[99]次期・正座先生と今年度の集大成


タイトル:次期・正座先生と今年度の集大成
分類:電子書籍
発売日:2020/09/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:52
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり

内容
 高校2年生のコゼット・ベルナールは、フランスから日本にやってきた留学生で、星が丘高校茶道部の新部長。
 3学期になり、旧部長のサカイ リコの卒業が近づく茶道部では、昨年度制作された茶道部のプロモーションビデオを、新しく作り直す計画が出ていた。
 昨年度のビデオのテーマは『茶道と正座に関心のない人が見ても楽しく、思わず興味を持ってしまうような作品』。
 今年度は、そこからさらに一歩踏み出して『誰もが茶道と正座をしたくなる作品』が撮りたい……。
 そう考えたコゼットたちは、今年度の活動を振り返りながら制作プランを練っていく。

 次期・正座先生のコゼットも、もうすぐ高校3年生!
 新リーダーとして頑張るコゼットが、リコの卒業に向けて、ますます頑張る、『正座先生』シリーズ第28弾です!

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本文

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 人生とは、つねに考えを刷新して、新しい自分になって行くことが必要である。
 わたくし『コゼット・ベルナール』が最近考えるのはこのようなことで、わりと『あなたが言うと、なかなか説得力があるね!』と思っていただけることだと思っております。
 わたくしは現在、日本の星が丘市にある『星が丘高校』に通う、二年生の女子でございます。
 この名の通り出身はフランスでございますので、学校では、留学生という扱いになります。
 しかし、ほんの一年ほど前までのわたくしは、日本にまったく良い印象を抱いておりませんでした。
 当然、留学も仕方なく始めたもので、用さえ済めば、とっとと帰国するつもりでございました。
 ですが、わたくしは今でも日本におります。
 わたくしはこの一年ほどで、日本の良さと、留学の意義を強く感じました。
 なので、ひとまず『高校卒業までは日本にいよう!』と決めたのです。
 ということで、まず、これだけで『あっ! あなたはちゃんと考えを刷新できたのね! だから、刷新が大切だと思うようになったのね!』と、ご理解いただけるかと思います。
 ですがこれは、わかりやすい例の一つになります。
 わたくしは日本での留学を経て、他にも、たくさんの場面で、考えを刷新していくことの大切さを学んだからです。
 中でも今、一番わたくしの頭を占める『刷新』のテーマは『伝統と革新』についてです。
 なぜそんなことを考えるようになったかといいますと、きっかけは、最近読んだ古い外国の民話の存在でした。
 この作品は『真面目に働くこと』とテーマにしている作品です。
 しかし、作中においてその『真面目な働き方』とは『手を動かすこと』のみと定義されており、そこに『頭を使うこと』は含まれていなかったのです。
 なので、わたくしはこの作品を読んだ時、違和感を覚えました。
 頭を使って、人を動かしたり、より効率のいい働き方を考えたりすることもまた、立派な『真面目な働き方』であると、わたしは考えているからです。
 ですが、その民話は、当然ながら非常に古い作品です。
 当時は、今わたくしが述べたような考え方があまり浸透していなかったり、前向きに捉えられてなかったりしたから『頭を使うことは真面目な働き方に含まない』とされていたのでしょう。
 だから作中においても『手を動かすこと』の良さだけが書かれているのだと思われます。
 わたくしは、これを悪いことだとは思いません。
 当時の考え方を垣間見られるのが、名作の良さだからです。
 ですが、これが『今でも十分通じる考え方』であるかというと、そうは思いません。
 もし現代で『真面目に働くこと』がテーマの作品を新しく作るなら、そこには『頭を使うこと』のよさも書いてもらわなくては困る。
 いいえ! 『手』と『頭』の二種類で、終わらせてはいけない。
 今の世の中には、自分自身も手を動かしながら、頭も使って周囲の人を動かし、管理するという『プレイングマネージャー』なる職種もあるのです。
 これから『新しい物語』を作るなら、そこにだって言及していかねばなりません! ……と、思っています。
 そう。つまり、そういうことなのです。
 わたくしは『古い民話』という文化的遺産、要するに『伝統』は大切にしつつ、今後『新しい物語』を書くなら、そこに『革新』的な意見も取り入れていきたいのです。
 ……で、現在のわたくしにとっての『古い民話』が、具体的になんであるかのと言うと……。
 それは、これからお話していきましょう。


「茶道部の紹介動画を、新しくしたいと思っておりますの」

 一月下旬の茶道部会議は、わたくしのこのような提案で始まりました。

「あ、あの。コゼット先輩。し、紹介動画……というのはっ。
 昨年、サカイ前部長を中心に、先輩たちがおつくりになられたものです……よね?」

 最初に質問して下さったのは、一年生部員の『ヤノ モエコ』さんです。
 モエコさんは、ほかの一年生部員のみなさまに比べ、本格的に活動を始めたのが遅いからか、この通り少し控えめで、緊張しがちなところのある方です。
 ですが、最近はこうして積極的に発言して下さるようになり、わたくしは感激で涙が出そうです。
 そして、モエコさんのおっしゃる通りです。

「そうですよぉ、モエコさんっ。
 懐かしいですね……っ。リコ前部長たちが作って下さった、あの名作!
 わたしっ。あの作品のことでしたら、今でも昨日のことのように思い出せまーすっ!
 あっ。まったく懐かしくはありませんでしたぁ。
 たとえではなく、本当に昨日も見ちゃいましたから!」

 二番目に発言されたのは、同じく一年生部員の『ムカイ オトハ』さんです。
 オトハさんは、モエコさんとは対照的に、星が丘高校に入学したその足で我が茶道部に入部して下さり、その日からずっと最前線で活動して下さっている、非常に……というか、ちょっと稀有すぎるほどに、熱心な部員さんです。
 さらに、それだけではなく、中学三年生の頃から『絶対星が丘高校茶道部に入部する!』と決意し、とある動画に至っては、受験勉強の合間に何度も何度も再生され、ひとりでものすごく再生数を伸ばして下さっていた……。という、茶道部の熱烈なファンでもあるのです。
 ええ、もうみなさまもお察しというか、当然ご理解されたことでしょう。
 中学三年生のオトハさんが、受験期間中、ずっとご覧になられていた動画。
 それこそが、今話題の『茶道部の紹介動画』なのです。
 なお、申し遅れましたが、そんな星が丘高校茶道部で現在部長を務めておりますのが、わたくしコゼットです。
 それから、わたくしの一代前の部長が、先ほど少しだけお名前の出た『サカイ リコ』様ということなのです。
 なのでオトハさんはわたくしを『コゼット新部長』、リコ様を『リコ前部長』と呼ぶのでした。

「でも、コゼットー。なぜ今、紹介動画を新しくしたいのデスカー?
 あの動画は、当時のワタシたちの最高傑作で、とても大切なものではありまセンカー」

 三番目に発言し、ご質問されたのは、わたくしの双子の姉である『ジゼル・ベルナール』です。
 今ジゼルお姉さまがおっしゃられた通り、茶道部の紹介動画を作った際、わたくしとジゼルお姉さまは、すでに茶道部に入部しておりました。
 というか、当時の茶道部は非常に人数が少なかったので、わたくしたちは当時一年生ながら、部の中心人物として制作に励んだのです。
 なので今ジゼルお姉さまがおっしゃいました通り、紹介動画は当時のわたくしたちの全力が詰まった、思い出の品です。
 それをデータ倉庫にしまって、新しいものを作るというのは、非常に忍びなくもあるのですが……。

「だからこそ! だからこそなのですわ!
 星が丘高校茶道部は、今こそ『革新』していく時ですの!
 そうでなければ、これから卒業されていくリコ様に申し訳が立ちませんわ!」

 ガタッ! と思わず椅子から立ち上がり、わたくしは熱弁してしまいます。
 そう。『紹介動画を作った当時の茶道部は、非常に人数が少なかった』。これが問題なのです。
 茶道部における、わたくしたちより一つ上の世代……つまり、三月に卒業してしまう方は、リコ様お一人しかおられません。
 リコ様は、そんな部員の少ない時代に部長となり、現在の楽しく、安定して活動できる茶道部を作ってくださった方です。
 わたくしは、日本に来た当初こそ、リコ様に嫌な態度をとってしまっておりました。
 なぜかと言いますと、当時のわたくしにとって、リコ様は『日本』の象徴でした。
 さらに茶道や正座といった、わたくしにはたしなむのが困難なものを、リコ様はいとも簡単に部員のみなさまと楽しんでいるように、わたくしには見えました。
 結果、当時フランスのことよりも日本のことに関心を持つようになっていたジゼルお姉さまを、わたくしから奪っていくように感じられてしまったからです。
 だけど今は、ここにいる誰にも負けないほどリコ様に強い恩を感じ、彼女のことを大切に思っております。これもわたくしがこの一年で経験した『考えを刷新して、新しい自分になったこと』の具体例の一つなのです。
 だからこそわたくしは、リコ様が卒業する前に『現部員も、これだけのことができます! だから、安心して卒業されてくださいな!』と示したいのですが……。

「あの……」

 ここで『パッ』と上がる、白く細い手がございました。
 一年生部員の『カツラギ シノ』さんです。

「一つ確認させていただきたいのですが。
 コゼット部長のおっしゃる『新しくする』というのは、現在の動画を非公開にする。あるいは今よりも閲覧しづらいところへ、移動させる。
 それから、完全に新しい動画を作って、現在の動画がある位置に公開する。
 ……ということでお間違いありませんか?」
「その通りですわ! 今回は『新作を公開する』ということに意味がありますの!」
「……でも、茶道部の紹介動画は、去年コゼット殿たちが丁寧に制作されただけあって、必要な情報がテンポよく詰まっているものでござろう?
 当時入部していなかった第三者である拙者から見ても、ジゼル殿の『当時の最高傑作』という言葉がぴったりな動画でござる。
 それを無理に非公開などにして、新しいものを作る意義は、拙者にはあまり見えてこないのでござるが……」
「私も、マフユさんと同意見です。だから……」
「ウッ」

 思わず口ごもってしまいます。
 こたびの会議で四番目に発言された『ヤスミネ マフユ』さん――語尾が『ござる』の方でございます――のご指摘が、実にもっともなものだったからです。
 なので、シノさんが『だから……』と、まだお話の途中であるにもかかわらず、わたくしは早速頭を抱えました。
 マフユさんは一年生部員ですが、実は人間ではおられず、わたくしたちよりもずっと年上の方でございます。
 それでも上下関係を大切にするマフユさんは、こうして『超のつく年下』であるわたくしたちにも、古めかしい、丁寧な口調でお話しされます。
 また、普段は、あまり部の方針に強く意見されることもございません。
 だからこそ……そんな奥ゆかしく、一歩引いた立場で部を見守って下さるマフユさんの発言だからこそ……わたくしの心には、ズシッ! と響いたのでした。
 でも! ここで引き下がるわけにはいきません!

「意義……意義はございますわよ!
 茶道部の紹介動画のテーマは『茶道と正座に関心のない人が見ても楽しく、思わず興味を持ってしまうような作品』でした。
 ですからわたくしは、そこからさらに一歩踏み出して『誰もが茶道と正座をしたくなる作品』が撮りたい! ……と思っておりますの。
 ほら! 茶道と正座に『興味を持つ』よりも『積極的にトライしてみたくなる』の方が、より新規部員を獲得できそうですわよね?
 作る意義は、あると思いますの! ねっ? ねっ?」
「うーん……?」

 必死で言葉を紡ぎましたが、みなさまの反応は、ビックリするほど薄いものでした。
 それもそうでしょう。『ウケない理由』は、自分でも、驚くほど明白です。
 それは、そこに具体性がないからです。
 また、みなさまの言う通りだからです。
 まず、わたくしは『リコ様を安心させるために、新しくて、素晴らしい動画を作りたい』ということしか考えておりません。
 だから、自分なりに『現在の動画』を越えられそうな新提案をしたくても、特に思いつきません。『新しくしたい』という気持ちに『具体的な改善案』が追いついていないのです。
 しかも、現在の動画が、みなさまのおっしゃる通り『あまり手を加える必要もないもの』であることを理解しているので、事態はより膠着しているのでした。
 しかしそこに『スッ……』と上がる手がありました。
 やはり、シノさんです。

「あの……。それでしたら、必ずしも『完全に作り直す』必要はないのではありませんか?」
「えっ?」

 その言葉にわたくしはキョトンとしましたが、わたくし以外のみなさまは、次々に、

「うんうん。ワタシもそう思いマース」
「名案でござるな」
「わっ、わっ、わたしもそれが、いいのではないかと……」

 などなどと、頷き合っております。
 茶道部はみなさま大変冷静で、頭がいいのです。
 どうやら、ついていけていないのは、この場でわたくしだけのようでした。
 ……そんなわたくしのために……でしょう。
 シノさんは続けます。

「たとえば、原作のある作品をアニメや、ドラマにするとき、少し原作とは違うアレンジを加えることがありますよね。
 具体的には、メインキャラクターの人物像がより伝わるように、原作にはないエピソードを足したり……。
 逆に、長編である原作を、二時間の映画にうまく収めるために、比較的重要度の低いエピソードは省略したり。
 私たちも、今回そういったことをすればよいのではないのでしょうか」
「うーんと……? つまり、シノさんは昨年の作品を『原作』として、今年は、この原作をもとにアレンジをした動画を作るのが適切である……。
 と、おっしゃるのね?」
「そうです」
「うむうむ。拙者は名案だと思うでござる。
 動画を完全に作り直して、現行のバージョンを見られなくしてしまうのはもったいないでござるし。
 そもそも、それだけ大幅な作り直しをする時間が、取れない可能性もあるでござるしな」
「そうですよねーっ! ……あのぉ、コゼット新部長。
 これも今、シノが出した、例の一つとして聞いていただきたいんですけどぉ……。
 わたしのすごく好きなアニメは、キャラクターの情報を載せたファンブックが出てるんですけど。
 だけどそれは、放送途中に出版されたものだから、一部情報が掲載されていないキャラクターがいたんです。
 だから、わたしたちファンは、それをとても残念に思っていたんですけど……。
 最近、そんなファンの声に応じて、増補版が出たんですぅ!
 増補版では最新話のキャラクターまで網羅しているので、わたしたちは満足ですし、作り直したわけではなく、元々あるデータも引き続き活用されているので、旧バージョンを作られたスタッフさんたちも嬉しいですよね。
 だから、わたしたちも、そういった動画を作ればいいと思いますっ!」
「なるほど……?」
「マフユさん、オトハ。ありがとうございます。
 それではさっそく、動画を確認していきましょう。
 オトハ、お願い」
「はーいっ!」

 さすが茶道部有数の『デキる女』でおなじみの、シノさんです。
 一番プロジェクターに近いところに座っていたオトハさんに指示を出すと、すぐに例の紹介動画を再生して下さいました。
 ちなみにこのオトハさんとシノさんは幼なじみで、シノさんはオトハさんを追う形で茶道部に入部されました。
 つまりシノさんには元々茶道部へ入部する予定はなく、シノさんもまた『考えを大きく刷新された方』なのです。

「……ではでは、わたしは早速、動画撮影用機材の使用申請を出してきますねーっ!
 早ければ、来週頭には使用許可が下りちゃうんですよねーっ?
 みなさんは、わたしが申請して戻ってくる前に動画を見ちゃってくださいね。
 わたしはもう覚えるほど見ているので、こっちの方が時間短縮になりますから!
 そのあとっ。動画の具体的な内容を決めましょう!」
「早いですわね!?」

 わたくしが指示を出すよりも先に、オトハさんが会議室を出て、職員室に向かわれてしまいました。
 あれっ。前にもほとんど同じことを誰かがおっしゃられた気がするのですが、誰だったでしょうか。
 そこでふと隣を見ると、ジゼルお姉さまが『先を越されマシター!』というお顔をされています。
 あ! 当時、今のオトハさんとおおむね同じことをおっしゃったのは、ジゼルお姉さまでしたわね!

「動画は、主にひとりひとりの、今後の抱負を語るのがメインですよね。
 私たちは当時、この動画を通じて来年度の目標設定をしました。
 メインのシーンは、当時の中心部員である私たち四人で撮影して……いつも来られるわけでない兼部のみなさんには、たとえば茶会のシーンなど、限定的に参加していただきましたよね。
 中心部員でいたいけれど、兼部部員であり時に身動きが取れない私は、兼部の方にも積極的にご参加いただくことで『兼部でもこれだけ、しっかり茶道を学べるよ』というのを伝えようとしていたように思います。
 もちろん、今でもその気持ちは変わっていませんが」
「ナナミ様!?」
「はぁ。遅刻してしまいましたね。コゼットさん、お待たせしてごめんなさい」

 気が付くと、本日七人目の会議参加者として『タカナシ ナナミ』様がご到着されておりました。おそらく、オトハさんと入れ替わりで開いたドアに滑り込まれたから、特にそれらしい音がしなかったのでしょう。
 ナナミ様はわたくしとジゼルお姉さまと同じ二年生部員ですが、今ご本人がおっしゃられた通り、茶道部と、剣道部を兼部されておられます。
 さらにナナミ様は、ご実家が剣道道場でございます。
 なので、どうしても剣道部優先になってしまうところを、こうして隙間を縫って、茶道部にも来て下さっているのでした。

「あはは。ちょうど私の出番じゃありませんか」

 そうです。茶道部の紹介動画は、ナナミ様が茶道部に入部された理由を語るところから始まります。
 ナナミ様は、前述の通り剣道道場のお嬢様でいらっしゃいますから、入部当初から、正座はお手の物でした。
 なので、入部後に学ばれたことは主に茶道の知識でしたが、こちらは、部の紹介動画で語るには、少々時間が足りないものですよね。
 なのでナナミ様は、なぜご自分が茶道部に入部したいと思ったのか。また、兼部であっても、茶道部であればこんな活躍ができる! ということをお話しするスタイルにされたのです。
 この部分は短く、しっかりとまとまっていて非常に完成度が高く、もしこれから『増補版』を作るとしても、特にいじらず、このままにしておくのがよさそうです。

「オーウ! 次はワタシの出番デスネー!」

 そして次に登場されるのが、ジゼルお姉さまです。
 ジゼルお姉さまは、フランスからの留学生ということで、当時校内でも話題の存在でした。
 なのでご自身が『フランス人である』ということを生かして、日本人でなくても、良い方法で学べば正座を身に着けられる……ということを主にアピールされました。
 それで、その『良い方法』というのが、動画でジゼルお姉さまがお持ちになり、カメラにも何度も見せている……。

「『長時間正座を続けるコツ』。
 私はここで、ジゼル副部長がお見せになられたこの冊子の内容を、動画で紹介するのが良いのではないかと思っています。
 動画を見られる方はこの『長時間正座を続けるコツ』にどんなことが書かれているのか気になると思うのですが……。
 現行バージョンでは、特にその説明はございませんから」
「なるほど。それが『増補』ですのね! ぜひそういたしましょう」

 シノさんの提案に、わたくしも、ジゼルお姉さまも大はしゃぎです。
 当時はそこまで気が回らなかったところを、後から補足して、よりよいものにするなんて、なんて素敵なことでしょう!

「イイデスネー! ソレでしたら、テンポをよくするために、ワタシのおしゃべりで比較的不要なところはカットしまショウ!
 ワタシ自身がカット場所を決めるのであれば、みなさんも『副部長が話しているシーンを削るなんて……』と、気まずくならないでショウ?」
「はい。大変ありがたいです。……でも、具体的にはどのあたりを?」
「当時のワタシが伝えたかったことは『茶道部は、新しい部員に、ひとりひとり丁寧に教えてくれる部活である』という点デース。
 それは当時も今も変わっていない、自信を持って言えることデース。
 だから、この一言だけは残して、後はすぐに『長時間正座を続けるコツ』に移行したいのデース。
 たとえばジャージで練習してる風景を撮るなどすれば、絵的にも楽しいかもしれまセーン」
「確かに。茶道部にジャージの印象はあまりございませんでしょうから、インパクトがあるかも知れませんわ」
「ジャ、ジャージといえば。
 ぶっ、ぶっ、文化部も、運動部みたいなことをすること、結構ありますよね……。
 競技かるた部の友達とか『競技かるたは、実質的にはスポーツ』って言っていましたし……。
 写真部は、毎年素敵な自然の写真を撮るために『登山合宿』をしてるって聞きます。
 だから、もし『動画を見て茶道部に入部する』ということにはならなくても……。
 『茶道部は日常的にこんな活動をしているよ』というのが伝われば『わぁ、わたしも文化部だけど、似たようなことをしたことがあるなぁ』ですとか『わたしは運動部だけど、茶道部も運動部に通じる部分があるんだなぁ』って、親近感を持ってもらえるかもしれません……」
「それ、とっても名案でござるー!」

 話が盛り上がってきました。
 『長時間正座を続けるコツ』は、リコ様たちが発明し、以来茶道部の知的財産となっている冊子です。
 わたくしももちろん所持しておりますし……あっ!
 ここで、モエコさんがご自分で持ち歩かれているものを見せて下さいました。
 この通り茶道部の方は、みなさま真面目で、大変勤勉な方ばかりなのです。
 さらに……。

「あの、あの、あの。
 私が『長時間正座を続けるコツ』を使っていて、特によかったなぁ、好きだなぁと思っているのは

■無理してがんばらない
■足を崩してしまっても、怒られるようなことはほとんどない。少なくとも、茶道部は足を崩してもOK

 ってことを、強調して書いてくれていることなんです。
 正座に興味がある人、正座をしてする文化が好きな人は『まず、正座をマスターしなきゃ』って意気込んじゃうことが多いと思うんです。
 そこに『頑張らなくていいよ』『足を崩しても大丈夫だよ』って言ってもらえると、すごくホッとします。
 だから、ここは、ちょっとアピールしすぎてるくらい、言っても、いいと思います。
 あと、茶道部には正座椅子もありますから! 動画でそれを見せて『始めは正座が苦手でも、正座椅子を使って活動するって方法もあるよ!』と言ってもいいと、思います。
 ますます、入部へのハードルが下がると思います。
 それから、わたしが実際に正座をして参考になったことは、

■重心は少し前にする
■足の親指同士は重ならなりすぎないように座る
■両手は膝の上にまっすぐおろしつつ、手はカタカナの『ハ』の字にすることを意識して置く
■スカートをはいている場合は、スカートはお尻の下に引くようにする
■ジーンズなどの硬い布は足が痺れやすいので、初心者のうちは、正座をするときは避ける
■痺れそうになったら、片足に体重をかけたり、左右の足の指の上下を入れ替えたりすることで『痺れ度合い』を軽減する

 です。
 これらを、正座している動画と一緒に、大きな文字で表示すると見やすいですし、覚えやすいですし『動画を見ながら一緒に正座をする』ということがしやすいと思います……。
 これって、『誰もが茶道と正座をしたくなる作品』につながると思うんです」
「いいですわね! さっそくメモを……」
「ウフフ。すでに職員室から戻ったわたしがすべてメモし終えましたーっ!
 モエコさん、今のアイディア、とってもありがたいですっ。
 ぜひ採用する方針で行きましょーっ」
「わわわわっ!? オトハさん、戻るのが早すぎますわね……!?」

 オトハさん、まるで忍者のようです。
 いつの間にか、わたくしとモエコさんのすぐそばに座っておられました。
 ところで、そんな話をしているうちに、動画中のジゼルお姉さまの出番は終了となりました。
 うん? となると、次は……?

「うわぁぁ……。ここで動画、止めませんこと?」
「『うわぁぁ……』じゃないでござるよ、コゼット殿!
 コゼット殿も、とっても輝いているでござる!」
「マフユさんがそうおっしゃってくださるのはありがたいですけれど。
 だってこれ、わたくしにとっては、いわゆる『黒歴史』ですのよ……?
 つまり、忘れたい、なかったことにしたいものなのですわ……!
 だって、自分の話ばっかりしているんですもの!
 『日本に来た時は日本の文化に関心が持てなかった』とか、別に話さなくていい事ばかり話しておりますのよ。
 今でしたら、もう少し、有益な話をしますわ!」

 そうなのです。
 わたくしが『動画を完全に新しいものにしたい』と思ったのは、当時の己の発言を『なかったことにしたい』と思ったのも、あるのです。
 すると……。

「オーウ! ぜひそうしまショーウ!」
「ええっと……? えっ!? いいのですの? ジゼルお姉さま?」
「いいに決まってマース! ネッ? シノサン?」
「確かに、現行バージョンから大きく変える部分があってもいいかもしれません。
 『茶道部はこんなに良いところ』という紹介はナナミ先輩とジゼル副部長が十分にされておりますから、ここから先は、完全に新しくなってもよいと思います」
「それに、現行バージョンも、完全には削除せず、残しておけばいいんですーっ。そしたらみんな、気兼ねなく手を加えられますから。
 だからコゼット新部長は、黒歴史とおっしゃる現行バージョンは少し目立たないところに動かして、それを削除した新バージョンで新しいお話をすればいいんです!」
「でっでも、このままでも良いことも、コゼット先輩はお話しされてると思います……。
 この先の部分、わたし、好きです……」
「えっ? えっ?」

 黒歴史でしかない部分を消してもいいとあっさり言われたり、逆にこのまま残してもいてもいいと肯定されたりしていると、モエコさんがさらに予想外のことをおっしゃいました。
 えーっと、当時ここで何を言いましたっけ? わたくし……。
 そう思っていると、動画のわたくしが、現在よりも少しカタコトな日本語で話し始めました。

〝わたくしが言えるのは、高校生活では、予想外のことがたくさん起きる……。ということデス。
 誰にでも、好きになれない、苦手なことはあると思いマスが……。
 そんなときは、ただ嫌うよりも、一度周りの意見を聞いてみたり、あるいは、その場の雰囲気に流されてみたりするのもいいかもしれまセン。
 苦手なものでも、とりあえず体験しているうちに『思ったよりも悪くない』『もしかしたら、好きになれるかもしれない』と、自分の考えが変わることもあるからデス。
 今のわたくしが、茶道部の活動をとても楽しんでいるように、デス!〟

 もう。モエコさんったら。当時のわたくしに優しすぎです。
 でも……確かに、この発言自体は、悪くありません。
 最初は『絶対に変えたい』と思っていた部分も、他の方の意見を聞きながら『やっぱりこのままにしてみる』というのも『考えを刷新』をした経験の一つ、なのかもしれませんね。
 ……あれっ。もしかして、昔の自分、というか、当時の自分の発言に教えられてしまったのでしょうか? わたくし……。

「では……モエコさんもそうおっしゃっていることですし、わたくしはこの部分だけ残して……。
 あとは、新しく撮影しようかしら?」
「そうしましょーっ! あとそれからっ。
 わたしたちが登場する部分も新しく作らなきゃですねーっ!」
「しばらく忙しくなりそうですね。ナナミ先輩」
「はい。ぜひ可能な限り参加させていただきますね。シノさん」

 こうして、茶道部会議は、ますます盛り上がっていくのでした。


「あのあと話した内容だと、モエコさんからご提案いただいた

■お風呂での正座練習方法

 をぜひやりたいのですけれど。これ、撮影しにくいですわね……。
 場所も、格好も、悩ましいですわ」
「むむむ。水着でやるでござるか……?」
「むむむ! ……それだと、水泳部と勘違いされてしまいそうですわ!」

 会議の制限時間が過ぎ、わたくしと、ジゼルお姉さまと、マフユさんの三人で下校するときも、議論は続きました。

「お風呂では血流がよくなるので、ただ正座するだけでも、長く正座し続けやすくなるんでござるよな。
 でも、先に膝立ちになって、そこから膝にツッパリを感じるところまで曲げて、その姿勢を十秒ほど維持する。
 それから正座して、一分から二分程度正座し続けるのが、健康にもいいと言われているでござるよな。
 むむむのむ、これなら、お風呂で撮らなくてもよさそうでござるな。
 水着撮影ができないのは残念でござるが、ぜひジャージで撮ろうでござる」
「水着撮影って……なんだか妙な言い方ですわねぇ」
「あと『誰もが正座と茶道をしたくなる』方法というと……。
 あーっ! たとえば、アイドル的存在の二年生を、動画のPRキャラクターに起用しちゃいマスー?
 ほら、人気者が勧めることは、みんなマネしたくなるものデスシー!
 そのヒトに『みんな、茶道と正座をしよう!』と言ってもらえれば、みんなイチコロかもしれまセーン!」
「……ジゼルお姉さま、それでは紹介ではなく、宣伝の要素が強すぎますわ。
 第一、そのアイドル的存在の方の了承を得られたって、その方が茶道部部員ではない以上、詐欺に等しくなってしまいますわよ!」
「じゃあ、アイドル的存在さんが入部したくなるような何かを考えなくてはなりまセンねぇ……」
「そのために! そのために動画を作りますのよ! ジゼルお姉さま!」
「アハハッ! そうデシターッ!」

 この調子だと、わたくしたちの『正座動画トーク』はまだまだ続きそうです。
 ……どんな動画が仕上がるか、今から楽しみですわね。それから……。

「とにも、かくにも!」

 寒い空にキラリと光る月を見上げながら、わたくしは今もきっと受験勉強をされているであろう、リコ様の顔を思い浮かべます。

「茶道部のPRになり……そして、リコ様にも喜んでいただける動画を作りましょうね!」
「オーウ! デース!」
「はい! 部員一丸となって頑張りましょうぞ!」

 そして、三人仲良く、空に向かって大きくこぶしを突き上げたのでした。


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