[433]ちい若君はいずこ?


タイトル:ちい若君はいずこ?
掲載日:2026/10/20

シリーズ名:かわら版シリーズ
シリーズ番号:2

著者:海道 遠

あらすじ:
 豆紗が唐の国へ帰って正座と絵の修行の続きをしてから1年。そろそろ、倭国へ戻ることになった。
 今度はおとうと弟子のハグマも連れていくことになった。
 若狭の海へ船で上陸して、徒歩(かち)で都まで。都に到着すると、豆紗の嫁ぎ先の小さな若君が行方不明だというウワサで持ち切りである。豆紗は真っ青になった。
(屋敷の奥で大切に大切にお育てしている若君が行方不明とはどういうこと?)
 その頃、朝廷は北方に住む民族に、盛んに他の地方への移住をうながしていた。



本文

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第一章 再び京の都へ

 豆沙(ドゥシャ)が唐の国へ帰って1年。
 おとうと弟子のハグマと万古老師匠の元で正座の所作の稽古と絵師としての稽古に励んでいた。
 そろそろ、倭国の京の都へ渡る時期だ。今度はハグマがついてきてくれると言う。
「ボクも倭国の都を見てみたいし、倭国の景色や色んなものや人物を描いてみたいんだ!」
「それはいいことだわ。私もハグマがお供だと心強いわ」
 豆紗は快諾した。
「あれ? 豆紗姐はその辺の男より逞しいから、そんな弱音を吐くと思わなかったな」
 ハグマは白い歯を見せて、姐弟子をからかった。
「じゃあ、連れていかないわよ!」
「分かった、悪かったよ。淑やかな豆紗お姉さま」
「滞在するのは、お公家屋敷だから、お行儀よくするのよ!」
「はいはい」

 ひと月半の船旅と若狭(わかさ)の港からの徒歩(かち)の旅を経て都にたどりつくと、雀司(すずめつかさ)家の小さな若君さまが行方不明だという噂でもちきりである。
 豆紗は顔色を変えた。ハグマが、
「豆紗姐(ねえ)、雀司家って豆紗姐の嫁ぎ先じゃないか?」
「そうなのよ。ちい若君には肖像画を描いてあげたりして、私もなじみがあるのよ。行方不明ってどういうことかしら?」
 ふたりはとりあえず、雀司家へ向かった。

 門内へ入れてもらって、簀の子の角で貴公子さまの乳母さまとご挨拶していると、
「豆沙――? 豆沙ではないか!」
 貴公子さまが御簾の内から飛び出してきた。
「貴公子さま―――! 前触れの文を書く間も惜しまれて、いきなり戻りました」
 涙が溢れてきた。
 旅装いのまま、直衣(のうし)の胸に飛びこんだ。愛する人は1年前と変わらない。ぴくにっくの時の草いきれの匂いがする。
「若さま、貴公子さま――! お会いしたかった!」
「そなたが頑なに一旦、唐に戻ると申したくせに何を申すか」
 貴公子さまは泣き笑いになっている。
「一日も早く、ちい若君を見つけて親子、川の字になって寝ましょうね」

 貴公子さまの話によると、ちい若君は倭国の北方民族の村にいるだろうと、思ったより冷静な顔で答える。
「どういうことですか? ご心配ではないのですか?」
 正室の雷子さまは、女性ながら勇ましく武装して私兵を連れて北方へ向かったが、発見できずに帰館したという。
 豆紗も血の繋がらない子と言っても、いてもたってもいられない気分だ。

第二章 雷子さまに挨拶

 中衛家の侍女が御簾の外で女主人に告げた。
「豆紗のお方さまがお越しでございます」
 女主人から通すよう返事があり、豆紗は御簾の内に通された。
「豆紗でございます。北の方さま、ご無沙汰しておりました。1年の間、唐にて修行し、昨日戻りました」
「これはこれは。はるばる唐からよう戻られた」
 雷子は主人の席を空けて待っていたので、豆紗は慌てた。
「北の方さま、どうぞ、いつものお席へ」
「かまわぬ。遠方から戻られた豆紗どのが、屏風を背にお座りなされませ」
「北の方さまこそ、兵を率いてみちのくへ赴かれたとか。お疲れさまでございました」
「勢いで出撃したはよいが、ちい若君の行方は杳(よう)としてつかめぬまま帰ってきた次第。情けないことじゃ」
 いつもは剛毅な雷子さまが、しおれている。
 ちい若君が、実は雀司家とは血のつながりのない東北の村の子だったということを、豆紗は貴公子さまから聞いていたが、雷子さまにとっても大きい存在であることが分かる。
「ちい若君はきっとご無事でおられます。お気持ちを強くお持ちくださいませ。貴公子さまご一行は、明日にご出立されます。私も微力ながらお供いたします。此度(こたび)はそのご挨拶に伺いました」
 豆紗は丁寧に報告した。
「若さまと出撃なさるのですか。みちのくは遠くて広い。まつろわぬ(従わぬ)民族たちは頑固で、強固である。心して御身大切に行ってまいられよ。そして私の成し得なかった、ちい若君を連れ帰ることができますように」
「はい。全力を尽くすつもりでございます」
「神仏に祈っております」
 ふたりの妻は、そろって頭を下げた。

 その夜、寝室で貴公子さまが言葉をかけた。
「雷子のところへ挨拶に行ったそうだな」
「はい。ちい若君のことで気落ちしておられました。私にまでお優しい言葉をかけてくださり……」
「母として、ちい若を思う心は同じなのだ」
「貴方さまもまた、父として」
 貴公子は純白の絹の寝間着の胸に、豆沙を抱きしめた。
「大殿も乳母も、ぬばたまもハグマも、案じてくれている。感謝せねばならぬな」
「はい……」
 一番鶏が鳴く声が遠くから聞こえた。
 夜が白々と明けようとしていた。

第三章 北方の村へ

 翌日、豆紗、貴公子さまと彼のボディガードのぬばたま、豆紗のおとうと弟子のハグマをともない、数十人の私兵を伴い北方へ出発した。
 その前にひと揉めがあった。
 出会って間もないぬばたまとハグマが意地の張り合いだ。
 やや年長のぬばたまが、
「どうして新婚旅行じゃないのについていく!」
 と追及すると、ハグマが言い返す。
「新婚旅行についていく気か?」
 ふたりのとんちんかんなやり取りに、豆沙が間に入った。
「ふたりともやめて! 新婚旅行じゃないわよ!」
 子どものようなふたりの言い争いは、豆紗の鶴の一声でピタリと止んだ。
 後からやってきた万古老師匠と乳母さまも、馬に乗って旅に参加した。

 その頃、朝廷は北方へ軍を派遣して、北方の庶民を捕らえては、東日本より南への移住を推し進めていた。
 北方の民族は朝廷からすれば、まつろわぬ(従わぬ)民族であった。生活習慣やしきたりも異なるが、寒冷な地で生き抜く逞しい民族であった。
 ただ寒冷な土地に住んでいるので、都周辺より戦力、兵力が遅れて朝廷の力には敵わなかった。朝廷軍に捕らえられ、都より西や南、または四国に移住させられていた。

 豆紗と貴公子さまの一行は、長い旅をして北関東の国へたどり着いた。
 一行は、彼らの竪穴式住居の集落のひとつに宿泊することになった。
 竪穴式住居に寝起きするのは、豆沙にも初めての経験だった。地面の上にイグサなどを敷き、中央に1本のみ柱を立てて、周りに木々やイグサの類で壁を作る簡素な住居だ。
 冬は地面のまん中に焚き火を焚き、その周りに家族が座る。豆沙はつぶさに住居内を描き止めた。
 こういう集落のどれかに、ちい若君が暮らしているかもしれないと思うと心配がつのる。
(都の豪壮な屋敷の生活に慣れているちい若君が、無事にお暮しかしら?)

第四章 しのりさま

 乳母さまは、集落に着いた時から、
「この村に、しのりさまという彷徨い巫女はいらっしゃらないか、尋ねてくださいませぬか?」
 と、貴公子さまにお願いしていた。
 一般の歩き巫女は、神社に属さず占いやお祓いをしたり、死者の言葉を伝えたり、おみくじを売ったりしているが、しのりさまという巫女は一風変わっていて、「遠見(とおみ)の術」という離れた場所の光景を見ることができると言うのだ。
「彷徨い巫女が、北の村で親を亡くした子どもを集めて面倒を見ているという話を聞いたのです。もしかしたら、春雷丸さま(ちい若君)も、そのお方のところにいらっしゃるかもしれません」
「まあ、それはこの村の近くなの?」
 豆紗は少し顔を明るくして訊いた。
「それは判りませぬが……何せ、しのりさまは遠くでも一飛びに越えることができるそうですので……」
 乳母さまは言いにくそうに、モゴモゴと答えた。
「そのお方の元に、ちい若君がいらっしゃることを祈ります。貴公子さまがずいぶん心配なされているのがよく分かりますもの」

 貴公子さまが部下をあちこちにやり、北方の民族に尋ねさせた。
 しばらくしてから、しのりと名乗る、まだ少女の巫女が緑色の着物に、魔除けの領巾(ひれ)を両腕にかけた出で立ちで訪ねてきた。まるで――、まるで奈良時代の身分の高い女子のようだ。
 頭頂に髷を結い上げ、顔に白粉(おしろい)を塗っているが、顔立ちはあどけない。現実(うつつ)を離れた天女のようだ。
 住居の真ん中に所作通り――背筋を真っ直ぐにして立ち、膝をついて袴をお尻の下に敷いて、かかとの上に正座すると凜として大人びた表情になった。どの大人より威厳に満ちているではないか。

 ぬばたまとハグマは、気になって外から空気抜きの窓を覗いていた。
 すると、しのりさまとやらは「遠見の術」を使って言ったのだ。
「小さな若さまは、どこかの塗り籠めのお部屋にいらっしゃいます」
「塗り籠めだって?」
 ハグマが思わず繰り返した。
「塗り籠めは、倭国の寝殿造りの一部にある部屋で漆喰(しっくい)で固められた壁で、北方の民の住まいには無いだろう」
「じゃ、小さな若君は北の村にはいらっしゃらないのだろうか?」
 しのりさまは、それだけ言うと夜道を村へ帰ろうとする。ぬばたまとハグマは、警護を命じられて送っていった。

第五章 乳母の告白

 ここのところ、貴公子さまの乳母さまの顔色が良くない。
 貴公子は、部下に広いみちのくの村一帯を捜索させようと会議を開いていた。それぞれ、雀司家に仕えている武士が、みちのくを分割して捜索の割り当てをされるところだった。
 乳母さまは、会議の行われている住居の隙間から覗いて、ようやく貴公子さまを呼び出した。
「乳母や、何か?」
「隣の住居へおいでくださいまし」
 そこで乳母が打ち明けたことは、貴公子を驚愕させた。
「実は……春雷丸さまは、どこにも行っておられませぬ。都の雀司家の離れの塗り籠めにいらっしゃるのです」
「万が一、北の民が取返しに来るやもしれぬと、若さまがおっしゃいましたのでお匿い(かくまい)したのです」
「それは、北の民族が徒党を組んで、もし都へなだれ込んだ際のことだ。まずはあり得ぬのだが、そう注意した覚えはあるな。では、ここしばらく、ちい若はあんな薄暗い風も通らぬ場所で――塗り籠めで過ごしていたのか」
「はい。お食事はお運びして、お勉強の時は連れ出し申し上げて……。二のお方さまが肖像画をお描きになった時も、お連れ申しました」
「では、此度、我らが北へやってきたことも無駄であったのか?」
 貴公子の眉間がしかめられた。
「巫女のしのりさまが遠見の術を使って、都に春雷丸さまがおいでのことを言いあてられました。私の口からは――、お叱りを受けると思い、どうしても申し上げられませんでしたッ」
 細々とした声で言い終わると、乳母さまはその場に正座し、ガバッと頭を下げた。
 会議から抜け出したふたりを見ていた豆紗も、握り締めたこぶしを震わせていた。
(どうか、若さま、乳母さまを叱らないで差し上げてくださいまし。乳母さまはちい若さまを守りたい一心で塗り籠めに隠されたのですもの)
 胸の中で繰り返していた。

第六章 発見

 どこの屋敷だか、小さな若君には分かっていないが、塗り籠めの部屋に何日か閉じこめられている。
 お呼びがかかると、屋敷につながる簀の子を歩いて、いつものお屋敷に行けるのだから、そんなに不安にはなっていないが、ずっと薄暗い部屋にいるのは少し心細い思いだった。
 夜などはひとりで冷えた布団に入る時に、
(豆紗かかさまのお布団へ行きたいなあ。いい匂いがするもん)
 などと思っていた。

 ある日、格子のある唯一の小さな窓から、天女のような女性が覗いて、
「若君、ここにいると、若君の父上さまも母上さまも、お役人さまに捕まってしまうわよ。今、カギを開けて差し上げるから出ておいでなさい」
 と告げる。
「お姉さんは誰?」
「若さまの父上さまと母上さまの知り合いです」
 その女性の言う通りにしてついていくと、いつの間にか、子どもたちが大勢で遊んでいる草原に来た。
 しばらく仲間に入って遊んでいると、迎えに来たのは父上さまではないか。
「ちい若、父だ! 元気にしていたか?」
 貴公子さまはちい若君に駆けより、抱きしめた。
 ちい若君も、
「てて〜〜!(お父さまの幼児語)」
 大声で叫んで、父上の腕の中に飛びこんだ。
 息子が都にいると知った貴公子は、すぐさま、部下を連れて都へ引き上げたのだった。
 ちい若君を連れ出した天女のようなおなごの姿はいつのまにか消えていた。

 一行がちい若君を探し出すという目的を果たし、都に帰ってしばらくすると「かわら版 第一号」が発刊された。
 書いたのは、女性記者だという。
「雀司家の若君、発見!」という大見出しで、若君が北関東の常陸の国で発見されたと書いてあった。
 それが真実か否か、文字の読める庶民にも確かめるべくもないが、かわら版のことで都の話題は持ちきりだった。
 竪穴式住居の挿絵入りで、絵師の名前は無かったが綿密な挿絵は褒められていた。
 まずは、若君が無事に帰ったこと、健康であることが祝われる言葉が添えてあった。


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