第2回 仙台にて秋を想う

掲載日2013/06/25
著者かねしろさく
イラスト林 加奈子
 平成二十四年の十月中旬、祖父の十三回忌のため宮城県仙台市へ訪れた。
 仙台市は内陸部であるため津波の被害も少なく、親族や友人もみな無事だった。街並みも震災以前とあまり変わらない。仙台市に住んでいる家族の口からももう震災の話題はほとんど出なかった。
 東京はまだ暖かい日が続いていたが、仙台はすっかり秋である。紅葉しはじめた木々や澄んだ快晴の空が鮮やかだった。法要を行うお寺は市街地を少しはずれた山あいにあり、道中私たちに秋の風情をたっぷりと見せてくれた。
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 お寺の本堂へ通されお坊さんにお経をあげてもらう。しんと冷えた空気に染み込んだ線香の匂いを嗅ぐと、自然と背筋が伸びた。ひさしぶりに正座をした気がする。家族一同、姿勢を正して神妙にお経を聞いた。
torisuwa_2_s4  お経をよみ終えてからお坊さんは世間話をしてくれた。お坊さんの話によると、震災前は毎年ほとんどすべての檀家が欠かさず法要をしていたらしい。だが、震災以降のこの二年は法要を申し込んでくる檀家が五割から七割ほどに減ったのだそうだ。檀家の方々が被災していたり、生活的にも精神的にも故人の法要をするための余裕がなかったり、理由はさまざまなようだが……とお坊さんは言う。
 また、このお寺の柱にも地震のせいでヒビが入り、修理はまだ万全ではないらしい。震災の傷跡はこんなところにも残っていたのだと、改めて思う。

 この後は家族で旅館に宿泊する予定である。今回の帰郷の目的は法事だけではない、ひさしぶりに家族そろっての団欒も兼ねていた。それに法要も十三回忌にもなればもう明るいものだ。旅館では亡き祖父の思い出話に花が咲いた。
 泊まったのは秋保の温泉旅館だ。夕食を終え部屋へ戻ると、父がいつになく真剣な顔で

「話したいことがある」

と言う。私は父の近くに正座で座った。父は来年退職するとのことだった。父はもう五十も半ば、人生の秋、という言葉が脳裏に浮かぶ。
 親が老いたと実感するのは心細いが、それ以上に背筋の伸びる思いだった。精神的な自立を意識せざるをえないからだ。
 正座したまま私は言った。

「今までおつかれさまでした。どうもありがとう」

 そして、そういえば今日はたくさん正座してる……と気づいたのだった。祖父の法要と父の退職報告、それぞれ理由は違えどとても大事だ。
 厳かな気持ちになるとつい自然と正座をしてしまう。日本人の性というか、昔からずっと続く、私たちの「誠意の示し方」のひとつなのだろう。
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