[369]流雛(るびな)とルビーナ


タイトル:流雛(るびな)とルビーナ
掲載日:2025/07/23

シリーズ名:緑林シリーズ
シリーズ番号:2

著者:海道 遠

あらすじ:
 邪鬼の天燈鬼と竜燈鬼は、もっと仲間が欲しい。離れ小島に潜む盗賊「緑林(りょくりん)」のメンバーに加わるため、入林試験を受けることに。
 ちょうど少し前に、川に流れてきたお雛様をきっかけに、知り合った男女の高校生がいた。
 女の子が母親と仲が悪いらしく、しょっちゅうケンカしている。
 なんとか仲を良くさせたやりたいと思った邪鬼たちは、一計を案じる。それが緑林の入林試験に繋がる。入林試験は正座して行われる。



本文

当作品を発行所から承諾を得ずに、無断で複写、複製することは禁止しています。

序章

 ある夜、天燈鬼(てんとうき)が天橋立の暗闇の中で、燈火のガラス箱を担ぎながら言った。
「おい相棒、ワテら、ふたりきりやな」
「なんだ、今さら。巳巳子さんも、お前のひたいの眼から生まれた翠鬼(すいき)もいるじゃないか」
 相棒の首にヘビの巳巳子さんを巻きつけた竜燈鬼(りゅうとうき)が反論する。
「それでも、たったの4人。内輪ファミリーだけやろ? ワテは『緑林』みたいな集団に憧れるんや」
「トウカちゃん! 『緑林』て、盗賊のことらしいぞ。憧れるなんて止めてくれよ」
 天燈鬼は、牙を見せてニヤリとした。
「それが最近、義賊になったちゅう話らしいで」
「義賊て?」
「盗んだ物を貧しい人たちに分け与える正義の味方の盗賊や」
「ほんまかいな? あ、言葉がうつった!」
 天燈鬼は自分の手柄のように、
「ほんまや。偉いやろ。なかなか自分勝手で低級な盗賊にできることやない。『緑林』は程度の高い盗賊や。ワイは尊敬してるねん。どうや、リュウちゃん、こんなところで明かり持ちしていても虚しいと思わんか?」
「は……まあ」
「『緑林』に仲間入りさせてもらわへんか」
「ちょ……、『緑林』て、たしか水の底に住んでるんだろ? 俺、泳ぐの苦手だよお~~」
「隠れ処には空気があるらしいから大丈夫や。それより問題は……」
「な、何?」
「入林試験に合格することや」
「入林試験! そんなのがあるのか?」
「そうやねん。倍率高いらしいけど合格したら、きっと万古老正座師匠も、うりずんさんも、めっちゃ褒めてくれはるで」
 天燈鬼は、やる気満々だ。

第一章 流雛(るびな)

 私は京都の小さな町に住む女子高生。
 愛犬の散歩に通る土手から川面を見ていると、キラキラ光る水面(みなも)を流れてきた小さな舟があるじゃないか。可愛い折り紙で飾られている。流し雛だろうか。そういえば、昨日はお雛様の日だった。
 思わず、堤の杭に愛犬のウイロウのリードをひっかけておいて、川面への階段を拾いに下りた。
 岸からギリギリ手を伸ばしてつかむ。やっぱり流し雛さまだ。
 でも変だな。男雛ひとりしか乗っていない。
 周りをキョロキョロしたけど、女雛の乗った舟は見当たらない。
 上流の方へ目をやっても、流し雛をしている人はいない。
「貴方はどこから流れてきたの?」
 聞いてみたけど、人形が答えるはずもない。
 鼻筋の通った高貴なお顔立ち。白い頬に黒目がちな瞳。古典的な昔からのお雛様だ。
 何故か、懐かしい感じがした。
 ……川に戻さなくちゃ。そっと水面に浮かべた。小舟はゆらゆらと流れに乗って小さくなっていった。

 さあ、道草してないで行かなくちゃ。
 元の道へ登ろうとすると、さっき見た白い顔が見下ろして、手を差し伸べていた。
「ここに待ってたの、君の犬だよね。リードをはずして向こうへ行ってたから」
 ウイロウのリードを持っている。
「えっ、あのう……。ありがとう」
「手につかまって。膝から血が出ているよ」
 いつの間にか、膝を擦りむいていた。
 素直に彼の手をつかんだ。顔が間近に迫った。変だな? 茶色の髪なのに、さっきの男雛そっくりに見える。
 顔立ちも日本風ではなく西洋の血が混じってるような?
 それと、流れてきたお雛様……流浪してきたお雛様……。流……る……おひな様……る……びな……るびな……。瞬間に決まった。人形にそっくりな彼を「流雛(るびな)」と呼ぼうと。
 流雛は白いハンカチの端をくわえビリビリと裂くと、私の膝に巻いて、きゅっとキツくしばった。
「……るびな……」
 思わずつぶやいた。流れてきた「流し雛」そっくりだ。
「え?」
「なんでもないわ」
「家へ帰ったら、すぐ消毒するんだぞ」
「わかったわ」
「どうして、俺のことを『るびな』って?」
「それは、あなたがお雛様に似てたから……」
 答えようとしたが、ウイロウがじゃれついて来たので諦めた。
 家に帰って気づくと、ウイロウが何かくわえているではないか。さっきは気づかなかったが、藁で作られた女雛だ。さっき、川を流れてきたのと、きっと対になっている人形だ。
(同じワラ舟に乗せてあげなくちゃ!)
 お雛さまのご縁なのか、次の日も土手に上がると、流雛に出会った。川辺を見渡したが、昨日の男雛の乗った舟は見当たらない。
「ちょっと待って、流雛くん! 今日はママに会っていってくれる?」
 いきなり言われた彼は、ドギマギしている。
「そんな、急に言われても」
「悪いけど、お母さんの前で正座してくれる?」
「せ、正座! あの、足がジンジンするやつ?」
「そう。私が付き合うなら、正座のできる人と決まってるのよ。お母さんの中では」
「そんな無茶な!」
「ちょっとの間だけやから」
 流雛はルビーナに引っ張られて座敷に上がった。
「彼、流雛くん。私がお付き合いしてる人なの」
 母親も面食らった。
「る……流雛くん? 同じ高校の人?」
「違うけど、流し雛のご縁で出会ったの」
「流し雛のご縁?」
「さ、お母さん。彼に正座試験して。いつも言ってるでしょう。正座が美しくできる人となら、お付き合いしてもいいって」
「まあね。じゃあ、お座敷にお通しして。私はジーンズ姿だけど。お茶の用意なら、すぐできるわ」
「わっ! 茶道なんてボク、やったことないですよ!」
 流雛は逃げ腰になった。
「お茶を飲むだけでいいの。何にもないのに、正座だけするっていうのも変な感じだから、お茶は言い訳の小道具よ。問題は正座の所作。母がお教えするから」
 そろりそろりと、流雛は廊下を通って座敷に上がった。
 炉の前でお茶を沸かしていたママが、流雛の姿を見て立ち上がった。
「正座の所作をお見せします。背筋を伸ばして真っ直ぐ立って。体幹を感じながらですよ。はい、そんな感じかな」
「……」
「流雛くん、私もつきあうわ」
 ルビーナも一緒に稽古することにした。
「次に、その場に膝を着きます。畳のへりはダメですよ。そしてかかとの上にそっと座る。ルビーナ、あなたはスカートのすそに手をあてながらお尻の下に敷いて。そうそう」
(ママったら、ルビーナだって)
 娘は内心、吹き出した。
「そのまま座って。はい、ふたりとも正座の出来上がり! 流雛くんとやら、初めてにしてはよくできました」
 流雛くんはどうにかお抹茶も飲み、緊張から解き放たれた。
「身なりもきっちりしているし、所作もまあまあしっかりしているし、あなたのBFにしては合格点ね」
 彼が我が家を後にしてから、ママが言った。
 ~~というわけで、ルビーナとの交際を認めてもらったんだけど……。次の日からは、またママとのケンカが始まってしまった。

第二章 流雛とのデート

 今朝、ダイニングに降りて顔を合わせた時から、目付きのキツいママとまた喧嘩した。
 せっかく流雛に家で正座をしてもらったのに、デートのOKが出ない。ママはなんだかんだ理由をつけて、いろんなお稽古をさせようとする。
 いいの! どうなろうと構わないわ、今日は誰がどう反対しようと行くの!
 特別な何かがあるデートじゃないけど、今日は絶対、流雛と逢うの!

(今日はかかとの上に座る時の姿勢が良くないわ。もう少し胸を張って! ゆっくり! そうそう、白鳥が水面に降りる時みたいに滑るように!)
(う〜ん、もう少し身体から力を抜いて。特に肩の力をね)
 ママの言葉が頭の中によみがえる。

「あなたがお腹にいる時から、佳いお相手が見つかるように願いをこめて、ちゃんと正座しているお雛様を、せっかく故郷の川に流したというのに……」
「流した……? え? それは、この前の流し雛のこと?」
「知りません! 忘れたわ!」
「だって、たった今……」
 ママは自分からドアを勢いよく閉めた。
(じゃあ、あの流し雛は……?)
 ああ! もうたくさん! どうしてママの言う通りの正座をしなくちゃいけないの? 私にだってやりたい座り方があるのよ!
 とにかく今日は絶対、流雛とデートするんだ!

「ど、どうしたの? 今日のケーキの食べ方……」
 躊躇しながら聞いたのは、最愛の流雛の心配そうなドアップの顔……。
(ふと気がつくと、えっと、いくつめかわかんないケーキにかぶりついていた。お皿の周りは白いクリームとスポンジと、赤いから定番のイチゴかな? キウイのミドリと、あ、ちがう! シャインマスカットのミドリだ! ―――それと黄色……これは何だ? ミモザの花かな? ミ、ミモザをケーキに使うのなんて聞いたことないけど)
 色んな色が丸いテーブルの上に散らばっている。
 何、これ? ヤケ食い、ヤケ食いした直後じゃないの! 私がやらかしたの?
 そしてそして、屋外のテーブルなのに、いつの間にかいつもの正座で椅子の上に座ってる! ママのせいで習慣になってるんだ。
「もう、7つ平らげたよ。気がすんだ?」
 流雛のソフトブラウンの巻毛を見て、だんだん意識がここへ帰ってきた。
 町の喧騒から、少し離れたカフェテラス。流雛と行きつけのスイーツのお店。
「どしたの、いつものルビーナとちがうよ。ヒステリーの度合いが」
「ヒ、ヒステリーですって?」
「あ、ごめん、怒り方が……」
「怒ってなんかないわよ!」
(いや、その食べ方は怒ってヤケ食いとしか……)
 流雛の眼が言ってる。卓上のナプキンを取って、そっと、私の口元に伸びてきた。
 それより前に、私は自分でナプキンを3枚取り、口元をゴシッと拭いた。
 あ〜あ、ひどい「いただき方」でスイーツを貪って(むさぼって)たんだワ。でも恥ずかしさはない。まだ物足りないくらいだ。
「抹茶のほろ苦いキス、ください!」
 近くにいたボーイさんに声をかけると、流雛が慌てて止めた。
「ルビーナ、もういいだろ、9つめだよ。お腹壊すよ」
 え? 8つめのはずだったけど。
 ――仕方ないな。
 素直に言うことを聞いてオーダーするのを止めた。

第三章 ふたりの「るびな」

 言っときますけど「流雛」っていうのは本名じゃなくて、初めて会った時、
(わぁ〜、こんなに色白でおちょぼ口な男子っているんだ!)
 って、直感的につけたあだ名だ。
 お祖母ちゃんの本棚にある大昔の少女漫画に出てくるような、主人公が憧れてるソフトブラウンの巻毛に、シャープなフェイスラインに、何故かお雛様を思ってつけた呼び名だ。女みたいだけど。
 どうせなら、私もおソロにしようと思って、心の中だけでルビーナって呼び名を自分につけた。
 流雛とルビーナ。るびな同士。
 かなり、ねばっこくてブリッコで、時代遅れな名前だけど。
 変かな? カップルで同じ名前って。
 流雛のふわふわ毛は時代遅れって分かってるけど、顔がカバーしてるから大いに許せる。

 椅子の上でスネがじんじんしてきた。木造りの椅子の上には何も敷いてないから当然か。
「もうケーキはいいだろ、あの丘の上にある公園に行こう」
 流雛はレジに向かった。

 公園へは、50段くらいの石段があって昇らなきゃならない。うう、膝がヨレヨレだ。何時間、座ってケーキを貪って(むさぼって)たんだか。
 石段の中間で、先を昇っていた流雛がクルリと後ろを向いてしゃがんだ。
「え、何?」
「足がヨレヨレだよ。見てらんないから、ほら」
 おんぶしてくれる気だな。でも、今はそんな気にならない。流雛を追い越して、石段をどうにか昇っていった。
「ちぇっ、意地っ張り」
 流雛が諦めて、後ろからついてきた。
「危ないなぁ、――何をプリプリしてるんだか」
「だから、怒ってないってば!」
 勢いで振り向いた時、スカートの裾が足元にからんでよろめいた。
「危ないっ」
 流雛の、身体と釣り合わないデカい手のひらが私の腰を支えた。
 あ、危なかった……。
 素直に「ありがとう」って言えばいいのに、喉の奥に言葉が貼り付いた。

 石段を昇りきると、野外ステージの屋根が見えた。
 ステージがざわざわしてる。公演でもあるのかな? いや、劇団が稽古してるんだ。
 ラフな格好をした人たちが、機材を運んできたり数人で集まって話したりしている。
 いや、その前に視界に広がったのは、ツツジが咲き乱れた世界だ。ローズピンクに包まれて迎えられた気がした。
 一綸つまんで花の蜜を吸ってみた。ほのかに甘い。
「どうした? ちょっとはご機嫌直ったかな」
「ご機嫌はいつも通りよ。でも、今日はスマホ見ない!」
 電源切ってバッグに仕舞った。
「どうしたんだよ? お前がスマホ見ないなんて」
「とにかくいいの! 野外ステージの方へ行きましょ」

第四章 野外ステージで

 野外ステージには何十人かの人が集まっていた。
 男女混合で若い人や中年のおじさんやおばさん、お爺さんやお婆さんまでチラホラ見える。
 ライトや大道具かな? ハリボテの木やベンチがある。
 どんな劇かな?
 気になった私は、ひとりのおじさんに声をかける。
「あ、ルビーナ、やめとけよ。ご迷惑だよ」
 流雛が引き止めたけど、突撃取材した。
 好奇心旺盛なのは誰にも負けない。知りたいと思ったら止められない。

「劇をなさるんですか?」
 おじさんが振り向いた。
 濃い下がり眉毛に大きめの口。とっつきやすそうだ。
「ああ、そうだよ。お嬢さんと彼氏も観ていきませんか? 2時間後、開演するよ。おじさんから誘ったからタダにしておくよ」
「えっ、いいんですか?」
「ちょっ、ルビーナ、ご迷惑だってば」
 流雛がまた引き止めた。
「彼氏、構わないですよ。お? あんた、イケメンだねぇ、それもエキゾチックな。最近、芸能界で掘り出すのに苦労しているような」
 おじさんの視線はじろじろから、がっつりに変わってきた!
「君、今日の劇に出てみない? 配役のイメージぴったりなんだ」
「ええ?」
 流雛は、いきなりおじさんから頼まれて無声劇の端役に飛び入り参加することになった。
 髪をカットされる少年の役に、流雛が頼まれた!
 しかも、本当に少しだけカットするとか。
 夕方からの公演は、茶色い髪の少年が髪をカットする劇で、無声劇なのでセリフは無く、流雛はどうにか「ぶっつけ本番」で演じきった。
 散髪屋さんがカットしすぎたのを、大げさに残念なしぐさをしたり、まるでパントマイムだ。
 カーテンコールでは、手のひらが痛くなるほど拍手した。
 それから打ち上げに誘われ、さすがにアルコール類は勘弁してもらったけど、帰宅が予定よりずいぶん遅くなってしまった。
 きっと、ママが心配しているわ。

 クネクネした夜更けの街道を通り、突き当りの見える場所に行き着くと、母親が玄関に出ている。
「ママ!」
 声をかけると、母親は地面にへなへなとへたりこんでから、正座する。
 母親の顔にほっとした表情が。ルビーナは急いで駆け寄る。
「待っていてくれたのね! 会いたかった!」
「な、なぁに、何日も留守したみたいに」
 ルビーナは母親の前に正座した。
「ただいま、ママ」
「どうしたの、小さい子みたいに」
「遅くなってごめんなさい。話したいことがいっぱいあるわ。流雛がいきなり無声劇に出演することになってね……」

第五章 緑林の試験場

 さて、緑林の入林試験を申し込んだ天燈鬼と竜燈鬼。
 会場は離れ島の洞窟で行われた。
 フェリーを下りた湊(みなと)に、こげ茶色の犬が繋がれていた。
(どこかで見たようなワンコだなあ)
 天燈鬼が考えていると、竜燈鬼の首に巻きついているヘビの巳巳子さんが言う。
(この前の女の子が散歩に連れていた犬よ)
(ああ、ルビーナという女子高生の犬か。ひと役買ってくれたよな。え? どうしてあの犬が緑林の離れ島にいるんだろう?)
 天燈鬼は首をひねった。

 受験者は、本当に盗賊みたいな人相の悪い人もいれば、学生もいれば、ごく普通の会社員や主婦もいた。ふたりの鬼は、角も隠さず堂々と島に上陸した。
 カジュアルなシャツとズボンは着ていったが。
 なんと、「面接は畳の部屋で正座して行う!」と係員の盗賊が叫んでいた。
(正座なら、万古師匠のところや季節神のうりずんさんのところでしょっちゅうやってるから、大丈夫だ!)
 ふたりとも自信満々だったが、いざ、かなりな美人の面接官の前へ行くと、
「緑林の頭領を務めています、朱華(はねず)と申します」
 正座で挨拶されたとたんに、ふたりともカチンコチンになって、後ろへ転んでしまった。
 それでもなんとか態勢を立て直し、課題の内容を報告した。

【課題】とは。
 盗みをして、それを欲しがっている人に与えること。つまり、義賊行為をすること。
「何を盗みました?」
 頭領の朱華が質問した。
「ある女の子が生まれた時に、母親が故郷から流したお雛様を川の途中で盗みました。時をさかのぼってね」
 天燈鬼が自慢気に答えた。
「まあ、それで被害者に何かお返ししたの? それとも別の人に?」
「被害者の母親と、その娘とBFに、良いものがお返しできたと思ってます」
 盗品を受け取った人が喜んだこと。
 女の子、【ルビーナ】の場合。
 仲の良くなかった母親と打ち解けられた。そして、BFの流雛(るびな)を母親に紹介できた。
 流雛を招く時のために、正座の稽古ができた。
 男の子、【流雛】の場合。
 ルビーナと同じく正座の稽古ができた。野外ステージで舞台に飛び入り参加できた。
【ルビーナ】と【流雛】共通で喜んでもらえたこと。
 オマケに舞台主宰者から来月もおいでと言われ、母親がファンの俳優さんの舞台を見せてあげられることになった。
 邪鬼たちが義賊になるための贈り物は、「物」だけではない。それが証明された。
「確かに庶民の方々に喜んでもらえることは、お金や食物や日用品や装飾品の他にもあるな。天燈鬼さんと竜燈鬼さんの今回の課題の内容は、『親子仲良く』と『共通の楽しみを味わうこと』だな。それと正座ができるようになったこと!」
 緑林の女頭領は、邪鬼たちに感心して仲間入りを許した。
 女頭領の朱華は厳しそうではあるが、粋な美人で、邪鬼たちは、ビビッと一目惚れしてしまった。
「こんな美人、男は惚れなきゃ、男とは言えないぞ!」
「同感だ、竜燈鬼! 今日から俺たちはライバルだぞ」
「承知だ!」
 しかし、ふたりとも母ちゃんにはナイショだ。

第六章 証人の登場

「あなた方の話だけでは信じられないこともありますから、今日は証人にフェリーで来ていただいています」
「しょ、証人?」
「ルビーナさん、流雛さん、こちらへどうぞ」
 朱華が呼ぶと、ふたりが試験場に姿を現した。
「緑林の頭領さんのお話だと、邪鬼さんおふたりが義賊になってくださったとか」
 ルビーナが正座して頭を下げた。
「ありがとうございます。色々良いことがありましたが、一番の良いことは、お互いにめぐり会えたことです」
 流雛も、改めて座礼した。
 朱華頭領は大きくうなずき、
「仕上げに、皆で正座の所作をいたしましょう」
 背筋を伸ばして立ち上がった。
「はい、真っ直ぐ立って。がに股も伸ばしてね。その場に膝を着いて衣をお尻の下に敷いてかかとの上に座ります。かかとはVの字に開いて、そこに座ってもよろしいですよ。両手は膝の上に。はい、おふたりともよくできました。ルビーナさんたちも」
「ありがとうございます」
 邪鬼たちと、流雛とルビーナはそろって座礼した。

 川上から流れてきたお雛様を盗んだのは、邪鬼ふたりの計画だった。
 たまたま親子げんかの声がよく聞こえてくる家を知り、娘の散歩コースを調べ、近くの小川に、昔に母親が作ったお雛様を流したのだ。
 娘の脳内を探り、母親の故郷をつきとめたり、好みの男子を見つけたりしたのは翠鬼と巳巳子さんだ。
 巳巳子さんが、
「流雛くんを見つけてきたのは、翠鬼くんと私たち眷属のお手柄よね!」
 と、鼻高々で言った。
「私たちも緑林に入林が許されたってことよね!」
 巳巳子さんはヘビのしっぽで、翠鬼は手で握手を交わした。
「これでおいらたちも、ひそかに『緑林所属』という仲間ができたな!」
 天燈鬼が嬉しそうに叫んだ。
「秘密やけど、その中には、流雛ちゃんとルビーナくんも入れてあげよう!」
「そいつぁ、いい!」
 竜燈鬼が親指を立てた。


おすすめ