[35]正座先生と茶道部総選挙


タイトル:正座先生と茶道部総選挙
分類:電子書籍
発売日:2018/06/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:104
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり

内容
茶道部部長のリコは、茶道と正座の普及のため活動する、星が丘高校の3年生。
今年度の活動目標を「茶道部員全員を『正座先生』と呼べるほどの優秀な部員に育てる」と定めたリコは、紆余曲折の末、星が丘神社に住む部活動の神様・トウコを指導者に迎えることになる。
これで茶道部は、より充実した部活動ができるはず……。
そう安心しかけたリコだったが、茶道部への想いが暴走するあまり『指導者を誰にするか』という重要な問題を、部員に相談せず1人で勝手に決めてしまったことに気づく。
案の定書記のジゼルは納得せず、リコが本当に部長にふさわしいか確かめるため「来週の『春の部活動週間』で勝負シマショウ!」と持ち掛けてくる。
その勝負内容とは、茶道部をリコチームとジゼルチームの2つに分け、『春の部活動週間』で茶道部に見学や体験入部にやってくる部外の生徒たちから、どちらのチームの説明がより良かったかという『よかった投票』の数を競うものだった!
茶道部、再び存続の危機!?
茶道部をまっぷたつにして行う『茶道部総選挙』が始まった!

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本文

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 高校の部活の部長となったからには、毎日楽しく部活動がしたい。
 できれば部員みんなと仲良く、和気あいあいとした、揉め事なんてひとつもない日々を送りたい。
 わたしサカイ リコは今、そんな夢が砕け散る直前のところにいた。

「それでは、さっそく明日から星が丘高校にお邪魔させてもらおうかの。
 手続きがあるじゃろうから、即座に指導者として就任……というわけにはいかないじゃろうが。
 できるだけ早く合流できるように最善を尽くすよ」
「リコ殿! 楽しみにお待ちくだされ!
 申請もろもろは拙者にお任せするでござる!
 拙者も、トウコ様のマネージャーとして、星が丘高校に入学させていただきますからな!」
「はい、お二人ともありがとうございます!
 トウコ先生が指導者としてわたしたちの茶道部に入ってくださること。
 マフユさんが生徒と茶道部員としてうちの学校に編入してくれること。
 どちらも今から楽しみです!」

 ……しかし、今のわたしは、まだ茶道部を揺るがす大事件に直面する前。
 このように浮かれっぱなしで、声もただただウキウキなのであった。
 四月の半ば、日曜日。星が丘神社境内。
 星が丘高校茶道部部長として活動するわたしリコ……今はだいぶ浮かれっぱなし……は、たった今、部の新指導者としてヤスミネ トウコ先生のスカウトに成功したばかりだ。

〝星が丘神社には、トウコ先生という、どんな部でも一流の団体に育て上げる『部活動の神様』がいるらしい〟

 日曜日の夕方、友達のユリナからそんな噂を聞きつけ、星が丘神社を即訪れたのが、今から一日ほど前。
 そこで見事トウコ先生とお会いできたわたしは、星が丘高校茶道部が指導を受けるに値する団体か確かめるための試験を受けて……。この通り、どうにか合格できたというわけだ!
 そして今は、日曜日の夕方。
 とはいっても『今から一日前』と言った通り、わたしは丸一週間試験を受け続けていたわけじゃない。
 もちろん『日曜日の夕方に噂を聞きつけ、即座に神社を訪れて、それから一日試験を受けた』わけだから、到着して数時間で試験が終わったわけでもない。
 わたしが星が丘神社で過ごしたのは、トータルで約三十六時間だ。
 ……そう、つまり時間に関することが、色々とおかしいのである。

「しっかしリコよ……たった一日で、ずいぶんいい顔になったものじゃな。
 昨日までとは別人のようじゃ」
「あったり前ですよ!
 こんなに不思議なことを体験したんですから、レベルアップだってしちゃうんです!」

 もっとも、おかしいのは時間だけじゃない。
 今言った通り、わたしはこの星ヶ丘神社を訪れてから去るまでの間に、とても現実とは思えない二つの不思議な出来事に対面したのだ。
 わたしが体験した不思議なこと、まず一つ目。
 日曜日の夕方、星ヶ丘神社境内でトウコ先生と出会い『試験を受けさせてやる』と言われたとたん……時間が巻き戻って、気が付くと土曜日の朝になっていたこと。
 次に二つ目。
 トウコ先生の正体は、星が丘神社に住む『部活動の神様』であり……その容姿は、試験を受けに来た人間の心に強く影響を受けて自在に変化するということ。
 その証拠に、出会ったときは小学生程度にしか見えなかったトウコ先生は、今はわたしと同じくらいの年代、つまり高校生に見えている。
 この二つは、どちらもありえないほど不思議なことだけれど……当事者として体験したわたしは、次のように理解している。
 まず、時間について。
 巻き戻った理由は『トウコ先生が部活動の神様だから、不思議な力を使って時間を戻した』としか言えないけれど……『日曜日の夕方に試験を受けに来て、一日試験を受け、日曜日の夕方に帰る』という、時間が狂っている点については、次のように説明できる。
 試験期間は、巻き戻った土曜日の朝から、日曜日の夕方まで行われた。
 つまり、巻き戻った時間の分だけわたしは星が丘神社で過ごしていたから、試験期間は土曜日の朝七時から日曜日の十八時までの三十六時間といえるわけだ。
 次にトウコ先生の容姿についてだけど……これもまた簡単に姿が変わる理由は『トウコ先生が部活動の神様だから、試験を受けに来た人間の心に影響を受ける』としか言えないけれど、わたしの心に影響を受けた結果、姿が変わった理由はわかる。
 それは『もう高校生なのに、わたしは小学生くらいの実力しかない茶道部部長である』と思っていたわたしが、試験を経て多少自信をつけて……適正な精神年齢になったからだ。
 だから、出会った当初はわたしよりも年下の小学生にしか見えなかったトウコ先生は、今はわたしと同い年ほどにまで成長しているらしい。
 どちらもとても説明が難しいファンタジックな話で、信じられないことばかりだけど……こうして、実際に目の当たりにすると受け入れざるを得ない。
 問題は、誰かに信じてもらおうとしても、わたしと同じように実際に目の当たりにしてもらわない限りは、嘘だと思われてしまいそうなことだけれど……。

「わらわが指導に入るからには、百人力じゃぞ。
 なんてったって『部活動の神様』じゃからな。人間じゃないからな!
 安心してついて来るが良い」
「はい! 本当に頼もしいです!」

 でも。
 高校生の間でまことしやかに語られ、実在するかわからないとされていた『部活先生』のトウコ先生。
 そんな方が本当に存在して、こうしてご指導いただけるだけでありがたいのに、このお言葉。本当に頼もしい! 昨日まで指導者がいなかった茶道部にとっては、本当に夢のような状態だ。
 さらに、トウコ先生の付き人で、やはり人間ではない不思議な存在であるマフユさんまでもが、一緒に活動してくれる。
 そうそう。わたしが星が丘神社を訪れた理由は、そもそも星が丘高校茶道部には、顧問の先生こそ一応いるものの、茶道をしっかり教えてくれる人がいないということにあった。
 顧問の先生だけじゃない。
 つい一年前までの我が茶道部は、来年度も存続できるかあやしいほど部員も不足していて、常に廃部寸前のところにいた。
 それが、何とか持ち直して……とうとう神様に認められるところまで来ちゃうなんて、我ながらすごいと思う。
 だから、少しくらい自分に自信を持ってもいいよね!
 トウコ先生を指導者に迎えるまでの過程として、なんだか一つ大切なことをし忘れている気がするんだけど、自信は持っていい……はずだ。

「トウコ先生、マフユさん。
 明日から茶道部は新入部員獲得のための『春の部活動週間』の準備を始めます。
 なので、本格的にご指導いただくのは、それが終わってからかな……って思ってます。
 でも、その前に部員のみんなにご紹介できたらと思います。
 きっとみんな、絶対喜んでくれるはずですから」

 ん? 自分で言っておいて、根拠がない気がするぞ、この言葉。
 でも、どうしてだろう?

「承知した。
 では、そろそろ、星ヶ丘神社の入り口にワープするぞ。
 もう今更驚きはしないじゃろうが、おぬしが今いる試験会場は、本来普通の人間は入れない異空間でな。
 一見おぬしが最初に訪れた星ヶ丘神社と同じ場所に見えるが、実は全く別世界なのじゃよ。
 ではでは、戻るぞー。マフユ、よろしく」
「はい! 人間の世界へ転移します!」

 今いる場所は、普通の人間は入れない。
 ……あ、やっぱりそういう不思議な世界にわたしは居たんですね。
 でも。急にサラッと大変なことを言われてしまっても、わたしはもう驚かない。
 フッフッフ。今のわたしなら、これからの部活動もスーパーパワーで乗り切れちゃうに違いない!
 と、わたしにしては珍しく自信満々でマフユさんの用意したワープゾーンに入り、出ると……すぐさま前方に、見慣れた女の子の姿が見えた。

「おや。どうしたリコよ。ワープに驚いたか?」
「いいえー。もう、何が起きても驚きませんよ!
 不思議なことはこの世に本当にあるって、昨日今日で身をもって体験しましたからね!
 驚いてる風だったのは、ちょっと気になるものが見えたからで……」
「……あたしも今すげー気になるものが見えてるよ。
 不思議なことは、この世に本当にあったのかよ」
「ななななな、なんですの!? 一体今、何が起こりましたの!?」
「ああっ!? やっぱりその声は!」

 ワープゾーンを出たわたしたちの目の前に突然現れたのは、わたしの友達二名。
 同じクラスのユリナと、茶道部副部長のコゼットちゃんだった。
 ……いや、もしかして突然現れたのは、ユリナたちじゃなくて……わたしたちの方?

「ユリナに、コゼットちゃん!? なんでこんなところにいるの?」
「それはこっちのセリフだよ!
 なんで何もなかったはずのところから、急に人が三人も飛び出てくるんだよ!?」

 あわわ、やっぱりそのようだ。
 どうしよう、トウコ先生のスーパーパワーが、早速ユリナとコゼットちゃんに知られてしまった。
 しかし『どうなってるの?』あるいは『どうしよう?』と慌てているわたしたちに対し、トウコ先生とマフユさんは落ち着いている。
 特にマフユさんなんて、呆れたように頭を押さえているではないか。

「おーっと、見られてしまったのう。これは困った、困った」
「もう、トウコ様ったら、相変わらずお人が悪い……。
 『この二人のいる位置に転移しろ』と言ったのは、あなたでござろう?」
「そうじゃったかのう。おっほっほ」

 ということは、わざとここに転移……つまり二人のいる位置にワープゾーンを作ったってことですね、トウコ先生!?
 どうやら自分の正体を隠す気はあまりないらしいトウコ先生は、二人と出会って『手間が省けた』という表情である。

「こんばんは、リコのお知り合いとお見受けするお嬢さんたちよ。
 二人はこんな夕暮れに、どうして星ヶ丘神社なぞにいるのじゃ?」
「リコが心配になったからに決まってます!
 おいリコ。これはどういうことなんだ?
 あたしはな。『部活先生』のことを教えたはいいもののさ、やっぱりもう時間も遅いし……。
 リコ一人で行かせるのは不安だなって思って、追っかけてきたんだよ!
 なのになんで、こんなことになってるわけ?」

 わたしの友達のユリナは、見た目も口調も男の子みたいでちょっと誤解されがちだけれど、実はこの通り、ものすごく心配性で繊細な女の子だ。
 ユリナは茶道部が廃部寸前だったころからいつもわたしを心配して、気にかけてくれていた。だから、つい一日前……といっても、ユリナたちにとっては数分程度の違いのようだけど……。とにかく日曜日の夕方星ヶ丘公園で偶然出会い、『指導者が見つからなくて困っている』と言ったら、トウコ先生の噂を教えてくれたのだ。

「わたくしは独自に『部活先生』のうわさを聞きつけまして、向かっている途中でしたの。
 その途中でユリナ様にお会いしまして、一緒に来た次第デスわ。
 茶道部は現在専門で指導してくださる先生もおりませんし、正直なところ、ワラにもすがりたい状況でしょう?
 だから『部活先生』のお力を借りられたらと思ったわけですわ」

 対するコゼットちゃんは、その名前の通りフランス人。
 昨年末やってきた『日本語がうますぎる留学生』で、考えるより行動派の、猪突猛進キャラだ。
 気が強く、思ったことは何でもすぐはっきり言うコゼットちゃんは、目立つことが苦手で、なかなか勇気の出せないわたしとは一見正反対に見えるけれど、実際はかなり似た者同士だ。
 なので今回も、わたしとまったく同じ発想でここまで来たらしい。

「ほうほう。リコは友達に恵まれておるのう。
 これはー。ここまで来てくれた二人に……ちゃあんと説明せんといけないやつじゃのう?」
「あのー。トウコ先生、わざとやってません?
 魂胆が見え見えですよ?」
「うっふっふ。まあおぬしの考えている通りじゃ。
 だって、せっかく近くに来ておるしのう。
 早く会いたくってな。おぬしの友達に」

 つい数分前に別れた友達が、突然和服の女の子二人を連れて目の前にワープしてきた。
 確かにこの状況は、早く説明しないといけないやつだ。
 ユリナとコゼットちゃんも、すっかり『早く話を聞かせろ』という顔をしている。

「ああ。説明と紹介、よろしく頼むぞ、リコ。
 腹も減ったし、公園出てすぐのファミレスで話すってどうだ?
 トウコ先生とお連れ様も、お時間があればぜひ。
 コゼットも来るだろ?」
「もちろんですわ。いいですこと?
 わたくし、納得するまで絶対にあなたたちお三方を開放しませんからね!」
「ほっほっほ。これは怖いお嬢さんじゃ。
 これはわらわも、正直にすべてを話さないといけないのう」
「もうー! トウコ様ってばー!
 最初っからそのつもりで拙者に転移させたのですよね!?」

 もうトウコ先生、本当にお人が悪い!
 とにかく、わたしはトウコ先生の策略にはまり……自分の身に起こった不思議なことについて、友達にしっかり説明することになったのだった。


「……という、ことなんです」

 数十分後。
 近所のファミリーレストランに入ったわたしは、まず、トウコ先生とマフユさんの注釈も交え、わたしが星が丘神社で体験したことのすべてを、ユリナとコゼットちゃんに話すところから始めた。

「話はわかった。
 トウコ先生って、マジもんの神様だったんだな……」
「おっ。信じてくれるのかのう」
「あんなものを見せられちゃあ、信じざるを得ないですよ。
 一人で見たならまだしも、二人揃って目撃したわけだし……。
 なあ、コゼット?」
「はい。あれにはオドロキ……ましたわ……。
 不思議なことって、この世に実在しますのね」

 二人は最初、わたしの話……つまりあまりにもありえない内容の連続に、目を白黒させていた。
 だけど、最終的にはこの通りすんなりと信じてくれた。
 その決め手は、マフユさんが用意していた写真だと思う。
 昨日わたしは、実は神社に入ったとたん『まずは記念撮影じゃ』と写真を撮られていた。
 そのときは『どうしてこんなことをするんだろう?』と思ったけれど、今ならそうした理由がわかる。
 トウコ先生が私の心の影響を受け、たった一日で大きく成長したという事実を、写真に撮って第三者に見せるためだ。
 ユリナとコゼットちゃんに見せたのは、今日と同じ髪型、同じ服装のわたし&マフユさんと、小学生くらいにしか見えないトウコ先生の三人が写っている写真だ。
 だけどそれだけでは『トウコ先生には、そっくりな妹さんがいるの?』と思われてしまうかもしれない。
 だからトウコ先生は、わざとユリナとコゼットの目の前に登場するようにワープしたのではと思う。
 トウコ先生には、自分の正体を隠す気はまったくない。
 むしろ『人間ではない』という根拠をちゃんと見せて、信じてもらったうえで活動をしたいと思っているようだ。

「ほんと、世の中、知らないことばっかりだよな……。
 まあ、リコが合格できて良かったよ。
 ちょっと、まだ頭がついていかないところもあるけど……。
 トウコ先生、マフユさん。リコとコゼットをよろしくお願いします」

 深々と頭を下げるユリナの隣で、わたしとコゼットちゃんもあわててお辞儀をする。
 『世の中知らないことばかり』
 まさにその通りだ。
 子どものころからよく遊びに来て、お正月には毎年参拝していた星ヶ丘神社には、高校生の部活動をつかさどる神様がいて……毎年少しずつ姿を変えて、みんなの部活をサポートしていて……その正体をむしろ積極的にばらしているなんて!

「いやいや。リコの友達が良い子たちで助かったわい。
 『こんな得体のしれないやつらが指導者なんて認めません!』なんて言われやしないかと、ヒヤヒヤしとったからのう」
「トウコ様のどこがヒヤヒヤしているのでござるか?
 ユリナ殿、コゼット殿。
 なにぶん急な話で驚いたかとは思うでござるが、拙者たちは誓って怪しいものではございませぬ。
 こちらこそ、どうかよろしくお願いいたしますでござるよ」
「……いいえ。こちらこそ、これからお世話になりマスわ!」
「あっ、わらわも! よろしくお願いいたしますぞぉ」
 
 日曜日のファミレスで、女子高生たちが全員そろって頭を下げている。
 ちょっと不思議な光景だけれど、早速いい雰囲気で嬉しい。
 これなら、きっと明日からの活動もうまく行くはずだ……。
 そう思っていると、コゼットちゃんが小さく手を上げ、おそるおそる口を開いた。

「あの……話がまとまったところで。ひとつお伺いしたいことがありますわ」
「なあに?」
「リコ様と全く同じことをしようとしていたわたくしが言うのも、おかしな話ではございマスが……。
 リコ様はこの件。お姉さまたちに相談済みですの?」
「あっ」

 今この瞬間まで、なんだか忘れているような気がしていたもの……それって、これだ。
 コゼットちゃんの言葉で、わたしは忘れていたものの存在を、今思いだした。
 その瞬間思わず飲み干した氷は、ゴクッ。と喉で大きな音を立て、そのままストンと身体の奥へ急降下。
 すごいスピードで、ヒヤリと全身を凍らせていった。

「え? まさかリコ、誰にも相談しないで星が丘神社行って、試験受けてきたのかよ?
 ってことは、トウコ先生を迎えること、ジゼルやナナミは知らないんだな?」
「……うん」
「なんじゃおぬし。
 部員たちに相談せずに星が丘神社まで来て試験を受けたのか。
 衝動的な行動にもほどがあるのう」
「はい……」
「ということは、茶道部は部員全員が、あらかじめリコ殿の方針に必ず従うという約束の元動いているのでござるな!?
 すごいでござるな、信頼されておるな、リコ殿!」
「いいえ、違います……」

 意地悪のつもりは一切ないのであろう、マフユさんの言葉とキラキラしたまなざしが痛い。
 身体が冷えていくうち、わたしはだんだん、自分のしでかしたことの重大さを理解してきた。
 茶道部のために何かをしたい。
 部長らしく、みんなに喜ばれる行動がしたい。
 そう思うあまり、わたしはいつしか気持ちが暴走してしまっていたらしい。
 部活を指導してくれる人を、誰にするか。
 こんなに大切なことを、大切な部員たちに一切話さずに決めてしまったなんて……。

「トニカク。一刻も早くお二人に説明しなくては。
 リコ様。わたくしが思うに、たぶんお二人は、反対はされないと思いマスの。
 ……ただ、リコ様がお一人で決めてしまったことについては、少しお小言を言われるかもしれまセンわ。
 ですが、『トウコ先生に指導をお願いしたい。誰にも相談していないけど、とりあえず星が丘神社へ行こう』と思ったのはわたくしも同じですし。
 一緒に謝りますから、まずは茶道部書記でもあるお姉さまにお電話いたしまショウ?」
「……そうだね。同じ『星が丘神社に押しかけちゃった組』としてね。
 ありがとう、コゼットちゃん」

 青ざめているわたしに、コゼットちゃんがオロオロと助け船を出す。
 そうだ。大丈夫、ジゼルちゃんとナナミは性格も穏やかだし、これまでの活動の中で、ケンカしたことも一度だってない。
 だからこんなダメなわたしが、ちょっと勝手な行動をとったって、きっと許してくれる。
 許してくれる……はずだ。
 だけど。

「電話? いいえ、その必要はございまセン!」
「えっ?」

 ……ああ、時すでに遅し。
 さっきまで身体を満たしていたはずの自信をすっかりなくして、肩を落として……ふと視線を上げると……すぐさま前方に、見慣れた女の子の姿が見えた。

「話は聞いていましたよ。リコ先輩、コゼットさん、ユリナさん。
 ……そして『部活先生』とそのマネージャー様」
「あぁぁ……」

 話を終えたわたしたちの目の前に突然現れたのは、わたしの友達二名。
 噂の茶道部員たち、ジゼルちゃんとナナミだったのだ。

「トッ、トウコ様、まさかここまで計算した上で……?」
「いやあ。さすがにここまでは知らんぞ?
 そもそも、部員たちには、わらわの正体はともかく。指導されることについては、もう話がいっているのだとばかり思っていたし……。
 なんだか、ただならぬ雰囲気じゃし……」

 仁王立ちするジゼルちゃんとナナミの背後からは、ゴゴゴゴゴ……と、風が唸るような音が聞こえてきそうだ。
 その気迫に、神様とその付き人であるトウコ先生とマフユさんまでが、なんだか片身狭そうにしている。

「コゼット。アナタは、さすがワタシの妹デース。
 ワタシのことを、よーくわかっている。
 はい。そうデース。ワタシは、トウコセンセイには、ぜひ来ていただきたいと思ってイマース。
 トウコセンセイ。ナニトゾよろしくお願いシマースデース。
 が……それとこれとは話が別……。
 ナゼ相談してくださらなかったのデス、リコセンパイ?
 ……ワタシたち、以前『二人で初心者に優しい茶道部を作ろう』ッテ……約束した仲デスヨネ?
 ナノニ、一人で話を進めてしまうなんて……。
 今、正直なトコロ。ちょっと残念な気分デース。
 こんなリコセンパイが茶道部の部長なんて……。
 ワタシ、茶道部の今後が、なんだか不安になってきマシター」
「ジ、ジゼルちゃん……?
 あのわたし、本当にこの件については申し訳なく思ってて……」
「だまらっシャイ!」
「わあ!」

 本当にユリナの言う通り。
 世の中、知らないことばかりだ。
 まさか……。

「こうなったら、勝負デース、リコセンパイ!
 リコセンパイとワタシ。どちらがより茶道部部長にふさわしいか!
 次の『春の部活動週間』ではっきりさせようじゃありまセンカ!
 勝負に勝ったら、ワタシが、茶道部の部長になりマース!」
「しょっ、勝負……!?」

 怒ったジゼルちゃんが、こんなにも怖いなんて。


「それは大事になってしまいましたね。リコ」
「あは、あはははは……。ほんと、乾いた笑いしか出てこないよ……」

 一夜明けて、月曜日のお昼休み。
 星が丘高校三年二組の教室にて、わたしは同じクラスのユリナと、毎日一緒にお弁当を食べているコゼットちゃんという、昨日いた二人に加えて……今、目の前で完全に呆れているもう一人の友達・アンズの四人でお弁当を食べていた。
 ちなみにアンズは高校入学後から親しくなった友達で、一見おっとりとした雰囲気だけど、実はアーチェリー部の『裏顧問』と呼ばれるほどの優秀な選手で、さらに先生並みの指導力も持つすごい子だ。
 わたしは教室では自分、ユリナ、アンズの三人組で行動している。なので、コゼットちゃんもユリナとアンズと親しくなり、今ではすっかり四人で仲良くしているというわけだ。
 ユリナとアンズは茶道部員ではない。だから、本来コゼットちゃんとは接点がない学校生活を送るはずだった。にもかかわらず四人で毎日お昼ごはんを食べられることを私はとても嬉しく思っている。
 しかしこの通り、今日のお昼の話題はあまり嬉しくない内容なのだった。

「それで、コゼットさん。
 ジゼルさんはまだ怒ってらっしゃるの?」
「……はい。
 『コゼットはリコセンパイ派なのデスから、総選挙が終わるまではお話しシマセーン!』とおっしゃって……。
 家に帰っても、ほとんど口をきいてくださいまセンでしたわ……」
「だろうなあ……。
 『まったく口をきかない』じゃなくて『ほとんど口をきかない』なあたりジゼルらしいけど」

 茶道部所属ではなくサッカー部所属で、つまり今回の件には無関係のユリナまで頭を抱えてしまうほど、事態は深刻だ。
 わたしはジゼルちゃんと去年の秋から仲良くしているけれど……昨日までの間に、怒っている姿なんて、過去一度も見たことがなかったのである。

「まずいですわ……。みなさまもご存知かとは思いマスが。
 お姉さまはめったに怒らない方デスのよ。
 フランスにいたころ……。
 当時日本文化を食わず嫌いしてたわたくしが、どれだけ『正座なんてフランス人のわたくしたちには不要』と、ひどいことを言っても……。
 『コゼットも、知れば日本を大好きになりマスヨー』って笑っておられたくらいですの。
 なのに、今回は……」
「……ファミレスの空気が凍り付くほど怒ってたよな。
 トウコ先生とマフユさんもマジビビってたし。
 怖すぎて、後ろの席の子ども泣き出すし」
「はい。お姉さまはあの通り、本来争いを好まぬ性格だからこそ、争いの種になることを非常に嫌うといいマスか……。
 勝手な行動で和を乱す人には、ピシャーン! ……と、雷を落とすのですわ」
「うん……それは本当によく分かった……」

 昨日のことを思い出すと、今も声が震える。
 あまりの恐ろしさと今後に対する不安で、三人で頭を抱えていると、アンズが小さく肩をすくめ、それから話の続きを促した。

「トウコ先生の方は、なんておっしゃっていたの?」
「トウコ先生が手続きを終えて、指導に入れるまでに解決しておけって。
 マフユさんの編入も『春の部活動週間』が終わった後になりそうだから……」

 トウコ先生とマフユさんの正体については、まだアンズには話していない。
 ジゼルちゃんの件が解決するまでは、とりあえずはわたしたち三人の秘密としておくことになったのだ。

『早速トラブル発生のようじゃが、頑張れよ。
 わらわは約束を守る。おぬしらから破棄されぬ限りはな。
 問題が解決するまで待っているぞ。
 どっちにしろ今のままじゃあ、わらわが行ったところでまともな活動はできんじゃろ』

 昨日、そう言って去って行ったトウコ先生の身体は、心なしか、神社を出たときよりも縮んでいたような気がする。
 繰り返しになるけれど、トウコ先生の容姿は、わたしの心に影響を受ける。
 つまり、もしわたしが失敗を重ねたり、意欲をなくしたりして精神的にダメな奴になってしまった場合、トウコ先生は出会ったときよりもさらに小さい、幼い子どもの姿になってしまうのかもしれない。
 それだけはダメだ……絶対に。
 わたしは、トウコ先生に師事する期間中、トウコ先生の身体がぐんぐん成長して、おばあちゃんになっちゃうくらいの勢いで精神的に成長しなくちゃいけないのだ。
 なのに、いきなりこの出来事……。
 自業自得すぎて、ただただ情けなくなるばかりである。

「つまり、トウコ先生とマフユさんが星が丘高校に来られるようになる前に、茶道部に起きた問題を解決しておけ。ということかしら?」
「ああ。
 ……正直、あたしも責任を感じてるよ。
 あたしは部外者だけど、星が丘神社とトウコ先生のことをリコに教えたのは、あたしなわけだし。
 ごめんな。『最初に、部員皆と相談してから、トウコ先生のところへお願いに行くんだぞ』って伝えときゃ良かったよな。
 だから、あたしにも何かできることがあれば……」
「いや、ユリナは悪くないよ! 悪いのは一人で暴走したわたしで……」
「そうですわ!
 たとえユリナ様がリコ様をお引き止めしたところで、星ヶ丘神社にはわたくしが行っていたと思いマスし……」

 しかしそれでも、ユリナは優しい。
 無関係のことにまで責任を感じてしまうほど、ユリナはお人好しすぎて、面倒見も良すぎるのだ。
 そんな優しすぎるユリナを心配しているのは、もちろんわたしたち茶道部だけではないのだろう。
 慌てるわたしたちの向かいの席で、アンズはピシャリと言った。

「ええ、お二人の言う通りですよユリナ。
 今回ばかりは甘やかしてはいけません。
 これを自業自得と言うんです。
 リコ、コゼットさん。この件はユリナに頼らず、お二人が責任をもって解決しなさい」
「うっ」
「ア、アンズ様ぁ……っ」

 ちなみにアンズもジゼルちゃん同様、普段は温和で、めったに怒ったりしないタイプだ。
 そんな『みんなのお姉さんタイプ』であるアンズに、コゼットちゃんはちょっと憧れている。なのでアンズに厳しく言われると、よりつらいようだ。

「率直な意見を申し上げますと、私がジゼルさん、あるいはナナミさんだったら、同じ反応をすると思います。
 リコ。指導者が見つからず悩んでいたあなたが、ユリナからうわさを聞きつけ、気分が高揚し『教えてもらいたい!』と気持ちがはやってしまったのはとてもよくわかります。
 でも、茶道部はあなた一人のものではないのですよ。
 部員皆で作り上げるものなのです。
 だから、神社に入る前に、まず一言『トウコ先生という方がいるらしいので、会いに行ってくる』と部員のどなたかに連絡する。
 晴れて試験を受けられることになったら『合格した場合、先生に迎えても良いか』と相談をする。
 それができていれば、茶道部は今頃スムーズに『春の部活動週間』にとりくめていたはずですよ」
「はい……」
「わかればよいのです。しっかりやりなさいね」

 その通りすぎて、本当にぐうの音も出ない。
 ここから、なんとかして挽回していかないと……。
 と、コゼットちゃんと並んでしょんぼり肩を落としていると、そこでふと、トントンと誰かに後ろから肩を叩かれた。
 同じクラスのアキホちゃんである。

「リコちゃん。二年生の子が、リコちゃんに用事だって」
「え? ありがとう……誰だろう……」

 ま、まさかジゼルちゃん?
 そう思い立ち上がると、教室の入り口に、ナナミが一人で立っていた。
 一体どうしたのだろう?
 てっきりナナミも、わたしたちと口をききたくないほど怒っていると思ったのに……。

「ナナミ! 急にどうしたの? 教室まで来て……」
「リコ先輩にお話がありまして。
 ほら、その。ジゼルさんがいらっしゃる前ではお話ししづらいこともあるので。
 お忙しいかとは思いますが、教室まで来てしまいました」
「あ。そっか。わざわざ来てくれてどうもありがとう!」

 ナナミは小さく頷くと、穏やかに苦笑いをする。
 良かった、怒ってない。
 ナナミはわたしと普通に話してくれている!
 と、思いたいところなのだけど……どことなく感じるこの冷たい雰囲気は何なのだろう。
 思わず声も上ずってしまう。

「で。お、お話ってなにかな?」
「もちろん『春の部活動週間』についてですよ。
 活動前に、改めてお伝えしておかなくてはならないことがありますからね」
「あ、もしかして兼部してる剣道部との兼ね合いについてかな?
 け、剣道部は『春の部活動週間』では何をするの?」

 問題なく続いているようで、どこかギクシャクした会話。
 一見ニッコリとほほ笑んでいるようで、実際は全く笑っていないナナミの目……。

「昨年行われた『秋の部活動週間』のときと同じです。
 現三年生が主に活動することになるため、二年生はほぼすることがないんです。
 なので、『春の部活動週間』においては、私は茶道部員として、最初から最後まで、しっかり参加させていただきます。
 ……とは言っても、今回リコ先輩とは別々に活動することになってしまいますが」

 そして、この言葉でわたしは察した。
 ああ……ナナミはやっぱり怒っている。

「という、ことは……」
「はい。リコ先輩の『正座先生』として。私もジゼルさん側の部員として戦わせていただきます。
 ジゼルさん同様、トウコ先生を迎えること自体には、わたしは賛成なんです。
 わたしとジゼルさんも先生を探していましたが、あの土日の間に候補を見つけることはできませんでしたから。
 一日でも早い指導者の参加は本当にありがたいことなんです。
 ……でも、このままでは気が収まりませんので。
 負けませんからね。
 お昼休みにお時間いただいて申し訳ありませんが、わたしはそれを言いに来ました。
 今回は、私とも勝負してくださいね。リコ先輩」

 ……大切なことを、みんなに相談せずに勝手に決めるのは、今後絶対にやめよう。
 これは、人生の教訓になりそうだ。


 果たしてわたしは、部長業を続けていけるのでしょうか。

「見てくださーいっ、リコ部長!
 リコ部長の選挙ポスター、とーっても可愛く描けちゃいましたよ!」

 時は放課後。
 不安で、顔どころか全身が真っ青のわたしをよそに、茶道部一年生部員のオトハちゃんの声はこんなにも明るい。
 いや、明るいだけじゃない。手に持っているポスターが、色々おかしい。

「いやいやいや、可愛く描きすぎだよこれ! 
 どこもわたしに似てない、完全に別人でしょ!
 これ、実物見た人が『あまりにも美化しすぎ』って、がっかりするやつだよ!」
「えーっ……?
 わたしの目にはー……このとおーりに見えてるんですけどー……」

 今空き教室でわたしにポスターを広げて見せるオトハちゃんは、昨年度、星が丘高校が中学生向けに開催したイベント『学校説明会』で茶道部のPR中に出会った一年生だ。
 本来別の高校を受験するはずが、わたしとの出会いを決め手に進路を変え、星が丘高校に入学してくれたオトハちゃん。
 そんな彼女は、この通り、びっくりするほどわたしを慕ってくれていて……。さらにそれだけではなく、このポスターの絵柄通り、わたしのことをかなり美化している。
 なので、正直なところ『そんなにわたしは素敵じゃないよ!』と言ってしまいたくなることもある。
 だけど以前アンズが『オトハちゃんの想像するリコと、実際のリコの間にあるギャップは埋めつつ、オトハの理想に近づいていく努力もするといい』と助言してくれたこともあり、近頃はこのノリにも少し慣れてきた。
 ……まあ、本物より可愛すぎるポスターは後々自分の首を絞めることになるので、掲示はできないけれど!

「わたくしの目にはこうは見えませんわね。
 ……ちょっと修正しましょうか」
「えーっ! コゼット副部長までそんなこと言っちゃいます!?」

 今空き教室にいるのは、わたしと、コゼットちゃんと、オトハちゃんの茶道部の正規部員に加え、先ほど『チームリコ』の一員として登録された兼部の皆さんだ。
 ――というか、そもそも『チームリコ』とは何か?
 まず、そこからご説明させていただこうと思う。
 茶道部では『わたしとジゼルちゃんの、どっちがより茶道部部長としてふさわしいか対決』を行うにあたり、次のようなルールを制定したのである。

 1・『春の部活動週間』において、茶道部部員たちは、二チームに分かれて茶道部のアピールを行う。

 2・チームは、サカイ リコがリーダーの『チームリコ』か、ジゼル・ベルナールがリーダーの『チームジゼル』の、二チーム。茶道部員たちは、いずれかのチームに加入して、イベント期間中活動する。チームの分け方は、サカイ リコとコゼット・ベルナールは『チームリコ』、ジゼル・ベルナールとタカナシ ナナミは『チームジゼル』。残りの部員は、出席番号順に振り分けをする。

 3・『春の部活動週間』中、各チームは、茶道部に見学に訪れた生徒から得られる、一人一票の『よかった票』の数を競う。最終的に、より多くの票を獲得したチームが勝利し、勝利チームのリーダーが、今後の茶道部部長となる。

 4・このイベントを、今後『茶道部総選挙』と呼ぶ。

 うーむ。
 こうやって書き記してみると、改めて大ごとになってしまった。

「わたくしたちのミスが、気が付くと一大イベントになってしまいましたわね。
 巻き込まれた兼部の皆さんにも、遊びに来てくれる部活動無所属の皆さんにも、ただただ申し訳なくなるばかりですわ」

 コゼットちゃんも、事態にはわたしと同意見のようだ。
 『春の部活動週間』とは、先日トウコ先生とマフユさんに説明した通り……本来は星が丘高校にあるクラブチームたちが、まだどの部にも入部していない生徒たちに向けて『うちの部活に入りませんか?』とアピールするためにあるものだ。
 それがこんな、部活内で部員の優秀さを競うようなことになってしまい……なんだか、内輪の問題に無関係のみなさんを巻き込んでしまったような気分である。
 しかし、巻き込まれた側のオトハちゃんはあっけらかんとしている。

「大丈夫じゃないですかー?
 兼部の皆さんは、『春の部活動週間では、茶道部は二チームに分かれて出し物をするらしい』くらいにしか思ってないと思いますしぃ。
 『リコ部長とジゼル書記がケンカした結果、こんなことになってしまった』って気づいてる方は、ほとんどいらっしゃらないと思います。
 だってみなさん、すっごく楽しそうに盛り上がってますし」
「だったらいいんだけどねえ。
 どのみち、勝負するのは決まっちゃった以上、頑張るしかないかあ」
「です、です!
 わたしはっ。いつでもリコ部長の味方ですよぉ!」
「ありがとうオトハちゃん。
 でも、修正してもまだ可愛すぎるよ。そのポスターイラスト……」
「ええ? わたしは本物のリコ部長よりも地味に描きすぎちゃったかなって思ってたんですけど……。
 あとねえ、たすきも作ってみたんですよ!
 総選挙と言えば! たすきですよね!」

 ところで『申し訳なくなる』といえば……。
 オトハちゃんに『チーム代表・サカイ リコ』と書かれた、派手すぎるたすきをかけてもらいながら、わたしはある人のことを思い出す。
 オトハちゃんのお友達のシノちゃんのことである。

「そういえば、オトハちゃん。
 シノちゃんは最近、どうしてるの?」

 シノちゃんは、星が丘高校の一年生で、オトハちゃんの幼馴染でもある女の子だ。
 先ほどわたしとオトハちゃんは去年の『学校説明会』で出会ったとお話ししたけれど、そもそも本当は別の学校を受験するはずだったオトハちゃんが、星が丘高校の『学校説明会』に来たのは、シノちゃんに誘われたからだ。
 自分が誘ったことで、結果的にオトハちゃんの進路を大きく変えてしまった……。
 そう考えているシノちゃんは、オトハちゃんのことを常に心配している。
 なので、茶道部が『いい部活』であるかどうかもとても気にしていて……だけど、第一印象があまりよくなかったことから、現状茶道部はシノちゃんに『いい部活』だとは思ってもらえていない。
 そんな状況で『茶道部総選挙』を行うとか……ああ、どうにかして名誉挽回をしたいのに、つくづく前途多難である。

「シノはあれから、いろんな部活を見て回ってるみたいです!
 シノが星が丘高校に入った理由は、学力的に自分にぴったり合っていたからなんですよねぇ。
 なので、部活動には特にこだわりはなかったみたいで。
 何部に入るかはまだ悩んでいるみたいです」

 ああ、そこで『やっぱり茶道部っていいかも!』って思ってもらうにはどうしたらいいのか。
 いつも自分なりに必死に活動しているのに、現実は空回りばかり。
 適切じゃない方向に頑張りすぎて、気が付いたらへとへと。
 自己嫌悪に陥ることも多いけど、でも、こうして自分を好きだと言ってくれる後輩がいることは本当にありがたい。期待に応えるためにも、やっぱり少しでも良い活動を目指して努力をし続けなくてはならない。
 いや、していないわけではないのだ。
 かつては努力だと思っていたことを、今は自然にしている。だから自分の中では、すでに努力と感じなくなっている……。そんなこともあるのだ。
 たとえば、正座だ。
 今、わたしは自然に正座している。
 茶道部はその活動方式から、今日のように空き教室を借りるときも、靴を脱いで座るタイプの多目的教室を使わせてもらうことが多い。
 それは、卒業された一つ上の代の先輩方が『日頃から少しでも正座に親しめるように』と考えてくれたからなのだけれど、これが思った以上に大きく、わたしは空き教室でも常に正座するようになれたのである。
 わたしは、茶道部員だからといって『常に絶対正座していなければならない』とは思っていない。だから部員皆には、必要なとき以外は自由に座ってもらっている。
 だけど自分は、できるだけ日頃から正座している。
 それはやはり、かつて正座が苦手だった自分が、今は自然に正座で生活できるようになったことが嬉しいからだ。
 それから、正座をすると背筋が自然に伸びるのも好きだ。
 背筋が伸びると、腰にかかる負担が減る。だから、長時間作業しても、自由な座り方をしているときよりも楽だし、他の座り方のときよりもなんだか深く呼吸ができるので、気持ちがいい。
 それから、正座には集中力が高まったり、消化力が上がるメリットもあるらしい。
 であれば、こういった作業中も正座をしない手はない。
 あっ『茶道部総選挙』では、見学に来てくれた人にこういう話をするのもいいかも……。
 そう思っていたところで、オトハちゃんが再び話し出した。

「シノの話はこのくらいしかわかりませんが……。
 リコ部長。次はわたしからも質問いいですか?
 星が丘高校には『春の部活動週間』の他に『秋の部活動週間』もあるんですよね? そちらではどんな風に作業を勧められたんですかぁ?
 それって、今回の参考になりそうですよね!」
「わたくしも聞きとうございますわ!
 『秋の部活動週間』のときは、まだわたくしはフランスにおりましたし。
 よく知りませんの」
「それはねえ……」

 派手なたすきをかけられ、まだまだ本物より美人に描かれ過ぎているポスターを持たされ、『宣伝材料にします』とオトハちゃんに写真を撮られながら、わたしは当時を思い出す。
 言うまでもない。
 『秋の部活動週間』では、OGのアヤカ先輩と、わたしと、ナナミと……そして、ジゼルちゃんの四人で頑張ったのだ。

「『秋の部活動週間』では、当時三年生で、現OGのアヤカ先輩にサポートいただいて、アヤカ先輩のご自宅で一泊二日の合宿形式の特訓をしたの。
 当時はジゼルちゃんがやってきたばかりで、ナナミもまだ入部していなくて……。
 まだ茶道について知識がない状態だったから、和室がどんなものか知って、自分で説明ができるようになるところから始めたんだ。
 本番では、やってきた方々に『和室体験ツアー』として、説明できる様にするのを目標にね。
 アヤカ先輩は今でも道具を貸してくれたりして、本当にいつもわたしたちを助けてくれているんだよ」

 あのころわたしは、ナナミに大きな疑念を抱いて接していた。
 ナナミは本来、星が丘高校では剣道部一本で頑張っていた子だ。
 そんなナナミが『秋の部活動週間』の時期になって、突然『茶道部の臨時部員として活動したい』と申し出たことで、わたしはとにかく不安になったのだ。

『急にそんなことを言うなんて、ナナミってばどこかに転校か、留学でもしちゃうの!? 
 わたしとの最後の思い出作りとして、一緒に活動しようとしてくれてるの!?』

 なんて誤解をして……。
 そのくせ本人に直接確かめることはできずに、ただただ不安な気持ちで一緒に過ごしていたのだ。

「初めての試みで色々不安もあったんだけど、ジゼルちゃんがたくさんフォローしてくれてね。
 ジゼルちゃんって頭もいいし機転が利くし。困っている人を、さりげなく助けるのがとてもうまいから。
 おかげでうまく作業ができたんだよね」
「そうでしたのね。『秋の部活動週間』の成功と同時にジゼルお姉さまは茶道部の『体験部員』から『正式部員』に移行し、ナナミ様も、剣道部と茶道部の兼部を決意されたことはわたくしも存じ上げておりマスわ。
 つまり『秋の部活動週間』は、現在の茶道部にとってターニングポイントとなった行事と言えマスわね」

 ジゼルちゃんは、わたしとナナミのギクシャクしかけた関係においても、たくさんのサポートをしてくれた。
 ジゼルちゃんと、ナナミ。二人がいなければ、わたしは部活をこんなに楽しく続けては来られなかった。
 だからわたしは二人のことを、本当にかけがえのない仲間だと思っている。
 なのにそんな大切な人たちを、今あんなにも怒らせてるわたしって……。
 トホホ……。

「へえーっ! そうだったんですねえ!
 なんかわたし、リコ部長って……部員が自分以外にいないところから、その人望でどんどん部員を勧誘していったのかな?
 って思ってたんですけど……。それは皆さんの支えあってのものだったんですね!」
「そうですわよ、オトハさん。
 茶道部は、みんなで作り上げてきた部活なのですわ。
 でも、リコ様がどんどん部員を勧誘していった、というのは間違いないですわね。
 わたくしのときもそうでしたもの」
「あはは……。うん。まさにそうだったね。
 買い物中に偶然見かけたコゼットちゃんに声をかけて、そのまま茶道部に勧誘しちゃったんだもん」
「えっ? その話も聞きたいです!」

 『秋の部活動週間』のあと、主に先ほどの四人で活動を続けていた茶道部。
 そこに突如『ジゼルお姉さまを茶道部から退部させマス!』と言ってやってきたのがコゼットちゃんだ。

「当時、コゼットちゃんは『正座嫌い』のあまり、茶道部をとにかく悪いものだと思っていたんだよね。
 そんなコゼットちゃんを、わたしはなんとか説得したくて……。
 街で偶然会ったコゼットちゃんにこんなことを言ってみたんだ
 『正座ができないのではなくて、正座をしたことがないだけなのでは?』
 『今もう一度正座をすれば、コゼットちゃんは本当に正座ができない子なのか、それとも、本当は正座ができるけど、自分でも知らなかっただけなのか、それがわかるよ』
 って。
 その結果コゼットちゃんは茶道部に入部してくれたんだよ」
「その理由はもちろん、もう一度正座をしたら、あっさりできてしまったからですわね。
 そして今に至るというわけです」

 こうして振り返ってみると、本当にいろんなことがあった。
 どれも当時は眠れなくなるほど不安だったり、もう茶道部はだめなのかもしれないと思うほど大変なことだった。
 だけど今はこうして、笑い話。
 となると、この『茶道部総選挙』も、過ぎればおかしな思い出の一つになっていくのだろうか。
 きっとそうなるはず! って思えるほど楽観視は全然できないけど、その可能性もあると考えると、なんだか少しは気持ちが楽になるのだった。

「お二人ともお話、ありがとうございます!
 わたし、茶道部のPR動画をインターネットで何回も見て、すっかり茶道部には詳しいつもりでしたけど……。
 そういった当時の苦労みたいなお話は、当然動画にはありませんでしたから……。
 今聞けて、嬉しいです。
 でもっ。これからはわたしも、当事者として知っていけるんですね!
 ご安心くださいリコ部長! もしー。リコ部長がー。ちょーっとダメな人でも……。
 わたしの想いは変わりませんから! 
 どこまでもついて行っちゃいますよっ!」
「右に同じく、ですわ。
 大方『ジゼルちゃんも、ナナミもそばにいないなんて心細い……』なんて思ってらっしゃるのでしょうケド。
 わたくしたちはここにおりマスのよ! ドン! と頼ってくださってよろしいですのよ?」
「とか言ってー。
 コゼット副部長も、本当はジゼル書記とナナミ先輩がいなくて心細いんじゃないんですかぁ?
 だったらなおのこと、ケンカは早く終わらせましょうねえ。
 おそらく二人とも。リコ部長に事前相談してもらえなかったのが悲しくて、おへそを曲げちゃっただけですよ。
 リコ部長とコゼット副部長が、部長と副部長の名にふさわしい発表をすれば、お二人はきっと話を聞いてくださいます。
 そのときにちゃんと謝れば、すぐに元通りだと思いますよっ!」
「そうだといいなあ。なんだかオトハちゃんの方が落ち着いてるね。
 わたしよりも先輩みたい」
「本当ですかあ!? わたし、次期部長になれちゃいます?」
「ちょっとオトハさん? 次期部長は、わたくしですのよ!」

 三人で笑っているうち、少しずつ不安もほぐれて、活動に前向きになっていく。
 同時に、オトハちゃん自身のことも新たに知っていく。
 オトハちゃんは、意外と鋭くて、ちょっと毒のある子のようだ。
 こうやって活動を通じて、わたしはオトハちゃんの新たな一面を知り、コゼットちゃんとは、やっぱり考え方が似てるなってことを再確認する。
 となると、もしかしたらこれも、ジゼルちゃんとナナミを知る機会のひとつなのかもしれない。
 怒ったら、本当に怖いということ。
 そんなに怒らせてしまうほど、わたしとの信頼関係を大切に想ってくれていたということ……。
 それがわかった以上は、とにかくベストを尽くそう。
 一度なくした信頼を取り戻すのは大変だけど、少しでも早く良い状態に戻すため、今は『春の部活動週間』を頑張るしかないのだ。

「よぉーし。チームリコ、当選目指して頑張るぞ!」
「イエース!」

 三人で同時に拳を高く上げて、気合を入れ直す。
 こうして美人に描かれ過ぎたポスターとともに、わたしは『茶道部総選挙』に挑むことになったのであった。


 『春の部活動週間』は、入学からしばらく時間が経ち『さて、部活は何に入ろうかな……』と決めかねている一年生に向けて行われる校内行事だ。
 かつてのわたし自身がそうであったように、入学前から

『中学校時代から始めたサッカーを、高校でも続けていこう!』
『高校では新たにアーチェリーを始めてみたい』
『漫画家になりたいので、中学にはなかった漫画研究会に入会したい!』

 といった目的を持っていない限り、所属する部活を決めるのは結構難しい。
 なので『春の部活動週間』は、そんな、このままだと帰宅部になってしまうかもしれない人たちを補助するために行われる。
 部活全体の雰囲気。
 過去の実績。
 一年間の主な活動内容。
 どれも学校のホームページに載っていることではあるけど、それを実際に所属している部員から、質疑応答という形で直接聞くことで、理解はより深められる。
 なのでどの部活も『春の部活動週間』期間中は誰でも出入りOKにして、やってきた生徒たちに『自分たちの部活はこういうところだよ!』と説明するのだ。
 特にわたしたちの茶道部は

『着物を持ってないと活動できないの?』
『正座が完璧にできる人じゃなきゃ入部できないの?』
『なんだかお金がかかりそう』

 といった、誤解を受けがちな部活だ。
 なので、部に訪れた生徒たちに、一つ一つ説明しながら、

『着物がなくてももちろん活動できます。スーツで行うことが多いです』
『正座が苦手でも大丈夫。一から丁寧に指導します』
『お菓子代やお茶代がかかることはあるけれど、高額な部費を請求することはありません』

 と、入部を考えている人たちの不安を解消していくことが、わたしたち部員の仕事だ。
 ということで今回『春の部活動週間』を行うにあたり、わたしたちの『チームリコ』は、先日オトハちゃんにも話した『和室体験ツアー』の発展型を主な発表とした。
 茶道をする場所として、絶対に欠かせない和室の存在。
 だけど、今はおうちに和室がない家庭も多いのだという。
 だから、部屋への入り方、入った後の所作、部屋にあるお花などの鑑賞の仕方。
 それを『正座じゃなくてもOK!』という特別ルールで気軽に入室してもらいながら伝え、お茶やお菓子も気軽にどんどん振る舞い、実際に道具を触ってもらったりもする。
 そんな『チームリコ』のマニュフェストは、『部員みんなを正座先生に』だ。だからこそ『絶対に正座で過ごしてください』とは言わず、足を崩した状態でも参加していいとアピールした。
 できるだけ敷居を下げた上で、茶道にはこういう歴史があります、正座にはこういった意味はあります、と伝えていく。
 その結果、来てくれた人が自分の判断で正座をすることを選んでほしいとわたしたちは思ったのだ。
 とはいっても、実際はほぼ全員と言っていい人たちが、和室では正座をして過ごしてくれた。
 それはなぜかというと、おそらく正座とは『敬意』を示す姿勢であるからだとわたしは思う。
 正座とは、単純に見栄えがとてもいい座り方だ。
 正座をすると背筋が伸び、足は綺麗にたたまれる。
 正座という姿勢そのものが『真剣にこの場に参加しています』という真面目な気持ちを表すと言ってもいい。
 つまり、茶道部に足を運んでくれた部員候補の参加者さんたちは、茶道部に入部するか決めるために、どの人も真面目な気持ちで訪れてくれたのだ。
 わたしはそれをとても嬉しいと思うし、応えていきたいと思う。
 そうして一人一人の参加者さんの対応をして……『春の部活動週間』最終日、偶然発表場所にわたし一人だけになった時間帯に、彼女が現れた。
 そう……別室で活動中のはずの、ジゼルちゃんである。

「ハーイ、こんにちはデース」
「ジゼルちゃん!」
「『チームリコ』の和室体験ツアーと、おみやげの茶道はじめてハンドブック、見てきたデース。
 いい発表じゃありまセンか。
 わかりやすく、すっきりとまとまってマース。『茶道部総選挙』、勝算はゴザイマス?」

 久しぶりに会ったジゼルちゃんの言葉は、ちょっと普段の彼女らしくない、意地悪な聞き方だ。
 だから、昔のわたしだったら、ひるんでいたかもしれない。

「うん。今回は自信があるんだ。『チームジゼル』に勝てると思ってる」

 でも、今は臆せず、こんな風に自分の意見をはっきり言える。
 それはもちろん、これまで積み上げてきた活動があるからでもあるし……この前コゼットちゃんとオトハちゃんが、わたしを信頼してついていくと言ってくれたことも大きい。
 つまり今のわたしは、部長として認められて、その期待に応える義務があるのだ。
 わたしを信頼してくれる人がいる以上、いつまでも自分を『頼りない部長』なんて思っていられない。
 多少無理があっても、団体の責任者として、堂々としていたいと思っているのだ。

「『茶道部総選挙』が始まって思ったんだよね。
 きっと、昔のわたしなら『負けてもいいかな』って思ってたんだろうなって。
 現にわたしは、ジゼルちゃんが部長でも、茶道部はいい部になると思ってるから。
 ……でもね、負けることはできないよ」
「……ソレハ、なぜデス?」
「それはね。応援してくれる人がいるからだよ。
 部員のみんなだけじゃなくて。
 トウコ先生や、ユリナみたいに『リコが部長だから』って理由で、協力してくれる人がいるから。
 もうわたしには、部長としての責任がある。
 わたしは自分以外に、どんなに素晴らしい部長候補がいたとしても……。
 『はい、代わってください』って譲ることはできないんだ。
 だから、勝つからね。
 ……でも、それとは別に、この前は本当にごめんなさい。
 自分だけで『トウコ先生に指導してもらう』って勝手に話を進めちゃって。
 みんなが優しいから『事後承諾になっても、きっと理解してくれるはず』って甘えちゃってたみたい」
「イイエ。ずっと仲良くしているからこそ……お互い『説明しなくてもいいよね』って気が緩んでいたのはワタシたちも一緒デース。
 なぜなら、ワタシもリコセンパイに説明していないことがあったからデース」
「え?」

 ちょっぴり意地悪な言葉の次は、とても意外な言葉。
 改めてこの前の件を謝るはずが、話が別の方向へ転がっていく。
 ジゼルちゃんが一体何をしようとしているのかまるで想像がつかなくて、きょとんとしていると、ジゼルちゃんはゆっくり続きを語りだした。

「コレは……当たり前の話なのデスが。
 来年の『春の部活動週間』にリコセンパイはイマセーン。
 リコセンパイは、今の部でたったひとりの三年生だから……。
 来年の茶道部は、リコセンパイだけがいない部。ということになりマース。
 ワタシはそれが淋しくて、スゴク嫌で……。
 だから残された時間は、できるだけリコセンパイとコミュニケーションをとって……リコセンパイが卒業サレルとき『楽しいことしかない部活だった』って言ってほしかったんデース。
 でも、トウコ先生のことがあって……。
 リコセンパイは、ワタシと同じようには思ってくれていないのカナ。
 相談はしてくれないのカナ……。と思ってしまったんデース。
 ダカラついカッとなって……リコセンパイに、必要以上に怒ってしまったんデース。
 本当に、ゴメンナサイ」
「ううん。ジゼルちゃんとナナミがそう思うのは当たり前だよ。
 わたしがやったことが全部間違いだった」
「イイエ! この『できるだけコミュニケーションをとりたい』という気持ちを伝えていなかったワタシもいけなかったデース。
 だから今日は……まだ結果発表前ではありマスが、ワタシの気持ちをもう一つ伝えにキマシター」
「もう一つのジゼルちゃんの気持ち?」

 聞き返すと、ジゼルちゃんは小さく頷き、制服のポケットに入れていた小さな紙を取り出した。
 それはもちろん『茶道部総選挙』の投票用紙ではなく、メモ帳を切っただけの普通の紙切れだ。
 でもジゼルちゃんはその真ん中にわたしの名前を書き、大切そうに、そっと手渡してくれた。

「ハーイ。ワタシには、『茶道部総選挙』の投票権はありまセン。
 でも『チームリコ』の発表を見て、こう思ってイマース。
 もし、投票権があったなら、ワタシは『チームリコ』に投票しているだろうって……。
 リコセンパイ。こんなワタシですが、やっぱりリコセンパイの下で、一緒に部活がしたいデース。
 なので、気持ちだけ……『気持ち投票』でも、今リコセンパイに投票させてクダサーイ!」
「喜んで! 絶対、その期待に応えるよ」

 だから紙を大切に受け取って、わたしも頷く。
 『茶道部総選挙』には影響しなくても、わたしは今、とても大切な一票を手に入れたのだと思った。


 ジゼルちゃんの『気持ち投票』が影響しているのかはわからないけれど、『春の部活動週間』はそのまま無事に終わり『茶道部総選挙』は、最終的にありがたくも『チームリコ』の勝利で幕を閉じた。
 なので翌日、わたしは『春の部活動週間』の片付けもかねて、発表に使った空き教室である人を待っていた。
 まずは、部室の入り口に、結局美人過ぎるまま掲示されたわたしのポスターをはがそう。
 そう思って廊下に出ると、まさにそのポスターを見つめているひとりの女子生徒がいた。
 それは……。

「シノちゃん!? もしかして、結果発表を見に来てくれたの?」
「……こんにちは、リコ部長。……はい。そういうことになります」

 意外過ぎる来客に、思わずダッシュで駆け寄る。
 こうして結果を確認しに来たということは『茶道部総選挙』に参加してくれたということ。
 もしわたしの予想が当たっていた場合、シノちゃんはどちらに投票してくれたんだろう……。
 おそらく教えてはくれないだろうけど、やっぱり気になるし。
 なので会釈だけをして、そそくさと立ち去ろうとするシノちゃんを、わたしは声をかけて慌てて呼び止めた。

「ええ。『茶道部総選挙』には投票させていただきましたよ。
 以前約束したじゃないですか。
 入部するかはさておき……茶道部をしばらく見学させていただくって。
 だから、参加したんです。
 あーでも! 私は平等を心掛けていますから。
 オトハという友達が所属しているから『チームリコ』に投票する……。
 なんて理由で、投票先を決めたりはしていませんよ!」
「ありがとう。わかってるよ。
 茶道部に関心を持ってくれて、参加してくれただけで本当に嬉しい。
 シノちゃんは、『春の部活動週間』でもう部活を決めたの?」
「……まだですよ。もう少し検討します。
 では、これで。次の行事も……その。応援しています」
「あっ……お話ありがとう。またね!」

 ……これは、まだ、シノちゃんが入部してくれる可能性があるって思ってもいいのかなあ。
 茶道部への関心は薄いのではと思っていたシノちゃんが、まさか投票に来てくれるほど茶道部を気にかけてくれていた。
 これならば、まだ望みはあるかもしれない。
 もちろん無茶な勧誘はできないけれど、一緒に活動できるかもしれないという希望をまだ持っていいと思うだけで、わたしの心は明るくなるのだった。
 それにしても、『次の行事』かあ。
 立った数日前に『春の部活動週間』を終えたばかりなのに、もうそんなの話をする時期なのかと思うと、正直なところ、ちょっとクラッとくる。
 本当に部長業は大変だ。
 息をつく暇もなく、イベント、イベントの連続。
 イベントがないときもなにがしかの事件が起きて、のんびり過ごせることが全くない。
 その過程で、どんどん時間が過ぎ去って、その間本当に自分が成長できているのか、常に不安な気持ちになる。
 でも、やっぱり『やるしかない』。
 限られた時間の中で必死に取り組んで、一歩一歩進んでいく。
 自分がその中でどのくらい成長できたかは……きっと、卒業するころにはわかるのだろう。

「待たせたな、リコ」

 そう思いながら作業しているうち、次に現れたのは、待ち合わせをしていたトウコ先生だ。
 幸いにも……今回のイベントを通じて、身体が縮んでしまうことは避けられたらしい。
 『部活動の神様』は女子高生の姿でわたしに声をかけてくる。

「無事申請が通ったよ。
 これで明日から、正式に茶道部の特別講師として星が丘高校に出入りさせてもらう。
 マフユは、一年生として、今のシノ? という子と同じクラスに編入する予定じゃ」
「えっ? マフユさんって、わたしよりも年下だったんですか?」
「いいや? おぬしより百歳は年上じゃよ。
 でもまあ、見た目は子どもっぽいしの。一年生として紛れ込ませておくよ。
 ……さて、この通り、おぬしは改めて総選挙で選ばれたわけじゃ。
 これからどのような活動を見せてくれるのか、楽しみじゃのう」

 トウコ先生がわたしの肩に肘を乗せ、ニヤニヤと笑う。
 だけどわたしは、そのニヤニヤにももうひるんだりしない。
 今回の『茶道部総選挙』と、この前のトウコ先生の試験。
 この二つのイベントで、わたしはわかったことがあるからだ。
 それは、人は、常に試されて生きているのだということ。
 日常のすべての動作が、本当は周囲の評価対象になっている。だから、ちょっぴり油断したとたんミスをしてしまって、その一回だけで、よくない評価を下されてしまうこともある。
 そんなときつい『大目に見てよ』と言いたくなることもある。
 だけどそれをグッとこらえ、自分を厳しく見つめて。
 二度と同じことがないようにと姿勢を正した先に、成長があるとわたしは思う。
 たとえば……イベントが終わっても気を抜かずに、次どうするかきちんと考えること。
 いいアイディアが浮かんでもひとりで暴走しないで、ちゃんと周囲に案を伝えてから実行に移すこと。
 今後のわたしは、それを徹底していくつもりだ。

「ええ……楽しみにしててくださいね? わたしリコ部長は、すっごいんで。
 次どうしたいか、もうビジョンだってあるんです」
「ほうほう。いいじゃないか。
 どんなビジョンか、わらわに教えてはくれないのか?」
「今すぐお伝えしたいところなのですが……今回の失敗を繰り返さないためにも、まずは、今日、掃除の後に始める会議で、皆に相談しませんと。ね!」
「おっほっほ。そりゃそうじゃな!」
「あれー? リコ部長ったら、もうお掃除はじめてたんですかー?」
「早い……リコ様ってばなんだか最近、本当に部長らしいですわ!」
「お待たせして申し訳ないでござる! リコ殿、今日から拙者もお手伝いするでござるよ」

 そこで扉が開き、日直を終えて走ってきたらしいオトハちゃんと、掃除が長引いたらしいコゼットちゃん、それから、手続きを終えたマフユさんが入って来る。

「オーウ。サスガデース。『正座先生』を目指す方は、テキパキしてイマース」
「こんにちはリコ先輩。あの、もしかしてリコ先輩、『チームジゼル』の部屋も掃除してくださってました?
 今行ったらもう片付いていて、びっくりしました……。
 すみません、私たちも『チームリコ』が使った教室の掃除を手伝わせてください」

 そして、ジゼルちゃんと、ナナミも入室。
 このあとは兼部の皆さんも来て……その全員がそろって、茶道部は成り立っている。
 もうそれだけは絶対に忘れないようにしよう……。そう思いながら、わたしはみんなに大きく声をかけた。

「ようし! では、会議に向けて、まずは片づけを始めていきましょう!
 今日は今後の活動に向けてご相談があるので、みなさん、よろしくお願いいたします!」


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