[261]第27話 正座と妊婦 ~妊娠・出産後の楽な座り方~


発行日:20??/??/??
タイトル:第27話 正座と妊婦 ~妊娠・出産後の楽な座り方~
シリーズ名:やさしい正座入門学
シリーズ番号:27

著者  :そうな
イラスト:あんやす

本文

当作品を発行所から承諾を得ずに、無断で複写、複製することは禁止します。

やさしい正座入門学

第27話 正座と妊婦 ~妊娠・出産後の楽な座り方~

 「実は、今妊娠してるんだよね。」と、私の周りで、はにかみながら妊娠報告をしてくれる友人が増えてきた。お祝いの言葉やちょっとした小物を贈ることも増え、それはそれで日常の中に新鮮な気持ちを抱かせてくれる。
 友人との子供時代の思い出や、これから家族が増えて暮らしが変わっていくであろうことに思いをはせていると、ふと私の中に(もはや職業病ともいえる)こんな疑問がふつふつとわいて出てきた……。
「そういえば、妊婦さんは、どんな座り方をするのだろうか?」
 お腹に《もう一人の人間の命を抱えている》妊婦さんだからこそ、《身体に負担のかからない姿勢》をした方がいいのではないだろうか? 赤ちゃんの重みも足にかかってくるのだから、きっとそうに違いない。妊婦さんにだって座りやすい姿勢があるはずだが、そんなときに正座なんてどうだろうか? 想像してみるに、赤ちゃんの重みが全て膝にかかってくる姿勢に見え、楽とはほど遠そうなのだが、実のところどうなのだろうか?

 これまで正座は、《背筋が伸びる、身体に負担の少ない姿勢》だと調べ、また良い点として述べてきた。
 だが、その一方で、シビれやすい姿勢だというデメリットもある。当正座協会では、シビれを軽減したり、なるべく早くシビれを取り除いたりといった方法を提示し、また研究しているが、それでもやはりシビれ自体を失くすことは、人間である以上難しいことである。それらを考えると、楽々と姿勢を簡単に変えられない人や、膝に体重がかかる何らかの理由がある人にとっては、シビれやすい姿勢はデメリットなのではないだろうか? はたして妊婦さんにとって、このような正座は、どう感じられているのだろう……?

 その疑問を払拭してくれたのは、一人の妊娠経験者である学生時代の友人だった。以前久しぶりにメールを送ってみたところ、「実は子供が生まれていたの!」という嬉しそうな返信をもらったことを思い出し、直接聞いてみることにしたのだ。


 取材がてらランチをする約束をした当日、学生時代の友人とはいえ、幼い子供のいる母親の時間を頂戴してしまうことに、心配性な私は内心ソワソワと浮足立っていた。
 しかし、しばらくして、時間丁度に現れた彼女を見て、そんな不安も吹き飛んだ。彼女は、昔と変わらず爽やかな笑顔と雰囲気で、それでいて見た目には何の変化もなかったのだ。
 これは、私の中の産後の価値観が変わった瞬間でもあった。よく、SNS等で、「出産すると女性の体形は崩れる」「激太りする」「もう元には戻らない」といったマイナスな情報ばかりを目にしていたからだ(特にマイナスな表現が大きく出回るのが、SNSの特徴なのかもしれないが)。やはり物事は、そんなに単純に二極化できるものではないんだなぁ……とホッとした瞬間でもあった。(なんにせよ、体を戻すのに涙ぐましい努力は必要だとは思うが)
 そう胸をなでおろすと同じに、「(子供が生まれて大きな役割・責任が増え、子供中心の生活を送っているのだろう。きっと疲れているに違いない、そんなときに連れ出して申し訳ない!)」と思っていたのだが……そんな私の心の内を伝えると、彼女は、
「むしろ、久しぶりにカフェに来られた! 超解放感だよ! どれも美味しそう~! 何食べよっかー!」と、目を輝かせていたのだった。
 聞けば、日々の目まぐるしいタスクをこなす彼女には、『昔から自分が自分でいられたこの時間』が必要だったのだそう。そんなこんなで、心配性な私は安心して取材を開始することができたのだった。

 ランチを楽しく選んだ後、雑談も兼ねて早速『妊娠・出産後の姿勢』について話をすることにした。……と、ここですぐに姿勢について書きたいのは山々なのだが、まず「妊婦さんという状態」とはなんぞや、ということだった。
 よく耳にする妊婦像はこうだ。「妊婦はお腹が大きい」、「妊婦は病気ではない」、「産むときがツライ」。……聞きかじったものを羅列してみたが、なんだこれは。つまるところ、全然知らないじゃないか。妊婦はお腹が大きいなんて、力士は体が大きいというくらい「見ればわかるよ」というものである。だが、ネットで検索してみても、具体的な単語で検索をかけなければ、妊婦さんの具体的な状態などは書かれていない。
 私は、「妊娠関連に無知だから、いろいろと間違っているかもしれない。その場合はご教授ください。」と前置きして、彼女に色々な疑問をぶつけてみた。(※筆者は女性だが、妊娠したことがないので、その世界のことは知る由もないのだ。たまに、「女なんだから、妊娠・出産・子育てのことは男より分かるでしょ」「男と違って女には母性が備わっているんでしょ」などと頭ごなしに言われるが、そんな『時期が来たら芽生える力なんてSFじみたもの』は持ち合わせておらんのです。)

 彼女が教えてくれたのは、こうだった。「まず、妊娠には初期・中期・後期があってね、それぞれで状態が変わってくるのね。お腹が大きいのは後期で、一般的な妊婦像は後期の姿だから、その時期が一番大変って思われがちだけれど、私の場合は、初期が一番ツラかったなぁ。」
 なんと、初期が一番ツラいとは、考えたこともなかった(状態が異なる方もいると思うが、ここでは彼女の例で進めることとする)。お腹もほとんど出ていない時期だから、もし隣に立っていたとしても、マタニティマークがなければ妊婦さんだと気づかないだろう。一体、どういったところがツラかったのだろうか。
「つわりで吐き気がひどかったり、食べたかった物が匂いで食べたくなくなったりね。自分でも不思議だったけれど、自分の体が変わったことに追いつけないというか……。中でも、頭痛がひどくても薬が呑めないのはしんどかった! 胎児に影響が出ちゃうからね。そんなときは、痛みが治まるまでひたすら耐えるしかないんだ。」
 長年付き合ってきた自分の体が、これほどまでに変わってしまうとは、妊娠が体に与える影響が相当なものであることが分かる。それだけでも戸惑いツラいだろうに、体調が悪いときに薬が吞めないとなると、踏んだり蹴ったりである。
「そんなときに、夫から『ご飯まだー?』なんて言われたら、イライラしちゃうんだ。だから、感情の起伏も結構あったよ。特に、夫がお酒を飲んで帰ってくると、うらやましさと体のダルさで、またイライラしてしまったり……」
 ひぇぇ、自分(と胎児)が生きるのに精一杯のときにそんな言動をされたら、男女問わず、誰でもイライラしてしまうだろう。妊娠初期は、一見すると何も変わったように見えないだけに、周りから「いつもの自分」を求められがちのようだ。初期の苦労は、肉体的にも精神的にも大変そうである。
 ちなみに、その時の楽な姿勢はというと……
「うーん……ないねぇ。そもそも、体力的にもぐったりしているし、医者からも『(胎児が)安定するまでお母さんは安静にしててね』と言われる時期だから、楽になるには横になるしかない感じ……。」
 当然のごとく、この時期は、正座どころではないようである。

「妊娠も中期に入ると、少しは楽になったよ。私の場合、初期がキツすぎたからね。」
 少しでも楽になれる時期があるなら、本当に良いことだ。継続的な苦しみがほぼ一年も続くと考えると、同じ女性として自身が体験するかもしれない未来を想像し、やや血の気が引いてしまう……。本当によく耐えぬけるなぁと感心していると……
「耐えられるのは、赤ちゃんのことを考えるから。これに尽きるよ。それがなかったら、私だって音を上げていたはずだよ。」
 確かにそうである。赤ちゃんと会えるときを願って、日々を過ごしているのだから。いうなれば、きっとお腹の中で赤ちゃんを育てると同時に、絆も一緒に育んでいるのだろう。(旦那さんが寄り添ってくれるタイプの場合も、この過程で同じく絆が深まりそうだ)

「妊娠後期はね、初期のツラさとは違ってお腹の重みで自由に動けないし、何より腰がツラかったよ。もう、気を抜くとすぐ腰痛になっちゃって困った記憶がある! それこそ、日常生活はもとより、電車なんて試練のごとく!! 相変わらず薬も吞めないしね。……正座? うーん、正座はあまりしなかったよ。赤ちゃんの重みもプラスされて、足がしびれちゃうから。しかも、常にむくみがある状態なんだ……。」
 想像に難くなかったが、やはり、体に赤ちゃんの体重がプラスされると、正座をするのは厳しいようだ。さらに、むくみまであるとなると、やはり正座をしている場合ではないのだろう。しかし、このあと私は気になる発言を聞いた。
「後期の妊婦さんって、『反り身(そりみ)』になりやすいんだよね。」
 反り身になると、背中や腰に負担がかかり、腰痛を併発しやすくなるのだという。それならば、背筋を伸ばして座る正座は、上半身だけ見れば楽な姿勢だろうか?
「そうだね。実は、楽な姿勢を探して色んな座り方を試していたことがあってね、正座をしてみたこともあったけど、姿勢的には楽だと思えることもあったよ。座り方としては、お腹を太ももにのせて抱えるイメージかな。」
「基本的には、イスに座ることが多かったよ。背もたれに体を預けて座っていることが多かったかな。腰のためには姿勢を伸ばすのが楽だったけれど、やっぱりお腹が物理的に重いから。」
 お腹の重みに反り身の姿勢、待てよ、これならもしかして……と、ある物が頭に浮かんできたが、とりあえず話を続けて聞くことにした。

「産んだ後は、まぁスッキリ! もちろん、赤ちゃんが出てきたんだから、その分軽くなったよ。腰痛ともお別れできたし。産むときは悶絶したけど、そのときの苦しみは割愛するね。」
 本当にお疲れ様! 赤ちゃんも生んで、これで生活も元通りになったのかしら。それにしても、妊娠・出産時に正座はあんまり向いていないのかなぁ。なーんて話しながら、のほほんとお茶をすすってみると、
「ふふ、実はそんなことなくてね。」
 と、彼女はこんな重要なことを教えてくれた。
「産むときって、いろいろあってね。赤ちゃんが出てくる穴が小さい場合、先生がハサミで切り広げるんだけれど、そのときに『切開傷』っていうのができるんだ。それと、赤ちゃんを産むときにできた傷を縫った『縫合傷』。さらに私は、『産後痔』っていうのにも悩まされたよ。こういうのがあると、直に床にお尻をつけるのがすごく痛くて困った! そんなときに、直にお尻が床につかない正座が楽だった記憶があるよ。」
 正座、意外なところで役に立っていた! さらっと聞いた前半の話が衝撃的で恐ろしかったが(「でも、赤ちゃんが無事に生まれてくるために必要なことだから」と爽やかに笑う彼女に金メダルをあげたい)、この話を聞いた私は、妊娠後期の話を聞いたときと同じく、ある物が頭にハッキリと浮かんでいた。いざ、満を持してお披露目だ。
「そういえばね、正座椅子っていうものがあるんだけれど、知ってる?」
「ん?」と、顔全体に疑問の色を浮かべている彼女。
 私は、彼女に正座椅子の存在を伝えてみた。当ホームページ10話の『素敵な 和む 美しい正座椅子』の写真を見せながら説明すると、
「そんなのあるんだ! それがあったら、だいぶ楽だったと思う! 妊娠後期も、正座椅子があったら、かなり違ったと思う!」と、目を輝かせて話を聞いてくれた。そこまで話に食いついてくれると、なんだか嬉しい。


 他にも、色んな正座椅子を見てもらった。中でも、内部の作りがドーナツ構造になっているものに興味をしめしてくれていた。商品の説明を読むと、実際に空気が入っているのは外周のみで、中心部が少しへこんでいるので、おしりの座りもよいとのことだった。
「真ん中が凹んでいる正座椅子もあるんだ! これなら産後の傷もそこまで気にしないで座れそう! 産後にこれ知ってたら楽だったろうなー!」
座々丸 淡交社仕様

 その後、私たちは積もる話をして、その日は切り上げた。
 帰りの電車の中で、私は彼女との会話を思い返していた。妊娠には、大きく分けて3つの段階があること、人それぞれではあるが、初期から体調が容赦なく変化すること。妊娠後期から産後にかけて、姿勢の面で苦労することなどなど……。(学生時代の話も楽しかったけれど、割愛!)
 そういえば、ランチタイム時に「妊娠している女性がいるご家族に一言!」と聞いてみたところ、「んー……やっぱり、妊娠前よりも気をつかってほしいな。それも、ちょっとした優しさでいいんだ。妊娠中は、普段と違う体調が続いて疲弊しているから、とにかく優しさがほしい(笑)」と、控えめな答えが返ってきた。控えめだけれど、とっても大切なことが詰まっている一言だと思った。きっと、それこそが、妊婦さんが出産までの日々を耐えていくのに必要なものなのだろう。

 妊婦さんが痛みや苦痛を訴えると、蓋をするように飛んでくる言葉に、「妊娠は病気ではないのだから」という言葉がある。確かに、それはそうである。だが、妊娠は『通常の状態』でもなければ、健康な状態(※1)でもない。『体調がすぐれない日(しかも、痛み止めなどが使えない)』という状態が(個人差はあれど)頻繁に起こり、またそんな中でも胎児のために健康でいようと努めるのが、妊婦さんの日常なのだ。
 妊婦とは、妊娠時にしかなりえない特別な女性の状態だ。病気や怪我などの、いつ誰にでも起こりうる、また経験しうる状態とは大きく異なるものである。つまり、誰もが理解できる痛みや苦痛ではないということがうかがえる。だからこそ、そういった言葉を発したい気持ちをこらえ、知らないことに寄り添う気持ちが必要なのかもしれない。自身が妊娠を体験した方なら、なおのこと寄り添ってあげられるはずだ。

 そういえば、奥さんが妊娠した知人男性、妊娠を経験した知人から、こんな声をきいたこともある。
「妻が独身時代に好きだったスイーツをプレゼントしたのに怒られた。」
「綺麗な花をもらったけど、正直迷惑。」
 前者は、つわり真っ最中で、大好きなケーキすら食べられない体調だったのかもしれない。後者は簡単に見えて毎日世話が必要なものだから、渡して終わりではなく、花を活けて枯れるまで世話をしてあげたなら良かったのかもしれない。あ、いや、つわりのときは匂いも受け付けないことがあると聞くから、やはり難しいチョイスなのかもしれない。

 それでも、「ツラそうだ」「何か助けになりたい」と思うこともあるだろう。もし、何か物をプレゼントしたいなら、妊娠後期に向けて正座椅子なんてどうだろう。その際、クッション性にこだわったり、患部の痛みを軽減できそうな形状を提案してみてもいいかもしれない。オシャレな人には、機能性さえ兼ねていれば、インテリアになりそうなものを選んでみても嬉しいのではないだろうか。正座椅子にも、高級素材を使っていたり、安価なものだったりと、幅広い商品があるのだ。
 ……とはいったものの、この取材を受けてくれた彼女がいうように、物でなくても、「ちょっとしたときに身体の心配をしたり、ちょっとした優しさをかけたり」することが、妊娠中の女性にとって一番嬉しいことなのかもしれない。もし自分だったらと思うと、私もそれが一番の安定剤になるのではないかと想像するのだった。


※1
(※健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。『公益社団法人日本WHO協会』HPより『WHO憲章』訳の引用)

あわせて読みたい