第12回 人形に見る正座の変化

掲載日2016/10/30
著者橋詰 康子
イラスト時雨エイプリル
 「お人形」と聞くと、一番に何を思い浮かべるでしょうか? 男性なら小さい時に遊んだキャラクターのものが多いでしょうし、女性の場合は昔お気に入りだったリカちゃん人形や、西洋式の着替えさせられるようなかわいいお人形を想像する方も多いかと思います。
 一方、西洋式ではなく、日本の人形を思い浮かべる方も少なくはないかと思います。特に女性なら、ひな祭りの際に飾るひな人形などは、小さい時から親しみやすいものであったのではないでしょうか?
 そんなひな人形をじっくり見たことがある方は、どれくらいいらっしゃるかは定かではありませんが、特に男性はあまりよく観察する対象ではなかったかと思います。実際に、たとえばひな人形がどのように座っているかを聞かれると、女性でも細かくは分からないことでしょう。
 今回は、そんなひな人形に見る正座の変化などについてご紹介していきます。
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・ひな人形って誰をモチーフにしているの?

 毎年欠かさずにひな人形を飾っていたという女性も多いかとは思いますが、ひな人形について詳細を知っている方はあまりいらっしゃらないかもしれませんので、まずはひな人形についてご紹介していきましょう。
 ひな人形の中でも、男女一対のものは、別名「内裏雛」と呼ばれています。「内裏」というのは、皇居のことを指しますので、このそれぞれ男女のモチーフは、天皇と皇太后だという説が強いです。
 また、東日本を中心に、大体は男雛を左側(向かって右側)に、女雛を右側(向かって左側)に置くことが多いですが、実は昔は逆に置くことが当たり前でした。今でも京都などでは、男雛を右側に、女雛を左側に置く習慣が強いので、旅行先などで驚かれる方もいらっしゃるかと思います。
 これは日本に西洋文化が入ってきたことが影響しているという説が強く、元来は右側に優位なものが立つという習慣が強かった日本ですので、次第にその習慣が薄れていってしまったことも考えられます。
 では、次は実際に座り方についてみていきましょう。

・ひな人形はモノによって座り方が違う!?

 実際にひな人形を見てみますと、実は鮮明にはどう座っているかがわからないことが多いです。それもそのはず、特に女雛は、十二単を着ているので、ボリュームを持たせるために綿を含んでいるものも多いからです。
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 実はひな人形も、時代に翻弄されたものでもあります。現に、寛永期(1624~43)に作られた「寛永雛」、享保期(1716~35)に作られた「享保雛」、その後1761年ごろから作られた「次郎左右衛門雛」までは、正座をしていない女雛がほとんどでした。男雛も、あぐらや楽座の姿勢をとっているのが見て取れます。
whatisseiza_12_s7  一方、そこから変化が起こります。宝暦期(1751~63)に作られた有職雛、それに続く明和期(1764~71)に作られた「古今雛」の女雛を見てみると、明らかに足の幅が狭くなっていることから、正座をしているのではないか?と推測できます。したがって、民衆の間でもひな人形と同じように正座が主観として広がってきたという傾向の象徴とも見て取れるのではないでしょうか。

・まとめ

 いかがでしたか? このようにひな人形も、作る人やその周りの習慣と共に変遷していったということがわかるかと思います。当たり前のように飾っていたひな人形も、軸理観察してみると、いろいろなことがわかるかもしれません。ぜひ参考にしてみてください。
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参考文献
丁宋鐵(2009)『正座と日本人』講談社.

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