[231]恋占いラビット正座



タイトル:恋占いラビット正座
発行日:2022/07/01

分類:電子書籍
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:48
販売価格:200円

著者:海道 遠
イラスト:よろ

内容
 愛美兎神社で巫女さんのバイトをする女子高生の美琴は、神社のバイトに張りきっている。
 神社では、境内で飼っているウサギたちのうち、二羽をカップルそれぞれが正座した膝の上に十分間乗せられたら、結ばれるという恋占いを実施していて人気が高まっている。
 ある日、美琴が密かに憧れている隣のクラスの英介くんが彼女とやってきた。だが、ウサギたちは膝から逃げてしまう。
 宮司さんの提案で、英介くんたちに正座の稽古指導をする美琴。

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本文

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第 一 章 愛美兎神社

「行ってきま~~す!」
 白い着物に、真っ赤な袴をひるがえして飛び出していく美琴は、高校二年生の女の子だ。
「日曜までバイトなの、美琴!」
 母親の声が追っかけてくる。
「あったり前じゃないの、ママ。日曜こそ、参拝のお客さんが多いんだから!」
「たまには勉強しなさいよ~~!」
 美琴はウサギ神社の巫女さんのバイトしている。
 通称、愛美兎神社と言われている。
 ウサギの逸話が残っているとかで、美琴は詳しく知らないが、神社の裏庭には深緑色の池があり、赤い鳥居が守っている。何かいわくつきの池らしい。

 何年か前から宮司さんのアイデアで、境内で放し飼いしているウサギたち二十羽を恋占いに使っている。
 ウサギの恋占いとは、カップルそれぞれに正座してもらい、その膝にウサギを乗せて十分間じっとさせていられるかどうか? の占いである。十分もじっとしているかどうか、ウサギの性質やご機嫌にも左右される。
 他にも、巫女さんたちはウサギの形のクッキーを焼いて販売している。
 美琴は、バイトしている時は楽しいのだが、
「バイトばっかりしていないで、来年は受験生なんだから勉強しなさい!」
 ママの小言がうっとおしい。父親は帰宅が遅いし、母親と顔を合わせるのがおっくうになっている。

「やっほ~~! 今日もよろしくね、みんな!」
「おはよう! 日曜だから、張りきってるわね、美琴ちゃん」
 大先輩の巫女さん、山のような存在感の山女将さんが大きな声をかけてくる。
「おはようございます、山女将さん」
「おお、もうすぐ月次祭だから、はりきってるね、美琴ちゃん」
 放し飼いされているウサギたちにもナデナデして、スキンシップする。
「コタちゃん、ミルちゃん。今日もよろしくね。マシュマロちゃん、がんもどきくん、ちくわくんも頑張ろうね! みんな、お客さんのお膝に抱っこしてもらおうね!」
 巫女さんたちみんなで、社務所の奥の台所でウサギクッキーの準備をして焼き、それを五枚ずつ袋詰めしていく。
 みんなでデザインを考えたウサギクッキーは、どれも可愛くて参拝客に好評だ。社務所の売場の席は畳敷きで、正座してお客の応対をする。
 これがけっこう、しびれてこたえるのだ。なるべくしびれないよう、皆で正座の所作を習いに行ったこともある。

 ある日、神社にやってきたのは、美琴が密かに憧れている隣のクラスの英介くんではないか。それも知らない女の子と一緒だ。
(神社に英介くんがやって来るなんて! それも、デートだわ)
 英介くんは、いつもの通り濃いブラウンのヘアで真っ青なセーターを着ていて、清潔感満点だ。女の子は黒髪のロングヘアを可愛く編みこみにしている。
(うわあ、どうしよう!)
 美琴は顔が真っ赤になるのが分かった。
「ウサギの恋占いしたいんですけど……。あれ? 君は四組の……」
「羽田美琴です」
(英介くんが私のことを知っていたなんて!)
「巫女さん、やってるんだね。ウサギの恋占いのやり方を教えてもらえるかな」
「は、はい」
 ウサギの恋占いは、ふたりが正座する上にウサギが十分間乗っていれば、その恋が実るという単純なものだ。
 美琴は面白くないのを顔に出さずに、ふたりを本殿まで案内して、
「正座してください」
 と告げた。ふたりはモソモソとした動作で正座し、白い割烹着エプロンを着けてもらい、膝にそれぞれウサギを乗せてもらう。
 ランダムに選ばれたのは、ミニウサギの男の子でグレーのコタとネザーランドのベージュの女の子ミル。コタはたったの十秒で膝から飛び降り、ミルは三十秒でぴょんとどこかへ行ってしまった。
(よしよし、それでいいのよ、コタちゃん、ミルちゃん)
 内心、シンデレラを閉じ込めた継母みたいに、ほくそ笑んだ美琴だ。
(いかん、いかん。これじゃ完全に意地悪ばあさんだわ)
 膝にウサギを十分間乗せることが、かなりハードル高いことが分かった英介くんと女の子は、ウサギを借りて練習していたが、なかなかうまくいかない。
「はい。ウサギさんが疲れますから、今日の練習はここまで。後は手を洗ってくださいね」
 美琴は素っ気なく告げた。

第 二 章 正座の稽古

「基本の正座がなっていない!」
 突然、背後から神社の宮司さんの声が飛んできた。
「美琴ちゃん。ふたりに正式な正座の所作を教えてあげてください。その方がウサギも安心して乗れるだろう」
 英介と女の子は、美琴の指導の下に正座の稽古をすることになった。

(どうして、私がふたりの正座指導をしなきゃならないのよ)
 美琴は唇をとんがらかせた。
 英介も不満たらたらな様子だ。
(どうして神社の恋占いくらいで、正座の稽古を受けなきゃならないんだ?)

★コタとミルの会話
(知らない人の膝にじっと座るなんて、耐えられないよ)
(イヤよねえ。いつもの美琴ちゃんなら嬉しいんだけど)
 ワラをかじりながら、グチをこぼし合う。

 美琴が奥座敷へふたりを案内した。緑の植木が美しい庭を通り過ぎ、廊下を渡っていく。
 宮司は紫色の袴を艶やかに揺らせてやってきた。美琴は静かに立ち、
「はい。ふたりとも、真っ直ぐに背すじを伸ばして立ってください」
「はい」
 英介くんと彼女は言われるとおりにする。
 背の高い英介くんと彼女が並んで立つと、彼女の背は英介くんの肩にも届かない。その身長差がよく似合っているので、美琴はジェラってしまう。
 美琴は日頃から背が高めなのを気にしているのだ。
「畳の上に膝を着き、女性はスカートをお尻の下に敷き、かかとの上に静かに座ります。両手は膝の上に静かに置いて。出来ましたか?」
「は、はい」
「はい」
 ふたりとも、どうにか美しい正座ができた。
 その日は正座のお稽古だけ受けて、ウサギの膝乗せは、来週に持ち越しする。

 次の日曜日、英介くんと彼女がまたやってきた。ウサギの恋占いに挑戦する。美琴も同行して、巫女さんがコタとミルを抱っこして連れてきた。
 英介と彼女は正座をして、ウサギを待ち構えている。コタとミルがそれぞれの膝の上に置かれる。
(わ~~ん、おいら、今日はやだ! 知らない人のお膝に抱っこされるの、やだ!)
 嫌がって足をバタつかせたコタは、逃げ出して庭へ飛んで行ってしまった。続いてミルまで。
(コタちゃん、どこ行くの、アタチも連れてって!)
 美琴も急いで後を追う。
 興奮したウサギたちは裏庭に迷い込み、緑色の池に飛びこんでしまった。
 バッシャ~ン!
「きゃあ、コタちゃん、ミルちゃん!」
 美琴は大慌てで池に飛びこむ。
 深さは腰の辺りだが、ぬるぬるした底にすべってしまった。たっぷりした袴がじゃまになって溺れそうだ。
「み、水が冷たい! 緑色で何も見えない! 袴が絡みついて……。ごぼっ」
 自分までおぼれてしまう! と思った時、肩に手を回して引き寄せてくれた逞しい腕がある。
(だ、誰?)
 不意に呼吸が楽になり、美琴は池のほとりで我に返った。
 ひとりの青年が、全身みどりの藻だらけになって助けてくれたのだ。
「大丈夫ですか? 巫女さん。飛びこむなんて無茶ですよ」
「でも、コタちゃんとミルちゃんが……」
 白い着物も朱色の袴もびっしょり濡れてしまって、身体の線が見えすぎている。
 青年に人口呼吸されたのかどうか、覚えていないのでドギマギする。巫女さんたちが、大急ぎで美琴を本殿まで支えていって着替えさせてくれた。
 ウサギたちは、いつの間にか岸辺に上がっていて無事だった。
(良かった。泳げるんだね)

第 三 章 志島青年

 美琴を救った青年は、獣医学生の志島と名乗った。無精ひげを生やした冴えない男だ。
「ウサギに十分間じっとしていろというのは、ちょっと無理かもしれませんね。居眠りしているなら別ですが」
 苦笑する。
 宮司が、
「じゃあ、どうすればいいでしょう? お客さんたちには好評なんですが」 
 志島は落ち着いて答える。
「正座して待つのみです。ウサギがじっとしてくれるのを待つだけです」
 気長な恋占いになりそうだ。
「ウサギが乗っていたいと思うような、ゆったり静かな正座ができるようになれば寄ってきますよ」
 志島の意見を聞いて、英介くんと彼女は、仕方なくウサギの恋占いを諦めた。ふたりとも残念そうだ。
(二羽に逃げられたんじゃ、ばっちり「凶」だもんねぇ)
 美琴は、同情したい気分と「あかんべえ」したい気分が半々だ。

「志島さん。先日は溺れそうなところを助けていただき、ありがとうございました」
 マウス・ツー・マウスされたのか、水で濡れてびしょびしょになった身体の線を見られたのか、美琴は気になるが、とりあえずお礼は言わなくては。
 本堂の縁側で温かいお茶を出した。
「いや、無事で良かったですよ。あの沼は泥が深いですから」
「沼で何かの研究をされているのですか?」
「池に棲むと言われている金色の大ナマズやその他の外来種の魚の存在を確かめているのです。時々、ほとりの鳥居の辺りから水面を見た人から、金色のものが見えるという情報があるのでね」
 池には昔から、金色の龍が棲んでいるという言い伝えがあり、池に立ち入ることは宮司が禁止していたのだが、志島はこっそり来ていたのだった。
 美琴は、しらけ切っている。
(金色のナマズが池に棲んでいるなんて本当かしら?)

 しばらくして、神社のウサギにご機嫌の悪い子が続出した。
 本来、ウサギはツンデレの子が多く、静かな環境で好きなように生活するのを好む。
 志島の言うように、参拝客の膝の上に抱っこさせるのは、ウサギにとって体調を崩すほど苦痛なのではないかしら? と、美琴たち巫女さんは心配になってきた。
 しかし、せっかくウサギを膝に抱っこする恋占いが人気で、参拝客が増えてきたのに、宮司さんに取りやめることを提案することも言い出しにくい。
 裏庭の池に行き、志島にそのことを相談してみた。
「そうですねえ」
 志島は真面目に相談に乗ってくれた。
「ウサギ喫茶も存在しますから、ウサギの性格によって向き不向きがあるようです。恋占いのウサギとしてデビューさせるまで、しばらく人間に慣れるように普通のご家庭で飼ってみて、性格を見分けてみてはどうでしょう?」

第 四 章 ミルちゃんと一緒

 ミルちゃんを普通の家庭で慣れさせるため、美琴はキャリーバッグに入れて家に連れて帰った。
 運悪く、母親はウサギやネズミが苦手だ。
「キャ――! 美琴! そのバッグに入ってるのは何?」
 大きな悲鳴をあげてしまう。
「ウサギよ」
「ウサギ? ママ、げっ歯類がダメなのを知ってるでしょ! どうして?」
「仕方ないじゃない。神社のウサギを人間に慣れさせるためなんだから。しばらく自宅に預かることになったのよ」
「また、神社のバイトのせい? 神様のご利益があるどころか、ママには災難だわ!」
「ママ、そんな言い方って」
「絶対にキャリーバッグから出さないでよっ!」
「そうはいかないわ。ケージに移して、時々、部屋の中を部屋んぽ(部屋の中を散歩)させなくちゃ」
「なんですって! と、とんでもないわ」
 母親は真っ青になった。
「おいおい、なんの騒ぎだ」
 父親が帰宅した。妻と娘の口論に呆然としている。美琴から事情を聞いた父親は、
「そういうことなら仕方ないな。ママ、ウサギに罪はないんだ。しばらく辛抱してやってくれ」
 足元にはミルがウサギの正座をして、しょんぼりしている。なんとも健気な心に沁みる姿だ。
「ママ、お願い。ほら。ミルちゃんもウサギ流の正座をしているわ」
 ちょこんと座る可愛い姿を見ては、母親も承諾せずにいられなかった。
(これが、本当に心のこもった正座のお辞儀なんだわ)
 ミルから学んだ美琴は、母親から習った正式の所作の正座をして詫びて、ミルにも謝って一生懸命に好きそうな餌を与える。
「ママ。私が学校へ行っている間、ミルちゃんの観察をお願いできる? 餌を食べているか、ウンチが正常かどうか」
 母親は、娘の留守中に、最初はケージに近寄るのさえイヤな顔をしていたが、「こわいけど、気になる存在」に、おそるおそる近づき、美琴が用意していた乾燥野菜を与える。
★ミル(なんだか、美琴ちゃんの匂いに似た女の人が好きな乾燥野菜をくれるわ)
 最初は食べなかったミルも、だんだん慣れてきて、ひと口食べる。
 それは画期的なことだった! ミルは今まで乾燥野菜が苦手で果物とウサギ用の餌しか食べなかったからだ。
 美琴が家に帰ると、母親は仲良くパイナップルを食べさせていて、ケージの掃除もきれいにしてあった。
「えっ、ミルちゃんが乾燥野菜を食べたですって?」
 美琴は日頃、宮司さんから教えてもらった正座の作法で座り、母親にケンカのことを謝る。すると、母親も照れくさそうに謝り、
「美琴。私も食わず嫌いだったのかもしれないわ。ウサギも案外可愛いものね」

第 五 章 金色ナマズの正体

 ミルは、なんと美琴のママの膝の上に乗れるようになり、元気に戻ってきた。
 他のウサギたちも、それぞれ巫女さんの自宅にしばらく預かってもらい、膝に乗るお稽古をしてきたのだった。
 コタも、ちくわも、マシュマロも、宮司さんの自宅で人間の生活に慣れるようになった。

 一方、志島は、金色ナマズのことが諦められないで、ついに潜水服で池に潜り、それらしき物体を発見した!
 しかし、金色ナマズではなく苔に覆われた人形がウサギを膝に乗せている石像だった。
 池から見つかった苔に覆われたウサギの石像は、きれいに苔を洗い流すと、みずら(耳の両横で結う日本古代の男性の髪型)を結った神像がウサギを膝に置いて、愛でている姿だった。
 それを見た宮司さんは、
「これは、何かの伝説にまつわる石像に違いない!」
 神社の古文書を調べ始めた。
 しかし、何日経っても宮司さんの手に負えないので、博物館に依頼した。すると、弱っているウサギを介抱して元気にしたという伝説の神社のご神体の卯嶺尊だと判明する。

「なんと神々しい」
「美形の神様の石像ね」
 巫女さんたちが、神社に戻ってきた石像を眺めて、ため息をついている。それほどみずらを結った男神の石像は、目鼻立ちが麗しい。ウサギを介抱する手も優しそうだ。
(う~~ん、英介くんの方がイケメンだと思うけどなあ。だって若いそうだけど、あごひげ生やしてるなんて、私のシュミじゃないもん)
 美琴はひとり、「趣味じゃない派」だ。
「あ、どこかで見たと思ったら、発見者の志島さんによく似ていない? あごひげ生やしてるとこなんか」
 巫女さんのひとりが言うと、みんな、きゃあきゃあと言い出した。
「似てるわ! 伏せがちな目元とか」
「ウサギを介抱してるところなんか、池にはまった美琴ちゃんを助けた時とそっくりじゃない?」
「あの人、外見はワイルドだけど、おとなしくて優しそうだもんね」
 美琴の心臓がどっきりした。
(志島さんは私を助け出した時、人口呼吸したのかな?)
 忘れようとしていた疑念がよみがえる。巫女さんたちにも、聞くに聞けない。

第 六 章 お祓いしましょう!

「卯嶺尊だと……? うれいのみこと、なあ……。どうも神社の池から発見された神像にしては、「憂い」と同じで語呂が悪いなあ」
 宮司さんは神社のイメージが悪くなりはしないかと悩んでいた。
 奥座敷にお茶を運んできた美琴が、ひとり言を小耳に挟んだ。
「宮司さま! 良い考えがあります」
「なんだね、急に」
「志島さんが発見した金色の神様とウサギ像を神棚に納めて、お祓いの儀式をしてはいかがでしょう?」
「ん?」
「そうすれば『うれいのみこと』なんて、語呂の悪さからの縁起の良くないイメージなんて吹っ飛んでしまいますし、か弱いウサギを介抱している神様像が見つかったとなると、参拝者が急増、間違いなしですよ!」
「ほほう、なるほど。しかし、そううまくいくだろうか」
「お祓いの神事をいたしましょう! 私、一度、千早(巫女さんのお祓いの時の装束)を着て、鈴を振ってみたかったんですよ! 鈴を振って、舞って正座して」
「お祓いの神事か」
 宮司さんは、ウサギで有名な神社にぴったりだと思い、賛成した。
 巫女さんたちが立ち聞きしていて、
「宮司さん、同じことなら、石像そっくりな志島さんにも参加してもらって、お祓い神事と行列もやって町を練り歩きましょうよ。アピール度、バツグンですよ!」
「獣医学生の志島くんにまで参加してもらうのか?」
 宮司さんは意外な顔をした。美琴も、これには複雑な気分だ。
 しかし、巫女さんたちは大乗り気で、
「石像発見者は志島さんですよ! 生き神様と言っていいほど石像に似ていますもの」
「獣医学生なんだからウサギのことも愛しています。これ以上、うちの神社にぴったりな人はいませんよ!」
「ま、それはそうかもしれんが、志島くんが引き受けてくれるだろうかな?」

 本堂の奥で、池から発見した石像をひっくり返して観察していた志島のところへ、宮司さんと巫女さんたちが押し寄せた。
「お願いします」
 美琴以外の皆で正座して深く頭を下げる。
 志島は面食らった。
「俺が、神事に参加ですって?」
(なんで俺が)という表情だ。
「何かの役に立つのでしょうか? 僕の専門は獣医学で、考古学でも伝説研究家でも、神職でもありませんが……」
 巫女さんのひとりが、
「志島さんは、この石像の発見者ですもの。神社でお披露目するに当たり、貢献者というか保護者というか。お祓いなど神事に参加していただけるとハクがつきますから!」
「僕が貢献者? ハクなんかつくかな」
 はっきりしない志島に、じれじれした巫女長の山女将さんが、
「立ち入り禁止の裏の池に潜ったりしたことは、神社本庁や氏子総代さん(神社の地域住民の信者? 代表)にはナイショにしておきますから」
「えっ、神社本庁? 氏子総代さん?」
 志島の顔色が変わった。
(これじゃ、オドシじゃないの)
 美琴は密かに肩をすくめた。

第 七 章 お祓い神事

 池から発見された「卯嶺尊像」のお祓いと、行列は月次祭に催されることになった。
 月次祭には境内に色んなお店も出て賑わう。
 神社内では、「卯嶺尊像お祓いと行列」のために、氏子さんたちと町内会長、楽器奏者との打合せや、行列の段取りのために大わらわだ。

 そして、月次祭当日。
(なんか、私が「お祓いしましょう」なんて言ったから大変なことになっちゃった)
 美琴は責任を感じて小さくなっていた。そこへ、
「あれ? いつもの元気はどこへ行ったの?」
 声をかけてきたのは、志島だ。今日はスーツなんぞ着て、無精ひげを剃ってきれいにしているから、美琴は誰だか分からなかった。
「――志島さん? どうしたんですか、改まってネクタイまで」
「行列に参加するんだろ? 何を着ていいか分からないから、親父のスーツを借りてきたんだ」
「行列には、宮司さんのような狩衣で参加してもらいます」
「宮司さんみたいな? まるでコスプレじゃないか」
「いいじゃないですか。こんなご経験は一生に数えるほどかも」
 巫女さんたちにも用意されていたのでは、断り切れず、志島は狩衣という装束を生まれて初めて着て、行列に参加した。
 発見された石像は、外から見える簡易な輿に乗せられて、町内を練り歩いた。
 見物人は、
「あれが、神社の池に沈んでいた石像か……。まるで大国主命と助けられたウサギじゃないか」
 などと口々に言い合った。
 大国主命の話とは神代の時代の伝説で、向こうの島からこちらへ渡りたい因幡の白ウサギが、サメに「数を数えてあげる」と、騙して海に並ばせた上をぴょんぴょん飛んで渡り、怒ったサメたちに白い毛をむしられて泣いているところを、大国主命が通りがかり、白い綿のがまの穂の上を転がしてやってキズを治してやったという話だ。

 行列が神社に帰ると、お祓いの儀式が行われ、本殿の前では、美琴たちが千早を着て舞を奉納した。
 金色の扇がひらひらし、鈴の音色が鳴り響き、厳かな雰囲気に観客たちは、うっとり見物した。

 舞の奉納は無事に終わった。
 美琴たちが休憩室に座ると、その辺をうろうろしていたコタが、膝に乗ってきた。
「あら、コタちゃん。今日はお祭りだから、何かご馳走しましょうね」
 微笑んで撫でていると、隣に座った志島の膝に飛び乗った。
「あら?」
「コタちゃん、志島さんのこと気に入ったみたいですね」
 巫女さんたちが、
「卯嶺尊像そっくりだわ」
 と、はしゃいでいた。
 参拝路や、町の小路に出店がたくさん出て、学校から帰った子どもたちや、カップル、家族連れでにぎわった。

 美琴たちもお守り販売や、ご祈祷の応対に負われた。
 英介と女の子も見かけたが、もはや気にしている余裕もないほど、美琴はくたびれた。
 交代してもらって休憩室にいると、
「これ、どうぞ」
 志島がやってきて差し出したものは、飴細工のウサギではないか。
「可愛い。どうしてこれを?」
「ウサギを助けようと池に飛びこむくらいだから、好きなんだろうなあと思って」
 頭をかきながら、志島は照れくさそうに言った。美琴は驚いて受け取った。
「あ……ありがとうございます」
「溶けてしまうから、早いめに食べてください」
「あ、はい。溶けて耳が垂れ下がったら、ロップイヤーになっちゃう」
「ロップイヤーか。確かにそうだ」
 志島は初めてにっこりした。穏やかな笑顔だ。
「池にはまったウサギたちがおぼれないで良かった。ま、ウサギは泳げるけれどね」
「え、あの時……」
「ウサギが二羽、いきなり池に飛びこんできたんでびっくりしたよ。慌てて岸に引き上げた」
「じゃあ、私がおぼれそうになる前に?」
 美琴を救出する前に、志島はコタちゃんとミルちゃんを助けていたのだ。

第 八 章 氏子総長

 氏子総長が、大きなお腹を揺らせて、鼻息荒く神社へやってきた。
 行列を見物していた町内の人が、志島が神社の池付近をうろついていた目撃情報を氏子総長に知らせたのだ。
 本殿へずかずかと上がりこみ、石像に二礼二拝している宮司に詰め寄った。
「宮司どの。本日の行列に参列していた青年は、以前から立ち入り禁止になっている裏手の池のあたりをうろついていたそうではないか。行列を見た住民から通報がありましたぞ! そんな人物を許しておいてよろしいのですか」
 宮司はタジタジとなった。
「そ、それはですね……」
 美琴は思わず、宮司の前に出て総長に向かって言った。
「志島さんは獣医学生さんです。こんなに動物を好きな人が金のナマズ目当てにお金儲けなんか考えるはずがありません!」
 志島自身が総代の前に出てきた。
「〇〇大、獣医学部の志島卯早司と申します。立ち入り禁止の区域に入ったことは謝ります。しかし、ウサギが危険にさらされるといけないから、池を調べていただけなのです。信じていただきたい」
「ウサギが危険にさらされるというのは?」
「あの池には外の川が流れこんでいます。外来種の巨大肉食魚や亀でも棲みついていると、岸辺に近寄ったウサギに危険が及びます」
 宮司さんと巫女さんたちも、口々に証言する。
「そういえば、大ナマズよりも、巨大な淡水魚が目撃されたって噂もありましたわ」
「そうだったな。ウサギのために池の周りに細かい金網を貼らなければならんな」
 総長は、皆の真剣な表情に心を動かされたようだ。
「ううむ。石像を発見してくれたこともあるし……。この件は総会では取り上げないことにいたしましょう。池の周りに金網を作る計画は、すぐに実行に移しましょう。なにせ、神社にとっては大切なウサギたちですからな」
 美琴や志島、宮司たちは正座して深く頭を下げ、厚くお礼を言った。
 志島の石像発見その他については、神社のホームページに載せられた。氏子さんたちから、さっそく池の金網を作る費用が寄付されてきた。

「志島さん、卯早司さんというお名前だったんですね」
 美琴が声をかけた。
「ああ、卯年生まれなんですよ。それで親が名づけたんです。神社のウサギにも親近感持ってしまいます」
「そうだったんですね」
 志島の優しさをまた、知ってしまったのだった。
 夜も更け、そろそろ月次祭も終わりだ。
「どうでしたか? 狩衣の着心地は?」
 美琴は行列の感想を志島に尋ねてみた。
「狩衣はまあまあ。それより、四角い靴が歩きにくくてまいりましたよ。靴ずれができてしまった」
「確かに。あの沓は、歩きにくそう」

 休憩室にもウサギたちが入ってきて、人間の周りをぴょこぴょこしていた。
 志島はコタを抱っこして、美しい所作で膝の上に乗せた。
(いつのまに所作を身につけたのかしら? きれいな正座だわ)
 美琴の小声の疑問が聞こえたのか、志島は、
「ああ、正座? 君が奥座敷でカップルに指導していたのを、ごめん。奥座敷のすぐ隣は池があるから聞こえたんですよ」
「そうでしたか」
「ウサギ恋占い、お願いできますか?」
「え……ええっ?」
 美琴は飛び上がるほどびっくりした。
(これは、つまりコクられたってことかな?)
 真っ赤になりながら、白ウサギのふわ子ちゃんを膝に乗せて、志島の隣に座った。眠くもないウサギに、人の膝に十分間もじっとしていろというのは難しい。
 コタもふわ子も、あっという間にピョンと飛び降りて、仲間のところへ行ってしまった。
「こうなったら、実現するまで挑戦していいですか」
 志島が力強く言った。
「は、はあ」
 答えながら、美琴の胸に何かが引っかかっていた。
(え~~と、志島さんに尋ねたいことが他にあったはず……。う~~ん、何だっけ?)
 どうしても思い出せない。
「美琴ちゃん、ウサギたちの晩ご飯当番、頼むわよ!」
 巫女長の山女将さんの声に、急いで立ち上がった。
 ウサギ小屋では、晩ご飯を待ちかねて、ウサギたちが瞳をピカピカさせて正座していることだろう。


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