[103]次期・正座先生と正座の神様
タイトル:次期・正座先生と正座の神様
分類:電子書籍
発売日:2020/11/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:48
定価:200円+税
著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり
内容
高校2年生のコゼット・ベルナールは、フランスから日本にやってきた留学生で、星が丘高校茶道部の新部長。
3学期になり、現在茶道部では、部のプロモーションビデオをリニューアル中。
そんなある日、コゼットは星が丘市を守る神様であり、今は茶道部の特別講師として力を貸してくれている『ヤスミネ トウコ』の任期満了が近づいていることに気づく。
そこでコゼットたちは、トウコに一年間のお礼ができないか考えるが……。
次期・正座先生のコゼットも、もうすぐ高校3年生!
新リーダーとして頑張るコゼットが、トウコの任期満了に向けて、最後の思い出を作るべく奔走する『正座先生』シリーズ第29弾です!
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本文
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1
いつかは終わりがくるとわかっていても、いざ、それが近づくと、この上なく淋しくなるものです。
わたくし『コゼット・ベルナール』の高校二年生の三学期は、常にその淋しさがつきまとうものになりそうです。
なぜならわたくしの三学期には、様々な『別れ』が待ち受けています。
たとえば三月には、現在通っている星が丘高校でお世話になっている先輩たちの卒業式がございます。
わたくしは、高校一年生の冬から星が丘高校に通い始めた、フランス人留学生です。
つまり、時期外れにやってきたよそもののわたくしは、日本での暮らしにおいて当初は右も左もわからず、また、留学生活に対して、前向きな姿勢すらない状況にありました。その上、親しい方を作るつもりすらないという……非常に生意気な態度をとっていたのです。
で、あるにもかかわらず『サカイ リコ』様を中心とする一学年上の先輩……つまり、三月で卒業されるみなさまは、本当に親切にして下さいました。
特にリコ様とは『年上の親友』と呼んで差し支えないほど仲良くさせていただき、また、リコ様の友人のみなさまとも、毎日一緒にお昼ご飯を食べ、時には一緒に勉強をしたり、協力して学校行事を行ったりするまでの関係となりました。
ですから、わたくしにとってリコ様たちの卒業は非常に淋しく、心細いものです。卒業式当日なんて、ずっとこなければいいのに……。と思ってしまうほどです。
それでも、リコ様たちの卒業時期は、出会った時にはもうすでにほぼ決まっておられました。
日本の高校生のみなさまは、四月に入学式を行い、四月をはじまりとする一年を過ごして、三年生の三月に、卒業という形で学校を去る。
フランス育ちのわたくしだって、あらかじめそれを知っていました。
それでも淋しくなるのは、現実をなかなか受け入れられず、この時期になっても、まだ心の整理がつかないからでしょう。
『頭では理解している』と言いつつ、心はそれを受け入れていない。
生きていると、そんな事が往々にしてあるのです。
問題は『往々にしてある』という頻度のことなのに、慣れたり、うまく処理をしたりといったことは、非常に難しいというところなのですが……。
しかも、その『そんな事』は、同時にいくつも重なるものです。
そうなのです。
わたくしにはこの三学期、もう一つ『とある方』との別れが待ち受けているのです。
その方もまた、わたくしがこの一年数か月の留学生活の中で、非常にお世話になった方です。
もっと言えば、両親と離れて暮らす日本での日々の中で、ある時には師として、またある時には家族のように接して下さった方でもあるのです。
さて、その方との別れが近づく中、わたくしは一体どうするのでしょうか。
『心の整理がつかない』『生きていれば往々にして起こることだとわかっていても、うまく処理できない……』と嘆いて、ただ別れの日を待つのでしょうか。
いいえ! もちろんそんなことはありません。
わたくしはわたくしなりに! この別れに向けて、できることをしていきたいと思っているのです。
つまり! ……今回は、そのようなお話でございます。
2
「三月……三月は別れの季節でござるなぁ……」
暦の上ではまだ二月なのですが、この日、わたくしの友人の『ヤスミネ マフユ』さんは、このようなことをおっしゃいながら、机に頬杖をついておられました。
「三年生のリコ殿は卒業……。
同じクラスの仲間たちとも、四月になればクラス変えで解散……。
ああ……コゼット殿……。拙者、淋しいでござる。
この一年でせっかく親しくなれたみなさまと離れ離れになるのは……拙者には耐えがたきことでござるよう……」
「あぁ……マフユさん。そのお気持ち、わたくしも非常にわかりますわ」
わたくしとマフユさんは、同じ星が丘高校茶道部に所属する仲間です。
わたくしは二年生、マフユさんは一年生で、学年は違います。
しかし、昨年の五月にマフユさんが入部されて以来、ずっと親しくさせていただいているのでした。
なので、今日のような茶道部の活動がない日も、一緒に過ごします。
それに、三月を迎えても、どちらも卒業はしません。
さらに言えば、元々学年は違いますから、クラス変えで離れ離れになることも当然ございません。
……だから、現状わたくしとマフユさんの関係においては『別れ』の可能性はないように思われます。
しかし、わたくしは現在、このマフユさんの言葉を、重く感じております。
それは、なぜかと言いますと……。
わたくしは実は、マフユさんもまた、リコ様と同様、三月で星が丘高校を去って行く可能性があるのではないか? と危惧しているからです。
本日はマフユさんとわたくしの二人きりです。
わたくしが居候している、つまり現在の自宅の自室で、二人でお話ししている状況です。
これには特に目的はなく『たまには放課後、一緒にお茶でもいかがかしら』と軽い気持ちでお誘いした結果なのですが、この話題の運ばれ方には、ドキドキと不安になってしまいます。
その理由とは……。
「あのう。実はそれ、わたくしもお聞きしたかったのですけれど……。
マフユさんは、四月からはどうなされますの?
トウコ様が茶道部の特別講師をおやめになられたら、マフユさんも、星が丘高校を去ってしまいますの?」
そうなのです。
突然ですが、マフユさんは人間ではございません。
今お名前が出た『トウコ様』……フルネームを『ヤスミネ トウコ』様とおっしゃる方に仕える、精霊様なのです。
この『仕える』という言葉が示す通り、マフユさんはトウコ様のお手伝いを最優先に暮らしております。
だからマフユさんは昨年の五月『トウコ様のお仕事を手伝う』という目的で、星が丘高校に転入されたのです。そして、茶道部に入部されたというわけですね。
では、トウコ様はいったい何をしに星が丘高校にやってきたのかと言いますと、それは、今わたくしが発言しました通り……。星が丘高校茶道部の特別講師として活動していたわけです。
ですが、その任期は、来月三月で満了となります。以降、トウコ様は星が丘高校を……少なくとも、茶道部からは離れることになるでしょう。
となると、マフユさんもまた、星が丘高校、あるいは茶道部から去ってしまうのではないか……?
と、わたくしは心配だったのです。
しかし、このように内心ドキドキ、ビクビク質問をしたわたくしに、マフユさんはあっさりお答えになられました。
「あっ。拙者は来年度からも、引き続き星が丘高校に通わせていただくでござるよ!
先週トウコ様と改めて面談を行い、無事に許可を得られたのでござる。
安心なされよ!」
「あら! それはとても嬉しいですけど!
……ずいぶんあっさり答えてくれましたわね!?
しかも、先週には決まっていただなんて! もっと早く教えて下さってもよかったのですわよ?」
「フフフ。実は、いつ言おうと悩んでいたのでござる。
だから、今日コゼット殿からお誘いをいただいて、さらにコゼット殿から質問してもらえて『ちょうどいいタイミング!』『ラッキー!』と思っていたのでござるー!」
「もう! マフユさんったら。
人の気持ちも知らずにニコニコとおっしゃるんですから。
わたくしがドキドキビクビクと過ごした今日までの時間を返していただきたいですわねっ」
「ウフフフフ。すまぬでござるー!」
と。
たった今、わたくしの不安は一つ、あっけなく解決しましたが……。
かと言って、他の不安や、淋しさも一緒に消えてくれるわけではありません。
マフユさんが、今、拙者『は』とおっしゃったということは……。
「ただ、やはりトウコ様はそうはいかないでござる」
「……ですわよね。『部活動の神様』が一つの団体の指導者になってくれるのは一年間だけ。
次の年からは、また別の部活動であったり、同好会であったりの指導者として、新たに活動を始める……。
それが、ならわしなのですわよね?」
「さようでござる。
来年度からトウコ様は、星が丘高校ではない別の高校で、特別講師になる予定でござる。
すでにお察しの通り……。
そこには、星が丘神社の精霊が一人同行することになっているのでござる。これもまた、ならわしでござるからな。
逆に言えば、複数いる精霊のうち、誰か一人がサポートできればよい。
なので、拙者に関しては来年度と再来年度、別の精霊にトウコ様をお任せすることで……。卒業まで、星が丘高校にいられることになったのでござる」
「まぁ! それでは、同級生として、オトハさんやシノさんと一緒に卒業できるのですわね」
「その通りでござる! 来年度の活動も楽しみでござるなぁ」
一気に情報が出ましたので、ここで、一度話をおまとめしましょう。
まず、マフユさんが精霊として暮らしている『星ヶ丘神社』は、別名『部活動の神様がいる神社』として知られております。
つまり、マフユさんはこの『部活動の神様』に仕える精霊であり、その神様というのが、トウコ様というわけです。
トウコ様は、星ヶ丘市に暮らす学生たちに、とにかく人気の神様です。
わたくしはフランスから来たので、二年生の春までこれを存じ上げませんでした。
ですが、星が丘市に住んでいて、かつ、何らかの部活動に打ち込んでいる方であれば……トウコ様は、誰でも知っていると言ってよいほどの有名人……いや『有名神』だそうです。
そんなトウコ様を知るみなさま。つまり、部活動に打ち込むみなさまは、活動の重大局面において、みな、星ヶ丘神社を訪れます。
たとえば大会の前日、あるいはコンテストの発表直前、星が丘神社にやってきてお参りをするというわけですね。
自分の活動が良い結果を残せるように、トウコ様に気持ちを伝えに来るのです。
そんな彼らにお参りされるうち、トウコ様は『自分も直接手伝おう。具体的には、人間に変身して、特に手伝いたいと思う団体の先生役を務めよう』と考えるようになられました。
これによって、ただお参りされることを専門にする『部活動の神様』から、自分が出向いて直接指導する『部活動の神様』になられたというわけですね。
ただし、人気者のトウコ様は、一つの団体に長くとどまることはできません。
ゆえに、今マフユさんがおっしゃった通り『一つの団体を指導するのは一年間のみ』『サポート役として、星が丘神社の精霊を一人連れて行く』というルールが定められたわけです。
「なるほど! 今のお話を聞いて、マフユさんに関しては安心しましたわ。
でも、トウコ様に関しては、やはり予定通り任期満了ということで……。
何かお礼がしたいですわね」
「拙者も同意見でござる。
精霊としての拙者は、トウコ様と同じ家で暮らしておるから、来年度からも毎日家で会う。つまり、『お別れ』ではないでござる。
でも、星が丘高校茶道部部員としての拙者は、三月でトウコ様とはお別れ。
これまでの活動の成果を、トウコ様にお見せしたいでござるよ」
「そうですわよね。具体的には何をしたらいいかしら……。
そうだ、あちらのちゃぶ台へ移動しましょうか」
そこでわたくしは、椅子から立ちました。
今までわたくしとマフユさんは、自室のテーブルに向かい合って座っていたのですが、これからもっと計画を話し合っていくなら、もっと適切な座り方があると気づいたのです。
それは……。
「ああ! ちゃぶ台へ移動して、カーペットに正座するのでござるな!」
「さようでござりますわ!」
ああ、ついうっかり、マフユさんの古めかしい口調がうつってしまいました。
ところでマフユさんとトウコ様は、人間ではございませんので……。
当然、年齢も、はるかにわたくしどもより年上です。
だから、わたくしにとってマフユさんは『年上の後輩』と言える存在です。
ですが……。マフユさんはこの通り非常に気さくで、また『立場的に後輩である以上は、後輩として振る舞う』という考え方でいらっしゃいます。
そんなお人柄のお陰で、わたくしも日々リラックスして、マフユさんと一緒に活動することができているのでした。
「『考え事をするときは、まず正座』。
うーん。星が丘高校茶道部らしい提案でござるなぁ、コゼット殿」
「それはおそらく、フランスにいた頃は、座り方の選択肢に『正座』は存在しなかったのが大きいでしょうね。
日本に来るまで……つまり、十六歳になるまでの人生で使用してこなかった『正座』をすれば、それまで思いつきもしなかった案が浮かぶのではないか?
……と、ついわたくしは期待してしまいますの」
「ほう? 意外でござるな。
コゼット殿は、物事はすべて自分の実力のみで成し遂げたい。
『正座をすれば、それまで思いつきもしなかった案が浮かぶのではないか?』といった、不確定な要素や、実在しないかもしれない不思議な力に頼るなんて、いけない! と思っているのだとばかり」
「まぁ。マフユさんったら。
時間さえあれば星ヶ丘神社に出向いて、リコ様たちの合格を祈願しているわたくしを頻繁に見てらっしゃるのに、何をおっしゃいますの?
少なくともわたくし『実在しないかもしれない不思議な力』が実在すると、確信しておりましてよ。
今も隣に、神様の精霊として仕えている方がいらっしゃるのですから」
「ハハッ! 確かにそうでござるな」
「それにだいたい『正座をすれば、いい案が浮かぶかも』というのは、根拠のない話ではございませんわ。
正座をすると、物を考える力がアップする。これは間違いありませんもの。
正座によって血流が良くなり、脳が活性化し、集中力も高まる。
その結果『それまで思いつきもしなかった案』が浮かんでも、なんら不自然ではありませんわ。
そもそも、正座に限らず『良い姿勢』というのは本当に良いものなのです。
姿勢を良くした状態で計算問題を解いたところ、解答までのスピードが、普段の五から十パーセントほど早くなったという研究結果もありますのよ」
「つまり、本当は、良い姿勢でさえいれば、椅子に座っている時も、正座している時に近い効果が得られる。
でも、コゼット殿はこの一年数か月で、正座の魅力やすごさを知るだけでなく、正座をすること自体を好きになったり、正座に愛着を持つようになったりしたから……。
『椅子に座る』と『正座する』の二つの選択肢があるときも、正座を選ぶようになった……。
ということでござるな?」
「そういうことでございますわ。これも、トウコ様のおかげであるといえます」
むむむ。わたくしの、正座への思いを見抜かれてしまいました。
マフユさんは、立場上はわたくしの後輩であり、容姿もまた、わたくしとほぼ同じくらい、つまり一学年下で妥当と思われる見た目をしています。
ですが、やはり『明確に年上』であると、こんなときわたくしは実感するのでした。
「拙者はずっと日本でござるから、正座にはなじみ深いでござるが。
トウコ様について行って、茶道部に入るまでは、正座に脳を活性化させたり、集中力をアップさせる力があることは知らなかったでござる。
学びとはすばらしいものでござるな。
『学びたい』という気持ちさえあれば、何歳になっても成長できる気がするでござるよ」
「ずっと日本……といえば。
正座が誕生する前は、マフユさんたちも別の座り方をしてらっしゃったのですわよね?
正座がないという事は明治時代以前。
つまり、椅子に座る文化も存在しませんから、床に別の座り方をしていたのでしょう?」
「その通りでござる。正座は、実は比較的歴史の浅い座り方でござるからな。
かつては『あぐら』をかいていたでござるよ」
「なんだか想像がつきませんわね。
わたくしにとって、あぐらとは、かなり楽な座り方というか、少なくとも、かしこまった場ではできない座り方ですわ。
それを、マフユさんのような、大変まじめで、いつもきちんとしてらっしゃる方がしているだなんて……」
「当時はそれが自然だったでござるからな。
となると、正座も百年後には、今とは全く違うイメージを持たれる可能性があるでござるよ。
たとえば、正座が身体にいいことが周知されて、正座が世界で最も人気のある座り方になる……なんてこともあるかもしれぬ!」
「そんな未来の実現を、少しでもお手伝いするために、わたくしたちも正座に関する情報をまとめる活動をしておりますものね。
ところでわたくし、正座だけでなく、日本独特の靴を脱ぐ文化も、もっと世界的に広まってよいと思っておりますの。
はじめは抵抗がありましたが……。
衛生的ですし、足も楽です。何より」
「靴を脱いで、直接床やカーペット、畳の上などに座っていないと、正座はできないでござるからな!」
「その通りでございます!」
ただ並んで座って、正座について話すだけで随分盛り上がってしまいました。
そんなわたくしたちなのに、茶道部に入るまでは正座をする習慣自体がなかったり、その効果を知らなかったりしていたのです。
お互い、茶道部に入ったことで前向きな変化が起きたというわけですね。
「そういえば拙者、星ヶ丘高校に転入するまでは、スカートをはくことも基本的になかったでござる。
自宅では、和装が基本なのでござるよ」
「マフユさんとトウコ様のご自宅にはわたくしたちも何度か泊めていただいておりますが、確かにみなさん和服でしたわね。
あれも、当然ながらわたくしにはなじみの薄いものでございます。
茶道部でも、基本は制服で活動いたしますし」
「そうなのでござるよ。
だから『正座をするとき、スカートをはいている場合はお尻の下に引くようにする』というルールも、最初は知らなかったでござる。
お尻の下にひかない場合、なんだか見栄えが悪くなるでござるから、自然と避けてはおったが……。
拙者のように、正座をする習慣ができたものにも、周知されていないルールはあるのだなぁと思ったでござるよ。
「確かに、基本的なようで、知ってもらえるように繰り返し努力すべきルールですわよね。
マフユさんのおっしゃいます通り、女性でも、普段スカートをはかないと、気づかない部分でもありますし……。
さらに今の時代、男性でスカートをはかれる方もいらっしゃいますから。
教える相手が男女問わず、最初にお伝えしておくべきことですわよね」
「うむうむ。それから、コゼット殿のように、そもそも正座の習慣がなかったり、正座の存在を知らなかったりする方もおられる。
正座がどんなものであるか知らないと、スカートをお尻の下に引かず、後ろに広がるような座り方になってしまっても『おかしいかも』『見栄えが悪いかも』とは気づけないでござるよな。
だからやっぱり、最初に話しておくのが重要でござる」
「それも文化の違い、知識量の違いということですわよね。
知らない事は恥ずかしいことではありません。
でも、知っているのに教えないのは不親切なことです。
……と、話がそれてしまいましたわね。
トウコ様の件について、何か名案は浮かびましたこと?」
「実は、ちょっと今話をしていて、浮かんだでござる」
「えっ? えっ? それはどんなものですの?」
「フフフ……」
それがどんなものなのか、わたくしにはサッパリ思い当たりません。
ですがマフユさんときたら、またも、人の気持ちも知らずにニコニコとしていらっしゃいます。
このままですと、わたくしがキョトンとする時間が長引くばかりですから、ぜひとも教えていただきたいものです。
「これは、拙者の個人的な意見でござるが。
任期満了となると、一般的には『お別れ会』『お疲れ様会』を開くことが多いでござるよな」
「そうですわね。わたくしも、その方向で考えておりました。
他に何か特別な催しをするとしても……。
それは確実に行おうと思っていましたわ」
「そうでござるよな。たとえば、今年度トウコ様が先生役を務めたのが、スポーツ系の部であったり、かつて実際に先生役をしていた文芸部のようなところであれば、それでよいと思うでござる。
これらの部にとっての『成果』というのは、試合やコンテストで完結するでござるからな。
だが、わが茶道部であったり、料理部であったり、お菓子研究会であったりするような……飲食をすることも大切な活動の一つである部だったら、どうでござろう?」
「……話が見えてきましたわ。
マフユさんは、トウコ様の『お別れ会』あるいは『お疲れ会』で、部の『成果』を見せよう。
そう、おっしゃるのですわね?」
「フフフフフ!」
そうほほえんだマフユさんのお顔はたいそう楽し気で、つい数分前まで、先輩やお友達との別れを惜しんでいた方には思えません。
そうです。考える時間を与えられてしまうと、人はつい自分の感情にばかり目を向けてしまいますが、その時間もなければ話は別です。
マフユさんは、わたくしとお話しするうちに『淋しい』という気持ちよりも、もっと気にしていかなければならないことに気づいたのでしょう。
それはわたくしも同じです。
トウコ様とのお別れは淋しいものですが、これだけお世話になり、マフユさんとお友達になったきっかけをくださった方でもあるトウコ様に、この約一年間の『成果』をお見せ出来ないのは、もはや『恐ろしい』ことです。
それは、あってはなりません。
「そうと決まりましたら、さらに正座しながら作戦会議ですわね。マフユさん!
まず、この話って、他の方にはもうされました?」
「いいえ。まだコゼット殿だけでござる!
今日は、ジゼル殿は不在でござるのか?」
「そうなのですわよ。なんでも、オトハさんとシノさんとお菓子を食べに行かれるのだとか」
「もしかすると、お三方も……?」
「ええ。まさにその可能性がございますわ」
今名前があがった三人……わたくしの双子の姉である『ジゼル・ベルナール』と、先ほど、名前だけが出てきた『ムカイ オトハ』さんと『カツラギ シノ』さんは、全員が茶道部部員でございます。
ジゼルお姉さまはわたくしと双子なので二年生、オトハさんとシノさんは、先ほど『マフユさんと、同級生として一緒に卒業できる』と言った通り、一年生です。
そんな三人もまた、今日、部活動がお休みであるにもかかわらずお集まりになられています。
同じ家に居候しているジゼルお姉さまが、今日この場にいないのはそのためなのでした。
つまり、三人もまた、わたくしたちと同じようなことを考え、何らかの作戦を練っている可能性がございます。
わたくしたち茶道部部員は普段、無理に一緒に行動したり、自分たちのことを『仲良しですわよね!』と確認し合ったりすることはございません。
ですが……この通り、休みの日に学年の垣根を越えて遊びに行くほど、相当に仲良しなのでした。
「お三方もまた、正座をしながら相談をしているのでござろうか」
「その可能性はありますわね。
先日オトハさんが『最近、お座敷の席がある、おいしい和菓子屋さんを見つけた』と、おっしゃっていましたもの」
「放課後そのまま行くのであれば、まさに今のスカートの話を実践しているのでござろうな」
「間違いありませんわ。
そうだ。どのようなお話をされているか、電話をかけてみましょう」
思い立ったが吉日です。
わたくしはすぐにスマートフォンを取りに走り、ジゼルお姉さまにお電話をしました。
しかし、残念ながらつながりません。
お手洗いにでも行っているのか、それとも、鞄の奥底などにスマートフォンを入れているので、気づかないのか。
仕方ありません。今は、マフユさんと作戦を詰めていきましょう。
「基本的には、クリスマス会と同じような方針で『茶道部部員以外も参加OK』『正座以外の座り方もOK』の雰囲気にしたいですわよね。
トウコ様も、わたくしたち部員も、正座は自分から『したい』『必要だ』と思ったからこそするものである。
だから、他人に強制してはならないし、自分自身も、無理をして正座をすることはない。
なので、体調を崩しそうになったときは、足を崩してもよい……。
という姿勢を貫いてきましたもの。
たとえば『正座以外は絶対ダメなお疲れ様会』なんてものは開催できませんわ。
そもそもそんな会、空気が緊張しすぎて、疲れがとれませんもの」
「まったくでござる。正座には、足のしびれという最大の敵がいるでござるものな。
足がしびれという形で危険信号を出しているのに、無理に続けるのは危険でござるし……。
何より、しびれても正座を続けたことによって、正座に苦手意識が生まれたり、つらい記憶が残ったりするのは悲しいでござる」
「であれば、参加者のみなさまには『正座はこのような点において身体によいので、普段の座り方の選択肢の一つとして、正座はどうかしら?』と提唱する方向で行きたいですわよね。
正座は腰痛にも効くということを周知したいですし。
逆に、姿勢が悪いと肩こりや首こりを招きますが、良い姿勢である正座をしていれば、それも緩和できますもの。
今の方……つまり若者って、パソコンやスマートフォンに向き合っている時間が長いですから、昔の人よりもかえって腰痛や肩こり、首こりになりやすいですからね。
『若い人にこそ、正座が必要』『若い人以外にも、もちろん必要』このスタンスで行きたいですわ!」
「同感でござる! ……と、コゼット殿! お電話ですぞ」
「あらあら」
するとここで、スマートフォンが鳴りました。
早速自分の言った通り、スマートフォンに向き合っている時間の長い若者になるわたくしです。
さて、かけてこられた相手は……ジゼルお姉さまです!
「もしもし?」
「モシモーシ! コゼット! 実は今、オトハさんとシノさんと作戦会議を行っていたのデース!
もうすぐ、トウコ先生が任期満了デスヨネー? だから、その前に一度、茶道部のイベントを開きたいなという話になったのデース。
リコセンパイは参加できないかもしれまセンが、今、ナナミサンにメールを送ったら、部活中なのに『ぜひ開催しましょう』とお返事してくれマシター!
これから、コゼットに相談し終えたら、次はマフユさんに電話してみようと……」
「フフフ……」
「オーウ? コゼット、なぜ笑っているのデース?」
今度はわたくしが、ジゼルお姉さまの気も知らないで、一人フフフ……と笑ってしまう番でした。
やはりみなさん、考えることは同じなのです。
部活動は休みだけれど、部活動の今後のことを考えたい。
だけど、せっかくのお休みに全員を呼び出すのは忍びないから、単純に一緒に過ごしたい気持ちもありますし、ひとまずは少人数で集まって、話してみた……。
向こうもそのような感じなのでしょう。
本当にわたくしたちは仲良しです。
この調子なら、今年度最後になるであろうイベントも、きっと足並み揃えて成功させられる気がしてきました。
なので……。
「ジゼルお姉さま! マフユさんなら、今わたくしと一緒におりましてよ。
わたくしたちもまた、トウコ様の『お疲れ様会』について話し合っておりましたの!」
「ナンデスッテー! もうコゼットってば、ワタシの気持ちも知らずにニコニコと隠し事をするんデスカラー!
ワタシは、ドキドキしながら質問したというのにー!」
「ウフフフフ!」
電話の向こうで、ジゼルお姉さまが先ほどのわたくしのようなことをおっしゃいます。
うーむ。やっぱり、こんなところは双子だなあと思いながら……。わたくしは五人全員で話せるように、スマートフォンをスピーカーに変えたのでした。