掲載日:2013/10/20

とりあえず座れ

第4回 え、正座って昔からあるんじゃないの?

著者かねしろさく
イラスト林 加奈子

これまで正座に関するいくつかのコラムを書いてきた。さらに今回は、より文化的かつ歴史的に正座について学んでいこうと思う。何か一冊、正座について書かれた本を読んでみよう。

正座に関する書籍は正直少ない。日本人特有の座り方なので、書店や図書館へ行けば関連本がざくざくあると思いきや、取り寄せしてやっと一冊手には入ったくらいだ。現在ではあまりクローズアップされてないみたい……。しかしそれは、正座が私たち日本人にとってあまりに身近で、さりげないものだったからかもしれない。


今回読むのは漢方医である丁宗鐵(てい むねてつ)の著作「正座と日本人」だ。歴史好きな著者が歴史、文化、医学という多角的な目線から正座について論じていてなんだかお得な内容。ここでは「正座と日本人」に書かれた正座の歴史を簡単に載せることにする。

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著者曰わく、現在私たちが知っている「正座」という座り方が広く認知されたのは1941年(昭和16年)のことだそうだ。うちのお爺ちゃんお婆ちゃんが生まれた頃に近いような……もっと大昔からあるイメージだったけど。

もちろんそれ以前にも座り方自体はあったのだけど、それは「正座」という名では呼ばれておらず「端坐」などと呼ばれていた。それは日常的なものではなかったらしい。

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じゃあ昔の人は普段どんな座り方だったの? と疑問に思うだろう。

茶道家で有名な千利休も正座をしていなかったらしい。肖像画に描かれる彼はアグラの姿勢で座っている。学生時代茶道部で活動し正座でお茶をたてていた私にとっては驚きの事実だ。

今でこそくつろいだ座り方、だらしない座り方と思われているアグラだが、利休の生きていた時代ではそれが正しい座り方、正座と呼ばれる座り方だったようだ。

現代、床に直接座るときは、一般的にアグラが男性の座り方、正座や正座を崩した斜め座りが女性の座り方とされている。では、正座が普及されていなかった時代の女性は、どのような座り方をしていたのだろうか。

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徳川家康の長女、亀姫の肖像画では、彼女は右膝を立てて座っている。今でこそ立て膝は行儀の悪い座り方だけど、亀姫は高貴な身分のお嬢様である。江戸時代では立て膝が高貴な女性の「正しい座り方」だったのだ。


庶民の間ではどうだったのかというと、江戸時代中期の商人たちはすでに接客の際に正座を取り入れていたようだ。

また、武士階級も礼儀作法として正座をはじめた。背筋を伸ばし左右対称で座る凛とした姿が、日本人の精神性に合っていたからではないかと論じられている。

そして商家の娘が嫁入り修行として武家へ奉公しに行くようになり、正座を覚える。こうして武家の礼節や商人の接客など、正座はかしこまった姿勢、洗練された身のこなしとして広まっていったのだ。

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それぞれの身分や立場の人たちに少しずつ浸透していった正座。それが全国民に広まっていった決定的な理由は何か。

ひとつは明治時代に身分制度が廃止になったことである。どんな人でも上流階級へ行ける可能性があるのなら、多くの人は上を目指してがんばるようになる。礼儀正しく洗練された座り方とされてきた正座を積極的に取り入れるようになったのだ。

二つ目の理由は、明治時代の日本人が他のアジア民族との差別化をはかったことだ。日本文化の再発見のために畳や着付けなどが変化し、それに伴い正座が全国に広まった。こうして日本独自の座り方、正座が浸透したのだ。

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正座は古来より続く日本の文化だと思っていたが、実際は比較的新しい文化だった。「正座と日本人」の著者は「新しいからこそまだまだ改善の余地がある」とも論じている。正座はこれからもっと変わっていくのかもしれない。

なんだか歴史って苦手だわ……という方。実は私もです。だけど今度時代劇や歴史物の漫画を見るときは、座り方に注目してみようかなぁと思う。座り方に関してだけなら作者よりも物知りになっていたりして……そんなピンポイントな豆知識を披露するタイミングを虎視眈々と待つ!

次回はすぐ試せる&みんな気になる美容と健康について書きます。「正座と日本人」に書かれた内容から、医者である著者ならではの視点で書かれた正座についての実践的な知識を紹介します。