[408]木漏れ日の中で愛の旅に出よう


タイトル:木漏れ日の中で愛の旅に出よう
掲載日:2026/04/04

シリーズ名:白雲木シリーズ
シリーズ番号:1

著者:海道 遠

あらすじ:
 美穏は務めからの帰り、背後からつけられていることに気づいて足早に進んだ。住み慣れたマンションの斜め前には、白雲木(はくうんぼく)の樹がある。初夏に細かく白い花が咲く。
 白雲木の樹から、ふわりと枝が飛び出してきて美穏を包みこんだ。背後の靴音が追い抜かしていった。翌朝、根本で目覚めると、下半身が樹木に埋まったままの青年がいて、樹(たつる)と名乗った。美穏は彼の正座を手助けするために出会う運命だったとは、後で知る。



本文

当作品を発行所から承諾を得ずに、無断で複写、複製することは禁止しています。

第一章 足音

 駅前通りの街灯から、ずいぶん遠くなった。
 通行人もまばらだ。この先に進むとますます住宅も少なくなってくる。
 美穏(みおん)の靴音だけが暗闇に響く。いや、もうひとり――確かに後ろからついてくる靴音がする。
 振り向きたい。その衝動を美穏は必死で堪えた。何かのネットの読みもので読んだことがあるのだ。不審者につけられても、絶対に振り向いてはならないと。
 何故かというと、不審者に気づいたことを知らせてしまうのと、振り向いて歩くスピードを落とした隙に距離を詰められてしまうからだそうだ。
 その文章が頭に残っていて、美穏は一生懸命に振り向きたい気持ちを抑えて歩き続ける。

 それに、数日前にも隣町でストーカーによる女性被害の事件があったところなのだ。
 そんな怖いことばかりが頭をよぎる。
 街灯の数が少なくなり、人通りも車の通行もぴたりと止んでしまった。
 聞こえる靴音は美穏自身のと、背後からつけてくる不審者のものだけになってしまった。
 自宅のマンションまで後数百メートルだ。昼間ならすぐ近くに思えるのに、今は長い長い距離に思える。
 自分の動悸や息切ればかりが耳元で聞こえる気がする。

 ようやく自宅マンションがすぐ先に見えてきた。
 数年間住み慣れたマンションの斜め前には、年輪を経た白雲木(はくうんぼく)の樹がある。初夏に細かく白い花が咲く。
 美穏はその樹木にとても親しみを感じている。特に、朝や昼間葉っぱの下から見上げる木漏れ日が優しくて、大好きだ。
 ホッとした弾みに、白雲木の樹にもたれかかった。と、同時に樹から、ふわりと枝が飛び出してきて美穏を包みこんだ。
「―――え?」
 自分の肩を樹の枝が抱きしめているではないか。
 じっと息を潜めていると、背後の靴音が追い抜かしていった。
「ああ、良かった」
 ホッとした拍子に、美穏は枝から逃れようとジタバタした。
「じっとして。もう少し」
 オデコの上で囁かれた若い男の声に、美穏はまた身体をすくませた。

第二章 根元での朝

 ふと目が覚めると夜明けの空が見えた。
 美穏は、白雲木の根元で寝てしまっていたことに気がついた。
 一斉に並木道の端の、沼の岸辺から白い鳥の群れが飛び立った。聖潔の証明のような純白の鳥ばかりだ。
 振り向くと、昨夜、包んでくれた両手を広げて青年がいた。
「よく眠れたかい……?」
「は、はい」
「夜風の中で寝てしまって、風邪をひかないか心配したんだが」
 美穏は起き上がり、胸から下が樹木で出来ている青年を改めて見た。
(夢じゃなかったんだわ……)
「僕のことを怖がらないで。僕の名前は、樹(たつる)という。君は?」
「わ、私は美穏(みおん)です」
「美穏ちゃんか……高校生くらいの君から、長い間、君を見てきたよ。ご両親やご家族と接する君や、お友達と帰宅してくる君、遊びに来たお友達とおしゃべりする君……」
「そんなにいろいろな場面を?」
「あ、失礼した! これでは昨夜の不審者と同じだね。でも、場所から、どうしても君が視界に入ってくるんだよ」
「視界だけの理由で?」
「いや、君に惹かれたから、見てしまってたんだ。昨日は、不審者につけられているって気づいて良かったよ。怖かっただろう?」
 美穏は昨夜の恐怖を思い出した。
「私、日頃から痴漢とかに遭ったら、大声出してやろうと思っていたけど、実際に後をつけられてみると、まるでダメだったわ。足ががくがくして――」
「可哀想に……」
「助けてくださってありがとう。樹さん」
(どうして樹木の身体になっているの?)
 尋ねたいのをガマンした。
 首までは樹肌だが、誠実そうな人柄が感じられた。

第三章 燃える社と樹

 翌日の夕方も樹のいる街路樹に寄ってみた。
 角を曲がると見える!
 しかし、美穏の目に映ったのは、朱色の火が燃え上がる街路樹だった。
 黒い妖し(あやかし)の鳥が火を吹きながら、飛び回っているではないか。
「樹さん!」
 美穏は駆け寄ったが、炎の熱でとても近寄れない。そうこうしているうちに、樹木は真っ黒に焦げてメリメリと音を立てて倒れてしまった。
(そんな……樹さんが焼けてしまうはずがないわ! 昨日まであんなに瑞々しい笑顔を見せてくれたのに)
 そればかりか、火は神社の本殿に燃え移り、茅葺(かやぶき)の屋根はすでに朱色の炎に包まれている。
 宮司さんと奥さんが、本殿のご神体を懸命に運び出している。
 かなりの数の消防車が駆けつけてきた。
 美穏は消防員のひとりひとりに、
「半身が樹木の青年を知りませんか?」
 と、聞いて回った。
 皆、不思議そうな顔をして首を横に振った。
 美穏は街路樹の並木道をよろよろと、樹の名を呼びながら探し回った。
 並木道の街路樹は全て焼け焦げてしまっていた。美穏は足を引きずりながら探し回った。
 夜は更け、導かれるように丘の上の神社に向かった。

 階段を最上階まで上がると、鳥居の向こうに巨木が見えた。古めかしい注連縄(しめなわ)が張り巡らせてある。
 その姿から、美穏は樹の気配を感じた。
「樹さん! ここにいたのね!」
 やがて、樹が姿を現した。
「樹さん、どこにもケガはない? やけどは?」
「大丈夫だよ、間一髪だったけど、燃え移る前に逃げられた」
「よ、良かった〜〜!」
 美穏は初めて、ぎゅうっと樹の肩を抱きしめることができた。
 素早く部屋へ戻り、パジャマのズボンとバスタオルを持ってきて、樹の身体を包んだ。

「私の部屋に来て休んでちょうだい」
「あ、ありがとう」
 樹はどうにか歩くことができたものの、長い年月を樹木の中で立って過ごしてきたので、膝が曲がりにくい様子だった。
「うわあ、きれいな部屋だなあ」
 美穏の部屋へ踏み込むと、樹は叫んだ。
「よけいな物を買いこまないようにしているだけよ」
「僕が葉っぱを落として散らかしてしまいそうだ」
 美穏はタオルを湯でしぼり、樹の肩や背中を拭った。しかし葉っぱは肌からしっかり生えていて、抜くこともできない。
「どうしてこんなことに……」
「それは、ゆっくり話すよ」
 普通の人間でないことは確かだ。
「深いわけがあって……。信じてくれ。普通の人間だよ。理由があって、こんな身体になってしまったんだ」
「判ったわ。シャワーは浴びれそうね。どうぞ使って」
 シャワーの後、樹は美穏の部屋着を借りた。

第四章 樹との夜

 窓の外はすっかり夜の闇に包まれ、街の灯が美しい。
 消防車も引いていき、街は平穏を取り戻した。
 美穏はコンビニで食料品を仕入れてきた。手作りの料理を食べさせてあげたいが、そのスタミナが無い。急に樹の横顔を見て、胸が高鳴ってきた。樹木の妖怪みたいな変な人だが、恩人だ。
 多分、自分より歳下だろう。
 睫毛が長くて少年の面影がある。お弁当を食べている姿を眺めていると、眠くなってきてベッドに横になった。
 心地よい疲れと青年の眼差しのせいか、睡魔に引きずり込まれる。
「君は? 汗だくだったろう。シャワーは?」
「むにゃむにゃ……眠いの……寝かせて……」
 美穏は寝入ってしまう。
「おい、寝ちゃうのか? 俺はどうすればいい?」
 美穏の寝息が部屋に漂う。
 樹はしばらくベッドの周りをウロウロしていたが、さすがにどこかに休みたくなった。
(身体が曲がらないというのは、樹木と一体になっている時は良かったが、独立してみると不自由だ。座れないし……こうなったら、ええいっ!)
 ベッドに飛び乗り、美穏の横に寝転んだ。
 美穏の寝息に汗の匂い。可愛い。樹は美穏の背中に胸をくっつけた。

 翌朝、樹が目覚めた時、美穏はまだ夢の中だった。長い間、樹木の上から見つめていた女の子が腕の中にいる。
 濃い睫毛にサクランボみたいな唇をして。
 樹はそっと唇を寄せてキスをした。しばらくすると、睫毛がぱっちり開いた。
「樹さん、まさか……キスした?」
「した。ごめん。もしかして初めてだった?」
「初めてよ……」
 瞳に涙が溢れてきた。
「ごめん……そんなにイヤだった?」
 美穏は急に顔の向きを変えると、自分から思いきって樹の唇に熱いキスを返した。
(甘い……蕩けそうだ……)
 樹はしばらく呆然としていた。
「本当に初めて?」
「失礼ね。初めてって言ってるでしょ」
 美穏の頬が真っ赤だ。
「ちょっとベランダに出て、夜風に当たってくるわ」

第五章 攫われた

「きゃあああっ」
 しばらくして、美穏のただならない悲鳴が聞こえた。
 樹がベランダに飛び出した時、美穏が黒いマントの男にふわりと抱き上げられ、飛んでいくところだった。必死でこちらへ手を伸ばしている。
「樹さ~~~ん、助けて!」
「みお~~ん!」
 空を飛べない樹には、どうすることもできない。
 まだ夜の明けきらない紫の空を、美穏は黒いマントの男に抱かれたまま飛んでいく。間近に迫る昏い(くらい)視線は震えあがるほど恐ろしい。
 街はずれの草原まで飛んでくると、男は美穏をドサリと投げ出した。
「わかったわ! あなたでしょう、私の後を着けてきた不審者は! 近寄らないで!」
 勇気を出して叫んだ。
 男は顔色ひとつ変えず立っている。
「勘違いするな。お前を欲しているとでも?」
「じゃ、どうして私をさらってきたのよ」
「樹のヤツを苦しめるためだ」

 そこへ大きな羽音がしたと思うと、上背のある、クジャクのマントを着た灰緑色の髪の青年が舞い降りてきて、美穏を抱き上げて舞い上がった。
(黒いマントの男から放たれたと思ったら、次はクジャク男~~?)
 わけが分からない。
 クジャク男は、途中で高い木の枝に腰かけ、腕の中の小娘をまじまじと見る。
「ふん、こんなチンクシャのどこがいいんだ」
 聞捨てならない言葉だ。「チンクシャ」とは、犬のチンがくしゃみをしたような不細工なという意味だ。
(黒いマントの男といい、このクジャク男といい、失礼極まりないわね! 何なのよ~~?)

 遠くから、声がした。
「みお~~ん、どこだ? 今、行くからな!」
 樹の声だ。
 並木道の向こうから走ってきた。止まって、ぜいぜいとしている。
「ほう? 長い間、樹木の中にいたにしては、よく走ってこれたな。そんなにこの女が大切か。私より魅力的か」
 クジャク男が緑色の瞳を光らせて唸った。
「緑里眼(りょくりがん)、お前の思いなど虫唾(むしず)が走る。僕がお前のものになるわけはないだろう」
 美穏は少し事情が分かってきた。
 黒いマントの男は樹を苦しめるために美穏を攫い、クジャク男は樹を愛して追いかけているのだ。
 つまり、美穏がいくら鳥のエサのように攫われても、彼らの目的は樹ひとりなのだ。

第六章 無明の回想

 黒マントの男、無明が神社の焼け跡に突っ立っていた。
(その昔……、俺たちの一族は、武将の隠密の手先となって情報を集める一族だった。それは命を張った危ない仕事だった。しかし、やらねば自分だけでなく血縁にまで重い罰が待っていたので実行しないわけにはいかなかった。断ることができないほど俺たちは貧しく、地位は低かった)
(白雲木神社の秘密を探る命令が下され、仲間が忍びこみ、敵に白雲木の実を使って戦うことが判った。もし、実を口にすれば蕁麻疹(じんましん)や熱が発生して配下の者の戦闘力は期待できなくなる。樹木の神に仕える身でありながら毒を使うとは! 許し難い一族だ)
(綱渡りのような、命の保障がない生活をしていた俺たちと比べ、ご神木さまの子を宿したという巫女の産んだアヤツ――樹は、ひもじさも寒さも知らず、ぬくぬくと神社の奥で大切に育てられた)
(樹のヤツめ、許せん!)
(アヤツさえいなければ、俺たちが神社にもぐり込み、支配権を手にすることができたものを)
(神社一族と樹が憎くてたまらなかった)
(肚(はら)の底から憎しみが沸いて、沸いて―――神社の本殿も境内の木も全て灰になってしまえ! と、身をよじって呪った)
(12歳から白雲木に埋めこまれたアヤツを、どうすれば仕留められるか、今か今かと窺っていたのだ)
(そして、新たな邪魔に入ったのが、これも憎くき緑里眼! クジャク男め。半妖ゆえに妖しくも美しく、もてはやされていた目障りなヤツ。しかも、樹のヤツを欲していた。『打倒! 白雲木神社一族』を掲げる我らには、目の上のこぶでしかない)
(そのうち、白雲木の実を口にねじ込んでやる計画だったが――)
(今回、樹がたまたま匿った(かくまった)小娘を手中にしたとたんに掻っ攫われてしまい――。計画が狂った。アヤツ、クジャク男も憎い)

第七章 緑里眼

「お前の言うとおりになってやってもいい。いいから、美穏を自由にしてやってくれ」
「なに? 俺のものになってもよいと? 樹!」
 緑里眼とやらの眼が鋭く光った。
「樹さん、ダメよ、私なんかのためにクジャク男の言いなりになるなんて!」
「僕こそ君を犠牲にして生きていけない!」
 ザワザワと葉擦れの音がした。
 樹(たつる)が一時逃げこんだ、神社の白雲木という巨木の葉擦れの音だ。
「美穏―――。僕は白雲木の女神に守られて育ったらしいんだ。神社の巫女さんのお腹を借りて産まれ、16歳になったら、ご神木の中へ合体することが決まっていた」
「巫女さんがご神木のお子を宿されたの?」
 身穏は目をくりくりさせた。
「ご本人――巫女さんにはまったく覚えがなかったらしい。処女懐胎とでも言おうか……」
「樹さんは人間としての人生を諦めたの……?」
「まあ、そうなるかな。ご神木として生きる運命だから」
「そんな……」
「いいんだよ。あの並木道の一本となって、君と知り合えたからね。でも番狂わせは、無明(むみょう)という黒いマントの男から怨まれたことだ。ご神木になれることを嫉妬されたんだ。何度も雨風や山火事の攻撃を受けた」
「樹さん、よくぞ、ご無事で」
「白雲木のご神木とクジャクの男が守ってくれた。でもクジャクの男は、僕に思いを寄せすぎて我が物にしようとしている。これも番狂わせだ」
「さあ、樹! 今度こそ俺のものになってもらうぜ」
 クジャク男の緑里眼が低い声で言った。
 飛び上がり、樹を連れていこうとした時―――、美穏が樹の前に立った。
「待って! クジャクのおじさん! 樹さんはあなたのものになりたいなんて思っていないわ。心だけ置き去りにして、抜け殻を自分のものにしても嬉しいの? 希望通りなの?」
「小癪(こしゃく)な娘が、何を!」
 美穏は走り出し、神社へと昇る石段を懸命に昇りだした。
 昇りくる朝陽に背を向け、必死で境内の大木に向かった。

第八章 白雲木の女神

「ご神木さま〜〜っ! 白雲木の女神さま〜〜!」
 古い注連縄(しめなわ)の巻かれているご神木に向かって叫んだ。
「あなたさまが育てた樹さんが、クジャク男のものになってしまうかもしれません!」
 白雲木がよけい、ザワついた。
『そなたは? 娘』
 優しい響きの女性の声が振ってきた。
「私は美穏と申します。樹さんに危ないところを救われました。お願いです。ご神木さまの力でクジャク男を遠ざけてください」
『そなたは、もしや正座の精なのか』
「残念ながら、普通の人間ですが」
『いや、わらわには感じられる。そなたは正座を司る妖精のうちのひとりだ。樹どのは、長い間、ご神木の身体の一部となっていたために正座ができないはず。それを手助けするために現れたのだ』
「私が樹さんの正座を手助けするために……」
 美穏は昨夜のことを思い浮かべた。樹と寄り添って眠ったことを。
 最初、樹の膝は曲がらなかったが、いつの間にか身体をぴたりと寄り添わせて、膝も曲げて眠っていた。
 幹の陰から、白い人影が現れた。先ほどの声の主だ。
 なんと神々しく清楚な女性だろう。美穏には一目で白雲木の女神と分かった。
『そなたの熱意と身体からの癒やしの力が、樹に伝わったのだろう。後少しの努力で美しい正座ができるはず。正座のカタチは、謝る気持ち、願う気持ち、反省する気持ちなど多くの気持ちが込められている。樹どの自身が心の底から願いながら正座して頭を下げれば、きっとクジャクの緑里眼や黒マントの無明も分かってくれるだろう』
「は――はいっ!」
 美穏はしっかり返事した。

第九章 樹の正座

 ご神木の神官としての身支度をすっかり整えて、樹はご神木の前に立った。背筋を伸ばした姿が凛々しい。
 無明が、黒焦げになった神社の焼け跡から、じっと睨んでいる。
 クジャク男の緑里眼もご神木の枝に座り、様子を窺っている。
 ご神木の前には、白い輝く衣裳をまとった女性が立っている。
 美穏が、所作を唱え出す。
「――膝をその場にゆっくりとついてください。そして、衣をお尻の下に敷いてください。かかとの上にゆっくりと座ってください。両手は軽く握って膝の上に」
 所作の言葉は自然に口から出てきた。
 樹はその通りに座り、立派な正座がご神木と女神の前でできた。
 丁寧にゆっくりとご神木に向かって頭を下げた。
「どうかこれ以上、僕を襲ってくる輩に、ご神木にも神社にも害がありませんように。この通りお願いします。正座の所作を手伝ってくれた女の子も共にお守りください」
 女神がうなずいた。
「樹どの。よくできました。これで無明どのも緑里眼どのも分かってくださり、昔の苦しみや怨みや欲望を心の内に収め、樹どのの邪魔はしないでしょう。もしもの時は、ご神木とわらわが全力で護りますから」
 女神が言い終わると同時に、ご神木全体についていた花のつぼみが次々に開いた。
 壮観な眺めだ。
「わあっ! まるで一斉に洋館のシャンデリアが灯ったように明るくなったわ!」
 美穏が叫んだ。
「樹どのが素晴らしい正座をできたことで、無明どのの身を焦がすほどの憎しみは――『心魔』は薄い存在となり、緑里眼どのの我を喪うほどの樹どのへの執着――これも『心魔』だと思われる――も、かなり薄くなったはずです」
 美穏が尋ねた。
「『心魔』とは―――?」
「読んで字のごとし、『心の中の魔』です」

 女神が歯がゆそうに、
『ご神木が祝福しているのだわ。いっそのこと、今ここで、そなたたちの婚礼を挙げても良かったのですが』
「そ、そんな。故郷の両親がびっくりします。急にご神木と結婚するだなんて」
「僕じゃ不合格かな? 人間からしたら、変な生き物だもんな」
 樹がため息をついた。
「樹さんにそんなこと言ったらバチがあたるわ。大丈夫よ。きっと認めてくれるわ」
 女神が白い花々を見上げて、
「白雲木の花はこんなに穢れない純白でも、毒性を持っています。その昔、毒を使って神社が戦をしていたこともわらわは承知しています。――でも」
 一旦、言葉を切った女神の瞳は明るい色を宿していた。
「その罪も……樹どのが、丁寧に正座をしてくださったことで浄化されると信じています」
「……」
 樹と美穏は黙って考え込んでいた。
 女神が言い足した。
『白雲木の花言葉は【愛の旅】と言います。今、あなたたちの愛の旅ははじまったばかり。ふたり、力を合わせてしっかり生きていくのですよ』
 樹と美穏は見つめ合った。
 女神の柔和な面立ちが美穏に似ている、と思った樹だった。