[62]次期・正座先生はフランスで修行中!


タイトル:次期・正座先生はフランスで修行中!
分類:電子書籍
発売日:2019/08/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:100
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり

内容
 高校2年生のコゼット・ベルナールは、フランスから日本にやってきた留学生。
 かつては『日本嫌い』『正座嫌い』だったコゼットだが、今は星が丘高校茶道部の次期部長として、日夜努力を重ねていた。
 そんなある日、コゼットは姉のジゼルとともに、夏休みフランスに一時帰国することになる。
 そこで両親から『友達を連れておいで』と言われたコゼットは、後輩のオトハとシノを誘い、4人でフランス旅行を楽しむことにする。
 しかしコゼットたちがベルナール家につくと、そこにはコゼットの昔からのライバル、ルイーズが待ち構えていた!
 コゼットが『正座先生』を目指しているらしいと知ったルイーズは、さっそくコゼットの正座の腕前を確かめたいのだという……。
 ルイーズだけには負けたくないコゼットは、ジゼルたちも巻き込み、ルイーズたちに『正座講習』を行うことにするが……?
 『正座先生と夏休み』と同時期。
 リコ以外の茶道部部員たちは、どのように夏休みを過ごしていたのか?
 いつもに増してにぎやかな『正座先生』シリーズ第17弾!

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本文

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「やってごらんなさいナ『正座講習』。
 コゼットの手腕では、誰も正座できるようにはならないと思いますけれどネ!
 そもそも! 正座なんてフランス人には必要のないものですかラ。
 講習を開いたところで、関心を持たれるかも怪しいですけれドッ!」

 わたくし『コゼット・ベルナール』の二〇一七年の夏休みは、久しぶりに会ったライバル『ルイーズ・モロー』からの、このような一言で始まりました。
 二〇一六年の冬に、母国フランスから日本へ旅立ち、星が丘市にある星が丘高校に通い始めて約八か月。
 かつては『日本なんて大嫌い』『留学は、仕方なく始めただけ』『だから、一刻も早くフランスに帰りたい!』と、ネガティヴな気持ちだけで生きていたわたくしですが……。
 今ではすっかり日本での生活になじみ『日本語がうますぎる留学生』などと呼んでいただきながら、星が丘高校で楽しく暮らしておりました。
 そして二〇一七年の夏。……つまり本日。
 夏休みを利用して、フランスへ一時帰国したわけなのですが……。
 それを聞きつけてさっそく現れたルイーズに、再会するなりこんなことを言われてしまったわけです。

「な、な、な、なんですってぇ……?」

 現在星が丘高校茶道部の副部長を務めているわたくしは、茶道と並行して、日本の文化である『正座』を学ばせていただいております。
 かつては『正座なんて大嫌い』『フランス人の自分には、そんなもの必要ない』『だから、わたくしは断固、正座拒否。椅子に座る生活をします!』と、正座に対して否定的な態度をとっていたわたくしですが……。
 今ではすっかり正座が得意になり『次期・茶道部部長』『次期・正座先生』などと呼んでいただきながら、星が丘高校茶道部をバリバリ運営しております。
 なので二〇一七年の夏。……つまり今回の一時帰国では。
 日本の文化や正座に関心を持つフランスの皆様に、機会があれば茶道や正座をお教えしたいと考えていたのですが……。
 ルイーズはとにかくそれが気に入らないようです。
 まだ何も始めていないのに、というか、まだ自宅に入ってすらいないのに、早速難癖をつけてこられました。

「ワー! コゼット! ルイーズ! こんな往来でケンカはだめデース!」

 火花を散らしてにらみ合うわたくしとルイーズを見て、事態に気づいたのでしょう。
 わたくしの双子の姉『ジゼル・ベルナール』が慌てて走ってきて、止めに入ります。
 しかし、時すでに遅し。
 わたくしはルイーズに向かって腕組みをすると、大きな声で次のような言葉を発しておりました。

「ほぉ! わたくしも見くびられたものですわね!
 そこまで言うのでしたら、お見せしましょうじゃありませんの!
 わたくしのこの! 素晴らしい! 正座のテクニックを!
 そして正座の良さを! 貴方のそのつるつるの脳みそに叩き込んで差し上げますわ!」

 わたくしは現在、将来良い茶道部の部長になるため、穏やかで、どんなときも沈着冷静で、頼りがいのある、心優しい人物を目指して日々奮闘しております。
 しかし、この発言はどうでしょうか。
 我ながらまったく穏やかではありませんし、完全に冷静さを欠いております。
 百歩譲って、もしかしたら『頼りがいがある』『心優しい』と思っていただける可能性はゼロではありませんが……。
 少なくともわたくしが第三者でしたら、往来でケンカをする怒りっぽい女子高生には、あまり頼りたくないですし、心優しい人物だとは判断しかねます。
 だからおそらく、残念なことに。今ジゼルお姉さまと一緒に、わたくしとルイーズをポカーンと見つめている、後輩の『ムカイ オトハ』さんと『カツラギ シノ』さんも……そう思ってらっしゃることでしょう。
 あ。
 わたくしとルイーズはフランス語で会話しているので『そもそも話している内容がサッパリわからない』と思っているかもしれません……。

「一週間。それだけ時間をくださいな。
 来週の金曜日。ベルナール家で。
 星が丘高校茶道部主催の『正座講習』を開催いたします。
 そこで、わたくしたちの実力をお見せして差し上げましょう」

 ああ。またやってしまいました。
 わたくしは生まれてから高校二年生の今日まで、ずっと『コゼットさんは短気を直しましょう』と言われて生きてきました。
 にもかかわらず、わたしのこの悪癖は、まるで直っておりません。
 こんなわたしが、穏やかな人間。そう、たとえば現在の星が丘高校茶道部部長のような人間になれる日は、一体いつになることなのでしょう。
 なのでわたくしは――……。

「楽しみにしてらっしゃい!」

 この場にいる他の茶道部員に、まったく了承を得ていないというのに。いつもの短気により『正座講習』をやると言いきってしまったのでした。


 こうしてわたくしたちは『正座講習』を実施する運びとなりました。
 しかし、そのお話をする前に、お一つ説明しておかねばならぬことがございます。
 ――そもそも、なぜわたくしたち四人がフランスにいるのか? ということについてです。
 それは、わたくしのお父さまの、こんな言葉が始まりでございました。

「そうだコゼット。夏休みの一時帰国ダケド……。
 せっかくだから、お友達をつれてきなサーイ。
 オトウサン、ジゼルとコゼットが日本でどんな交友関係を築いているか……。
 とっても気になるヨー!」
「ええっ?」

 約二週間前。
 わたくしと両親は、電話で夏休みの予定について話し合っていたところでした。
 わたくしとジゼルお姉さまは、現在日本にいる親戚の家に居候させていただきながら、星が丘高校に通っております。
 しかし、長期休暇。つまり夏・冬・春のお休みはフランスに戻ることにしております。
 なので今回もそのお話をするために電話していた。というわけでございます。

「だけどお父さま。
 先日来日された際に、そのあたりはチェックしたんじゃありませんの?」

 わたくしのお父さまは、娘のわたくしがいうのも何ですが、とにかく『ノリ』と言いますか『勢い』といいますか……。その場の雰囲気で、唐突な思いつきを実行したがる方でございます。なので今も、軽い気持ちでこんなことをおっしゃっているようです。
 つい数か月前にも日本を訪れ、星が丘高校茶道部の面々とお話をしたはずなのに。まだ、わたくしたちがどのような交友関係を築いているのか気にしているのですから。
 ちなみにわたくしたちベルナール姉妹は、姉のジゼルは明るく、活発で、親しみやすい性格から、多数のお友達がおります。
 お父さまどころか、同じ学校に通っているわたくしすら、まだ把握していない人間関係も、多数築いていることでしょう。
 しかし、妹のわたくしコゼットは、もうさんざんご理解いただいている通り、短気で、怒りっぽく、しょっちゅうもめごとを起こす方です。
 自覚があるのになかなか直せていないのですから、当然、この性格が災いし、日本でも友達作りには相当苦労しております。
 なので、こんなわたくしのお友達と言えば、前回すでにお父さまとお会いした方ばかりなのですが……。
 ここは、良い方向に解釈して。『コゼットは、フランスにいた頃と変わらず、友人と、狭く深い関係を築くタイプだ』と解釈していただきたいところです。いえ……まだ、お友達を連れて行くと決まったわけではありませんが。
 しかし。お父さまは気軽に『フランスに連れて来い』とおっしゃいますが。元々フランス人で、日本とフランスの行き来にも慣れており、当然パスポートも所有しているわたくしとジゼルお姉さまはともかく……。
 日本の方が、急に誘われてフランスに行く、というのは……少し骨の折れることなのではないでしょうか。そもそも、それなりの旅費が必要になりますし。
 ですが、そんなことはまるで気にしないのがこのお父さまです。
 お父さまは、次のように続けました。

「あの日は茶会がメインで、サスガに一人一人とユックリ話せる雰囲気じゃなかったカラネ!
 ダカラ、ぜひお会いしたいヨー」
「お待ちになってお父さま。
 急に来いと言われても、皆さま、予定というものがありますのよ。
 ……だいたい、夏休みまでは後二週間しかございませんし。
 そもそも! 旅費がかかってしまいま……」
「オカアサンも! もちろんオトウサンと同じ意見なんダヨー! 電話、カワルネ!」
「えっ」

 お父さまは、基本的にそのときの勢いで行動し、それに伴う不都合や問題点については、あまり考えません。
 そんなお父さまの味方として、お父さまと非常によく似た性格のお母さままで登場されたら……。
 娘のわたくしに止めるすべは、もはや、ございません。
 『あ、もうこれはダメもとで誰かを誘うしか道はない』。
 わたくしはこのとき、それを確信いたしました。

「ソウヨー、コゼット。お金なら心配ナイワ。
 オトウサン、懸賞で旅行チケットをたっぷり当てたばかりナノヨー!
 だからコレを使って! イラッシャイ! 二人くらいは招待デキルカラー」
「ヒトマズ。旅行チケット日本に送るカラー!
 フランスでマッテルヨー! ジャアネ!」

 お父さまがそう言い切るなり、電話が、ブツン! と切れます。

「あー! 切りましたわね!」

 なので、わたくしが受話器に向かってこのように抗議しても、もはや無意味。

「オー? コゼット。どうしマシター?」
「あぁ……。あのジゼルお姉さま。大変なことになりましたわ……」
「たいへんなコト?」

 かくしてわたくしとジゼルお姉さまは、反論する余地もなく。というか、ジゼルお姉さまに至っては、完全に事後承諾で……。
 今回の一時帰国に同行して下さるお友達を探すことになったのでした。


「つまりベルナール姉妹の中で、お父さんとお母さん似なのは、ジゼルの方なんだな、
 あたし、二人の両親って、コゼットみたいな……。
 『真面目! 厳しい! 学生に例えると、クラス委員長タイプ!』って感じの人たちを想像してたわ」

 ということで、今回の一時帰国にあたり、わたくしが最初に声をかけたのはこちらの方です。
 星が丘高校の生徒の中でも、トップクラスに親しくさせていただいている『モリサキ ユリナ』様です。

「おっしゃる通りでございますわ。
 ベルナール家って、わたくし以外、結構適当といいますか、チャランポランといいますか。
 その場の雰囲気というか、思いつきで行動するところがございますの」
「あー。だから、今回もノリで『友達連れておいで! 二人くらいがいいかな!』ってなったわけだな。
 って言っても、もう来週から夏休みで、すでに予定が決まってるやつも多いよなぁ……。
 コゼットも苦労してるんだなあ」
「はい……。
 ということでわたくしとジゼルお姉様で、一人ずつ自由にお友達を誘おうということになりましたの。
 で。いかがでしょうか? ユリナ様。
 今お話した通り、旅費はすべてベルナール家持ちですわよ。
 フランス旅行、興味ございませんか?」

 ユリナ様はわたくしより一学年上の三年生で、茶道部部長である『サカイ リコ』さまのご友人でございます。
 そのため、わたくしたちはリコ様を通じて知り合いになったのですが、今ではすっかり、リコ様抜きでも親しくさせていただいております。
 ちなみにそのリコ様は、わたくしたちのグループの中心人物であるともいえます。なので本来であれば、真っ先に誘いたい方なのですが。彼女は今回……。

「フランス旅行、すっげー興味ある。
 だから『いいね! ぜひ連れて行ってくれよー!』……と、言いたいところなんだけどさぁ。
 さすがに、リコを差し置いて遊びには行けねぇよ。
 最近のあいつ、わかるだろう?
 勉強のしすぎで痩せこけて、ガイコツみたいになってんじゃん。
 ……そんなあいつに『あたしはジゼルコゼットと、フランスで遊んでくるからー!』とは、ちょっと言えないっていうかさ」
「ウウッ。やっぱり、そうですわよねえ……」
「ていうか……あたしも受験生だからな。
 スポーツ推薦がまだ決まったわけじゃないし、勉強したいんだ。
 残念だけど、他の子に譲る。
 来年、あたしが無事大学生になれたら、そのときは、ぜひ同行させてくれよ」
「承知いたしました……」

 今回、わたくしとジゼルお姉さまが、ご一緒したい方を検討したとき。
 最初に候補として上がったのは、やはりリコ様でした。
 リコ様はわたくしたちの先輩であり、茶道部の部長でもありますし、何よりも、今日本で最も親しい方といえるからです。
 しかしリコ様は現在、進学を切望する星が丘大学の受験に向けて、ハードなお勉強の真っ最中。
 とてもではございませんが、誘える雰囲気ではございません。
 そこで、大学受験はスポーツ推薦も検討しているというユリナ様であれば、いかがだろうか? わたくしとだけではなく、ジゼルとも仲が良いですし……。
 あとそれから、ユリナ様は先日の茶会には参加されませんでした。なので、まだお父さまとお母さまと面識がございませんし……。
 と、思ったのですが……。
 たとえ受験勉強が比較的順調だからと言って。義理堅く真面目なユリナ様が、勉強でヒィヒィ苦しんでらっしゃるリコ様を置いて遊びに行くはずがないのでした。

「誘えるのは、二人だろ? 
 仮に、茶道部の仲間で選ぶとして。リコが難しいなら……。
 ナナミはどうなんだ? 二年だから、受験は関係ないだろ」

 しかしユリナ様は、ここで『自分は行けないから、この話は終わり。ではさようなら……』という方でもありません。
 本当に義理堅いのです。
 このまま、他の候補を一緒に探してくださるようです。

「ナナミ様には、今ジゼルお姉さまが声をかけてくださっています」
「あ。じゃあ、ナナミはもうほとんど同行決定みたいな感じなのか?」

 ユリナ様が今候補に挙げた『タカナシ ナナミ』様は、茶道部に所属する二年生で、リコ様の古くからのお友達です。
 同時にナナミ様は、リコ様の一つ年下ではありますが、リコ様の先生的存在でもあります。
 ナナミ様は約一年前、正座が苦手で、茶道をしたくてもできずにいたリコ様に、正座を教えた方だからです。
 つまり、ナナミ様は、現在の星が丘高校茶道部の礎を作った『元祖・正座先生』。
 部の超重要人物でございますし、当然、わたくしとジゼルお姉さまも、同学年の仲間として非常に親しくさせていただいております。
 なので、ナナミ様にはぜひ来ていただきたいところなのですが……。
 ナナミ様には、とある問題がございました。

「同行していただきたいところなのですが。
 ナナミ様には、剣道部の合宿がございますから……。
 かなり厳しい……かと思っています……」
「あぁー……そうだったなあ。
 運動部に入ってるやつはなぁ。急に誘っても来てもらうのは難しいよな。
 夏休みは大体どこも合宿があるし」
「はい……」

 ナナミ様が『元祖・正座先生』であった理由。
 それは、ナナミ様のご実家が剣道道場で、ナナミ様は幼い頃から剣道と正座に親しんでいたから……という理由がございました。
 そんなナナミ様は、星が丘高校でも当然剣道部所属。次期エース候補として頑張る傍ら、茶道部の『兼部部員』として参加して下さっているわけです。
 なので、わたくしたちはナナミ様をお誘いしたいと思いつつも、ナナミ様の超多忙なスケジュールでは、同行していただくのはまず難しいだろう……。
 と、すでにあきらめ気味なのでございました。

「……だったら、一年生たちと行くのは? 
 オトハとシノなら、茶道部専任だし。
 特にオトハなら……喜んで乗ってくれそうじゃん?」
「ウッ」

 そして、ユリナ様のお口から、とうとうこのお二人のお名前が出てしまいました。
 そうなのです。
 茶道部の部員から選ばせていただくのならば、この二人こそが適任なのです。
 だけど……。

「もし、わたくしがリコ様であったならば、迷わずお二人をお誘いしておりました。
 だけど、その……」
「いや、ごめん。あたしが悪かったよ。コゼットの気持ちはわかってるぜ」

 わたくしの表情が明らかに曇ったのを見て、ユリナ様が、申し訳なさそうに両手をブンブンと振られます。
 本当に他人に気を遣われる方なのです。
 ご意見としては妥当なところでしょうに『悪いことを言ってしまった』というお顔をされてしまいました。

「コゼットは……オトハはともかく、シノとは最初あんまり仲が良くなかったから。
 いい関係に変わった今でも、ちょっと誘いにくい……ってことなんだろ」
「そうなのですわよぉ! 
 ……だいたい、それはシノさんも同じだと思いますの。
 わたくしに突然『一緒にフランスに行きません?』と言われたところで。
 『うわっ。急に何? ていうか、行きたくない……』と思うのではないかと。
 かといって、断りにくいじゃありませんの! 先輩の誘いって!
 本当はさほど行きたくなくても……わたくしから無意識に発せられている『先輩』あるいは『目上の人』というプレッシャーにあてられたせいで!
 気を遣って『わあ、行きたいです!』と言わざるを得ない展開にしてしまうかもしれないじゃありませんか!
 だから、一緒に行くか行かないか以前に……お誘いすること自体がご迷惑になるのではと思ってしまいますの!」
「なるほどなあ」

 ユリナ様は、わたくしのこの主張を『だろうと思った……』というお顔で聞いておられます。
 わたくしがこう思っているからこそ、お誘いに踏み切れずにいることを、ユリナ様は説明する前からすでに理解されているようでした。

「コゼットはそうだよなあ。深読みしがちっていうか。
 相手の気持ちを深く考え……いや、予想しすぎちゃうんだなあ。
 でもさ。てことは、たとえば、シノの都合を抜きにしたら。
 コゼット自身は、シノを誘いたいって考えはあるってことだよな?」
「もちろんですわよ。オトハさんとシノさんは、茶道部に非常に貢献して下さってますし。
 来年度も一緒に活動していく以上、交流を深めたいとは常に思っております。
 ですが……ですがぁ……」
「だったら、ダメもとで声をかけてみようぜ。
 確かにコゼットの言っていることはわかる。
 先輩からの誘いは断りにくい。
 だから、先輩である自分が誘ったら、後輩は不本意でも従わざるを得なくなっちゃうんじゃないか……。って。
 誘う前から心配しちゃった経験は、あたしもあるからさ。
 でも、コゼットの今話してくれた考えが、全部正解とは限らないぜ?
 シノだって本当は、コゼットともっと仲良くなる機会を持ちたいって思ってるかもしれない。
 だから、せっかくのチャンスだし、今回誘うことで、もっと打ち解けていいと思うよ。
 あと、シノって言いたいことははっきり言うタイプだろう?
 嫌だったら『コゼットは先輩だから、行きたくないけど旅行に付き合わなきゃ』なんて思わずに、はっきり断ってくれると思うんだよな」
「あうう……」

 ユリナ様は、この通りお話のしかたが少し乱暴ですし、さらに最近は部活でお肌も真っ黒ですから。周囲には『怖い』『愛想がなさそう』と誤解されることの多い方です。
 だけど、お話すると、こんなに親身! 正しい! お優しい! 方なのです。
 特に最後の言葉は、大変的を射てらっしゃいます。
 ユリナ様のおっしゃる通り、シノさんはきちんと自己主張のできるタイプの方です。わたくしの意向に、嫌々従う方とは思えません。
 というか、わたくし自身、本当はそれをわかっているのです。
 つまりわたくしは……単純に誘う勇気がなくて、誘わない理由を、必死に探しているだけなのです。
 だけど、次の茶道部の部長。つまり『次期・正座先生』ともあろうものが、このまま逃げ腰でいいのでしょうか。あまりそうは思えません。
 というか、良いはずがない! よし! わたくし、一歩踏み出します!

「……わかりました。ユリナ様。わたくし、この夏を機に変わりますわ。
 オトハさんとシノさんをお誘いします。
 ひとまず、今からスマホでジゼルお姉さまにナナミ様のお返事がどうだったかを聞いて……それから、一年生の教室に行ってまいります。
 そこで、もしナナミ様が行けるということでしたら。
 お父さまとお母さまに連絡して。三人に増えても良いかと交渉し……」
「大丈夫です。ここにおりますので。
 ……あの。そういうことでしたら、私で良ければぜひ」
「はーい! わたしも行きたいでーす!」
「オーウ。コゼットー。ナナミサンはやはりダメでしたー。
 なのでワタシも! オトハさんとシノさんを誘いたいと思っておりマシター」
「うわぁぁぁ!」

 スマホで連絡を取るどころか、一年生の教室に向かうどころか。物理的に一歩動く必要すらもございませんでした。
 気づくと目の前には、噂のオトハさんとシノさんがいらっしゃり、さらに背後からは、ジゼルお姉さまが近づいて来ていたのです。

「さ、さ、さ、三人とも。な、なんでいらっしゃいますのぉ!?」
「あぁ! シノと一緒に購買に行く途中で通りがかったんですぅ。
 そしたら、わたしたちの名前が聞こえてきましたのでぇ!
 呼ばれてるのかなーって思って、来てみた次第ですっ」
「オトハの言う通りです。盗み聞きするような形になってしまい申し訳ありません。
 なかなか声をかけるタイミングが見つけられなくて……」
「それはワタシもデース。
 コゼット、ユリナセンパイ誘えたカナー? って思って来てみたら、お話中でしたノデ。
 ユリナセンパイが来られないのは残念デスガー。
 ワタシも、ユリナセンパイと同じ意見デスー」
「あわわ、あわわ」

 予想外の展開です。というか、予想よりもテンポが速すぎる展開です。
 助けを求めてユリナ様の方を見ると、ユリナ様はわたくしの目を見て、ゆっくりとうなずきます。
 そこに言葉はありませんが、わたくしは、ユリナ様のおっしゃりたいことがハッキリわかります。
 そう。もうすでにわたくしの気持ちはこの場にいる全員に伝わってしまっているようですが……。お誘いとは、はっきり自分の口でお伝えしてこそです。
 これまでなら『何となく伝わっているようですし、改めてはっきり言わなくてもいいかしら』と思っていたかもしれませんが……。
 これまでとは違う行動を取る。
 そうしてこそ、わたくしは『変わった』と胸を張れるというものです!

「あの! オトハさん、シノさん。
 と、と、と、突然なのですけれども!
 わたくしたちとフランスに行きませんこと?
 どこまでお話を聞かれていらっしゃったのかはわかりませんので、最初からご説明いたしますわね。
 先日の『特別茶会』でお二人にもご挨拶した、うちの父が、わたくしたち姉妹の一時帰国に合わせて、お友達を二人ほど連れてきてほしいと言っておりますの。
 うちの父は懸賞が趣味なのですが、先日その懸賞で旅行券をたっぷり当てたそうなので、交通費や滞在費の心配はございませんわ。
 宿泊先は、我がベルナール家です。い、いかがですことっ?」
「行きます行きますー!
 わたし、コゼット副部長とジゼル書記のご両親に、もう一度お会いしたいなーって思ってたんですよぅ!」
「私も同意見です。飛行機代などをお支払いいただいちゃうのは心苦しいですが……。
 ぜひ。フランス、行ってみたいです」
「お二人とも、即決ですのね!?」

 こちらは内心ドキドキしておりましたのに、お二人のお返事は、あっけないほど早いものでした。
 しかし、念には念を入れなくてはなりません。
 特にオトハさんです。
 先ほどユリナ様は『オトハさんであれば、良い返事をくれるのではないか』という主旨のことをおっしゃいました。
 基本的には、わたくしも同じ考えです。オトハさんは大変積極的で、チャレンジ精神旺盛な方ですから。なので、わたくしたちがどうこう以前に、単純にフランス旅行というだけで関心を持って下さることでしょう。
 しかし、今回はオトハさんが『絶対行く!』と言いたくなる要素が不足しているのも事実です。
 そう。それはやはり、リコ様です。オトハさんは、リコ様に憧れて茶道部にいらした方なのです!

「念のため再度お伝えしておきますけれど、リコ様は不参加でしてよっ?
 オトハさんは! それで! いいんですの!?」
「あぁ。そんなのわかってますよぉ!
 今リコ部長、お勉強で大変ですから……。
 だからお誘いできなくて、コゼット副部長たちは困ってたんですよね?
 だけどご安心ください!
 わたしが代わりに! フランスで『正座先生』活動しちゃいますよぉ!」

 しかし、わざわざ釘をさす必要はなかったようです。
 ああ、オトハさんはなんと察しの良い方なのでしょう。
 わたくしたちに誘われてフランス旅行をする時点で、たとえわたくしたちにその気がなくとも、これは最終的に茶道部の活動の一環となる。
 おそらく現地のわたくしの知り合いに、正座を教えることになるだろう……。と、すでに理解されているようです。
 そして間違いなく、その予想は当たることでしょう。
 お父さまもお母さまも、わたくしたちの日本での生活を知りたいからフランスへ呼ぶのです。
 だから、茶道部部員を連れて行ったら、もう確実に……わたくしたちは茶道と正座について、質問攻めにあうに違いありません。
 シノさんもそのあたりは承知していると思いますが、念のため後でお話をしておいて、あらかじめ覚悟を決めていただく必要はあります。
 とはいっても、仮に正座を教える『講習会』のようなものを開くとして……。おそらくそれはきっと親しい人たちだけの、のんびりしたものになるでしょうが。
 ともあれ、これでフランス行きメンバーは決まりそうです。
 あぁ良かった……と安堵しかけていると、そこで思わぬ質問が、オトハさんから届きました。

「そういえば、マフユさんはお誘いされたんですかー?
 もしかして。もうお断りされちゃった後だったりしますー?」

 それは、至極当然な疑問でした。
 『マフユさん』とは、茶道部の一年生部員『ヤスミネ マフユ』さんのことで、一年生部員の中では、オトハさんとシノさんに並んで、非常に熱心に活動して下さる方だったからです。
 だけど実を言うと、このマフユさんは、実は人間ではありません。
 マフユさんに関する詳しい説明は、今回の旅行には参加されない方なので、省略いたしますが……。
 端的に言えば、彼女は星が丘市を守る精霊のような存在であるため、原則星が丘市を出ることができないのです。
 なので、残念ながらマフユ様は最初からお誘い対象外。
 だけど、この事実は知られておりません。
 今説明しておきましょう。

「マフユさんは星が丘神社の精霊なので、基本的に神社をあけることはできないそうなのです。
 だから、お土産を買って帰りましょうね」
「そうなんですかぁ! じゃあっ。わたしたち四人で決定ですね!」
「そうデース! ヤッター!
 ソレデハ! この四人で、オトウサンとオカアサンに連絡しマスね!」

 これでついに参加メンバーが決まりました。
 わたくしがホッと胸を撫でおろしていると、わたくしの肩に、ユリナ様の手がポン、と優しく触れました。
 そうです。わたくしは今回、この方のおかげでこの結果を得られたのです。

「楽しんで来いよ。お土産話、楽しみにしてるからさ」
「はい! ユリナ様。この度は相談に乗ってくださり、ありがとうございました!」

 こうしてわたくしたち四人は、ユリナ様の助力もあり、楽しくフランスへ向かうことになりました。
 そしてこのときのわたくしは、次のように考えておりました。
 向こうへ行ったら、お父さまとお母さまに正座を教えることになるのは確実です。
 だけどおそらく、それはゆるーい雰囲気での、格式張らないものでしょう。
 だから、あんまり頑張らなくても大丈夫。
 普段はつい何かと気合を入れがちなわたくしですが、たまには気負わず、のんびりとした雰囲気で両親や知人に正座を教えるのも悪くありませんよね……。
 と、思っていたのですが、先ほどの通り、ルイーズはあの調子です。
 というか、自分で本気の『正座講習』をやります! という雰囲気にしてしまったので、今後『気負わない雰囲気』『のんびりとした雰囲気』とはいかなさそうです。
 ああ、さようなら。わたくしの平穏な夏休み……。
 そしてごめんなさい。巻き込んでしまった皆さま。
 自分からシノさんをお誘いするという点では、わたくしは確かに変われましたが……。
 短気は結局直っておらず、その点でわたくしはまるで変わっておりませんでした。
 この、メンバー決定の後。フランスに旅立ち、ベルナール家へ向かう途中で。前述の通りわたくしはまた、トラブルを起こしてしまったというわけです。


「コ、ゼッ、トー?
 いくらルイーズに、一方的に正座を悪く言われたカラって……。
 ナゼ、誰にも相談セズ、勝手に『正座講習を開く』なんて言ったんデスー?」
「あぁぁぁ。
 も。申し訳ございません、ジゼルお姉さま……」

 かくして時は、現在に戻ります。
 そこでわたくしは、自宅に入るなり、早速ジゼルお姉さまに叱られているというわけです。

「まぁまぁ、ジゼル書記ったら。
 わたしたちもー。最初からフランスに行ったら、正座に関する何らかのイベントはやるだろうって、理解していましたからぁ。
 それがちょっと大規模になりそうなくらいで、ビックリしたりしませんよっ」
「イイエ! オトハサンは甘いデース!
 コゼットったら、いつも短気が原因で問題を起こしているのに、高校二年生になってもそれが直らず、この調子なのデース。
 ワタシはお姉チャンとして情けないデース。プンプンデース!」
「あぁっ……申し訳ございませーん……」

 ジゼルお姉さまは、普段は大変温和な方でございます。
 しかし、協調性が高く、周囲の調和をとても大切にしている分……それを乱す人には、大変強い怒りをお示しになることがあります。
 まあつまり、今回のわたくしのような勝手な行動を、人一倍嫌がる方。というわけなのです。
 今年の春にも、リコ様が今回のわたくしのようなことをして、ものすごく怒られたことがありました。
 リコ様とジゼルお姉さまは、リコ様の方が一つ年上で学年も上です。
 しかし、お二人は茶道部に入った時期がほぼ同時期という『実質の同期』でもあります。
 なのでリコ様のお人柄もあり、お二人はまるで同学年の生徒のように、率直な意見を交わし合う関係……というわけです。だからリコ様がトチったとき、ジゼルお姉さまは対等な立場としてお怒りになったのです。
 にもかかわらずわたくしは、当時それをすぐ横で見ていたというのに。今回自分も同じことをしてしまいました。
 ああ、なんと進歩のない。それもこの短気な性格がいけないのです……。
 と、嘆いていると。いや、嘆いていないで具体的に改善しなくては……と考えていると。

「いいえ! わたしはコゼット副部長を支持しますっ!」

 オトハさんが味方して下さりました。
 オトハさんは、茶道部で活躍するリコ様に憧れて、星が丘高校茶道部に入部された方です。
 だから茶道部への愛は、人一倍強い方でもあります。
 なのでルイーズの一方的な言動には少し思うところがあり、対立するわたくしを支持したいと思われたのでしょう。
 そんなオトハさんのお気持ちはとても嬉しかったのですが、わたくしは次の彼女の発言に、多大なダメージを受けることとなります。

「コゼット副部長とルイーズさんの会話。
 フランス語だったんでぇ、あの時は何を話しているのかわからなくて。
 とっさに会話に混じれませんでしたがぁ……。
 ルイーズさん、ひどいですよねっ!
 どうして正座をしたこともないのに、正座をひどく言えるんでしょうか。
 本当は単に、正座した経験が少なすぎるだけじゃなんじゃないですかねー?
 あまり正座したこともないうちから正座を嫌うなんて、早すぎると思うんですよぉ!」
「うぐっ」

 オトハさんは、ルイーズに対してこう言っているのはわかります。
 わかります、が……。
 わたくしは、まるで自分に対して言われたような気分になってしまいました。
 なぜかというと、すべてにおいて、身に覚えがあったからです。
 日本を訪れる前のわたくしは、日本と日本の文化と、そして正座を毛嫌いするあまり、ルイーズとなんら変わらない主張をしていたからです。
 そう。いわばルイーズは、過去のわたくし。
 日本について、正座について本当は良く知らないのに『ただ何となく気に食わない』という理由だけで、悪いものだと思い込んでいる。
 ああ、あの頃のわたくしの、なんと愚かなことか。
 思い出すだけで情けなくて、泡を吹いて倒れてしまいそうです。
 だから個人的にも、そんなルイーズの性根は叩き直して差し上げたいところなのですが……それ以前に当時の自分が情けなさすぎて、比喩でなく泡が出てまいりました。

「オトハサーン!
 コゼットが泡を吹いて倒れてしまいましたので、ルイーズに関するコメントは、その辺でお願いシマース……!」
「ありゃっ? どうしてかよくわかりませんがごめんなさい! コゼット副部長!」

 そんなわたくしを見かねて、怒っていたはずのジゼルお姉さまが助けてくださいました。
 過程はメチャクチャですが、あんまりにも哀れなわたくしを見て、ジゼルお姉さまは『もうそろそろ許してやるか』というお気持ちになったのかもしれません。
 これこそ結果オーライ、というやつでしょうか。

「……でもさぁ。シノだってこのままは嫌だよね。
 『正座講習』やる気満々でしょー?」
「もちろん。コゼット副部長、ジゼル書記。
 今回の件に関して、私も黙っていられません。
 完璧な『正座講習』を行って、ルイーズさんを見返したいです。
 いいえ、ルイーズさんだけではなくフランスの皆さんに、コゼット副部長とジゼル書記が、いかに日本で頑張ってきたかを、お伝えしてやろうじゃありませんか」
「そうですそうです! まだどんな講習をするかも見ていないのに『コゼットには無理』なんてひどすぎますよ!」
「おお、二人トモ……。ありがとうございマースわ……。
 意欲のある後輩をモッテ、コゼットは幸せデースわ……」
「コゼットー? ワタシの口調をまねてもダメデスヨ?」

 あ。ジゼルお姉さま、まだ怒ってらっしゃいました。
 そんなジゼルお姉さまは不機嫌そうに腕を組み、わたくしをしばらくジッと見ておりましたが……。
 平謝りするわたくしを、これ以上責めてもしょうがないと思ったのでしょうか。
 腕組みを解いて、こうおっしゃいました。

「……まあ、ルイーズの言葉には、ワタシもムッときマシタし。
 やりマスカー。『正座講習』。
 元々、オトウサンとオカアサンとそのお友達には、正座を教えることになるだろうと思ってマシタし」
「ということは! ジゼルお姉さま! 許して下さるのですね!」
「とは言っても、次はナイデスヨ、コゼット!
 茶道部はアナタの持ち物じゃありませんし、部の活動は、皆で決めて、皆で作るものなんですカラ。一人で勝手に決めてしまうのは厳禁デース!」
「はい! もちろんおっしゃる通りにしますわ! みなさん、本当にごめんなさい!」

 ようやく仲直りしたわたくしたちを見て、オトハさんとシノさんもホッとした様子です。
 すっかりみっともないところを見せてしまいましたが、まあ自業自得なので……。
 『正座講習』に向けたこれからの活動で、挽回するほかありません。

「……お二人が仲直りされたようで、私達も安心です。
 では早速ですけど、具体的には何から始めます?」
「本当に早速ですわね、シノさん! ありがたいですけれども!」

 そして、シノさんが非常にやる気です。
 茶道部愛が強いオトハさんはともかく、シノさんがここまで積極的な姿を見せてくれるとは思っておりませんでした。

「まず、これは絶対お願いしたいことなんですけれども。
 コゼット副部長とジゼル書記には、私たちの説明の通訳・翻訳をお願いします。
 今回、正座をするにあたっての資料は特に持ってきていませんので……。
 すでに星が丘高校茶道部のホームページに載せているデータを使うか、新しく作らなくてはなりませんね。
 なのでその選定のためにも、最初に……というか、今の段階で『正座講習』における、主要な題材を決めないと」
「そうですわね……。
 では、来られる方がどのような人々なのかを、理解した上で題材を決めたいですわね。
 今回『正座講習』に来られるのは、まず、わたくしたちのお父さまとお母さま。
 次に、お父さまとお母さまのお知り合いの皆さん。
 ……そして、ルイーズをはじめとする、わたくしたちのフランスでの知人たち。
 と、考えられますが。
 当然ながら、皆様正座になじみの薄い、フランス人です。
 なので、これまでの比ではないくらい『正座初心者』の方ばかりが集まることになりますわ。
 そんな皆様が安心して正座ができて、もし途中で正座し続けられなくなってしまったとしても……。
 『正座ができない自分はダメだ』『正座はつらいものだ』なんて思ったりしないような、温かい雰囲気のイベントにしたいですね。 
 たとえば……痺れにくくするコツですとか、そういったものを最初に教えて、あらかじめ備えていただくのがよさそうです。
 ここにいる皆さまならご存じでしょうけれど、足の痺れは、血流の悪化が原因です。
 ですから『なぜ痺れるのか』という理屈を理解していれば、事前に対策をすることは、十分可能なのですわよね。
 だから、当日参加される『正座初心者』の皆さまには、最初にそれをお伝えすることにしたいですわ」
「いいですね。であれば、最初の説明時にその『痺れにくくするコツ』について話しましょう。
 そのとき皆さんに一緒に読んでいただくものとして、フランス語で書かれたレジュメが必要になると思いますので……。
 それらの作成はコゼット副部長とジゼル書記にお任せしたいです」
「ワカリマシター! ワタシ、フランス語、ヒサシブリですカラ。
 忘れてないかちょっと心配デースガ……」
「ちょっとお姉さま……?
 いくら『日本語がうますぎる留学生』って呼ばれるようになったからって、日本語に夢中になりすぎたせいで、母国語であるフランス語を忘れてしまったら、大変ですわよ……!」
「エヘヘッ。もし困ったときは、今回の企画立案者のコゼットにも頼りますカラ!」
「あははっ! そしたらわたしたちは、レジュメを見ながらフランス語の勉強もしますね!
 ちょっとでも話せた方が! 打ち解けやすいと思うのでっ。
 ねっ? シノ?」
「いいですね。高校ではフランス語は履修しませんが、大学では外国語科目としてフランス語を扱うところも多いので。
 今のうちに勉強しておけば、将来につながりますし。
 あとコゼット部長。参加者の方が、もし途中で正座し続けられなくなってしまったときについてですが。
 そのときは気軽に足を崩せる雰囲気にしたいですね。
 私達の目的は、正座に関心を持っていただくことであって、無理に長時間正座をしてもらうことではないのですから。
 自分だけ正座をやめてしまう事に罪悪感を覚えて、結局最後まで無理に正座をしてしまった人がいた……。
 という事態は避けたいです。
 私達も、参加している方一人一人をきちんと見ている必要がありそうです」
「おっしゃる通りですわ。
 まあ、正座するときの負担を減らす『正座椅子』があれば、初心者の方ももう少し楽になるのですけれど……。
 日本ならまだしも、さすがにフランスでは手に入りませんわよねえ……」
「アルヨー?」
「あるんですのー!?」

 話がすっかり白熱していたその瞬間、突如お父さまがヒョッコリと顔をお出しになられました。
 どうやら先ほどからずっとわたくしたちの会話を聞いていたようですが、なかなか口を挟むチャンスがなかったので、その機会をうかがっていたようです。

「アルヨー。正座椅子。正座する時に、チョンと座れる小さな椅子デショウ?
 オトウサンも正座が気になって、カッチャッタ。
 これ、とってもイイネ! 正座に慣れていない人が、使うととっても気持ちがラク!
 正座椅子に座ると、それは完全な正座ではなくなってしまうケレド……。
 正座が辛くなっても、足を崩したくない。できるだけキチンとした姿勢でイタイ。
 そう思ったときの強い味方にナルネー!
 オトウサンとオカアサンの分二つアルカラ。両方好きに使いナサイ」
「ありがとうございます、お父さま。これで問題はひとつ解決いたしましたわ!
 次は、会場ですわよね。勢いで、この家でやるとお伝えしてしまいましたが……。
 開催できるとしたら、このリビングを片付けて、広めのスペースを作る必要が……」
「ソレナラ、オトウサンお手伝いスルヨー!」
「オトウサン! そんなにお手伝いしてくれるノー!」
「モチロンダヨー! 娘とそのお友達がガンバッテいる。
 コレに協力しない父親なんてイナイヨー!」

 お父さまは、おそらくまたその場の雰囲気に飲まれておっしゃっているのでしょうが、それでも嬉しいものです。
 そんな気持ちが顔に出ていたのでしょうか。シノさんが、わたくしにこうおっしゃいました。

「いい『正座講習』にしたいですね。こんなに皆さん、意欲満々なんですから」
「ええ! もちろんですわ!」

 かくして、フランスでの最初の夜は更けていきます。
 想定外のことが続き、皆様にはご迷惑をおかけしてしまっていますが……。
 わたくしはひそかにこの『正座講習』が、楽しみになりつつありました。


 わたくしたちは、その後もたっぷり話し込みました。
 そのうちにあっという間に夜になり、食事時になり。お風呂から上がっても話し合いは続きましたが、やがてついに『そろそろ寝ましょうか』という時間となりました。
 今回、当然ながらわたくしとジゼルお姉さまは自宅ですので、自室で眠り、オトハさんとシノさんには、それぞれ客室を使用していただいております。
 なのでわたくしは久しぶりの自室でスヤスヤ眠る……予定だったのですが。これから本格的な『正座講習』を行うのだと思うと、楽しみな反面、問題なくこなせるか心配になり、何だか眠れません。
 ということでわたくしは、一杯お水でもいただこうかと、居間に向かうことにしました。
 しかしそこには、意外な先客がおりました。
 オトハさんです。

「あら? オトハさん。まだお休みになってませんでしたの?」
「そうなんですー。だから、お水いただこうかと思って……。
 すみません。一杯頂戴してもよろしいですか?」
「もちろんですわよ! というか、わたくしがご用意しますから。
 オトハさんはそこにかけていてくださいな」

 オトハさんは、どうやらわたくしと完全に同じ考えでこちらにいらしたようです。
 わたくしはオトハさんに椅子に座ってお待ちになるよう促すと、冷蔵庫を開けてレモン水を取りだし、二人分、注ぎます。
 ですが、そうしているうちに、少し緊張してまいりました……。オトハさんとこうして二人きりで話すのは、実は初めてのような気がしてきたからです。

「はい、どうぞ」
「ありがとうございますっ! うわー、レモン水だ!
 コゼット副部長とジゼル書記のおうちは、なんでもおしゃれですねえ!」
「ありがとうございます。
 それにしても、てっきりもう、とっくに眠ってらっしゃるとばかり思っていましたわ。
 オトハさんも長旅でお疲れでしょうに……。
 何か、眠れない理由でもありましたの?」
「そうなんですー。ちょっとゆっくり考えたいことがあって……」
「考えたいこと?」

 あてずっぽうだったのですが、どうやらこの『眠れない理由がある』という点においても、オトハさんとわたくしは同じ気持ちだったようです。
 これまでわたくしは、オトハさんと自分には、あまり共通点がないように感じておりました。
 しかし、少なくとも現在、わたくしたちはとても気が合っているようです。

「茶道部の今後について考えてたんですー。
 次の代はもう、今の役職からステップアップして。
 コゼット部長、ジゼル副部長、ナナミ書記。っていうのがほぼ決定ですけれど。
 そのさらに次の代……つまり、わたしたちの代において。
 誰が部長になるのが、一番いいのかなって」
「何をおっしゃいますの。わたくしの次の部長はオトハさんでしょう?
 入部したときから、『次期・次期部長』になるって、志願されていたじゃありませんか」
「そうなんですけどぉ……」

 オトハさんはコップを見つめながら、困ったような様子で、両手を顔に当てました。
 珍しく、歯切れの悪いオトハさんです。
 その様子が意外すぎて、一緒にわたくしも、両手を顔に当てるポーズをしてしまいました。

「わたしって。茶道初心者ではありますけど。
 入部する前から、リコ部長がきっかけで強い関心を持っていて。
 入部した頃にはもう、知識だけは結構ありましたよね」
「そうですわね。
 おかげさまで、わたくしたち上級生は、大変助けられているわけですが……」
「でも、わたしくらい、やる気満々で入部してくる子なんて、そうそういないですよね?
 ……だから、たとえばわたしが部長になってー。
 『わたしは一年生のこの頃、これくらい色々できました』っていう『わたし基準』でみんなと活動しようとしたら……。
 多分、みんなついてこられないと思うんですよぉ」

 『確かに、オトハさんのハリキリぶりについていくのは、みなさん大変かもしれませんわね』
 ……と。そんな言葉が思わず口をつきそうになりましたが、すんでのところでストップさせました。
 リコ様であれば、こういったことはおっしゃらないと思ったからです。
 リコ様はいつもボンヤリされていて、部長として、ちょっと頼りなく感じることもあります。しかし、人を悲しませるようなことや、意欲をそぐようなことは、決しておっしゃいません。
 なのでわたくしはここで自分の意見は挟まず、オトハさんが考えていることを、最後まで聞くことにしました。
 オトハさんは続けます。

「だから、わたし、シノがもしその気になってくれるなら……自分じゃなくて、シノを次期の次期部長に推薦したいと思ってるんです。
 シノだったら、茶道の知識がまだ浅い人、コンスタントに活動に参加できない人。
 そして、正座が苦手な人の気持ちをわかってあげられると思います。
 だって、今日だって、正座を長時間続けられるか不安な人の目線に真っ先に立ったのって、シノですよねー?
 だから、改めて『シノが部長になったら、いい部活になるだろうな』って思ったんです。
 コゼット副部長もそう思いません?」
「なるほど……」

 オトハさんはいつも明るく、元気で、いわゆるキャピキャピッとした雰囲気の方です。
 しかし、真面目な話になるときは不思議と落ち着いていて、冷静な視点でものを見ることができるお方でもあります。
 つまり、本来は知性派なのでしょう。
 明るく元気なのは部活動が楽しいから、ついハイになっているだけであって……もしかすると、一人でいるときは、案外静かな方なのかもしれません。

「そうですわね……。確かに、オトハさんのおっしゃることも一理あると思います。
 現在の部長であるリコ様も、初心者目線に立てることがご自身の強みとおっしゃっていて、それを生かした活動をされていますから。
 もしシノさんが部長になられるのでしたら、リコ様のようなタイプの部長になれると思います。
 ……でも、オトハさんは、だからと言って、決して『部長になりたくなくなった』というわけではないですわよね?」
「もちろんです! ただ、適性の面で心配になっちゃっただけっていうか……」
「そうなのでしたら! わたくしは引き続き部長を目指していただきたいですわ。
 『オトハさん』、『シノさん』、そして『他の一年生部員』の皆様のうち、部長になりたいと考えている人全員が、ベストを尽くした姿を見た上で、わたくしは改めて意見したいです。
 第三者から見て『適性がある』という意見はとても大切です。
 でもわたくしは、たとえやや適正に欠けていたとしても……。
 『部長になりたい』という意欲を持っている方を応援したいです。
 だって、本当に部長を目指していて、欠けているところを自覚しているのなら、それを克服する努力ができるはずですもの」
「そっかあ……」

 オトハさんは気づいていないかもしれませんが、途中から、適性がないながらに部長を目指している、自分を応援するような言葉になってしまいました。
 しかし、多少はお役に立てたようです。
 オトハさんの表情は明るくなり、オトハさんは大きく頷くと、グイッと残っていたお水を飲み干しました。

「ありがとうございます! コゼット副部長。
 確かに、今決めてしまうには時期尚早すぎましたねぇ。
 わたしは、茶道部が好きなのでー……。一番向いていると思う人に、部長になってほしいと思っていました。
 だけどそれが誰かなんて、まだわからないですよね。
 次の次の部長を決めるまで、まだたっぷり時間があるんですから。
 お話聞いてくださりありがとうございますっ、元気が出ました。
 では、明日に備えて寝ますね!
 おやすみなさーい!」
「はい。おやすみなさいませ」

 先輩らしく助言することなんて、これまでないに等しかったのですが、どうやらうまく相談に乗れたようです。
 オトハさんは嬉しそうに、ピョンピョンとお部屋へ戻って行きました。
 だけどこうして、実家でオトハさんと二人きりでお話をすることになるとは。
 これも、勇気を出してフランスへお誘いしなければ、発生しえない出来事だったでしょう。
 わたくしは改めて、オトハさんとシノさんをお誘いして良かったと感じました。
 そしてこれも、自分を変えようと思うきっかけを下さった、ユリナ様のおかげと言えるでしょう。
 この度は本当にありがとうございます、ユリナ様。
 どうかお土産、楽しみにしていてくださいましね……。
 あ。
 お土産、どのようなものがほしいか、聞くのを忘れてしまっていました……。明日、メールをしなくては。
 そう思いながら。わたくしは、自分のコップへ、おかわりのお水を注ぎました。


『フランスからはるばる日本までやってきて、高校卒業まで留学すると決めたからには、日本でしかできないことを成しえて帰りたい』
『できればフランスに戻ってからも、ずっと活かせるような、生涯の特技となるものを身につけて帰りたい』

 今から少し前。
 わたくし『コゼット・ベルナール』の高校二年生の春は、そんな決意から始まりました。
 春休みを利用して一時帰国した際、留学期間をいつまでにするか、お父さまお母さまと、改めて話し合う機会があったからです。
 そのときわたくしは、卒業までの留学を決意しました。
 元はと言えば、ある日突然日本に旅立ってしまったジゼルお姉さまの目を覚まさせ、フランスに連れ帰るための留学でしたが……。
 わたくしはそこですっかり日本に関心を持ってしまい、新たに始めた『茶道』と『正座』という文化を、極めてみたいと思ってしまったからです。
 だからわたくしは、先ほどの、二つの誓いを立てました。
 そして『ずっと活かせるような、生涯の特技』。その一つを、正座にしたいと思っております。
 正座はまあ、一人でもできる文化です。
 たとえば一人で自室にいるとき、好んで正座をしていれば、それはもう、それだけで『正座が好き』『正座が趣味』といえるでしょう。
 だけどわたくしが目指すところは、そこではございません。
 フランスという、決して正座になじみがあるわけではない母国で、正座に関心を持って下さった方に、正座を教える。そしてこの正座から発展して、新しい趣味や交流関係を手に入れてほしい。そう思っています。
 それは、会えばすぐにイヤミを言ってくるルイーズに対しても同じです。

「本日はお越しくださり、誠にありがとうございマース。
 それではこれより、ワタシたち星が丘高校茶道部主催の『正座講習』を始めたいと思いマース!」

 『正座講習』当日。
 ルイーズは約束通り現れ、それどころか、最もいい席である、わたくしたちから見て最前列中央にいらっしゃいます。
 挨拶の時間なので、ルイーズはイヤミを言ってきたり、妙なツッコミを入れてくることはございません。
 ただ不機嫌そうに……まだ椅子に座った状態で……わたくしたちを見上げております。

「まず……今回は、生まれて初めて正座にチャレンジする方もいらっしゃると思いマス。
 そんな人にとって、一番怖いのは、足が痺れてしまうことではないか?
 ワタシたちはそう考え、まず最初に、その『痺れ対策』をお話することにシマシター。
 ハーイ! 今日来てみたけど、本当はチョット足が痺れるのが怖いカター!
 手をアゲテっ!」

 ジゼルお姉さまが大きく左手を上げるとともに、パラパラと手が上がり、同時に同意の声も上がります。
 ルイーズは手を上げませんでしたが、まあおそらく本当は怖がっていることでしょう。
 そんな皆様へ向かってジゼルお姉さまは、オトハさんとシノさんが今回新規に作ってくださったレジュメを、フランス語で紹介していきます。

「身体の痺れというものは、その部位が圧迫されるなどで、血の巡りが悪くなることによって発生しマース。
 例えば、正座による足の痺れは、体重が足にかかり続けて圧迫されることにより、起こるんデース。
 なのでっ。できるだけ長く、足が痺れないように正座するには。できるだけ圧迫されすぎない、血流が悪くならない姿勢で、正座をするのが大切デース。
 では、具体的にはどうすればいいの? といいますと……。
 座るときに、お尻を後ろに突き出すような姿勢にしてみるといいデース。
 お尻と太ももの境目を、かかとの上に乗せるイメージデース。
 では、オトハさん、やってみてクダサーイ」
「はいっ! みなさんご覧くださーい!」
「こうすることによって、腰がしっかりと立ちマース。
 すると、背中が曲がりにくくなるんデース!」

 オトハさんは、練習のおかげで、簡単なフランス語を話せるようになりました。
 本日も、この『みなさんご覧ください』をはじめとする、あらかじめ言うと決めておいたセリフは、発音も完璧です。

「他にも、しびれを避ける正座の仕方はまだまだありマース。
 まず膝は、ぴったり閉じてしまうよりも、少し開いておくくらいが痺れにくいデース。
 次に、身体の重心は、後ろにかからないようにシマショウね。
 たとえばかかとに重心をかけるように座ると、そこから痺れやすくなってしまいマース。
 そして、これまでの対策を駆使しても痺れてきてしまったときは、足の指を組みかえたり、足の指を立てて、かかとの上にお尻を乗せた状態にシテミマショウ。
 そうすると、周りの人より頭が高くなってしまいますが……それは特に失礼な事ではありませんので、ダイジョウブデース。
 つまり。痺れないように気をつけつつも、痺れそうになったら少しずつ姿勢を変えて、血流悪化を防ぐのが……長く正座をするコツデース!」
「それでは、わたしたちと一緒に、正座をしてみましょう!
 わたしと、こちらのシノは、日本人で、あまりフランス語は話せませんが……。
 精一杯お手伝いしますので、お気軽に声をかけてくださーい!」

 こうしてご挨拶と説明の時間は終わり、いよいよ本格的な『正座講習』が始まりました。
 講習は会話自由で、もちろん正座が辛くなってきたときは、途中で足を崩すのも自由としております。
 なので皆様はおいおいに正座をしながら、ときに周囲の人や、わたくしたちとコミュニケーションをとりながら……楽しい時間をすごし始めました。
 ここで心配だったのは、オトハさんとシノさんがフランスの皆様とうまく会話できるか……ということだったのですが。参加者の皆様は大変お優しい方ばかりでした。
 お二人がフランス語初心者であることを意識して、ゆっくり、簡単な単語でお話して下さるので、お二人も無理なくコミュニケーションがとれているようですし……それどころか、逆に日本語で話しかけている方もおります。わたくしは安心しました。
 なのでわたくしは一つの不安を解決し、会場をじっくり見て回りながら、アドバイスをしたり、一緒にお話したりと『次期・正座先生』らしい活動をしていきます。
 ちなみにこの、今回何度も出てきている『正座先生』という言葉は、リコ様が作った言葉です。
 だけど『正座先生』とは決して、正座を絶対に完璧にこなせる人だけが名乗れる、ハードルの高いものではございません。
 正座の仕方を理解して、周囲の人に楽しく正座を教えたいと思っている人なら、誰でも名乗ってよいものとなっております。
 だからわたくしも、本当はいつでも『正座先生』を名乗っていいのですが……。
 しかし、あえてそうはしておりません。
 それは、自分に満足していないからです。
 なので今のわたくしは、まだ『次期・正座先生』。今後もっと自分を磨き『これならば!』という自分になれたとき、初めて『正座先生』を名乗ろうと思っております。
 そしてそうなるためには……。やはり、この方とのコミュニケーションが必要です。

「ルイーズ。いかがですー? 正座は」
「ちっとも良さがわかりませんネ! 姿勢として、不自然なだけだワ!」

 ルイーズはそうは言いつつも、足を崩しているわけではなく、真面目に正座にチャレンジし続けています。
 というか、正座せざるを得ないのかもしれません。
 今日の『正座講習』は、今のところ、バッチリいい雰囲気で進んでいます。
 それは、完全にルイーズの予想には反してしまっています。
 ゆえにルイーズは、わたくしに意地悪を言いたくても『コゼットは正座講習をきちんと運営できていない』とは言えません。事実とまるで違うからです。
 だから彼女は、すでに『正座なんてくだらない』という方向でしかわたくしに反撃できないのですが……。
 この人は、なんだかんだで真面目なのです。
 正座をする前なら適当なことが言えましたが、いざ正座を始めた以上、自分でもある程度正座がどのようなものか試さないと、文句は言えない……と、気づいてしまったのでしょう。
 結果的にルイーズは『正座の粗を探すために、真面目に正座する』という事態に陥っているようでした。
 だけどそれは、わたくしたちの望むところでしょうか?
 わたくしは、ルイーズに無理やり正座させたくて、この会を開いたわけではありません。
 以前のわたくしなら『ルイーズの気持ちなど知ったことか。納得して参加した以上は、できるだけ正座してもらう』と考えていたかもしれません。
 だけどわたくしは今回の一時帰国で、自分を変えたいと思っています。

「ルイーズ」

 であれば、わたくしがルイーズにかけるべき言葉は、もう決まっています。

「……いいんですのよ? もし辛いのでしたら、無理に正座しなくて。
 わたくしたちが『正座講習』を開いた理由は、貴方とケンカになってしまったから、というのもありますが……。
 一番の理由は、正座に関心を持って下さるフランスの皆様へ、お手伝いがしたかったからなのです。
 だから、どうしても正座に関心を持てない方に、無理に正座させ続けたいわけではございませんの。
 ……この前はごめんなさいね。わたくしも大人げなかったですわ。
 わたくしは結果的に、正座を好きになれない貴方を、無理にここに招いてしまいました。
 だから、もう、いいんです。
 足を崩して……」
「……違うんですのヨ」
「えっ?」

 しかし、ここまで伝えても、ルイーズは正座をやめようとしませんでした。
 それどころか、なぜかわたくしの言葉を『違う』と否定されています。
 いったいどういうことでしょうか。

「ちっとも良さがわからなかったし、姿勢として、不自然なだけだと思っていたノ。
 でも、できてるのヨ……正座」
「ええっ?」

 ルイーズはこう伝えてくれましたが、その意図は一向にわかりません。
 わたくしはだんだん混乱してまいりました。

「アンタたちの言う通りにしたせいで。
 私。あんなに嫌いだった正座、普通にできてるのヨ……!
 ねえ。私きっと才能があるんだワ。つまり私、正座の天才かもしれない……」
「えええっ……? 
 でも。仮に才能があったからといって、貴方は正座が好きではないのでしょう?
 だったら、やはり無理に正座をすることは……」
「イイエ!」

 そう言うと、ルイーズは正座の姿勢のまま、その場でピョン! と跳ねました。
 するとすぐさま、ドスン! という着地音がします。
 この動作はどう考えても、ルイーズのかかとに相応の負担をかけた気がするのですが……。
 ルイーズはそれでも、平気そうに正座を続けています。
 ……確かに、これは正座の才能があるのかもしれません。

「正座、嫌いだったけれド。こんなにうまくできるなら、考えが変わってきたワ。
 ……フン。なんでもやってみないとわからないものネ。
 食わず嫌いをやめたら新しい世界が広がるんだワ。
 ……だからそれを教えてくれたこと、感謝しているノ。
 あんたたちが上手く教えてくれたせいで、私ったら新たな才能を開花させてしまったみたイ。
 だから……」
「だから……?」

 そして将来『正座のうますぎるフランス人』になりそうなルイーズは、次のようなことをおっしゃいました。

「もっと教えなさイ! 正座を!
 アンタ『正座先生』ってやつなのでしょウ?」

 とんでもない展開です。
 わたくしはこんな形で、新たな才能と『次期・正座先生』候補を発見してしまったようです。
 となると、あの日の短気も、功を奏したということなのでしょうか……?
 短気自体は直さなくてはなりませんが、塞翁が馬、というのはこういうことなのかもしれませんね。

「『正座先生』ではなくて『次期・正座先生』ですけれどね?
 まったく調子のいい方ですこと」
「いいから早くー! 正座に興味を持ったんだから、いいじゃなイ!」
「仕方ありませんわね!」

 このようにして、キャイキャイ言い合いながら正座をするわたくしたちを、意外な展開に気づいたらしいジゼルお姉さま、オトハさん、そしてシノさんが見つけて微笑んでいます。
 本当にお騒がせしてしまいましたが……皆様のおかげで、わたくしは新しく正座の輪を広げ、一歩『正座先生』に近づけたのかもしれません。

「では、始めますわよ。まず手の置き方から、いい方法を教えて差し上げます」
「望むところですワ!」

 であれば将来の星が丘高校茶道部部長、そして立派な『正座先生』になるべく、わたくしはもっと頑張りましょう。
 わたくしは今日できたばかりの正座生徒・ルイーズと実に真剣な表情を浮かべ合いながら、指導を始めました。


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