[380]神仙お見合いパトロール・正座回廊


タイトル:神仙お見合いパトロール・正座回廊
掲載日:2025/09/27

シリーズ名:緑林シリーズ
シリーズ番号:7

著者:海道 遠

あらすじ:
 奈良で行われた鹿の樹将軍と南の島の緑林(盗賊の女頭領、朱華(はねず)のお見合いを、神仙お見合い庁が察知した。お見合い庁は神が誰とお見合いを行うか厳しく取り締まっている。長官はあかり月光菩薩だ。
 お見合いの前には、当人同士100人の配下と共に、東大寺で『正座回廊』を作って居並び、正座、座礼するしきたりがあったが、今回のお見合い前には行われていない。お見合い庁から『正座回廊』の儀式を行うよう、書状が届く。



本文

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序章

 天窓から蜂蜜色の満月が見える。
 役所の周囲には、夜になっても黄色いハイビスカスが絢爛(けんらん)と咲き乱れている。
(夜にはしぼむはずの一夜花が……。何の兆しか)
 あかり菩薩は、先ほどから一条の月光が差し込む部屋を行ったり来たりしている。
 身をひるがえした拍子に腕にかけている領巾(ひれ)が、優雅に宙を舞って音もなく落ちた。
(護身の領巾が……不吉な……)
 菩薩はひとり言を洩らす。愁眉がよけいに深く寄せられた。
 光の脇の暗闇には、彼女の部下が息を潜めて控えている。
 神仙の者が、正座を含む正しいお見合いを行ったかどうか見張る任務の庁がある。長官は月光菩薩(がっこうぼさつ)のあかりである。
 鹿の樹(かのじゅ)将軍のお見合いが、秘密裏に――テキトーに行われたことを嗅ぎつけた。相手は南海の人間らしいが判然としない。
 しかも、お見合い場所に使われた古刹の厨房に入り、勝手に大量の小麦粉と油を使い、むぎなわ(揚げ菓子)を作り、自分たちで食べてしまったという。
 結果が、どうなったかという報告もなし。
「なんという体(てい)たらくだ……。お見合いした者の名は?」
「鹿の樹将軍でございます」
 暗闇から答えが帰ってきた。
(あの、地声の大きいデリカシーに欠ける大男か……)
 庁の奥殿で、月光菩薩あかりは下唇を噛みしめた。
(義兄上ってば、何をやってんのよ!)

第一章 尋問の呼び出し

「兄ちゃん、役人さまが、書状っていうのを持ってこられたよ!」
 鹿の樹将軍が帰宅するなり、歳のはなれた弟のスガルが奥から廊下をバタバタと走ってきて、書状を渡した。
「なに? 書状? どこの役人からだ?」
「『お見合いパトロール庁』とか言ってた……。兄ちゃん、おいらにナイショでお見合いしたんだろう!」
「ナイショだなんぞと、人聞きの悪い。ちゃんとお前にも話すつもりだったんだ」
「でも、なんにも聞いてないよ! 兄ちゃん、この前、夜遅くに帰ってきた時、揚げ菓子のいい匂いがプンプンしていたけど、あれはどこで食べてきたのさ?」
「ああ、行った先でご馳走になったんだ。お前にも少し土産にするつもりだったが、全部無くなってしまってな」
「無くなった? 兄ちゃんの軍隊の人たち、全員で山分けしたんだろ! いったい何の集まりだったのさ? むぎなわが出るなんて!」
 むぎなわというと、おなごや子どもが大好きな甘い揚げ菓子だ。スガルが怒るのも無理はない。
 しかし、鹿の樹将軍は「実はお見合いの席で出た菓子だ」とは、照れくさくてとても言えないでいた。まず、お見合いそのものの話が、スガルに言えていない。
 ※「鹿の樹将軍のお見合い」参照
 もしその話がまとまれば、両親のいないスガルをひとりぼっちにすることになる。鹿の樹将軍とスガルは、この世にたったふたりきりの肉親なのだ。
 役人の持ってきた書状は、お見合いの件の「尋問状」だった。
 本来はお見合いの前に将軍が誰とどこで、誰の紹介でお見合いしたとか、すべて書状に書いて提出しなければならない。
「へっ、いくらなんでも、失礼な話だ! プライベートもへったくれもないじゃないか!」
「兄ちゃん、やっぱりお見合いしたんだね!」
 うっかりスガルに聞かれてしまった。
「領土の漁り夫(いさりお)つながりの知り合いからの紹介でな。カタチばかりでいいから、一度会ってみないかって言われたんだよ。相手の女性もカタチばかりのつもりだったらしい」
 鹿の樹がタジタジとなりながら返事すると、スガルの視線は思い切りジットリとした「疑わしい」ものになっていた。
「まさか、お互いに一目ぼれして結婚することになったんじゃないだろうねえ」
「いや、まさか! 俺が一目惚れしても、お相手の女性はそんなことはない!」
「やっぱり、兄ちゃん、惚れっぽいから相手の方を気に入ったんだろ!」
 鹿の樹将軍の屋敷の門がドンドン! と叩かれた。

第二章 月光菩薩あかり

 門番の兵が駆けつけて開けると、逞しい女性が改まった軍装をして数人の部下を引き連れて入ってきた。兜を脱ぐと艷やかな黒髪が流れるように肩に落ちた。
「こちらから尋問に出向いてきたぞ! お見合いパトロール庁を預かる月光菩薩のあかりと申す! 鹿の樹将軍はおいでか?」
 玄関に出た将軍は、目ん玉を飛び出させた。
(いつぞや旧友のうりずんと流鏑馬ならぬ、流鏑馬ならぬ「やぶ鹿」で弓矢の勝負をした時に見かけた壺装束の、たおやかな女人ではないか!)
 ※「鹿の樹将軍がやってきた!」参照
 しかし、あの時のしとやかな女人と同じ人物とは思えないくらい、腰には帯刀していて勇ましい。
「あ、あんたは確か、あかりさん……?」
「いかにも。月光菩薩のあかりだ。あんたはあの時、足を痛めた私を背負う役目を、紅鬱金色(べにうこんいろ)の髪の男とどちらにするかで、やぶ鹿で弓矢の勝負をしようとした大男だな」
「そんな時点から、つまびらかにご覧になっていたので? さては、私に一目惚れして注目しておられたのですな」
「戯れ言(ざれごと)を申して、自分の規則違反をごまかすでない!」
 菩薩がピシャリと言った。
「規則違反と申しますと……?」
「神仙の軍の者がお見合いする時には、100人の部下と並んで盧遮那仏(るしゃなぶつ)に向かって正座回廊を作って居並び、正座して座礼をする儀式を経なければならんのだ。自らも相手の女性もだ。今回の見合いでは、その儀式ができておらぬ。今からでも実施してもらわなければ、見合いは認められぬ」
「ええ~~? 100人の部下と共に正座回廊? 相手の女性も?」
(てぇことは、緑林の頭領の朱華(はねず)さんに部下100人を連れて、もう一度、奈良へ来るようにお願いしなきゃならんてことか~~?)
 鹿の樹将軍は、少し嬉しいようなわずらわしいような複雑な気持ちになって、背筋に寒気が走った。
(朱華さんとあかりさんが顔を合わせたら、神さまと人間で比べられないが、どっちも勝気そうだし、どうなることか?)
「その前に!」
 あかり菩薩が鹿の樹に負けない大声で、
「鹿の樹将軍自身、イマイチ正座が美しくない! 私が指導するから稽古していただく」
「ええ~~?」
「それから、寺の厨房でドッサリ作ったという揚げ菓子を、私の部下にも振る舞うこと!」
 言うことをきくしかなかった。呆然としている弟を振り返り、
「スガル。兄ちゃん、しばらく正座の稽古のために月光菩薩さまのところへ行って来るわ……」
「兄ちゃん!」
 スガルが玄関の外に飛び出してきた。
 月光の煌めくようなあかり菩薩の後ろ姿に、スガルはボウッとなってしまった。
「あれぇ? スガル! 月光菩薩さまに一目惚れかあ?」
 空から舞い降りてきた翠鬼がからかった。
「だって、あの人……母ちゃんによく似ているんだもん……」

第三章 船乗りたちの反発

 アマドコロ爺やさんが、緑林の住処がある南の島で、ここなつ遊児から書状を受け取った。
「奈良にいた翠鬼さんから文が届いたんだ。鹿の樹将軍という人からだって」
「なに? 鹿の樹将軍というと、朱華さまのお見合い相手……」
「え? 何の相手だって?」
 ここなつ遊児が聞き耳をたてる。
「いや、なんでもない」
 アマドコロ爺やは、急いで書状を朱華の元へ持参した。
 朱華は目を通して、
「なに? これでは『見合い』のやり直しも同然ではないか。いや、100人の配下と共に正座して居並ぶようにとのこと、前回より厄介ではないか。いったい、月光菩薩さまはご自分を何さまだと……」
「朱華お嬢さま。相手は菩薩さまですから、素直に命令に応じなくてはなりませんぞ。神仙のパトロール庁に逆らっては、緑林の立場が悪くなります」
「分かっておる。ここは引き受けなくては女がすたる。仕方ない。今度は侍女たちにも男衆にも、完璧な正座をマスターさせて奈良へ出向くとしよう」
 次の船が帰ったら、皆を大広間に集めるように言い置いた。
 帰ってきた漁り夫たちは正座の稽古と聞いて、苦虫(にがむし)を噛みつぶしたような顔をした。
「正座ってのは、シビレがつきものなのが俺は苦手で……」
「俺もだ!」
「そんな稽古は、朱華さま側近の者だけがやればいいのではありませんかい?」
「こちらも将軍側も100人が居並んで座り、正座回廊を作るしきたりなのだそうじゃ。何せ、月光菩薩さまのご命令じゃからのう」
 アマドコロ爺やさんの説明に、船乗りたちもしぶしぶ納得した。

第四章 弟の友だち

 スガルは「うりずん拳法」の野外練習場で、ひとりポツンと座っていた。
 うりずんは琉球に行って留守、鹿の樹将軍も月光菩薩の元で正座のお稽古で、「拳法」のお稽古は休みになっていた。
 側の林から、丸坊主の男の子が現れて近づいてきた。
「だ、誰? お寺の小坊主さん?」
「おいらは南の島に住んでる、ここなつ遊児ってんだ。椰子の木の妖精さ。今は黒髪になるために赤毛を全部剃って、願掛けしてるけどね」
「椰子の木の妖精?」
 思わず、スガルは腰を浮かせた。
「怖がらないでよ。お前だって鹿の樹将軍の兄弟なんだから、神仙の者だろう?」
「どうしてそれを……」
「そんなの、俺たちにはすぐに伝わる情報さ。将軍の周りには、四天王に踏みつけられていた天燈鬼や竜燈鬼、それに天燈火鬼の三番目の眼から生まれたひすい色の翠鬼ってのが、飛び回ってるからね! あ、ほら、翠鬼が飛んできた」
 角が生えているひすい色の細身の鬼が空から下りてきた。
「翠鬼なら知ってるよ。もう友だちみたいなもんだから」
「じゃ、おいらたちも今から友だちな! おいらもお前も翠鬼の友だちなんだから」
「まあ、いいけど……」
 スガルは心ここにあらずの感じで、空の雲を眺めている。
「翠鬼から聞いたぞ、スガル! お前、月光菩薩のあかりさんにメロメロなんだってな」
 ここなつ遊児が遠慮なく言ったので、スガルも負けじと、
「翠鬼っておしゃべりなんだね。月光菩薩さまをうやまって何がいけない?」
「そういう意味じゃなくってさ……。母ちゃんによく似ているんだろ? できることなら、兄ちゃんの嫁には菩薩さまがなってほしい――図星だろ?」
「そんな罰当たりなこと!」
「でも、そう思ってるんだろ。おいらなんか、木のマタから生まれた椰子の実だから、父ちゃんも母ちゃんも最初からいないから羨ましいよ!」
(そうか……椰子の妖精だから親の顔も知らないんだ……)
 スガルはしみじみ同情した。
「だから、お前には憧れの人に『義姉ちゃん』になってほしいと思ってさ」
「でも、お見合いするのも嫁を迎えるのも兄ちゃんだ。母ちゃんそっくりの人を選んでほしいとは言えないよ」
 空に視線を戻したスガルに、ここなつ遊児は食い下がって、
「じゃあさ、正妻は菩薩さまの言うとおり緑林の朱華さまにしておいて、二番目にあかり菩薩さまになってもらうの、どう?」
「ええっ? そんな不まじめな!」
「大人の男たちは、皆、そうやって何人かの奥さんを持ってるぜ」

第五章 ぱぱいや姉さん

「もう、男ってば、ロクな考え方しないわね!」
 声が降ってきて、ドサリと着地したのは、短めのまっ黄色い着物を着て頭に黄色いハイビスカスの花を飾った、人間で言えば14~5歳の女の子だ。
「お前は誰だ?」
 翠鬼とここなつ遊児が、ふたりそろって叫んだ。
「あたい? あたいのことは、ぱぱいや姉さまとでも呼んでくれればいいよ。『乳瓜』(ちちうり)とも呼ばれるけど」
「乳瓜~~?」
 スガルとここなつ遊児は真っ赤になった。
 名の通り、少女の黄色い袖なし着物の内側に、豊満な胸が揺れている。
「どう? 男勝りの朱華の頭領さんや、平坦胸のあかり菩薩さんより女っぽいでしょう?」
(女っぽいどころじゃないぞ……。こういう娘を婀娜(あだ)っぽいっていうんだ、きっと)
 翠鬼とここなつ遊児はヒソヒソ話した。
「実はお見合いパトロール庁さんからも、鹿の樹将軍の妻にどうか? ――って、声がかかってきていたのよ」
「何だって?」
「朱華頭領さんやゆかり菩薩さんより、自分で言うのもなんだけど、遥かにたくさん子どもが産めそうでしょ。あ、正座だって、ほら、一人前にできるんだから」
 ぱぱいや姉さまと名乗った娘は、背筋を真っ直ぐにして膝を着き、着物の裾をお尻の下に敷き、所作通りに正座をした。
 胸と膝のボリュームこそあるものの、意外にも所作はキビキビとしていて姿勢も文句のない清楚さで、きちんとした正座だ。
「これは……2回めのお見合い取り止めになり、この娘が逆転KO勝ちの可能性あるんじゃないか?」
 翠鬼とここなつ遊児は、肩を寄せ合って言った。
「じゃあ、あかり月光菩薩さんは、兄ちゃんと結ばれる可能性はないの?」
 両手の拳を握りしめて、スガルが半泣きになっていた。
「月光菩薩さんは、お見合いパトロール庁の責任者というだけで、お見合い相手じゃないからな~~」
 翠鬼は腕組みしながら目元をしかめて考えた。
「鹿の樹将軍のお心は分からんよ……。泣くな、スガル」
 翠鬼が冷静に言い聞かせた。
「その男の子は?」
 翠鬼とここなつ遊児を押しのけて、ぱぱいや姉さまが顔を見に来た。
「鹿の樹将軍の弟さんだよ」
「あら、可愛いわね。いくつ?」
「じ……7歳」
「ふうん。でも、鹿の樹将軍と同じオーラが出ているわね。さすが弟くん!」
(スガルのどこから、将軍と同じオーラが?)
 翠鬼が再び、ここなつ坊主に耳打ちした。
「君、さっきベソかいてたけど、あかり菩薩さまと将軍に結ばれてほしいの?」
 スガルは、お色気むんむんの娘に接近されて呼吸が苦しくなった。
「側に寄るな! 乳瓜おばけ!」
「あら、ひどい言い方ねぇ。でも、堂々と嫌なものは嫌というところなんか、きっぱりしていいわね。将軍そっくり」
「兄ちゃんの何がわかるんだ!」
「少々は分かるつもりよ。かれこれ500年は鹿の樹将軍の配下にいたんだもの」
 翠鬼とここなつ遊児は、またもや目が点になった。

第六章 正座回廊

 南の島のアマドコロ爺やの下に、また文が届いた。
「翠鬼からだ。新しい正座師匠の推薦状……? 読み上げますぜ」
 朱華頭領がうなずいた。

「……『正座回廊』を実行するにつきまして、新しい正座師匠を迎えることになりました。ぱぱいや姉さまとおっしゃって、若く美しい女性師匠で、鹿の樹将軍とは500年前から主従の間柄だそうです」
「ちょ、ちょっと爺や」
 側にいた朱華頭領が、文を読むアマドコロ爺やを止めた。
「ちょっと変じゃないかい? その女性師匠は若いんだろう? 500年も将軍と主従関係があったなんて、ちょいと話が食い違うんじゃないかい?」
「それもそうですねえ。――その師匠は神さまじゃないですか?」
「そっか。鹿の樹将軍も神さまだもんね。それなら分かるよ」
 爺やは文の続きを読む。
「つきましては、正座回廊での正座の稽古を、こちらと合同で行おうという意見が出ておりますが、いかがでしょうか?」
「合同で?」
 その時、廊下で立ち聞きしていた緑林の男衆たちの重みに耐えきれず、扉がバキバキと割れて、船乗りの男衆がなだれこんできた。
「若く美しい師匠ですって?」
「ぱぱいや姉さんですと? 名前からして果汁のしたたっている甘そうな……」
「合同で稽古をやるんですって?」
「大賛成ですぜ! 鹿の樹将軍の配下の方々と正座の稽古をやりましょう!」
 男衆がだんごになって転がり込み、皆で連呼した。
 朱華頭領はため息をついた。
「仕方ないねえ、まあ、合同で稽古するのは、私は反対じゃないよ。その師匠の腕が確かならね」
「朱華頭領、大丈夫ですよ。500年も長い将軍との付き合いがある方なら、正座の所作もばっちりでしょう!」
 男衆がまた連呼した。

 姉さまの稽古の度に、南の島から奈良まで遠征した船乗りの男たちは、
「ひゃっほう!」
 歓声を上げて大変な騒ぎだったが――。
 鹿の樹将軍には、ぱぱいや姉さまを、あかり菩薩さまが気に入るタイプだと思われない。
 稽古期間中、あかり菩薩さまが腹立ちを抑えているのを感じて、鹿の樹将軍は気が気でなかった。

 吉日が選ばれ、ついに正座回廊を実行する日がやってきた。
 東大寺前に鹿の樹将軍の配下の兵たちが居並んで歩いてきて、それぞれの位置についた。
 しばらくすると、緑林の男衆や、朱華頭領の侍女たちも一列に並んで歩いて来て、鹿の樹将軍側と向かい合って正座した。
 東大寺の前の広場には、朱色の毛氈(もうせん)が敷いてある。目にしみるような黄色い着物に、黄色い大輪の髪飾りをつけた肉厚の女の子が歩いてきて、優雅な所作で正座する。
「おおおおお! ぱぱいや姉さん師匠の晴れの日だ!」
「いつもに増して素敵ですよ、ぱぱいや姉さん師匠~~!」
 双方の男衆から、歓声が上がった。
「皆さんの正座をご指導させていただきました、ぱぱいやと申します。今日(こんにち)は、正座回廊日和のお天気に恵まれまして、なによりのことに存じます」
 ぱぱいや姉さまは、挨拶をすませてから改めてすっくと立ち上がった。
「では、鹿の樹将軍側の皆さま、緑林側の皆さまも、もう一度お立ちになってください。仕上げのお稽古をいたします。このお稽古を本番の正座に代えさせていただきます」
 大勢の起立する音がした。
「まず、背筋を伸ばして立ちます。そしてその場に膝を着き、衣に手を添えてお尻の下に敷きながら、かかとの上に座ります。前にも気を配り膝下の着物をサッとはらい、座ってください。いかがです? 美しく座れましたか?」
 兵士も船乗りも侍女たちも、一同、無事に正座した。
「本日まで、お稽古ご苦労さまでした。おかげさまで吉日の本日、『正座回廊』の儀を無事に済ませることができました。ひとえに、あかり月光菩薩さまと緑林の朱華さま配下の皆さまの尽力によるものと、ぱぱいやから感謝申し上げます」
 東大寺前の一同は、ほっと大きなため息をついた。
「先日の第一回目のお見合い結果は、鹿の樹将軍と朱華頭領が一年に一度、お会いする間柄となりました。その結果に異議のある方はおられないということで、今回、平らかに正座回廊の儀を終わらせたいと存じます」
「――では、閉会。解散!」
 鹿の樹将軍の副官が叫び、それぞれの列は来た時のように、東大寺の西と東に分かれて進んでいった。

第七章 似ている兄弟

「兄ちゃ~~ん!」
 スガルがいつもより飛び切りいい水干を着せてもらって、駆けてきた。
「カッコよかったよ、皆の正座!」
「そっかそっか。ぱぱいや姉さんのお稽古のおかげだな! お前もおめかししてオトコマエだぞ、スガル!」
 ぱぱいや姉さまがふたりの側へ歩み寄った。
「いえいえ、皆さまのおかげでお稽古が滞りなく進んだからですよ。もうこんな大役、二度とごめんですからねっ」
 彼女は、ちょいちょいと合図して翠鬼を呼び寄せた。
 翠鬼がふわりと飛んできた。
「スガルくん、機嫌がいいけど、あかり菩薩さまに姉さんになってもらうって話はどうなったの?」
「ああ、その話ならスガルくんが大人になるまで、あかり菩薩さまは待っていてくださるでしょうから、姉さんじゃなくて『お嫁さん』になってもらうよう、プロポーズしてみたらいかがですか? って、俺から助言させてもらったんですよ」
「なるほど、ふたりとも神仙の者だから叶うことだね! あかり菩薩さま、羨ましいな~~~。あたいもあんなに可愛い年下の彼氏がほしいよ!」
 その場にいた一同は、婀娜っぽい姉さまの毒牙にかかりそうなスガルを想像して、背筋に悪寒を走らせた。
 少し遅れて、鹿の樹将軍が、
「待て、スガル! ……てことはだな。あかり菩薩さまは、将来、俺の義妹ってことになるのか?」
「そうだよ。神々しくて勇ましい義妹だね。でもきっと、おいらには優しいよ。さっきも揚げ菓子を一緒に作ろうって言ってくれたもん」
「スガル! もう、そんなことを約束したのか!」
「うん、東大寺の厨房じゃ、兵士や侍女が修行僧に混じって、早くも揚げ菓子を作ってるよ」
 揚げ菓子のいい匂いが東大寺の外までただよってきた。
「突撃~~! 今度は兄ちゃんに負けないよ!」
 スガルが厨房へまっしぐらに駆けていく。
「待てえっ、スガル! 負けんぞ!」
「やっぱり似てるよ、あの兄弟……」
 ぱぱいや姉さまが肩をすくめた。

「あらあら、「むぎなわ」をそんなにおこぼしになって……。仕方ないですわねえ」
 あかり菩薩さまがスガルの口元を布巾で拭いた。
「だって、止まらないくらい美味しいんですもん。菩薩さまにも、ひと口あげる。お口開いて。あ~~~ん」
「あら、くださるの?」
 あかり菩薩は小さめに口を開けて「むぎなわ」をもらった。
「ほんとう、美味しいですわね」
「あのう、ボクが大きくなった時、また一緒に食べてくれる?」
「ええ。それは喜んで! ふたりでたくさん作りましょうね!」
 ふたりはおでこを寄せて、指切りげんまんまでしたのだった。


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