[252]ご神兎(しんと)・正座オーディション


タイトル:ご神兎(しんと)・正座オーディション
掲載日:2023/03/23

著者:海道 遠
イラスト:よろ

内容:
 おいらはペットのうさぎの座タロウ。飼い主の大学生のつどいが名前をつけてくれないから自分で名づけた。地元の恋美兎(こいびと)神社で、ご神馬ならぬご神兎が選ばれることになり、正座オーディションが行われることになった。飼い主は正座を、愛兎は香箱座りを審査されるのだ。おいらはご神兎に選ばれようとやる気を出し、飼い主のつどいにもやる気を出させる。
 正座指導はつどいの憧れの美人、氏子総代のお嬢さんの麗歩さんだ。



本文

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序章

 おいらはもらわれてきた飼いうさぎ。
 血統書つきではない。けど、そんなこと気にしない。グレーのツヤツヤ毛だ。
 飼い主のつどいは、男子大学生。
 早くおいらに名前つけてほしい。
「うさぎだから、うさ公でいいだろ」
「そんなのヤダ!」
 毎日、そんな言い合いをしてる。
(おいらたちは言葉が通じる)

第一章  神社の張り紙

「大変だ、つどい! 今さっき、ひよりちゃんとウサンポ(兎の散歩)行ってきたらさあ、……早く起きろ! いつまで寝てる?」
 おいらは、つどいの布団の上をぴょんぴょん跳ね回った。
「う~~ん、もうちょっと寝かせてくれよぉ、昨夜、飲み会だったんだ~~、頭がガンガン……」
 つどいは布団をかぶりなおす。でも、このくらいで負けてないぞ!
「つどいってば! いつもウサンポ行っている恋美兎(こいびと)神社あるだろ? あそこで今度、ご神兎選びするんだって!」
「ごしんと……? 何だ、そりゃ」
「ご神馬(しんめ)と同じ、神社の神聖なうさぎのことだよ! あの神社は前からうさぎをお祀り(まつり)しているじゃないか」
「眠い……。もうちょっと寝かせてくれよ」
 おいらはつどいの枕元で足をダンダンした。うさぎがちょっと怒ってる時のしぐさだ。
「決めた! おいら、ご神兎になるからな!」
 カーテンの隙間から入ってきた朝陽に向かって胸を張り、誓った。
「だから、つどい! 今日から正座の稽古だぜ!」
「せ……せいら? 何だ、それ」
 むにゃむにゃして目をこすりながら、つどいは言った。
「せいらじゃなくて、正座! 人間たちが時々やってる膝折る座り方だよ!」
「どうして、神社で正座? 俺が?」
「だから! 神社行って、張り紙を読んで来いってば! おいらも香箱座りするんだから」
 おいらは、つどいの布団の中にもぐりこみ、顔をクンクン嗅ぎまわってるうちに、ギュっとハグされた。
「う~~ん、お前、あったかくて気持ちいいな。――くすぐったい! ヒゲが……」
「さっさと起きろ!」
 つどいは、のろのろと枕元のスマホに手を伸ばした。
「おーい、ひより! 恋美兎神社のホムペ知ってるか?」
 妹に呼びかけたが、
「ホムペとか無いみたいよ。いっさいアナログ神社だもん。それより、これ見て。可愛いでしょ。神社の植木の上で香箱座りしてたアマガエルよ」
 ひよりちゃんは手のひらのアマガエルを見せた。1センチくらいのチビッコだ。
「アマガエルまで香箱座りしてる?」
「ほら、つどい。負けてらんないぞ!」

 つどいは、おいらに急かされて、着替えもそこそこに神社に引っぱっていかれた。
 境内の隅っこの掲示板に張り紙してある。さっき、ひよりちゃんと一緒に読んだやつだ。
 マラソン途中の、動物園の飼育員やってるミナギルさんも読んでいた。強力なライバルになりそうだ。何せ、居合道っていうのをやっていて正座は得意だって言ってたから。
 それに、あの人のうさぎはジャンボサイズの十キロ以上ある種類だ。存在感バツグンだ。

第二章  募集の張り紙

  【張り紙内容】
 ご神兎オーディションについて。
☆参加資格
 元気なうさぎ。種類は問いません
 飼い主と仲良しのうさぎ
 神事の時に参加できるうさぎ
☆審査方法
★飼い主は正座の所作を美しくできるか?
★飼い主はうさぎを膝の上に何羽乗せられるか?
★うさぎは香箱座りを美しくできるか?
☆主な審査員
 宮司(にこにこいつも優しい。首が細いのでシャモ宮司さん)
 巫女長(どすこいタイプで頼れる)
 氏子総代(貫禄あるおじさん)
 総代の奥様(細いフレームのメガネが怖そう)
 正座のお稽古指導係
 総代のご令嬢(おしとやかで美しい麗歩(れいほ)さん)

「よおし、おいらは自分で名前を決めた! 美しい香箱座りを目指すから、座タロウだ!」
「座、座タロウ? だっせ~~名前!」
「つどいがいつまでも名無しのまんまにしとくからさ」
 おいらは考えた。つどいがやる気を出すには?
 うさぎ愛を強くする。
(愛兎のおいらがご神兎に選ばれたら嬉しいだろ)
 男気(おとこぎ)を刺激する。
(剣道やってて、正座を尻ごみするな)
(居合道やってるミナギルさんに負けていいのか?)
(氏子総代の娘さん、麗歩さんからモテたいと思わないか?)
 とか、いろいろ言ってその気にさせる。

「おお、つどいくん」
 声をかけたのは、シャモのように首の細い宮司さんだ。
「この張り紙、見てくれたかね? 氏子のあんたも、ちょうどうさぎを飼ってることだし、ぜひ参加してください。さっそく全世界の愛兎家から応募が殺到しているよ」
「ぜ、全世界からですか? たしか、こちらの神社のことはインターネットには載っていないはずですが……」
「わしは近代機器は、からきしダメだが、これを見た人が写真を撮って広めてくれてるみたいだよ」
「な、なるほど!」
(これは、のんびりしていられんな……)
 つどいが焦りだした。いいぞ! 
 おいらは、庭石の上で得意の「香箱座り」をやって見せた。これも審査項目だからな。「香箱座り」というのは猫ちゃんが本家本元だけど、うさぎやワンコもする。前足も後ろ足も胴体の下に敷いて、安心して休憩する時のポーズだ。
 宮司さんが目を細めて、
「置物みたいに長方形だ。お宅のうさぎくんの香箱座りは素晴らしいのう。優勝候補に入りますな」
 つどいが眉間にシワを寄せた。
「でも、俺は剣道部で正座するだけで、こちらの正座と少し種類が違うかもしれません」
「正座なら、氏子総代のお嬢さんの麗歩さんが行儀作法を習っておられるので指導係もしてくださることだし、初心者のお稽古もお願いしてありますよ」
「れ、麗歩さんが、正座のお稽古を見てくださる? ホントですかっ、それは!」
 つどいの頬が、がぜん、炎のように燃えだした。前から総代のお嬢さんの麗歩さんに憧れているって、ひよりちゃんから聞いて知ってるぞ。
「つどい! こうなったら、早く、ご神兎オーディション応募用紙と、麗歩さんの正座講座参加の応募用紙を書いて、社務所へテイシュツするしかない!」
「そうだな!」
 つどいは、おいらの青いリードを持って社務所へ突進した。おいらも遅れまいと、ぴょんぴょんついていった。

第三章  社務所で

 社務所では巫女長の、一番、年配のどすこい女性が真ん中で持ち場についている。他の若い巫女さんたちは、お守りを売ったりお祓いの受け付けをしたりしている。
「あ、あのう、ご神兎正座オーディションの応募用紙ありますかっ」
 つどいは巫女長さんに声をかけた。
「あら、つどいくん。今日はあなたがウサンポ? いつもひよりちゃんまかせなのに珍しいわね」
「今日から俺が毎日ウサンポさせて、香箱座りを稽古させます!」
「あら、香箱座りは、うさちゃんがマスターしてますよ。あなたが正座のお稽古なさらないと」
「そうでした! 麗歩さんが教えてくださる正座の稽古の参加用紙もくださいっ」
「あら、やる気満々で頼もしいわね。ぜひともこの神社の氏子さんのうさぎにご神兎になってもらいたいですわ。がんばってくださいね」
 巫女長のくれた応募用紙と正座の稽古参加用紙に、つどいは社務所でペンを借りて、震える手で記入した。
「ちゃんとおいらの名前、『座タロウ』って書くんだぞ!」
「分かってるよ!」

 応募用紙とお稽古の申し込み用紙に書いて社務所に提出して、ホッとしたところで、宮司さんと巫女長の話が聞こえてきた。
 つどいとおいらは、ついつい立ち聞きする。
「宮司さん。どうして今になって、ご神兎を選出なさる気になられたんですか? お詣りしてくださるお客さまを増やすためですか?」
「それもあるが、この神社に昔から伝わる鏡に映るといううさぎを捜しているからなのだ」
「ご神体の鏡ですか! とても古いから曇りに曇って何も映りませんよ」
 巫女長はやれやれ、というポーズをしてみせた。
「それがだな。鏡が選んだうさぎだけが姿が映るそうなんだ。そのうさぎが、人の世を平穏にしてくれるという古文書が見つかったのだ」
 コモンジョって何だろうな? チモシー(干し草)の新製品かな?
 おいらは考えた。
 最近、世の中じゃ、大雨や大雪や、暑さがひどかったりしてるから、世の中を元気づけるためにも、ご神兎正座オーディションを開催することにしたって、宮司さんが言っている。
 うさぎを主神にしている神社の話題になるから、一石二鳥なんだそうだ。イッセキニチョウって何だ?

第四章  ジャンボうさぎ

 廊下から、ドス~ン、ドス~ンと地響きみたいな足音が聞こえてきた。誰だ? 部屋にはミナギルさんも巫女長も座っているから、このふたりではないな。こんなに重そうな足音の人は……?
 と思っていたら、襖がガラッと開いた。開けたのは、白い足袋を履いた片方の足だ!
「え~~~っ?」
 敷居をくぐってきたのは、美しい薄桃色の訪問着すがたで両肩にお米の袋みたいなものを担いだ麗歩さんじゃないか!
 こめかみにスジが入って歯を食いしばって、結い髪がいっぱいほつれている。こんな麗歩さんを見るのは初めてだ! いつも、能面みたいにおすましした顔をしているのに。
 おいらは恐れおののくあまりに耳を背中に伏せて、急いでつどいの膝に戻った。
 間一髪、おいらが香箱座りしていた場所に、ドサ―――ッ! と何かが落ちた。
「……!」
 デカい茶色と白の毛皮のかたまり……、ジャンボうさぎのチョロくんじゃないか! ミナギルさんの愛兎だ!
 座敷の真ん中に、ジャンボうさぎを落とした麗歩さんは、肩で息をしてゼイゼイはあはあ、言っている。
「これ、麗歩! 正座のお稽古師範係のあなたが、皆さまの前でなんて仕草をするの? がにまたで愛兎さまを運んできてほうり投げるなんて!」
 氏子総代の奥さん、つまり麗歩さんのお母さまが尖ったメガネのハシを持って娘を叱りつけた。
「だって、お母さま、これから正座指導係の私もオーディションに参加させていただくから、ハンデをつけなくちゃと思ってミナギルさんのジャンボうさぎで練習しようとしたんですが、うさぎが重すぎて……」
「うさぎじゃありません、愛兎さまです!」
 そこへ、
「チョロ! 大丈夫か、チョロ!」
 ジャンボうさぎに覆いかぶさるように駆け寄ったのは、これまた大柄なミナギルさんだ。
「麗歩さん! ひどいじゃないですか、チョロは図体はデカくても、デリケートな心のうさぎなんですよ。ほら、こんなに震えてる……」
 麗歩さんがすぐにその場に正座し、ひたいを畳につけた。
「ご……ごめんなさい、ミナギルさん。ここまで運ぶだけで限界だったのよ」
「だから無理だと言ったんですよ。チョロを肩車するのは」
 宮司さんが声をかけた。
「どうしたんだね、ミナギルさん、麗歩さん。ジャンボうさぎはミナギルさんの愛兎でしょう?」
「申し訳ございません、宮司さま。私が今日だけ、うさぎを取り替えてほしいとミナギルさんにお願いしたのです。でも思い上がっていましたわ。チョロくんの重さは予想を遥かに越えていました。はあ、疲れた……」
 まだゼイゼイ言いながら、麗歩さんは説明した。
「十五キロありますからねぇ」
 ミナギルさんが自慢げに言った。
「じゅ、十五キロ? おいらは何キロだ? つどい」
「二キロくらいだろ」
「ひぇ~~~! レベルが違う!」
 ミナギルさんは、目尻を下げて、でっかいチョロくんにいっぱいヨシヨシして、
「チョロ、可哀想に怖い思いをしたな。もう大丈夫だからな。お前がダイナミックな香箱座りを見せたら、皆さんは圧倒されるから、優勝間違いなしだ!」
 それを聞いたおいらは、闘志が甦ってきた。
「つどい! デカいだけで目立とうっていううさぎに、ご神兎の座は渡せないよね!」
「う……、うん、そうだな。座タロウ」
「そのためにも人間の正座の稽古、頑張ってくれよ!」

第五章  アマガエル

「コホン」
 宮司さんに負けないくらいの細い首筋の、氏子総代の奥さんが咳をひとつして、ウグイス色の色無地の着物すがたで立ち上がった。
「先ほどは、娘の麗歩が大変はしたない騒ぎをいたしまして、母親の私からお詫び申し上げます」
「麗歩さんが、十五キロのジャンボうさぎを肩かつぎしてくるとはなあ」
 つどいが洩らした。
「皆さま、庭に近いお部屋に移動したいと思います。正座のお稽古は、娘に代わり、私がさせていただきます」
 一同が、お日様あふれる部屋へ移動すると、縁側から覗く可愛い顔がある。つどいの妹のひよりちゃんが、セーラー服のまま覗いているではないか。
「ひより、何か用か?」
 つどいが見つけて声をかけた。
「お稽古の初日がどんな感じだか、ちょっと見に来ただけ。このエメどんも葉っぱの上に返してやりたかったし」
 ひよりの手元には透明の昆虫用プラスチック容器に入った、先日のアマガエルがいる。
「まだ、それ持ってたのか。早く葉っぱの上に返してやりな」

 初夏の花があふれる庭に面した部屋でお稽古が始まった。
 総代の奥さんが、スッと立ち上がり、
「まずは皆さま、背すじを真っ直ぐにお立ちになってください。背中を丸めないように」
 参加者たちは立ち上がった。
「お立ちになれましたか? では、床に膝を着きます。……着物に手をあてて、お尻の下に敷きながら……、かかとの上にゆっくりと座りま……す……」
 総代の奥さんの説明が中断した。
「……」
「……」
 皆は、次の所作はどうするんだろう? と固まって、奥さんに視線を集める。
「おい、どうした、お前」
 羽織袴すがたの貫禄ある総代さんが奥さんをつつく。奥さんの眼が恐怖のために飛び出しそうになっていた。
「あ……あ……あ……」
「どうしたの、お母さま」
 隣の麗歩さんが、ネザーランドの愛兎チモリンダちゃんを膝に置いたまま聞いた時、奥さんの人差し指がゆっくり持ち上がる。
 座敷の真ん中には、翡翠とエメラルドを混ぜたようにピカピカのアマガエルが陣取っていたのだ。
 ――香箱座りで!

「きゃああああああぁぁ! わ、私のダメなものが……!」
 総代の奥さんらしからぬ、絹を裂くような若い悲鳴が響き渡った。
「まあ、アマガエルがお部屋に!」
 お稽古の参加者たちも叫んだ。
 あいつはウサンポの時、おいらも境内の庭やその辺の草むらで見かける。おいらたちみたいにぴょんぴょん跳ぶ。美しいお耳は持ってないけどな。
 ひまりちゃんが、縁側からびっくりした顔をしている。
「あれ? エメどんたら、いつの間にかお部屋の中に!」
「早く、誰か追い出して! 私はアレが、絶対ダメなのよ! 早く!」
「お母さまったら、あんな小さなアマガエルが怖いの? 可愛いじゃないの」
 麗歩さんが呆れている。
「どこが可愛いの? ダメなのよ~~! 早くつまみ出して!」
「雑作もないことですよ、奥さん」
 ミナギルさんが立ち上がりかけた時、宮司さんが止めた。
「待てっ」
「宮司さん、どうなすったの? 早く! 早くつまみ出してもらって!」
 総代の奥さんはパニック沼にはまりこんでいる。
「皆さま、ご覧ください、アマガエルの座り方を!」
 宮司さんが叫んだ。
「座り方?」
 アマガエルは目をつむって、気持ちよさそうに畳の上にちんまり座っている。
「前足も後ろ足も見事に隠して、素晴らしい香箱座りではありませんか? うさぎの香箱座りに勝るとも劣らない」
「そう言われれば、香箱座りだ。今回のご神兎の審査項目でしたね。アマガエルにも香箱座りができるのか」
 氏子一同は、アマガエルに近寄って、あちこちから凝視(ぎょうし)した。
「うさぎに勝るとも劣らないだって? 聞き捨てならないぞ!」
 おいらは、アマガエルを睨みつけた。
「つどい! 早くひよりちゃんに言って、アマガエルを持っていってもらってよ! ここはうさぎをお祀りする神社。アマガエルに人気をさらわれてどうするんだ? それに、お前は正座のお稽古しなくちゃならないんだから」
「え、ああ、そうだった」
 ぼんやり見ていたつどいが、我に返って答えた。
「何をぼうっとしてるんだい! 香箱座りはおいらにまかせて、勝負は人間の正座だよ!」
「分かった、分かった」
 ひよりちゃんが、こっそり部屋へ上がりこみ、エメどんをプラスチックケースに戻して出て行こうとしていた。
「ちょっとちょっと、ひよりちゃん」
 呼び止めたのは、宮司さんだった。

第六章  ご神鏡

「――膝をついたら、着物の裾をお尻の下に敷きつつ、かかとの上に座ります。両手はゆったり膝の上に置いてください。――できましたか? 皆さま」
 奥さんがアマガエルに驚いてパニックに陥った後は、やはり予定通りに麗歩が、乱れた髪を急いで整えて正座のお稽古をつけた。
「これでいいのかな?」
「つどいさん、座られたら、もう少し膝をくっつけてください」
「あ、剣道部じゃ、少し開くクセがついていて……」
 つどいは頭をかいて正しいカタチに座り直した。
 初日に参加した人たちも、繰り返し所作やカタチを稽古し、お開きになった。
「終わった、終わった! チョロ、帰ろうぜ、安心しな。優勝は俺たちのもんだ」
 ミナギルさんが、コーギーっていう犬くらいのデカいチョロくんを軽々と抱っこして、部屋を出た。
 つどいとおいらは、ミナギルさんの自信満々な態度にアタマに来た! 優勝はおいらたちのもんだぞ!
「つどいは、優勝したら、麗歩さんから花束もらうのが夢だもんな」
「座タロウ、お前、そんなことまで……」

 家に帰り着くと、パートから帰った母さんが、肉じゃがとかいうもんを作っていた。いい匂いらしいけど、おいら、干し草か果物しか興味ない。
「あら、お帰り。ひよりは一緒じゃないの?」
「ひよりはさっき、神社にカエルを持ってきたけど、先に帰ってないのか?」
 おいらもつどいも、先に帰ったとばかり思ってた。
「あんたたち、ちょっと見てきてくんない? さっきメールしたけど、返信ないのよ」
「そりゃ変だな」
 つどいとおいらは、神社へ引き返した。

 そろそろ夕暮れが迫っている。
 お馴染みの古びた木肌の鳥居をくぐって社務所の前を通りかかると、巫女さんたちが、おみくじや各種のカラフルなお守りを片付けて、シャッターを下ろしかけていた。
 さっきまでお稽古していた宮司さんのお住まいへ向かおうとして、本殿の横を通りかかった。
「あれ? 本殿に灯りがついてるよ。つどい」
「本当だ。奥の方に……。あれは、普段立入り禁止の奥殿の灯りかな?」
「ちょっと行ってみるか」
 おいらたちが近づいた時、デカい人影が出てきて、とっさに柱の陰に隠れた。
 出てきたのは、チョロくんを肩車したミナギルさんだ。居合道の稽古に向かうのか、正座のお稽古の時も黒っぽい着物の稽古着すがたで木刀を持っていた。
「ミナギルさん? 神社の奥で何をしていたんだろう」
 つどいはこれでも剣道部なので、パーカーにジーンズすがたの自分が恥ずかしくなったようだ。
「つどい、気にしない気にしない! 剣道と居合道って、種類が違うんだろ? ジャンケンとくじ引きくらい」
「なんだ、そのたとえは!」
 つどいは吹き出してから、
「まあな、座タロウ、よく知ってるな」
 ミナギルさんは、おいらたちに気づかないで行ってしまった。
 奥殿の灯りはまだ点いている。
 とりあえず、つどいの肩に乗って奥へ進んだ。誰かいる気配がする。
「だ、誰ですか?」
 つどいがそっと尋ねると、ご神体のご神鏡の前で振り向いたのは、宮司さんだ!
「ああ、つどいくん」
「宮司さん、まだお仕事ですか」
「ああ……、ご神鏡が気になってね。端っこがほんの少し欠けているような気がして……」
「え?」
 金糸銀糸の刺繍の敷物の祭壇に祀られている、ご祭壇の鏡に近寄ってマジマジと見た。
「どこも欠けていませんよ。完璧な円です」
 つどいは、一段高い祭壇を下りた時に、供物台の上にプラスチック容器が置かれていることに気づいた。
「ひよりの持ってきたアマガエルだ! どうしてこれが祭壇のところに?」
「ホントだ、生意気に香箱座りしてたアマガエルだ」
 おいらもたまげた。
 宮司さんが、少し情けない声で、
「アマガエルの香箱座りが気になって、ご神鏡に映してみたくて、ひよりちゃんに持ってきてもらったんだが……」
「ひよりはこっちに来てたのか」
「それが、ご神鏡の前に置いてもらったら、動かせなくなったんだよ。びくともしない」
「なんですって!」
 つどいはおいらを床に置いて、プラスチック容器をつかんだ。
「う~~ん、よいしょっと。う~~ん、ホントだ。動かせない」
 中にいるアマガエルは、入れてもらった小石の上で、さっきみたいにすました顔で香箱座りしたままだ。
「押しても引いても動かない。仕方ないから、ひよりちゃんは置いて帰ったよ」
「じゃあ、どこかですれ違ったんだな」

第七章  自分を見つめ直す

 募集から二か月、お稽古を重ねて、いよいよ恋美兎神社のご神兎が選ばれる「正座オーディション」の日が迫ってきた。
 世界各国で予選を勝ち抜いたうさぎ愛好家の人たちが続々と日本に到着して、神社にお詣りし始めた。
 つどいによると、正座の所作は動画を見て稽古してきた人や、まったく経験のない人もいるらしい。
 参加者は全部で二百人と二百羽くらいかな?
 予想以上の多さなので、宮司さんは地元の小学校の体育館を一日中、借りることにしたんだそうだ。
 地元の参加者は、麗歩さんやお母さまのお稽古を受けた上級者だ。もちろん、おいらとつどいも。
 つどいは麗歩さんに憧れていたのでオーディションに参加したんだけど、ミナギルさんにライバル心を燃やしたこと、そして何より、おいらとの友情が熱いから、やる気満々だ!
 他のうさぎさんたちとも協力しあって、膝にカタチ良く五羽まで乗せることもできるようになった。
 ひよりちゃんも応援してくれてる。
 未だに、ひよりちゃんが連れてきたアマガエルが、神社の奥殿から動かないのが気にくわないけどな。

 さて当日の朝、宮司さんは、体育館で参加者全員を集めてマイクを握った。

【ご神鏡について。自分を見つめ直すということ】

「神様は、八百万(やおよろず)の神様であり、すべてのものに神様が宿っておられます。鏡に映る世界はすべて神様だということです。つまり、あなたご自身もまた神様だということ。あなた方の愛兎もまた神様。ご神鏡を見つめるということは、あなた自身を見つめ直す機会なのです」
 宮司さんはマイクを握り直し、
「今回の『ご神兎選びオーディション』にご参加くださった皆さま、オーディションが終わってからでもけっこうですから、ご神鏡の前で正座してみてください。美しい所作ができて真っ直ぐ正座ができれば、真っ直ぐな精神がご自分に宿っているという証(あかし)です。特に各国からお越しの皆さま。様々な美しい民族衣装をお召しの方もいらっしゃいますが、ぜひとも正座の所作に、衣服の裾をお尻の下に敷くという所作を忘れないでください。ただ所作ができればよいというものではございません。周りにおられる方のおじゃまにならぬ『ご配慮』を学ぶ機会でもあります」

 宮司さんは静かにマイクを元の位置に戻した。
 パチパチと拍手が鳴り始め、やがて体育館いっぱいに大きな拍手に包まれた。
「へ~~え、所作の女子が着物やスカートの裾をお尻の下に敷くっていうの、そういう意味があったのか。俺も剣道やる時、袴の裾に気をつけようっと」
 つどいが呟いた。

第八章  決戦

 体育館での審査が始まった。
 参加者とうさぎがたくさんで、おいらは何がなんだか分からなくなりそうだ。
 十人ずつ順番に舞台の上に上がり、人間は正座、うさぎは香箱座りを披露する。大半は飼い主さんの正座が不完全で減点され、勝ち残れない。海外から参戦したうさぎ愛好家はたいてい、負けて去っていく。
 予選から残った、おいらたちとミナギルさんとジャンボうさぎコンビと、麗歩さんの愛兎チモリンダちゃん三組とで決勝になった。
 つどいは注意深く所作をこなして、ゆっくり正座できた――が、緊張したせいか足がしびれてひっくり返ってしまい、おいらは不覚にも審査のワナのニンジンに釣られて香箱座りを崩してしまった!
 残るうさぎ積みの審査は、おいらの上にジャンボなチョロくんがドサッと乗ってきたから、おいらは逃げ出してアウト!
 ミナギルさんは、なぜか落ち着きを失くしていて正座を崩し、チョロちゃんは香箱座りに飽きて動いてしまい、失格。
 優勝は、審査員の投票の結果、麗歩さんとチモリンダちゃんに決定した。

 ご本殿で表彰式が行われる。
「オーディションが終わったとたん、エメどんの入ったケースが持ち上がったのよ、お兄ちゃん!」
 ひよりちゃんが不思議そうに騒いでいた。
 しかも、ご神鏡のハジッコには表彰台に立った麗歩さんとチモリンダちゃんの姿は映らず、ひよりちゃんの持っているプラスチックケースのアマガエルのエメどんと、おいらが映っているではないか!
「翡翠のように美しいアマガエルこそ、ご神体にふさわしいと、ご神鏡が判断したのだ! そして、石像で対になるのは座タロウくん!」
 宮司さんがコーフンして叫んだ。

 ご神鏡に映ったので、おいらがご神兎に選ばれちまった。宮司さんがアマガエルの香箱座りに惚れこんだので、狛犬ならぬ狛うさぎの石像は片方がおいらがモデルに、もう片方は狛ガエルになった。
 つどいは、はたと考えて、
「でも、どうしてサビと曇りで汚れていた鏡に、座タロウとアマガエルが映ったんだ?」
 宮司さんも首をかしげた。
 ミナギルさんがいきなり駆け寄ってきて、ガバッと土下座した。
「も……申し訳ありませんっ! 俺が、俺が、正座の稽古の初日にチョロを麗歩さんに畳の上に放り出されて、ずっとむしゃくしゃしていて……、つい木刀で素振りしてしまって。ご神鏡に当たっちゃったんです!」
「えええ、ご神鏡に素振り!」
 一同は驚愕(きょうがく)した。
「それで鏡の表面が一部はがれたんだな。確認した時は完璧な円だったのに、不思議だな……」
 つどいの言葉を聞いた宮司さんが、咳払いをして、
「まあ、ご神鏡に不思議はつきものですからな」
 麗歩さんが、草履が片方脱げる勢いで駆けつけてきて、ミナギルさんの横で土下座した。
「いけなかったのは私ですっ! 重くて耐えられないからって、チョロくんを放り出したのですから! どうか宮司さん、ミナギルさんをお許しください! ミナギルさん、チョロくんを怖い目に遭わせてすみませんでした!」
 少し、沈黙が流れた。
「ふ~~む、ミナギルくんが素振りしたせいで、偶然に曇りの剥がれた鏡のハジッコに座タロウくんとアマガエルが映ったわけだからな……」
「そうです! 宮司さん、何とぞ、許してあげてください。私は今回の優勝を辞退させていただきます!」
「麗歩さん、ご辞退だなんて。あなたと愛兎くんの正座は美しい。でも、ご神鏡の選んだのは座タロウくんとアマガエルだった」
「ですから」
「まあまあ。わしはそんなに石頭ではないですよ。ミナギルさんはおとがめ無しにしましょう。以後は気をつけるように。ご神殿の中で木刀の素振りはいけません。麗歩さんもジャンボうさぎをかつぐなんて無理はなさらないように」
「はい、宮司さん」
「ありがとうございますっ」
 ミナギルくんと麗歩さんは、もう一度頭を下げた。

(どうして、おいらがアマガエルに香箱座りを習わなくちゃいけないんだ?)
 おいらはブチブチと愚痴をこぼしながら、庭の葉っぱの上で香箱座りするアマガエルのエメどんを睨みつけた。
(本家本元はおいらだからな)
 けろろ。
 エメどんが喉をふくらませて鳴いた。
(本家本元は、猫だよ)
 そう言ってるようだった。
 つどいは基本から麗歩さんに正座を習うことになり、張りきっている。


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