[10]キラキラ輝く世界


タイトル:キラキラ輝く世界
分類:電子書籍
発売日:2016/05/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:32
定価:200円+税

著者:佐倉 ひかる
イラスト:RENKA

内容
見慣れた景色、変わらない日常、足の痺れた感覚が呼び起こす憂鬱な記憶――高校生活二度目の春は何とも面白味もないものだった。そんな私の灰色の日常に、彼は突然現れた。凛とした空気をまとったその姿はただ正座をしているだけ。ただそれだけのことなのに、何よりも美しいその姿は、私の眼を、心を捕らえて離さずに、つまらない私の日常を緩やかに壊していった。

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本文

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 窓の外では柔らかな陽射しに照らされて、薄紅色の花弁が風に舞い踊る。グラウンドから響くのは運動部の活気に満ちた声で、それに負けじと校舎の上階にある音楽室からは、吹奏楽部の奏でる楽器の音が響いていた。
 去年の今頃は、その一つ一つがとても新鮮で、新しい何かが今にでも始まるのではないかと、期待に胸を膨らませていたけれど、高校生活で迎える二度目の春は、一年前とは打って変わって、何とも面白味も新鮮味もないものだった。
 今の私の目には、窓の外で踊る桜も、廊下に舞うほこりも、大差なく映る。
 それくらいに、私のちっぽけな日常は、マンネリとしていた。
 高校に入ったくらいで、日常が劇的な変化を遂げる訳なんてないのに、一年前の私はこの景色に一体何を期待していたのだろうか。
「バカみたい」
 目的の部屋の前で、足を止めると、小さく言葉と溜息を溢した。そして、すぐにそれらを掻き消すように、少し乱暴に引き戸を引く。すると、カラカラと乾いた音を立てて、私の所属する茶道部の扉は開いた。
「お疲れさまです」
 既に部室にいた先輩にお決まりの挨拶をして、慣れた動作で上靴を脱いで、畳の上に上がる。殆ど無意識に正座をして部屋の隅に座ると、ぐるりと部室内を一周見渡す。けれど、部員と言う色を少し変えただけのこの景色は、やっぱりこの一年で、すっかりと見慣れたつまらないものでしかなかった。
 いや、違う。そもそもこの空間は、最初からとてもつまらないものだった。
 何故なら中学の頃も私は、茶道部に所属していて、殺風景な部屋に畳の敷き詰められたこの空間は、中学のそれと何ら代わり映えせずに、部員が少ないのも、小うるさい先輩がいない代わりに、素敵な先輩がいないところも、中学の頃と全く一緒で、特別に和菓子やお茶に思い入れがある訳でもない私にとってここは、始めから何ともつまらない空間でしかなかったのだ。
 勿論、新しい環境で、違う部活を選択することは、いくらでも可能だったし、現に入学当初は、違う部活に入ろうと、そう決めていた。
 けれど、結局、私が選んだのは、嫌になるくらいに見慣れたこの景色だった。
 新しい何かを望んでいた筈なのに、変わることが怖くて、結局、今までと何ら変わりない無難な道を選んでしまった。
 無難――その言葉はまさしく私の人生そのものだった。
 テストではいつも平均点。スポーツも特別上手い訳でも下手な訳でもなく、容姿も人並みで、何か人に自慢出来る特技がある訳でもない。どこにでもいる普通の女の子。それが私だ。
 それがずっと嫌だった。特別な何かになりたいと、そう願っていた。
 高校生になって始まる新しい生活は、自分を変える絶好のチャンスだった筈なのに、失敗することを恐れた私は、結局、またこの無難な道を選んでしまった。
(ああっ――つまらない、つまらない、つまらない!)
 そう叫んで、泣き喚いてしまいたかった。
 けれど、駄々をこねたところで世界は変わらないことくらい、私はもう知っている。十七歳になる私は、現状をすんなりと受け入れられる程に、大人にはなれてもいなかったけど、でも、叶わない夢を抱ける程に無知な子供でもなかった。だから、もう少し大人になれる日を待って、この可もなく不可もない平凡な道を歩いていくしか、私に残された選択肢はないのだ。
「田中さん、お茶飲むでしょ?」
 私の未来が平凡なものであることを肯定するように、部長が平凡な私の名を呼んだ。
 お茶なんて正直どうでも良かったのだけれど、折角、部室に顔を出したのだから「頂きます」と作り笑いで答える。
 その言葉に、部長は慣れた手つきで、茶碗に緑色した粉末とお湯を注ぐ。ぼんやりとその所作を眺めていると、部屋の中にはやがて、シャカシャカと茶筅が茶碗の中の抹茶を点てる音だけが、静かに響き始めた。小気味良いその音は、今ではすっかりと聞き慣れて、新鮮味の欠片もなく耳に馴染んでいた。
 じきに渡されるその茶碗に口をつければ、もうすっかりと慣れて、苦いとすら思わなくなった抹茶の味が口中に広がる。そうして、また平凡な私の一日が終わっていく。
 あと何回こんな日常を繰り返すのだろうと考えて、だけど、嫌気がさして、考えること放棄した。
 そんなことよりも、久し振りに少し痺れた足をどうするかの方が今は重要だ。

 帰宅部が帰るには遅く、運動部が帰るには早いこの時間帯の昇降口に、生徒の数はまばらだ。これも見慣れた日常で、いつもと何ら変わりがない。
 機械的にローファーに足を突っ込んで、トントンとアスファルトの地面を叩くと、その感覚に少しだけ違和感が生じた。痛むほどではないけれど、まだ微かに痺れが残っている。
 足が痺れる回数こそ、最初の頃より随分と減ったけれど、いや、だからだろうか? この感覚にだけはいつまで経っても慣れやしない。そして正座がもたらす足が痺れると言う独特の感覚は、抹茶よりも苦々しい記憶を蘇らせる。
 中学の頃、お菓子が食べれるからと言う理由で、一緒に入ろうと私を茶道部に誘った友人は、足が痺れるからと言う理由で、私を置いて早々に退部した。そして何となく入った陸上部で次第に好成績を収めるようになり、彼女はスカウトで強豪校に進学した。去年も一年生ながらに大活躍をしたのだと他の友人から聞いた。
 足の痺れる感覚は、ふいにその友人を思い出させることもあり、どうも苦手だ。
 もちろん、友人として誇らしい気持ちもあるが、それ以上にどうしても自分との差を感じてしまう。彼女は私がなりたくてもなれない特別に、あっさりとなってしまったのだから。
 それでも一年前の今頃は、まだ、私だって彼女のように特別な何かになれると、なれる何かがきっとあると、舞い散る桜の花弁に希望を抱いていた。
 けれど、一年が経って、その気持ちはとうに萎れてしまった。
 私は結局、平凡な私でしかなくて、新しく何かに踏み出すことすらも出来ない無難な女でしかないのだ。
「……帰ろ」
 きっとこんなにもセンチメンタルなのは、新学期が始まって、浮き足立ってる周りの空気に急かされているせいだ。
 去年だって、平凡だけれど、それなりに楽しい日々を送ってきたじゃないか。
 それに、来年になればまた受験生だ。今は自由でいられる高校二年生と言う時間を、目いっぱいに楽しむべきなのだろう。
 無理矢理に自分にそう言い聞かす頃には、足の痺れは、もう消えていたから、憂鬱な気持ちごと上靴を下駄箱に押し込んで、振り切るように昇降口を後にした。


 薄暗い廊下に窓から差し込む陽射し。運動部の掛け声。吹奏楽部の演奏。昨日とも一年前とも代わり映えのしないように見える景色は、けれど、緩やかに日々の姿を変えて、薄紅の花弁は気付いた時には既に、葉桜となり、茶道部にも新しい部員がぽつぽつと増えた。
 彼らが新しい学校や部活に、それなりに馴染む頃には、私のセンチメンタルな気持ちもどこかに吹き飛んでいて、平凡ながらそれなりに楽しい日々を送っている。
 大型連休も終わった今、殆どの生徒の目下の悩みはもうじきやってくる中間テストで、茶道部も今日を最後にテストが終わるまで、暫くの間、休みに入る。
 テスト前最後の部活は気が重い。これが終わったら勉強と向き合わなければいけなかと思うと、いつもと変わらずカラカラと鳴く扉の音ですら、どこか重苦しい気がした。
 けれど、扉を開いた瞬間に、視界いっぱいに飛び込んできた景色に、そんな気持ちは一瞬で影を潜めた。
 殺風景な空間に敷き詰められた畳。微かに漂う井草の匂い。
 いつもと同じ空間に、見たことのないその人はいた。
 畳の上、揃えた足を折り畳み、背筋をピンと伸ばして、真っ直ぐに前を見据えている。
 ただそれだけだ。それだけのことなのだ。それにも関わらずその姿は形容しがたい程に綺麗で、私は思わず息を呑む。
 それとほぼ同時に、顔だけをこちらに向けた彼の双眼と視線が合い、私の心臓は今まで聞いたこともない音量で、大きく跳ねた。
「あ、チィース……じゃねぇ。えっと、お疲れさまっス」
 彼が口を開いた瞬間に、今まで確かにそこに在った凛とした空気は、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。けれど、高鳴ったままの心臓が、平凡な日常をまだ返してはくれない。
「え、えっと……」
 戸惑いを隠せずにいると、体ごとこちらに向いた彼は、屈託のない――けれど先程の雅やかな横顔とは到底結びつかない笑顔を浮かべて、言葉を続ける。
「俺、一年三組の鈴木武っス! 今日から茶道部入ったんでヨロシクっス」
「に、二年の田中です」
 未だに落ち着かない心音を抑え込むように、絞り出した言葉に、彼――鈴木君はもう一度にっかりと人懐っこい笑顔を浮かべると、一転、今度は眉間に皺を寄せた。
「あー、ダメ! もう限界っ」
 そう叫ぶのと同時に、体の重心を極端に前に傾けると、必死の形相を浮かべて、両手で体を支える。先程の美しい正座の面影は微塵もないその姿に、複数の笑い声が重なって、そこで初めて私は既にもう何人か部員が集まっていたことに初めて気が付いた。
「あれー? もう限界?」
 お茶を点てる準備をしながら三年生が笑う。
「むりっス。足痺れ……った」
 うー、と小さく呻きながら鈴木君が言葉を返す。その様子にやっぱり笑いながら「まあ、足崩していいから気楽に、気楽に」と部長が告げると、それを合図に鈴木君は派手な音を立てて前に倒れ込み、部室には呆気にとられたままの私と、苦しむ鈴木君以外のみんなの笑い声が響いた。


 中間テストが返却されて数日が経つ頃には、鈴木君は持ち前の明るさで、部のマスコット的存在になるほどに部員には馴染んでいた。けれど、彼は兎に角、正座が苦手だった。
 それは衣替えの季節を迎えて、夏服に身を包んでも、夏休み前の最後の難関――期末テストを迎えても変わることはなく、正座を開始すると五分と経たずに足を痺らせて、ひっくり返るのを部活の度に、日に何度も繰り返している。その姿は時折、中学時代の友人を彷彿とさせた。けれど、すぐに茶道部を辞めた彼女とは違って、夏の終わりを告げる涼やかな風が吹く季節になった今でも、彼は茶道部の一員であり続けた。
「うー、あー……、も、限界」
 今日だけで三度目のその言葉が部室に舞う。時計の針はさっき彼が正座を始めてから、ほんの僅かにしか歩を進めていない。
「鈴木君さー、茶道部って言ってもうちそんな真面目な感じじゃないし、別に無理に正座しなくてもいいよ?」
 茶碗を片付けながら部長が言う。その言葉は既に部員の耳に馴染んだものだった。そしてこの後、返ってくる答えも部員ならば誰もが予想出来た。
「嫌っス! 無理っス! 大丈夫っス!」
 テンポ良く紡がれた言葉。この会話は最早、我が部の定型文と化していた。相変わらずの様子に、部員達は揃ってクスクスと笑う。鈴木君がこの部にやってきて以来、茶道部には笑い声が増えたように思う。
 ちらりと横目で鈴木君の姿を視界の端に映す。畳に突っ伏したその姿に、春の日の景色は何一つ重ならない。アレは幻か或いは白昼夢だったんじゃないのかと、自分の目と頭を何度も疑ったけど、例えあれが夢や幻でも瞼の裏側に鮮明に焼き付いたその姿は、決して消えないまま、確かに私の中で凛と在り続けた。
 だけど、足の痺れに呻くその姿に、あの日の再来はどうしても期待出来ない。その事実が無性に私を寂しくさせて、同時に私を酷く苛つかせた。だから同じ部室でそれなりの時間を共有するようになった今でも、私は鈴木君と会話らしい会話をしたことがなかった。

「田中先輩ってどうやって正座してます?」
 文化祭も終わり、部員みんながどこか気の抜けた様子だった日の部活後、帰り支度をしていたら、突然、鈴木君に声をかけられた。
「どうやってって……、えっと」
 正座の仕方なんて見たまんまだ。今までロクに考えたこともない。どう答えればと迷っていると、吸い込まれそうになる程に真っ直ぐな瞳と視線が合った。ドキリと高鳴る心臓に、思わずあの春の日の情景を思い出す。
「ちょっと待ってね」
 少し上擦ってしまった声を誤魔化すように一つ咳払いをして、腕にかけたカバンを傍らに置くと、改めて座り直す。
 両膝をついてそのまま足の上に上体を下すと、鈴木君の真剣な瞳が射貫くように私の姿を追うのを感じて、心臓が大きな音を立てるのを感じた。
 ドキドキ、ドキドキ――壊れてしまいそうな高鳴り。けれど、この感覚は決して嫌じゃない。
 目を閉じて、瞼の裏側に浮かぶ春の日の彼の姿をなぞるように姿勢を正す。
(重心は少し前にかけて、背筋を正して、顎を少し引き、真っ直ぐに前を見据える)
 いつまで経っても忘れることのできない姿をなぞるように、頭の中でそう呟いて、ゆっくりと瞼を開いた。

 殺風景な空間に畳が敷き詰められた部屋、微かに漂う井草の香り、遠くから聞こえてくる運動部の掛け声と吹奏楽部の演奏、代わり映えしない窓の外の景色――全部全部、ずっとここに在ったものだ。何一つ変わっていない。変われていない。なのに、どうして?
(何これ?)(世界がキラキラ光ってる)

「やっぱすごいっスね」
「え」
 ぼんやりと輪郭を失った声が、突然現れた夢のような空間に、ゆっくりと広がっていく。
「俺、この部、つーか、この学校に入ったのって、田中先輩みたいになりたくてなんです」
「私みたいに?」
 鈴木君の言葉は少しずついつもの輪郭を取り戻していく。けれど、煌いた世界はまだ続いていた。
「先輩知らないかもっスけど、実は俺、先輩と同中なんスよ。で、まー、結構ヤンチャしてたかなー、みたいな? んな感じで腐ってたんスけど、うちの中学って茶道部一階にあったじゃないっスか。で、たまたま前通りかかったときに先輩のこと見つけて。で、その姿がただ座ってんだけなのに、なんつーか……その、キレイでかっこよくて、周りがキラキラして見えて、えーと」
 いつもの人懐っこい笑顔はそこにはなく、その代わり、はにかんだような、不貞腐れているようなその表情は、ひょっとしたら照れているのだろうか。その証拠に少し傷んだ黒髪の隙間から覗く耳は赤く染まっていた。
 そのことを誤魔化すように「と、とにかく」と、少し語気を強めた鈴木君はそのまま言葉を続ける。
「先輩の姿が忘れらんなくて……んで、先輩に近づきてーな、と思って俺にしてはこの高校レベル高かったんスけど、去年一年まじ死ぬ気で勉強頑張ったんスよ。ただ受験は何とかなったんスけど、正座はどうも苦手で……」
 一旦言葉を区切ると盛大な溜息を一つ。それが彼の苦労を物語っていた。
「ほんとは先輩みたいにビシッてかっこよく正座出来るようになってから入部するつもりだったんスけどね……。結局、一ヶ月かそこらしか我慢出来なくて、かっこわりぃとこばっか見せてて……、俺、まじでダセェ」
 言葉が少しずつ小さくなっていくのと、同時にその表情は不安気なものに変わっていった。そして、あぐらをかいていた足を抱きかかえると、その膝に顔を埋めてしまったから、言葉が終わる頃には、その表情すら読み取れなくなった。代わりに覗かせたつむじが妙に愛しくて、私の手は無意識に鈴木君の頭に伸びる。
「先輩」
 私の指先が触れるよりも先に、膝に顔を埋めたまま鈴木君が言った。それで初めて自分が彼に触れようとしていることに気が付いて、私の頬は瞬時に熱を灯す。慌てて手を引っ込めるとそれを合図にしたかのように、彼は顔を上げた。
「好きです」
 すとん、と、欠けたパズルのピースを埋めるように、私の中に降って来た言葉は、心にしっくりと馴染んで、でも、私の頭が少し遅れてその言葉の意味を理解すると、大きな波紋を描いた。
「で、でも私なんか何も取り柄もないただの平凡な人間で、」
「そんなことないっス! 少なくとも俺の中じゃ先輩以上に特別な人なんていないっ!!」
 言いかけた言葉を遮る鈴木君の声も瞳も真剣な熱を帯びていて、その熱はまるで足が痺れた時のように麻痺していた私の心の奥底の憂鬱を溶かしていく。
「好き、です。最初はただの憧れだったけど……でも、今はまじで先輩が好きなんです」
 それはまるで魔法の呪文のようで、溢れ出る喜びにキラキラ輝いた世界がぼやけていく。
 滲んだ景色は尚も輝いていた。その中で慌てた様子の鈴木君がおかしくて、私は肩を揺らす。その微かな衝動で、じわりと足に痺れが走った。それと同時に、現実感は突然に私の元に帰って来たけれど、以前のような中学時代の友人を妬む気持ちは、もう私の中からはすっかりと消えていた。


 窓の外では柔らかな陽射しに照らされて薄紅色の花弁が風に踊り、グラウンドから響くのは運動部の活気に満ちた声で、それに負けじと校舎の上階からは吹奏楽部の奏でる楽器の音が響いていた。
 去年と同じ風景。だけど、それだって毎年ちょっとずつ違うのだと、今の私は知ってる。
 三年生となった私は、高校生活最後の春を迎えていた。
 去年の冬、三年生が引退するのと同時に、私は部長と顧問から新しい部長に任命された。人数が少ないからと言っても、私以上の適任はいくらでもいる。少し前の私なら、怖気づいて断っていたかも知れない。けれど、キラキラと輝いた世界が私の背をほんの少し押してくれた。
 最初は戸惑うことばかりだったけれど、学年も変わった今では、少し慣れた。周りも私を受け入れて、助けてくれている。
 それでも、新入部員が入らなかったらどうしようとか、進路が決まらなかったらどうしようとか、悩みは色々と尽きなくて、通い慣れた部室へと続く道は、不安と期待でいっぱいだ。
 カラカラと乾いた音を立てて戸を引いた。
 殺風景な空間に敷き詰めらた畳。微かに漂う井草の香り。そこにあるのは、見慣れた横顔。
「ちょっとは正座出来るようになった?」
 からかうようにそう言うと、彼――鈴木君は得意気な顔をしてこちらを向く。
「そりゃーもう、次の部長を任して貰えるくらいには」
「それはお茶のお点前で決めます」
「では、一服どうっスか?」
「頂戴します」
 背筋を正して、顎を引いて、前を見据えて、座るだけ。それなのに、ほら、こうすれば私達の世界はいつだって輝いている。


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