[394]うさぎのクリスマスツリー


タイトル:うさぎのクリスマスツリー
掲載日:2025/12/22

著者:海道 遠

あらすじ:
 お爺さんと馬路目青年の経営する古本屋さんの裏庭では、イブが明けて、クリスマス当日には花が咲くように、モミの木にうさぎがいっぱい登って香箱座りして、ツリーの飾りになり、てっぺんのベツレヘムの星を持って舞い降りる競争の遊びがある。
 いつもレジに座っているお爺さんと店長の馬路目にいさんが、ゴザを敷いてくれたので人間もうさぎも、正座のお稽古もする。うさぎにとっての正座は香箱座りだ。



本文

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第一章 イブの翌日

 クリスマス当日には花が咲くように、モミの木にうさぎがいっぱい登って香箱座りして、ツリーの飾りになる遊びがある。
 お爺さんと馬路目青年の経営する古本屋さんの裏庭である。
 いつもレジに座っているお爺さんと店長の馬路目にいさんが、ゴザを敷いてくれたので正座のお稽古もする。うさぎにとっての正座は香箱座りだ。

 馬路目おにいさんが、
「はい、うさぎを連れてきてくれたみんな、正座のお稽古しますよ」
 モミの木の根元にうさぎを抱っこしてきた人たちが、ぞろぞろ集まってきた。子どもや赤ちゃんを連れた人、小学生、中学生、大学生、主婦、いろんな人がいる。
「はい、飼い主さんのみんな! お母様もよろしかったらどうぞ! 背筋を真っ直ぐ伸ばして立ってください! 身体に一本筋が通っていると思って! それから床に膝をつきます。スカート履いている人は手を添えて、お尻の下に敷いてください。敷けましたか? それではそのまま、かかとの上に座ります。『Vの字』の中に座ればシビレがマシですよ〜〜。座れましたか?」
 うさぎたちは、馬路目おにいさんの号令に合わせて、それぞれ自分の板の上に香箱座りした。
「ほほう、うさぎさんたちも香箱座りが上手だねえ」
 古本屋さんのお爺さんが、パイプをくゆらせたまま、ほっこりと笑う。
 みんなで古本屋さんの裏側にある小さな教会で、神父さまのお話を聞いてから、お祈りを捧げて聖歌を歌った。
「♪ もっろびと〜、こぞっりって〜~、主はっ来ませり〜……主は来ませえりぃ、主はぁ、主はぁ、来ませりぃ……」
 そして古本屋さんのおなじみさんたちみんなで、ケーキをいただいた!
 人間は普通のケーキ、うさぎたちはうさぎ用のドライフルーツケーキ。

 さて、クリスマスイブの終わった翌日、本当のクリスマスの日、キリストさまが生まれた日である。更にもうひとつ行事がある。

 古本屋さんの裏庭に、お爺さんが立ててくれたうさぎのクリスマスツリーがある。クリスマスのモミの木にうさぎが座れるよう、お爺さんがトンカチでもってモミの木のあちこちに板をたくさん取り付けてくれたのだ。
 ご近所のうさぎが集まってきてツリーに登り、それぞれ板の上に陣取って香箱座りしていくのだ。

「いいかな? よーい、どん!」
 ピリリリリリリ~~!
 お爺さんのホイッスルで、うさぎたちが一斉にスタート!
 頑張って登っていくコタ坊。
「うんしょ、うんしょ 高い木だなぁ」
「頑張れ〜、コタ坊!」
 見守る小学校3年生の飼い主の円華(まろか)ちゃんと友だちの2年生の凌ぎ丸(しのぎまる)くん。
 凌ぎ丸くんのうさぎは、ネザーのベージュのキツネ丸という。
 どちらがてっぺんを征するか?
「あっ、今年はコタ坊が一番上の板の上に香箱座りしました!」
 実況中継しているのは、馬路目おにいさんだ。
「コタ坊〜〜!」
「そこそこ、その星のオーナメントの一番近くの板よ! そこで香箱座りするのよッ」
「キツネ丸もがんばれ!」
 声援送る円華ちゃんと凌ぎ丸くん。
 古本屋さんの若き店長、馬路目おにいさんも皆のうさぎを応援する。
 てっぺんまで登った!

第二章 コタ坊、てっぺんに

「やった、やった、おいらが一番てっぺんの板を取ったど!」
 コタ坊は、ツリーの一番上の板で宣言した!
「やった〜〜! さすが、うちのコタ坊!」
 下で応援していた円華(まろか)ちゃんが叫んだ。
 うさぎ飼いのみんなはどよめいた。
「あれは、誰だ? 初めて見る顔のうさぎだな」
「三丁目の円華ちゃんが飼いはじめて、今回、初めて参加したんだって」
「小柄なクセに早いじゃないか」
 みんな、初参加のうさぎが一番早くてっぺんまで登ったので、目を白黒させている。
 実は馬路目おにいさんは、コタ坊のことを赤ちゃんの時から知っている。円華ちゃんがペットショップへ誘い、「選んでちょうだい」と言ったので、選んであげたのだ。

 円華ちゃんの友だちの凌ぎ丸くんも、キツネ丸を参加させたが、2番目になった。
「むむっ、円華ちゃんとこのコタ坊くん、やるなあ」
 悔しそうに見上げている。
 全員のうさぎ、30羽がモミの木に登って自分の位置を確保した。
 古本屋さん店長の馬路目おにいさんがやってきて、
「よ〜し、みんなそろったかな?」
 参加者の名簿を見ながら点呼を取っていく。
「何をやっているんですか? これは?」
 莉都(りと)ちゃんとヒヅルもやってきた。彼女たちは会社の事務員をしている大人だが、古本屋さんの常連だ。
 莉都ちゃんは馬路目おにいさんのカノジョ。
「おはよう、莉都とヒヅルちゃん。これはクリスマスツリーを片付ける前のお楽しみゲームなんだ。うさぎに、うちのお爺さんがツリーに取り付けた板の上に、香箱座りをしてもらう。そして、皆でクリスマスの歌を歌ったら――あ、歌うのは飼い主さんだけどね、てっぺんに香箱座りしたうさぎに、ベツレヘムの星を持って舞い降りてきてもらう。一番先に、飼い主の胸に飛び込んだのが、今年の優勝うさぎってわけだ」
「馬路目さん、すごいわ! ツリーを片付ける時も楽しめるゲームを考えつくなんて!」
 莉都ちゃんがほれぼれとして顔を輝かせた。馬路目おにいさんは照れて、
「いや、なに、うさぎが香箱座りするのを見て、考えついただけだよ」

 横で立ち聞きしていた凌ぎ丸くんが、
「〜〜てことは、とにかくベツレヘムの星飾りを一番先に持って舞い降りてきたら、優勝ってことかい? 登った時の順番は関係なく?」
「う、う〜ん、そうなるかな?」
「ルールをしっかり決めておいてくれないと困るな、おにいさん!」
 凌ぎ丸くんが馬路目青年をにらんだ。
「わ、分かった。登る時にてっぺんでなくても、降りてくる時にベツレヘムの星飾りを持って、舞い降りたうさぎが優勝ってことに決定するよ!」
 参加のうさぎの飼い主さんたちは、それを聞いて、
「わああああああ!」
 歓声を上げた。

第三章 お耳ナデナデ芸

「よし、じゃあ、今から頑張れば優勝も夢じゃないってことだな!」
 円華ちゃんより年下なのに、凌ぎ丸くんは鼻息荒い。
「優勝したら、何を賞品にもらおうかな?」
 獲らぬタヌキの皮算用までしている。
 馬路目にいさんが、 
「せっかくうさぎたちが全員、木に登ったことだし、何かしてもらいたいな……」
 つぶやいたが円華ちゃんが、
「うさぎに何かさせるって、とても難しいのよ、おにいさん」
 教えてくれた。
「そうなのかい?」
「そうよ! ワンコみたいに芸なんかしないわ。ティモテとか……は、するけど」
「ティモテ? そりゃなんだい?」
「耳を垂らしてナデナデする動作よ。耳の毛並みのお手入れなの」
「ああ! 知ってる知ってる。見たことあるよ」
「グワッて口を開けてアクビするのも可愛いけど、みんな一緒にさせるのは無理でしょう。ホリホリさせるにも木の上だし、土もお布団もないし」
「後は、何がある?」
「やっぱし、ティモテが一番可愛いかな」
「じゃ、そうしよう! みんなで一斉にティモテしてから、ホイッスルを合図にモミの木のてっぺんの星をゲットしに行ってもらおう。ゲットできたうさぎには、望みのものを賞品としてあげよう!」
「わ〜〜い! 望み通りの賞品だってさ!」
 子どもたちは、大喜びだ!
 凌ぎ丸くんが、つまらなさそうな顔をしていた。
 頭上から、モミの木のミミズクがクルリと首を360度回して声をかけた。
「どうした、坊主?」
「だって、コタ坊はすでに星に1番近いところにいる。有利じゃないか。うちのキツネ丸は勝てっこないよ!」
「そりゃ、星に近い場所にいるもんは有利だわな。――ようし、待ってな、坊主」
 ミミズクは、ふてぶてしい笑みを浮かべて飛び立った。

「お〜い、馬路目、そろそろ、うさぎたちに降りてもらうぞ」
 お爺さんが言い、馬路目おにいさんがホイッスルをくわえた。

第四章 星獲り本番!

 ピリピリピリピリ……!
 ホイッスルを聞いて、うさぎ全員でティモテが優雅にはじまった。
「可愛い! 可愛い! みんな可愛いわよ!」
 うさぎの飼い主がメロメロになって見惚れている。
 コタ坊がベツレヘムの星をくわえて、ふんわりと舞い降りてきて、円華ちゃんは両手を広げた。
「コタ坊、おねーたんの胸に飛び込んでおいで〜!」
 その刹那(せつな)、黒い影がコタ坊の上に飛び込んできた。 
「きゃあ〜〜!」
 コタ坊がモミの木の枝に立ち止まった時、あっという間にくわえていた黄金の星飾りは無くなっていた。
「あれ? 大きなお星様は?」
 コタ坊も円華ちゃんもキョロキョロした。
「あっ、あれ!」
 ミミズクが横切っていった。口に黄金の星飾りをくわえている!
「ミミズクがお星さまを奪っていっちゃったあ!」
「へへへッ! 悪いけど、これは新参者に渡すわけにはいかねえぜ!」
 ミミズクは低空飛行して、コタ坊からお星様を奪ったのだ!
 しかし、次の瞬間――ミミズクのクチバシからもお星様は消えていた!
「あああっ!」
 黒猫のツヤ子ちゃんを抱っこして、見物していた莉都ちゃんが叫んだ。
「ツヤ子ちゃ〜ん、何をするの?」
 ツヤ子ちゃんは、素早くモミの木を駆け上がってミミズクに飛びかかり、お星様を奪い返した!
「ツヤ子ちゃん、それはクリスマスツリーのゲームのお道具よ!」
 莉都ちゃんが冷や汗かいた。ツヤ子ちゃんが言い返し、
「分かってるわよ、そんなこと! ミミズクがいけないのよ! これはコタ坊くんが獲った1位のしるし!」
 ツヤ子ちゃんが叫んで油断した隙に、またもやミミズクが飛んできて星飾りを奪い取った!

第五章 集団足ダンッ☆

 いきなり、地響きがはじまった!
 ダンッ☆ ダンッ☆ ダンッ☆!
「な、何だ、これは!」
 馬路目おにいさんもよろけて、座りこむ始末だ。
 駆け寄った莉都ちゃんも、馬路目おにいさんにつかまりながら、地面に膝をついた。
「じ、地震?」
 円華ちゃんも駆けつけてきた。
「おにいさん、おねえさん、地震じゃなくて、うさぎがみんなして足ダンッ☆しているのよ」
「足ダンッ☆? 何だそれは? 芸なのか?」
「違うわ! うさぎは怒ったり怯えた時に、後ろ足をダンダンするの。きっとミミズクがコタ坊くんから星を奪ったことを怒っているのよ!」
「そうなのか! みんなして、怒ってくれているのか」
 皆の足ダンッ☆はなかなか止まらない。30羽ものうさぎが一斉に足ダンッ☆すると、かなり震動する。
 モミの木から落ちてくる板もある。
 お爺さんが慌てた。
「うさぎのみんな、足ダンッ☆をやめて、おりこうに静まるんじゃ。何も怖いことはないぞ。ミミズクはワシが追いはらってやるからな。不安がらずとも良いぞ」
 馬路目おにいさんが、モミの木の前に出て、
「お子さんや親御さんは、モミの木に近寄らないようになさってください。何せ、うちの爺ちゃんが応急に取り付けた台ですので、弱い取り付け方だと思います、申し訳ございません」
 焦って謝ったが、
「なんじゃと、馬路目。ワシの取り付け方が頼りなかったと言いたいのか!」
 香箱座り用の板を取り付けたお爺さんが、怒り出してしまった。
「まあまあ、お爺さん。うさぎや飼い主さんに板が落ちてきて、ケガさせてしまったら大変だろう?」
「むむ……それはそうじゃ。お前の言う通りじゃな」

第六章 優勝賞品

 ツリーのてっぺんのベツレヘムの星飾りを、コタ坊が1番にゲットしたのは、コタ坊の好きな果汁を馬路目さんが星に塗っておいたからだ。
 コタ坊にだけ優先させてはならないと思った馬路目さんは、ツヤ子さんがジャマするように、星の内部にマタタビを塗りつけておいた。
 マタタビは猫の大好きな植物で、この匂いを嗅ぐとほとんどの猫は身体にその匂いをすりつけようと、ごろにゃん状態になってしまう。
 だから、ツヤ子さんはマタタビめがけてまっしぐらに、コタ坊の持つ星の飾りに突進したのだ。
 ミミズクは変な匂いがすると感じて、すぐに星飾りを離してしまった。
 それらを動物たちから聞いた莉都ちゃんは、
「全部、馬路目さんの計画だったのね!」
 と怒り出し、お爺さんも不機嫌になり、コタ坊の飼い主、円華ちゃんもむくれる。
「よけいなことしなくても、うちのコタ坊は1番をゲットできたのに!」

 馬路目はタジタジとなる。
 モミの木の板は、最後の1枚が落ちて、もう皆が心配することはなくなった。
 莉都ちゃんが、
「馬路目おにいさんも反省していることですし、もう一度、皆さんで教会に入って毛氈を敷いて、正座のお稽古しませんか? 緋毛氈ならクリスマスにぴったりの真っ赤ですし、それに……流竹さんの奥様のお腹の中の赤ちゃんが、軽く運動したがっておられるのでは?」
 モミの木から離れて見物していた流竹さんの奥様の笹鳴りさんが、ほっぺをほんのり染めて、
「正座のお稽古いたしましょうか」
 と言い添えた。
「はい、そうですね」
 お爺さんも賛成して、正座の所作を皆でそろってやった。
「そうそう、お星さまを一番に持って舞い降りてきたら、好きな賞品をもらえるっていうのはどうなった?」
 凌ぎ丸くんが覚えていて尋ねた。
「コタ坊くん、何がほしい?」
「う~~~ん、ほしいものはないけど、おいらを産んでくれたお母さんに会いたいなあ」
「お母さんに会いたいだって?」
 馬路目おにいさんが頭を抱えた。
 お母さんの分かっているうさぎは、少ししかいないだろう。
「どうすればいいかな~~?」
 そこへ流竹さんの奥さんの笹鳴りさんが、
「うちのお店で扱っている、竹のアロマはいかがかしら? それを嗅ぎながら眠ると、思い通りの夢が見れるんですよ」
「ほっ本当ですか! 願ってもないアロマです!」
「分かりましたわ。流竹に持ってくるよう連絡しますわね」
 側で聞いていた円華ちゃんが、
「コタ坊、良かったわね。これで夢の中でお母さんに会えるわよ」
「うん。円華ちゃん、ありがとう」
 ふたりはギュッとハグし合った。
 外ではそろそろ陽が傾き、天から白い贈り物が舞い降りてきた。


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