第17回 楽座って何? 正座との関係性は?

掲載日2019/08/11
著者橋詰 康子
イラスト時雨エイプリル
 今では「かしこまった場では正座をした方が良い」という考えが暗黙の了解のように私たちの間に浸透していますよね。しかし以前ご紹介したように、私たちが「正座」だと認識している座り方は意外と歴史が浅く、実は江戸時代頃から広まっていったものだったと言われています。一方で、江戸時代よりさらに前、とりわけ平安時代にさかのぼると、貴族階級の方々の間では「楽座」と呼ばれる座り方がメジャーだったことが分かっています。

・楽座ってどんな座り方?
 「楽座」とは別名「拝み足」や「貴人座」と呼ばれることもある座り方のことで、古い絵画や彫像では実際に当時の貴族たちがしている姿が多く見られます。具体的には床にお尻をつけて座り、両足の裏を合わせ膝もそれぞれ左右に倒す座り方のことです。しかし中世頃に描かれたとされる絵画では両足の裏を合わせて座っている姿はあまり多くはなく、なかには足の裏同士が離れている楽座どころかそれぞれの足の裏を前に突き出して座っている楽座が確認できるものもあります。ちなみに楽座は男性のみにみられるもので、さらに身分が高い人特有のものでもあるようです。

 では、どうして身分が高い男性のみが楽座をしていたのでしょうか。これには、実は規則やしきたりで座り方が決まっていたというよりも、膝を広げるという行為自体が持つ意味が深く関係しているようです。と言いますのも、膝を広げて自分の身体を横に広く見せることで、平安時代に貴族の間で着用されていた立烏帽子(たてえぼし)という縦長の被り物との全体的なバランスをとっていたそうなのです。また、一説では膝を広げて横長に座ることで「末広がり」に見せていたとも言われています。

・お内裏様も楽座をしている?
 お雛様の隣に飾られているお内裏様の座り方を良く見てみてください。楽座の形をとってはいませんか? もちろんすべてのメーカーの雛人形においてお内裏様が楽座をしているわけではないのですが、現在は楽座をしているお内裏様を製造しているところも多く、なかにはそれしか作っていないというメーカーもあるそうです。また、特に江戸時代初期である寛永時代(1624~43)に作られたとされる「寛永雛」では楽座のような座り方をしているお内裏様が多いほか、享保時代(1716~35)に作られたとされる「享保雛」にも楽座をしているお内裏様の姿が見られるとか。お内裏様はもともと天皇、もしくは平安時代の貴族を模しているという説が強いことからも、やはり身分が高い男性=楽座をするという認識が当時から強かったことが推測できますね。

・まとめ
 いかがでしたか? もしかしたら当時は、楽座こそが「かしこまった場でした方が良い」座り方だったのかもしれませんね。また、日本史の資料集や古い文献などには、実際に楽座をしている歴史上の偉人たちの彫像や絵画が掲載されています。ちなみに誰しも良く知っている偉人が楽座をしている姿も確認できるので、気になる方はぜひチェックしてみてください。


参考文献
丁宋鐵(2009)『正座と日本人』講談社.
矢田部英正(2011)『日本人の坐りかた』集英社新書.

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