[435]思抱龍(しほうりゅう)の卵


タイトル:思抱龍(しほうりゅう)の卵
掲載日:2026/11/05

シリーズ名:かわら版シリーズ
シリーズ番号:3

著者:海道 遠

あらすじ:
 豆紗が懐妊し、金龍と銀龍に挟まれて見つめられる不思議な夢を見る。万古老師匠は笑って、
「うつつ界(現世)の両親はあんたたちじゃが、神仙界の両親は金龍と銀龍なのじゃ。赤ん坊は両親に見守られて、思いを引き継ぎ育まれるのじゃ。その卵を思抱卵(しほうらん)と呼ぶ。そして豆紗、お前自身も思抱卵なのじゃぞ」と、驚くべきことを言う。
 かくして卵で生まれてお乳を飲んで育つ「カモノハシ姫」は無事に育ちはじめる。



本文

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第一章 食べ過ぎ

 ある日、メガネをかけた女子が豆紗を訪ねてきた。
「私が先日のかわら版を書いて扉にはさんでおいた、お辻と申します。皆は『辻風のお辻』と呼びます」
 豆紗と同年代の頭の良さそうなおなごである。
「あなたが『辻風かわら版』を書いた方? もっとおじさんだとばかり思っていたわ。ところで、どうやって私の描いた竪穴式住居の挿絵を手に入れたの?」
「竪穴式住居跡に行ってみると落ちていたのです。それで、使わせていただこうと」
 拾得物と言われては、責めようがない。
「私とちい若君の挿絵は?」
「拙い絵でしたが、私が描きました」
「では、今後は私が挿絵をお教えします!」
「今後も『かわら版』を発行してよろしいのですか? そのことをお許しいただけるよう、お願いに来たのですが」
「――許しましょう。今後は私が挿絵を担当するのを許してくださるなら。先日の挿絵はどうも良くなかったですわ」
「まあ! ありがとうございます。では、記事は私が担当ということで」
 お辻という娘は、豆紗の手を両手で握って笑顔になった。
 笑うと、花が咲いたような美人になる。メガネなんて目ではない。
 ふたりは意気投合した。

「それにしても……」
 豆紗(ドゥシャ)は、貴公子さまの顔を両手ではさんで固定した。
「若さま、この頃、おむすびの食べすぎですよ! いくらお好きだからって、食卓の大・大盛りご飯の屯食(とんじき)の他に、お務めが終わった後、デカいおむすびを作って出かけられるでしょう!」
「あ、知ってたの?」
 貴公子さまはじんわり汗をかく。
「一般庶民は、白いご飯などお正月にほんのひと口食べられれば良い方で、いつもお腹を空かせて労働しているのですよ!」
「あ、それは、いつ悪者が侵入していつかのようにおむすびの中に隠しカメラや盗聴器を仕込むか、検査しているんだよ」
「結局、仕掛けられたりしなかったではないですか! ガリッと噛んでしまうから無理ですよ」
「隠しカメラや盗聴器って硬いものなのか?」
「当たり前です! そんなことも知らなくて……私も知らんけど!」
 恥ずかしそうな顔で、ふたりは視線をそらせた。
「とにかく、そんなにたくさんお食べになっていると、お腹が出てきてドスコイ体型になります。いいんですか? 都の女子からモテなくなっても」
「いや、それは困る! せっかく顔が美貌なのに!」
「その自信は、一度とっちめないと分からないようですね!」
「ひゃあっ」
「真面目な話で! 一度、若さまの肖像画をバッチリ描かせていただこうと思ってるんですが、ドスコイ若さまを描いてもよろしいのですねっ!」
「豆紗ちゃんてば、それは勘弁しておくれ」
 なんだかんだ言いながら、仲のよいふたりなのだ。

第二章 「おじさん」

 ある日、しのりさまが草原で遊ぶ子どもたちに、
「いらっしゃ〜い」
 と、呼びかけた。
 子どもたちが目を輝かせて寄ってくる。しのりさまはアズキ色に塗られた大きめの瓢箪を持って、お皿にザラザラと開けた。
 それは小粒のおむすびだった。
「可愛い粒おむすびよ。小さいけど、まんぷく感は十分なの」
「へええ、おもしろい!」
 皆、しばらくは珍しそうに眺めたりしていたが、ひとりの女の子が、
「ワタシ、あのおじさんのみたいに、デカいのがいい〜〜」と叫んだ。
 女の子の指さした先には、貴公子さまが「ド」のつくデカいおむすびを持って立っていた。
「仕方ないわね……」
 しのりさまはため息をつき、お辻と一緒に雀司家の台所で、人の頭ほどもあるおむすびを作りはじめた。

『おじさん……!』
「おじさん」と呼ばれた貴公子さまは、かなりショックだったらしく、視線をどこかへ漂わせて真っ青だ。
 後で泣きついた。
「あはははは!」
 豆紗は扇を口元にあてもせずに、豪快に笑うだけだ。

第三章 若さま倒れる

 翌日、豆紗の元にぬばたまさんから文が届いた。若さまが倒れたという知らせだ。
「昨日のことがよほどショックだったのかしら?」
 そうこうしているうちに、ぬばたまさんとハグマの手で急ごしらえの担架に寝かされた若さまが運ばれてきた。
 デカいおむすびを胸の上に乗せたまま、
「水……水……」
 と、うなされている。
「お水が欲しいのね」
 豆紗が井戸端にあった、デカいやかんに水を汲んできて、まずは自分が口に含み、若さまの口に口移しで飲ませた。
 ずいぶん飲ませたが、若さまは、
「もっと……」
 と欲しがったが、やっと奥で眠りについた。

 しのりさまが御簾をめくって、
「失礼します。未来へ行って医学書を読んできました」
 しのりさまは、考えのつかないことを言う。
「未来の医学書……?」
「それによると、水を欲しがる人は糖尿病か脚気(かっけ)ではないかと」
 豆紗も少し読んでみて、顔を曇らせた。
「白米を食べすぎると、それらの病気になりやすいのね……」
「まさしくドンピシャです」
 しのりさまがうなずき、豆紗が愚痴る。
「朝廷へのお務めが終わってから、デカいおむすびを5個も作って、どこへやらお出かけになるのですよ」
 部屋の空気がよけいに沈んだ。

 そこへ、お辻がやってきた。
「とんでもない勘違いかもしれませんよ。例えば、ご自分で食べられるのではなく、隠し子に持っていかれるとか――」
「かっ、隠し子――?」
 アゴが外れるほど口を開けて、卒倒寸前になった豆紗は、さっきのやかんから水を飲んで、
「ないないない! 若さまはビビリだから!」
 笑い飛ばした。お辻はメガネを光らせ、
「ごめんなさいね、記者の勘が……」

第四章 ぬばたま証言

(若さま、何か隠してないかしら?)
 後から気になりだした豆紗だ。
 夕暮れ時、いつも若さまの側にいるぬばたまさんが、簀の子を、抜き足差し足忍び足で去ろうとしていることに気がついた。
「ぬばたまさ〜〜ん」
 ぬばたまはギクッとして振り向く。
「何か、隠し事していない?」
 すると、ぬばたまは尋ね返した。
「若さまの隠し子疑惑、1日5個のおむすびで足りるとお思いですか?」
「えっ」
「雀司家は荘園の3分の1を、ある事に活用されるおつもりです」
「荘園の3分の1分も食べるくらい隠し子がいるってこと?」
 豆紗はドキドキしながら、心の中で打ち消したり心配したり落ち着かない。
 ぬばたまは続けた。
「いやいや、誤解です。北方からの移民の労働のため、稲作地が確保されます。雀司家の財産は莫大ですから」
「じゃあ、毎日のあのおむすびは?」
 夕餉の時に若さまに尋ねてみると、
「あんなのオヤツだよ!」
「だめだ、こりゃ」
 豆紗はズッコけた。

第五章 料理がんばる

 豆紗、復活!
「乳母さまにお料理を習うわ! エイエイオー!」
(若さまに元気になっていただき……姫を産む約束したんですもの……ようするに、白米よりおかずを増やせばいいんでしょ!)
 酢と塩味しかないが、おむすびは小さめの玄米にして、山菜の煮物やワカメの酢の物を作った。魚は干物。

 正座師匠の万古老が訪ねてきた。
「先日、若さまが倒れられたとか?」
 万古老翁は医術も心得ておられるので、若さまを横にさせ、脈をとった。
「うんうん、糖尿病でも脚気でもない。軽めの日射病だったのじゃろう」
 聞いた豆紗はホッとした。
 間もなく、しのりさまが謝りに参上した。
「浅学(せんがく)の身のほど知らずが、よけいなことを申しました」
 美しく指先をそろえて頭を下げた。万古老も豆紗も微笑んで責めたりしない。

 やっと若さまの健康について安心したところへ、
「あれ? ふらふらする……」
 豆紗が急にふらつきを覚えた。
 ちょうど万古老翁がおられたので、脈を診てもらうと、
「う~~む、心労が重なったせいか、気血(きけつ)が乱れておるな。乳母どの、後はお任せしますぞ」
「は。承りました」

 万古老翁が帰って静かになった頃に、乳母さまが、
「お方さま……、月水(げっすい=月の障り)はいかがですか?」
「そう言えば、若さまのご体調さわぎですっかり忘れていたわ」
 同時に、お腹の奥に熱くて重いものが宙(そら)から呼び寄せられた感じがして、何かが宿る感覚がした。
 まるで朱い月がお腹の奥に落ち着いたような、不思議な感覚で、お腹にややが宿ったことを自覚した。

 突然言い出す。
「私、お腹の赤ちゃん描きたいの!」
 しのりさまに手伝ってもらって、お腹にあてた鏡を見える角度に置いて持ってもらった。
「鏡に映るのは赤ん坊のような影と長い龍のような影がぼんやり見えるだけだわ」

 気づいた若さまが、
「豆紗、何を描いてるんだ」
「きゃっ、見ないで!」
 豆紗は慌てて隠す。が、万古老師匠までやってきた。
 翌日になってから、
「豆紗よ、赤ん坊の姿を描いとるということじゃが?」
「はい」
「鏡にはどんな赤ん坊が見えた?」
「それが……最初はころころ太った普通の赤さんだったんですが……」
 描きはじめた翌晩に、豆紗は不思議な夢を見た。

 薄暗い空間に自分ひとりが座っている。
 いつの間にか、背後に大きな金色の龍が立ちはだかり、首をもたげて目をランランと光らせている。前には銀色の龍が背ビレを波々と打たせている。
 双方の龍の視線は、豆紗のお腹に向けられていると分かった。
(どうして、私の赤さんに?)

 万古老には正直に言った。
「ああ、やはりのう」
 翁は白ヒゲを撫でながら、
「赤ん坊の両親じゃ。赤ん坊のことが心配なのじゃ」
「お師匠さま、この子は私と若さまの……」
「分かっとるわい、そんなこと!」
 万古老師匠は笑って、
「うつつ界(現世)の両親は、あんたたちじゃが神仙界の両親は金龍と銀龍なのじゃ。赤ん坊は両親の龍に見守られて、思いを引き継ぎ育まれるのじゃ。その卵を思抱卵(しほうらん)と呼ぶのじゃ。希少価値のある卵だぞ」
「で……でも、いくら希少価値があっても、龍の姿で生まれてくれば、人間界では生きていけません……どうすればいいのでしょう」
 豆紗は万古老の胸の中でワンワン泣いた。
「大丈夫、大丈夫! お前だって思抱卵だったが、人間界でちゃんと生きてきたじゃろう?」

第六章 かわら版第一号

 女性記者の取材と編集によるかわら版第一号が町でくばられた。お辻と豆紗の努力の結晶、第一号だ。
 第一面は、行方不明になっていた雀司家の子息、ちい若どのの発見だ。かわら版は飛ぶように売れ、豆紗とお辻も遠い北部の村まで遠征した甲斐があったようだ。
 お辻の文章も豆紗の絵も褒めてあり、まずまずの出来と言えよう。

 豆紗の体調が一段落した夜、白絹の寝間着を着た若さまがそっとやってきた。
 こわれものを扱うように豆紗のお腹にそっと手をあて、
「来たか……」
 とだけ声をかけた。
「きっと姫が来てくれました」
 豆紗は白絹の胸によりかかった。
「はぐく女(め)さんとして大人しくしていておくれ」
「はぐく女さん?」
「万古老師匠の教室では、お腹に赤さんのいる女性をそう呼んでいるそうだ」
「まあ、そう。はぐく女さん、ね」
「そうだ、かわら版の号外として、お辻さんに発行してもらわなければならないな」
「かわら版号外? そ、それはおよしになってくださいな。そんな盛大におおやけにするつもりはありませんもの」
「ダメだ。どんちゃん騒ぎしてお祝いする」
 若さまの唇が、これ以上言わせないとばかりに豆紗の花のような唇をふさいだ。

 最初は浮かれていた豆紗だったが、日に日に心配が押し寄せてきた。
 まさか倭国の都へ来て、公家の子を産むことになるとは一年と少し前は想像もしなかった。
 万古老師匠の元で、毎日、絵ばかり描いていたのだから。

 万古老は落ち着いて言う。
「豆紗よ、お前の命は卵の内にある頃、草原で拾って龍の両親から預かった。ワシなりに懸命に育てたつもりじゃ。ワシに預けた龍の両親もお前に愛情と強い想いを届けた。今の伸びやかな姿、母となった姿を喜んでくれているはずじゃ」
 万古老翁は、ほうっとひと息ついた。
「卵を形作った龍の両親が一番、よく感じているじゃろう。父龍と母龍とで思念を送り、お前をこの世に送り出したんじゃからな」
 豆紗の表情は暗い。
「私が思抱卵だということは、お聞きしていましたが……。もし、若さまがお知りになったら、私のことをお嫌いになるかも……」
「そりゃあ、多少は驚かれるじゃろうが、お前が何か悪いことをしたわけではない。また人の良くない性格をしているわけでもない。育ての親で師匠でもあるワシが太鼓判を押すぞ!」
「でも……そんなに簡単に割り切れるでしょうか? 龍は人間にとって遠すぎる存在です」
「遠すぎやせぬ。龍は人間と同じか、その上を行くくらい頭が良い。あらゆる生き物の中で、理解し合える相手だとワシは思うぞ。若を信じよ、豆紗!」
 豆紗の胸がまたもや熱く、じぃんとした。
(若さまに話さなければならない。待ち望んだ赤ん坊が、半分、龍だということを!)

第七章 打ち明ける

 1日中考え、簀の子を歩いていた若さまを呼び止めた。
「若さま、あの……」
「どうした? 豆紗」
「お腹の子のことですが、あの……」
「どうした? 顔色が良くないな? まだつわりか?―――では、侍女に早く布団を敷いてもらって寝ていよ!」
 何も言わないうちに寝かされた。
「横になっているのが一番! 大人しくして。お辻さんが来ても面会禁止!」
 上に着せた打ち掛けをポンポンとした。

「あ、あのう、若さまにお話が……」
「何だって? 昨日、万古老師匠と長い間話しておいて、私には今頃かい?」
「え? それはジェラシーですか?」
 布団の中で豆紗はブッと吹き出し、潜りこんだ。
「ジェラシー? どうして私のような貴公子が爺さんに?」
 乳母さまが御簾の隙間から覗いて「し――っ」とした。
「若さま! 万古老師匠を爺さんだなんて!」
「あっ、ごめんなさい。言葉には気をつけます!」
 乳母さまがあちらへ行かれてから、豆紗は胸に手をあて、
「あのね」
 布団の中から手を出して若さまの手をつかみ、
「若さまはご存知ないでしょうけど、落ちついて聞いてくださいね」
「ふむ」
「龍は卵生ですが抱卵しない種がいるのです。卵の風上に雌が位置し、風下に雄の龍が待ち受けていて卵を見つめて、良い子に育て〜、良い子に育て〜って心に願い、思念で育てる種がいるの。実は……実は……私は、その卵から生まれた龍の子で……お腹の子も、どうやらそうらしいので……す……」
 豆紗はこわごわ布団から目だけ
「なんだ、そのことか!」
 若さまの返事はあっけらかんとしていた。
「それなら、お前が絵に描いていたから見ちゃったよ」
「え……」
「バッチリ見て、全て理解! 中国の神話は勉強したからね! そっか〜〜、豆紗が思抱龍で、生まれてくる姫も、その血を受け継いで思抱龍なのか〜〜!」
「若さま、ショックじゃないんですか」
「全然!」
「姫が小さなトカゲみたいな姿で、卵から生まれてくるかもしれないんですよ」
「卵でもトカゲでも、神さまと同じ龍なんだよ! すごいじゃないか、お嫁サンが神さまを生んでくれるなんて! 興味津々(きょうみしんしん)だよ」
(ネガティブの「ネ」も無い? 予想と正反対だわ)

第八章 しのりの嫉妬

 巫女のしのりさまは以前、思いきって恋慕をハグマに告白したが、
「今はまだ修行中の身だから、そんな気にはなれない」 
 つれない返事が返ってきた。   

 豆紗が貴公子さまと仲がいいので、しのりさまは羨ましがっている。懐妊を知り、ジェラシーはますます増す。
 そんなところへ、左大臣を務める中衛家が3番めの息子の側室のために、わざわざ異例の「産院」を建てたとのウワサを聞き、中衛家に行ってみると裏口の木の看板に「中衛家 産院」とはっきり書かれているではないか!
 お産は穢れと思われている時代に、しのりさまは驚いた。

 数ヶ月後、豆紗は雀司の大殿が建てた産院にて卵を出産した。
 主治医は、幼い頃から育てた万古老師匠だ。
 貴公子さまや、ちい若さま、ぬばたまさん、ハグマ、女編集者のお辻さんが「お産所」の玄関で祈る中、ようやく豆紗は陣痛に耐えて大きな卵を産んだ。
 万古老師匠が、
「神々しい卵じゃぞ」
 すぐに卵を見せてくれた。付き添った乳母さまも嬉し涙を流している。
「この中に姫が……」
 自分と産んだ卵が、思抱卵だということも意外だが、卵の光沢を見ているとだんだん信じられる。

 卵は静かな温かい部屋に置かれた。
 しのりさまが様子を見に来て、震える手を出そうとする。
(もし、この卵を持ち去ったら……)
 玄関で「万歳三唱」している仲間たちは、一気に落ち込み、どよ~~んとした暗い空気が満ち、ハグマにいたっては面と向かって、
『おぬしなど、顔も見たくない!』
 怒鳴りつけるに違いない。
 そこで、しのりさまはハッとした。
(私はとんでもないことをしようとしていたわ! 正座して邪気を払いましょう!)
 卵の前で背筋を伸ばし、膝をついて衣はお尻の下にしっかり敷いて、かかとの上に座った。自然に合掌した。
「どうか、無事に産まれてきてください」

第九章 孵化(ふか)して

 21日後、卵が割れ、なんとも神々しい姫の赤ん坊がこの世に生まれ出た。
 やっと雀司家の豆紗の住まう対の屋に寝かされた。
 まだ固く目を閉じて寝ている顔は初々しくて、思わず微笑んでしまう。
 そこへ貴公子さまがやってきて、当然のように、
「私が最初に抱く!」
 と宣言したので、豆紗は最大にイラッとした。
「最初に抱くのは、私に決まっているわ! だって、お乳をあげなくちゃいけないのですもの!」
 赤ん坊の頭の上でケンカが始まった。
 ところで姫の名前だが、お辻が「生き物未来図鑑」なるものを持っており、卵で生まれてから母親のお乳を飲んで育つという珍しい生き物が載っていた。
「カモノハシ」というそうだ。
 その気になった貴公子さまが「カモノハシ姫にしよう!」と言い出し、豆紗が漢字を考え「鴨の橋姫」とした。
 それを、お辻がかわら版に載せることにした。
 情報の早い都のおなごたちは、「『鴨の橋姫』って、源氏物語に出てきそう!」と騒ぎ、かわら版は飛ぶように売れた。


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