[412]孔雀と白い花の恋形見


タイトル:孔雀と白い花の恋形見
掲載日:2026/04/30

シリーズ名:白雲木シリーズ
シリーズ番号:2

著者:海道 遠

あらすじ:
 美穏と樹は美穏のマンションで半同棲生活をはじめた。
 ある日、孔雀の羽根を肩に飾った少年に出会い、緑里眼の息子と知る。六害のうちのホウキという巨大イノシシがやってくる気配が満ちていた。
 緑里眼はホウキから神社を守るためにやってくる。ついでに息子のGF候補のピコという紫の髪の美少女を連れてきた。
 樹は正座して平和を念じるつもりだ。緑青は母親の女神と初めて出会い、正座で挨拶できた。



本文

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第一章 孔雀男と女神

 白雲木神社のご神木に一体化して生きていた樹(たつる)は、神社の側のマンションに住む美穏(みおん)と半同棲して生活していた。
 ふたりの前に立ちふさがっていた黒マントの男、無明(むみょう)は気配を消し、平和な日が続いていた。
 変わったこと言ったら、美穏が樹を呼ぶ時に「たつるさん」から「たつるくん」と呼ぶようになったことだ。
 ある日、樹はご神木の根元で、クジャク男によく似た自分と同じ年頃の少年を見かけた。
「誰だ?」
 緑っぽい髪の毛といい顔つきといい、肩にかけている孔雀の羽根といい、あまりにも緑里眼(りょくりがん)と似ているので、警戒しながら名を尋ねた。
「俺は緑青(ろくしょう)だ」
 鋭い眼で樹を睨みつけながら、少年は答えた。
「普通の人間じゃないな。孔雀族か?」
「いかにも。俺の父は緑里眼だ」
「緑里眼? 緑里眼の息子なのか」
 緑青と名乗った少年は、長く茶色っぽい緑の髪を頭のてっぺんでひとつに結わえている。
「お前は、樹だな」
「俺を知っているのか」
 孔雀の少年が唇の片端を上げて笑った。

 クジャク男の緑里眼はその昔、ひとりの女を愛した。彼女は白雲木神社のご神木の女神だった。
 名前を「彩雲(さいうん)」と言う。白い雲よりも縁起の良い雲と言われる名だ。
 別種族の者と結ばれぬ掟の中に生きる女だ。それでもふたりの燃え上がった恋は誰にも止められなかった。
 知り合って間もない頃、クジャク男の緑里眼は毎日のように白雲木を訪れ、ふたりはご神木の一番太い枝の上で蜜月の時を過ごした。
「緑里眼、そなたの故郷にある菩提樹(ぼだいじゅ)とはどのような樹なの?」
 彩雲が何気なく尋ねた。
「菩提樹は3種類あって、お釈迦さまの生まれた場所に生えていた無憂樹(むゆうじゅ)、悟りを開かれた場所にあった印度菩提樹(いんどぼだいじゅ)、涅槃(あの世)に逝かれた場所に生えていた沙羅双樹(さらそうじゅ)のことだ」
「3種類もあるのね。菩提樹の花は白雲木の花と似ているのじゃないかしら?」
 彩雲は孔雀男の前に正座して、彼の手のひらに白雲木のツボミを乗せた。
「薄黄色い花だ。白雲木の花と似ているかもしれないな。穢れないお前の面影に似ている」
 クジャク男の緑里眼は白雲木の丸い実に口づけ、彩雲の唇にも口づける。
 数カ月もすると、彩雲は緑里眼の子をお腹に宿した。
 彩雲はお腹を押さえて、
「不思議だわ。あなたの子がお腹にいるなんて。あ、動いたわ」
「どれどれ?」
 緑里眼がお腹に耳をあてる。
「息子なら、逞しくなれ! 戦い方は俺が教えてやる」
「あなたったら。わらわは男の子でも女の子でも平和に暮らしてほしいわ」
「お前に似れば、きっと美しい子だろう」

 同じ時期に、神社の巫女のひとりも身籠った。
 女神がそれを聞き、鳥居の辺りを掃き掃除している巫女に声をかけた。なるほど大きくなったお腹を支えて、時々腰を伸ばしては、また竹ぼうきで掃除をしている。
「巫女さん」
 若い巫女は、ビクッとして返事した。
「怖がらないで。ご神木の女神で彩雲と言います」
 巫女は慌てて膝をつき正座した。
「こ、これは女神さま……」
「冷えるわ。お掃除はいいから社務所に参りましょう」
 ふたりは温かいストーブのある社務所に移った。巫女はすぐにお茶を淹れようとしたが、女神の彩雲が素早く淹れた。
「お腹の子の父親は?」
「それが……心あたりがありませんで……。神社の皆さんや氏子さんたちは、ご神木から授かった子ではないかと」
「なるほど、そうかもしれぬ。そなたは毎日、せっせとご神木を美しくなるよう世話しているからな」
「……はい。信じられないことではありますが、それが本当でしたら、健やかな子を産みたいと思っております」
 そして生まれたのが、樹だった。樹はしばらく巫女のお乳で育てられ、12歳になると並木道の白雲木の樹に溶け込んだのだった。

第二章 凶獣、封豨(ホウキ)

 樹と緑青が話を続ける。
「お前のことは父親から聞いていた。樹木の中に埋もれていたそうじゃないか」
「ああ、そうだ。君は緑里眼に育てられたのか?」
「まあな。育てられたというより、いろんな武器の使い方を教わっていた」
「若いのに、血生臭いヤツだな」
「お前の戦い方は正座して、相手の気持ちを鎮めるとかいう辛気くさいやり方なんだろ」
(辛気くさいだって?)
 樹は少年を睨んだ。
(父親の緑里眼は紳士的なのに、なんて失礼なヤツだ)
「そんな顔すんなよ、用事が済んだら、すぐに山に帰る」
「用事?」
「最近、ホウキという、山や田畑や人を食い荒らす獣が出るとかで、片付けに来てやったのさ」
「ホウキだって〜〜? めちゃくちゃ凶暴な猪のデカいのだろう? 古代中国の獣だろ? なんで日本に来るんだよ」
「アイツは食い物には目がないからな。ご神木の白雲木と菩提樹の匂いを嗅ぎつけたんだろう」
「ん?」
「つまり、白雲木と菩提樹の血が混じった俺のことさ。クジャクの親父は故郷インドの菩提樹の匂いを撒き散らし、母親の女神は白雲木のよい匂いを漂わせているからな。そのふたつを合わせ持った俺は、ホウキには大好物の匂いなんだろう」
「え?」
 美穏が、マンションから出てきた。
「樹さん、さっきからLINE送ってるのに気づかなかった? ご飯、できたわよ!」
「母親の女神! 今、母親の女神って言ったよな? お前は白雲木の女神さまの息子なのか!」
 樹が飛び上がった瞬間だった。
「女神さまの息子さんですってえ?」
 美穏も飛び上がった。
「ああ、そうだよ。産み落としただけで、ずっと父親に預けっぱなしだった女だ。会ったことがない」
「……」
「……」
 樹と美穏は、返す言葉がなかった。

第三章 珍客

 美穏が緑青を夕飯に招いて、部屋のダイニングまで案内した。
 エビや野菜フライもスープも湯気が上がっている。
「こりゃありがてぇ!」
 ポニーテール男子の緑青は席に着くが早いか、ムシャムシャ食べて、ペロリと平らげてしまった。
 少しはご機嫌が良くなったようだ。

「あの女神さまに息子さんがいらしたなんて」
 美穏ちゃんが驚きを隠せずつぶやいた。
「俺の母親も昔、巫女をしていて俺を宿したらしい」
 樹が告白した。
「巫女さんが?」
「かなり清純な美人だったそうで、白雲木の樹霊が惚れちまったんだろう」
「それで樹さんは、樹木の中に埋めこまれていたのね」
 美穏は窓から夕暮れの白雲木を見やった。
 今日も爽やかな風が吹き渡って、少し前に焼けてしまった枝にも若葉が吹き出している。
「ねえ、社務所の宮司さんのお祖父さまっていうお爺ちゃん、まだいらっしゃるかしら? 昔のお話を聞きたいわ」
「そろそろ社務所を閉めるところかもしれないな」
 社務所には、宮司さんの祖父上が留守番をしている。かなりなお年だが、巫女さん方を取りまとめて一日の仕事をしている。
「お爺ちゃ~ん!」
 祖父上は、ちょうどガラス戸を閉めているところだった。美穏がフライものや野菜サラダをパックに詰めて持っていった。
「これ、たくさん作りすぎたから、良かったら召し上がってくださいな」
「おお、美穏ちゃん、いつもすまないねえ。いただくよ」
「突然だけど、昔、巫女さんがご神木のお子を身ごもったとか聞いて。お爺ちゃんなら何かご存知かもと思って」
 祖父上は遠い目をして、
「ああ、ご神木のお子を産んだ波月(はづき)さんのことか。か細くて色白で透き通るような娘御だったねえ」
「今は、親子は会えないけれどな。また会える日も来るだろう」
 樹と美穏はがっくりして部屋に帰ってきた。
 祖父上には、凶獣ホウキのことは何も言わずにおいた。
 座敷に戻って座ると、ホウキの襲来が迫ってくることが現実的に思えて、重さに打ちひしがれた。
「ホウキっていう化け物が、白雲木の若葉と霊力を食べにやってくるのか……。ポニーテール男子が言う通りなら、あいつもご馳走の一品だってさ」
「怖いわ。どんな獣なのかしら」
「中国神話の記述ではかなり凶暴な獣らしい。僕は正座して念を送り説得するしかない。正座を愛する者は相手を傷つけてはいけないんだ」
「ケッ」
 緑青がつばを吐くように、
「正座を愛する者ってのは、フヌケばっかりかい! そんなヤワなことでホウキをやっつけられると思ってるのか」
 樹が怖い顔をして、ギロリと睨む。
「お前は武器が得意だから武器を使う。俺は正座して念じるのが一番の戦い方だからそうする。歯が立たなかったら武器も使う。戦い方はそれぞれだ」
「白い花の巫女とご神木の子どもなら、そんなとこだろうな」

第四章 敵について

 緑青は席を立ち、隣の和室で風呂敷包みを広げた。
 美穏はもちろん、樹も見たことのないカタチの金属の武器が並んでいる。
 三日月のように反った刃の月牙刀(げつがとう)、指にはめる鉄拳など……。
「で、緑あたま。お前は凶暴なホウキに食べられてもいいのか?」
「誰がそんなこと言った? 武器は何のために持ってきたと思ってるんだ?」
 畳の上に広げられた物騒なものは、殺気立って銀色に光っている。
 美穏がたまらずに口出しする。
「……ホウキをやっつけるつもりなのね? そんなことをしてもいいの? いくら被害をもたらしている獣でも、生きるために野菜や木の葉を食べているんでしょう? 子どもだっているんでしょう?」
「おなご! お前、樹が喰われてもいいのか?」
「……それは……」
 美穏は唇を噛みしめた。
「ホウキを見たことがないから、そんなことが言えるんだ。虎の何倍も大きくて恐ろしいヤツだぞ」
「み……見たことあるの?」
「ああ。時代をさかのぼってな。神仙軍の少尉が戦うのを遠くから見たことがある。人間の放つ矢なんか、何十本食らっても倒れない獰猛(どうもう)で頑健なヤツだ」
「止めて! 思い浮かべたくないわ!」
「……それなら黙ってろ」
 怪物イノシシ、ホウキの襲来が近いと、誰もが感じていた。
 息子を戦いに参加させたクジャク男の緑里眼は、自らも戦うつもりだ。
 息子は生まれてすぐに、母親の白雲木の女神から引き離し、特殊な武器を扱えるよう指導してきた。
 凶獣ホウキは永遠の命を持ち、人々を苦しめてきた。畑の作物ばかりか森の木や人間までも食い荒らす。
 今までこれほど被害を与えてきた凶獣は少ない。

第五章 息子の教育

 緑里眼の計画は、戦闘の初心者3人の若者と、白雲木の女神だけでは心許(こころもと)ないので、戦力になってくれる神獣を加えるつもりだ。
 金銀財宝を呼ぶピーヤオという財福の神を呼ぶつもりだったが、神獣の麒麟も召喚することにした。
 麒麟は巨体だが、心が優しすぎて地面を歩く虫や草さえ避けて歩くくらいだ。戦力にはならないだろうが、光輝く身体が闇の世界に生きるイノシシにダメージを与えるのではないかと考えたのだ。
 それと、まだ対面していない緑青と実の母親の白雲木の女神を会わせよう、と緑里眼は思っていた。

 緑里眼と緑青が、父子そろって武器の手入れをしているところへ、女神がやってきた。
「ふたりとも、ご苦労様、調子はいかが?」
 緑青がカチンコチンになって立ち上がった。
 実の母が白雲木の女神だと聞いていたが、まだ親子対面はしていない。
「め、女神さま……」
 相変わらず、優雅な純白の衣をまとい、おっとりしている。
(こ、この人が俺の母親……)
「彩雲、息子の緑青だ。逞しくなったろう」
 緑里眼が肩に手を置いて紹介した。
「オーラを感じております。親子だと……」
 緑青は慌てて、地面に正座して頭を下げた。
「は、母上、ご健勝のご様子、何よりです」
 ギクシャクしながらも、こういう時は礼儀正しい少年なのだ。
「本当に、お父様のように逞しくなって……。ホウキとの闘い、心してくださいね」
「はい! ご期待に添えるよう、全力を尽くします」
 もう一度、緑青はお辞儀をした。その肩に白い手が置かれた。
「再会して、すぐに貴方を戦いに投じるのは心苦しいけど……」
「ご安心ください。正座しての戦い方も知っています」
「正座して心を落ち着けて、敵にも落ち着いてもらうのね。――心を持つ人間か神なら通じるでしょうけど、相手は凶獣といわれるホウキよ。くれぐれも気をつけてね」
 高い木から何かがドサッと飛び降りた。薄紫の衣を着て、ツインテールに髪を結んで紫のクジャクを抱いた娘だ。
「女神さま。お初におめもじいたします。緑里眼さまのクジャクの弟子で、ピコと申します。この度、緑青さまのお手伝いをすることになりました」
 薄紫の衣と髪飾りが似合う美しい娘に、女神でさえ見惚れた。
「ま……あ、可愛い娘さんね。戦士とは思えないわ」
 緑里眼が耳打ちに近づいた。
「緑青は『色っぽいこと』がまるでダメでな、チューさえしたことがないっていうから、この娘を側に置くことにしたんだ」
「そんなことまで父親のあなたがお世話するの?」
「『据え膳食わぬは男のハジ』とか、日本では言うらしいからな」
「あなたと緑青は、その点では全然、違うのね」
 確かにピコの薄紫の可愛らしさを見ていると、戦いに燃える息子も蕩けるだろう、と女神は思った。

第六章 ホウキの急襲

 生温かい風が吹いてきた。
 なんとも不気味な温かさと共に独特の臭いを含んでいる。まるで牛か馬か、いや、これは野生の臭いの混じったイノシシか。獣臭(けものしゅう)が鼻をついた。
 初夏の陽が山の端にかたむいていく。
 ズシン……ズシン……と、山の奥から響く音が……。

 山の方から、巨大なイノシシが農道を下ってきた。
 農作業をしていた人々は、大慌てで田畑から逃げ出した。畑の上に伏せる人もいる。
「なんだ、あれは! デカいイノシシに黒い男がまたがってるぞ!」
「黒いマントを着た男! なんだ、あの男は!」
「あっ、大きなカラスも来たぞ!」
「あの男を守るように、頭上すれすれに飛んでいる!」

「ついに来たな~~! お供まで連れて!」
 緑青は待ってましたとばかりに、月牙刀を持って、イノシシの道筋に待ち構えた。
 しかし、かなりな勢いで降りて来たイノシシに、一撃ではじき飛ばされた。
「あぶないっ!」
 地面との間に紫色のものが、目にも止まらない速さで入ってきた!
 緑青の顔をかばって滑りこんだのは、ピコだ。
「お、お前……」
「お顔、大丈夫?」
 ピコと顔面衝突すれば、もう少しでチューしてしまうところだった。緑青の胸が高鳴った。こんなに接近して美しい紫色の髪を見るのは初めてで、いい匂いがした。
「ああ、大丈夫だ。危ないから、女は安全なところで正座しておけ」
 ぶっきらぼうに返事して立ち上がろうとした時、すねに激痛を感じて座りこんだ。
「血が出ているわ!」
 ピコが緑青の足を見て叫ぶ。
「アイツめ、さっそく最初の味見をしたな!」

 ホウキは早くもご神木に到達していた。黒マントの男、無明もカラスも振り切り、ご神木の幹をかじりはじめていた。
 背後から、緑里眼が鉄拳をはめて攻撃しても、ヤツの厚い背中の皮はビクともしない。一歩も動かず夢中で幹をかじっている。
「ダメだ……。なんとも感じないようだ」
 緑里眼は肩で息をして退いた。
 女神が、
「緑里眼! ピコちゃんも、神社の高台に避難して! 正座してお祈りするわよ!」
 三人は草が生えた川の土手に避難して、正座した。
「ホウキはあんなにご神木の皮まで食べて……毒が含まれているかもしれないのに」
 そこへ緑青がホウキに咬まれた足を引きずりながらやってきて、髪に結わえてある菩提樹の木の実の念珠を見せた。
「大丈夫だ。女神の命令で、さっき半分割って根元に巻いてきた。菩提樹の木の実が白雲木の薄い毒を中和してくれるさ」
「女神さま、なんてお優しい……。ホウキの身体までご心配になるなんて……」
 ピコの瞳がうるんでいる。女神が続けて、
「ご神木と菩提樹の力で、ホウキの命を護ってやりたいの。ホウキだって生きるために木の皮や作物を食べているんですもの。それに……、ご神木のためにも」
「ご神木のため?」
「息子の緑青は、孔雀と私との恋の――形見ですもの」
「よせやい」
 緑青は頬を赤らめた。父の緑里眼も反論する。
「彩雲、気が早いぞ! 俺はまだ生きているし、俺との恋はまだ現在進行形だからな!」
「そ、そうだったわね。さ、草の上に正座して、皆の無事を祈りましょう」
 真っ直ぐに背を伸ばし、膝を着き、各々は衣をお尻の下に敷き、かかとの上に座った。

第七章 樹の行方

 その頃、美穏は樹がいないことに気づいて、名前を呼びながら探していた。
「樹く~~ん、どこへ行ったの~~?」
 ホウキが襲ってきた騒ぎで、農業の従事者の方々は公民館に避難していた。村の消防団の人たちや、自衛隊まで出動してきて落ち着かない。
 美穏が人ごみをかき分けて、ご神木までやってくると、お腹が満腹になったホウキがひっくり返って爆睡していた。
(んまあっ、あれだけ人騒がせしておいて!)
 美穏が呆れて通り過ぎようとした時、ホウキが食い荒らしたご神木の穴から、緑色に光り輝く樹の人間が現れた。
「きゃあっ、樹の人間?」
 叫んで尻込みしたが、よく見ると樹に見えてきた。
「た……樹くん?」
 間違いない! 樹木の人間は樹だ。身体じゅうに葉っぱを着けて、初めて会った時の姿にそっくりだ。
「樹くんなの? そうでしょう?」
「ああ。美穏、ボクだよ」
「どうしたの? また葉っぱをたくさんくっつけて」
「ご神木に呼ばれた気がして来てみると、吸収されたみたいだ。ホウキにかじられて、助けを呼んでいたのかもしれない。ボクは何にも力になれてないけど――」
「きっとご神木の中に吸収されて力になれたのよ」
 ふたりの背後から、黄金の光がピカッと射した。
 ご神木の穴をメリメリと広げて、黄金の麒麟が現れたのだ。ご神木を囲む神社の森すべてを照らすほどの眩しさだ。
「なんだ、この光は! ま、眩しい! き……麒麟?」
「なんて大きさなの!」
 樹と美穏は麒麟の足に踏まれると思い、慌てて後じさりした。
「待てよ、麒麟はすっごく優しいと聞いたことがある。虫一匹も、草も踏まないとか」
「その通りだ」
 緑里眼がやってきていた。
「麒麟は俺が味方になってもらうために召喚したのだ」
「クジャク男のおじさん! 麒麟が承知してくれたの?」
「麒麟の意志は関係ない。百獣の長と言われる瑞獣だ。麒麟の放つ黄金の光が闇の生き物であるホウキに打ち勝てるのでは? と思ったのだ」
 ご神木のかたわらに倒れていたホウキが、ピクピクと動いた。麒麟の放つ黄金の光に驚いた様子だ。そして、よろつきながら起き上がると、一目散に山の奥へ逃げ出した。
 森に隠れていた黒マントの無明も、慌てて森の奥へ姿を消した。大ガラスが後を追って飛んでいく。
 緑里眼が、ホッとして、
「どうやら血を流させることなく、うまくホウキを追いはらえたようだな。怪我させてしまわないか、女神は心配していたから良かった」
 女神とピコと緑青もやってきた。
 緑里眼は続けた。
「俺が呼んだのは偶然かもしれないが、優れた統治者が誕生した時に麒麟は現れるという。樹くん。君は白雲木を統べる者として、麒麟に認められたのかもしれん」
「え……ボクが?」
「違うわ、おじさん!」
 紫の孔雀を抱いたピコが反論した。
「村の皆さんを守ったのは緑青よ。私だって必死で緑青を守ったのよ。それを麒麟が認めたんだわ」
「ピコ! さっそく緑青をべた褒めする気だな」
 緑里眼が苦笑した。
「だって本当のことですもん! ね?」
 ピコは緑青の首を抱いてキスした。
「ご褒美のチューよ。どう? 緑青」
 あまりの甘さに、緑青は目を開いたまま気絶していた。

 麒麟はものすごい巨体にも関わらず、人間の街を静かに歩き、小山のてっぺんから空へ飛び上がった。
 麒麟の放つ黄金の光が尾をひいて夜空へ登っていった。


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