[415]お姫さまごっこしましょ!
タイトル:お姫さまごっこしましょ!
掲載日:2026/05/26
シリーズ名:白雲木シリーズ
シリーズ番号:4
著者:海道 遠
あらすじ:
美穏(みおん)が駅前着物レンタル店のお得セールに、ピコを誘う。十二単での記念撮影なので、ふたりは張り切って申し込む。
ショウウインドウには白と黒の虎がいて、ふたりは驚いたが、女主人の千魅姫は「剥製だから気にせぬように」と言う。
ロケでの撮影日が来た。広々とした神社の庭に白雲木が植わっていて、根元で十二単姿で正座して撮影するつもりだったが、ピコと美穏は木の上から本物の虎2頭に襲われる。救いに来たのは、紅孔雀のブランコに乗った無明だった。

本文
当作品を発行所から承諾を得ずに、無断で複写、複製することは禁止しています。
第一章 平安コスプレ
「ピコちゃ〜〜ん!」
美穏(みおん)の元気の良い声がした。
呼ばれたピコが、宮司さんの祖父上の隠居所の窓から顔を出す。
「美穏ちゃん。よく私がここにいるって分かったわね」
「だって、ピコちゃんは最近、宮司さんの祖父上さまのところで、よくダべリングしてるじゃないの!」
「へへへ……バレたか」
「祖父上さんは?」
「神社で、もうすぐご神事の舞があるらしくて、お稽古を見に行かれたわ。私に用事?」
「ええ。駅前の裏通りの着物レンタル店で、十二単(じゅうにひとえ)の着物を着せてもらって記念撮影のセールなんですって!」
「十二単?」
「ほら、平安時代の姫君や女人が、打ち掛け(?)を何枚も重ねて着るアレよ」
美穏はスマホの写真を見せた。
女性が何枚も着物を重ねて、髪は踏んでしまうほど長く引きずっている。
「わぁ~〜! 素敵!」
「ピコちゃん、着たことある?」
「まさか。着たことないわよ。平安時代まで過去をさかのぼったことはないし、こんな豪華なのを着られるのは貴族だけでしょ?」
「じゃあ、一緒に申し込んでみない? ふたりで申し込むとよけい割引になるんですって!」
「で、でも、レンタル料が高そう……」
「ご心配なく!」
美穏はバン! と胸をたたいた。
「出たのよ、夏のボーナス! ピコちゃんには、いつもお世話になってるから、お礼にと思って」
「そんなことなら、故郷のインドにいる両親にちゃんと言わないと……」
「そんな大げさに考えなくてもいいのよ。それより、レンタル予約したら、緑青(ろくしょう)くんにも報告してね! 彼と記念撮影したら? きっと喜ぶわよ」
美穏は、すっかりその気になってウキウキしている。
「私、もう樹(たつる)くんには言っちゃった!」
「えっ、緑青くんと平安時代のアレ着て、2ショット? 樹くんにも言ったんですって?」
ピコは驚いた様子だ。
(あの孔雀やんちゃ坊主が2ショットの記念撮影なんて、「うん」って言うかな?)
「男子は元服しているなら、直衣(のうし)って着物を着るのよ。こんな感じ」
美穏は、もう一度スマホを見せた。
「うわあ、緑青くんが、こんな四角い箱みたいな着物に箱みたいな靴を履くかな〜? 樹くんならともかく……」
「いいから、いいから! 予約ワクが埋まってしまうと計画がパーになっちゃうから、とりあえず、行ってみましょうよ!」
美穏ちゃんに急かされて、ピコは社務所の戸締まりをして、外にいたふたりの巫女さんにも報告した。
見送ってから巫女の片方が、もう片方の巫女に、
「ねえ、美穏ちゃんとピコちゃんの行かれる着物レンタル店って、最近、お客さまが帰ってこないとかでウワサになっているお店じゃないの?」
「ああ、そんなウワサもあったけど、最近、聞かないわよ。それより、正座の所作を教えてもらえるとか聞いたわよ」
「ふう~~ん……」
もうひとりの巫女さんが、納得いかなさそうにしていた。
第二章 着物レンタル
商店街の裏通りは、入ったことのない路地だった。
(そういえば、レンタル呉服店があったんだ! 今はコスプレみたいなのも着させてくれるんだわ)
早足で歩いていく美穏ちゃんに遅れないようについていくと、着物レンタル店の玄関が見えてきた。
出っ張った木製の看板には、墨文字で「千魅姫(ちみひめ)着物レンタル」と書いてある。
(千魅姫―――? 変わった名前のお店ね)
沢山の煌びやかな着物が、ショウウインドウにも飾られている。
「あら、女の子が並んでいるわよ、急ごう、ピコちゃん!」
もう片方の、ライトがついていない薄暗いショウウインドウの前を通り、思わず足が止まった。―――というより、足がすくんで動かなくなった。
ショウウインドウの奥から、睨む真っ赤な4つの眼を見てしまったのだ。
「……っっ!」
「どしたの? ピコちゃん」
「こ……これ、本物?」
暗いショウウインドウには、白い虎と漆黒の虎が、どぉ―――ん! と、ところ狭しと陣取って座っているではないか! 眼が真っ赤に燃える炎のようだ。
「ま、まさか! 本物なわけないわよ」
美穏ちゃんの声が震えている。
「ああ、お嬢さんたちを驚かせてしまいましたね」
店の中から、かすれた艶めかしい女性の声が聞こえた。
ピコが、怖いながらもガラスに接近して見てみると、白い虎は、大きな口の端に垂れていた朱い舌をベロリとして、黒い虎もヨダレを垂らして鼻息を荒くしている様子が見えた。
「ごめんなさいねぇ、それは剥製(はくせい)なんですよ」
もう一度、かすれた艶めかしい女性の声が言った。
「美しい十二単をまとった姫君と猛々しい虎とのコラボ写真を撮影しようと思いまして。このディスプレイも、わらわのアイデアですの。いかが?」
ピコと美穏が玄関に立ったままになっていると、店の奥に、堂々と豪華な金糸銀糸の刺繍がふんだんに入れられた十二単をまとい、頭にかんざしをこれでもか! というほど挿した女人の姿が見えてきた。
瞼には濃い赤紫色のアイシャドウが入っていて、まるで舞台メイクだ。それでいて上品な感じがする。
行列の末尾に並んでいた客の女の子たちが、
「じゃあ、店長さん、撮影日によろしくお願いいたしますね!」
と言って、店を後にしていく。
「ご予約ありがとうございます」
第三章 ロケ日
「ささ、そちらのお嬢さん方もどうぞ」
白い手がひらひらしてから、下からサッと気品に満ちた所作で差し出された。
「奥でお好きな裳唐衣(もからぎぬ)をお選びくださいませ」
ピコはまだ虎を見ていたが、2頭ともピクリとも動かない。
(やっぱり見間違いだったんだわ。本物の虎がいるはずないもの)
裳唐衣を見たり、羽織らせてもらったりしているうちに、虎のことは気にならなくなった。
美穏は好きな黄梅(おうばい)の唐衣、ピコは紫色の気にいった品にすることにした。
撮影場所は、街の緑豊かな公園にカメラマンとスタッフが出張してくるそうだ。
ロケの撮影日がやってきた。
5月の初めのいいお天気に恵まれた。
和風な景色がある場所がいいということで、美穏とピコは知っている神社を選んだ。
立派な朱塗りの鳥居があり、大きめの池もあり、手水舎には花手水もある。庭はわりと広く、林もあり芝生の広場もある。
GWなので観光客の方々が来ないうちに、朝早くから神社に入った。
おかげでスタジオでの十二単の着付けは、ふたりとも眠い眼をこじ開けて夜明けから起きて臨んだ。
着着付け師さんは慣れたもので、ふたりに手際よく着せてくれた。襲(かさね)の色目も本人と相談して、テキパキと決めてもらった。
更衣室で十二単の着付けをしてもらったピコと美穏は、20キロを越える重さの着物を引きずって、送迎の小型バスから降りた。
「千魅先生も撮影を見学しにいらっしゃるんでしょう?」
「後から出発するとおっしゃっていたわ」
すでに汗だくだったが、頑張って撮影スタッフさんと一緒に芝生を歩いていった。
「重いわねぇ、予想以上よ」
美穏が弱音を吐いた。
「十二単なんて、滅多に着るチャンスはないんですもの、頑張りましょ。それに引きずる袴じゃないから、これでも歩きやすいのよ」
「あの大きな樹の木陰で撮影するんだったわね」
樹の向こう側の道路に1台のバンが停まった。ひとりの女性が高いヒールにタイトなファッションで降り立った。
「ちょっとちょっと、ピコちゃん、あの人、千魅先生じゃない?」
黒いサングラスをはめているが、確かに千魅先生だ。艷やかな黒髪を薫風に吹かせて颯爽としている。
「ピコさん、美穏さん、朝早くからご苦労さまです。いかがですか、着心地は?」
「ありがとうございます。なにせ慣れないもので重くて……」
ピコが返事した。
「ほほほ、皆さん、そうおっしゃるわ。頑張ってください。えっと、室内撮りはもう終わったのですね?」
室内での撮影はピコが2日前に緑青くんと、美穏が3日前に樹くんと済ませている。
十二単姿の彼女を見て、樹くんは照れてなかなか近寄ってこないし、緑青くんは感激して泣き出すしで、なかなか進まなかったが、どうにか撮影は終わった。
緑青くんについてきたパパの緑里眼が、ピコと美穏ちゃんの十二単すがたを見て、うっとりしていた。
お店のスタッフさんからは、パパが孔雀のマントだけ着てムキムキの上半身だったので、じろじろ見られていた。
第四章 虎たちの襲撃
スタッフのひとりのお姉さんが、冷えたお水を持ってきてくれた。ピコがコップに口をつけてぐっと飲み込んで上を向いたとたん、木の葉と葉の隙間から恐ろしいものと目が合ってしまった。
「がるるるる……」
獰猛な唸りが聞こえる。
(虎だ! 葉に隠れて見えにくいけど、白と黒の虎だ! やっぱり間違いない!)
美穏が呑気に、
「ねえ、この前は気がつかなかったけど、この大木、神社にあるのと同じ、白雲木じゃない?」
「美穏ちゃん……、虎って木登りできるんだっけ?」
「さあ、ヒョウならできると思うけど、同じネコ科だからできるんじゃない?」
「美穏ちゃんてば、そ、そこの太い枝の上にいるのよ、この前の白い虎と黒い虎が!」
「ええっ」
美穏が驚きの声をあげたと同時に、二頭の巨大な虎が枝を蹴った。白い虎は美穏の背中に飛びかかり、黒い虎は、逃げようとしていたピコの打ち掛けに前足で踏みつけた。
「きゃあああああ~~!」
開いた虎の口を間近に見た美穏は、あまりの恐怖に動けない。
(こ、怖い! 誰か、樹くう~~ん!)
しかし、今日の撮影は見に来なくていいって言ってしまった。
(ああん! 私のおバカ!)
ピコも裾を踏まれて、芝生の上に顔面から倒れた。
(どいてよ、どきなさいよ! 重くて歩けないじゃないの!)
初めて虎のドアップを肩越しに見て、
「怖い〜〜〜〜! こっち来ないで! 怖いよ、樹くん、助けてぇっ〜〜!」
しかし、今日は樹も緑青も来る予定はない。
「きゃあ〜〜、あっちへ行って!」
「お前たちっ! 姫君たちの衣装を破いたり汚したりしちゃ、ただではおかないからねっ!」
鋭い声が飛んできたと思うと、腰まで黒髪ロングヘアの女性が離れたところに仁王立ちになって、虎たちに指図しているではないか。
「あれは……千魅姫……」
ピコは確かに瞼に焼き付けた。
第五章 真っ赤な無明
空の彼方から、変な鳥の群れが近づいてきた。
真っ赤な集団だ。よく見るとブランコを紅孔雀の大群に運ばせて乗ってきたのは無明ではないか。
ピコが叫んだ。
(無明さんが真っ赤な着物を着て、真っ赤なクジャクを指図している!)
「無明さんっ!」
ピコが叫んだ。
「この前、カラスにブランコさせてから、楽しくてはまっちまったんだ! 今回は紅孔雀にトレーニングしたんだ!」
「真っ赤っ赤じゃないの、どこが無明よ!」
「ピコちゃんこそ、何をやってるんだよ! レンタル着物店の詐欺に引っかかったのか?」
「詐欺ですって?」
「そこにいる千魅姫って女は、若い女子の若さを吸い取る妖女だぞ!」
「ええっ?」
「今、吊り上げてやるからな! ……でも、ふたり一度は無理か……」
無明は縄バシコを投げ下ろした。
「美穏ちゃん、先に昇って!」
美穏は十二単の一番上に着ている唐衣(からごろも)という打ち掛けを脱いで、腰に巻いていた裳(も)という長ったらしい衣装を脱ぎ捨てた。
「一段ずつ、気をつけて昇って!」
くわ〜ん、くわ〜ん、と鳴いている紅孔雀の集団が頭上に来て、白い虎と黒い虎が興奮して飛びかかろうとしている。
美穏ちゃんは縄を昇って、なんとかブランコの無明の隣に座ることができた。
もう一度縄バシコを落として、今度はピコの番だと思ったのもつかの間、無明はくるりと方向を変え、元来た方へ行ってしまう!
「無明さ〜〜ん、ピコがまだ残ってるのよ」
「無茶言うな、これ以上重くなったら運べん! 待ってろ、助けてやるから!」
ズシン!
いきなりブランコが止まったと思ったら、樹の枝に紅クジャクを繋いでいるロープが絡まってしまった。紅クジャクが大騒ぎしている。
千魅姫が余裕たっぷりに歩いてきた。
「残念でした! ドジな救出者さんだったわね。それっ、人間だけ樹から離して連れていくのよ! あ、くれぐれも十二単の生地はやぶかないように!」
千魅姫の配下の男がどこからか駆けつけ、紅クジャクのロープを切って、無明と美穏を地上に下ろした。
第六章 千魅の面談
ふたりの少女は疲れ切ったのと、あまりの恐ろしさに気を失ってしまった。
ピコが先に意識を取り戻した。殺風景な洋室で、浴衣1枚に着替えさせられていた。
「美穏ちゃん、しっかりして!」
隣に倒れていた美穏を揺り起こしたが、目を覚まさない。
「誰かっ! 開けて! 開けてください!」
ピコはこうしちゃおれないと、扉をたたきはじめる。
「友達がぐったりしているんです。早くお医者さんに診てもらわないと!」
やがて、カツン……カツン……と靴音が聞こえてくる。扉の前でぴたりと止まった。
「気がついたんだね、小娘ちゃん」
扉の小窓から見えたのは、赤紫のアイシャドウを塗った長いストレートの黒髪の女だった。
「あなた、千魅先生ね?」
ピコは負けん気いっぱいに睨みつけた。
「私たちを騙したのね? 十二単の記念撮影だなんて言って。一体、美穏に何をしたの? 目を覚まさないわ!」
「あの虎たちが彼女の生命力を少しいただいて、わらわにもらったから、しばらく目を覚まさないのも無理はないわ」
「なんですって?」
「あなたはわりと強いみたいね。気の強さは紫の孔雀から来ているのかしらね? 孔雀は敵をついばんで戦うらしいし……でも、虎たちを通じて、あなた方の若さをいただけたのは嬉しいわ。身体に精力が満ちたのを感じられるわ! これでまた、若い美貌が保てるわ! 嬉しいこと! ……ふっふっふ」
ピコの眼が鋭くなった。
「千魅ってどこかで聞いたことあると思っていたら、妖怪の『千魅の命吸いお婆』だね!」
「おや、知っていたのかい? 『命吸いお婆』? ひどい言い方だわねえ」
「ひどいのは名前だけじゃない! 若い娘から生命力を奪うやり方よ! きっと今までのお客さまからもそうしていたんでしょう。もしかして、虎たちからも生命力を奪い、言うことを聞かせていたのじゃない? 虎は本来、自分のお腹を満たすためだけにしか獲物に飛びかかったりしないもの!」
「虎たちねぇ―――それもお見通しだったのかい。そう。わらわの呪いにかかった白虎、黒い虎のキュウキに精力を吸われた人間は、簡単には元に戻らないさ」
「そ、それ、どういうことよ?」
(まさか、美穏ちゃんは眠ったまま――?)
ピコの背中に寒いものが走った。
第七章 妖怪ノブスマ
「緑青、いつまで寝ている?」
息子の部屋を蹴破る勢いで、父親の緑里眼(りょくりがん)が入ってきた。
緑青は抱き枕を抱いたまま、
「びっくりするじゃないか、親父! ピコちゃんが、昨夜から帰ってこないんだよぉ、心配で心配で……」
ピコは、孔雀父子の家の一間に下宿しているのだ。
枕に顔を埋めたまま、緑青はグジグジと言い訳した。
「甘えん坊めっ! お前を母親べったりで育児させなかったことが、逆に母親を恋しがる息子にしてしまったようだな?」
「どうとでも言えよ。俺はピコが心配なんだ!」
「じゃあ、連れ戻しに行くまでだ。行くぞ!」
「つ、連れ戻しに行く? どこへ?」
緑青は抱き枕を取られて、ベッドから父親に引きずり下ろされる。
「助けに行くんだ。昨夜、うちの孔雀に偵察に行かせた。レンタル着物でコスプレして記念撮影するってのは、白雲木神社の巫女さんから聞いて分かっていたからな」
「レンタル着物でコスプレ? それなら店内撮影の時に俺は行ったぞ! 十二単を着たピコちゃんが紫の柄が似合ってきれいだったのなんの! 俺は感激して涙が止まらず―――」
「その着物レンタル店が何か怪しいとか感じなかったか?」
「いや、べつに。ピコちゃんばっかり見てたから……」
「まったく、お前はっ! あの店のマダムは妖怪ノブスマだ。妖気くらい感じろ!」
「えぇえ〜〜、『妖怪のブス魔』? ピコちゃんがブスになったらどうしよう?」
「『ノブスマ』だ。コウモリのことだ」
息子のあまりの情けなさに呆れて、緑里眼は無表情で答えた。
第八章 脱出
千魅姫が部屋から離れて一歩ずつ、歩いてくるうちに、姿は現代のシンプルな黒ワンピースから、十二単をまとった臈たけた女人の姿に変わっている。
「おや」
通路で大きな人影に出くわした。見覚えのある巨漢だ。
「そなた……緑里眼(りょくりがん)……」
「これはこれは。名前を覚えていてくださったとは、光栄ですぞ、千魅(ちみ)御前」
「何百年ぶりかのう? 変わらぬ逞しい体躯じゃな」
「千年は過ぎるであろう。御前も変わらぬ美貌だな、と言いたいところだが、その美しさは保っているのではなく若い娘たちから奪い取ったものだな」
千魅姫の口元が歪んだ。
「いかにも。わらわの美貌の保ち方をよう分かっておいでじゃのう」
「その顔が美貌と呼べるものならな。お前に若さを吸い取られた娘たちの怨みで醜く崩れておるぞ」
「えええっ?」
千魅姫が慌ててふところから鏡を出して顔を見ている。
「美しいではないか。むむ……相変わらず、口の達者な……」
千魅姫の目元に怒りのシワが刻まれた。
「何用じゃ。憎まれ口を言いに来たわけではあるまい」
「息子の思い人をかっさらってくれたとか……で、迎えに参ったのだ」
「ほほう、では地下室に閉じこめてある、ふたりの小娘たちのどちらかな? ……どちらが勝って(まさって)いるとも思えぬ愛らしさじゃが」
「両方渡せぬ! どちらも大切な娘なのでな」
「良いとも。うちの可愛い2頭のキュウキ、白の光牙(こうが)と黒の墨爪(ぼくそう)の攻撃をかわせるのならな!」
「朝飯前よ!」
緑里眼が剛腕で、扉のカギをもぎ取った。
ガシャンとカギが床に落ち、同時にピコが飛び出してきた。
「緑青パパ! 助けにきてくれたのね!」
緑里眼の胸に飛び込み、背後から恐る恐る覗きこんだ緑青を抱きしめた。
「緑青くんも!」
やっと意識が戻った美穏も、緑里眼にガッシと抱きしめられた。
「ふたりともケガはないか? 虎に咬みつかれてやしないか?」
ピコは身体じゅうをパンパンとたたいてみせた。
「ええ。でも、今聞いた話では、マダムは私たちを虎に襲わせて閉じ込めたのね。若さを吸い取るために! 許せないわ!」
「ピコ、落ち着いて!」
美穏がピコの両手を握った。
「確かにそれは許されないことだけど、白と黒の虎たち、夢の中でぐるぐる回っていて、正座の所作を教えてくれたでしょ?」
「そういえば……。声が耳に聞こえたわけじゃないけど、頭の中に声が響いてきたわ。真っ直ぐに立ち――、その場に膝を着き、着物をお尻の下に敷く。そして、かかとの上に静かに座ること――と。十二単をまとっている時も、立て膝しないで、改まった場所では正座しなさいと」
「若さを吸い取ったけど、代わりに所作を教えてくれたのね」
「だからと言って、虎を――凶獣キュウキをこのままにはしておけん!」
緑里眼が吠えた。
「千魅御前、虎ども、屋上へ来い!」
第九章 孔雀の羽根
屋上の上空には、すでにキュウキの白い光牙と黒い墨爪が、翼を広げて待ち受けている。
「ほほほ……、2頭とも、孔雀などひと口で仕留めておやり!」
中屋上に立った千魅姫が叫んだ。
屋上の角に立った緑里眼は、やおら(ゆっくり)羽根を1本抜いて身構えた。そして、屋上の角を蹴るや、上空に浮かび上がった。
バサリと巨大な青緑色の羽根が二枚、背中に広げられ、孔雀の羽根の眼玉模様が大空に浮かんだ。
屋上のドアの隙間から覗いていた、ピコと美穏は、
「ひゃあ~~、緑青パパって孔雀の羽根を背中に持ってたのね!」
「マントかと思ってたわ!」
非常階段の陰から覗いていた緑青は、父親の背中の羽根を初めて見た。
「うっへえ、親父のやつ、あんなのを持ってたのか。俺は何にもないぞ! そのうち生えてくるのかな? 俺って思春期だから……」
緑里眼の手から、先の鋭い羽根が1本飛んだ。向かってきた白いキュウキの瞼の上にささった。
「ギャアアッ」
白いキュウキは前足で眼を押さえて空の上で後退した。黒いキュウキも同じだ。
「わざと急所の眼を外してやってるのに、虎の本気を見せてみろ! 今度は手加減なしで行くぞ!」
数本の孔雀の羽根が、次々とキュウキの眼の周辺に突き刺さる。
「やっ、やめておくれっ! 緑里眼! まともに眼を突けば、キュウキの痛手になる! 分かった、娘たちは返す!」
「うちのふたりだけじゃない。一般客で洗脳した女性たちも、洗脳を解いて、二度とお前さんの店に来ないようにせよ!」
千魅御前の膝が、がっくりと落とされた。
「――分かったよ。娘たちは全部、解放する。するから、これ以上、キュウキたちを攻撃するのは勘弁しておくれっ」
真っ赤な衣に身を包んだ男が、千魅御前の前にたちふさがった。無明だ。
「遅かったな、キュウキたちは俺の配合した強力マタタビで、使いものにならなくなってるぜ」
その通り、巨大な白と黒の虎たちは、飼い猫のようにじゃれあっていた。
ほどなく、レンタル着物店のビルに閉じ込められていた女性たちが解放されて、玄関から、喜びいさんで帰宅していった。
「緑青くん! あなたも来てくれてたのね!」
ピコが彼の姿を見つけて駆け寄った。
「もちろんじゃないか。あ、美穏ちゃん、樹はご神木の根元に正座して無事を祈ってるはずだよ」
「ええ。思念が伝わってきたわ。ありがとう」
「今度は怖いおばさん抜きで、芝生の上で普通の浴衣でも着て、ピクニックしましょうね!」
ピコがにっこり笑って誘った。

タイトル:お姫さまごっこしましょ!
掲載日:2023/??/??
シリーズ名:白雲木シリーズ
シリーズ番号:4
著者:海道 遠
あらすじ:
美穏(みおん)が駅前着物レンタル店のお得セールに、ピコを誘う。十二単での記念撮影なので、ふたりは張り切って申し込む。
ショウウインドウには白と黒の虎がいて、ふたりは驚いたが、女主人の千魅姫は「剥製だから気にせぬように」と言う。
ロケでの撮影日が来た。広々とした神社の庭に白雲木が植わっていて、根元で十二単姿で正座して撮影するつもりだったが、ピコと美穏は木の上から本物の虎2頭に襲われる。救いに来たのは、紅孔雀のブランコに乗った無明だった。

本文
当作品を発行所から承諾を得ずに、無断で複写、複製することは禁止しています。
第一章 平安コスプレ
「ピコちゃ〜〜ん!」
美穏(みおん)の元気の良い声がした。
呼ばれたピコが、宮司さんの祖父上の隠居所の窓から顔を出す。
「美穏ちゃん。よく私がここにいるって分かったわね」
「だって、ピコちゃんは最近、宮司さんの祖父上さまのところで、よくダべリングしてるじゃないの!」
「へへへ……バレたか」
「祖父上さんは?」
「神社で、もうすぐご神事の舞があるらしくて、お稽古を見に行かれたわ。私に用事?」
「ええ。駅前の裏通りの着物レンタル店で、十二単(じゅうにひとえ)の着物を着せてもらって記念撮影のセールなんですって!」
「十二単?」
「ほら、平安時代の姫君や女人が、打ち掛け(?)を何枚も重ねて着るアレよ」
美穏はスマホの写真を見せた。
女性が何枚も着物を重ねて、髪は踏んでしまうほど長く引きずっている。
「わぁ~〜! 素敵!」
「ピコちゃん、着たことある?」
「まさか。着たことないわよ。平安時代まで過去をさかのぼったことはないし、こんな豪華なのを着られるのは貴族だけでしょ?」
「じゃあ、一緒に申し込んでみない? ふたりで申し込むとよけい割引になるんですって!」
「で、でも、レンタル料が高そう……」
「ご心配なく!」
美穏はバン! と胸をたたいた。
「出たのよ、夏のボーナス! ピコちゃんには、いつもお世話になってるから、お礼にと思って」
「そんなことなら、故郷のインドにいる両親にちゃんと言わないと……」
「そんな大げさに考えなくてもいいのよ。それより、レンタル予約したら、緑青(ろくしょう)くんにも報告してね! 彼と記念撮影したら? きっと喜ぶわよ」
美穏は、すっかりその気になってウキウキしている。
「私、もう樹(たつる)くんには言っちゃった!」
「えっ、緑青くんと平安時代のアレ着て、2ショット? 樹くんにも言ったんですって?」
ピコは驚いた様子だ。
(あの孔雀やんちゃ坊主が2ショットの記念撮影なんて、「うん」って言うかな?)
「男子は元服しているなら、直衣(のうし)って着物を着るのよ。こんな感じ」
美穏は、もう一度スマホを見せた。
「うわあ、緑青くんが、こんな四角い箱みたいな着物に箱みたいな靴を履くかな〜? 樹くんならともかく……」
「いいから、いいから! 予約ワクが埋まってしまうと計画がパーになっちゃうから、とりあえず、行ってみましょうよ!」
美穏ちゃんに急かされて、ピコは社務所の戸締まりをして、外にいたふたりの巫女さんにも報告した。
見送ってから巫女の片方が、もう片方の巫女に、
「ねえ、美穏ちゃんとピコちゃんの行かれる着物レンタル店って、最近、お客さまが帰ってこないとかでウワサになっているお店じゃないの?」
「ああ、そんなウワサもあったけど、最近、聞かないわよ。それより、正座の所作を教えてもらえるとか聞いたわよ」
「ふう~~ん……」
もうひとりの巫女さんが、納得いかなさそうにしていた。
第二章 着物レンタル
商店街の裏通りは、入ったことのない路地だった。
(そういえば、レンタル呉服店があったんだ! 今はコスプレみたいなのも着させてくれるんだわ)
早足で歩いていく美穏ちゃんに遅れないようについていくと、着物レンタル店の玄関が見えてきた。
出っ張った木製の看板には、墨文字で「千魅姫(ちみひめ)着物レンタル」と書いてある。
(千魅姫―――? 変わった名前のお店ね)
沢山の煌びやかな着物が、ショウウインドウにも飾られている。
「あら、女の子が並んでいるわよ、急ごう、ピコちゃん!」
もう片方の、ライトがついていない薄暗いショウウインドウの前を通り、思わず足が止まった。―――というより、足がすくんで動かなくなった。
ショウウインドウの奥から、睨む真っ赤な4つの眼を見てしまったのだ。
「……っっ!」
「どしたの? ピコちゃん」
「こ……これ、本物?」
暗いショウウインドウには、白い虎と漆黒の虎が、どぉ―――ん! と、ところ狭しと陣取って座っているではないか! 眼が真っ赤に燃える炎のようだ。
「ま、まさか! 本物なわけないわよ」
美穏ちゃんの声が震えている。
「ああ、お嬢さんたちを驚かせてしまいましたね」
店の中から、かすれた艶めかしい女性の声が聞こえた。
ピコが、怖いながらもガラスに接近して見てみると、白い虎は、大きな口の端に垂れていた朱い舌をベロリとして、黒い虎もヨダレを垂らして鼻息を荒くしている様子が見えた。
「ごめんなさいねぇ、それは剥製(はくせい)なんですよ」
もう一度、かすれた艶めかしい女性の声が言った。
「美しい十二単をまとった姫君と猛々しい虎とのコラボ写真を撮影しようと思いまして。このディスプレイも、わらわのアイデアですの。いかが?」
ピコと美穏が玄関に立ったままになっていると、店の奥に、堂々と豪華な金糸銀糸の刺繍がふんだんに入れられた十二単をまとい、頭にかんざしをこれでもか! というほど挿した女人の姿が見えてきた。
瞼には濃い赤紫色のアイシャドウが入っていて、まるで舞台メイクだ。それでいて上品な感じがする。
行列の末尾に並んでいた客の女の子たちが、
「じゃあ、店長さん、撮影日によろしくお願いいたしますね!」
と言って、店を後にしていく。
「ご予約ありがとうございます」
第三章 ロケ日
「ささ、そちらのお嬢さん方もどうぞ」
白い手がひらひらしてから、下からサッと気品に満ちた所作で差し出された。
「奥でお好きな裳唐衣(もからぎぬ)をお選びくださいませ」
ピコはまだ虎を見ていたが、2頭ともピクリとも動かない。
(やっぱり見間違いだったんだわ。本物の虎がいるはずないもの)
裳唐衣を見たり、羽織らせてもらったりしているうちに、虎のことは気にならなくなった。
美穏は好きな黄梅(おうばい)の唐衣、ピコは紫色の気にいった品にすることにした。
撮影場所は、街の緑豊かな公園にカメラマンとスタッフが出張してくるそうだ。
ロケの撮影日がやってきた。
5月の初めのいいお天気に恵まれた。
和風な景色がある場所がいいということで、美穏とピコは知っている神社を選んだ。
立派な朱塗りの鳥居があり、大きめの池もあり、手水舎には花手水もある。庭はわりと広く、林もあり芝生の広場もある。
GWなので観光客の方々が来ないうちに、朝早くから神社に入った。
おかげでスタジオでの十二単の着付けは、ふたりとも眠い眼をこじ開けて夜明けから起きて臨んだ。
着付け師さんは慣れたもので、ふたりに手際よく着せてくれた。
更衣室で十二単の着付けをしてもらったピコと美穏は、20キロを越える重さの着物を引きずって、送迎の小型バスから降りた。
「千魅先生も撮影を見学しにいらっしゃるんでしょう?」
「後から出発するとおっしゃっていたわ」
すでに汗だくだったが、頑張って撮影スタッフさんと一緒に芝生を歩いていった。
「重いわねぇ、予想以上よ」
美穏が弱音を吐いた。
「十二単なんて、滅多に着るチャンスはないんですもの、頑張りましょ。それに引きずる袴じゃないから、これでも歩きやすいのよ」
「あの大きな樹の木陰で撮影するんだったわね」
樹の向こう側の道路に1台のバンが停まった。ひとりの女性が高いヒールにタイトなファッションで降り立った。
「ちょっとちょっと、ピコちゃん、あの人、千魅先生じゃない?」
黒いサングラスをはめているが、確かに千魅先生だ。艷やかな黒髪を薫風に吹かせて颯爽としている。
「ピコさん、美穏さん、朝早くからご苦労さまです。いかがですか、着心地は?」
「ありがとうございます。なにせ慣れないもので重くて……」
ピコが返事した。
「ほほほ、皆さん、そうおっしゃるわ。頑張ってください。えっと、室内撮りはもう終わったのですね?」
室内での撮影はピコが2日前に緑青くんと、美穏が3日前に樹くんと済ませている。
十二単姿の彼女を見て、樹くんは照れてなかなか近寄ってこないし、緑青くんは感激して泣き出すしで、なかなか進まなかったが、どうにか撮影は終わった。
緑青くんについてきたパパの緑里眼が、ピコと美穏ちゃんの十二単すがたを見て、うっとりしていた。
お店のスタッフさんからは、パパが孔雀のマントだけ着てムキムキの上半身だったので、じろじろ見られていた。
第四章 虎たちの襲撃
スタッフのひとりのお姉さんが、冷えたお水を持ってきてくれた。ピコがコップに口をつけてぐっと飲み込んで上を向いたとたん、木の葉と葉の隙間から恐ろしいものと目が合ってしまった。
「がるるるる……」
獰猛な唸りが聞こえる。
(虎だ! 葉に隠れて見えにくいけど、白と黒の虎だ! やっぱり間違いない!)
美穏が呑気に、
「ねえ、この前は気がつかなかったけど、この大木、神社にあるのと同じ、白雲木じゃない?」
「美穏ちゃん……、虎って木登りできるんだっけ?」
「さあ、ヒョウならできると思うけど、同じネコ科だからできるんじゃない?」
「美穏ちゃんてば、そ、そこの太い枝の上にいるのよ、この前の白い虎と黒い虎が!」
「ええっ」
美穏が驚きの声をあげたと同時に、二頭の巨大な虎が枝を蹴った。白い虎は美穏の背中に飛びかかり、黒い虎は、逃げようとしていたピコの打ち掛けに前足で踏みつけた。
「きゃあああああ~~!」
開いた虎の口を間近に見た美穏は、あまりの恐怖に動けない。
(こ、怖い! 誰か、樹くう~~ん!)
しかし、今日の撮影は見に来なくていいって言ってしまった。
(ああん! 私のおバカ!)
ピコも裾を踏まれて、芝生の上に顔面から倒れた。
(どいてよ、どきなさいよ! 重くて歩けないじゃないの!)
初めて虎のドアップを肩越しに見て、
「怖い〜〜〜〜! こっち来ないで! 怖いよ、樹くん、助けてぇっ〜〜!」
しかし、今日は樹も緑青も来る予定はない。
「きゃあ〜〜、あっちへ行って!」
「お前たちっ! 姫君たちの衣装を破いたり汚したりしちゃ、ただではおかないからねっ!」
鋭い声が飛んできたと思うと、腰まで黒髪ロングヘアの女性が離れたところに仁王立ちになって、虎たちに指図しているではないか。
「あれは……千魅姫……」
ピコは確かに瞼に焼き付けた。
第五章 真っ赤な無明
空の彼方から、変な鳥の群れが近づいてきた。
真っ赤な集団だ。よく見るとブランコを紅孔雀の大群に運ばせて乗ってきたのは無明ではないか。
ピコが叫んだ。
(無明さんが真っ赤な着物を着て、真っ赤なクジャクを指図している!)
「無明さんっ!」
ピコが叫んだ。
「この前、カラスにブランコさせてから、楽しくてはまっちまったんだ! 今回は紅孔雀にトレーニングしたんだ!」
「真っ赤っ赤じゃないの、どこが無明よ!」
「ピコちゃんこそ、何をやってるんだよ! レンタル着物店の詐欺に引っかかったのか?」
「詐欺ですって?」
「そこにいる千魅姫って女は、若い女子の若さを吸い取る妖女だぞ!」
「ええっ?」
「今、吊り上げてやるからな! ……でも、ふたり一度は無理か……」
無明は縄バシコを投げ下ろした。
「美穏ちゃん、先に昇って!」
美穏は十二単の一番上に着ている唐衣(からごろも)という打ち掛けを脱いで、腰に巻いていた裳(も)という長ったらしい衣装を脱ぎ捨てた。
「一段ずつ、気をつけて昇って!」
くわ〜ん、くわ〜ん、と鳴いている紅孔雀の集団が頭上に来て、白い虎と黒い虎が興奮して飛びかかろうとしている。
美穏ちゃんは縄を昇って、なんとかブランコの無明の隣に座ることができた。
もう一度縄バシコを落として、今度はピコの番だと思ったのもつかの間、無明はくるりと方向を変え、元来た方へ行ってしまう!
「無明さ〜〜ん、ピコがまだ残ってるのよ」
「無茶言うな、これ以上重くなったら運べん! 待ってろ、助けてやるから!」
ズシン!
いきなりブランコが止まったと思ったら、樹の枝に紅クジャクを繋いでいるロープが絡まってしまった。紅クジャクが大騒ぎしている。
千魅姫が余裕たっぷりに歩いてきた。
「残念でした! ドジな救出者さんだったわね。それっ、人間だけ樹から離して連れていくのよ! あ、くれぐれも十二単の生地はやぶかないように!」
千魅姫の配下の男がどこからか駆けつけ、紅クジャクのロープを切って、無明と美穏を地上に下ろした。
第六章 千魅の面談
ふたりの少女は疲れ切ったのと、あまりの恐ろしさに気を失ってしまった。
ピコが先に意識を取り戻した。殺風景な洋室で、浴衣1枚に着替えさせられていた。
「美穏ちゃん、しっかりして!」
隣に倒れていた美穏を揺り起こしたが、目を覚まさない。
「誰かっ! 開けて! 開けてください!」
ピコはこうしちゃおれないと、扉をたたきはじめる。
「友達がぐったりしているんです。早くお医者さんに診てもらわないと!」
やがて、カツン……カツン……と靴音が聞こえてくる。扉の前でぴたりと止まった。
「気がついたんだね、小娘ちゃん」
扉の小窓から見えたのは、赤紫のアイシャドウを塗った長いストレートの黒髪の女だった。
「あなた、千魅先生ね?」
ピコは負けん気いっぱいに睨みつけた。
「私たちを騙したのね? 十二単の記念撮影だなんて言って。一体、美穏に何をしたの? 目を覚まさないわ!」
「あの虎たちが彼女の生命力を少しいただいて、わらわにもらったから、しばらく目を覚まさないのも無理はないわ」
「なんですって?」
「あなたはわりと強いみたいね。気の強さは紫の孔雀から来ているのかしらね? 孔雀は敵をついばんで戦うらしいし……でも、虎たちを通じて、あなた方の若さをいただけたのは嬉しいわ。身体に精力が満ちたのを感じられるわ! これでまた、若い美貌が保てるわ! 嬉しいこと! ……ふっふっふ」
ピコの眼が鋭くなった。
「千魅ってどこかで聞いたことあると思っていたら、妖怪の『千魅の命吸いお婆』だね!」
「おや、知っていたのかい? 『命吸いお婆』? ひどい言い方だわねえ」
「ひどいのは名前だけじゃない! 若い娘から生命力を奪うやり方よ! きっと今までのお客さまからもそうしていたんでしょう。もしかして、虎たちからも生命力を奪い、言うことを聞かせていたのじゃない? 虎は本来、自分のお腹を満たすためだけにしか獲物に飛びかかったりしないもの!」
「虎たちねぇ―――それもお見通しだったのかい。そう。わらわの呪いにかかった白虎、黒い虎のキュウキに精力を吸われた人間は、簡単には元に戻らないさ」
「そ、それ、どういうことよ?」
(まさか、美穏ちゃんは眠ったまま――?)
ピコの背中に寒いものが走った。
第七章 妖怪ノブスマ
「緑青、いつまで寝ている?」
息子の部屋を蹴破る勢いで、父親の緑里眼(りょくりがん)が入ってきた。
緑青は抱き枕を抱いたまま、
「びっくりするじゃないか、親父! ピコちゃんが、昨夜から帰ってこないんだよぉ、心配で心配で……」
ピコは、孔雀父子の家の一間に下宿しているのだ。
枕に顔を埋めたまま、緑青はグジグジと言い訳した。
「甘えん坊めっ! お前を母親べったりで育児させなかったことが、逆に母親を恋しがる息子にしてしまったようだな?」
「どうとでも言えよ。俺はピコが心配なんだ!」
「じゃあ、連れ戻しに行くまでだ。行くぞ!」
「つ、連れ戻しに行く? どこへ?」
緑青は抱き枕を取られて、ベッドから父親に引きずり下ろされる。
「助けに行くんだ。昨夜、うちの孔雀に偵察に行かせた。レンタル着物でコスプレして記念撮影するってのは、白雲木神社の巫女さんから聞いて分かっていたからな」
「レンタル着物でコスプレ? それなら店内撮影の時に俺は行ったぞ! 十二単を着たピコちゃんが紫の柄が似合ってきれいだったのなんの! 俺は感激して涙が止まらず―――」
「その着物レンタル店が何か怪しいとか感じなかったか?」
「いや、べつに。ピコちゃんばっかり見てたから……」
「まったく、お前はっ! あの店のマダムは妖怪ノブスマだ。妖気くらい感じろ!」
「えぇえ〜〜、『妖怪のブス魔』? ピコちゃんがブスになったらどうしよう?」
「『ノブスマ』だ。コウモリのことだ」
息子のあまりの情けなさに呆れて、緑里眼は無表情で答えた。
第八章 脱出
千魅姫が部屋から離れて一歩ずつ、歩いてくるうちに、姿は現代のシンプルな黒ワンピースから、十二単をまとった臈たけた女人の姿に変わっている。
「おや」
通路で大きな人影に出くわした。見覚えのある巨漢だ。
「そなた……緑里眼(りょくりがん)……」
「これはこれは。名前を覚えていてくださったとは、光栄ですぞ、千魅(ちみ)御前」
「何百年ぶりかのう? 変わらぬ逞しい体躯じゃな」
「千年は過ぎるであろう。御前も変わらぬ美貌だな、と言いたいところだが、その美しさは保っているのではなく若い娘たちから奪い取ったものだな」
千魅姫の口元が歪んだ。
「いかにも。わらわの美貌の保ち方をよう分かっておいでじゃのう」
「その顔が美貌と呼べるものならな。お前に若さを吸い取られた娘たちの怨みで醜く崩れておるぞ」
「えええっ?」
千魅姫が慌ててふところから鏡を出して顔を見ている。
「美しいではないか。むむ……相変わらず、口の達者な……」
千魅姫の目元に怒りのシワが刻まれた。
「何用じゃ。憎まれ口を言いに来たわけではあるまい」
「息子の思い人をかっさらってくれたとか……で、迎えに参ったのだ」
「ほほう、では地下室に閉じこめてある、ふたりの小娘たちのどちらかな? ……どちらが勝って(まさって)いるとも思えぬ愛らしさじゃが」
「両方渡せぬ! どちらも大切な娘なのでな」
「良いとも。うちの可愛い2頭のキュウキ、白の光牙(こうが)と黒の墨爪(ぼくそう)の攻撃をかわせるのならな!」
「朝飯前よ!」
緑里眼が剛腕で、扉のカギをもぎ取った。
ガシャンとカギが床に落ち、同時にピコが飛び出してきた。
「緑青パパ! 助けにきてくれたのね!」
緑里眼の胸に飛び込み、背後から恐る恐る覗きこんだ緑青を抱きしめた。
「緑青くんも!」
やっと意識が戻った美穏も、緑里眼にガッシと抱きしめられた。
「ふたりともケガはないか? 虎に咬みつかれてやしないか?」
ピコは身体じゅうをパンパンとたたいてみせた。
「ええ。でも、今聞いた話では、マダムは私たちを虎に襲わせて閉じ込めたのね。若さを吸い取るために! 許せないわ!」
「ピコ、落ち着いて!」
美穏がピコの両手を握った。
「確かにそれは許されないことだけど、白と黒の虎たち、夢の中でぐるぐる回っていて、正座の所作を教えてくれたでしょ?」
「そういえば……。声が耳に聞こえたわけじゃないけど、頭の中に声が響いてきたわ。真っ直ぐに立ち――、その場に膝を着き、着物をお尻の下に敷く。そして、かかとの上に静かに座ること――と。十二単をまとっている時も、立て膝しないで、改まった場所では正座しなさいと」
「若さを吸い取ったけど、代わりに所作を教えてくれたのね」
「だからと言って、虎を――凶獣キュウキをこのままにはしておけん!」
緑里眼が吠えた。
「千魅御前、虎ども、屋上へ来い!」
第九章 孔雀の羽根
屋上の上空には、すでにキュウキの白い光牙と黒い墨爪が、翼を広げて待ち受けている。
「ほほほ……、2頭とも、孔雀などひと口で仕留めておやり!」
中屋上に立った千魅姫が叫んだ。
屋上の角に立った緑里眼は、やおら(ゆっくり)羽根を1本抜いて身構えた。そして、屋上の角を蹴るや、上空に浮かび上がった。
バサリと巨大な青緑色の羽根が二枚、背中に広げられ、孔雀の羽根の眼玉模様が大空に浮かんだ。
屋上のドアの隙間から覗いていた、ピコと美穏は、
「ひゃあ~~、緑青パパって孔雀の羽根を背中に持ってたのね!」
「マントかと思ってたわ!」
非常階段の陰から覗いていた緑青は、父親の背中の羽根を初めて見た。
「うっへえ、親父のやつ、あんなのを持ってたのか。俺は何にもないぞ! そのうち生えてくるのかな? 俺って思春期だから……」
緑里眼の手から、先の鋭い羽根が1本飛んだ。向かってきた白いキュウキの瞼の上にささった。
「ギャアアッ」
白いキュウキは前足で眼を押さえて空の上で後退した。黒いキュウキも同じだ。
「わざと急所の眼を外してやってるのに、虎の本気を見せてみろ! 今度は手加減なしで行くぞ!」
数本の孔雀の羽根が、次々とキュウキの眼の周辺に突き刺さる。
「やっ、やめておくれっ! 緑里眼! まともに眼を突けば、キュウキの痛手になる! 分かった、娘たちは返す!」
「うちのふたりだけじゃない。一般客で洗脳した女性たちも、洗脳を解いて、二度とお前さんの店に来ないようにせよ!」
千魅御前の膝が、がっくりと落とされた。
「――分かったよ。娘たちは全部、解放する。するから、これ以上、キュウキたちを攻撃するのは勘弁しておくれっ」
真っ赤な衣に身を包んだ男が、千魅御前の前にたちふさがった。無明だ。
「遅かったな、キュウキたちは俺の配合した強力マタタビで、使いものにならなくなってるぜ」
その通り、巨大な白と黒の虎たちは、飼い猫のようにじゃれあっていた。
ほどなく、レンタル着物店のビルに閉じ込められていた女性たちが解放されて、玄関から、喜びいさんで帰宅していった。
「緑青くん! あなたも来てくれてたのね!」
ピコが彼の姿を見つけて駆け寄った。
「もちろんじゃないか。あ、美穏ちゃん、樹はご神木の根元に正座して無事を祈ってるはずだよ」
「ええ。思念が伝わってきたわ。ありがとう」
「今度は怖いおばさん抜きで、芝生の上で普通の浴衣でも着て、ピクニックしましょうね!」
ピコがにっこり笑って誘った。




