[402]青い実・一心同体の正座
タイトル:青い実・一心同体の正座
掲載日:2026/03/01
シリーズ名:スガルシリーズ
シリーズ番号:11
著者:海道 遠
あらすじ:
甘露來くんのうさぎ、サラサちゃんとももんがの雅風くんが婚礼を挙げることになった。
甘露來にも勧められ、スガルはあかり菩薩に、流行りの純白の花嫁衣裳を着せようと決心する。
深青と座仙女も挙式することになったとか。
スガルの挙式の報を聞き、張り切ったのは万古老師匠だ。

本文
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第一章 純白の十二単
神仙軍のスガル隊に出てきた甘露來(かんろく)の様子がいつもと違う。
普段は、やる気のない顔でだらしない表情なのに、やる気満々で瞳に力が入り、きりりとしている。
「甘露來、どうした? 眼が輝いているぞ」
スガルが声をかけた。
「おう、実は大切なうさぎのサラサが婚礼することになってな。飼い主父親の俺としては、支度をしっかりしてやらねば! という気になったんだ」
「サラサちゃんが! 淋しくないのか?」
「いや、人間と同じ通い婚だから、サラサと一緒に住むのは変わりない」
スガルは「ふうん」と聞いていたが、
「甘露來。お前もそろそろ、妻を決めて三日夜の餅(みかよのもちい)の儀式をしてもいいんじゃないか?」
「スガル! お前には言われたかないぞ。いったいいつまで、あかり菩薩に婚礼を持たせるつもりだ?」
「今さら――?」
スガルは大仰に肩をすくめた。
「俺は7歳の時から、あかりを母親代わりとして共に暮らしている。俺は自由に成長を早められるし、あかりも自由に時間を止めて、夫婦としてちょうど良い釣り合いの年齢になっている。仲良く暮らしているから、別に婚礼しなくてよいだろう」
「しかし、あかり菩薩は花嫁衣装を着たいかもしれんぞ」
「花嫁衣装?」
「最近、貴族の令嬢は三日夜の餅の儀のお披露目に純白の十二単を着るらしい」
「ええ? そんな流行りがあるのかよ」
甘露來はスガルの耳に近づき、
「なんでも、あの深青(しんじょう)さんも座仙女さまとの婚礼を挙げることになり、彼女に純白の十二単をせがまれたとかせがまれないとか」
「へえぇ~〜! あのふたりも婚礼を? 座仙女(月兎路)さままで!」
スガルはそれを聞いて、少し神妙に考えた。
「あかりには育ててもらった大恩あるしな。ズルズル同居してきたけど、ずいぶん待たせたと言えばそうだな。―――女はそんなのを着たいのかな?」
第二章 サラサの婚礼
「着たいんじゃないかな?」
甘露來のふところから顔を出した、うさぎのサラサがいきなり言った。
「ねえ、美甘ちゃん?」
ちょうど官舎に美甘ちゃんが、うりずんの弁当を持ってきたところだった。
美甘ちゃんは、サラサに首がもげそうなほど縦に振った。
「あかり菩薩ならそうでしょう! あれだけの美貌ですもの。花嫁衣裳をお纏いにならないと勿体ないですわ! 私も着ていないから、それぞれかもしれないけど。一部の公家令嬢の間では流行っているそうよ」
「ふうん……」
スガルは面倒そうに聞いていたが――。
次に口を開いた甘露來の言葉に、ギョッとした。
「話がヨコになったが、サラサの婚礼と同時に、俺は『独り身式』を挙げようと思うのだ」
「『独り身式』? 何だ? それは」
「読んで字の通り、生涯、独り身を貫く誓いの式だ」
「そんなの聞いたことないぞ! わざわざ誓いを立てなくても。それにいつ、婚礼したくなる女人が現れるかもしれないじゃないか!」
「妾(しょう)はできるかもしれんが、俺は下級公家の六男坊だ。別に婚礼を挙げなくてはならない立場でもない。サラサさえ、幸せな婚礼をしてくれればそれでよい」
「ふ〜〜む、考えてみれば気楽な立場だな」
意見する立場でもないスガルは、口出しするのをやめた。
「で、サラサちゃんのお相手は、どこのうさぎだ?」
「うさぎじゃない。ももんがなんだ」
スガルと一緒に聞いていた美甘ちゃんは、派手にズッコケた。スガルは尻もちまでついた。
第三章 申込みの言葉
「やっぱり、このままじゃまずいかな……。しかし、今さら三日夜の餅(平安時代の結婚の儀)でもないしなあ……。白い花嫁衣装かぁ……」
その夜、軍営に泊まりこみだったスガルは、仮眠室の寝床の上で考え続けた。
「婚礼の申し込みってどう言えばいいんだ?」
考えれば考えるほど照れくさい。普通の恋人ではなく子どもの頃から育ててくれた女人だから、よけい悩んでしまう。
朝になり、決心のつかないまま自宅へ帰った。
道すがら、ふと、よその屋敷の塀にひょうたん型の青い小さな実が揺れているのを見て、指先でプチッと獲った。
たすき掛けで朝餉の支度をしていた、あかりが厨房から飛んできた。
「お帰りなさい、スガル」
御膳を並べるあかりは、なんだかいつもより嬉しそうだ。
「この青い実、先ほど見かけたから、そなたに土産だ」
「まあ、綺麗な青い実ですこと! 嬉しいわ。私の好みそうなものを。あなたって大きくなってもこういう気が利くところがあるのよね」
青いひょうたん型の実を両手で受け取り、庭の青葉を切ってきて敷き、大切に窓辺に置いた。
スガルは一晩中、頭に浮かんだ言葉を繰り返していた。
(あかり、俺と―――、婚礼……、いや違う。俺のつ、つ、妻に―――、いや、やっぱ、俺と―――)
ぴったり来る言葉が見つからない。
御膳の支度ができて、ふたりは正座した。
「いただきます」をしてからも、スガルは婚礼申し込みの言葉を考えていた。
なかなか朝餉に箸をつけないスガルに、あかりが、
「何をボソボソ言ってるの? ところで聞いたわよ、甘露來くんとこのサラサちゃんが、お嫁さんになるんですってね! ねえ、私たちも婚礼挙げましょうか!」
スガルは思わず、ぶ――っと、お汁を吹いた。
まさか、あかりからズバッと先を越されるとは!
「サラサちゃんのお話を聞いたら、私も流行りの白無垢の十二単を着てみたくなったの!」
「そんなこと今まで何にも……」
「ええ。興味なかったけど、お月様も清らかになったことだし、お式してもいいかなと……」
「……月と何の関係が?」
「お月様に誓うに決まってるじゃない! 私たちの愛を!」
スガルはもう一度お汁を吹いてから、むせて咳き込んだ。
地獄耳の正座師匠の万古老が聞きつけた。
「待っておったぞ、あかり菩薩とスガル! ワシが前から婚礼をしっかり挙げなさいと言うておったじゃろうが!」
早くも張り切っている。
「お師匠、何をそんなにはりきってるのさ?」
300歳で見かけは少女の弟子、百世(ももせ)が尋ねる。
「決まっとるじゃないか! お仲人の役目をするから燃えておるのじゃ」
「お仲人って?」
「別名『月下氷人(げっかひょうじん)』とも『月下翁(げっかおう)』とも言う。あかり月光菩薩のお仲人なら、ピッタシの名前じゃろう。婚礼が終わるまで、いろいろなお世話をするのじゃ」
万古老は胸を張った。
「では、ワシも支度をせねばの! まず、孔雀明王まゆらちゃんとこへ行って一緒にお仲人をやってくれるか、尋ねてくるわい!」
万古老師匠は、いそいそと山寺へ出かけた。
しかし、三日前に咲き終わったアサガオほどしょげて帰ってきた。
『お仲人って夫婦でやるものでしょう? 私は昔に、あなたとお付き合いしたことはあるけど、妻になった覚えはないわ。そんなことあり得ません』
これが、まゆらちゃんのスッパリ返答だった。
「仕方ない……。ワシひとりでやるか……」
弟子の百世(ももせ)と男の子の流転(るてん)は顔を見合わせた。
「お仲人ってひとりでもやれるのかな?」
「さあ? お仲人の奥さん役は、花嫁があかり菩薩さまだから穢れた敵を追っぱらって清らかになった、お月様にやってもらうらしいよ」
「で、鹿の樹将軍がスガル少尉の親代わりだから、万古老師匠がご挨拶に行くんだろうな」
流転のひとり言を聞いた万古老は、真っ青になった。
第四章 白い眼
「ワシひとりでもお仲人は大丈夫じゃ! 立派にやり遂げる! ……じゃが、新郎新婦の足の小指に赤い糸を巻きつけるのは、略する。そんなことをしたら、スガルにぶった斬られかねんからな」
万古老師匠は、弟子の百世と流転に毎日アゴヒゲのシャンプーとトリートメントをさせ、お風呂に入って垢こすりをさせた。
溜めていたお金で紋付の袴羽織も新調した。
挨拶文を毎晩、長く考え、そのための発声練習もした。
(大声の鹿の樹将軍に負けないようにせねばの!)
そして、長年教えている正座を自ら毎日稽古した。
正座教室では妊婦さんを「はぐく女さん」、産まれた赤さまを「やや桃さん」と呼んでいる。
妊婦さん(はぐく女(め)さん)のための正座教室や、やや桃さん正座教室でも、自ら稽古したり生徒と共に正座した。
「お師匠さま。今度、スガル少尉とあかり菩薩さまのご婚礼で媒酌人をなさるとうかがいましたわ」
「お一人でも大役をお受けになるなんて、ご立派ですわ〜〜!」
はぐく女さんたちや、やや桃さんの母親たちが集まってきて囲んだ。
「いやいや、正座の所作の考案者のワシの務めじゃ。当然のことです」
「は?」
「正座の所作の考案者……?」
はぐく女さんたちの顔から急に、笑みが消えた。
「あのう、お師匠さまが所作の考案者さんなのですか? 正座の所作の……」
「私たちや、やや桃さんがいつも習っている所作の?」
急に白い視線が万古老に向けられた。
「そ、そうじゃよ」
当然のように万古老はうなずく。
「お稽古を見てくださるだけではなくて、考えつかれたのですか?」
「そうじゃが、何か?」
はぐく女さんたちは、離れた場所で集まった。
「お教えくださるだけだと思っていたわ。考案者だなんて、ちょっと信じられませんわよね?」
「わよね?」
「大ボラにしか聞こえませんわよね?」
一転して、お仲人をひとりでやることを褒められていた万古老に、疑いと軽蔑の視線が集まってしまった。
第五章 鹿の樹将軍宅にて
いよいよ、スガルの実家へ鹿の樹将軍に挨拶にうかがう日がやってきた。
新郎新婦は元からそんな気はないので、任務で忙しいからと欠席する。仕方がないので万古老はスガルの母親代理として、うさぎのサラサちゃんを抱いて行くことにした。
サラサちゃんが、不安そうに万古老を見上げ、
「万古老お爺ちゃん、大丈夫? 腕が震えているわよ」
「大丈夫じゃ! ワシのことは月下翁(げっかおう)と呼んでくれ、サラサちゃん。隣で、うさぎの正座である香箱座りをしっかり頼んだぞ」
鹿の樹将軍の自宅はかつての平城京の中央にあり、広大な庭がある立派な屋敷だ。大勢の使用人を抱え、警護は神仙軍以外の自ら管理する「専門の武に長じた家司(けいし)」を数百名抱えているということだ。
「スガルのやつ、ようやく年貢の納め時と観念したようじゃな」
座敷の奥で待ち構えていた鹿の樹将軍は、弟が婚礼を挙げると聞き、ご機嫌だ。
きらびやかな金の刺繍がたくさん施された軍服姿で、万古老師匠とサラサちゃんを迎えた。
「万古老師匠。夫婦になる赤い糸を、ワシの足の指とスガルのとを間違えてやせぬか?」
「ご、ご冗談を……」
「わっはっは、むろん、たわ言じゃ!」
挨拶が済んだ頃には、辺りは夕闇に包まれていた。
「お師匠、シビレがキツくていかん。あぐらにさせていただくぞ」
「は、どうぞ、お楽になさってくだされ」
サラサはいつの間にか、鹿の樹のあぐらの中に入って香箱座りしている。
「このうさぎはお利口ですな。お師匠のお弟子ですか?」
「甘露來くんの可愛がっているうさぎでして、本日はあかりさまのお母上として、お月様の名代(みょうだい)です」
「お月様の名代にうさぎ! こいつぁ、よろしいですな」
第六章 将軍と女海賊
酒と揚げ菓子が出されて、将軍は構わず先に揚げ菓子を食べ始めた。
ボリボリ……。
「うむ、うまいっ!」
「ところで……鹿の樹将軍は以前、お見合いされたとか。お相手の『緑林』の朱華(はねず)さんとやらとは、いかがな風に?」
万古老は、ややおっかなびっくりしながら尋ねた。口に出してから、
(しまった、怒鳴られるかな?)
と思ったが……。
「はあ、朱華どのとは月に一度、会うことになっとります。最初は一年に一度ということになったのですが、いつの間にやら一か月に一度になりまして。しかし、会える時と会えない時が……」
「お二人ともお忙しいでしょうし、朱華さんは海の向こうのお住い、それも船の上が殆どでしょうからのう」
鹿の樹将軍は、意外にもまんざらでもない顔をしている。
(意外なカップルじゃが、ひと月に一度会うことになったということは、うまくいっとるようじゃな)
「会えなかった分、次に会えた時の歓びが大きくて、思わず朱華さんを、ぎゅうっと抱きしめてしまいますのじゃ!」
「ほほう?」
「とたんにご機嫌をそこねてしまったり、別の日は、あちらからこの胸に飛びこんでくれる時もありますが」
将軍が顔から火を出さんばかりに、真っ赤になっているところを見ると嘘ではないらしい。
「将軍が寿ぎ(ことほぎ=めでたき)の日を迎えられるのも、そう遠くはなさそうですな」
万古老は本気半分、冷やかし半分で答えておいた。
屋敷の外から突然、物々しい気配が聞こえてきた。雄叫びと武器と武器がぶつかり合う金属音だ。
「何事だ?」
将軍が叫ぶと家司が、
「どうやらヤマタノオロチの残党が、おふたりの邪魔をしようと暴れております」
「何ぃ、残党めが、まだ! すぐに取り押さえよ!」
将軍と万古老が表へ駆けつけると、皮の鎧に身を包んだあかり菩薩が部下十数人を引き連れ、茶色いウロコのある男たちを引っ立ててゆくところだった。
「あかり菩薩!」
ふたりが声をかけると、あかりは下馬し、
「お師匠、義兄上! お騒がせしました。邪魔者は捕縛しましたから、ご歓談の続きをどうぞ。本日は私どものための打ち合わせをしていただき、ご苦労さまでございます」
片膝をついて素早く一礼するや颯爽と愛馬に乗り、引き上げていく。
「なんという鮮やかな速さ……心強い嫁御ですな」
万古老は感心した。
「甘ったれのスガルには、あのくらいの嫁御がちょうど良いのです」
第七章 新たな仲人
数日後、八坂神社へ遊びに行っていた美甘ちゃんが、ゆいまるを連れて、急ぎ牛車で自宅へ戻った。
「そよぎ! そよぎ、大変よ!」
「何をそんなに騒いでいるんだね?」
午前中の参内から帰ったうりずんが、身支度を整えながら、のんびり尋ねた。
「サラサちゃんとももんがの雅風くんが、お仲人を座仙女さまと深青さまにお願いするんですって!」
「はあ?」
思わずうりずんは口を大きく開けた。
「サラサちゃんて、甘露來くんのうさぎだろ? 仲人が必要なのか?」
「サラサちゃんの強い希望だそうよ」
「落ち着いて座りなさい。どうしてうさぎと、ももんがの婚礼に仲人が必要なんだ? あの子たちは何回でも相手を変えるんだろ?」
「じゃあ、うりずん、あなたもタンチョウヅルと同じく一夫一婦制だって言うの?」
最近は婚礼祝いにタンチョウヅルを描いた屏風や几帳などを用いることが増えていたので美甘ちゃんは引き合いに出したのだろう。
「確か湖国に歳上の素敵なお方がいらっしゃるのよね?」
ギクリとしたうりずんの顔から血の気が引いた。頭を掻いて、
「湖国のお方のことは別件だよ。いじめないでくれ」
美甘ちゃんは、ふくれて衆宝観音さまのことを持ち出したが、座仙女さまと深青さまが仲人をする件に切り替えた。
「サラサちゃんが深青さまに仲人を希望したのは、両親の龍から思いを込められて育った『思抱龍(しほうりゅう)』っていうウワサが流れているからよ。両親の龍から思いを込められて育った男性なんて滅多においでじゃないこと? 抜きんでた美形でもあられるし、神業夢幻(かみわざむげん)の名将だし」
「そんなに彼にお仲人をしてもらいたかったら、いっそのこと、俺たちもお願いしてやり直すかい?」
うりずんは、プンとして言った。
「まさか。私にとって神業夢幻の男性は、そよぎひとりよ。一晩中熱く見つめてくれた、あの夜の思い出が大切なの」
「覚えてくれていたんだね」
うりずんは脇息にもたれて座り、美甘ちゃんも傍らに寄り添った。
「サラサの婚礼より、深青さまと座仙女さまのお仲人が話題になるだろうな」
「そうねえ。座仙女さまはめったに都に来られないし、都の庶民方も、少しは拝見できるかもしれないものね」
第八章 三つの式
いよいよ、スガルとあかり月光菩薩との婚礼、うさぎのサラサちゃんとももんがの雅風くんとの婚礼、そして、甘露來の「独り身式」が行われる日がやってきた。
まず、スガルとあかり菩薩のお式では、三献の儀(三々九度)をする雄蝶雌蝶(おちょうめちょう)の役目は、琉球の巫女の女の子、チマと鴇姫(ときひめ)の息子、鏡丸が役目をすることになった。
鏡丸はまだ幼いが母親の鴇姫が見守り、なんとか盃に酒をそそいで役目を果たせた。
雄蝶雌蝶の役目も、正座と同じく大陸から伝わった文化だ。
神式のお式は滞りなく済み、吉祥文様(きっしょうもんよう)が織り込まれた白無垢の十二単に身を包んだあかりの姿は、神々しく美しかった。
宴席ではふたりは、瑠璃瓢箪(るりびょうたん)を表す濃い青の着物に着替えて客の前に座った。
万古老の祝詞(のりと)が長々と唱えられた。
(なんだか一本調子で、人形が唱えているみたいだわ……)
美甘姫が首をかしげた。
出席者がアクビをするほど長かったのに加え、ずっと立ったままで、万古老が「正座してください」と言うのを忘れていたため、やっと告げた時には、皆、ようやく正座できたのだった。
「考案者のワシとしても嬉しいかぎりでございます」
などと言ったので、お弟子さんたちから「またホラを吹いて!」と、そっぽを向かれてしまい、そっと部屋から出て行った。
しばらくしてから深青が入室し、所作の号令をかけた。
「皆さま、背筋を真っ直ぐに立ち、膝を着いて衣に手を添えてお尻の下に敷いてください。それからかかとを少し広げ『V』のカタチの中に座ります。――正座ができましたか?」
「はい」
「はい、できました。深青さま」
「皆さま、美しい正座ができましたね」
それから、サラサちゃんとももんがの雅風くんの婚礼が行われた。ドングリの帽子の盃でりんご汁の三献の杯を行った。
お仲人に出席者の視線が集まる。深青と座仙女のふたりである。今日の座仙女のいでたちは、朱い口元のベールを着けずに、白地に金色の刺繍が施された打ち掛けを着ている。
深青が、
「それと……神仙軍の甘露來くんという年若い軍人くんが『独り身式』というお式を挙げて、一生独り身を貫く証(あかし)にしたいということですので、本日、誓いの日にさせていただきました」
甘露來くんが軍服を着て現れた。
「深青さまからご説明があった通りです。これからも親友のスガル氏と共に正座を磨いてまいりますので、ご先輩諸氏には、これからも変わらずご指導ご鞭撻(べんたつ)のほどをよろしくお願いいたします」
正座して頭をしっかり下げた。
それから盃を持ち、飲み干した。
「一口で飲み干す! それが独り身式の誓いの盃です」
再び、深青が口を開いた。
「正座は心を落ち着かせる座り方だと信じます。心がざわついた時、怒りや嫉妬が湧いてしまった時に、静かに正座をして時が流れるのを味わってください。きっと正座の神が穏やかな心にしてくれるでしょう」
座仙女が隣でうなずいた。
「遠い昔に、座仙女さま――月兎路さまと、ふたりで所作を考えました」
深青が言い、
「やっぱり、所作を考案されたのは万古老師匠じゃなかったのね!」
「お師匠ってやっぱりホラがお上手!」
女人のひそひそ話が囁かれた――その直後、
「私が、実はその万古老なのです」
深青が言ったので、座敷は静まり返った。
「は、深青さま、今、なんと申されました?」
「ご冗談を!」
招待客が目をこすってよく見ると、深青の姿は万古老のいつもの白く長いアゴヒゲのにこにこ顔になっていた。
一同は言葉なく、やがてひとりが叫んだ。
「まやかし(偽者)だ! さっきまで万古老師匠が同席していたじゃないか!」
「まやかしかどうか、ご覧になってください」
深青の姿は、白いヒゲの老人からどんどん若返っていき、先ほどの逞しい青年の姿に戻った。
「お、おお、深青さまだ!」
招待客の一同が目を飛び出させていると、
「私は仙人なのです。どのようなに姿も自由自在に変えられます。先ほどは、ヌケガラの私の祝詞を聞いていただき、ありがとうございました」
(やっぱり……変だと思ったわ)
美甘姫がうなずいた。
「中身は正座師匠の万古老です。これからは、妻の月兎路――座仙女とふたりで『正座』を見守っていきます。太平の世に、皆さまと共に心より深く『癒される正座』があらんことを祈って!」
横にいた甘露來くんの盃を取り上げ、ガバッと飲み干した。
「これは正座をする皆さまに幸あれ! の意味の一杯です」
うりずんと美甘ちゃんも呆気にとられていた。
「深青さまが、万古老師匠だったなんて!」
「座仙女さまと師匠は、言わば『正座の聖なる存在』なのだな。ゆいまるにもしっかり正座を引き継いでいこうな」
「ええ、うりずんの風に吹かれて育ったあなたが、紀伊の国のみかんを娶ってくれてありがとう」
「おてんば蜜柑め!」
ふたりは微笑みあった。




