第7回(最終回) 正座ができる人

掲載日2014/05/26
著者あすら
 「硬くて冷たい板の間。そこで、長時間正座をすることは、幼い私たち兄弟の足には苦痛が大きかった。でも、決して父は足を崩すことを許さなかった」母と子育てについての話をしているとき、母が幼いころの思い出を私に話してくれた。
canseiza_7_s1  近所は狩人ばかりが住んでいたという母の田舎は、山深い奥地にあり、急流の川を渡った先にある“ど田舎”であった。6人の子供と牛や豚などの家畜を祖母がたった一人で育てていた。都会に出稼ぎに出ている祖父の仕送りで、家計は貧しいながらもやっとのことで支えられていたが、その祖父が家に帰ってくることは、月に数回ほどだった。そんな厳しい祖父は、子供たちのしつけには一段と厳しかった。特に祖父が目を光らせたのは食事の時間だ。私の母をふくむ子供たち兄弟は、いつも冷たい土間に設置された板の上で正座をさせられて、食事をしていた。寒い冬の日もかわりなく、もちろん正座だった。足の下の板は硬く、短時間正座しているだけでも辛かったという。あまりの痛さに、足を崩してもいいか、と祖父に訊ねることもあったそうだが、祖父が首を縦に振ることは決してなかった。そんな祖父に対して母は憎しみをもつまでだったという。
canseiza_7_s2  今どき、そんな話を聞くと、子供には過酷すぎるのではないかと思うのだが、驚くことに母はそんな祖父のしつけを誇りに思っている部分もあるという。「よその家にいったときはね、とてもよく誉められたのよ」母は嬉しそうに言った。時々、祖母のつきそいで街まで出てきて、知り合いの家にお邪魔することがあったそうだ。そうしたとき、家にあがってから帰る最後まで足を崩さない母たち兄弟の姿に、家主は大そう感心したという。いつしか「〇〇さんちのお子さんたちは、お行儀がよくて、本当によくできた子たちね」という評判が、あちらこちらで立つようになった。母にとっては、それが誇りだったという。その貧しいながらも保たれていた“正座の習慣”は、母が都会に引っ越した後も通じるものであった。都会のルールはわからない。どんなおしゃれが流行しているのかもわからない。そんな環境で、田舎者呼ばわりされることも多々あったというが、どんなときもしゃんと背筋を伸ばして正座を続けることが、人としての品格をもたらしてくれたという。
canseiza_7_s3  そこで思うのは、品格をもつのに、どういう環境で育つかは関係ない、ということだ。大切なのは、“環境”ではなく“習慣”なのだと思う。そして、その“習慣”をどのように活かすかが、その人の品格に大きく影響するのだ。つまり、「正座」が出来るだけでも、人としての品格が保たれる。「正座ができる」ということが、その人の魅力を高めてくれるのだ。
canseiza_7_s4  ならば、正座をせずにはいられない。そして、あなたの正座をしている姿が、見た人の心を、きっとすがすがしいものにさせるだろう。是非いっしょに「正座ができる人」を目指してはいかがだろうか。

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