一年生の二人と、なんとなくわたしの気持ちを察してくれているらしいアヤカ先輩に手を振り。
 わたしはちょっと、考え事タイムをもらうことにした。


「あれっ」

 しかし、考える間もなく、噂の人物は向こうからやってきた。
 学校から一番近い駅ビルで、わたしは寄り道中のコゼットちゃんに出くわしたのである。

「アナタは……」

 忌々しき、茶道部部長!
 と、今にも言い出しそうな感じで。
 わたしと目が合うなり、コゼットちゃんは『うわっ』という嫌悪の表情を浮かべている。
 あまりに冷たい態度に、正直ちょっと心が折れそうだ。
 しかし、このまま何もせずに別れては、わたしたちはさらに気まずくなっただけで終わってしまう。
 わたしはこちらを見たまま後退し始めたコゼットちゃんを引き留めるべく。勇気を振り絞って提案した。

「コゼットちゃん待って……。
 急で申し訳ないんだけど、ちょっとお時間もらえないかな?
 わたしがおごるから」
「オゴリ?」

 言うと、コゼットちゃんの後退が終わった代わりに、その眉が怪訝そうにつりあがる。
 全体的にツンとした感じの、この雰囲気。
 顔立ちはそっくりなのに、ジゼルちゃんとコゼットちゃんは、はっきり別人であると実感する。

「わたしが全部お支払いするから、どこかでお茶でも飲んでいかない?
 ってこと。あまり時間はとらせないからさ」
「いいえ。お支払いは結構でしてヨ。しかしお付き合いしまショウ。
 わたくしも、アナタとはお話ししたいことがございマシタもの」

 どうやらコゼットちゃんも、わたしと話す機会を求めていたらしい。
 意外にもすんなりOKをくれると、深くうなずいてフロアの奥にある喫茶店を指さす。
 確かに昼休みはすぐにチャイムが鳴ってしまって、ほとんど話ができなかった。
 楽しい時間になるかは不安だけど、これはチャンスだ。
 わたしはアヤカ先輩に『ちょっと遅くなります』とメールを送り。コゼットちゃんとお店の中に入った。

「コゼットちゃんは今日転校してきたばかりなんだよね。
 ジゼルちゃんと一緒に、おじさん夫婦のおうちに下宿してるの?」
「まあ、そうですわ」

 しかしいざ向かい合って座ると、何から話したらいいのかわからない。
 話したいことはあるのに、そこにつなげていけない。
 早速沈黙が訪れ、お互いの飲み物だけがどんどん減っていく。という状況になってしまった。
 すると。

「お昼休みは申し訳ございませんでした。
 わたくしの態度は不適切デシタ。
 たとえアナタが……わたくしがどうしても好きになれない茶道部の部長であったとしても。
 あんなことを言うべきではナカッタ。ごめんなさい」
「えっ」

 意外な展開だ。
 コゼットちゃんは深々と頭を下げ、わたしに謝罪の言葉を告げる。
 となると、このまま『茶道部を認めない』発言も撤回してくれたり……。

「しかし……。アナタ自身に非はナクとも、わたくしは茶道部を認められません。
 ジゼルお姉さまに茶道部を退部してほしいという思いは変わりマセンわ」

 しなかった。
 だけど、わたし自身が嫌われているわけじゃないならまだ策はありそうだ。
 少なくとも、ジゼルちゃん自身にその気がないのに、部をやめてもらうわけにはいかないし。
 まずここは、今気になっていることを直接聞いてみるしかない。

「コゼットちゃんは、どうして茶道部を認められないのかな」
「……それは。茶道は、フランスで暮らす上では特に必要のないものだからデスわ。
 ジゼルお姉さまにはもっと、有意義なことを学んでいただきたいと思っているのデス」
「じゃあ、コゼットちゃんの思う『有意義なこと』って、たとえばどんなことなのかな」
「それは! 茶道以外! とにかく! 日本文化ではないことデス」

 なるほど。
 コゼットちゃん自身『自分の理屈は弱い』『相手を納得させられる根拠を用意できていない』と感じているのだろう。
 コゼットちゃんの態度は、さっきわたしに謝ったときととうって変わり、しどろもどろで。声も妙に大きくなり、視線もうろうろしている。
 もしかすると、これは反撃のチャンスかもしれない。
 少し前までのわたしは、コゼットちゃんについて『接した時間が短すぎて『好き』とも、『嫌い』とも言えない』と思っていたけど。
 やっぱりわたしは、茶道は有意義でないと言われ。ちょっと怒っている!

「コゼットちゃん。わたし、ご存知の通り茶道部の部長なんだけど。
 今、部はちょっと正規の部員不足でね。部員を集めるために、対策をしたいと思ってるの。
 だから、今後の参考までに。
 よかったらコゼットちゃんは茶道のどこを無駄と感じているのか、教えてほしいんだ」

 この質問は意外だったのだろう。
 わたしが真顔で身を乗り出し、本当に困っている……。という様子でしっかりと目を見つめて聞くと。
 コゼットちゃんはギョッとしたように息をのみ、目を白黒させ。しばし沈黙する。
 それから長いこと考え込むようなしぐさを見せたのち……真面目な声でこう言った。

「わたくしに聞くなんて、よっぽど困窮してらっしゃるのね。
 ……お昼のお詫び……というのもおかしな話デスが。
 わたくしでよければ、ご協力いたしマスわ。
 わたくしは、その。茶道で覚えられること……。
 たとえば、作法や、知識などは、フランスでの日常生活に反映させづらいと感じておりマス。
 わたくしに日本茶を飲む習慣はございませんし、自宅に畳はありません。
 そもそも、床に座ること自体珍しいのデス。
 であれば、他の習い事をしたほうが良いのではナイか。
 そう思ってしまうのデス。
 それに茶道はその、作法も難しいと言いますか」
「難しい作法って。もしかして、正座のことかな?」

 聞いた瞬間、コゼットちゃんの背筋がピクリ、と震えた。
 これは図星である。
 知っていて聞くのはちょっとずるいけど、ここはお昼休みのお返しということで許してほしい。

「まあ、正座もそのひとつと言えマスわね。
 あれは、特にわたくしたちのような、日本以外の国籍を持つ者には大変難しい所作であると感じマスわ」
「なるほど。ご意見ありがとう。
 ……実はわたしも正座が苦手で、夏ごろまでは全然できなかったんだよね。
 自分は一生、正座できる日は来ないと思っていたの。
 だから、コゼットちゃんの意見って、すごく共感できるなって思った」
「えっ!? アナタにも、そんな苦労がありましたの……」
「そうなの。茶道部の部長がこんなことを言うなんて、おかしいのかもしれないけれど……」

 この話は、コゼットちゃんにはさらに意外だったようだ。
 『正座が得意な人』の象徴ともいえる、茶道部部長。
 そのわたしが、急にこんなことを言い出すとは思わなかったのだろう。
 わたしにならって、コゼットちゃんまでもが、飲み物が置かれた机に身を乗り出してきた。

「意外ですわ。わたくしてっきり、日本人は、みな容易に正座ができるものなのだと。
 その。お箸の扱いのようなものだと思っていたのデス」
「ううん。苦手だったの。
 友達に一から正座の仕方を教えてもらって、ようやくできるようになったんだ。
 だから……正座は、日本人のわたしにも難しいことではあったんだけど」

 わたしはさらに身を乗り出し『ここだけの話なんだけど……』という調子で話す。
 ジゼルちゃんの話を聞く限り、コゼットちゃんは相当優秀な子だ。
 『お姉ちゃんに負けたくない』という理由だけで、本来覚えるつもりのなかった日本語をマスターしたというコゼットちゃん。
 そんな彼女が、正座はまったくできる見込みがない。というのは考えにくい。
 実際、一度しかチャレンジしていないようだし。
 であれば。わたしが思うに、コゼットちゃんは『正座が苦手』なのではなく。
 『本当に自分は正座が苦手かどうか試していない』だけではないか。
 そう……ちょっと前までのわたしのように。

「逆に言えば、正座って。
 苦手意識があっても『その意思があれば』誰にも、必ずできることなのかもしれないって思ったんだ。
 あまり関心が持てないとか、都合がつかないって理由で、正座を『しない』『する機会や時間が持てない』人はもちろんいると思うんだけど……。
 周りの手助けと『やってみようって気持ちがあれば』。
 みんな問題なく正座できるんじゃないかな、ってわたしは考えてるし。
 茶道部の部長として、わたしはその手助けをする人になりたいと思ってるの。
 ところで、コゼットちゃんは、正座したことって」

 あるんだよね?
 と、わたしがそこまで聞くより先にコゼットちゃんが『ごほん!』と大きく咳払いして言葉を返す。

「当然、ございましてよ。……ただの一度だけではありマスけれど。
 その結果、フランス人に正座は不要と感じたまででございますの」
「そっか。一度だけ……か」

 ただの一度だけ。
 その一言が決め手だ。
 わたしのオウム返しに、コゼットちゃんの眉が再びピクリとつりあがる。
 さっき学校を出たときはこんな展開になるとは思っていなかったけど。わたしにできることがあるとすれば、もうこれしかない。
 わたしはコゼットちゃんを見つめ、そっと小さな声で提案する。
 お互い身を乗り出しているせいで、わたしたちの顔はかなり近くなっていた。

「じゃあ、こんなのはどうかな。
 これからわたしと、もう一度正座して、茶道するの。
 正座はフランスでの生活に必要か不要か、改めて判断するためにね。
 話を聞く限り、コゼットちゃん。
 ジゼルちゃんに茶道部をやめてもらうための決定的な理由を見つけられなくて、困ってるみたいだし……。
 つまり、ジゼルちゃんに『茶道部をやめてもらうため』に、コゼットちゃんが正座に再挑戦してみるってこと。
 一回しか正座にチャレンジしてない人の意見より、二回以上トライした人の意見の方が、説得力があると思わない?」
「あっ……」

〝リコセンパイ。
 茶道初心者のワタシたちは、もう初心者であることを隠さずにがんばりまショウ〟

 昨日、ジゼルちゃんは、わたしにこんなことを言った。
 自分たちが初心者であることは、現状覆せない事実。
 ゆえに技術の習得を急いだところで、すぐにアヤカ先輩のような立派な部員にはなれないし、ナナミのような自然な所作が身につくわけでもない。
 であれば、むしろ初心者であることはオープンにして。
 失敗しても怖くない雰囲気づくりや、初心者ならではの体験談を活かす活動をしていきたい。昨日はそんな話し合いをしたのだ。
 幸い、わたしたち、意欲はたっぷりあふれている。
 プロ級の指導はできないけれど。二人で時間をかけて、専任部員・兼任部員の垣根なく。さらにはまだ入部してない人へも茶道を好きになってもらえるような活動を目指したい。
 なので、その一環として。コゼットちゃんがもう一度正座をして、日本文化に触れるお手伝いをしたい……。そう思うのだ。

「わかりましたわ。
 ……なんだか、乗せられている気が、しないでもありませんケド。
 それを踏まえても、アナタの意見は理屈が通っていると感じマシタ。
 では、もう一度だけ正座してみまショウ。
 その上で、やはりわたくしとジゼルに茶道と正座は不要なこと、証明しようではありマセンか」
「ようし! これからしばらくよろしくね、コゼットちゃん!」

 そうと決まれば、すぐにでもジゼルちゃんに相談しなきゃ。
 わたしはにっこりとほほ笑むと、早速スマートフォンを取り出した。


「あれ? なんか面白いことになってんじゃん」

 そうしてやってきた十二月二十二日、クリスマス会の日。
 会場入り口からにやにやと顔を出し、こちらを見つめているのはユリナだ。

「何をおっしゃいますの。
 面白くなどありませんわ! これは真剣勝負! 真剣勝負なのデス!」
「それは楽しそうですね。三人で正座をしてらっしゃるの?」

 ユリナより一歩後から、お菓子を持って手を振ってくれたのはアンズ。
 先ほど乾杯を終えたばかり、始まったばかりのクリスマス会会場で。
 わたしとジゼルちゃんとコゼットちゃんは、なんと三人並んで正座をしていた。
 なぜなら、会場には靴を脱いで入る、多目的教室を選んだからだ。

「オー、コゼット。
 足がしびれてきてしまったのデスカ?
 今日は座り方、自由デスカラ。無理に正座を続けなくてもよいのデスヨ?」
「いいえ! ジゼルお姉さま。痺れてなどおりませんわ。無理もしてございマセン。
 わたくしは自由意志で正座をしております。
 それが最良の座り方なのデスから。
 何より……リコ様とジゼルお姉さまには……負けられ……負けられマセンもの!」

 あの後、わたしが学校に戻り、皆と最初に話し合ったのは二点。
 クリスマス会の開催当日までの期間、コゼットちゃんを茶道部の体験部員とすること。
 それから、コゼットちゃんにはわたしたちと一緒に活動してもらい、クリスマス会終了までに、茶道と正座の有用性を改めて判断してもらう。ということ。
 クリスマス会は自由な食事会だから、座り方も自由だけど。
 せっかく茶道部だし。ということで、靴を脱いで座れる場所をすでに会場に選んでおいたのが良かった。
 つまり、コゼットちゃんは多目的教室での準備中に気づいたのだ。
 ――日本に留学する以上、靴を脱いで床に座る機会は思った以上に多い。ということに。

「三人ともなかなかサマになってんじゃん。
 正座で迎えてくれるとか、『茶道部』って感じがするよ」
「当然デスわ。本日はみなさんカメラをお持ちですし……。
 いつ写真に撮られるかわかりませんもの。姿勢は正していなくては……」

 正座に関して、コゼットちゃんの気持ちが変わった決め手は『写真』だった。
 当初、コゼットちゃんには、活動中、常に正座する予定はなかった。
 だから、飾りつけ中なども、好きに足を崩して座っていたのだけど……。
 アヤカ先輩が『受験勉強中のユキとミユウに、作業の風景を撮影して送りたい』と、ある日わたしたちの写真を撮ったことで、状況は一変した。
 撮影データを見たコゼットちゃんは、自由に座っている自分に比べ。
 隣に座る正座のナナミは、背筋がしっかりと伸びている。
 さらに、所作の一つ一つも、自分よりナナミの方が圧倒的に美しい……!
 と気づいたのだ。
 そこで、コゼットちゃんはわたしにこう聞いてきた。

〝正座をすれば、わたくしもナナミ様のようになれるのでショウか?
 というか、これまでわたくしは『フランスの生活において正座は必要か』ということにばかり、こだわっておりましたケド……。
 よく考えたら、わたくし、卒業まであと二年以上日本で暮らしますし。
 であれば、日本での作法も身に着けたほうが良いのでは?〟

 なので、わたしはこんなアイデアを出した。
 活動の様子を定期的に写真に撮り。
 コゼットちゃんの姿勢は、その過程でどう変わっているかを確認する。
 そして、その結果は……。

「正座練習の途中ですが、ご覧になってください。コゼットさん。
 ちょうど今、アヤカ先輩のデジカメのデータを見せていただいていたのですが……。
 今日のコゼットさんは、『良い姿勢でいよう』と意識されていることで、どの写真においても背筋が伸びた状態で撮れています。
 とても、正座を始めて二週間程度の方とは思えない美しさです。
 この写真では特に顕著です。
 私は、正座は。
 普段の自由な状態から、きちんとした体勢をとる際に意識を切り替えるためのもの。
 いわば『スイッチ』の役割を果たすものと考えています。
 今日のコゼットさんはすでにスイッチが入っていることで、立っているときなど、正座していない瞬間も良い動作ができています」
「わあ、ありがとうございます! 嬉しいデスわ、ナナミ様!」

 カメラをのぞき込むコゼットちゃんの頬が、嬉しそうに紅潮する。
 写真の一件以来、どうやらコゼットちゃんはナナミを『正座の師匠』と認識したらしい。
 お手本にしたい人物としてわたしが選ばれなかったのは、部長としてちょっと情けなくもあるけど。
 わたしはどちらかというと、コゼットちゃんには『ライバル』として認識されているようだし。
 『ライバルは部長』と気軽に言える部活。それもまたこの茶道部らしい……。
 ということにしておこう。

「この調子であれば、わたしの活動は大変順調といえますわね。
 ナナミ様ほどの実力をつけるには少しお時間を頂戴しそうデスが……。
 リコ様やジゼルお姉さま程度であれば、すぐに追い越せそうデス。
 正座も。案外簡単であったということですわね」
「ホホウ。コゼットってば、あんなに正座嫌いだったのに……。
 もう、すっかり夢中じゃありマセンカ」
「それは! 始めた以上、完璧に習得したい。ただそれだけのことなのデス。
 半端な技能では、ナナミ様のような美しい姿勢にはなれマセンし……。
 とにかく! いいですこと?
 リコ様、お聞きになって。
 わたくしたち姉妹に茶道と正座が必要かどうかは。クリスマス会終了までに決めるというお話でしたが……。
 延期させていただきマス。まだ情報が足りませんし……。
 何より。まずはリコ様を超えてみたくなりましたの。
 結論は……その時に出させていただきマスわ!」
「いいね! 望むところだよ!」

 こぶしを突き上げて宣戦布告するコゼットちゃんの目は、らんらんと輝いていて。
 初めて会った日とは、まるで別人のようだ。
 つまるところ、コゼットちゃんは単に淋しかったのかもしれない。
 コゼットちゃんは、『茶道と正座』という。
 自分がよく知らない、参加できないことにジゼルちゃんが夢中だったのがいやで『不要』と思っていただけで……。
 ジゼルちゃんのことを一度忘れ、自分がこれから日本で生活していくことを考えたとき。コゼットちゃんは『床に座るとき、美しい姿勢でいたい』と望み、結果正座することを選んだ。
 負けず嫌いなコゼットちゃんだから、ついわたしたちと張り合うような態度をとってしまうけど……。今はきっと純粋に正座を『必要』だと感じてくれているのだろう。
 茶道の方は始めたばかりだから、まだ結論が出せないというのも納得だし。
 であれば、ぜひとも一緒に活動して、最終的にはできれば好きになって『必要』と感じてほしい。
 すぐに好きになったり、得意になれなくてもいい。
 どんなことでも、関心を持つことから始まるのだ。
 だからわたしは、好きになる、得意になるためのお手伝いができる人間になりたい。
 そう……かつてのナナミみたいに。

「あの……」

 どちらの姿勢がより美しいか、どちらが、より無理なく正座が続けられているか。
 そんな話でジゼルちゃんとコゼットちゃんが盛り上がっていると、兼部の子たち数名がそろそろとこちらへやってきた。
 たまにしか来られない子たちだけれど、どうやらわたしたちの会話を聞いていて。改めて正座してみたくなったらしい。

「さっきから良い姿勢で正座するコツのお話をされてますけど……。
 それ、私達にも教えてくれてませんか?
 私達、正座はできるようになったんですけど。
 ナナミ先輩やリコ先輩に比べると、まだ変な姿勢になってる気がして……。
 特に、コゼットちゃんってまだ茶道部に来て二週間も経ってないんだよね?
 足に負担をかけずに、自然に座れる方法があれば、聞きたいな」
「あっ……それは、ですわね。
 このように、座る際、重心を後ろにかけすぎず。いつでも立てるくらいの力で……」

 この調子だったら、コゼットちゃんが新たな『正座先生』になる日も近いかもしれない。
 もしかしたら、あの日偶然コゼットちゃんと会えたのは、サンタさんがくれた、早めのクリスマスプレゼントだったのかもしれないな。
 そう思いつつ、わたしは部屋の奥にクリスマスツリーを見上げる。
 それからてっぺんの大きな星へ向かって、正座で小さくお辞儀をしてみた。
 ――神様、これからもどうかわたしたちを見守っていてください。
 と。


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