[14]正座先生から学ぼう
タイトル:正座先生から学ぼう
分類:電子書籍
発売日:2016/10/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:52
定価:200円+税
著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みの
内容
苦手な正座を克服し、憧れの先輩ユキの所属する茶道部に入部したリコ。
新入部員の彼女は、茶道部の次のイベントである『学校説明会』の準備をすることになる。
当日は中学生たちが体験入学に訪れ、部活紹介もある。
どうすれば茶道部に関心を持ってもらえるか。
悩んだリコは、自分の『正座先生』である後輩のナナミに相談する。
そこでふたりが思いついたのは、リコの体験を元にしたアイディアだった。
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1
「それでは本日の茶道部は、三週間後に控えた学校説明会に向け、当日の活動案を考えてゆきましょう」
夏休みを終え、高校二年の二学期が始まった放課後。
わたしは高校の会議室で三年生の先輩方に囲まれ、ホワイトボードに向かって座っている。
目の前には所属する茶道部が学校説明会で開催予定のプログラム案が並び、部の中で最も新しく、年齢も一番下のわたしは、初めての会議に胸を弾ませる。
とは言ってもわたしは二年生なので、本来は後輩がいるはずだ。
つまりこの部には、現在一年生がいないのである。
「今回の学校説明会は、来年うちの学校を受験予定の中学生だけじゃなく、在校生にもアピールできる内容にしたいなと考えています。
……うちの部は今のところ、二年生以下の部員がリコちゃんしかいないから」
今呼ばれたリコというのが、わたしの名前だ。
二ヶ月前、茶道部の現部長であるユキさんに
『学園祭でお茶会をするから、ぜひ来てほしい』
と誘われ、それがきっかけで入部したわたしは、お茶会に行くまで茶道部が存続の危機にあることをまったく知らなかった。
お茶に強い関心があって、誘ってくれたユキさんのことも、とても好きであったにもかかわらず。
『とにかく正座することが苦手だから』という理由で茶道部とのかかわりを避け続けていたわたしは、なんとか正座を克服し参加したその日まで、茶道部には部員が多くいるとばかり思っていたのだ。
だから入部届を出したその日、部員が思ったよりもずいぶん少ないことに驚いた。
なんとなく確認をしてこなかったばっかりに、想像と現実がかけ離れている。
よくあることかもしれないけど、衝撃は大きかった。
尊敬するユキさんの部があまり良くない状態にあるなんて、想像してもみなかったのだ。
「これまでにも色々と試してはいるのだがな。
なぜか、部員獲得にはつながっていない」
「そうなんだよねぇ。なんでかなあ?
学祭のお茶会も盛況だったし、みんな興味を持ってはくれてると思うんだけどなぁ」
今先にしゃべった、男の人っぽい話し方をしている人が副部長のアヤカ先輩で、後に続いたのんびりした雰囲気の人が書記のミユウ先輩。
ふたりは仲良く机に頬杖をつき、完全に参ったという表情を浮かべている。
自分たちなりに努力しているのに、なかなか結果が出ない。
そういった状況のつらさはもちろん理解できるし、入部したからにはわたしも貢献して現状を変えたい。
部員みんなが見上げているホワイトボードには、わたしたちが打破しなければならない、あるテーマが書かれている。
それは『茶道部に関心はあるものの入部には至らない人たちへ、どう部の良さをアピールするか』ということ。
実はこの問題について、わたしはまったく案がないわけじゃない。
でも、これまで活動してきた先輩方が様々な方法を試して、それでもうまく行っていない状態にあるのに。
最近入部したばかりのわたしのアイディアが通用するかは自信がなくて、結局この日はあまりいい発言ができなかった。
「今日はひとまず、これまでの茶道部が行ってきた活動をまとめたものを作って来たので、それを配布します。
当日まではまだ日があるから、こちらを参考に、来週のミーティングまでに各々アイディアを練りましょう。
リコちゃんも入部したてなのに早速お手伝いさせて申し訳ないけれど、一緒に頑張りましょうね」
閉会間際、そう言って悲しそうに笑ったユキさんの顔が目に焼き付いて、しばらく忘れられなかった。
せっかく入部したのに、このままじゃお客さんだったころと変わらない。
今一度自分の考えをまとめるためにも、わたしは『あの人』に相談することにした。
2
「ということでさ、どうしたらいいかな、ナナミ」
「なるほど。それはいきなり大変なことになってしまいましたね」
そうして次回のミーティングが迫った木曜日。
わたしは自分の後輩であり友達でもあり、偉大な『正座の先生』でもあるナナミと、ストレッチをしながら自分の部屋で一緒に過ごしていた。
茶道部の活動は週に二回だけど、ナナミの属する剣道部はほぼ毎日が部活。
それでも木曜はお互いの部活がないので、放課後は毎週こうして集まり、一緒におしゃべりするのが入部後の新たな習慣になりつつあったのだ。
「ナナミは茶道部が廃部になりそうだってこと知ってた?
入部するまで、わたしは全然知らなかったよ」
「私も存じ上げませんでした。
茶道部は文化部なので、運動部と違って大人数でまとまって行動したり、人数が足りなくて試合ができないということがありませんから、目につきにくかったのでしょうね」
正座必須の茶道部に入部したはいいものの、つい最近まで正座が大の苦手だったわたしは、少しずつ身体を慣らすため、入部後個人的に正座の勉強を開始した。
そこで発見したのは、『正座がつらいのは、筋肉が硬直しているから』という情報。
特に硬くなっている足首をほぐしておくと、正座する際の助けになるらしいと知ったわたしは、ナナミと会う日は家に着くなりこうして仲良くジャージに着替え、一緒に柔軟することにしたのだ。
「現在の茶道部は全四名ですか。しかも、リコ先輩以外の三名は皆三年生。
今は活動できますが、先輩たちが卒業してしまうと部はリコ先輩ひとり。
ひとりでは部が成り立ちませんから、できるだけ早く新入部員を獲得しないといけないんですね」
「そういうこと。入部したいって言った時、ユキさんなんだかものすごく喜んでくれたから、なんでだろうって思ってたけど……。
今思うと、深刻に部員が足りてなかったんだね」
ふたつ用意した椅子に向かい合って座り、話しながらわたしたちはストレッチする。
足の裏をぴったり床に付けた後、かかとは床に付けたまま、つま先を上げたり下げたり。
同様に座ったまま、足首から下をくるくる回してほぐしたり。
毎日ひとりでもやっている簡単な動作だけど、目の前に同じことをしている仲間がいると張りが出る。
「学校説明会は中学生だけを相手にするんだけど、説明会で使用した掲示物やプログラムはその後も勧誘に使えるわけじゃない。
だからいいものを作って、秋の部活動週間でも利用したいねって言ってるの」
「秋の部活動週間。
部活に所属してない生徒のために、新入生歓迎会で行ったような勧誘活動を行うもののことですよね。
うちの剣道部でも同じように考えています。
しかし、そこで行うプログラムについてですか……。
仮にリコ先輩がいい案を出せなくても、まだ入部して日が浅いですし、先輩方は許してくださると思いますが」
「もちろんそうだとは思う。先輩方、みんな優しいし。
でも、わたしとしては『聞かれないから案を考えなくてもいいや』っていうのはおかしいなって。
だから何かアイディアを出したいんだけど……。
まったく思いついてないわけでもないんだけど。
ちょっと発言する自信がなくって」
「なぜ自信がないのですか?」
「だってさ、すでにこんなに色々やってるんだよ。
なのに新入部員のわたしが今更出したアイディアで、勧誘がうまく行くのかなあって……。ちょっと、思っちゃって」
言うと、わたしは鞄にしまっていたクリアファイルを取り出し、先週のミーティングでユキさんがくれたこれまでの活動まとめを手渡す。
なお、この間も足はぱたぱた上下させている。
それにしても、『正座に慣れるための動作』を椅子に座ってやっているというのは、よく考えるとなんだか不思議でもある。
「なになに、茶道部の恒常活動……。
掲示板の茶道部ポスターは、毎月新しいデザインのものに張り替え、図書室には『茶道部入部の手引き』という冊子を常設。
月に一回は、部員以外も参加可能のお茶会を開催。
二ヶ月に一回は、他校との交流茶会を実施。
なるほど。確かにかなり活発ですね。
というか、正直なところ、こんなに色々活動されているなんて知りませんでした」
「そこなんだ。でも、『部員が少ないのは活動への認知度の低さが原因じゃない?』
って、先輩方にはちょっと言いづらいよね」
「いえ、みなさんも薄々気づいてはいらっしゃるのではと思います。
その上で現状を打破したいと考えているのに、芳しいとは言えない状況にあるので、悩んでいるのではと私は考えます。
……と、思うのは……。何を隠そう、剣道部も似たようなことになっていて、私も困っているからです」
「え? でも、剣道部は部員、結構いるよね?」
まさか、ナナミも同じように悩んでいるとは思わなかった。
二ヶ月前まで帰宅部だったわたしは、とにかく自分の高校の部活情報に疎い。
みんな楽しそうに活動しているように見えても、各部それぞれに心配事があるんだなあと思ってしまった。
「はい。今のところ人数は確保できているのですが……。
うちの剣道部の場合は、経験者以外の入部が少ないのが悩みです。
私としては、剣道部に『習い事として道場に通うのは少し勇気が要るけど、部活動なら気軽に始められるかもしれない』という気持ちで入部していただければと思い、活動しているのですが、現状そうは思っていただけてないようです」
「高校から始めるにはハードルが高いってことなのかな。
でも、うちの学校だったらアーチェリー部とか、中学校や習える場所はなかなかなさそうな部だってあるし、流行ってるのにね。その違いは何だろう」
「初心者が多い部活であれば、かえって入りやすい。ということなのかもしれません」
「確かに。『足を引っ張るかもしれない』とか、『ついていけないかもしれない』って不安が少し和らぐもんね」
かく言うわたしも、二ヶ月前茶道部に入部するまでは、自分は茶道部に入ってはいけないのではないか、と考えていた。
お茶に興味はあるけど知識はないし、もう二年生に進級してしまったし。
何より、正座が苦手だし……。入部したところで、先輩に迷惑ばかりかけてしまうかも。
と、できない理由を探しては一歩を踏み出せずにいた。
それが克服できたのは、ここにいるナナミが助け船を出してくれたからだ。
剣道部所属で、おうちも剣道道場を営み。剣道をしているときも、それ以外のときでも日常的に正座をしている人物――つまり『正座マスター』にも等しいナナミは、わたしに『とりあえず一緒に正座の練習をしてみて、できそうだったら茶道部のお茶会に参加することにしましょう』と、一から正座について教えてくれた。
もしもナナミがいなかったら、わたしは今も帰宅部のはずだ。
となると部員獲得の鍵は、今度はわたしが、誰かにとってのナナミになることかもしれなかった。
「茶道部の問題について、リコ先輩がどのような案を考えているかはわかりませんが……。
私は、リコ先輩の得意分野を生かすのがいいと思いますよ」
「え? 正座が苦手なこと?」
「はい」
ちょっと自虐的な冗談のつもりだった。
でも、ナナミはこちらを見てまっすぐに頷くと、部屋に置いてある、わたしが自分用に作った正座克服プログラム『長時間正座をするための練習方法』を見せる。
確かに、わたしと同じように『正座が苦手だから』という理由で入部を渋っている人がいるとしたら、これは役に立つかもしれなかった。
もしかしたら、ここからわたしは誰かのナナミになれるかもしれない。
「茶道部に入部したてで初心者のリコ先輩は、『部に関心はあるけど入部には至っていない』という方と、同じ目線に立てると思うんです。
正座が苦手で敬遠している方へは、リコ先輩がどのようにして長時間正座できるようになったかお伝えするのがいいと思います。
部の活動内容をよく知らないために入部しづらく思っている方へは、リコ先輩が入部前疑問に感じていたことをQ&A形式でポスターや冊子にまとめて掲示・配布で説明してもいいと思います。
その他にも、茶道においては若葉マークのリコ先輩だからこそ出せるアイディアがあると私は考えます。
そこには、ベテランの先輩方には思いつかない案も隠れていると思うんです」
「そっか。先輩が気付かなくて、わたしに気づくことなんてないと思ってたけど、そんなことはないかもしれないんだ!」
「はい。あと、先輩は既に考えている案もあるとおっしゃっていましたよね。
それはどのようなものですか?」
「それはね……こんな感じ」
学祭のお茶会の時も、今も。
ナナミに相談すると、そこからどんどん視野が開けて、明るい気持ちになれる。
わたしはストレッチをやめ、見せるか見せまいか悩んでいたメモを持ってきてナナミに手渡してみる。
その際わたしは椅子から離れ床に座ったので、自然とナナミも同じようにし、わたしたちは机を挟んで向かい合う形になった。
「なるほど……。
昨年度のようなきちんとした形式のお茶会ではなく、初めての方が立ち寄りやすい内容に特化して行うんですね」
「うん。部にも伝統とか慣習とかあると思うからさ、ちょっと言い出しづらかったんだけど。
これなら関心の薄い人にも少しは印象に残るんじゃないかなと思って」
「私は良いプログラムだと思います。
確かに勇気はいるかもしれませんが、明日のミーティングでぜひ提案してほしいです」
「……できるかなあ」
「大丈夫ですよ。正座だって、すっかり得意になったじゃありませんか」
そういえばそうかも。
ナナミが示す先には、自然と正座で座るわたしがいた。
前はほんのわずかの間正座しているのも不安だったのに、この二ヶ月ですっかりこの姿勢が身についていたようだった。
「それに、ひとりだけ学年が下だからと遠慮できる時間は短いですよ。
来年になったら、リコ先輩は最上級生かつ最古参になるのですから」
「確かに……。このままいくと、わたし、来年には部で何らかの役職に就くことになるだろうし。
今のうちから意見を言う練習はしておいた方がいいよね」
「私はそう思います。正座にしろ、意見発表にしろ、簡単なことから順に練習していけば、次第に技術も自信もつくと私は考えます。
私はこの案を提出してほしいです。受け入れられないかもしれなくても、チャレンジする先輩が見たいです」
「……わかった。やってみるよ」
ナナミに初めて正座をきちんと教えてもらった日、わたしは自分がこれまで正座できなかったのは、『向いていない』からではなくて、『自分のやり方の何がいけないのか理解しようとしなかった』からなんだと気づいた。
ひとりで考えたやり方は間違っていることもあるし、だからこそ別の誰かの意見や、本やインターネットの情報、これまでの自分の傾向を記録したデータが大切になるっていうことも。
正座と違って、部のアピール方法に確実な正解はない。
でも、正座の練習をした時と同じように、ナナミに相談したり、勇気を出して茶道部の先輩方にアイディアを伝えることで、糸口は必ずつかめるはずだ。
茶道部入部前みたいにあきらめが早くて、『できるかできないか』を確かめる前から逃げちゃうわたしはここにいない。
案を出すのはやっぱりちょっと怖いけど、ここはやってみよう、と思った。
「いつもありがとうね、ナナミ。
正座の相談をしてからこっち、もうナナミの方が先輩みたい」
「だって、私は一緒に活動ができませんから。
こうして遊びでお会いしている時だけでも、リコ先輩のお手伝いをさせていただきたいんです。
正直、少しユキさんがうらやましいんですよ。
リコ先輩と、部の今後について一緒に悩めるんですから。
……リコ先輩も、茶道部ではなく剣道部に入部してくれたらよかったのに」
いつも落ち着いて、堂々としていて。
一歳上のわたしよりよっぽど大人っぽいのに、ナナミは時々こうしてとてもかわいいことを言ってくれる。
一緒に活動できなくて、それを淋しく感じているのに、それでもわたしの力になろうとしてくれるナナミの気持ちが嬉しい。
それならここは、ナナミの『年上の弟子』らしく、彼女の教えを他の誰かにも伝える役目を担えるよう努力しようと思う。
「そうだよね。わたしが部活に入ってから、遊べる時間減っちゃったもんね。
ごめんね。わたしも淋しいけど、その分どうにかやってみせるよ。
『正座先生』ナナミ先生の名に懸けてもさ」
「え? 私、いつの間にそんなあだ名がついていたんですか……?」
「だって、ナナミがいなかったら、わたし絶対こんな風になれていなかったしさ」
二ヶ月かけて先生のお手本に大分近くなった自分の座り姿を見せながら、わたしはニカっと笑ってみる。するとナナミも笑い、さっきまで真面目モードだったこの部屋の空気もふわりと柔らかくなった。
「ありがとうございます。良い報告、待っていますからね」
ナナミがいてくれたら、わたしは本来の自分以上の力が出せる気がする。
一緒にいないときも心の支えになってくれる友達がいて、本当に良かった。
そんな気持ちを噛みしめながら、わたしは明日に迫ったミーティングと、学校説明会当日のことを思った。
3
「中学生のみなさん、茶道部です!
お菓子を食べていくだけでも結構ですので、のぞいていってみませんか?」
そしてやってきた二週間後。
学校説明会当日、わたしの主な仕事はなんと『正座すること』だった。
九月の第三土曜日、お昼過ぎから開始される学校説明会は、二時半に全体説明が終わり、その後五時までが各部活や委員会の展示・発表の時間となっている。
うちの学校にある部活と委員会は、全部で三十八個。
その中で少しでも印象に残るため、二回目のミーティングでわたしが提案したのは次のようなことだった。
「えっ。リコちゃん、案があるって本当?」
二週間前の金曜日。
二度目の会議室で手も身体もびくびく震わせ、それでも人数分の資料を持ってきたわたしを見て、ユキさんは非常に驚いていた。
アヤカ先輩もミユウ先輩も同じようにびっくりしていて。
みんなそれぞれにプログラムを考えて来ていたみたいだったけれど、『新入部員のわたしが用意してきてくれたんなら』ということで、最初に発表させてくれることになった。
先輩の前で、大きな発表。しかも順番が最初。
そんな緊張はもちろんあったけれど、『他の誰かと内容が重複していたらどうしよう』とドキドキしながら先輩たちの発表を聞かずによくなったので、正直なところすごく安心したし、助けられた気持ちになった。
「えーっと……。わたしは学校説明会で、部の広報活動に特化したプログラムを作りたいと思っています。
わたしは先月入部したばかりで、茶道にまだなじみはありません。
まだまだ、先輩の皆さんに教えていただいている立場です。
でも……だからこそ『興味はあるけれど、入部には至っていない』人たちと近い目線に立てると思っていて。そこで、考えました」
ホワイトボードに大きく『目標はわかりやすい発表。活動内容をいくつかに分解し、同じ場所で同時にいくつか違う発表を行う』と書くと、三人がへえ? とこちらを見つめる。
身を乗り出してこちらを見つめるのは、関心を持っているサインだとナナミが教えてくれた。とりあえずつかみはOKかもしれない。そう思った。
「まず、これは友達が一緒に考えてくれた案なんですが……。
茶道部について、よくある質問をまとめた冊子を作ります。
たとえば『お茶会では必ず着物を着て参加するの?』ですとか『正座が得意じゃないと入部できないんでしょう?』と言った、普段よく聞かれる基本的なものに回答します。
わたし自身、入部前は茶道部に対して敷居の高いイメージを持っていて。
興味はあるけど、少し足を運びづらいな、と思っていました。
それを『制服やスーツでの活動もできる』『正座は必要だけれど、こういったやり方であれば長時間姿勢を保ちやすい』と、口頭ではなく紙面で説明することで、情報を得やすくなったり、参加もしやすくなるのではないかな、と考えたんです。
冊子の本文は、毎月の掲示に使用しているポスターに書いた内容からも流用すれば、制作時の負担を減らせると思います。
また、わたしが入部前に個人的に作っていた『長時間正座をするための練習方法』のメモなどもあるので……。
先輩方に内容をご確認いただき、問題なければこちらも使用したいと考えています」
練習方法のメモは、お手元の資料の通りです。
そう伝えると、おおっ、と声が上がる。
「リコちゃん、そんなの作ってたのー?」
最初に質問してくれたのはミユウ先輩だ。
なんだかとても感心した様子で、いつもののんびりした話し方も少し早口になっている。
「そうなんです。実はわたし、正座がすごく苦手で……。
だから、自分のために作ったんですけど、もしかしたらお役に立てるかもしれないと思いまして、持ってきました」
「この資料の三ページ目がそれにあたるのか?
……うん、この内容であれば、茶道部に限らず、剣道部や落語研究部など、正座が必要な部に興味のある生徒にも受け取ってもらえると思う。
インターネットなどの資料をそのまま使っているので、文章や絵などを変えてオリジナルのものに変える必要はあるが……。
ぜひこのメモを使わせていただきたい」
次に手をあげ、発言したのはアヤカ先輩。資料の修正が必要なところをすぐに判断してくれ、具体的な代替案を出してくれる。
インターネットそのままではなく、自分たちで作ったものにするというところにはわたしの考えは及んでいなかったので、指摘がありがたかった。
「リコちゃん。私、イラストは得意よ。冊子のカットや図は、私が描きましょう」
最後に手を上げ、こう言ってくれたのはユキさん。
わたしは絵を描くのがとても苦手なので、代わりに描いてくれる人ができてとても安心した。
でも、ここまで感触は良いみたいだけど、まだ油断はできない。
わたしが伝えたいアイディアはここからなのだ。
「お三方とも、ありがとうございます!
それでは、冊子については実施する方向で考えるとして……。
次に、発表についても考えました。
当日、茶道部では、部員の人数が少ないのを生かした、小規模で顔を出しやすいブースをふたつと、掲示をひとつやりたいなと思っています。
あまり大規模に、真面目なものだけを行っていると、入りづらいと思う子もいると思い、今回に限ってはお茶会ではなく、部の活動内容の一部を簡単に体験するくらいのコーナ―として設けることで、のぞきやすい存在にできると思うんです。
先生に相談したところ、茶道部室の隣の空き教室は当日使用予定がないので、自分たちで片づけられるのであれば使って構わないそうです。
そこで、空き教室の半分はポスターなどの掲示、半分はお茶とお茶菓子を振る舞うコーナー。
和室では、正座体験コーナーを開きたいと思います。
冊子の内容に基づいた、『正しい座り方をすれば、正座が苦手な人でも楽に正座ができる』ということを、実際に体験していただくんです。
その中で『和室っていいな』って思ってもらったり、『自分は意外と正座が得意かもしれない』って思ってもらうことで、入部したいと思ってくれる人がいるかもしれません。
もちろん空き教室のブースでお茶とお菓子を食べて行ってもらうだけでもいいですし、和菓子のレシピを置いておけば、それに興味を持ってくれる人もいると思います。
冊子やちらし、お菓子、レシピ、正座。なんでもいいんです。
この学校に茶道部があって、楽しそうって思ってもらえれば、きっと来年度につながると思います。
初めて考えた企画なので、粗もあるとは思いますが……。
わたしはこれを、学校説明会でやってみたい! と、思っています!」
言えた。なんとか。
ここまで一気に言い切って、わたしはぺこりと深くお辞儀をする。
会議室は一瞬しーんと静まり返り、ドキドキしながら顔をあげるタイミングを待つ。
だけどしばらく頭を下げていても一向にリアクションはなく、だんだん、『もしかして、あんまりいい案ではなかったのかな』と不安になってくる。
でも、ちらりと目を上げると、そこには資料を見ながら早速メモを取ったり、考え込んでくれている三人の姿があった。
「リコ君。君の案、ぜひ採用したいと思う。
そこで、和菓子については、私が仕切ろう。
私の姉も大学で茶道サークルに入っているのだが、前日からしっかり仕込めばまとまった数の和菓子が出せると言っていた。
時間的に限界はあるが、家族にも手伝ってもらい、できるだけ用意しようと思う」
「先ほどの冊子に加えて、レシピや掲示物は私主体でデザインするわ。
あと、家に着物があるのだけど、空き教室内にはそれを飾ったら、より茶道部らしい雰囲気になるんじゃないかしら」
「じゃあー、私は受付を担当したり、写真を撮ったりデータを集めて当日の記録をつけたり。
呼び込み活動や飾りつけとかの、身体を動かすこと全般をやるね。
だって、正座体験コーナーは、当然リコちゃんがやるもんね。
和室は任せるから、どうぞよろしくね。
……ていうかごめんね。これをどう形にするかばっかり考えて、拍手するの忘れてた!」
そのミユウ先輩の言葉で、ユキさんとアヤカ先輩も気づいたらしい。
三人からのOKをもらえて、嬉しさのあまりぽかんとするわたしに、その瞬間大きな拍手が寄せられる。
きっとこれから色々修正や考え直しになる部分も出てくると思うけど、案を出して本当に良かった。そう思った瞬間胸が熱くなり、思わずじーんと涙ぐんでしまった。
そして準備に追われた二週間はあっという間に過ぎ、制限時間内で六回実施することになった正座体験コーナーも、次の開始時間までは少し余裕がある状態が今。
必死の呼び込みや宣伝で、思ったよりも人は集まってくれているけど、わたしとしては、もう一声頑張りたいところ。
今うちに少しでも多くちらしと冊子配りをして、部のことを知ってもらおう。
そう思い、わたしは和室から遠く離れた端の教室の方まで足をのばし、簡単なプログラムを書いたちらしと『長時間正座をするための練習方法』冊子を持って歩いていた。
「あの……」
結構配ったし、そろそろ戻る時間かな。そう思っていた瞬間、ふと、ひとりの女の子に話しかけられた。
小柄でおとなしそうな雰囲気のその子は、第一中学校のバッヂをつけているから中学生だ。
対するわたしは茶道部の腕章をつけて茶道部のちらし類を持って歩いている。
これって……。もしかしたら。
「あの、茶道部の方ですよね?
私、さっき、茶道部のブースに行きました。
お茶菓子もらいました……。すごく、おいしかったです。
それで、さっきはそれだけで教室から出ちゃったんですけど。
あそこって、正座の体験コーナーとか、部で必要なものとか書いた冊子配りもやってるんですよね?
私、第一中の三年生なんですけど……。
頑張ってこの学校に、受かるので。体験コーナーやってみたいです。
でも、迷っちゃって……。和室の場所、教えていただけませんか?」
そうか。わたしが入部したいって言ったときのユキさんって、こういう気持ちだったんだ。
わたしの予感は見事嬉しい方向に転び、真っ赤な顔でうつむく彼女にわたしは手を伸ばす。
「喜んで! わたしと一緒に、茶道部の活動、体験してください!」
女の子が照れたように頷き、右手を伸ばして握手をしてくれる。
同時にわたしは、体験コーナーで、次はどんな話をしようかな、って思う。
正座が苦手な自分が、正座の先生になるまでには、どんなことがあったか。
たとえば、お風呂で練習するのがいいと言われてのぼせかけるまで正座し続けてしまったり。
正座に慣れないうちはお尻とかかとの間に座布団を挟んで座ってみるのがいいと言われて、かわいい練習用の座布団を求めてずいぶん遠くまで買い物に行ったり。
身体が柔らかい方が楽かもしれないと思って、毎日ストレッチするようになったり。
そんな話をこの子にも伝えて、来年、一緒に部活がしたいなと思う。
まだ気が早すぎるかもしれないけど、ナナミが言っていたみたいに、未来の準備をしておくのはいいことだよね。
というか、今日帰ったら、絶対すぐナナミに報告しよう。
いよいよわたしも二ヶ月前のナナミみたいな、『正座先生』になるべく一歩踏み出せました、って。
そう思いながら、わたしは彼女と一緒に和室へ向かって歩いて行った。