第1回 花も恥じらう?茶の湯の話

掲載日2013/03/24
著者かねしろさく
イラスト林 加奈子
 正座と聞いて思い出すのは高校時代の茶道部の思い出だ。当時私は宮城県に住んでいた。
 高校入学直後、四月といえど雪国なので桜は咲かない。さて何部に入ろうかしらと勧誘のチラシを束ねながら思案する。私が通う学校はかならずどこかの部活に籍を置いていなければならなかった。私は、放課後のあいた時間にアルバイトがしたいから、という理由でひょいと茶道部へ入部届を出してしまった。うちの高校の茶道部は週に一回しか活動しないのだ。
torisuwa_1_s3  そうして、茶道という大和撫子な響きに憧れて入った部員たちとはあきらかに異なる温度差で最初の部活動に参加。週に一度とはいえ、きちんとしたお茶の先生を招いた真面目な場である。先生は上品な和服姿の初老の女性だった。
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 その道に入らんと思う心こそ我が身ながらの師匠なりけり

 まず最初に教わったのは茶道の心得となるこの言葉だ。これは茶の道の教えを説いた利休百首のうちのひとつである。意味は「その道について学ぼうと志した心こそが、自分の身の内のものながらその道の師匠となるのである」といったところ。
 それからも茶道の概論やら道具の名前の説明やらを聞いた。たとえば社会科の先生の蘊蓄を聞くのが結構好きな私はこれがなかなかおもしろかった。
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 東北の四月はまだ寒い。ヒーターで暖められた和室に畳の感触、茶釜でお湯を沸かすかすかな音、窓から見える花曇り、吹奏楽部の楽器の音、いつになく背筋を伸ばして、お茶の先生が丁寧におもてなしの心について語るやわらかな声を聞く……。なんだかとても和む。ほんの少し「和」を理解したかもしれない。

 まぁ、この間ずっと正座である。
torisuwa_1_s5  三十分以上は経ったろうか、ひとまず休憩になった。

「疲れたでしょう、さぁ立ち上がって足を伸ばしてくださいな」

 と、先生がにっこり微笑む。この後の展開はお察しの通りだ。
 正座に不慣れな女子高生十人ほどが立ち上がろうとして狭い和室で七転八倒、阿鼻叫喚という、混沌とした空間になった。私もすっかり足が痺れて千鳥足になり、隣の子の足を踏んでしまった。隣の子がぎゃっと悲鳴をあげる。
torisuwa_1_s6  箸が転がっても楽しい年頃な私たちだったので、我が身がすっ転がってはもう大爆笑である。おそらく毎年新入部員が来るたびにこの光景を見ている先生もやはり笑っていた。
 この正座の一件で新入部員たちは急速に打ち解け、楽しみながら茶道を学ぶことができた。その後みんなで正座の特訓をしたり、たまに部活動を自主的に週二回に増やしたり、まったりとした茶道部なりに熱く活動したのだった。ときにはおしゃべりに花が咲きすぎたりもしたけど、そのときもみんな正座である。
torisuwa_1_s7  三年間茶道部に所属し、いつも通う校舎に和やかな空間があったことは今でも私の財産だと思っている。茶道と正座は切っても切れない「和」によって結ばれているのだ。

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