[84]次期・正座先生と冬の自由研究


タイトル:次期・正座先生と冬の自由研究
分類:電子書籍
発売日:2020/03/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:72
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり

内容
 高校2年生のコゼット・ベルナールは、フランスから日本にやってきた留学生で、星が丘高校茶道部の新部長。
 2学期の期末試験も終え、部長としても部長としての日々にも慣れてきたコゼットは、冬休みに向けてずっかりお休みモードに入っていた。
 そんなある日、コゼットのもとに、昔からのライバル、ルイーズがやってくる。
 ルイーズは、夏休みにコゼットたちがフランスで開いた『正座講習』を受けて以来正座に関心を持つようになり、冬休みの自由研究の題材にしたいのだという。
 ちょうど正座について、成り立ちから改めて学びたいと思っていたコゼットは、その手伝いを引き受けるが……。
 すっかり日常になじんだ『正座』について、コゼットが改めて調べていく『正座先生』シリーズ第24弾です!

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本文

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 『時間ができたらやろう』。世の中には、常々そう思っていながら、なかなか実行できないことが、多数ございます。
 たとえば、星が丘高校に通う二年生のわたくし『コゼット・ベルナール』の場合。
 たとえば、高校一年生の時に使っていた教科書を整理して、本棚の奥底にしまうこと。
 たとえば、現在部長を務めている茶道部で、これまでに作った冊子やポスターのデータを整理してひとつにまとめ、バックアップを取っておくこと。
 たとえば、近所にできたカフェに入ってみること。
 これらのことを、わたくしは長らく実行できないままでおります。
 現在わたくしは、高校二年生の冬を過ごしております。
 そんな中、まず、高校一年生のときの教科書を使うことは、基本的にございません。
 わたくしは他にも参考書を持っておりますし、そちらを気に入っています。なので、一年生の単元を勉強するときも、当時の教科書はあまり開くことがないからです。
 でも、一年生の教科書は本棚の奥底ではなく、机の横の本立てにずっと並んだままでございます。
 次に、わたくしは茶道部で作った古いデータの整理が行き届いていないことを、数か月前から気にしておりました。
 茶道部部員のみなさまは、どなたも非常に真面目で、几帳面です。
 たとえば自分しか中身が何なのか理解できない、おかしな名前のデータを作ったり。ずっと残しておかなくてはならないデータを、誤って消したりしてしまったり……といった事例は、これまでに一度もございません。
 ですが、たとえば活動中、Aさんは冊子づくり。Bさんはポスター作り。と、手分けをして作業する以上……。当然データを作成し、完成品に名前を付けて保存する人間は、それぞれ違っていますわよね。
 結果、茶道部で使っているUSBメモリーに入っているデータは、色々な意味でバラバラです。
 たとえば同じ冊子のデータでも、ファイル名のタイトルのつけ方に統一性がなかったり、ポスターの画像も、ポスターごとに拡張子が違ったりするのです。
 なのでわたくしは、以前からこれを何とかしたいと思っておりました。
 具体的には、これらのファイル名をきれいに統一したり、バラバラの拡張子のデータを、拡張子ごとのフォルダを作って整理したり。万が一データの破損や紛失があったときのために、予備のデータを残しておきたいと思っていたのです。
 ですが、未だにできておりません。
 秋に茶道部の部長になった……つまり、データの細かな修正をする権限を得てから、もう何か月も経っているにもかかわらず、です。
 最後に、近所のカフェは、今年の春にオープンしました。
 そのカフェは、季節にちなんだ期間限定ケーキを、定期的に更新しながら販売しています。
 なので開店当時、わたくしは春の期間限定ケーキ『さくらケーキ』に惹かれ『近いうちに食べに行きたい』と思っていたのです。
 ですが、十二月現在、わたくしはそのお店に未だに一度も来店できておりません。
 その間、何回期間限定ケーキは更新されたことでしょう。
 たとえば今慌ててお店に行っても『さくらケーキ』はまず食べられないことは、想像にかたくありません。
 ですが、この間、わたくしは、一瞬も暇のない生活を送っていたわけではございません。
 勉強と部活動に追われつつも、なんだかんだで遊びに行ったり、休息をとっていたりしたのです。
 つまりわたくしは『時間ができなかった』のではありません。
 『時間ができたらやろう』と思いつつも『他のことを優先するあまり、そちらにリソースを割く精神的余裕がなかった』『スキマ時間に色々なことをする計画を、うまく練られなかった』というのが正解なのです。
 ということは、心の余裕の作り方と、時間の使い方を上手になるしかない……。
 高校二年生の十二月、わたくしはこれを自覚しました。
 わたくしは、自分のことを、それなりに能力のある人間だと自負しております。
 だから『自分はダメな人間だから、自己管理ができないのだ』と、漠然と自分を責めるようなことはいたしません。
 ですがまぁ、心に余裕を作るのがとにかく下手なのは事実です。
 わたくしにはかなり、怒りっぽい、カッとなりやすいところがございます。
 普段は、比較的冷静な思考を持っている方だと思っているのですが……。
 肝心なときに感情のコントロールがうまくできず、失敗することが多いのです。
 最近はそれもいくぶんかマシになってきましたが、今でも、これは自分自身が抱える大きな問題であり、今後克服すべき弱点だと感じております。
 では、具体的には何から修正していくのがいいのか。
 手始めに、先ほど例としてあげた三つを終わらせ、四つ目の『時間ができたらやろう』と思っていたことを始めてみようか……。
 そんなことを考えながら、わたくしはまず、とりあえず教科書をついに本棚の奥底にしまい込み、茶道部データの整理を終わらせます。
 それから、近所のカフェの期間限定ケーキは現在『ブッシュ・ド・ノエル』であることを、お店のホームページを見ながら確認していたところ……。

「コゼット? ちょっと……お願いがあるのですけれド」

 意外な方から、このようなお電話がかかってきたのです。


「冬休みの自由研究?」

 お電話をいただいてから三日後のお昼は、わたくしのそのような問いかけから始まりました。
 そんなわたくしの目の前には、今、一人で食べるには大きい『ブッシュ・ド・ノエル』がございます。
 そう、わたくしはついに、例のカフェへの来店を果たしたのです。
 ですが、ケーキは思ったよりも大きく、一人では食べきれそうにありません。
 ですので、本日は双子の姉である『ジゼル・ベルナール』と、友人であり、一学年下の後輩でもある『ムカイ オトハ』さん。
 そして、とある方に同席していただき、四人で楽しく頂戴しております。
 その『とある方』とは……。

「ルイーズ。あなたの高校には、そういったものがございましたの?
 わたくし長らく『自由研究』とは、主に小学生が行うものだと思い込んでおりましたわ」
「いいえ? それが、今年になって突然できましたのヨ。
 なんでも今年から、生徒たちの『物事を調べたり研究したりする力』『調べたことを、文章や図にまとめ、第三者にもわかりやすく伝える力』を伸ばす取り組みが始まったそうですノ。
 具体的にはレポートの力と、プレゼンテーションの力を伸ばすみたいですワ」
「ナルホド。それはいわば、小学生時代の自由研究を進化させたモノと言えますネー……!
 意外と本気の取り組みなんデスネー!」

 登場人物が一気に増えましたので、ここでお一人ずつご紹介しましょう。
 まず、わたくしの自由研究に関する質問に答えたのが、わたくしのライバル『ルイーズ・モロー』。
 次に、それを『本気の取り組み』と評したのが、ジゼルお姉さまです。
 このお二人とわたくしは、そのお名前から察せられるように、全員がフランス人です。
 この三人は、一年と数か月前まで、学校こそは違いますが、全員がフランスで高校生をしておりました。
 しかし、昨年の九月。
 ジゼルお姉さまは、日本の文化を学ぶため、突如留学を決意されました。
 そして現在通っている、日本の星が丘市にある、星が丘高校へ通うようになったのです。
 さらにそれから少し後、わたくしも同校へ留学を始めました。
 結果、現在三人の中で『フランスの学生』をしているのは、ルイーズのみということになります。
 つまり……。

「ルイーズさんはー。その『自由研究』に取り組むために!
 今回日本に遊びにいらしたってことなんですねっ?
 すごいっ! そこでわたしたち星が丘高校茶道部を頼ってくれるなんて、わたし、とっても嬉しいですー!」

 と、いうことになるわけです。
 ちなみに、ただいま発言されたのが、オトハさんです。
 オトハさんはこの場にいる四人の中で唯一の日本人ですが、実はルイーズの友人でもあります。
 今年の夏、わたくしとジゼルお姉さまは、フランスに帰省しました。
 そのとき、わたくしたちは両親の提案で、オトハさんと、今回ご用事でこの場にはいらっしゃらない茶道部員『カツラギ シノ』さんのお二人を誘って、四人で遊びに行ったのです。
 つまりオトハさんとルイーズは、そのときに出会いました。
 当初、ルイーズはオトハさんに対して少し……というか、かなりツンとした態度を取られていました。
 しかし、オトハさんは、非常にコミュニケーション能力の高い方でいらっしゃいます。
 あとそれから、良い意味でマイペースで、人のことを気にしすぎない方です。
 結果、オトハさんはルイーズの不届きな態度にも寛容……いや、そこまで気にしていないようで、気が付けば親しくなられました。
 帰国する頃には、すっかりふたりは馴染み……本日も、この場に同席してくださったのです。
 ところでなぜ、夏休みのルイーズは、オトハさん……いや、正確にはわたくしたち全員にツンとした態度を取っていたのかというと……。

「アナタの言う通りヨ、オトハ。
 ご存知の通り私、夏頃までは正座を嫌っていたワ?
 だから、アナタたちにもつい嫌な態度を取ってしまっていタ。
 だけど、アナタたちが行った『正座講習』のおかげで、考えが変わっタ。
 それで今回、自由研究の題材を『正座』にしたら、面白いのではないかと思ったワケ。
 他の子はおそらく選ばない題材でしょうし、うまく行けば、アナタたちへの恩返しにもなるワ」

 そう。ルイーズは少し前まで、日本のこと全般に、かなりの偏見をお持ちの方でした。
 だから、夏休みに再会した直後も、すぐ『日本びいき』なわたくしと意見が衝突し、ケンカになってしまったのです。
 ルイーズは日本の文化の中でも、特に『正座』を嫌っていました。
 フランスで生活する以上『正座』なんてものは必要がない! と主張されていたのです。
 でも、そこまでなら、わたくしも『確かにそういう考えもありますわよね』で終わっていました。
 しかし、ルイーズはいかんせん、かなり攻撃的でした。そして、それに反論するわたくしも……もはや言うまでもありません。
 結果、わたくしたちは往来で大ゲンカになったのです。
 そこでわたくしは、そんなルイーズの考えをなんとしてでも改めさせるために『正座講習』というイベントを開催することを決意。
 これに、ケンカを買うがごとく参加したルイーズは、意外にも素晴らしい参加態度を見せて下さり、正座に対して、大きく考えを変えることとなったのです。
 ルイーズは、怒りっぽくツンとはしていますが、根本的には真面目で素直な性格です。
 なので、参加する以上は、わざと手を抜いたり、わたくしたち講師の話を聞かず不真面目な態度をとったり……ということはいたしません。
 結果、ルイーズは『正座講習』を経て『プチ・正座先生』といえるほどの技術を取得。
 同時にこれに気をよくしたのか、正座への偏見はすっかりなくされました。
 そして、ニコニコ講習を終えたというわけなのです。
 ……ところで『正座講習』は、元から開催予定だったものではなく、わたくしがルイーズと口論になったのがきっかけで、急に思いついたイベントです。
 その上、ジゼルお姉さまをはじめとする周囲のみなさまの了承を得ずに、勝手に開催を決めてしまったものでもありました。
 つまり、すべてがその場の勢いです。
 なので、ジゼルお姉さまには、たっぷり叱られました……。
 カッとなりやすいわたくしの悪い点が、まさに出てしまった瞬間と言えるでしょう。
 いえ『言えるでしょう』ではございませんね。今後はなんとかしませんと。
 ところで、ルイーズの『恩返し』とはなんでしょう?

「だって、私が自由研究を通じて正座を広めたラ……。
 発表を聞いたフランスの子たちの中にも『正座を始めてみよう』って子が現れるかもしれないじゃなイ?
 そうしたら私、アナタたちの『正座先生』としての活動に、貢献できると思ったノ。
 アナタたちのおかげで私は自分の中にある偏見に気づき、考えを改めて……新しい自分になることができましたワ。
 『食わず嫌いをやめたら、新しい世界が広がる』そんなことに気づけたのでス。
 だから、恩返しをしたいと思っていたし……。
 自由研究は、それに該当しそうって思ったってコト!」
「なるほど……。だからルイーズは、土日と創立記念日、そして期末テストの振り替え休日でしたっけ? のお休みであるこの連休を使って、電撃来日されたというわけですのね」
「そういうことネ。つまり私は『正座を改めて、もっと学びたい』。
 それを目的に今回来日したノ」
「……ふむ。話は理解いたしましたわ。
 理解しましたけど、ルイーズったら、少々行動力がありすぎではございませんこと? 
 そもそも、わたくしがこれから『断る』と言ったら、どうするおつもりですの?」

 おっと、いけません。
 せっかく、ルイーズが日本までいらしてくださったというのに……。
 わたくしときたら、あまりにも急なお話だったせいで、心の準備ができておりませんでした。
 つい、意地悪な言い方をしてしまいます。
 だけどルイーズは、そんなことはまるで意に介さず、サラリとこうおっしゃいました。

「そのときはそのときですワ。……それニ、アナタは絶対に断らなイ。
 私、その確信があるから、来たノ」
「ほう?」

 どういうことでしょうか。
 ルイーズの発言は少々気になりますが、ひとまず話は見えてきました。
 三日前のお電話では、ルイーズは『来週そちらへ行くかラ。待ち合わせ場所だけ指定しテ』としかおっしゃいませんでした。
 なのでわたくしは、一体ルイーズが何をしに日本に来るのか、まったくわからなかったのです。
 それでも、ルイーズの行動力には、目を見張るものがございます。
 自由研究という、学ぶ『よいチャンス』ができたとはいえ。
 数か月前までは嫌っていた正座を学ぶためだけに、ヒョイ! と来日するなんて。
 もしわたくしがルイーズだったら……果たして同じことができるでしょうか?
 『正座を改めて、もっと学ぶ』という『やってみたいこと』を、『時間ができたらやろう』リストの中には入れる。
 けれど、なかなか実行はできない。
 もちろん、冬休みの自由研究の題材にもしない……。
 ということになってしまいそうです。
 だって、わたくしが先日の三つの『時間ができたらやろう』を片付けて取り組もうとしていたこと。それは……。

「『正座を改めて、もっと学ぶ』……。
 それって、コゼット新部長が最近やりたいっておっしゃっていたことですよねー?
 とってもタイミングがいいじゃありませんかー!
 やりましょうよっ。コゼット新部長、ジゼル新副部長!
 完全に茶道部と関係ない『正座』だけの活動をすることって、実は意外とないですしぃ。
 わたしっ。すっごくやりたいですー!」

 ああ、先に、オトハさんにすべてを言われてしまいました。
 そうなのです。
 わたくしが『時間ができたらやろう』と思っていた、四つ目のこと。
 それは、今回のルイーズの目的と、完全に合致していたのです。
 だから先ほどのわたくしは、正直なところ『ルイーズってば、わたくしの心を見抜いておりますの?』と動揺しました。
 結果、思わずあんな言い方をしてしまったのです。

「まぁ! オトハ、アリガトウ!
 アナタはとっても、優しくて親切な人だワ。
 コゼットとは……久しぶりに会った友人にこんなに冷たい、イジワルコゼットとは、大違いネ!」
「むむむ?」
「モー。ルイーズっタラー。その『優しくて親切な人』にワタシも加えてくださいヨー。
 ワタシもぜひ! ルイーズの自由研究にご協力したいデスー!」
「ジゼルまで! ああ、とても心強いワ。では、早速三人で始めましょうカ?」
「ぐぬぬぬぬ……」

 なんだか、すっかり三人で盛り上がっています。
 先に意地悪をしたのはわたくしの方とはいえ……このままでは、あっという間にわたくしだけが、蚊帳の外にされてしまいそうです。
 ええ。わかっています。ここは素直に謝るのが良いでしょう。
 ルイーズは正座を通じて、こんなに変わりました。
 なのにわたくしが昔のままでは、置いていかれてしまうというものです。

「もぉっ! はい、ルイーズの言う通りですわ。わたくしが意地悪でした!
 よくってよ。わたくしも、貴方の自由研究にご協力させてくださいな!
 もう十二月ですし。わたくしたち二年生とオトハさんたち一年生は、年内のテストはもうございません。
 茶道部のイベントも、下旬に行うクリスマス会くらいしかありませんし。
 十分時間がございます。お手伝いしようじゃありませんの。
 先ほどは冷たい態度をとって申し訳ございませんでしたわ。
 せっかく日本にまで来てくださったんですものね。
 できる限りのことはさせていただきますわ」
「コゼット……!」

 わたくしの言葉は、相当意外なものだったのでしょうか。
 ルイーズはリアクションの仕方をお忘れになったかのように、向かいの席に座るわたくしを、ポカンと見上げます。
 でもまぁ、それも無理はございません。
 『正座講習』を終えるまで、わたくしたちは対立ばかりしていたからです。
 だからルイーズも、ああは言いつつも……。本当はわたくしが拒否する可能性を案じていたのではないでしょうか。
 にもかかわらず、ルイーズは今回、こうして遊びに来てくださっています。
 であれば、それをお手伝いしないという選択があるでしょうか。
 いいえ、ございません。
 と、思っていると……。

「コゼットー! コゼットがすぐ素直に謝れるようになって、お姉ちゃん、ウレシイデスヨー!
 エライ。エライ。エライデスヨー!」

 わたくしの斜め向かい……つまり、ルイーズの隣に座っていたジゼルお姉さまが、涙ぐみながらわたくしの手を、ガシッと取ります。
 そして、ブンブン、いや、ブンブンブンブン、くらいの勢いと速度で、激しく振り始めました。

「ジジジ、ジゼルお姉さま! そんなに手を振るとちぎれてしまいます。
 というか! こんなこと! 前にもございましたわよねー!?」
「ちぎれてもいいんデース! 二回目でもいいんデース!
 お姉ちゃんは今、コゼットが大人になって、トッテモ嬉しいのですカラー!」
「よくないですわよー!?」
「あははっ。さすがコゼット新部長とジゼル新副部長!
 すっごく仲良しですねっ」

 そんなわたくしたちの姿を、オトハさんがニコニコと温かく見つめております。
 ああ、オトハさんは、わたくしよりも一つ年下だというのに!
 これでは、わたくしの方が、よっぽど子どものようではありませんか!

「じゃあ、決まりですねーっ! ルイーズさんの滞在期間も短いですから、早速始めませんとっ。
 手始めに、星が丘図書館にでも行ってみましょうか!
 お休みでも十七時までは開館してますから、今から行っても間に合いますよーっ!」
「まぁ。オトハったら頼りになるワ!
 私も日本の図書館に行ってみたいと思っていたのヨ!」

 そして、オトハさんはアイディアを出すのも早い。
 手元のスマホですぐに地図と開館時間を確認すると、わたくしたちに見せてくれました。
 ではここで、すっかり子ども扱いされかけているわたくしも!
 星が丘高校茶道部の部長っぽいところを見せるため、こんなセリフを言ってみましょう。

「それでは……。『正座を改めて、もっと学ぶ』ための取り組み。始めますわよ!」


 星が丘図書館は、カフェから歩いて十分ほどのところにございます。
 本日の開館時間は十七時までとのことですが、わたくしたちが到着した時点で、時刻はすでに十六時をすぎておりました。
 つまり、スムーズに資料集めをして貸し出し手続きをしなくては、目的を果たせなさそうです。
 急がなくては!

「それでは、早速ですが、手分けをして正座に関する本を探しましょうか。
 発見した資料は、わたくしたちの図書カードで借りましょうね。
 ルイーズは当然ながら星が丘市民ではございませんから、貸し出しができませんもの」

 図書館のエントランスホールまで来たところで、わたくしは改めて三人に、今回の資料の集め方について確認いたします。
 するとここで、ある疑問が浮かびました。
 ルイーズって、そもそも……。

「……というかルイーズ。わたくしたち、勢いでここまで来てしまいましたけれども……。
 貴方、まず、自分で本を探すことはできますの?
 ここにある本は、ほとんどが日本語。
 外国語の本があっても、基本的には英語かと思われますけれども……。
 フランス人の貴方が、太刀打ちできますの?」
「フフフ、そこなのヨ、コゼット」

 当然と言えば当然のこの事実に気づき、わたくしは早速、資料集めが円滑に進むか心配になりました。
 しかし、ルイーズはなぜか自信満々で、不敵な笑みを浮かべています。
 それを見たわたくしは、一瞬だけ不思議な気持ちになります。
 『いったいルイーズときたら、何がどうして、こんなに余裕しゃくしゃくでいらっしゃるのかしら?』と思ったのです。
 しかし次の瞬間、わたくしは『ハッ』と思い至ります。
 つまり、ルイーズは……。

「日本語の本は、アナタたち三人と探して、読んでいただこうと思っテ!
 私『正座講習』でオトハとシノと仲良くなったおかげで、前よりは日本語ができるようになったけれド……。
 さすがに、全文日本語の本や資料はお手上げだワ。
 せいぜい、並んでいる本のタイトルを見て『これって正座に関係ありそうかモ?』と思うのが限界ヨ。
 そこで、今回は日本語ができる仲間が必要だったノ!」
「……なるほど。ようやく気付きましたわ。
 貴方ってば、それが目的で来日されましたのね?」
「ウフフ。そうとも言えるワ」

 なるほど。
 先ほどルイーズは『コゼットは、私の頼みを絶対に断らない。その確信があるから、日本に来た』という主旨のことをおっしゃいました。
 これは別に、わたくしが『正座を改めて、もっと学びたいと願っている』ことを、ルイーズが見抜いていたわけではなくて……。
 もしルイーズが、せっかく日本に来たにもかかわらず、日本語を読めず、まともに自由研究ができずに困っていたら……わたくしがなんだかんだで心配になって『仕方ありませんわね!』と、手を貸してくれるに違いない! と思ったのでしょう!
 ……なるほど。ルイーズ、意外にも策士です。

「実はネ? 私、最初は一人だけで自由研究を済ませようとしたノ。
 でも、たとえば私がインターネットを使って、フランスから正座の資料を集めるとするでしょウ?
 でもそこで見つかるのは、みんな日本語のページだったのヨ。
 だから、困ってしまっテ。
 まず、日本語では何が書かれているのかまったくわからないかラ。
 それが欲しい資料なのかも自信が持てなかったシ。
 そもそも見つけることから難しすぎて、難航したシ。
 それで! もうこうなったら、直接日本まで行ってしまった方が資料も多いシ!」
「『わたしたちが手伝ってくれる』って思ったんですねー!
 ルイーズさん、考えましたねーっ!」

 オトハさんは、このルイーズのめちゃくちゃな『わたくしたちに頼る計画』を聞いても、大変楽しげに、キャッキャと笑っています。
 ……が、わたくしは『これが正座の自由研究でなければ、ルイーズを張り倒していたかもしれない……!』という気分です。
 まったく、すっかりアテにされています。
 協力しますけれども!
 ……ところで、ここまで一つ触れ忘れておりました。
 それは、わたくしとジゼルお姉さまは、日本語とフランス語の両方が話せます。しかし、オトハさんは日本語だけ。ルイーズはフランス語だけしか話せません……。ということです。
 つまり今、わたくしたち四人の会話は、二か国語が飛び交っている状態です。
 ですが、オトハさんとルイーズは、それぞれの話し方や表情だけでおおむね、誰がどのような話をしているか、理解しているようなのです。
 もちろん、わたくしたちベルナール姉妹で、通訳はさせておいていただいております。
 それでもこんなにスムーズに会話が進むのは、すさまじいことです。
 これは、お二人の積極性と理解力の高さによるものでしょう。驚きです。
 もっとも、これを素直にお伝えすれば、オトハさんはともかく……。
 非常に調子に乗りやすい性格でもあるルイーズを、必要以上に得意げにさせてしまいます。
 なので、黙っておくことにいたしましょう。

「それじゃあー。コゼット新部長とルイーズさんは、ペアで動く。
 わたしとジゼル新副部長はっ、一人ずつ動く。
 ……っていう、三手に分かれて探す方向で行きましょっかっ!
 正座に関する本は、基本的には一階に集まっていると思いますけどぉ……。
 わたしは海外の本を扱っている、二階を中心に見てみますねっ。
 海外の方向けの日本の文化の本。なんてものががありそうですしっ」
「では、わたくしとルイーズは、一階の子ども向けの本を中心に見てみますわ。
 簡単な日本語の本なら、ルイーズも読めるかもしれませんし」
「デハデハッ、ワタシは『茶道』や『華道』も含めた日本の文化全般の本がある、一階実用書のコーナーと……。
 いろんな話題の本が並んでいる、一階新書と文庫のコーナーを探してみマース!」
「閉館時間も考えて、閉館十分前の十六時五十分になったら、貸し出しカウンターの前のソファに集合。と、いたしましょう。
 それで、借りたい本が多すぎる場合は、特に良さそうな本を、厳選して借りる。というのがよさそうですわね」
「承知しマシター!」
「おっけーです!」
「じゃあコゼット、さっそく探しますわヨ!」
「はいはい。足を引っ張らないでくださいましね、ルイーズ?」

 かくしてわたくしたちはエントランスホールから図書室へ進み、本の捜索を始めました。
 そこで、まず最初にすべきは、検索機コーナーへ行き、検索システムに『正座』と入力することです。
 館内のどこに、どのような正座の本があるか、この方法で確かめるのが手っ取り早いと考えたからです。
 しかし、わたくしとルイーズは、ここで早速壁にぶつかりました。

「ねえ? コゼット。コレ、すべて日本語でおりますから私にはよくわからないのだけれド。
 検索結果の雰囲気から見るに、正座専門の本って……意外とないのネ?」
「……ええ。貴方の言う通りですわ、ルイーズ。
 この検索システムは、星が丘市の図書館の蔵書すべてが検索できるのですけれども……。
 そのうち書名に『正座』という言葉が入っている本は、十冊程度。
 しかも、その中には『膝が悪い人でも、この方法を使えば正座ができるようになる!』といった、よく読むと、正座とは無関係と思われる本も混ざっているようですの」
「つまり?」
「……タイトルから『これが正座について書かれた本である!』と目星を付けるのは、難しいということですわ。
 たとえば、剣道や茶道といった、正座が必要な分野の本など。
 『これらの本の一部分になら、正座の仕方が書かれているかも!』といった探し方の方が、早いかもしれません……。ということです」
「なるほど! では事前に決めた通り、児童書のコーナーへ行って、剣道と茶道の本を探しましょウ!」
「それが妥当ですわね。参りましょう」

 正座について深く学びたいと思っても、正座を専門に書いた本は意外と少ない。
 これは、わたくしにとって意外な事実でした。
 これまでわたくしは、正座について知りたいとき、主にインターネットを利用していました。
 だから、書籍における正座の取り上げられ方……いわゆる『正座本事情』には、正直なところ、まったく明るくなかったのです。
 これまでわたくしは正座の情報を集めるとき、たとえば『正座の歴史』といった、古くからの情報ではなく。どちらかというと、科学的根拠等に基づいた、できるだけ最新の情報を探していました。
 それも、書籍にまで目が行き届かなかった原因と言えるでしょう。
 正座は、時代によって少しずつ捉え方が変わっている文化です。
 今でこそ、正座は身体によいもの。
 正座ができれば、色々なプラスがある……! と認識されつつあります。
 ですが、少し前までは『正座をすると足が短くなる』ですとか『腰に悪い』ですとかといった、無根拠であったり、間違っていたりする情報が蔓延していたのです。
 わたくしたち茶道部は、根拠のある正しい情報を武器に、そんなデマと戦い、正座の良さを伝えていくのを目的としていました。
 なので、いつもネタになりそうな最新情報ばかりを優先し、古くからの情報に関しては、チェックを怠りがちになっていたのです。
 つまりこれが、わたくしの『正座を改めて、もっと学びたい』と思う理由でもあったわけです。
 ところで、正座についてまとめた本が、ここまで少ないということは……。
 茶道部でこれまでコツコツ作ってきた冊子やポスターは、実は意外と貴重な資料だったのではないでしょうか。
 それを思うと、データを預かる身として、一層身が引き締まりますわね。

「――でっ。最終的に見つかったのは、これだけってことですかぁ。
 頑張ったんですけどぉ……意外と少ないですねぇ」

 そして、約三十分後。
 貸し出しカウンター前のソファに集まったわたくしたち四人が持ちよったのは、最終的に三冊の本でした。
 つまり、結局、三手に分かれたわたくしたちは、それぞれ一冊ずつしか見つけられずに終わってしまったのです。
 うーん。予想以上に少ないものですわね、正座の本って!

「本当は、もう少しございましたのですど……。
 内容が似すぎている本は、より情報が細かく、詳しい方だけを借りることにしましたから。これだけになってしまったのですわ」
「検索システムには出てきた。
 だけど、この図書館には置いていなイ……。という本もあったものネ。
 今から他の図書館へ行くのは難しいですし、それでもこれだけあれば、十分ありがたいですワ」
「ソウデス、ソウデース! 早速借りて。さっきのカフェで読みマショー!」

 かくして、わたくしたちが手続きを済ませた本は、次のようなものになります。

1:初心者でも安心! 茶道のマナー
2:こどものスポーツ からて
3:SEIZA IS GOOD

 つまりわたくしたちはこれからこの三冊を使って、ルイーズの自由研究をお手伝いしなくてはなりません。
 早速先ほどのカフェに戻って、内容をチェックしていきましょう。

「まず、一冊目の『初心者でも安心! 茶道のマナー』を発見されたのは、ジゼルお姉さまかしら?」
「そうデース。先ほどコゼットも言っておりマシタ通り、本当はもう何冊か、正座について書かれた本はあったのデスガー……。
 この本が、実用書コーナーにある……。かつ、正座に関する記載がある本で、一番内容が濃くて、説明もわかりやすかったので、これにしたのデース」 
「じゃあ、まずはぁ。この本の中で自由研究に使えそうなところをピックアップしていきましょうかっ。
 この辺なんかどうですか?
 茶道の本、わたしもかなりたくさん読みましたけど……。
 どの本も数ページは、正座について触れていることが多いんですよねっ」

 オトハさんの指したポイントは、確かに正座の基礎的な知識が丁寧にまとまっている上、たくさんのイラストがある、大変すばらしいページでした。
 ん? 主に描かれているのはイラスト?
 ということは……。

「フフ。私もこれなら日本語が読めなくてもわかるワ。
 コレ、正しい正座の仕方を説明しているのネ?
 まず、背筋を伸ばして座ること。
 次に、肘は、垂直におろすようにすること。
 それから、手は、太もものつけ根と膝の間に置くけれど、決して重ねずに、カタカナの『ハ』の字に置くこと。
 そういった、基礎的な姿勢のポイントが書いてあると見たワ。
 スカートをはいている場合は、スカートはお尻の下に引くことも書いてあるわネ。
 こっちは、正座をする上でのメリットについてかしラ?
 たとえば、背筋をしっかり伸ばして座ることで、腰痛と肩こりの予防になること。
 たとえば、膝をしっかり曲げて座る座り方に慣れておくことで、年を取ったときの膝痛予防になること……あたりかしラ?
 そして、こちらの絵と文章は、正座は正座でも、猫背はいけない! という理由について書いているのかしラ。
 それは、足の甲に体重をかけると、足に負担がかかり、痺れやすくなるからだったわよネ。
 重心は、常に前に置くようにしておかないと、スグ痺れるって、私知っているワ。
 あと……そもそも猫背じゃ、見栄えがよくないものネ!」
「すっごーい! ルイーズさん、完璧に当てちゃってますっ。
 もしかしてー。本当は日本語が読めちゃってるんじゃないですかー?」
「オホホ。そんなわけないじゃナイ。オトハ。褒めすぎヨ!」

 あーあ。予想通りでございます。
 オトハさんがほめるので、ルイーズったら、すっかり得意げになっております。
 それでも、実際完璧に当ててしまっておりますので、わたくしも言うことはありません。
 それからこの資料は本当に絵がよく、わかりやすいので、ぜひ自由研究に活用していただくことにしましょう。

「じゃあ、内容も正しく理解しているようですし、このページはコピーして持ち帰って、自由研究に使うとよろしいですわね。
 では次へ行きましょう。
 二冊目の『こどものスポーツ からて』ですけれど……。これはルイーズ、貴方が見つけた本ですわよね。
 二人でいろいろ見ましたけれど、スポーツ関係の本の正座情報は、意外にもこれが一番よかったのですわよね」
「そうヨ。この本、字も絵も大きくてわかりやすいし、一冊目の『初心者でも安心! 茶道のマナー』とは別の角度から正座について書いているようで、イイワ!
 ほらココ。『なぜ日本人は正座をするのか』が書かれているの。
 で。文章はひらがなで読めるけれど、意味は私、自信がないワ。
 コゼットよろしク!」
「はいはい。仕方ありませんわね。
 この本によると、正座は明治時代に、初めて礼儀作法として定着した。
 つまり、比較的新しい座り方。と、ありますわね」

 実は、この本に書いてあるのは、わたくしが最近学んだ知識でございました。
 せっかくなので復習させていただきましょう。

「ソウイエバ、江戸時代よりもっと前の時代を描いた日本の作品では……。
 日本人、正座ではナク『あぐら』をかいていますヨネー?」
「ジゼルお姉さまのおっしゃる通りですわ。
 江戸時代以前は、大名の正しい座り方は『あぐら』であったと、この本のここにもございます。
 これはわたくしも先日学んだことですが、あの有名な茶人『千利休』も、正座ではなく、あぐらをかいてお茶をたてていたのだそうですわ。
 それで、なぜ『正座』が浸透したかの理由も、この本にございます。
 それは、明治政府が日本人の正しい座り方を『正座』と決めたからなのですわね。
 外国の文化と差別化するために、日本人らしい座り方として『正座』を選んだようです。
 ……意外とそんなものなのですわね」
「ねー? 何かすごい理由があるとか、歴史がある! とかじゃないんですねぇ」
「……と、思うと『正座』のすごみがなくなってしまいそうですが……。
 そこでオトハさんがご用意した三冊目。『SEIZA IS GOOD』を見ていきましょう」
「オーウ。これはすごいタイトルデスネー」
「力強いタイトルですわよね。ここまではっきり申し上げられますと、頼りがいがありますわ。
 問題は、英語の本ですので、若干わたくしもリーディングに自信がないことですけれども……」
「それなら大丈夫ヨ。私が読むワ!」
「……えっ? 貴方、英語が読めましたの? 中学時代の貴方は、かなり苦戦していたと記憶しているのだけれど」
「いつまでも昔の私じゃないのヨ?」

 そう言うとルイーズは『SEIZA IS GOOD』を手に取り、スラスラと読み始めました。
 本当にルイーズは変わったようです。
 かつては『ディスイズアペン』の意味を理解しているかどうかすら、怪しかったというのに……。
 ん? じゃあ、ルイーズったら、本当は二階の英語の本も読めたのではなくって?
 日本語の本を見てみたくて、きっと黙っていたのでしょうね。ルイーズの考えそうなことです。

「ウン。タイトル通りの本だワ。
 正座をするためのメリットが、たくさん書き連ねてあるノ。
 それだと一見『初心者でも安心! 茶道のマナー』と内容がかぶっているように感じられるけど……。
 こちらは日本以外の国の人たちが正座をしたときの体験談が中心ネ。
 アメリカ、イギリス、中国、ロシア、オーストラリア……。
 すごくバラエティに富んでいるワ」
「では、それって……」
「えーっ? それって、すっごくいい本じゃありませんかー?」

 『かぶっている、ハズレの本ではありませんの?』
 思わずわたくしがそう言いかけると、それよりも先に、オトハさんが声を上げました。
 その声がとても明るいので、わたくしはそれがなぜかわからず『いい本? なぜ?』と、キョトンとします。
 しかし、これには理由がございました。
 オトハさんは、わたくしとはまるで違う視点をお持ちだったのです。

「だって、ルイーズさんの発表を聞くのは、ほとんどフランスの方ですよねー?
 だから、日本人の方のお話だけを聞いても『日本人は簡単に正座ができるかもしれないけど。わたしたち外国人には、ちょっと難しいよ……』って、しり込みしちゃうと思うんですよぉ。
 でも! この本のエピソードを聞いたなら。
 『海外の人でも正座ができたっていう体験談があるなら、自分たちフランス人にだってできるかも!』って思えそうですよねー?」
「なるほど……」

 そのような観点があるのですね。
 わたくしとルイーズだけではなく、斜め向かいで、ジゼルお姉さまも驚いているようです。
 つまりこれは、わたくし、ジゼルお姉さま、ルイーズの三人で本を探していたのなら、きっと見つけられなかった発想だったことでしょう。
 人が増えた分だけ、視点が増える。
 視点が増えると、新しい道を見つけられる。
 これは当然なことのようで、つい忘れがちなことです。
 今日オトハさんがここにいてくださって、本当に良かったとわたくしは思いました。

「よし、この本は買いましょウ。
 フランスに帰ってから注文しても、冬休みが終わるまでには届くでしょうシ。
 アナタたちに相談して、本当に良かったワ。
 ……勇気を出してみるものネ。こんなに助けていただけるなんて思ってなかっタ。
 三人とも、本当にありがとウ」

 そして、ルイーズがびっくりする程丁寧に頭を下げたので、わたくしは、さらに驚きます。
 わたくしたちがフランスで行った『正座講習』は、わたくしたち四人の関係を、わたくしたち一人一人を、こんなにも変えていたのです。
 なので。

「ま、ま、まぁ。助けるのは当然ですわ。
 だってわたくしたち『正座先生』を目指すものたちなんですもの!」

 と、わたくしが思わず格好をつけてしまうと……。

「アハハッ。イジワルコゼットも変わりマシタネー! カッコイー!」
「イエーイ! さすがわたしたちの茶道部新部長!」

 とジゼルお姉さまが笑い、オトハさんがそれに合わせて拍手をするので。

「もう、お二人とも! 茶化さないでくださいまし!」

 わたくしは、大変恥ずかしくなってしまったのでした。


「じゃあ、資料も揃ったことですしーっ。
 具体的に自由研究の内容を練り上げていきましょっか!
 ルイーズさんっ。プランがあるなら聞かせてくださいっ!」

 その後もわたくしたちは大いに盛り上がり、気づくとカフェの閉店までは、あと十五分を切っていました。
 特に大盛り上がりなのは、やはりオトハさんとルイーズです。

「あのねオトハ。当日は私、ずっと正座をしながら発表をしようと思っているノ。
 しかも、自分の発表の時だけじゃないワ。発表の時間じゅう、ずっとヨ。
 こうすれば、私の正座の仕方が正しいってコト、みんなに伝わると思わなイ?」
「いいですねー! そういえばルイーズさん、正しい正座の仕方を動画に撮るっておっしゃってましたけどっ!
 その後、できる限りずっと正座を長くして。
 あとから早送りに編集して……最終的に、何分正座ができたか見せるのも面白そうですよねー!」
「素晴らしいワ! ぜひやってみるワネ。
 私、きっと正座の才能があるシ。きっとできるわよネ。
 自由研究の発表の日。それはすなわち、私が正座の天才としての能力を開花させる日なのヨ……」

 今の問題は、おふたりの会話がヒートアップしすぎて『もうすぐ閉店ですから、続きは明日にしましょう』と言い出しづらくなっていることでしょうか。
 しかし……現在のわたくしたちは、お二人の早すぎる会話の通訳に徹するあまり、会話に参加することすらできていない状態です。
 まったくルイーズってば。
 一度正座に成功し、一度自由研究をまとめるめどが立ったくらいで、この調子とは……。
 これでは、自由研究がうまく行って『正座をしてみたい!』という人が現れようものなら、一体どうなってしまうのでしょうか。
 今から心配です。
 ……それにしても、今回は不思議な偶然が起きました。
 わたくしは今回『正座を改めて、もっと学ぶ』というずっと先延ばしにしていたことを、ルイーズが日本に来たことで達成できました。
 もしもわたくしがもっと前から、ルイーズの自由研究とは無関係に正座の勉強を改めてしていれば、もっとスムーズに協力することはできたでしょう。
 しかし、それができていなかったことで、四人で楽しい時間を過ごせたのも事実です。
 先延ばしはいけないことですが、今回は少し得した気持ちになっています。
 ところで、先延ばしと言えば……わたくしと『とある方』は今、もう一つの問題から目をそらしております。
 その『とある方』とは……。

「……ジゼルお姉さま。このお二人、いつ止めます?
 このお店は二十時で閉店のようですが、もしかしたらこの後、誰かの家で続きを話し合おう……なんてことになりはしませんわよね?」
「オーウ。奇遇デスネーコゼット。
 ワタシも今、それを聞こうと思っていたのデース……」
「でも、楽しそうですわよねぇ。止めるのがなんだか申し訳ありませんわ」
「フフフ……。ワタシも今、まったく同じことを思っていたのデース」

 であれば、たまにはこんな先延ばしもありなのでしょうか?
 そろそろお店の人に声をかけられるのではないか? と戦々恐々としつつ……。
 わたくしとジゼルお姉さまはお二人の会話を、もう少しだけ通訳でお手伝いすることにしました。


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