第5回 正座と笑顔

掲載日2014/03/14
著者あすら
 正座をするとき、そこに広がるのは緊張・静寂・威厳、そして笑顔である。「正座」と「笑顔」は、一見なかなか結び付きそうにないが、正座をする時間というのは、意外にも厳格な中にも笑顔が多いことに気付く。
canseiza_5_s1  私のコラムでも何度か紹介しているように、正座はおもてなしを受けている時や、食事を楽しむときにすることが多い。また集会があったときなど、地域の公民館の和室で、皆で机を囲んで正座することもある。こういうとき、実に気持ちがいいものだ。なぜだろう、まさに膝を交えて話しているような気分になる。
canseiza_5_s2  また、正座によって、笑顔がうまれることもある。以前、私の勤める着物のレンタル店にテレビ取材の話があったときのことだ。出演者は、マニアックなアイドルだという。万人受けしにくい作品なだけあって、向こうのスタッフは問い合わせの段階から、かなり慎重な姿勢だった。また実際に店にきて打ち合わせをした際も、スタッフの腰はひくかった。ただ向こうとしては、少しでもいい映像を撮りたいらしく、撮影に関して少々無理難題をつきつけてきた。こちらとしても、まだ受けようか受けまいか迷っている段階であり、少しでも不利な取材であったら断ろうと決めていた。
canseiza_5_s3  撮影内容について、スタッフと意見をかわすうちに、私はつい夢中になって話を進めた。終始スタッフの方たちは、我々の顔色をうかがいながら、緊張の面持ちである。と、しばらくして、足にしびれを感じた私は、スタッフの方にも「どうぞ足を崩してください」と声をかけた。すると、向こうは苦笑しながら、「もう遅いです」と言って、床の上にはいつくばったのであった。
canseiza_5_s4  このとき感じたのが、相手は「足を崩してください」という私の一言を聞くまでは、きっちりとかしこまって打ち合わせに応じてくれていたのだという、相手の配慮の気持ちだった。きっと打ち合わせ中も、私以上に足がしびれて辛かっただろう。だが、そんな様子を察せられないように真剣な表情を変えなかった。
canseiza_5_s5  そこで思う。こうして「足を崩してください」という一言を逸してしまった結果うまれたのは、“笑顔”だった。緊張していたスタッフも、厳しい表情をしていた私たちも、正座がきっかけで、皆が笑顔になったのだ。そして、スタッフに好意もうまれた。正直にしびれたと言ってくれたことも、不快になるどころか、自然と親しみがわいた。もちろん、その後の打ち合わせも、終始穏やかな空気に包まれて無事に話がまとまったのであった。
 「正座」することは、一見、厳しく、辛い。だが、視点をかえてみると、意外にも“笑顔”に近い座り方なのである。そして、正座が辛いから、正座をすると足がしびれるからと言って、はじめから崩した座り方をするよりも、“正座をしよう”とする心が相手に好印象を抱かせるのである。

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