[418]お江戸正座42


タイトル:お江戸正座42
掲載日:2026/06/24

シリーズ名:お江戸正座シリーズ
シリーズ番号:42

著者:虹海 美野

あらすじ:
おなみは米屋の一人娘である。
十歳の時に潮干狩りで会った文史郎さんのことがずっと忘れられず、会えないまま、たまに文史郎さんのいる諏訪理田屋の前を通って過ごしていた。
おなみが十七になった時、お父ちゃんが文史郎さんに婿入りの打診しに行く。
「お江戸正座シリーズ6」で登場した諏訪理田屋四男、文史郎の婿入り話をおなみ目線で描いた物語。
文史郎さんはどうして私と夫婦になることを選んだの?というおなみの疑問は……。

本文

当作品を発行所から承諾を得ずに、無断で複写、複製することは禁止しています。


 おなみは、米屋の一人娘であった。店はお父ちゃんとお母ちゃんで切り盛りしていて、人を雇っていない。もともと、おなみのお父ちゃん、お母ちゃんは江戸にほど近い農村の生まれであった。互いに跡継ぎの子でなかったので、江戸へ出てきたが、その時、生まれ育った農村で育てている米を扱う店を商おうと決めたらしい。まあ、江戸に出て来て、最初はお父ちゃんは振り売りをし、お母ちゃんは通いの女中なんかをして働いていたらしいが、最終的には米屋になった。
 そうして生まれたのがおなみである。
 店が調達する米は、もともと両親の馴染みある場所からだから、信用は絶対的にあるし、味や質も誰のお墨付きでもないけれど、そこで育った自分たちが何よりも知っている。
 とれたての野菜が毎日の膳に出るのが当たり前で育ったからか、もともとちょっとこだわりがあるのか、お父ちゃんは買ったお菜を、口に含んでは、何やら難しい顔つきになり、お菜の材料だとか味付けだとか、そういうことに関して、何かしら言うところがある。みんなそういうものだと思っていたら、よそのおうちのお父ちゃんは、仕事や近所の人の話なんかをしながら、お菜の味には一切触れず、食事をしていた。それがおなみには驚きであるとともに、そういう気安さがいい、とも思えた。お母ちゃんに言ってみたけれど、「そこのお父ちゃんだって、好きなことを話しながら、食べていたでしょう。好きなことを話すのは、うちのお父ちゃんも同じ。それでいいじゃあないの」と返すので、「そうじゃあない、話すことの内容なんだよ」と言ったけれど、「いいじゃあない。食べている時に、食べ物のことを話すくらい。食事に一番合っている話でしょう」と返す。そうは言っても、あの気難しい顔は、どうにもいただけない、とおなみは思っていた。
 だが、このお父ちゃんのこだわりにより店は続いており、ご近所さんが買いに来てくれるところから始まった店は、噂が噂を呼び、高級料亭の店主が、これからはここの米をうちに売ってほしいとやって来て、商いは軌道に乗った。「この店なら、間違いねえ」と、周囲の人が口を揃えて言う。
「私もなんだかよくわからないけど、ここで買った米は別格だってことだけはわかるよ」と、近所のおかみさんが言えば、「そうなんだよ、うちの食の細い子でも、ここで買った米で炊いた飯はかならずお替りするんだ」と頷く。「おかげで、飯代が前よりかさむようになったけど、なあに、おいしい飯には代えられないからねえ」、「そうそう、その分うちの亭主だって仕事にやる気が出て、前より稼ぐんだから、いいことづくめだよ」と、おかみさんたちは店の前で笑う。それは、店の中にも聞こえてきて、あまり笑わないお父ちゃんの仕事をしている横顔が、少しだけ優しくゆるむのを、おなみは見ていた。
 ただ、まあ、このおかみさんたちは、そうは言ったって、何か食べるたびに、ちょっと難しい顔をするお父ちゃんを前にしているわけではない。
 そうは思うが、やはり子ども心にも、店や親が褒められるのは嬉しかった。
 もっと手広く商売をしてもいいかも知れぬが、店に卸せる米の量は急には増やせぬし、味、質、そうして店の信用を落とさぬようにと、そのまま小さな店で商いを続けている。
 だから、まず生活に困らぬが、特別贅沢ができる暮らしではなかった。
「ねえ、この前、お父ちゃんが、うちのお米をたくさん買うから、支店を出さないかって、言われたって、手習いの子に聞いたけど、本当?」と、おなみがお母ちゃんに聞いたことも、確かあった。その時、密かに、大きなお店の子のことが浮かび、自分も華やかな着物に簪で、周りにうらやましがられるのを想像した。いもしない、手代なんかが手習いまで迎えに来るところまで浮かんだ。だが、お母ちゃんは、「うちは、今のお店が身の丈に合っているんだよ」と、おなみを嗜めるように言った。「お店が大きくなるのはいいことでしょう」と返すおなみに、「よそはよそよ。うちは、今のやり方が合っているの。お父ちゃんは、うちに合ったやり方を心得ていて、毎日真面目にお商売をしているんだよ」と続けたのだった。
 理屈はわかっているけれど、なんとなく、つまらない、とも思ったものだった。
「ほら、もうじき夕餉だからね。手伝って」とお母ちゃんに促され、おなみは手を洗い、おなみ用の小さな前かけをつける。
 米を扱う店だからというのもあるだろうが、膳を前にした時のしつけなんかは、厳しい方だったと思う。
 背筋を伸ばし、着物を尻の下に敷き、脇はつけるか軽く開く程度、肘は垂直におろし、膝はつけるか握りこぶし一つ分開くくらい、手は太ももの付け根と膝の間で指先同士が向かい合うように揃え、足の親指同士が離れぬようにする。
 些細なことではあったが、そうした所作が自然と身について、もうずいぶん着ている木綿の着物でいても、「どこのお嬢さんかと思うよ」と、冗談半分に褒められることがしばしばあった。
 手習いに通い、三、四年ほど経った頃、おなみは家族と潮干狩りに行った。
 普段働きづめのお父ちゃん、お母ちゃんと一緒に、それほど遠くはないにしろ、ゆっくり出かけられるのは、おなみにとって特別であった。
 この頃から、米研ぎはおなみの仕事になった。
 農村の生まれの両親は、米研ぎも注意深く、水の量も大層慎重に見極める。だから、適当なことをすれば、それは味に出て、すぐにばれる。
 おなみはそれほど几帳面な性格ではないが、米研ぎや、それに準ずるお菜作りといった台所仕事は、丁寧でぬかりなかった。
 それを披露する場があるではなし、もちろん褒められる場もなかった。
 ほかの子が何かを上手にできて褒められる場で、いつもおなみは褒める側であった。
 そんなある日の潮干狩りであった。
 この日、米の方はおなみに任された。
 まあ、潮干狩りに行けるからと、わあわあはしゃでいるだけでいい家の子でないのはわかっていたから、これまで教わった通り、米研ぎをし、丁寧に炊いた。米はきれいに光り、ふっくらと甘めでいながら、しっかりと立っていた。
 お父ちゃんもお母ちゃんも褒めはしなかったけれど、「うん、まあ、いいでしょう」と言う横顔は、優しかった。
 そうして行った海で、あさりを砂からいくつか出して喜んでいると、近くでざるいっぱいにあさりを採っている人がいた。
 大人で、おなみより十くらい上だろうか。
 一族で来ているようで、もう大人の兄弟ばかりで楽しそうにしている。
 三人で来たおなみの家とは違い、賑やかだ。行楽なんかによく行くのか、肩の力の抜けた、とても穏やかな様子で、それに自然と目がいった。ああ、大人になっても、こんなふうに遊ぶ日は遊ぶ、そういうことができるんだ、とおなみは思う。大人になれば、きりきりと、毎日をお商売で気を抜かず、しっかりとやっていかなければならない、と常日頃から両親を見て暗黙の了解で感じ取っていたおなみには、潮干狩りではしゃぐ、この大人の男の人が大層まぶしい存在に思えた。
 あまり見ると不躾になるとわかっているのに、なかなか目が逸らせない。
 すると、その人は、おなみがざるの中のあさりを見ていたと思ったようで、何の迷いもなく、それを気前よくおなみにそっくりそのままくれた。戸惑っているおなみの横で、ほかの子どもたちが、その人に、自分たちにもあさりをおくれよとか、なんとか言って騒ぎ立てる。その人は、集まって来る子どもらの相手をしはじめて、もうおなみはその輪の外にいた。
 ……いい人で、驚いた。
 そうして、ああそうだ、これをお父ちゃんに知らせないと、と思った。
 ざるを両手で抱え、海を出る。
 熱くなったさらさらの砂の上を歩き、浜にいるお父ちゃんのところへ行く。お母ちゃんは、向こうの屋根の下で弁当を見ている。
「おなみ、こいつぁ、どうしたんだ」とお父ちゃんが驚いて聞く。
「まさか、どっかから持ってきたんじゃあねえよな」
「違う、違うよ」とおなみが首を横に振る。
「ああ、お前はそういうことをしねえ子だ。そうだよな」とお父ちゃんは頷き、「じゃあ、これはどうしたっていうんだ」と、訊く。
「あそこで今、遊んでいるお兄さんが、くれたの」
「ええ? なんでまた? あさりが嫌いなのに、潮干狩りに来るってえわけでもねえだろうし、だとすれば、そもそもこんなに採らないだろうしなあ」
 お父ちゃんは首を傾げ、「まず、礼を言わねえと」と、おなみを促した。
 まだ海にひざ下まで浸かっているその人の元へお父ちゃんと行き、お父ちゃんが「これをうちのおなみがもらったてぇ言うんだけど、お兄さん、本当かい?」と訊く。
 その人はおなみを見て、「ああ、さっきの」と言い、「ええ、よかったら」と朗らかに笑う。
「でもそれじゃあ、お前さん、せっかく来たってぇのに、土産のあさりがないじゃねえか」
「ああ、大丈夫ですよ。うちは男兄弟七人で、兄は所帯持ち。これだけ大勢で来てるんで、私の取り分くらい、どうってことないですよ。それより、せっかく来たお嬢ちゃんにあげた方がよっぽどいい」
 そういうと、「な?」と、おなみを見る。
 一人娘で、外で取り立てて、目をかけられたことのないおなみは、この優しいお兄さんに、すっかり心をもっていかれた。
 こういう時、素直に大きく「うん」と言えれば可愛いだろうが、それができぬおなみである。
 かわいげがないと思われただろうか、という思いも過ったが、全くその人は意に介していない様子である。
 お父ちゃんはその人に「私がやってやらなきゃあいけないことを、見ず知らずの兄さんにこんなに親切にしてもらって」と言い、それから「おなみにどうもありがとうございました」と頭を下げ、「お礼といっては何ですが、よかったら、昼餉を一緒にどうですかい」と誘った。
 これきりでなく、一緒に昼餉の席に着けると思うと、おなみは心が高鳴った。
 お父ちゃんとその人が話ながら歩き、おなみはお父ちゃんに手を引かれ、昼餉の場まで行った。
 潮干狩りの時だけ使う、急ごしらえの座敷で、その人はやや緊張した様子で、背筋を伸ばし、着物を尻の下に敷き、脇はしめるか軽く開く程度、膝はつけるか握りこぶし一つ開くくらい、手は太ももの付け根と膝の間で両の指先同士が向かい合うように揃え、足の親指が離れないように正座した。正座するまでの所作もきれいな人で、子ども心にいい家の人なのだろうと思った。普段のしつけで、おなみも正座していたから、それはよかったと思う。
 話をお父ちゃんお母ちゃんがその人として、その人の名は文史郎さんと言い、おなみたちが住む町では大きくて有名な茶葉を扱う諏訪理田屋の四男だとわかった。お礼として昼餉に誘ったが、きっと向こうの家族での昼餉の方がよほど豪華だったに違いない。なんとなく、気まずいような雰囲気になった。
 しかし、文史郎さんは、おにぎりを食べるとつと、空(くう)を見つめ、高級料亭で食べた米と同じではないか、と言った。その通りで、だが、その舌の鋭さに、お父ちゃんが目を見張った。
 文史郎さんは、質素だと思ったであろう、おなみの家の昼餉をきれいな所作で、大層おいしそうに食べて行った。
 これが出会いだった。


 あさりをくれた、親切で、いいところのお兄さんといったところの文史郎さんは、だが、おなみにとって、それきりの人ではなかった。
 時折、「お母ちゃん、あの兄さんにまたおにぎりを持って行ってあげたら?」とおなみは言ったが、お母ちゃんは苦笑し、「そんなことをしなくても、諏訪理田さんの息子なら、よいものをいただいていますよ」と返す。
「でも、うちのお米がおいしいと言っていたでしょう。また食べたいんじゃない?」と食い下がると、「あれから、諏訪理田屋さんの家の人が来て、うちで買いたいと言いに来てくれたんだよ。だから、その必要もないよ」と笑った。その時、どうして文史郎さんが来なかったのか、とおなみは歯がみしたいのをこらえた。大きなお店では、台所のことも、女中頭なんかがまとめていて、文史郎さんなり、家長さんなりに言われれば、女中さんが米の買い付けを伝えに来るのだろうが、そういうことがおなみにはわからなかった。
「なんだか、こっちがいろいろしてもらうばかりで、申し訳ないようだよ」と言い、お母ちゃんは仕事に戻る。
 それからおなみは、手習いも五年目、六年目に入る頃には、お裁縫とお三味線の稽古にも通うようになった。
 時折、遠回りをして、諏訪理田屋の前を通った。
 お店はいつも繁盛していて、店の中の人も忙しそうだった。
 確か文史郎さんは七人兄弟だと言っていたが、どの人が一番上の兄さんなのかとかいうことはわからなかった。だが、たまに、あの日、文史郎のそばにいた兄さんらしき人を見かけることはあったが、文史郎さんを見る機会もなく、また、会ったからといって用もないので、そのまま通り過ぎた。
 通り過ぎながら、もし、あの大きなお店の息子の妻になるのなら、小さな米屋の娘でも、認められるようにと、お裁縫とお三味線の稽古はずいぶんと努力した。
 そんなことをしても、思いが叶うわけがない、とは考えたが、今できることをやろうと、幼いなりに必死だった。


 手習いを終え数年、おなみは十七になっていた。
 近所にいる同年代の娘は、一人、二人と嫁ぎ先を見つけていたり、入り婿を迎えていたりしていた。だが、店の手伝いにお三味線のお稽古に通うおなみに、そうした出会いはなかった。
 相変わらず、諏訪理田屋の前を通っては、文史郎さんのことを思った。
 こんなに気の長いことがよくできる、と自分でもおなみは思った。
 ほかの娘たちは、いいと思う人に近づいても、色よい反応を感じなければ、さっさとほかの人を探して、そうしてわりと楽しくやっていて、夫婦になるようであった。
 だが、そうした出会いがないのももちろんだが、仮にあったとしても、おなみは文史郎さんを忘れるとは、自分では思えなかった。たまたま親切にしてくれた大人のお兄さんのことを忘れなかった、そうしてその後、そうした機会がなかったから、といえば、それまでだが、仮に、と考えてみても、その現実がないのだから、考えるだけ無駄なような気もする。
 とにかく、おなみは文史郎さんがいい、と思い続けた。
 そんなある日、お父ちゃんに店の奥座敷に呼ばれた。店の奥座敷といっても、ここは食事をして、お父ちゃん、お母ちゃんが寝るのも兼ねた部屋である。おなみは廊下を挟んだ部屋を使っている。いつも夕餉の後は、もう翌朝に備えて、寝る支度をするが、お父ちゃんに「話がある」と言われた。
 お父ちゃん、お母ちゃんが改まった顔で正座している。
 おなみも、向かい側に背筋を伸ばし、着物を尻の下に敷き、脇は閉じるか軽くあく程度、膝はつけるか握りこぶし一つ分開くくらい、手は太ももの付け根と膝の間で指先同士が向き合うように揃え、足の親指同士が離れぬようにする。
「おなみ、十七になったな」とお父ちゃんが切り出す。
「はい」と、おなみは返事をした。
 何やら改まった場なので、あまりくだけた言い方はしない方がいいと察した。
「実はお父ちゃん、茶葉を売っている諏訪理田屋さんに行ってきたんだ」
 え?
 おなみは目を見開く。
「文史郎さん、覚えているか?」
 お父ちゃんからその名前が出て焦ったが、敢えて素知らぬ顔で、「ええ、文史郎さん? ああ、あさりの……」と言うに留めた。
「うちのお得意さんの、だ」
 あ、失敗した、とおなみは思う。
 そうだ、文史郎さんの家は、うちのお得意様だ。
 そっちを言うべきだった。
「あさりは、……もう七年も前になるか。おなみ、覚えてるな」
 お父ちゃんがこっちをしっかり見たので、曖昧にごまかせなくなる。
「はい」と、頷くしかなかった。
「その諏訪理田屋さんの文史郎さんに、婿入りの打診をしてきた」
「ええええ!?」
 正座していて腰を抜かす、というのもおかしな話だが、腰も抜かさんばかりにおなみはのけぞった。
 正直、おなみの心にとどめておくべき望みだと思っていた。
 いくらなんでも無理だ、と。
 それは年を経るごとにわかってきた。
 おんなじ江戸に住む商人でも、お店の大きさとか、格の違いとか、釣り合いとか、そういうことがあるのだ、と。
 うちは信用のあるお店だけれど、大きくはない。
 人も雇っていない。
 諏訪理田屋のような大所帯の店とは違う。
 あきらめなければいけないのだろう、と思っていた。
 気づくと、涙が落ちていた。
「……いやか?」と、お父ちゃんが訊いた。
 おなみは首を横に大きく振り、「お父ちゃん、ありがとう」と言った。
「いや、喜ぶのはまだ早え。あちらさんの返事はもらっていないんだ」
「あ、」と、おなみはそこでまた我に返ったのだった。
 そうだ。
 それこそ、大店の娘でもなし。
 断られたら、もう、会えないのではないか。
 向こうの茶葉を買うのも、こっちの米を買うのも、やめになるかも知れない。
 そう思うと、居てもたってもいられなくなった。
 お父ちゃんがひと肌脱いでくれた。
 それなら、自分のできることをしてみよう。
 婿入りを打診した後、かくして、相手のおうちに突然行っていいものかどうかわからなかったが、おなみはとにかく、諏訪理田屋に向かった。何か手土産でもと思ったが、家で炊いたごはんのおにぎりしか思いつかなかった。それだけが、文史郎さんと自分をつないでいるものだと思った。
 会えるだろうか、と不安だったが、七年ぶりに会った文史郎さんは、ちょっと驚いたようにおなみを見たが、文史郎さんのお兄さんが上がっていくように言ってくださり、あっさりと通してもらえた。
 本当に広い店だった。
 奥の座敷も中庭があり、広々としている。
 ここで、おなみは文史郎さんと向かい合い、互いに背筋を伸ばし、着物を尻の下に敷き、脇はしめるか軽く開くくらい、膝はつけるか握りこぶし一つ開く程度、手は垂直におろし、太ももの付け根と膝の間で指先同士が向かい合うように揃え、足の親指同士が離れぬように正座した。
 文史郎さんはおなみを覚えていた。
 そうして、米の味も。
 ああ、こうして会えた、それが何よりも嬉しかった。


 後日、文史郎さんは、おなみの家にやって来た。
 背筋を伸ばし、着物を尻の下に敷き、脇はしめるか軽く開く程度、肘は垂直におろし、手は太ももの付け根と膝の間で指先同士が向かい合うように揃え、足袋を履いた足の親指同士が離れぬように正座している。
 おなみは、それを隣の座敷の襖の間からこっそり見ていた。
 ここで、どういうわけか、お父ちゃんが、ほかにもおなみと添わせようと思う人がいるがどうするか、と、とんでもない嘘八百を言った。
 こんなに大事な場で、一体どういう了見か。
 怒鳴りこみに行こうとしたところで、文史郎さんは、おなみと添わせてほしいと言った。
 泣くと自覚する前に涙が出ていた。


 さて、夫婦になった文史郎さんとおなみだが、ふと、おなみは「なんで私と一緒になったんですか」と訊いてみた。
 文史郎さんが家に来て、すぐに祝言かと思いきや、文史郎さんの兄の文三さんが家にいるので、順番として、文三さんの祝言が決まってから、文史郎さんはこちらに婿入りすると決まった。
 まあ、急に一緒になるとなれば、何年も会えもしないのに、店の前を歩く日々を送ったおなみには、状況の変化がありすぎるし、それでよかったと思う。それで、たまに文史郎さんが店を抜け、おなみの家に来て、仕事を覚えたり、おなみと出かけたりという日々を過ごしていた。この間に、文史郎さんと会う時に弁当を持っていくようになり、おなみはずいぶんと料理を覚えた。文史郎さんと会う数日前には、文史郎さんの弁当の練習に作ったものが膳に出て、それこそお父ちゃんが難しい顔を幾度もしたのだった。そのお父ちゃんが難しい顔をする回数が減ってきた頃、文史郎さんの兄、文三さんが祝言を挙げ、文史郎さんはおなみの家に婿入りしたのだった。
 おなみは内心、小さな店だがお父ちゃんがうるさくて、堅苦しい家で、文史郎さんが苦労するのではないか、と不安で仕方なかったが、文史郎さんは、持ち前の要領のよさと、あっさりと明るい性格で、不思議なほど、お父ちゃん、お母ちゃんとも仲良くなってくれた。気難しいとばかり思っていたお父ちゃんも、文史郎さんとは心から楽しそうに話しているし、お母ちゃんも多くは話しかけないけれど、言葉の端々から文史郎さんを大切にするのがおなみにはわかった。文史郎さんは、米についても、いろいろとお父ちゃんに訊いたり、お父ちゃんが、米の味について意見を求めたりして、仕事も順調そうだ。
 そんな折に、おなみは、文史郎さんになぜ自分と一緒になったのかと訊いてみた。
「ああ」と文史郎さんは小さく頷き、「婿入りに条件がよかったからだ」と言った。
 ……。
 ずっと、小さな米屋では、文史郎さんと一緒になれないと思っていたのに、条件がよかった?
「条件、というのは……」
「おなみの家は、うちから近いし、お商売も信用がある」
 ……。
 それ、お父ちゃんの店の場所と仕事では……?
「ああ、あははは、そうですか。ははは……」
 おなみは力なく笑った。


 それから早三年が経った。
 娘のおよねは三つになった。
 見た感じはおなみに似ているが、性格は文史郎さんに似ているようである。
 朗らかな性格で、にこにことしていて、お父ちゃんもお母ちゃんもおよねに夢中である。まあ、まだ小さいから、たまに何か気に入らないことがあると泣いたり、本人なりに怒ったりもするが、それもまたお父ちゃん、お母ちゃんはかわいいようで、これまで細かいことにもうるさいと思っていたお父ちゃんが、ずいぶんと大らかになった気もする。
 今日は、文史郎さんの二番目の兄、文二さんがちょっと家に寄り、近所の味噌屋で買ったという味噌をお土産にくださった。その味噌を使って味噌汁を作ったのだが、およねは、「これ、もっと!」と、早々に空にした椀を出した。
「おお、およねは味がよくわかる子だなあ」
「本当に賢くて。もう数もかぞえられるし、文史郎さんに似たのねえ」
 お父ちゃん、お母ちゃんは目を細める。
 およねは、まだ幼いが、背筋を伸ばし、着物を尻の下に敷き、脇はしめるか、軽く開く程度、膝はつけるか握りこぶし一つ分開くくらい、足の親指同士が離れぬように正座をしている。箸の持ち方もきれいだ。
「行儀がいいのは、おなみだな」と、およねの頭を撫で、文史郎さんが言う。
「それにかわいいのもだ」
 かわいい……。
 文史郎さんは、私をかわいいと思っている?
 思っていた?
 どちらでもよい。
 そうか……。
 おなみはそっと幸せをかみしめ、こくのあって甘い味噌汁と粒の立った白く光る米を味わった。

おすすめ