[72]次期・正座先生、部長になる!


タイトル:次期・正座先生、部長になる!
分類:電子書籍
発売日:2019/11/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:64
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり

内容
高校2年生のコゼット・ベルナールは、フランスから日本にやってきた留学生。
かつては『日本嫌い』『正座嫌い』だったコゼットだが、今では日本が大好きになり、星が丘高校茶道部の副部長として、楽しく活動していた。
そして10月。現部長のリコとバトンタッチしたコゼットは、部長になってからの初めてのイベント『秋の部活動週間』に挑むこととなる。
これはまだどの部活動にも入部していない生徒たちに向けたイベントで、新入部員獲得のチャンスでもある。
しかし去年このイベントに参加してなかったコゼットは、まずは去年の情報収集から始めることにする。
その過程で、茶道部の卒業生たちからアドバイスをもらうことにしたコゼットは、双子の姉のジゼルと、後輩のマフユを連れて、先々代部長のアヤカに会いに行くことにするが……。
次期・正座先生が、ついに部長になりました!
人をまとめるのは苦手なコゼットがそれを克服するため、新たな一歩を踏み出す『正座先生』シリーズ第20弾です!

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本文

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 日本も、日本の文化も大嫌いだったはずなのに、気が付けば日本で、茶道部の部長になっていました。
 わたくし『コゼット・ベルナール』のここ約九か月ほどの出来事は、振り返ると、こんな意外すぎる一言に集約されます。
 この、高校一年生から高校二年生になる期間。思えばわたくしの人生は、常に『より、想定していない方向へ』進んでまいりました。
 たとえば高校一年生の夏、双子の姉である『ジゼル・ベルナール』お姉さまが、一緒に進学したばかりのフランスの高校を一学期で離れ、日本へ留学してしまったこと。
 たとえば高校一年生の冬、そんなジゼルお姉さまのことが許せず、どうにか連れ戻そうと自分も日本へ留学したら、日本で『茶道』と『正座』という学びたいことができてしまい、高校卒業まで留学を続ける決意をしたこと。
 たとえば高校二年生の春、来日当初はまず無縁だと思っていた『茶道部部長』という役職への就任が決まり、『次期・茶道部部長』として精力的に活動を始めたこと。
 これらはいずれも、過去のわたくしが聞いたら『えっ!? どうしてそうなりましたの!?』と驚かれてしまうようなことばかりです。
 と、言いますか、もし実際にそんな質問をされたのなら、現在のわたくしでさえ『自分でもどうしてこうなったのか、まったくわかりませんの』と答えるほかないことなのです。
 自分で言うのもなんですが、わたくしコゼットは自分のことを相当に気が強く、意志もとても強い人間だとばかり考えていました。
 だからジゼルお姉さまがどんなに日本の文化を勧めてくれても、かつてのわたしは『わたくしには必要のない知識ですから』の一点張り。
 たとえば『正座』についても、『フランスでは基本的に椅子に座る生活なのですから、ずっとフランスで暮らすつもりのわたくしは、習得しなくても問題ございません』と、本気で思っておりました。そして、このように自分の考えを曲げないことが格好良く、正しいことなのだとばかり思っていたのです。
 だけどわたくしは、ある方との出会いで、そんな自分は間違っていたのかも……。
 少なくとも、正座に関しては間違っていた……。
 と、思うようになりました。
 なぜならわたくしは、正座を心から不要と感じていたのではありません。
 どちらかというと『過去に正座をして失敗した経験があったので、不要なものだと思い込みたかった』というのが正しかったからです。
 これがきっかけで、わたくしはもう一度正座をしてみることにしました。
 するとそれは、びっくりするほど簡単に成功しました。
 わたくしは前述の『ある方』――そう、当時の茶道部部長である『サカイ リコ』様をはじめとする茶道部のみなさまのご指導で、あっさり自分の苦手を克服できたのです。
 さらにこれは、その後のわたくしを『より、想定していない方向へ』進ませる鍵となります。
 自分には永遠にできないものだと捉えていた正座が、あっさりできるようになったこと。
 この経験からわたくしは、次のように考えました。
 もしかすると間違っているかもしれない自分の主張……たとえばこの件なら『正座は不要なものである』という主張を貫き通すよりも、『自分の主張はどこかおかしいな』と感じた時点で修正し、他人の意見に従ってみる。そして、新しい結論を探し出すことも必要だ! と。
 つまりこの件なら『正座は人が生きる上で絶対必要なものというわけではない。だけど、正座ができると、その分人生の選択肢が広がる』という考えに修正してみる……という風にです。
 そして高校二年生の秋、わたくしはついに茶道部の部長となりました。
 同時にわたくしに柔軟な考え方をくださった前部長のリコ様は大学受験のため、あまり茶道部には顔を出せなくなってしまいました。
 なのでわたくしの茶道部ライフは、ここからが第二章、といってよいでしょう。
 第一章が日本と日本の文化に対する偏見を捨て、素直な心で学んでみる! という物語であるならば、その続きである第二章は、以前のわたくしのような方に、新しい考え方や道の存在を教える! ……という感じのことではないでしょうか。
 ……と、考えることだけなら簡単です。問題は、実行していくことなのです。
 自分で言うのもなんですが、わたくしコゼットは自分のことを相当に優秀で、本気を出せば、自力である程度のことはなんでもこなせる人間だとばかり考えていました。……その割には、正座に一度失敗したくらいであきらめかけておりましたが……そこは今は触れずにおいてくださいまし。
 だけど、違ったようです。
 わたくしはどうやら、在籍中あれほど『ボンヤリしたお方』と評していたリコ様に、実際は相当頼り切っていたようなのです。
 たとえばリコ様が部長であった頃、わたくしたちは次のような流れで活動をしておりました。
 まず、リコ様が『こんな活動をしたい』と案を出します。
 次に、それを聞いたわたくしたちが、実現に向けてアドバイスをしたり、資料を集めたり、完成までのロードマップを描いたりといった風に補助をします。
 そしてリコ様の指揮で実際に作業を行い、完成させ、これまで数々のイベントを運営してきたのです。
 正直に申し上げますと、わたくしはサポート役という点で、非常に優秀であったと自負しております。
 リコ様はアイディアを出すのは大変お上手でいらっしゃるのですが、若干、勢いや思い付きで行動される部分がございました。
 なので、一緒に活動するわたくしたち部員は、そのあたりにツッコミを入れる必要があります。
 たとえば『この部分は、もう少し具体的に考えた方がよいですわよ!』と、漠然としたままのアイディアを指摘したり、『この部分は、時間や予算の都合上、少し簡略化しないと間に合いませんわ!』と修正を求めたりする……といった感じでございます。
 ゆえに、わたくしはそのツッコミ役代表として機能しておりました。
 リコ様は、穏やかで柔軟な姿勢をお持ちの方でした。そのため、わたくしたちが少し厳しいツッコミを入れることがあっても、きちんと受け止めてくださいます。結果、改善案を一緒に考えるのは容易で、わたくしたちは非常に良いチームであったと言えるでしょう。
 だからリコ様の下についている間、わたくしは気が付かなかったのですが……。
 どうやらわたくしは、リコ様のようにはなれなさそうなのです。
 別の人間なのだから、そんなことは当たり前だ? いえ、そういったことではございません。
 ではどのようなことなのか? と言いますと、つまりわたくしは、リコ様がこれまで自然に行われていた『アイディアを出す』『リーダーとして、周囲の意見を聞き入れながら指揮する』といったことが苦手なのです。
 だって、これまで申し上げました通り、わたくしの得意分野は『アイディアを洗練させる』『時に周囲と対立しても、自分の意見を伝えて補助する』ことなのですから!
 ああ、今になってこんなことに気づくなんて……わたくしの部長ライフ第二章は、いったいどうなってしまうのでしょう?
 高校二年生の秋は……どうやら、波乱に満ちた季節になりそうです。


「……何もアイディアが浮かびませんわ」

 十月の茶道部定例会議は、わたくしのこのような、部長としては、あまりにも頼りない言葉から始まりました。

「えーっ!? チョット、チョットー! コゼットったら、いったいどうしちゃったんデスー!?」

 これにさっそくツッコミを入れてくださいますのは、ご存じ、わたくしの双子の姉であるジゼルお姉さまでございます。
 ちなみにわたくしたちはすでにお伝えしました通り、生まれてから高校一年生になるまではずっとフランスで暮らしてきた生粋のフランス人ですが、姉妹揃って、日本語にはかなり自信がございます。
 なのでこの通り、日常生活はすべて日本で送っておりますし、さらにお伝えすると、わたくしは話すのが得意で、ジゼルお姉さまは書くのが得意でございます。
 ゆえに、より言葉が流暢なのがわたくし。
 まだ少し片言ではございますが、より語彙が豊富なのがジゼルお姉さまと見分けていただくとわかりやすいでしょう。

「そうですよぉ。いつも強気のコゼット新部長らしくありませんっ!
 もしかしてぇ。『秋の部活動週間』のアイディアが何も浮かんでないふりをして、わたしたちを試そう。よい案を出させよう! って、魂胆ですかーっ?」

 ジゼルお姉さまに続いたのは、一年生部員の『ムカイ オトハ』さんです。
 オトハさんはわたくしの後輩ですが、この通り非常に明るく、思ったことを正直に口にされる方です。
 また、オトハさんは前部長であるリコ様を非常に慕っていらっしゃり、リコ様が部から離れた現在でも『リコ前部長』とお呼びになられています。
 なのでわたくしは、少し前までは『コゼット副部長』と呼ばれていたのから、先日『コゼット新部長』へランクアップしたというわけです。
 ということで、ランクアップを果たした身としては『よくお見抜きになられましたわね。その通りです。わたくしはオトハさんたちを試していたのですわ!』くらいのことは言ってみたい。言ってみたいものなのですが……。

「そんな魂胆、ございませんわ……。
 わたくしなりに今日までいろいろ考えてまいりましたが、本当にアイディアが何も浮かばず、すっからかんですの。
 かといって、前回の『学校説明会』のように、前年度の発表内容をもとにするわけにもいきませんし……」

 本日の茶道部定例会議の議題は、これから行われる星が丘高校の秋の行事『秋の部活動週間』についてでございます。
 『秋の部活動週間』とは、その名の通り、星が丘高校に存在する四十近い部が、現在部活に入られていない生徒たちに向けて、自らの部のよさをアピールするイベントです。
 開催期間は、十一月上旬の一週間。なのでわたくしたちはこの短い期間に、他の部というライバルを押しのけ、いかに茶道部の良さを伝えていくか? ということについて、本日議論しなくてはなりません。
 にもかかわらず、現在のわたくしには、それを可能にするためのアイディアがまったく浮かんでいない状態です。
 であれば、去年の『秋の部活動週間』で茶道部が実施したことを改良する。いい意味での『使いまわし』をするのはどうか? という意見が出そうですが……。残念ながらその『使いまわし』は、一つ前のイベント『学校説明会』ですでに行ってしまったため、今回はそれもできない状況なのでした。

「『使いまわし』が良い意味で受け取っていただけるのは、一回目だけですからね。
 二回目からは『この部は去年の活動の焼き直しばかりで、本当にやる気がない』と思われてしまいかねません」

 今、わたくしの心の中を代弁するかのような発言をしてくださったのは、一年生部員の『カツラギ シノ』さんです。
 シノさんは、オトハさんの昔から仲の良い友人です。
 この茶道部にも、オトハさんがシノさんを誘う形で、二人一緒に顔を出してくださったのがきっかけで入部されました。
 そんなオトハさんはこの通り真面目で落ち着いた性格で、一年生ながら、部の運営に関して非常に冷静な意見をくださいます。
 そのツッコミのパワーといったら大変頼もしく、わたくしもとても信頼しているのでした。
 もし来年度わたくしやジゼルお姉さまがこの部を去っても、やる気満々のオトハさんと、クールなしっかり者のシノさんのコンビが健在ならば、茶道部は安泰といえるでしょう。

「シノさんのおっしゃる通りですわ。
 だから『秋の部活動週間』では、何か、今の茶道部らしい、新しい活動をしたいと思っているのですが……」
「そうおっしゃると思いまして! 拙者、去年度の『茶道部以外の部』の発表資料を集めてきたでござるよー!
 他の部を参考にするのなら、それは『使いまわし』とは言わないでござるよな?」

 ここで、ドン! と資料をお渡ししてくださったのは、一年生部員の『ヤスミネ マフユ』さんです。
 マフユさんは、この武士のような口調が示唆する通り、普通の高校一年生ではございません。
 その正体は、とても昔からこの星が丘市に生き、街を守り続けている、とても長寿の精霊様なのです。
 マフユさんには本来、お住まいである星が丘神社を管理するという使命がございます。
 しかし今は、わたくしたち茶道部部員きってのお願いで、星が丘高校の学生として、一緒に活動をしてくださっているというわけです。
 つまりわたくしは現在『とても年上の後輩』がおり、本来はずっと目上の存在であるマフユさんに見守っていただきながら活動しています。そのうえ、資料まで集めていただいてしまっているというわけです。
 これはかなり恐縮なことなのですが、マフユさんはこの通り大変腰の低い方でいらっしゃるので、実年齢をまったく気にせず『後輩として入学したからには、後輩として扱ってほしいでござる』とおっしゃり、このように接してくださるのでした。

「ああ、ありがとうございます、マフユさん!
 そうでしたわね、その手もあったのに、わたくしってば、まったく気づきませんでした……!
 はぁ。わたくし、本当になんにもしておりませんわ……。
 以前でしたら、資料の用意はわたくしの仕事の一つでしたのに。
 今はそれすら、マフユさんに任せてしまっている!
 ああ、もうっ、もうっ!」
「ありゃりゃー。コゼット新部長ったら、そんなに思いつめないでくださいっ。
 まだ『秋の部活動週間』までは一か月もあるんですから。なんとかなりますよぉ。
 ……というか、コゼット部長の慌てられてる姿、昔のリコ前部長みたいです。
 やっぱり、部長になると『部をまとめなきゃ!』って、焦りが出ちゃうものなんですかあ?」

 オトハさんの何気ない質問が、ビシッ! と核心を突きます。
 その通りです。わたくしは焦っているのです。
 たとえばこの、本日はこの五人のみで会議を行っているという状況についても、わたくしは焦っています。
 なぜなら、茶道部には、本来もっと部員がいらっしゃるのです。
 にもかかわらず現在主に活動しているのはこの五人と、本日は掛け持ちの剣道部の方へ行かれている二年生部員『タカナシ ナナミ』様の合計六人のみ。
 茶道部は比較的活動の少ない文化部であるという観点から、他の部と兼部されている方や、都合の合う時だけ顔を出される方も多く、会議ではなかなか人が集まらないのが現在の茶道部の悩みの一つだからです。
 掛け持ちしているもう一つの部の方を優先しがちな、兼部部員が多い。
 入部したっきり、まるで顔を見せない幽霊部員が多い……。
 これは文化部の宿命でもあるのですが、わたくしとしては、もっと定着している部員が欲しいところです……。

「当然ですわ……。だってわたくしは、志願して部長になったんですもの。
 立派な部長になるのは、もはや義務ですわ。だから、そうではない現状に焦ってしまうのです。
 新しい茶道部を作っていく中心人物として、しっかりしたいのに……」
「焦り……他の部長もみんなそうなのでしょうか。ここにいるのは、みな茶道部しか経験していない方たちですから、サンプルが少ないですよね。
 私に至っては、リコ元部長しかサンプルとなる方がいらっしゃいません。
 私が中学時代に所属していたダンス部は、三年生全員で話し合いながら運営するというスタンスで、役職としての『部長』『副部長』はいても、絶対的なリーダーはおりませんでした。
 つまり部長というものがどんなものなのか、私はあまり把握できていないような気がしてきました」
「サンプル……」

 オトハさんの言葉に反応されたのは、ジゼルお姉さまでした。
 ジゼルお姉さまは突然椅子から、ガタン! と立ち上がると、自らの両手でわたくしの両手を握りしめ、左右にブンブンと激しく振りました。

「コゼットー! これデス! 『サンプル』デスヨー!」
「えっと……? ジゼルお姉さま? いったい何をおっしゃっているのです?
 あーあとそんなにっ! 激しく振らないでくださいまし!
 腕がとれて、飛んで行ってしまいそうですわ!」
「そんなの気にしている場合じゃありまセーン!
 新しい茶道部を作っていくタメに。サンプル獲得デース! 古い茶道部から、学ぶのデース!
 具体的には! アヤカセンパイに話を聞くのデース!」
「気にしますわよー! 痛い! 本当に腕がっ……!
 って、ええっと……!? アヤカセンパイというのは、OGの『カワウチ アヤカ』様のことです?」

 わたくしがその名前を口にした途端、ジゼルお姉さまの手がピタリと止まりました。どうやら正解のようです。
 それは久しく口にしてはおりませんでしたが、あまりにも偉大な名前でございました。
 カワウチ アヤカ様とは、茶道部の前々部長。つまり、リコ様のひとつ前の部長のお名前であったからです。
 だけど、ジゼルお姉さまは今この時になぜ、アヤカ様のお名前を出されたのでしょう?

「ほほう。確かにジゼル副部長の案、名案かも知れません」
「なるほどー。わたしも、アリだと思いますっ!」

 わたくしよりも呑み込みが早かったのは、シノさんとオトハさんのようです。
 二人はお互いの顔を見つめながら『うむ、うむ』とうなずき、さらにそれは、お二人の隣に座ったマフユさんにまで伝播していきます。
 揃って『うむ、うむ』とうなずいている三人は、いったい何を理解されたのでしょう?
 いまだに理解の及ばないわたくしはポカンとしたまま、次の瞬間、マフユさんが大きく手を上げるのを見ていました。

「ではぜひ、拙者も同行したいでござる!」
「いーデスネー! ではマフユサン! ワタシとコゼットと一緒に、アヤカセンパイに会いに行きまショー!」
「承知しました。それでは、私とオトハは、マフユさんが用意してくださった資料を読み込んで、参考にできそうな企画をリストアップしておきますね」
「気を付けて行ってきてくださいね!
 本当はわたしも、一緒に行きたいところですけどぉ……。別の仕事をしているシノを、置いて行くなんてできませんので! 三人で行ってきてくださいっ!」
「ヨーシ! ではさっそく、アヤカセンパイにメールを送ってみマース!」
「えっ? えっ? これってもう、今日これからアヤカ様のところへ行くって感じなんですの? どれだけ急展開なんですの?」
「もちろんデース! 善は急げ! デース!」

 突然こんなことになってしまい、わたくしは、まったくわけがわかりません。
 だけど、少なくともわたくし以外のみなさまは、アヤカ様と会うことで『秋の部活動週間』に関する何らかのヒントを得られると確信しているようです。
 であれば、アヤカ様のご都合さえつくのでしたら、わたくしもお会いしたいですし、反対する理由はない……と言わざるを得ません。
 そもそも、現在大学一年生のアヤカ様は多忙でしょうし……。今日いきなり連絡したって『では、今日さっそく会おう』などとおっしゃったりはしないでしょう。
 たとえ今すぐお返事があったって『いきなりは難しいので、後日ゆっくり、お互いの都合の良い日に会う』という、極めてまっとうなところに落ち着くはずです。そんなにトントン拍子に事が進むはずはないからです。
 だからわたくしも『こんな思い付きでアヤカ様のお時間を頂戴してしまうなんて……』と申し訳なく思う必要は、きっとないと思われます。
 それにしても、先ほどマフユさんが手を上げたのは大変意外でした。
 マフユさんは前述の通り『とても年上の後輩』として茶道部におり、それに加えて、自分が目立つことよりも、周囲を立てることを優先する、控えめなお人柄です。
 なのでこれまではいつもニコニコと、わたくしたちを後方からサポートしてくださることが主だったのです。
 それ以前に、わたくしの知る限り、マフユさんとアヤカ様には、ほぼ接点はございません。
 お二人は五月に行われた市民茶会で一度お会いされているので、面識はありますが……。市民茶会後の打ち上げでも、お二人のお席は遠かったので、特にお話もされていないような気がします。
 なのになぜ、マフユさんは……? うーん、見当もつきません。
 ああ、今回はなんだか様々なことへ理解が及んでいないと言いますか、察しが悪くなっているわたくしでございます。
 だけどその次の瞬間、マフユさんから出たのはさらに意外な言葉でした。
 なのでわたくしの『理解が及んでいないこと』は、ここでさらに一つ増えたのでした。

「今回はぜひ同行したいのでござる。
 拙者は、アヤカ殿のこと、個人的にずっと昔から知っていたのでござるからな」


「こんにちは。忙しい中、来てくれて嬉しいよ」

 こうしてわたくしたちは、茶道部OGであるアヤカ様のお宅へ訪問することになりました。
 ……しかも、先ほどいきなり連絡したところ、『では、今日さっそく会おう』とおっしゃっていただき、今に至ります。
 茶道部の会議が終わり、アヤカ様にご連絡したのは十六時ごろでしたが、今は十七時です。
 たった一時間で、この急展開。事はビックリするほど、トントン拍子に進んでおります。
 そうだ。多忙、かつ非常に優秀な方というのは、多忙だからこそ、時間をお作りになられるのが上手だと聞きます。つまり、アヤカ様もその一人だったようです。
 アヤカ様に対しても、理解が及んでいなかったわたくしなのでした。

「やあやあ、久しぶりだね。ジゼル君、コゼット君」
「ハイ、ゴブサタしておりマース、アヤカセンパイ! お会いできて嬉しいデース!」
「お久しぶりですわ、アヤカ様。市民茶会以来ですわね! 本日は急にお会いしたいなどと言って、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「いやいや、とんでもない。私の方こそ『今から一時間後なら空いてるよ』なんて、急に言って、目まぐるしいことになってすまないね。
 ええっと、こちらの方は、茶道部の……」
「ヤスミネ マフユでござるー!」

 言い淀んだアヤカ様に向かって、マフユさんが大きく右手をあげられます。
 するとその途端、アヤカ様も思い出したように、ポン、と手を叩きました。

「そうだ! ヤスミネ君だったね。市民茶会でご挨拶させていただいたのに、すぐに名前が思い出せなくて申し訳ない。
 では、私ももう一度自己紹介を。星が丘高校茶道部の前々部長のカワウチです。今日はよろしくお願いします」
「よろしくでござるー!」
「ところで、苗字が『ヤスミネ』とおっしゃるということは……。もしかしてヤスミネ君は、星が丘神社の関係者なのかい?」

 ハッ。
 さすがアヤカ様、鋭い! 苗字を聞いただけで、マフユさんが星が丘神社の関係者であると見抜いてしまいました。
 ところでマフユさんの正体が精霊であるということは、当然、秘密です。
 茶道部の中心メンバーはすでに全員知っているので、ついうっかりバラしてしまいそうになりますが……みだりに人にお伝えすることではございません。なので心苦しくはありますが、アヤカ様にも秘密にしておかなければなりません。

「さようでござるよ。拙者は、星が丘神社を管理している一族の一人なのでござる。
 お気軽に、『マフユ君』と呼んでくださいでござる!」
「やはりそうだったか……。教えてくれてありがとう。それではお言葉に甘えて『マフユ君』と呼ばせてもらうな」

 さすがマフユさん、嘘は言っておりません。
 正体がばれずに済みそうで、わたくしは二人がお話しする横で、一人、ホッと胸をなでおろしました。

「ではではさっそく、話を聞こうか。もう準備はしてあるよ。こちらへおいで」
「はい!」

 こうしてわたくしたちはカワウチ様のお宅へお邪魔し、少し奥まったところへあるお部屋に通されます。
 そして、

「ここだよ」

 と、アヤカ様がふすまを開けた先には、広い和室が広がっておりました。
 これって、もしかして……。

「ハハッ。私たちといえば、まずはこれだろう?」
「なるほど! さっそく、正座をしながら話そうというわけですわね。ぜひお願いしますわ」
「その通りだ。特にジゼル君は、この部屋に見覚えがあるんじゃないかい?」
「えっ? ジゼル殿は、以前もこの部屋に来たことがあるのでござるか?」
「ハーイ! なつかしいデース! このお部屋!」
 去年、ワタシと、アヤカセンパイと、リコセンパイと、ナナミサンは。この部屋で、正座の練習をしたことがあるのデース!
 その時は年に一度の茶道部の合宿でもあったノデ、一泊もさせていただいたんデース」
「それは存じ上げませんでしたわ。ということは、アヤカ様たち四人にとって、こちらはゆかりのお部屋というわけでしたのね」
「そう。しかも、私たちはここで、昨年度の『秋の部活動週間』について話し合ったんだ」

 あ。現在『秋の部活動週間』でわたくしたちが行き詰っているということは、すでにアヤカ様にはお伝え済みのようです。
 だからアヤカ様はこのお部屋に通してくださったのだと思うと、アヤカ様のお気づかいに、嬉しくなってしまいます。
 それにしても、毎年茶道部で合宿をしているなんて、存じ上げておりませんでした。
 去年の今頃、わたくしはまだフランスにおりましたし、今はまだリコ様からの引継ぎも完全に終わっておりませんでしたので、情報が漏れていたということでしょうね。
 ということは『秋の部活動週間』に向けて、わたくしたちも近いうちに合宿を行った方がよいのかもしれません……。
 と。いけません。今は合宿ではなく、目の前のことに集中しなくては。わたくしたちはさっそく正座をしながら、お話を始めました。

「あの。アヤカ様、さっそくお伺いしてもよろしいでしょうか?
 去年、一昨年、さらにその一昨年の三年間、アヤカ様たちは『秋の部活動週間』において、どのような活動をされましたの?」
「まずは、去年のことからお話ししようか。
 『秋の部活動週間』とは、基本的に部活を引退している三年生に代わって、主に二年生以下の部員が中心になって行うイベントだよな。
 だが、ご存知の通り、昨年度の茶道部はとにかく部員が少なかった。
 二年生以下の部員は、入部したばかりのリコ君と、当時まだ体験入部中のジゼル君の二人だけだったからな。
 これでは運営は難しいだろうということで、私も加わり、さらに臨時の部員としてナナミ君に手伝ってもらうことにしたんだ。これがきっかけで、ナナミ君は兼部を決意したんだけどね」
「そうなのデース。ナナミサンが所属する剣道部は『秋の部活動週間』を、毎年二年生だけで企画、実施するというルールがあったのデスヨー。
 なので当時一年生だったナナミサンは参加できず、その間部活はない。つまり時間がある! ということで、茶道部を手伝ってくれマシタ」
「あ……だから、合宿にも参加されたのですわね」
「その通りデース」

 これは逆に言うと、今年剣道部の二年生であるナナミ様は『秋の部活動週間』において、茶道部のお手伝いはまずできないということになります。
 つまり『秋の部活動週間』で稼働できる人数は、主に先ほどの会議にいた五人。にもかかわらずわたくしがこの体たらくでは、ますます不安になってしまいます。
 ああ、なんとしてでも、今日のアヤカ様とのお話から『秋の部活動週間』を成功させるヒントを得なくては……。

「ということは、アヤカ殿は、当時初心者であった三人と、たった四人で『秋の部活動週間』を遂行したのでござるか!
 それは実に大変なことであったとお見受けするでござるよ」
「いやあ、実をいうと、私としては年々楽になっているくらいだったよ。
 私が在籍した三年間、茶道部は常に廃部の危機にあってね。
 他の方は幽霊部員だったから、私は主に二人の仲間と三人で頑張っていて、三人が全力を出せばなんとか活動できる……といった状況だった。
 だから、真剣に茶道に取り組んでくれるリコ君、ジゼル君、ナナミ君が来てくれた去年は、気持ち的にはかなり安心だったんだ。単純に人数が三人から四人になったというのもあるが……それ以上に三人とも熱心で、私も指導のし甲斐があったからな」
「つまり……部員の技術は、運営においてさほど心配する要素ではないということですの? 意欲のある部員が四人いれば、十分活動はできると?」
「その通りだ。技術的には初心者でも、一人一人の意欲が高ければ、何かミスが発生してしまった時も、お互いにフォローしあえる確率が上がるからね。
 その点で、リコ君たちはとても頼もしかったんだ。
 リコ君たちなら、何かあった時もきっと協力してくれると確信していたからね。
 だから、今年の茶道部は、その点においては全く心配ないと私は考えているよ。
 『秋の部活動週間』中、しっかり稼働できそうな部員が五人もいるんだろう?」

 あれ? なんとなく、アヤカ様にはすでにわたくしの悩みを見透かされているような気がしてまいりました。
 ジゼルお姉さまはおしゃべりですから、メールですでにその情報……『コゼットが、稼働できる部員の少なさに悩んでいる』ということもお伝えしていたということでしょうか。

「それに、私が見るに、技術的にも十分な気がする。
 マフユ君、さっそくだが、私に付き合ってくれるか?
 今、茶道部では、正座をどのように教えているか聞かせてほしい」
「合点承知でござる! 現在の茶道部は、正座の最大の敵である『痺れ』に関する知識を増やし、正しい理解を促すことで、安心して正座していただくことに力を入れているでござる!
 『正座をしても、すぐに足が痺れてしまうから、正座をしたくない』『足が痺れたことで、周囲に迷惑をかけたくない』と考えられる方は、非常に多いでござるからな。
 なのでまずはそういった不安を取り除いてもらい『正しい知識があれば痺れる確率はグッと下がる』『万が一痺れてしまっても、周囲に迷惑がかかるようなことはほとんどない』と、周知するのが先決と考えているのでござる。
 そこで……正座するときは最初に、自分の身体の血流を意識してもらうようにしているでござる。
 痺れは、血流が悪くなることで起きるでござるよな?
 逆に言えば、血流が良い状態を維持していれば、長時間正座していても、足は痺れないでござる。
 具体的には、まず正座とは、足を圧迫しがちな姿勢であることを理解し、全身の体重がかかる膝から下の部分に意識を向け、この部分を大切にするのでござる。
 少しでもつらくなってきたら姿勢を少しだけ変えてみたり、体重を前に向かってかけすぎているなと気づいたら、体重のかけ方が均等になるように背筋を伸ばしてみたりと、とにかく身体の一か所に負担をかけないことを意識するのでござるよ。
 それでも痺れてしまった場合は、そのときはあきらめてもらうように教えているでござる。
 正座はよいものでござるが、無理してでも絶対に続けなくてはいけないものではござらぬ。
 真面目な場であっても、大きな音をたてたり、目立ちすぎたりさえしなければ、そっと足を崩して休んでもよいことを、最初に必ずお伝えしているでござる。
 万が一無理な正座をして長時間足が痺れてしまっては、次の正座がますます怖くなってしまうでござるからな」
「なるほど。『とにかく正座しろ!』と頭ごなしに練習させるのではなく、まず最初に正座に関する理解を深めてもらうことで、正座へのハードルを下げているんだな。
 では、他に気を付けていることはあるのかな?
 今度はジゼル君に教えてもらおうかな」
「ハーイ! マフユさんの説明の通り、まず『正座への抵抗感』を減らした後は、今度は『正座の良さ』を伝えることにしているデース!
 正座は、腰から上への負担を減らす、腰に優しい座り方なのデース。
 正座をすると、自然と骨盤が立った姿勢になり、安定しマース。
 また、骨盤から伸びる背骨も、正しいS字カーブの形になりマース。
 さらに、痺れないように左右のバランスを意識して正座することで、両足に同じ力がかかりマース。
 これによって、左右不均等になっている足首やひざの筋肉、関節の状態が均等に戻りマス。
 同時に正座によって、普段は圧があまりかからないふくらはぎには、バランスよく圧がかかりマス。
 結果、血流が良くなり……全身の筋肉も柔らかくなり……足はもちろん痺れないし、背骨がしっかり支えられるようになって、腰痛は改善される。というわけなのデース!
 今は若い方でも、激しいスポーツをしていたり、パソコンやスマホでの作業をしたりしていることで、腰を痛めてしまっている方が多いデース。
 そんな方にこそ、茶道部は正座を教えたいと思っておりマース。
 正座というと『茶道や華道といった、日本の文化を勉強しないのであれば、必要ないんじゃない?』と考えられる方は、日本人にも多くおりマース。
 だけど、決してそんなことはナーイ! 日本の文化以外のことに熱中している人も、腰の痛みが心配なら、ぜひ正座してホシイ! と伝えてイマース。
 これは、茶道部の見学に来たけど、結局入部はしなかった……という方にも、知識という『おみやげ』を持っていってほしいという、リコセンパイの考えから生まれマシタ。
 つまりワタシたちは、正座のメリットを伝えることで、強制されてするのではなく、自発的な正座を促しているのデース!」
「おおー! そこまで考えていたのだね!
 いやいや、すばらしい。まさか、この数か月の間で、茶道部がそこまで成長しているとは思わなかったよ。
 これは、私も正直に話さなくてはならないな。今日君たちに、こんなに急いで会うことにした理由を」
「と、おっしゃいますと?」

 どうやら、アヤカ様はアヤカ様で、わたくしたちに会いたい理由があったようです。
 アヤカ様は小さくうなずくと、正座したまま、ペコリと頭を下げました。

「ごめん。正直に白状しよう。
 私は今、星が丘大学の茶道サークルで活動しているんだが……。
 最近そちらでの活動に行き詰まりを感じていてね。
 今日連絡をもらったとき、君たちと会うことで、何か活動のヒントを得られないかと思っていたんだ。
 早速とても勉強になって驚いている。君たちはすごいな」
「えっ? でも、今の知識って、大学生のみなさまであればもうご存知のことなのではございませんの?
 大学でも茶道サークルに入られる方って、高校の頃から茶道がお好きで、サークルに入られるのだとばかり思っていましたわ」
「いやいや、大学も、高校とあまり変わらないよ。茶道は、大学から始められる方も多いのさ。
 しかも先週、新しく入会した方が三人もいてね、しかも全員初心者なんだ。
 だから、経験者であり、現在一年生会員のリーダーである私は、先輩と手分けして、高校のときと同じように、座り方から教えることになったんだが……。
 私は家族がみんな和風なことが好きで、正座が当たり前の環境で育ってきたから、急に不安になったんだよ。
 果たして自分の教え方は、初心者の彼女たちに適しているのか? 昨年度のリコ君たちはとても意欲が高かったから、私の教え方が不十分だとしてもついてきてくれたが……新しく入会された三人もそうなるとは限らない。自分は無意識のうちに、独りよがりな教育法をしていないか? ってね。
 そんな折に、ジゼル君から連絡をいただいたものだからね。勉強させていただきたかったんだ」
「つまり……アヤカ殿は、拙者たちの教え方をサンプルとして採取したかったのでござるな?」
「その通りだ。最初からそう言えばいいのに、すぐに言い出せなくて申し訳なかった。
 私は焦っていたんだ。経験者なんだから、すぐに優秀な先生になれなきゃだめだ、って」

 サンプル採取。
 つまりアヤカ様もわたくしたちと同様に現在の活動に不安を感じて、わたくしたちを頼ろうとしてくださっていたのです。
 こんなにすぐに会えることになったのも、一年生会員のリーダーとして、茶道初心者に急に指導することになったからだと思うと、大変納得がいきました。

「アヤカ様。実はわたくしたちも、今日はアヤカ様をよい例の『サンプル』として学びに来たのでございます。
 わたくしたち、同じことを考えていたのですわね」
「そのようだな。にもかかわらず、私が学ぶことになってしまって申し訳ない」
「いえ……わたくしはもう、ヒントは頂戴できました。
 アヤカ様のような立派な先輩でも、このように悩み、焦るということ。
 それがわかっただけで、自分が感じていた焦りも和らいだような気がしますの」
「そうなのか? とはいっても、私は何もしてないから、なんだか申し訳ないな」
「で、では! 最近こんな知識を茶道部で新たに教えようと思っているのですけれど、それが適しているか、判断していただけませんこと?」
「いいね。ぜひジャッジをさせてくれ」
「痺れ対策の方法の一つとして『つま先を立てて座る』という項目を増やしたいと思っておりますの。
 爪先から足の甲を浮かせて座ることで、足の圧迫が軽減されると聞きましたの。
 これにまず、これから一緒にチャレンジして、本当かどうか試してみませんこと?」
「いいね! ぜひ四人でやろう」
「あとですねえ。健康法としての正座は、三十秒やれば十分効果がある。腰痛、猫背、O脚に効果があるという研究も最近読みまして。
 茶道をやるのでしたら『三十秒正座すれば終わり』とはいきませんが……。
 初心者の方は、まずこのあたりから始めていただいて『三十秒続ければ健康にいいから、まずはやってみよう!』と、ハードルを下げてチャレンジしていただくというのはどうでしょうか。
 これならば、たとえ最初は正座に苦手意識を抱いていたとしても、楽しく、気楽に正座ができると思いますの。
 アヤカ様の茶道サークルの新会員のみなさまにも、まずはこれを勧めてみては?」
「それも素晴らしいな。ぜひ導入させていただくよ」
「それから、それから……」

 こうして、わたくし、ジゼルお姉さま、マフユさん、アヤカ様という、ちょっと珍しい四人組での『正座トーク』は、その後も続きました。
 お邪魔した時間が遅いのもあって、あまり長い時間は滞在できませんでしたし、結局過去の活動に関しては、あまり深く聞けませんでしたが……。それでも、多くのヒントをわたくしは得ました。
 先ほども申し上げましたように、責任ある立場に就任した直後は、みな焦りがちで、自分を力不足に感じやすいとわかったこと。
 これだけでわたくしは、精神的に、とても楽になれたのです。


「……そういえば、マフユさんはどうしてアヤカ様に会いたいと思ってたんですの?」

 アヤカ様のお宅を出るころには、もう十九時を過ぎていました。
 わたくしたちはアヤカ様のお宅の最寄り駅まで三人並んで歩き、そこでわたくしは、かねてからの疑問を、マフユ様に伝えることにします。

「実はアヤカ殿。ここ最近、毎日星が丘神社に来ては、熱心に参拝されていたのでござる。
 だから、おそらく茶道サークルに関する悩みがあるのだろうと考え、もし可能であれば、一度直接お話を聞きたいと思っていたのでござるよ。
 そして、今日実際にお会いし、正座の情報交換をしたことで、アヤカ殿の悩みは軽減されたようで、ホッとしたでござる」
「なるほど……。星が丘神社は『部活動の神様がいる』ということで有名ですものね。
 アヤカ様が頼りにしたのも、わかる気がしますわ」
「おやーコゼット。『アヤカ様でも、神頼みをされることがございますのね』とは言わないのデスネー?」
「言いませんわよ。今日、アヤカ様に会う前のわたくしでしたら、きっとそう思っていたのでしょうけど……。今は違います。
 オトハさんの言う通り、部長やリーダーといった責任のある立場になると、みんな自然に焦りがちなもの。……と、気づいたのですから。
 つまり、焦るのが一般的なら! アヤカ様もわたくしも、今は焦ってもいいし、みんな焦るのが当たり前だということに気づいて、ホッとしてもいいのです。
 わたくし個人のことに関しても『秋の部活動週間』でのアイディアはまだ浮かびませんけれど、一か月後の本番に向けて、みなさんと少しずつ頑張っていこう! と思えたのですわ!」
「オオ! いつものコゼットが戻ってきましたネー。
 それでこそ『新・茶道部部長』で『新・正座先生』デース!」
「拙者もコゼット殿が元気になって安心したでござる!
 ……おや、オトハ殿からメールでござる。『資料のリストアップがおおむね完了したので、もしまだ時間があるなら学校で話し合いませんか?』だそうでござる!」
「まぁ! 同じ内容が、グループメールでわたくしとジゼルお姉さまにも来ていたようです。
 では……学校に戻って『秋の部活動週間』と茶道部合宿の計画……立てましょうか!」
「イエース!」
「承知つかまつった!」

 わたくしたちの、『より、想定していない方向へ』進んできた今日という日は、もう少し続きそうです。
 わたくしは夜空へ向かって右手を高く上げると、数時間前よりもだいぶ明るい気持ちで、お二人と駅への道を進んでいきました。


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