第10回 膝枕したいっ

掲載日2014/06/30
著者かねしろさく
イラスト林 加奈子
 ある日の休日、いっしょに食事をしていた女友達がこんなことを言った。

「正座といえば、膝枕じゃない?」

 エッセイを書くための情報収集にと、なんの気なしに正座の印象について尋ねたのがきっかけである。
 正座についての印象を訊くと、だいたいの人は「和室」「法事・お葬式」「茶華道などの日本文化」などを思い浮かべる。「膝枕」と答えた人ははじめてだ。
 意外ではあるが、わからなくはない。少なくとも私ひとりでは思いつかなかった見解だ。本来の正座の仕方とは少し違うけど、これはこれで正座の新たな魅力を発見するチャンスではないか。
 誰だって幼少期に膝枕をしてもらった経験があるだろう。私も小さい頃、お母さんに耳かきをしてもらったときや、なんとなく甘えたいときによくしてもらっていた。時代劇を見ているお爺ちゃんの膝を枕にしたこともある。
torisuwa_10_s1  逆に、居酒屋の座敷席で酔いつぶれてしまった大学の後輩に、膝枕をしてあげたこともあった。つまり膝枕は親密なコミュニケーションのひとつといえる。
 恋人や奥さんに膝枕をしてもらうのが好きな男性も多いことだろう。だけど私はしてもらいたい派です。いつも膝枕をしてもらっている男性方は、ときには彼女に膝枕をしてあげると喜ばれるかも。だっていつの時代も、包容力がある人って魅力的ですもの。

 膝枕についてあれこれ調べていたら、「膝枕クッション」なるものを見つけてしまった。
 それは正座をした下半身の形のクッションである。これでいつでも誰でも膝枕を堪能できる! というのがアピールポイントの癒し系アイテム、いや、ジョークグッズ? のようだけど、まさかこんなものまであるとは……。主に通販で購入可能。ネットはときに便利すぎる。
torisuwa_10_s2  きちんと正座した足がメイド服やミニスカート、ジーンズを履いている商品もあるようだ。ミニスカートの膝枕クッション……ディープな世界だ。たとえばビンゴ大会の景品とか友人へのプレゼントとか、笑いをとりにいきたい場面で活躍するかもしれない。

 さて話題は変わるが、私には膝枕についてのとっておきの思い出がある。
 それは、昔祖父母の家で飼っていた猫にまつわるエピソードだ。あれは私が小学校三年生くらいの頃、お盆休みに祖父母の家に泊まりにいったときのことだった。
 そいつは三毛猫っぽい雑種の子猫だったけど、とてもハンサムな顔立ちをしていた。ある日どこからともなくやってきて祖父母の家に住みついた元野良猫である。
 それまで猫は祖父母から「みーちゃん」と呼ばれていたけど、私が勝手に「コートニー」と改名。それはちょうどそのとき読んでいた小説の主人公の名前だったはずだ。
 コートニーはマイペースであまり人に馴れないクールな猫だったけど、なぜだか私とはウマが合った。猫好きな祖父母の家には他にも何匹か猫がいたけど、コートニーとだけは短いお盆休みのあいだであっという間に打ち解けてしまったのだ。
 野良猫だったせいか、コートニーは人に抱っこされるのが嫌いだった。しかし私が座っていると、その膝の上にちょこんと頭だけを乗せてくる。猫も膝枕をするんだな、人間みたいだ。そう思ったのを覚えている。
 膝に乗ったりはせず、そっと頭だけをすり寄せてくるのだ。あれはあいつなりの不器用な甘え方だったのではないかと思っている。
 自分の膝を枕にくつろぐ猫があまりにも可愛かったので、正座のままずっと足を崩せなかった。コートニーに膝枕しながら本を読んでいると、親戚の叔母さんが私にお小遣いを渡しに来てくれた。叔母さんが部屋のふすまを開ける音を聞き、コートニーが逃げ出す。残されたのはきちんと正座をして読書をしている私だけ。

「あら、お行儀が良いのねぇ」

 やんちゃな息子が二人いる叔母さんにとって、それはとてもおしとやかな姿に見えたようだ。あれから十年以上経った今でも、彼女は私をお行儀の良いお嬢さんだと思っている。
torisuwa_10_s3
 そうしてお盆休みが終わった一ヶ月後、コートニーは祖父母宅のお隣にある家に住みついたそうだ。実に猫らしい気まぐれである。お隣さんに大層気にいられたコートニーは、専用のベッドや遊び道具まで作ってもらっていたのだとか。どちらかといえば人嫌いな猫だったわりには、人誑しの才能もあったみたいだ。
 いつのまにか住み着いた元野良猫とはいえ、一応は祖父母宅の猫だ。だけどお隣さんがそんなに可愛がっているのを取り返すのもかわいそう……。そう言って祖父母は、拍子抜けするほどあっさりと隣人に猫を譲ってしまった。「近所だからしょっちゅう姿を見かけるし、元気そうだから構わないよ」とのことである。それでいいのか、と疑問に思ったが、長年のご近所付き合いがあったからこそできることなのだろう。
 あれから十年以上の月日が経ったけれど、正座をした膝の上に感じた猫のあたたかさや柔らかさを、私は今でも覚えている。だから私にとって膝枕の思い出といえば、あの不器用なようで案外甘え上手だった猫のコートニーなのだ。いつかまたあんな猫と出会いたい。

あわせて読みたい