第14回 未来の姑?

掲載日2015/06/28
著者かねしろさく
イラスト林 加奈子
「俺の親と会ってほしいんだけど」

 事の発端は恋人のそんなひとことだった。
 まぁ、妥当な流れだ。ついに交際相手の家族に紹介されることになった。以前私の両親に会わせたこともあるし、時期的にはきっとそろそろだろうと思っていた。もちろん喜ばしいことである。しかし緊張がそれを上回る。

 彼の父はすでに他界していて、母は小料理屋を営んでいる。まずはお父さんのお墓参りをしてその後お母さんのお店でお料理をいただく、という流れになった。
 お父さんが亡くなってからはお母さんがひとりで切り盛りしているこじんまりとした 小料理屋。そのお座敷でおもてなしをうけるのだ。光栄なことじゃないか。
 しかし小料理屋の女将、と聞くとなにやら色っぽくも折り目正しい響きじゃないか。やっぱり礼儀作法には厳しいのかしら。座敷といえば当然正座。日本正座協会の一員として、いや、未来の花嫁候補? としてお義母様のお眼鏡にかなうためにも、失敗はゆるされない。

 そういえば、彼をはじめて私の両親に紹介したとき、彼は最後まで正座を崩さず背筋を伸ばしていた。後から聞いた話によると、あまりの緊張から足が動かなくて足を崩そうにも崩せなかったらしい。
 そうとは知らずにうちの両親は、彼を大層まじめで誠実な男だと感じたようだった。それで見事に気に入られたのだからたいしたものである。正座=誠意のあらわれ、という古典はこういう場面ではまだ生きているらしい。
 だったら私も今回はがんばらなければ。彼のお母さんと何をお話ししよう。お土産の好みは? そして当日の服装は?彼から事前リサーチをして準備にいそしむ。舞台がお座敷なら以前のコラム「第12回 お座敷ファッション諸説」でおすすめしたドッキングワンピースが今回も使えそう。
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 そして迎えた当日。まずは彼のお父さんのお墓参りに。お母さんはお店で料理の仕込みをして待っているらしいので、お墓へは彼と二人で行きました。
 二十年ほど前に亡くなったお父さんのお墓をお母さんは毎週欠かさず掃除しにきているとのこと。墓地を管理するお寺の和尚さんも感心するほどに、彼のお母さんは今でもお父さん想いなのだ。夫婦って素敵ですね。

 お墓参りも終わり、いよいよお母さんの待つお店へ。
 昔ながらの飲み屋が軒を連ねる一角にその小料理さんはありました。小さいながらも渋い佇まい。
 いったいどんな方なんだろう。わくわくハラハラしながら懐かしい風情の引き戸を開けると、そこには女将さんというか大将と呼びたくなるような、短髪の角刈りが勇ましい人物がいた。その人が彼のお母さんである。お、お母さん?
 カウンター席が五つ、座敷に四人で囲めるテーブルが二つ、ひとりで切り盛りするにはちょうどいいくらいのこじんまりしたお店だった。そんな一国一城の主が彼女である。
 お母さんはちらりとこちらを一瞥、とくに声をかけることはなく座敷へ座れと目で促す。私が挨拶をすると、「おう」と短く応えた。渋い。ハードボイルドですらある。

「うちの母さん、オッサンみたいだろ」

 と、彼はケラケラ笑う。核心を突く発言だが私は笑えない!
 そして挨拶もそこそこに次々と出てくる料理の数々。私も食べる、粛々と、正座で。
 も、もしかしてお義母様は怒っていらっしゃる? 私がふつつかものだから? いやまだ初対面も初対面、さすがの私もこんなに早くボロを出したりしていないはずだ。
 予想以上に殺伐とした雰囲気に会話の糸口を掴み損ねていた。歓迎されていないのかしら。そう考えたら気が沈む。しかし料理は抜群においしい。お刺身、魚の塩焼き、うなぎ、ビール。そういえばこれ、私の好きなものばかりじゃないか。
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「魚が好きって言ってたろ」

 と、お母さんが言う。ぶっきらぼうにも聞こえる口調だけど、私にはわかった。彼女は照れ屋なのだろう。事前に私の好物を彼から訊いて用意してくれていたのだった。
 シャイな方なんだと気づいてからは、こちらも余計な緊張が溶けいろいろな話をすることができた。むしろ慣れてしまえばさっぱりとした態度で接しやすい。私もどちらかといえば口下手なのでなんだか仲良くなれるかもしれない。

「食べっぷりがいいね」

 次々と料理をたいらげる私にたいしてお母さんははじめて笑顔を見せてくれた。
 きちんと正座でお行儀良く振る舞ったことよりも大飯喰らいなことのほうが好評価だったみたいだけど、まぁ、それはそれで結果オーライ。