[121]わたしは正座先生・ギャラクシー


タイトル:わたしは正座先生・ギャラクシー
分類:電子書籍
発売日:2021/07/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:52
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり

内容
 星が丘市に暮らす平凡な中学生・キョウカのもとに、突如宇宙人が現れた!
 彼女の名前はミライ。
 ミライの仕事は、自分の星にはない文化を、地球で学んでくること。
 そんなミライが学びに来たのは……なんと『正座』!?
 だけど彼女の『先生』を務めることになったキョウカも、決して正座が得意というわけではなくて……?
 地球人と宇宙人、二人でいちから学ぶ、新しい『正座先生』シリーズのはじまりです!

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本文

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「私に正座を教えていただきたいのです」

 ――『その人』は、ある日突然やってきた。

「私の名前はミライ。
 本名は別にあり、故郷の星では、それを名乗っています。
 しかし、私の本当の名は、地球の日本においては『未来』という言葉と、同じ意味になるのだそうです。
 なので私は、ここでは『ミライ』と名乗ることにしました。
 どうぞ『ミライ』とお呼びください」

 『その人』つまり『ミライ』さんは、どうやら違う星からやってきたらしい。
 彼女は今『故郷の星』では『ミライ』ではない、別の名前を名乗っていると言った。
 そして、ここは地球。
 そこから『地球は彼女の故郷ではない』と推測ができるからだ。

「私の目的は、地球の文化を学ぶことです。
 私の星にも人間はおり、文化はあります。
 地球の文化と、私の星の文化には、ほぼ同じといえるものもあります。
 しかし『正座』は私の星にはありません。
 日本には特に、私の星にはない文化が多く集まっているようです。
 その一つが、正座であるというわけですね」

 つまりミライさんは、宇宙人なのだ。
 彼女は今『私の星にも人間はおり、文化はあります』と言った。
 そして、わたしも、ミライさんは人間だと思っている。
 ミライさんは、パッと見た感じでは、わたしより年上の、普通の人間の女性にしか見えないからだ。
 だから……ミライさんが自ら『自分は宇宙人である』という意味のことを言わなければ、わたしはミライさんを『この星が丘市に住む、社会人のお姉さんとかかな……』と、判断していたことだろう。

「なので、『サワタリ キョウカ』さん。
 今日から、どうぞよろしくお願いいたします。
 私の『正座先生』になって下さい」
「いやいやいや! どうしてそうなっちゃうんですかー!?」

 繰り返そう。わたしは今、こう考えた。
 もし、ミライさんが自ら『自分は宇宙人である』という意味のことを言わなければ……。
 わたしは彼女を、人間だと思い込んでいただろう。
 と。
 それは、人は、自分が得た情報から状況を判断し、より『正しい』と思われる解釈を探っていくからだ。
 具体的には『私は地球人ではない』と言っているから、では、違う星から来たのだろう。
 と、考える。
 『正座を教えてほしい』と言っているから、ミライさんは正座のことを知らないのだろう……。
 と、判断する。
 そんな感じだ。
 ……で、あれば。
 今のわたしとミライさんの会話を聞いた人は、わたしについて、一体どのような想像をすることだろう。
 おそらく『サワタリ キョウカ』という名前で、地球の日本に住む、人間である。
 そして――『正座を教えてくれるほど、正座について詳しい人』だと考えるのではないだろうか。
 でも……。

「わたし、正座なんてやったことないんです!
 ……いえ、正確には、正座をしたことはあります。
 でも人に教えられるほど詳しかったり、自信があったりするわけじゃないんです!」
「……あら?」

 そうなのである。
 わたしは正座について、ほとんど知らない。
 確かに地球の日本に住む日本人だから『まったく正座について知らない』『まったく正座をしたことがない』ということはないけれど……。
 正座をするための、最低限の知識しかない人間なのである!

「おかしいですね。
 キョウカは私の『正座先生』になってくれる存在に違いないと占いに出ました。
 だから、私はサワタリ家をたずねたのですが……」

 こうして、ある秋の日、自称宇宙人を名乗るお姉さんは、サワタリ家の玄関で首をかしげる。
 だけど……そんな占い結果に首をかしげたいのは、わたしも同じなのだった。


「――つまり、わたしは『将来的に、正座先生と呼べるくらい正座に詳しい人になる』ってこと?
 そんな風に、ミライさんの占いに出たってことだよね?」
「おっしゃる通りです。
 正確には、私の故郷に暮らす、占星術師が、この結果を導き出しました。
 今、その占いをした占星術師と連絡が取れました。
 どうやら、キョウカが『正座先生』となるのは、二〇二一年の秋のようです」
「えっ? 一年後じゃない。今は二〇二〇年の秋だよ!」
「はい……。
 どうやら私は、一年座標を間違えて、地球に来てしまったようです」

 先ほどの会話から、約十五分後。
 わたしは突然うちを訪ねてきた自称宇宙人・ミライさんを、とりあえず家にあげていた。
 そしてわたしの部屋に入ってもらい、今は一緒にお茶を飲みながら話しているというわけだ。
 そんなところで、新情報である。
 どうやらミライさんには、過去と未来を自在に行き来できる力があるらしい。
 彼女は、それを使って、この二〇二〇年・秋の星が丘市にやってきたのだろうか。
 それなら……。

「じゃあ、今すぐ一年後に行った方がいいよ!
 その占いが本当なら、一年後のわたしなら、ミライさんに正座を教えられるってことでしょう?
 今の私じゃなくて、一年後のわたしに頼った方が、スムーズに正座を勉強できると思うよ」
「ええ。確かに、キョウカのおっしゃる通りなのですが……」
「うん?」

 『おっしゃる通り』のアドバイスをしたのに、なぜかミライさんの顔は暗い。
 途端に、嫌な予感がしてくる。
 わたしのよく読んでいる小説や、遊んでいるゲーム、見ている映画やアニメの場合、こういうときはだいたい……。

「空間移動装置の使用には、膨大なエネルギーが必要なのです。
 一度使ってしまうと、必要エネルギー分の充電が完了するまで、とても長い時間がかかります」
「その、充電完了までの時間って、具体的には……?」
「一年です。私はその一年間でエネルギーを貯め、充電が完了するころに、もう一度空間移動装置を使って、故郷の星に帰ろうと考えていたのです」
「それって……」
「はい。キョウカはとても察しがよいですね。
 つまり私は、充電が完了するまで、本来の目的地である二〇二一年・秋の地球に行くことも、故郷の星に帰ることもできなくなってしまったのです」
「そんなー! じゃあミライさんはもう、この二〇二〇年・秋の地球で正座を勉強していくしかないじゃない!」
「フフフ。その通りです。
 キョウカは本当に理解力の高い方で助かります。
 それでは、キョウカはもう一つ理解されていると思います。
 その場合、私の先生は誰が適切でしょうか?」
「二〇二〇年・秋のわたし……つまり、今のわたしってことだよねぇ……?」
「そうです! どうぞよろしくお願いいたします」
「ううううう……」

 そうだ。はっきり言って、わたしは察しのいい方だ。
 わたしはファンタジーの世界やSFの世界が大好きだ。
 だから、そういう物語において、どんなことが起きるのか。
 起きた後は、どんな風に対処すればいいのか……。
 そういうことを、よく知っているからだ。
 だけどそんなわたしでも、正座のことは全然知らない。
 困っているミライさんを助けたいのは、やまやまだ。
 けれど、ここは、素人のわたしが無理に教えるのではなく、誰か、正座に詳しい人を紹介して『正座先生』役を代わってもらった方が、よっぽどミライさんのためになるような気がする……。
 だけど、特に『正座先生』の候補はいない。
 ミライさんは地球の日本人なら……二〇二〇年・秋のわたしでも、誰でも正座を教えられると思っているのかもしれない。
 でも、実際は違う。
 正直なところ二〇二〇年・秋の日本において、正座ができる人っていうのは結構限られている。
 繰り返しになるけれど、正座そのものはできても、教えられるほど正座に詳しい人というのは、案外いないのだ。
 たとえば、茶道とか、剣道とか、華道とか。
 そういう、日本の文化をたしなんでいて、それには正座が必須……といった人たちだろう。『正座先生』になれるほどの人材というのは。
 あ……?
 そうだ……茶道!

「そうだ! 『あれ』がある!」
「おや! キョウカ、何か秘策を思いついたのですか!」

 ここでわたしはガタン! と立ち上がると、部屋の本棚へと向かう。
 わたしは今中学一年生で、星が丘中学校に通っている。
 そんな星が丘中学校には、茶道部はない。
 でも、わたしはこれまでに一度だけ、茶道をしたことがあり、同時に正座を教えてもらったことがある。
 それは……夏に、星が丘高校の学校祭へ行ったからだ。
 星が丘高校茶道部の出し物に参加して、正座を教えてもらったからだ!

「わたしね。
 正座初心者さん向けに作られた『正座マニュアル』を持ってるの。
 とりあえず、これを使って、一緒に正座してみようよ!」

 星が丘高校茶道部は、星が丘ではちょっと有名な、変わった茶道部だ。
 一見普通の茶道部でありながら、正座も一から教えてくれるという『正座部』としての側面も持っているのである。
 これは、何代か前の部長さんが『茶道には関心があるけど、正座には苦手意識があった。だから、なかなか茶道を始める勇気が持てなかった』ことに由来しているらしい。
 だから部長さん――名前はサカイさんというらしい――は、自分と同じような人が、思うように関心のあることに打ち込めるように、正座を教えられる人になろう! と考えたようだ。
 そんなサカイさんの功績は卒業後も受け継がれており、今では、星が丘高校茶道部は『正座部』とも呼ばれるようになっているというわけだ。
 わたしが今取り出した『正座マニュアル』も、おおもとはサカイさんの代で作られたのだという。
 『正座マニュアル』は初版発行以来、毎年改良を重ねては……校内に置いて正座に興味を持った生徒に渡したり、イベントの時には、学外の人にも配ったりしているらしい。
 そして、わたしもそのうちの一部を受け取った人間というわけである。

「『正座マニュアル』……? 地球の日本人は、みんな正座ができると聞いておりました。
 これは、地球の、日本人以外に向けて作られた本なのでしょうか?」

 だけど『正座マニュアル』を見たミライさんはキョトンとしている。
 どうやらミライさんの星の人たちは、地球の日本人に対して、ちょっとした思い違いをしているようだ。

「実はね、地球の日本人は、誰でも正座ができるってわけじゃないの。
 正座自体は、してみたことがある人がほとんどだと思うよ。
 でも、事前にしっかり教わった上で正座してるって人は少ない。
 正しい正座の仕方を知らない人も多いの。
 ……というか、わたしもそうなんだ。
 だから、こうやってマニュアルを見て、正しい座り方を確認しながら、ミライさんに正座を教えたいなって思ったわけ。
 間違えた座り方を教わったら、ミライさんだって困るでしょう?」
「なるほど! キョウカは、そこまで考えて、マニュアルを用意してくれたのですね!」
「自分の正座の仕方に、自信がないってことでもあるけどね……。
 じゃあ、さっそくやってみよう!
 ミライさん。わたしの動きを真似して、正座して見てくれるかな?」
「承知しました! ……ところでキョウカ。
 正座とは、いったい何なのでしょう……?」
「なにっ!」

 思わず『えーっ! そこからー!?』と言ってしまいそうになったけれど、これはいけない。
 何せ、ミライさんは宇宙人だ。しかも、正座を知らない星から来ているのだ。
 知らないのは当たり前である。
 というか……改めて質問されると、わたしも自信がない。
 正座とは、いったいなんなのだろう?
 マニュアルにはこれについても触れていた気がする。

「えーっと……。
 『正座とは、座り方の一つです。
 床に座っているときの座り方になります。
 椅子やソファーに座っているときは、正座はしません。
 形としては、まず、膝から足の甲までを床につけます。
 それから、膝を曲げて、かかとの上にお尻を乗せます。
 この座り方が、正座です』
 だって。じゃあまず、膝から足の甲までを床につけてみよう」
「ええっと……こうでしょうか」
「あはっ。ミライさん、それは、足の裏だけを床につけた状態だよ。
 これは『しゃがむ』という姿勢だね」

 もしかすると、ミライさんの星では、座るときは椅子やソファーに座るのが一般的なのかもしれない。
 ミライさんは、膝から下を曲げたはいいものの、足の裏をぺたんと床につけたままだ。
 なのでわたしは、まずは床に座ることから教えるため、まず、右足だけ、途中まで正座してみることにする。

「こうやってね。膝から下全体を床にくっつけてみよう。
 そうすると、膝から足首までと、足首より下の、足の甲まで全部が床にくっつくことになって、ピタッと床に沿う感じになったでしょう。
 ちなみに、今は右足だけこうしているから、左足の膝から下は曲がっている。
 でも、床にはくっついていなくて、足の裏だけが床についているよね。
 これは『立て膝』あるいは『片膝立ち』という姿勢だよ」
「なるほど! では、この『立膝』から膝から足の甲までの全体を、ぺたんと床につけると……。
 それが正座ですか?」
「あ! それだと、まだお尻と足の裏側はくっついてないよね。
 ミライさんの今の姿勢は『膝立ち』になるよ。
 この『膝立ち』の状態から、お尻をおろしてみて。
 かかとの上に、太ももの裏側が乗るような感じだよ」
「こう……でしょうか?」
「そう! それが『正座』だよ!」

 こうして改めて一から正座してみると、正座にたどり着くまでは、色んな姿勢があることがわかる。
 だけど、ミライさんは、そのいずれも知らなかったようだ。
 だったら、地球に学びに来るのは『しゃがむ』でも『立て膝』でも『膝立ち』でもよかったはずなのに……。
 ミライさんは正座を学びに来た。
 それはつまり、正座がそれだけ、文化として奥深いものということなのかもしれない。

「キョウカ。これで正座ができたということは……。
 私の学びはもう終わりでしょうか?
 残り一年間、もう勉強することはない?」
「えっ? そんなことはないと思うけど……。
 他にどんなことがあるか考えてみるよ。
 だから何か思いつくまで、とりあえずこのまま正座してみようか!」
「承知しました」

 こうしてわたしたちは、並んで正座を始めた。
 確かにミライさんの疑問はもっともだ。
 ミライさんはもう正座ができたのだから、これで『正座を学んだ』といってもよい。
 でも『はい! 終わりです! ミライさんは正座を学び終えました! 正座先生です!』というのは、なんだか違う気がした。
 もしこれで正座の勉強が終わりなら、星が丘高校茶道部はマニュアルを作らないし、マニュアルの作成者であるサカイさんも、正座について悩むことなどなかったはずだからだ。
 そう。わたしは何かを忘れている……。
 でも……それって……なんだっけ……?
 そんなことを考えながら、そのまま、二人無言で正座を続けていると……。

「わぁぁっ!? キョウカ! キョウカ! 助けてください!」
「ええっ! どうしたの、ミライさん!」

 ミライさんが、突然びっくりしたように叫び、跳ねて……そのまま、横にコテンと倒れてしまった。

「足がビリビリするのです……。
 そのせいで、お、思うように足が動かせません。
 立ち上がろうとして、この通り、倒れてしまいました」

 その姿を見て、今のミライさんの言葉を聞いて、わたしはようやく気付く。
 そうだ!
 『しびれ』だ!
 正座をし続ける上での最大の敵……『しびれ』の存在を、わたしは忘れていたのだ!
 ……と。

「キョウカ! キョウカ!
 私はこのまま、足が動かせなくなって、死んでしまうのでしょうか……?
 正座とは恐ろしいものですね……」
「違う違う! そんなことはないよ!
 それは単なる『しびれ』って現象だから!」
「『しびれ』……?」

 どうやらミライさんの星では『しびれ』のことも知られていないらしい。
 『正座』も『しゃがむ』も『立て膝』も『膝立ち』も『しびれ』も知られていない星。
 それって、一体どんな星なのか、正直なところ、ちょっと謎が多すぎるけど……。
 それは、今は重要じゃない。
 とにかく、早くミライさんの誤解を解かなくっちゃ!

「大丈夫だよ。
 ミライさんの足はすぐに動かせるようになるし、この『しびれ』が原因で、死んじゃうことはまずない。
 正座は恐ろしくないし、ミライさんの身体は大丈夫だよ!」
「よ、よかった……。
 来て一日目で、地球に骨を埋めることにはならなさそうです……」
「大丈夫だよ! それは絶対にないから!」

 『治る』と聞いてホッとしたのだろう。
 ミライさんは、とたんにくしゃくしゃの笑顔になり、涙ぐんでいる。
 ミライさんは口調もお固い感じだし、これまで表情もほとんど変わらなかった。
 だから、クールな人なのかと思っていたけれど……。
 実は、意外と子どもっぽくて、かわいい人のようである。

「ということで、まずは『しびれ』を解消しよう。
 そのまま横になっていいから、ゆっくり足を伸ばしてみて?」
「そうします……。
 ありがとうございます……。キョウカは優しいのですね……」

 とはいっても、わたしは『正座』にも詳しくなければ『しびれ』にも詳しくない。
 正座を長時間していると『しびれ』というリスクがあることさえ忘れているくらい、ずっと正座をしていなかったのである。
 そうだ。これだけ正座としびれが近い所にいるなら、例の『正座マニュアル』でも『しびれ』の解消法についてふれていないだろうか。
 そう思って早速マニュアルを開いてみると……それは、もちろん載っていた。
 さらに、それだけではなく……。

「……ごめん。そもそも、正座について説明が足りていなかったみたい。
 『正座の仕方』っていうページには、まだ続きがあったよ……」
「おや! ということは、もしかすると私は、正しい方法で正座できていなかったせいで『しびれ』に見舞われたのでしょうか?」
「ううん。正座の仕方そのものは、さっきの通りで間違いないよ。
 でも、長時間正座をするためのコツや『しびれ』を避けるコツがあるみたい。
 わたしたちは、さっきそれを読まずに正座していた。
 だからミライさんは『しびれ』を避けられなかったんだと思う」
「なるほど! ではそのコツを! 教えてください!」
「その前にまずは『しびれ』を解消させよう!
 えっとね。
 ひとまず、さっきの『しびれた部分を、ゆっくり伸ばす』ってやり方は正しいみたい。
 足がしびれたまま、急に足を伸ばしたり、立ち上がったりすると、血液が一気に流れて痛みを感じることがあるし、そもそも、思うように足が動かないのに無理に動こうとしたら、ケガの原因になるからね。
 ゆっくり伸ばした後は『体育座り』がいいよ。
 こんな風に、お尻は床につけたまま、足の裏も床につけて、膝を曲げて三角にするの」
「こうでしょう……か?」
「そう! そのまま『しびれ』が取れるのを待とうね。
 もう無理に動かさず、じっとしているのが大切だよ。
 ほかにも『しびれ』を取る方法は色々あるみたいだけど……。
 ひとまず、今回はこれで治そう」
「はい……。それではお時間頂戴します。
 私の足の『しびれ』が解消されるまで、少々お待ちください……」

 やはりミライさんは『体育座り』を知らなかった。
 それだと『体育』すら、知らないかもしれない。
 それは学校で『体育』を教えないということかもしれないし、ミライさんの星では、体育のとき、『体育座り』とは違う座り方をしているのかもしれない。
 それを見越して足の動かし方から教えたのは、間違いではなかったようだ。
 ミライさんはわたしの指示通り足を動かし、無事に『体育座り』することができたのだった。
 そうしてそのまま、数分待っていると……。

「あぁ! 足がビリビリしません!
 難なく動くようになってきました! 『しびれ』がとれたのですね!」
「あっ! さっきお伝えした通り、治ったからっていきなり無理に動かしちゃダメだよ! もう少し! もう少し待とう!」

 わたしはミライさんをたしなめ、もう少し休んでいてもらうことにして、その間、『正座マニュアル』にもう一度目を通す。
 こうしてきちんと一ページずつ見ていったことで、はっきりわかった。
 『正座』の世界は実に奥深い。
 『正座することができました。はいおしまい。これで正座先生です!』と考えることなんて、絶対にできないほど、色々学ぶことがあるのだ。
 確かにこれは、きちんと学ぶのに一年はかかる。いや……もっと長い時間を要するかもしれない!
 ……であれば……。

「よし。そろそろいいかな。
 じゃあミライさん。
 今日は、『長く正座を続けるコツ』に絞って学ぼう。
 本当は『しびれ』を避ける方法も勉強しようかなと思ったけど……これって思ったより奥が深いみたい。
 無理に一気に詰め込まずに、一つ一つ学んでいこう。
 時間はあるんだもんね?」
「はい! 正座先生! ぜひそうしましょう。
 私はあなたの指導に従います」
「だ、だから……! わたし『正座先生』って言えるほどまだ正座のこと知らないんだからね?」

 ……とは言いつつも、わたしは思った。
 ミライさんの星の占い師さんの占いは、当たっているかもしれない……。
 と。
 なぜなら、仮にこれからわたしが、一年間ミライさんと正座を勉強したら……。
 一年後、二〇二一年・秋のわたしは、本当に『正座先生』といえるほど、正座に詳しくなっている。
 そんな気がしたからだ。

「じゃあ、改めて正座してみようか。
 まず、基本の形はさっき説明した通りだよ。
 これに、今から話す、正座の仕方のコツを足すことで、長く正座を続けられるようになっていこう」
「はい! ではまず、膝から足の甲までを床につけます!
 それから、膝を曲げて、かかとの上にお尻を乗せます!
 正座できましたよ! キョウカ!」
「オッケーオッケー。
 では、次からがコツになるよ。
 まず、背筋はピンとまっすぐ伸ばして。
 自然と、ちょっと胸を張るような感じだね」
「はい! こうでしょうか?」
「そうそう。いいね。
 では次に、肘を、垂直におろすようにして、手を膝の上に置いてみて。
 で、このとき、手の置き方に注目してみよう。
 太もものつけ根と膝のあいだ……そうだな、真ん中くらいの位置を意識して。
 カタカナの『ハ』の字……。
 あ。両手の爪の先同士が、斜めになって、向かい合わないようにっていうのを意識して置いてみて」

 カタカナは日本の文化だから、たぶんミライさんはまだ知らないだろう。
 なのでわたしは『これが『ハ』だよ』とわかるように、自分の手元を見せて実践する。
 これはミライさんが地球の人でもしていたことだろう。
 たとえば日本以外の方なら、宇宙人同様、カタカナを知らないはずだからだ。
 そう思うと、ミライさんは遠い星の宇宙人というよりは、海外の方だと思うくらいの気持ちで接した方がうまくいくかもしれないと気づく。
 海外の方もまた、床に座る文化はない。
 やはりミライさんが海外の方だった場合も、わたしは座り方の種類から教えていたかも知れなかった。

「よし。できたね。
 脇は、ピタッと胴にくっつけて閉じるか、少しあいだを開く程度にしようね。
 膝と膝も同じように、ピッタリくっつけるか、握りこぶし一つ分くらいを開く……っていうのを目安にしよう。
 足の裏は、比較的自由にしていていいみたい。
 親指同士が触れる程度、親指同士が軽く重ねっている程度、深く重なっている程度、どれでもいいみたいだよ。
 でも、親指同士が離れていたり、片方の親指が、もう片方のかかとよりも外に出たりしないように気を付けてね。
 それから、スカートの場合は……」
「スカート?」

 マニュアルをそのまま読む形で説明していると、思わぬ壁にぶつかった。
 ミライさんが今履いているのは、明らかにスカートだ。
 だけど、ミライさんの星では多分スカートとは呼ばず、別の名前がついているのだろう。
 これは、ミライさんの名前を、地球の日本では『ミライ』という言葉で呼んでも、ミライさんの星では、違う響きになるのと同じことだ。

「えっとね。ミライさんが今、腰から下に着ている服のことなんだけど」
「こちらですか! ■■■■ のことですね!」

 なので、スカートをとても聞き取れない発音の答えが返ってきた。
 これでは地球用に『ミライ』という名前を作ったのもうなずける。
 多分ミライさんの本名は、このスカート同様、わたしたち地球人には聞き取れない発音でできているはずだ。

「そう。それ。それは地球の言葉では、スカートっていうんだけど。
 これは、広がらないように、正座をするときはお尻の下に敷くようにしてね。
 ぶわぁ……って広がった状態だと見栄えが悪くてお行儀がよくないし、広がった裾の部分を誰かが踏んだら、ケガの原因にもなるから」
「承知しました。以後そのようにします。
 他に気を付けるべきところはありますか……?」
「とりあえずこれで終わりかな? 『基本』は今説明したところみたい」
「ということは……」
「『基本』の先の『応用』は色々あるよ。
 ほら見て、マニュアルはまだまだ続いているでしょう?
 ひとまずはこのマニュアルに沿って、これからゆっくり勉強していこうね。
 今日、これ以上無理に詰め込んでも、覚えきれないと思う」
「おお……! 正座の道は、やはり深く長いのですね。
 これは、一年間みっちり学ぶ必要がありそうです」
「わたしもそう思った。『正座』って単なる座り方の一つで、正しく正座の姿勢を取れさえすれば終わりだと思ってたけど……。
 全然そうじゃないって、このマニュアルを改めて読んでわかっちゃった。
 これはわたしも、ミライさんと一緒に勉強していかなくちゃなって」
「ということは……!」

 ミライさんの顔がパァァッ……! と輝き、その目がキラキラと潤む。
 正直なところ、わたしはまだ『正座先生』には程遠い。
 また『正座大好き!』といえるほど、正座について知ったり、正座の経験を積んだりしているわけでもない。
 そんなわたしが『正座先生』向きかというと……まず、そこからあやしい。
 でも、正座について一生懸命勉強しようとしている、ミライさんのことは応援したい。
 それにわたし自身、星が丘高校茶道部の出し物に参加するくらいには、正座と茶道に関心があるのだ。
 だったら、この出会いをきっかけに、もう少し正座を勉強してみるのもいい。もう少し色々知ってから『本気で正座先生を目指す』か『やはり、もっと正座先生向きの人にミライさんを紹介する』か決めてもいい。
 そう思ったのだ。

「うん。二〇二〇年・秋のわたしの方でもよかったらだけど……。
 空間移動装置の充電が完了するまで、一緒に正座を勉強していこう!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!
 やはり、キョウカこそが、私の『正座先生』だったのですね!」
「だから、まだ先生って言えるほどじゃないってば―!」
「そんなのこれから変わっていきます!
 キョウカは必ず、本物の『正座先生』になることでしょう。
 だって占いもそう言っていましたし、私自身そう感じております。
 キョウカ! 今後とも、何卒よろしくお願い申し上げます!」
「わーっ! ミライさん、その姿勢、正座じゃなくなっちゃってる!
 正座じゃなくなってるよー!」

 勢いよくミライさんに抱きつかれながら、わたしはこっそり、ミライさんの言葉を嬉しく思う。
 『正座先生』……そんなすごいものになれるのか、正直ってわからないけれど……。
 もしなれたときには、わたしは宇宙規模の『正座先生』になるかもしれない。
 それって『正座先生・ギャラクシー』とかって感じなのかな……?
 なんて考えて、思わずニヤニヤしてしまったのだった。

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