[210]正座先生ギャラクシーと星が丘高校茶道部



タイトル:正座先生ギャラクシーと星が丘高校茶道部
分類:電子書籍
発売日:2021/11/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:52
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり

内容
 星が丘市に暮らす平凡な中学生・キョウカは、宇宙人のミライに正座を教える『正座先生・ギャラクシー』として活動中。
 先日、正座について造詣の深い高校生・マフユと知り合った二人は、彼女の所属する星が丘高校茶道部に遊びに行くことに。
 星が丘高校茶道部は、今でこそ『正座知識の宝庫』として知られているが、そうなるまでには紆余曲折があった模様。
 そこでキョウカとミライは、茶道部部員たちがどのように正座を学んできたか話を聞く事にする……。
 地球人と宇宙人、二人でいちから学ぶ、新しい『正座先生』シリーズ、第3弾です!

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本文

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「なるほど。『正座知識の宝庫』は、このような感じになっているのですね……」
「ねっ! すごいね、ミライさん!
 ここで星が丘高校茶道部は活動しているんだね……。
 みなさん、今日はお招きいただけて嬉しいです!」

 ――『その人』とわたしは、今日、『正座知識の宝庫』と呼ぶにふさわしい場所に遊びに来ていた。

「拙者も、ミライ殿とキョウカ殿に来てもらえてうれしいでござる!
 ゆっくりしていってほしいでござるよ」
「ありがとうございます! マフユさん!」

 『その人』の名前は『ミライ』さんといい、同行しているわたしは『サワタリ キョウカ』という名前である。
 そして、わたしたちを招いてくれたのが、今発言された『ヤスミネ マフユ』さんという方だ。
 今日わたしたちは、マフユさんの通う星が丘高校にある、茶道部の部室にやってきている。
 つまり茶道部部室こそが『正座知識の宝庫』。わたしとミライさんが、今、最も求めているものということである。
 ところでそんなわたしサワタリ キョウカは、星が丘市にある星が丘中学校に通う、いたって普通の女子中学生だ。
 つまりわたしは、星が丘『中学校』の生徒であり、星が丘『高校』の生徒ではない。
 ミライさんに関しても同様だ。彼女もまた、星が丘高校の生徒ではない。
 それどころか、彼女は先週星が丘市に来たばかりである。
 つまり、ミライさんは現在どこの学校にも通っておらず、また、どこかに所属して働いているというわけでもない。
 では、そのような身分のわたしたちがなぜ、今日、星が丘『高校』の訪問許可が得られたのかというと……。

「ようこそ、ミライさん、キョウカさん。
 お二人は今日、正式に招かれた、我が星が丘高校茶道部の大切なお客様です。
 今日は私たちに、どのようなことでもお申し付けくださいね」
「よろしくね、ミライちゃん、キョウカちゃん!
 校外からの来客ってぇ、来客用玄関でその『来客証』をもらうことで出入りできるようになるんだねぇっ。
 わたし、初めて知ったぁー」

 そう。『来客証』を手に入れることができたからだ!
 わたしとミライさんは星が丘高校の部外者だが、決して怪しいものではない。
 これを先ほど、今ここにいらっしゃる三人の星が丘高校茶道部のみなさん……主にマフユさんに、証明していただいた。
 これによってわたしたちは、『来客証』を得られたのである。
 そしてこれを首から下げ、校内の人たちに見えるようにしておくことで……今日だけ星が丘高校に出入りできるというわけだ。
 では、そういった手続きを踏んでまで、わたしたちがなぜ、今日星が丘高校にやってきたのかと言うと……。
 それは、単に『正座知識の宝庫』に入るためだけではない。
 それは……。

「今日ミライ殿とキョウカ殿のお二人は『星が丘高校茶道部の歴史が知りたい』とのことでござる。
 特に『なぜ星が丘高校茶道部が、正座知識の宝庫と呼ばれるまでに成長したのか』ということに関しては、ぜひ知りたいのだとか。
 ということで、シノ殿、オトハ殿!
 拙者たち三人で、どんどん我が部のヒストリーをお伝えしていこうでござる!」
「おっけー! マフユさん!
 それならわたし・オトハの頑張りどころだねっ。
 二人とも! 星が丘高校茶道部のことなら、なんでも聞いて。
 わたし、なんでも知ってる自信があるからっ」
「ありがとうございます、オトハさん!
 わたしたちもマフユさんから『オトハさんは星が丘高校茶道部マスターである』とお伺いしていたんです!」

 今マフユさんがおっしゃった通り、わたしたちは、正座のことと、この部の歴史を、部員の皆さんから直接お伺いしたくてここに来たからだ!
 ――突然だけれど、ここで驚きの話をしよう。
 今わたしの隣にいて、今日わたしと星が丘高校茶道部に来ているミライさんは、人間ではない。
 宇宙人である。
 ミライさんは、自分の母星にはない『正座』という文化を学ぶために、はるばる地球までやってきたのだ。
 そんなミライさんは一週間ほど前、この目的を果たすべく、地球の日本、星が丘市に降り立った。
 そこで、最初に出会ったのがわたしなのだ。
 しかしわたしは、正座について誰かに教えられるほど、正座の知識を持ってはいなかった。
 『正座初心者さん』であるという点においては、わたしとミライさんは同じレベルにいたのである。
 ということでわたしたちは、まずは一緒に『正座初心者さん』から脱する必要があった。
 そこでその手始めとして、約一週間前のある日、正座に関する知識を集めるため、図書館へ向かったのだ。
 それから役立ちそうな本を集めたのち、わたしたちは『星が丘高校茶道部の人たちが作成した『正座マニュアル』という本はとても役に立つ』という話をしていた。
 そこへ偶然通りかかり……『自分こそが、星が丘高校茶道部の部員である』と声をかけて下さったのが、マフユさんだったのである!
 こうして出会ったわたしたち三人は、あっという間に仲良くなった。
 さらにはマフユさんに『今度ぜひ、星が丘高校茶道部に遊びに来てほしい』とおっしゃっていただくほどの関係にまでなったのである。
 そして、その訪問が今日、叶った……!
 というわけなのだ。
 ということで、わたし・ミライさん・マフユさんはすでにお友達だ。
 けれど、わたし&ミライさんと、星が丘高校茶道部の現部長・副部長である『カツラギ シノ』さん&『ムカイ オトハ』さんは、今日が初対面である。
 だからまずは、自己紹介から始めていきたい。
 自分達が正座と茶道についてどの程度のレベルにいるのかを、お二人に知ってもらう必要があるからだ。

「それでは、改めまして……。
 わたしは星が丘中学校に通う『サワタリ キョウカ』と申します。
 正座と茶道については、まだほとんど知識はありません。
 ですが、この二つ……特に正座に最近関心を持つようになり、今日はぜひ、星が丘高校茶道部のみなさんのお話を聞けたらと思い、訪問しました。
 今日はどうぞよろしくお願いします」
「そのようなお気持ちで今日はいらしてくれたのですね。
 大歓迎です。私たちこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
「わぁ! 嬉しいなぁーっ。こちらこそよろしくね、キョウカちゃん!」
「シノさん、オトハさん、ありがとうございます!
 ささっ、次はミライさんの番だよ。自己紹介をお願い」
「は、はっ、はい!」

 こうしてわたしはなんとか自己紹介を終えられたけれど、隣にいるミライさんは、ガチガチに緊張している。
 ミライさんは、基本的には明るく、積極的な性格だ。
 けれど、緊張しやすい一面があるようで、初めての場所では、なかなかうまく話せないことが多い。
 今もその表情はこわばり、動きは石のように硬くなってしまっている。
 でも、せっかくお話を聞かせていただくのだから、その緊張は少しずつでも解いて行った方がいいだろう。
 そうでないと、聞きたい話も聞けなくなってしまう可能性があるからだ。
 なのでわたしはミライさんの肩を優しく叩き、そっと発言を促す。
 その瞬間、ミライさんの表情が少しだけ和らぐ。
 これで、ミライさんは、わたしが一緒であることを実感した。
 少しリラックスしてくれたようである。
 ミライさんは大きく咳払いをしたのち、自己紹介を始めた。

「こほん、こほんっ。えー、えーっと……。
 私は現在キョウカの家でお世話になっている『ミライ』と申します。
 日本の独特の文化『正座』について興味があり、勉強がしたくて、日本へ参りました。
 日本と、星が丘市には一週間ほど前に来たばかりで、知らないことばかりです。
 なので、ご迷惑をおかけするかもしれませんが……。
 学びたい気持ちは誰よりも強くあります!
 マフユさん、シノさん、オトハさん。本日はよろしくお願いいたします!」
「ご丁寧にありがとうございます、ミライさん。
 こちらこそ、よろしくお願いしますね。
 ところで……最近日本に来られたということは、ミライさんは、これまで外国にいらしたのですか?」
「へっ? あ、はい、そ、そんな感じです」
「まぁ。海外が長いのに、日本語がとてもお上手なのですね。
 私たちネイティヴとまるで変わりありません」

 ギクッ……。
 シノさん、鋭い……。

「それ、わたしも思ったーっ!
 卒業しちゃったわたしたちの先輩にも、すごく日本語がお上手なフランス人の方々がいたけれど……。
 ミライちゃんはその方たちにも、まったく引けを取らないくらい日本語がうまいね!
 ……でも、ミライちゃんは、ずっと外国にいたのに、『ミライ』っていう、日本風のお名前をしているんだねっ。
 もしかして、ご両親がもともと日本に関心があったとか、そんな感じなのー?
 キョウカちゃんとも、それがきっかけで知り合ったとか?」

 ギクッ、ギクギク……!
 オトハさんも鋭い!!
 あわわわわ。
 確かにミライさんの日本語力は、最近日本に来たとは思えないほどのすばらしさだ。
 これは、ミライさんが話すとき、宇宙翻訳機を使って、母国語を日本語に自動変換していることが理由だ。
 さらに『ミライ』という日本風の名前にも理由がある。
 ミライさんの本名は、地球人にはうまく聞き取れない・発音できない音でできている。
 なので、地球では、地球用の名前を持つ必要があった。
 そこでミライさんは、本名と同じ意味である日本語『ミライ』を名乗るようになったのである!
 ……でも、そんなこと、出会ったばかりのお二人に話せるはずもないし……。
 ということで、さっそくミライさんの素性を怪しまれているわたしたちは、慌ててこの件をごまかすほかないのだった。

「ま、まぁそんなところです! ねっ! キョウカ!」
「そうそう! そうなんです! ミライさんって、日本風のお名前ですが、海外からいらした方なんですよ!」

 このように、ミライさんの正体は、当然星が丘高校茶道部のみなさんには秘密だ。
 それは『宇宙人です』と名乗ったところで、まず、誰も信じてくれないだろう。というのもあるし……。もし信じてもらえても、こうなった経緯を説明するのは大変だし……。
 それに、正座を学ぶうえでは、宇宙人であるかどうかは、あまり関係ないと思ったからだ。
 なので、ひとまずは黙っていることにしたのである。
 こんな風にごまかし続けていると、シノさんとオトハさんもひとまずは納得してくれていたらしい。
 話題は、お二人の自己紹介に切り替わっていく。

「さようでございましたか。
 では、私たちも簡単に自己紹介を。
 私は、現在星が丘高校茶道部部長を務めております『カツラギ シノ』です。
 茶道には高校入学前から関心がありましたが、始めたのは高校に入ってからです。
 それゆえに、正座歴はまだ短いのです」
「えっ! そうなんですか!」
「そうなのです。その理由は、長らく正座に苦手意識を持っていたからです。
 なので今の私は、『正座初心者さん』や『正座下手さん』にも、とっつきやすい部にすることを心がけています。
 今の茶道部は、日ごろからこれを念頭に置いて活動しております。
 なので、私たちはきっと、今日のお二人のお役に立てるだろうと自負しております」
「えぇっ……! 今もとてもきれいに正座してらっしゃるのに!?」

 シノさんの自己紹介を聞いて、わたしたちは驚く。
 シノさんはこの通り、お話の仕方も、仕草も、雰囲気も、とても落ち着いた『和風』な方だ。
 なのでわたしたちは、きっと幼い頃から茶道と正座に触れている方……そう、熟練の『正座先生』に違いない! とばかり思っていたのだ。
 そこへ、オトハさんの補足が入る。

「そうなんだよーっ。だからシノは星が丘高校入学当初は、茶道部に入るつもりは、まったくなかったの。
 でも、当時の部長とコミュニケーションを取るうちに、だんだん考えが変わっていってね。
 正座に苦手意識があるままはやめて、変わりたい。
 興味があるんだから、もう一度取り組んでみよう! って思うようになったんだよ」
「そうなのです。
 なお、こちらのオトハは、入学当初最初から茶道部入部希望でした。
 だから、一貫して『正座好き』さんと言えますね」
「あはっ。『好き』って意味ならその通りだねっ!
 ということで、わたしが茶道部副部長の『ムカイ オトハ』でーす。
 卒業しちゃった、二学年上の先輩にあこがれて茶道部に入ったの!」
「つまりこの『二学年上の先輩』が、私が入部するきっかけとなった『当時の部長』ということです」
「そういうことーっ」

 ここまで話し終えたところで、シノさんとオトハさんはニッコリと笑って見つめ合う。
 二人にとって『当時の部長』とは、それほど大切な人ということだろう。
 ということは『当時の部長』って、もしかして……。

「なるほど……。あの、もしかしてその方が……」
「そう! ミライ殿とキョウカ殿が、図書館で話題にしていた『正座マニュアル』の提唱者。
 『サカイ リコ』殿なのでござるー!」
「やややっ、やはり! そうなのですね!」
「そうなのー! リコ部長は本当にすごい人なんだよーっ!」

 『サカイ リコ』さんの名前を聞いた途端、まだ緊張気味のミライさんと、すっかり興奮気味のオトハさんが同時に立ち上がった。
 その熱気に押され、ついついわたしも立ち上がってしまう。
 するとマフユさんまでもが『拙者も混ぜてほしいでござる!』という感じで立ち上がり……あまり『雰囲気に流されそうなタイプ』には見えないシノさんまでもが、最終的には立ち上がった。
 そういえばマフユさんからも、そんな話は聞いていた。
 オトハさんが『星が丘高校茶道部マスター』になった理由は二つある。
 一つ目は、高校受験前の学校説明会で茶道部の存在を知り、気に入ったから。
 二つ目は、それゆえに合格前から熱心に茶道部のホームページや茶道部制作の動画を繰り返し見ているうちに、誰よりも部への知識が深くなってしまったからだと。
 自分の所属している部活動をそれだけ好きで、大切にしているって、なんて素敵なことなんだろう。
 それも、サカイさんの活動がもたらしたものなのだろうか。
 そうだ、サカイさんの活動と言えば……。

「では、せっかく全員立ち上がったことですし、みなさんで正座をしてみましょうか。
 マフユさんのお話によると、ミライさんとキョウカさんのお二人は、一週間ほど前に正座に関心を持った『正座初心者さん』ではあるものの、将来的には『正座先生』になりたいと願う、高い志をお持ちと聞きました。
 これから、先ほどから話題になっている『正座マニュアル』をもとに正座の姿勢を復習いたしますから、一緒にやってみませんか?
 もちろん、同じ姿勢を続けるのが辛くなってきたり、足がしびれてきたりしてしまったら、正座を一度やめ、足を崩して構いませんからね。
 私もそうしますから」
「えっ? いいんですか?」
「もちろんだよーっ。
 わたしたち三人の正座する様子を見てもらったり、一緒に正座して、二人の姿勢を確かめたりすることが、二人の正座活動の役に立つかもしれないしね。
 だから、まずは全員で正座して、それからお話ししよう!
 とは言っても、今日はわたしたち三人しかいないし、かしこまる必要はまったくないから……気楽に、気楽に正座してみてっ?」
「そうそう。それに、この『立った姿勢からの正座』は、茶道部ではよくあることなのでござる。
 特にお客さんのいない日でも、拙者たちはしょっちゅう立った姿勢から正座をしてみて、お互いの正座の仕方を確認し合っておるので、別段珍しいことではござらん」
「そうなんですか!?」

 マフユさんのその言葉に驚き、わたしは思わずツッコミを入れてしまった。
 この言葉を聞くまで、わたしは『それが目的とはいえ、来てすぐに正座の仕方を教えてもらうなんて、いいのかな……』と思っていた。
 けれど、星が丘高校茶道部のみなさんは、普段から非常に正座に慣れ親しんでいるらしい……。
 ということを知ると、話は変わってくる。
 そこにぜひ、わたしたちも混ぜていただきたい。

「そうなのでござる。とは言っても、もちろんこれは『部活動中の強制』ではござらんよ。
 特に正座に強い、部の中心メンバーが集まっているときだけやっていることでござる。
 どれだけ正座が素晴らしいものでも、その素晴らしさを押し付けたり、正座することを強いたりするのは、決してやってはならないことでござる。
 また、たとえ正座に強いメンバーのみの正座でも、『どれくらいの時間正座をしていられるのか』を測るテストや、『誰が一番長く、あるいはきれいに正座ができるのか』ということを比べるコンテストは、基本的にはしないでござる。
 これは、部員の一人一人が、あくまで自分のために正座力をアップさせるためのものでござるからな。
 今日ももちろん、そのつもりでござる。
 なのでオトハ殿の言う通り、気楽にはじめようでござるよ。
 というか……。今日もそのために、茶道部の部室ではなく、多目的教室にご案内したのでござる」
「えーっ!? ここ、部室じゃなかったんですか!?」
「実はそうなのでござるよー。部室は普通の教室と同じで、床に何かを敷かずに直接座ることはできないでござる。
 その点、この多目的教室は違うでござる。
 この通り床が絨毯になっている、靴を脱いであがるタイプの教室でござる!
 つまり、正座の練習をするのにうってつけなのでござるよ!」

 そ、そうだったのかー!
 てっきり、こここそが茶道部の部室なのだと、完全に勘違いしていた!
 ここは部室ではなかったのに、つい先ほどのわたしとミライさんは『ここが正座知識の宝庫』とはしゃいでしまった。
 これは、非常に恥ずかしい。
 でも、この件をマフユさんがまったく否定しなかったということは……。
 ここは、茶道部にとって部室や、茶室に匹敵するくらいよく利用する『正座知識の宝庫』といっていい教室なのかもしれない。
 そんなことを考えていると、隣で手が上がった。
 ミライさんが、三人に何か提案しようとしているようだ。

「あああ、あのっ。実は私、今日も『正座マニュアル』を持参しているのです。
 と、いうか、あの冊子にあることは、すべて、覚えたつもりです。
 なので、私が正座の仕方をみなさんに説明し、キョウカを含めたみなさん四人は、それにならって正座をしていただく。
 そして星が丘高校茶道部のみなさんは、それが正しい正座の仕方であるかどうか、一緒に確認してはくれませんか?
 もちろんキョウカも『おかしいな』と思ったときは、指摘してください」
「それいいねーっ! ぜひやろう!」

 わたしが『大丈夫? ミライさん、緊張していない?』と確認する前には、オトハさんが大賛成していた。
 わたしは『本当にできるのかな?』と、不安になってしまうけれど、ミライさんがやる気なら、わたしはそれを応援したい。
 なので、わたしはドキドキとかたずを飲んで……ミライさんの次の行動を見守った。

「まず……正座とは、座り方の一つです。
 床に座っているときの座り方になります。
 椅子やソファーに座っているときは、正座はしません」

 ミライさんが発したのは、約一週間前、わたしたちが初めて正座をしたときに読んだ、序文だった。
 その日、宇宙から来たばかりのミライさんは、正座がどのようなものかも知らなかった。
 だけど今は、正座についてをきちんと理解した上で、自分の知識が正しいかを確認してもらう段階にまで来ている。
 なんだか感慨深い。

「正座の形としては、まず、膝から足の甲までを床につけます。
 それから、膝を曲げて、かかとの上にお尻を乗せます。
 この座り方が、正座です。
 ……いかがでしょうか?」
「うんうんっ! 正しく説明できているよっ。
 じゃあ、ミライさんのやり方にならって、わたしたち四人も正座してみよう!」
「はい!」
「承知しました」
「承知したでござるよー!」
「……なお、足の裏だけを床につけた状態は『正座』とは言いません。
 『しゃがむ』という、別の姿勢になります」

 そうそう。ミライさんは最初『正座』と『しゃがむ』の違いがわからなかった。
 となると、一体母星ではどんな座り方で生活していたんだろう……と気になるけれど、それは今はいいとして。

「『正座』と『しゃがむ』の明確な違いは、まず、正座も足を床につけていますが、それは足の表側……足の甲であることです。
 それから正座は、膝から下全体を床にくっつけている姿勢を指します。
 たとえばこれを、そうではない姿勢に変えたとしましょう。
 たとえば、正座を半分やめます。それから、やめた側の足の膝から下を立てている状態に変えます。
 これは、『立て膝』あるいは『片膝立ち』という、正座とは別の姿勢になります。
 さらに別の姿勢もあります。両方の足の膝から下全部を、お尻を浮かせた状態で、床にくっつける『膝立ち』という姿勢です。
 でも、この『膝立ち』の状態から、お尻をおろして、かかとの上に、太ももの裏側が乗るような感じで座りますと……。
 はい、こちらが正座になります」
「大正解でござる! こうしてみると、座り方って『しゃがむ』も含めて、色々あるのでござるなぁ」

 マフユさんがミライさんの言葉通りに様々な姿勢を行い、最終的には正座に落ち着いて拍手をする。
 うん! ミライさん、いい調子!

「私とオトハも、茶道部に入ったときは『正座初心者さん』でした。
 けれど、日本で生まれた日本人であるがゆえ『正座』がどのような姿勢であるかはわかっていました。
 なので、こうして一から座り方を確認するというのは、なんだか新鮮な気持ちです」
「そうだよねーっ。卒業されたフランス人の先輩方も、そのうちお一人が『日本通』だったから、正座について、座り方から説明したことはなかった。
 ……って、リコ部長がおっしゃっていたもんね。
 でも、その先輩方が珍しいパターンで、本当は海外の方は、単に『正座』って言われても、どんな姿勢なのかピンと来なくて自然だよね。
 勉強になるなぁ」
「その、卒業されたフランス人の先輩方は、日本に来た頃から正座が得意だったのでしょうか?」
「お二人いらっしゃったんだけど、わたしたちと出会った頃には、すでにすっごく得意だった!
 でも、始めたころは二人とも『正座初心者さん』だったみたいだよ。
 そのうちのお一人……わたしたちの一代前の部長は、正座に苦手意識を持たれていた方だったし!」
「えっ! サカイさんやシノさんだけじゃなくて、その方もそうだったんですか!」
「そうなのでござるよ。日本人だから、正座についてよく知っているわけではないように……。
 茶道部という、日本の文化に関心があって入部してきた人だからと言って、正座が最初から得意というわけではないのでござるな。
 だからこそ、我が星が丘高校茶道部は、茶道はもちろん、正座をすることにも力を入れているでござる。
 なぜなら、『正座が苦手だから』という理由で、やってみたいことができないのは残念でござろう?
 『正座を使った何かをやってみたい』という気持ちがある限り、拙者たちは、苦手を克服する機会を持ってほしいし、チャレンジする場になりたいと思っているでござる。
 それが最終的に茶道でなくても構わないし、なんなら『やはり正座は自分には向いていなかった』ということを確認するだけに終わっても構わない。
 ただ『正座をやってみる場所』として、気軽に遊びに来られる場所としても、茶道部を運営していきたい!
 という気持ちで、例の『正座マニュアル』は更新され続けているのでござる」
「そうだったんですね……」
「ふふっ。さっそく茶道部の歴史、語っちゃったねーっ!」
「あっ、確かに!」

 正座をしたところで、さっそく星が丘高校茶道部の歴史も教えてもらってしまった。
 しかし、マフユさんのお話を伺っているときは、話の内容に集中していたので、自分の足のことはすっかり忘れていた。
 だけど、ふと自分の足に意識を集中すると……。
 ウッ!
 なんだかもう、しびれてしまいそうな気がする!

「ミ、ミライさん、助けてー!」

 その瞬間、多目的教室にいる四人の視線が、いっせいにわたしに集まる。
 こんな形で、今日一番注目されてしまった。

「ああ! どうしましたか、キョウカ!」
「わたしたち、今日に向けて『正座でしびれにくくなる方法』を勉強してきたのに……。
 いざしびれそうになると、それがどうしても思い出せないの!
 ミライさん、教えてー!」
「承知しました!」

 ミライさんのその言葉を聞いた途端、不安そうにわたしを見つめていたマフユさんたち三人が、優しい笑顔になった。
 三人はきっと、ミライさんが自信なさげにしていたら、自分たちで教えようとしていてくれたのだろう。
 でも、その必要はなさそうだと思ってくれたようだ。
 だって、ミライさんの瞳は自信に満ち溢れている!

「え、ええっと、まず、大前提をお話しします。
 正座をして足がしびれてしまった際は、決して無理をして正座を続ける必要はありません。
 足のしびれはとてもつらいものですし、痺れた状態が長引くと、姿勢を変えたときに、ケガのもとになりかねません。
 なので、『これ以上正座を続けるのは厳しいな』とご自身で判断した時点で、足を崩すことをお勧めします。
 確かに、かしこまった場では、足を崩すのがはばかられるかもしれません。
 しかし『絶対に正座でいなくてはならない場』というのは、基本的にはありません。
 なので、素直に申告して正座をストップしたり、目立たないようにそっと足を崩したりするのはまったく問題がございません。
 ですので、キョウカも、決して無理はしないで下さい。
 ……と、いうのとは別に『もう少し正座を頑張りたい』『姿勢を直せば、問題なく正座が続けられるかもしれない』という場はあると思います。
 そんなときは、膝から上……つまり、足の上に乗っている自分の身体を意識してください。
 具体的には、重心を変えてみるのが良いです。
 たとえば、長時間正座をしていると、だんだん油断してきて、姿勢が悪くなっていることがあります。
 なので、姿勢を正すことを意識してみると、それだけで改善の可能性があります。
 よくない姿勢から良い姿勢に戻った場合には、重心の位置も変わるでしょう。
 そのほかにも、少しだけ動いてお尻の位置を少しずらしてみたり、足の位置を少し変えてみたりするのもよいでしょう」
「その通りです。
 足に限らず『しびれ』の原因は、その部分が圧迫されていることで起こります。
 『これ以上この姿勢だと危険だよ』と、身体がサインを送っているのですね。
 なので、圧迫状態から解放することを意識して動くと、改善される可能性があるのです」
「そうなのですね! そこまでは知りませんでした!」
「そうだよねぇ。わたしたちもー、入部してから知ったよぉ。
 でも、こういう身体の仕組みも知識として知っておくと、いざというときに対応しやすくなるし、人に説明するときも根拠を明示できてとてもいいよ」
「なるほど……正座の道って、深いです!」
「そんな深い道を、二人は着実に進んでいるでござる。
 前回会ったときは、二人はそのことを知らなかったでござろう?
 でも、今は知っている。そういう、自分自身の変化も意識しておくと、成長を実感しやすくなって、ますます勉強するのが楽しくなるでござるよ!
 とは言っても、自分ではなかなか自分の変化に気づくのが難しいこともあるでござる。
 だから、周りの人が変化していたときは、積極的にそれを伝えるのがよいでござるな。
 良い変化のときは褒めて一緒に喜び、良くない変化のときは一緒に現状を見直す。
 星が丘高校茶道部も、そんな風にして成長してきたでござる」

 あ……。
 今のマフユさんの言葉には、心当たりがあった。
 わたしは先ほど、ミライさんの変化に気づいた。
 たった一週間前には『正座』という概念すら知らなかったミライさんが、今ではすんなりとそれを説明し、実践し、うまく行かないとき……つまり、足がしびれてしまったときの対策まで把握している。
 ミライさんは、目まぐるしい速度で、どんどん新しい知識をつけているのだ。
 じゃあ、それに気づいたわたしがするべきことは『一緒に正座先生を目指している身なのに、このままだと、ミライさんに置いて行かれちゃうかも』と不安になることではない。
 確かに、努力不足や、本番で知識が飛んでしまったメンタルの弱さは改善すべき部分だ。
 でもそれ以上に、今はミライさんの『よい変化』に目を向けたい。
 マフユさんの言う通り、自分自身の変化には気づきにくいこともある。
 肝心のミライさんは『変わった』という実感がないかもしれないのだ。
 だから……。

「じゃ、じゃあ早速、褒めて一緒に喜びたいと思います!
 ミライさん、すごいよ! 一週間前は、超のつく『正座初心者さん』だったのに、今はこんなに華麗にわたしを助けてくれたね。
 どうもありがとう!」
「まぁ……キョウカ……! 私の方こそ、私の変化を教えてくれて、ありがとうございます!」
「ふふふ、二人は仲良しでござるなぁ」
「『正座先生』を目指していく中で一番大切なのは、長く続けていくためのモチベーションだもんねーっ。
 お互いに感謝し合って励まし合えてるミライちゃんとキョウカちゃんなら、あっという間に『正座先生』になれちゃうかもっ!」
「それでは私たち星が丘高校茶道部は、そうなるための手助けを、もっとしていかなくてはなりませんね」
「ありがとうございます! マフユさん、オトハさん、シノさん!」

 五人で微笑み合ったときには、足のしびれはなんだか和らいでいた。
 こうして今回はミライさんや星が丘高校茶道部の皆さんに助けられっぱなしだったわたしだけれど……。
 そのご恩を返すためにも、もっと『正座先生』目指して頑張らなくちゃと思ったのだった。

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