[24]正座先生と卒業制作


タイトル:正座先生と卒業制作
分類:電子書籍
発売日:2017/08/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:76
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みの

内容
茶道部部長のリコは、茶道と正座の普及のため、3人の部員とともに活動する高校2年生。
3学期が始まり、3年生たちの卒業が近づく茶道部では、お世話になった先輩方が安心して卒業できるよう、茶道部のプロモーションビデオの制作を決める。
茶道と正座に関心のない人が見ても楽しく、思わず興味を持ってしまうような作品が撮りたい。
さらに、在校生にとっても、卒業生にとっても、ずっと大切にしたいと思える内容にしたい……。
そう考えたリコは、部活の活動記録を用いた、ストーリー形式のビデオを作ることにするが……。

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本文

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『茶道部が廃部になったときに見る動画』

 ――それは、こんな衝撃的なデータを見つけたことから始まった。

「リコ先輩? どうかしましたか?」
「……いや、大丈夫!
 ごめん。今日はナナミ、先に帰っててくれるかな!
 このUSBメモリー、思ったよりいろんなデータが入ってて、中身の確認に時間がかかりそうなんだ。
 ……わたしがひとりで、見て。整理しておくから」

 思わずノートパソコンを閉じて、動画データを隠してしまう。
 これは、大切な友達で部活仲間でもあるナナミにすら、見せるのをためらう。
 動画の中には、ある人の思いが録画されていた。
 ある人とは、わたしをこの茶道部に連れてきてくれた人。わたしを茶道と、正座の道に進ませてくれたユキさんのことだ。
 そんな彼女が綴った後悔が……動画になって、残っていた。

〝茶道部が廃部になるとき。
 そこにいるのは、今の三年生だけです。
 つまり、この動画を見るのは、おそらく私自身でしょう。
 だから私は、私に向けてはっきりと言います。
 私には努力が足りませんでした。
 自分なりにできる限りのことをしましたが……。
 良い結果を出すことはできませんでした。
 来年度、茶道部はもうないかもしれない。
 入部したその日から、いつもそう思って行動していれば……。
 もっと密度の濃い活動が。
 もっとたくさんの人に関心を持ってもらえるような活動が……できたのかなって思っています。
 少なくとも今、私はそう感じています。
 もっと……できたことがあるはずなのに〟

 今でもユキさんは、こう思ってるんだろうか?
 廃部を免れた今でも、やっぱり自分の努力が足りなかったと、悔やんでるんだろうか?
 そう思ったことが、今回の卒業制作の始まりだった。


「おーい。なんか元気ねえじゃん。大丈夫か、リコ」

 二月半ばの昼休み。
 ユキさんが残した動画を見てしまった、次の日。
 二年二組所属のわたし・リコは、友達のユリナとアンズと机を囲み、一緒に教室でお弁当を食べている。
 学年末テストも無事に終わり、後はもう修了式を待つのみ。
 そんな平和な春の始まりのひとときだったのだけど……。ユリナの『元気ねえじゃん。大丈夫か?』という質問は、わたしの背中を『ぎくっ!』と大きく震えあがらせる。
 うーん、去年の末も同じことがあった。つくづく、悩みって本当に尽きないものだ。
 ユリナの言葉に、アンズも心配そうに顔を上げてこちらを見ている。
 高校一年生の時から仲良しのユリナは、この通り、話し方は男の子っぽいけど、内面はすごく心配性で繊細。わたしの些細な変化にも、こんな風に敏感に気付いてくれる。
 同じ中学校出身のアンズとは、高校二年生になってから仲良くなった。
 アンズは一見のんびりとしているけど、実際は何をするにもきびきびしているしっかり者。わたしたち三人は、クラスではいつも三人一緒。いや、昼休みはもう一人加えて、四人一緒に過ごしている。
 四人目とは、一年生で、わたしと同じ茶道部に所属しているフランス人留学生のコゼットちゃんである。

「まったくデスわ。呆けたお顔……部長がそんなことでよろしいんデスの?」

 去年の末、茶道部を廃部の危機に陥らせた彼女も、今はこの通り。
 自然にわたしの教室へやってきて、隣に座ってくれている。

「こんにちは。コゼットさん。今日はお昼ごはんはパンなのですね」
「さようでございマス。だから遅くなってしまいマシタわ。
 アンズ様はお弁当でいらっしゃるのデスわね」
「コゼットもすっかりうちのクラスに慣れたよなあ。もうまるで二年生みたいじゃん」
「気持ちはすでに二年生でしてよ。ユリナ様方には負けていられまセンもの。
 で? リコ様は一体何をお悩みデスの?」
「えーっとねえ……」

 一年生だけど、お昼はあれから毎日一緒に食べる関係になったコゼットちゃん。そんな彼女が、コゼットちゃん用に用意してあった椅子に腰掛けると同時に。
 男の子っぽい雰囲気と口調だけど、繊細でやさしいユリナ。
 同級生とは思えないくらい、穏やかで落ち着いているアンズ。
 そして昨年末、フランスから留学生としてやってきた、いつでも強気のコゼットちゃん。
 その三人の視線が一挙にわたしへ集まり……。思わず言うべきか迷う。
 二週間後に卒業を控えた、前茶道部部長であるユキさんの秘密の動画を見つけてしまった。
 動画の内容は、ユキさんの後悔が語られたもので、わたしは今、その後悔が今でも続いているのか、本人に質問すべきか悩んでいる……。
 ってことを。

「ま、言いにくいこともあるよな。じゃあ、代わりにあたしの悩みを聞いてもらおっかな」
「え? ユリナも何か困ってるの?」

 切り出しかねていると、ユリナは、わたしが悩みを言いたくなくて困っていると思ったらしい。
 さらりと話題を変えると『よいしょ』とカバンからプリントの入ったクリアファイルを取り出し。わたしたちの目の前に広げて見せた。

「そう。せっかくここには部活の責任者クラスのやつが三人も揃ってることだしな。意見が聞きたいのよ」
「部活に関することなのですか?」
「まさしく。あと、できればコゼットみてぇな、一年生の見解も知りたいところなわけ」
「あら。わたくしで良ければなんなりと」

 コゼットちゃんはクリームパン、アンズはお弁当のスパゲティ。そしてわたしはミートボールを口に入れながら、ユリナが机の上に置いたプリントへ目をやる。
 高校二年生で初めて三人同じクラスになり、毎日仲良く過ごしているわたしとユリナとアンズは、周囲からは『リーダートリオ』と呼ばれている。
 女子サッカー部のエースのユリナと、アーチェリー部で顧問の先生並みの指導役を務め『裏顧問』と呼ばれているアンズ。それから、茶道初心者ながら茶道部部長となったわたし、リコ。
 『リーダートリオ』なんて呼ばれ方は、一年前のわたしには、とうてい予想もつかないもの。
 たとえば二年生になったばかりのわたしに、今のわたしたちの写真を見せて『一年後にわたしたち三人は、みんなになんて呼ばれてると思う?』と聞いたら。わたしは『リーダーコンビと、帰宅部ひとり』と答えると思う。
 現実は、いつでも想像を超えていく。わたしたちは予想外の展開に時に驚いたり、振り回されたりしながら生活している。できれば予想の超え方が、いつでも良い方向、楽しい方向であることを願いながら、毎日頑張っている。

「突然だけどさ。うちの高校のホームページ。
 部活ごとに専用のページがあるのは知ってるか?
 部活ごとに自由に更新して良くて、新聞部とかはかなり活用してるらしいんだけど」

 もちろん知っている。
 というか、茶道部のページの更新を考えていて、昨日わたしはユキさんの動画を発見してしまったのだ。

「存じ上げておりますよ。
 ……とは言っても、お恥ずかしながらアーチェリー部はまったく更新できていなくて……。
 つい先日、先生に注意されたばかりなのです」
「リコ様も、昨日サイト更新のためにデータ整理を行っていマシタわよね。
 昨日ご覧になっていた、先輩が残していったUSBメモリー。
 あの中に、何か面白いデータはございマシタ?」
「えーっとねえ……」

 ああ、今日のわたし、さっきから『えーっとねえ……』しか言っていない。
 わたしの態度はあまりにも歯切れが悪く、やっぱり怪しいのだろう。
 隣のコゼットちゃんはさっきから『何か隠していマスわね?』という顔。
 眉間に大きくしわを寄せながら、こっちをじっと見つめている。

「じゃあ、やっぱりどこの部活でも『新年度に向けて、そろそろ更新したら?』って言われてるんだな?
 今女子サッカー部では、ページ全体を新しく作り直そうって話が上がってるんだ。
 大会の成績とかのデータも、今は三年前のとかが掲載されてて、古いから更新したいし。
 でも、まだ『作り直したいね』って話をしてるくらいでさ。
 具体的なアイディアが出てないんだよ。
 今日、資料として他の高校のホームページとか印刷してきたんだけど、マネするわけにはいかないしな。
 だから、アーチェリー部と茶道部では、ページをどうするのか聞きたいなって」
「えっとね、茶道部では、今日の放課後話し合うつもりでいたよ。
 うちは運動部みたいに大会があるわけじゃないから。
 茶会をやった記録とか、他の高校と交流した時の写真とか、あとは……。
 この前、ユリナとアンズも来てくれた、クリスマス会の写真も載せようと思ってる。
 でも……」
「でも?」
「それだけじゃ、正直、何かが足りない気がしてるんだよね。
 活動記録を載せるのは大切だけど……。
 たとえば、わたしが中学生で、うちの高校に興味を持ってホームページを見たとするじゃない?
 そのとき、茶道部のページを見ても、きっとピンとこないと思うんだよね。
 今の案だけじゃ『茶道部に入部したい!』って強く思えるページにはならない気がする。
 だから今日、部員のみんなの意見も募りたいなって考えていたところなの」

 だから、何かホームページに載せられそうなデータが入ってないかなって思って、あの部活用の共有USBメモリーを開いてしまった。というわけだ。
 高校二年生の一学期末、学校祭をきっかけに茶道部に入部したわたしは、まだ活動期間が短い。
 わたしが入部後に参加したイベントはまだ三つ。
 わたしたちの高校を、受験しようと考えている中学生向けに行った『学校説明会』。
 校内のまだ部活に入ってない生徒に、自分の部活の良さをアピールする『秋の部活動週間』。
 『秋の部活動週間』を機に関心を持ってくれた新部員のみなさんと、交流するために開いた『クリスマス会』。
 どのイベントも、真剣に取り組んでは来たけど。やはり経験の浅さをカバーしきれないこともある。だから、過去の記録に頼りたくなったり、先輩の力を借りたくなったりすることもある。
 ……でも、そうしようとしたところ、その先輩も力不足を感じていたと知ったのだ。
 すでに部活を引退されているユキさんは、受験で忙しいのもあり、今年に入ってからは、ほぼお会いできていない。
 二月の末には試験はすべて終わると言っていたけど、今はまだ二月中旬。受験勉強の追い込みに入っているはずだ。
 動画について聞きに行くにはまだ早すぎるから、やっぱりここはまだ誰にも言わず、しばらくひとりで抱えておいて。今はホームページ更新問題に取り組んだ方がいいのかも……。
 そう思っていると、コゼットちゃんがふと小さく手を上げた。

「あの、リコ様。本来は放課後にお伝えしようと思っていたのデスが……。
 今、ホームページ更新の件について、わたくしの案をお話してもよろしくて?」
「もちろんいいよ! どうぞ」

 頷いて促すと、コゼットちゃんはなぜかわたしを見てニッコリとほほ笑む。
 よくわからないけど、自信のある案のようだ。

「わたくしはホームページに、動画を載せてみると面白いかもしれない。
 と考えておりマスわ。
 この高校はわたくしやジゼルお姉さまのような、外国人留学生を積極的に受け入れておりマスが……。
 やってくる留学生全員が、はじめから日本語が堪能でアル。とは言えまセンわよね。
 留学前に学校のホームページを見ても、日本語や英語の記載では読めない。あるいはよくわからない……ということもありえマス。
 デスが、動画であれば。言葉は通じなくとも、写真以上に現場の雰囲気をつかむことができマスわ。話しながら、図や絵、グラフといったもので紹介もできますし。
 ……それに。
 もし、何か『過去の面白いデータが手元にある』のなら……。
 それが写真であっても、動画であっても。
 新しく作成したデータと組み合わせて発表することもできると思いマスわ」

 ギクリ。
 そう言うとコゼットちゃんはチラリとわたしを見て、今度はニヤリとほほ笑む。
 どうやら、わたしが昨日何かを発見してしまったことは、すでにお見通しらしい。
 姉のジゼルちゃんといい、この姉妹は本当に勘が鋭い。
 いや、わたしが単純すぎて、わかりやすすぎるだけなのかもしれないけど……。

「動画。いいな!
 コゼットの言う通り、留学生にとっては重要な資料になるだろうし。
 受験を考えてる中学生にとっても、参考にしやすいだろうしな」
「ホームページ用の動画を撮ることができなくても。
 新規に音声のみ収録して、写真と組み合わせてスライドショー形式の動画を作ってもいいですね。
 私も良い案だと思います」
「コゼット、やるじゃん。参考になったよ。
 ありがとう、女子サッカー部の話し合いでも案として出してみる」
「とんでもないデスわ。お役に立てたのなら幸いデス。
 わたくし、次期茶道部部長を目指しておりマスから。
 アイディア面で、リコ様には負けられまセンの」
「ははは。リコ、いい新部員が来てくれて本当によかったな」
「後輩が頼もしいのは素晴らしいことです。
 先輩も安心して活動ができるというものです」
「そうだねえ。本当……」

 ……うん?
 そのときわたしは『本当、コゼットちゃんが来てくれて本当に助かってるよ。動画、いいね。先生に申請すれば、放送部とかから撮影用の機材が借りられるかな?』と続けようとした。
 けれど、今のアンズの言葉がキラリと光り、何かをひらめきそうな気がして、一度黙る。
 ――後輩がしっかりしていれば、先輩は安心できる……?

「……それだ! アンズ! 『それ』だよ!」
「えっ?」

 きょとんとしている三人をよそに、わたしはようやく悩みの解決策を見つけ、思わず椅子から立ち上がる。
 『それ』とは。
 ユキさんから見て、わたしたちが頼れる後輩になるということ。
 つまり、今の茶道部が、ユキさんが安心して卒業できるような部活になっている証拠を見せることだ。
 わたしは思わず興奮して隣のコゼットちゃんの手を取ると、その白い手を強く握りながらこう宣言した。
 それが、今回の卒業制作の開始宣言となった。

「動画、撮ろう! 受験を考えてる人、留学を考えてる人。
 それから卒業していく先輩たちが見て。
 茶道部が楽しくて、良い部活だって思えるような動画を!」


「……ということで、早速動画撮影用機材の使用申請を出してきました」
「早ければ来週頭には使用許可が下りるそうデース!
 なので、今週のうちに動画の具体的な内容を決めまショウ!」
「早い! なんでもうそこまで知っているの!?」

 放課後茶道部の部室へ向かうと、ナナミと、ナナミと同じ一年生部員で、コゼットちゃんの双子の姉でもあるフランス人留学生のジゼルちゃんが、生徒会と先生のハンコがついた申請用紙を持ってもうスタンバイしていた。
 どうやら、昼休みが終わる時点で、コゼットちゃんが二人に『ホームページ用に動画を撮ることになりマシタわ』と連絡しておいてくれたらしい。
 こんなに早く話が進むなんて。うちの茶道部は、つくづく後輩たちがびっくりするほど優秀である。

「リコセンパイ!
 コゼットから『リコセンパイは面白いデータを持っている』と聞きマシター。
 今回はそれをベースにした動画を作るということで。
 ワタシ、まずはそのデータを見てみたいと思っていマース。
 上映、お願いしマース!」
「コゼットさんがおっしゃっているのは、昨日リコ先輩が確認されていたデータのことですよね?
 先輩方が残されたUSBの中に、何か使えそうな動画や画像があったということでしょうか?」

 もうそこまで情報がいきわたっているんだ!
 と、驚いていると、背後から

「わたくしに抜かりはございまセンわ。さあ、最速で作業を進めてまいりマショウ」

 とコゼットちゃんがやってくる。
 この数分の間の出来事だけで、わたしは強く実感する。
 茶道部はもう、とてもいい団体だ。って。
 部長であるわたしはいまだにちょっと頼りないけど……。こんなに頼れる後輩が三人もいて。
 他にも、兼部で来れない方も多いけれど、来年度も問題なく存続できるだけの部員が集まっている。
 そんなみんなの力を合わせれば、きっとユキさんが見て安心できるような、いい動画が作れるはずだ。
 わたしはコゼットちゃんの言葉に頷くと、昨日、自分が見た動画について話し始めた。

「実はね……」

 ここにいる三人は、みんなわたしが茶道部入部した後にやってきた一年生たちだ。
 だから、入部前からわたしと仲がよく、わたしから前茶道部部長であるユキさんの話を聞いていたナナミ以外は……ユキさんについて、ほとんど何も知らない。
 なので、改めて一から情報を共有する。これまでの出来事を、全部おさらいするつもりで話していく。
 わたしが入部するまでは、茶道部は二年生以下の部員が一人もおらず、廃部の危機にあったこと。
 特にユキさんはそれをとても気にしていて、副部長のアヤカ先輩と、書記のミユウ先輩の、三人だけの部員でいろいろなPR活動を行ったけど、あまりうまくいかなかったこと。
 そんなユキさんとわたしは、昔から親しくさせてもらっていて、茶道部で活動されているのも知っていたから、学校祭の茶会を機にわたしが入部して。
 『秋の部活動週間』の準備期間からは、ジゼルちゃんがやってきて。
 『秋の部活動週間』が終わるころには、ナナミが剣道部との兼部で入部してくれて。
 同時にナナミのように兼部という形で入部してくれた方々であったり、進路が決まって時間のできた三年生の方々がたくさん入部してくれて、やっと廃部の心配をしなくてよくなったこと。
 そして年末のクリスマス会でコゼットちゃんが入部し、茶道部は現在の形になったこと。
 でも、まだ部員の少ない『秋の部活動週間』のころにはユキさんは受験に専念するために引退してしまっていたから、ユキさんは今の茶道部をよく知らないということ。
 それらを全部話し終わり、ユキさんの動画をみんなで見たころには、三人は全員真剣な表情になっていた。
 三人にとって、ユキさんはあまり接したことのない先輩だけれど。それでもこの動画は『このままじゃいけない』『今の茶道部を見てほしい』という気持ちになるものだったのだろう。四人で一丸となって作業を進められそうなことが、わたしはとても嬉しかった。

「話はわかりました。
 確かにこれは、力を入れて動画制作したいところですね」
「まったくデスわ。
 ユキ様と直接お話したことは、わたくしにはございまセンが……。
 それでもユキ様がこのように思われているのは、大変遺憾でありましてよ。
 今の良い茶道部を見せて、安心していただきタク思います」
「ワタシも同意デース!
 ユキセンパイだけでナク。
 アヤカセンパイ、ミユウセンパイにも喜んでもらえる動画を作りたいデース!」
「みんな、ありがとう!
 そう言ってくれて、本当に嬉しいよ。
 実はね、わたし今日少し企画を考えてきたの。
 これをたたき台にしつつ、みんなの案をもらいたいなって思ってる」

 午後の授業の間、こっそり作った企画書を取り出しながら、わたしは、ついさっきユリナとした会話を思い出す。
 部室に来る前、たまたま二人きりになったユリナは、ホームページ更新について、こんな風に言っていた。

〝もし女子サッカー部でも動画を撮ることになったら、あたしは部員のみんなの『意欲』を撮りたいと思うんだ。
 だって、動画で伝えるべきことは、まず、部の強さではないと思うんだよ。
 部員がこんな記録を残しましたとか、ここまで大会を勝ち抜きましたとか。
 それもとても大切なことだけど、動画以外の方法でも伝えられることだからな。
 次に、チームの仲の良さや、部活全体の雰囲気の良さも大切だけど……そればっかり映した内容でもいけないと思ってる。部活って、楽しければ良い、ってわけでもないだろ?
 だから……たとえばみんなで真剣に練習してる姿とか。
 キャプテンや、レギュラー選手が、これからの意気込みを語るシーンとかを撮影したい。
 リコが昼休みに言ってたみたいな……。
 自分が受験生だったら『この部に入部したい!』って思うような。
 自分が卒業生だったら『このメンバーなら大丈夫。安心して任せられる』って思うような。
 そんな姿を残したいと思ってるんだ〟

 わたしもユリナと同じ意見だ。
 だから、この動画制作は、つまり。

「わたしはね。この動画を、わたしたちの卒業制作だと思ってるの。
 わたしたちはまだ二年生と一年生で、来月卒業するわけではないけど。
 三年生のみなさんが卒業していくことで……。『今の三年生に助けてもらいながらの活動』からは、完全に卒業するよね。
 だから『卒業していく先輩たちに、頼もしい姿を見せる』『来年度の部を引っ張っていく意気込みを見せる』って意味の卒業制作を、したいと思ってる。
 ……どうかな?」

 伝え終わると、部室全体が、シーンと沈黙する。
 もしかして、ちょっと伝わりにくい言い方だっただろうか。
 不安になり、だったら別の言い方を……とわたしは頭を巡らせる。
 だけどそれは杞憂だった。
 とっても優秀な三人は、もう具体的にどう動くかを考えていてくれたらしい。

「それでは、動画の中で、ひとりひとりの、今後の抱負を語るというのはいかがデショウー?
 そうすることで、来年度の目標も設定できマース!
 撮影した素材は、すべて使うことはできないかもしれまセンが……。
 先ほどのユキセンパイの動画のように、部の資料として残していくことで、今後の活動につながると思いマース!」
「だったら、抱負を語るなどのメインのシーンは、ここにいる四人で撮影して。
 いつも来られるわけでない兼部の皆さんには、たとえば茶会のシーンなどに参加していただくというのはどうでしょうか。
 私は可能であれば、できるだけ新しい茶会の光景を撮りたいです。
 一番新しい状態の技術をお見せしたいですし。
 私のような兼部の方にも積極的にご参加いただくことで『兼部でもこんなにしっかり学べるよ』というのを伝えたいです」
「それでは、早速、今日はおられない部員の皆様に、連絡しなくてはなりマセンわね。
 機材を使用させていただける期間、茶道部に来ていただける方を募るメールを送っておきマスわ。
 ……忙しくなりマスね。
 だからリコ様、もう呆けてなんかいられまセンわよ?」

 次々と飛び出す意見に感動していたら、わたしはまた『呆けたお顔』になっていたらしい。
 コゼットちゃんがこちらをのぞき込んで、わたしの腕を肘で小突いて。それから目を細めて『うふふっ』と笑う。
 一時は『ジゼルちゃんを退部させようとしている困った人』だった彼女が、今はこんな頼もしい味方になってくれている。
 それが現実のすごいところだ。
 現実がわたしの想像を超えているのは、自分が茶道部の部長になって『リーダートリオ』のひとりに数えられていることだけじゃない。コゼットちゃんとこうして、仲良く活動していることも、本当に嬉しい『予想外』だ。
 茶道部に入らなければ、絶対に見られなかった景色がここにある。
 さらに先のことはまだ見えないけど、また嬉しい予想外が訪れるように。ユキさんの言う通り、わたしはいつでも、明日終わりが来るかもしれないって気持ちで、すべての活動を丁寧に行っていきたい。
 そのためにも、今全力で動画制作に取り組んでいこう。
 わたしはコゼットちゃんの腕を左肘でつつき返し『わかってるよ!』と言うと、右手を大きく上げてこう言った。

「では本日より。茶道部のPR動画の制作を始めまーす!」


「動画をご覧になっている皆様、初めまして。
 星が丘高校、一年生のタカナシ ナナミです。
 私が茶道部に関心を持ったきっかけは、現部長であるサカイ リコ先輩が入部を考えていたからです」

 そうして、撮影が始まった。

「リコ先輩から『茶道部のお茶会に参加したいけど、正座が苦手で困っている』と相談を受けたことが、私にとっての茶道部活動の始まりとなったのです」

 話し合った結果、動画は、メインで活動しているわたしたち四人の入部のきっかけや、来年度の抱負を語りつつ、その間に活動中の光景を挟む、という構成になった。
 動画のトップバッターはナナミ。
 ナナミが話す『茶道部に関心を持ったきっかけ』は、今ではとても遠い出来事に感じる。
 正座が苦手で、始める前から『できない』とナナミに泣きついていたわたしは、もういない。
 わたしはナナミという『正座先生』に多くのことを学んだ。
 それは『正座』だけじゃない。
 わたしはナナミのおかげで『正座が苦手な自分』に向き合うこと。それから、自分の現状を正しく把握した上で、どうしたら正座ができるようになるか考えるという、『物事への取り組み方』を学んだのだ。

「私は現在、茶道部と剣道部と兼部していますが、充分両立できています。
 茶道部は活動日が決まっているため、兼部しやすいからです。
 また、茶道部は二年生以下、かつ新しい部員が部の中心になっていることから。部員同士の関係が対等で、一年生でも意見が出しやすい環境にあるのが、とても良いところだと思っています。
 茶道部は、部員の意欲や、努力が、がそのまま報われる部です。
 今回の動画撮影に関しても、一年生の意見が多く取り入れられています。
 なので、少しでも関心のある方は、ぜひ部室にいらしてみてください。
 そして『面白い』と感じたら、ぜひ体験入部をされてください。
 私はどんな些細なことからでも、関心を持って、行動することから世界は広がっていくと思います。
 最初は入部する予定がなかった私が、今こんなに茶道部の活動を楽しんでいること。
 それが、その証明になると思います」

 ナナミがお辞儀をすると、昔ナナミと一緒に作ったメモ『長時間正座を続けるコツ』が一瞬画面に大きく映し出される。
 メモは、読み込まれてしわしわになって、あらゆるところにラインが引かれている。
 メモの持ち主はジゼルちゃんだ。
 ジゼルちゃんはすぐさまカメラから引くと『ワタシはこれで勉強しマシター!』と言って一礼し、話し始める。

「ハジメマシテ! フランスから来マシタ。
 一年生のジゼル・ベルナール、デース!
 ワタシがこの高校に留学し、茶道部に入部した理由は、日本が大好きだったからデース。
 でも、この高校には、茶道部のほかにも、日本に関する部活がタクサンありマース……。
 なのでワタシは、最初は、日本に関する部活に全部順番に体験入部していって。
 そのうえでどこに正式に入部するか、決めるつもりデシター。
 でも!
 実際は。最初に体験入部したこの茶道部に、そのまま入部しマシタ。
 その理由は。親身な、優しい先輩方がいらっしゃったからデース」

 ジゼルちゃんは二番手として、外国人留学生の立場から茶道部を語ってくれることになっている。

「茶道部は、新しい部員に、ひとりひとり丁寧に教えてくれる部活デース。
 ワタシは体験入部期間中『秋の部活動週間』というイベントをお手伝いしマシタがー。
 その間センパイの家で合宿を行い、イベントに向けて、しっかり技術や、知識を学ぶことができたのデス。
 なので! 入部してすぐの身でありナガラ。イベント当日、安心して活動することがデキました!
 当時のワタシは、留学してきたばかりで。日本語も、完璧じゃないし。
 日本での生活に強い不安がありマシタが……。
 もう引退された先輩や、現在の部長。
 そして同級生に助けてもらい、一緒に頑張るうち。
 その不安を忘れてしまったほど、合宿は楽しかったのデス。
 ワタシはもうすぐ二年生になりますガ……。
 自分がセンパイ部員になったときは、新しく入部してくる皆さんに。
 自分がしてもらったように。熱心で。楽しく学べる指導をしたいと思っていマース!
 なのでどうか!
 ゼヒ! ワタシと一緒に茶道しまショーウ!」

 『秋の部活動週間』で、ジゼルちゃんはわたしに助けてもらったと言ってくれるけど、実際に助けられていたのはわたしの方だった。
 当時のわたしは、少しナナミとぎこちなくて。
 元々剣道部に所属していたのに、突如『しばらく茶道部を手伝わせてほしい』とやってきたナナミのことを、
 『どこかへ転校や、あるいは留学でもしてしまうんじゃないか』とか。
 『最後の思い出作りに、一緒にいてくれるんじゃないか』なんて疑って。
 直接質問すればすぐにわかることを、どうしても聞けずに、不安を抱えたまま活動していた。
 それをすぐに気づいて、合宿のとき支えてくれたのはジゼルちゃんだった。
 ジゼルちゃんは年齢こそ後輩ではあるけど、わたしはジゼルちゃんの場の雰囲気を察する力や、必要なときには、はっきりと意見してくれる姿勢を、年齢を超えて信頼している。
 そんなジゼルちゃんとこれからも活動できるのは、本当に嬉しいことだと思っている。

「皆様ごきげんよう。
 一年生のコゼット・ベルナールですわ。
 先ほど登場しましたジゼル・ベルナールとは双子で、わたくしが妹にあたります。
 わたくしたち姉妹は、二人ともフランスからやってきた留学生デス。
 そんな二人が、同じ部活動に所属している。
 ……というと、仲良く一緒に入部してきたように聞こえますが……。
 実を言うと、わたくしは当初。茶道部に入部する気は全くございマセンでした。
 むしろ、茶道を嫌っていたのデス」

 三番手のコゼットちゃんの話は、そんな衝撃的な言葉から始まる。

「入部前のわたくしは、姉とは逆に、日本の文化にまるで関心がございませんデシタ。
 いえ、正直に申し上げますと『食わず嫌い』でございました。
 姉がすでに好きだった日本のお茶の入れ方は知りませんデシタし、姉が問題なくできた正座は、まったくできまセンでした。だから『知らない』『できそうにない』という理由だけで、嫌っていたのデス。
 自分はフランス人なのだから、フランスのルールで生きればいい。
 そう考えていたくらいデス。
 だから、日本へ留学してから、茶道部の活動に夢中な姉のことが信じられなくて。
 フランスへ連れ戻すつもりで日本へ留学して……。茶道部から退部させるつもりで、部長のサカイ リコ様のところへ行きました。
 でも、結果は……オワカリですね?」

 コゼットちゃんの登場は、本当に強烈だった。
 それは去年の十二月のこと。
 『秋の部活動週間』を終え、ジゼルちゃんが正式に入部してくれて。
 ナナミまでもが、剣道部と兼部する形で入部してくれて。
 不安はあるけど、少し落ち着いたかも? というときに、突如『ジゼルを退部させマス』と言って現れたのだ。

「サカイ リコ部長は、とにかく姉を退部させたいわたくしに、こうおっしゃいました。
 『コゼットちゃんは、本当に自分は正座が苦手なのではなくて。
 実際はできるかもしれないのに、試していないだけかも』と。
 ……口の上手い方なのです。
 そう言われると、わたくしは、ついうっかり、試してみたくなってしまいました。
 そして 試してみると、あんなに苦手と思い込んで、嫌いだったはずなのに……。
 わたくしは正座と茶道に夢中になっていマシタ。
 実はやっぱり……デキタ。からです。
 なので、わたくしが言えるのは、高校生活では、予想外のことがたくさん起きる……。ということデス。
 誰にでも、好きになれない、苦手なことはあると思いマスが……。
 そんなときは、ただ嫌うよりも。
 一度周りの意見を聞いてみたり、あるいは、その場の雰囲気に流されてみるのもいいかもしれまセン。
 苦手なものでも、とりあえず体験しているうちに『思ったよりも悪くない』『もしかしたら、好きになれるかもしれない』と。自分の考えが変わることもあるからデス。
 今のわたくしが、茶道部の活動をとても楽しんでいるように、デス!」

 コゼットちゃんとわたしは、実はけっこう共通点がある。
 茶道部に入るまでは、正座に苦手意識を持っていたこと。
 本当はできるかもしれないことを、始める前から諦めかけていたこと。
 でも思わぬ『予想外』によって、高校生活を大きく変えられ、今はその『予想外』な生活を楽しんでいること。
 来年度はわたしとそんなコゼットちゃんは、いいコンビになれるんじゃないか。そんな風にも、考えていたりする。
 ああ、本当にいろんなことがあったなあ。
 三人のメッセージを改めて聞いていると。わたしはこれまでの部活動を振り返っている気分になる。
 動画は、あとは自分のパートを撮影し、各データをつなぎあわせて編集するのみだ。
 でもわたしは、自分のパートに、どうしても一緒に参加してほしい人がいて。でも、どうやってお願いするべきか悩んでいて。
 だからまだ撮影を始められず、ひとまず先に撮った三人分の動画と、茶会の風景などを編集していた。
 本当に、どうしよう……。
 だから、その日動画編集作業を行いながら外がすっかり暗くなって。
 いつの間にか、ほとんどの生徒が帰ってしまったことにも。
 気が付くと、大切な先輩が部室に来てくれていたのにも、しばらく気づかなかった。

「がんばってるな。もう七時だが、家には遅くなると連絡はしたか?」
「アヤカ先輩!」

 『ここで、ちょっとスローにしてみようかな? いや、やっぱり……?』なんて動画編集に夢中になっていると、ふいに脇から冷たい飲み物が差し出され、びっくりして振り向く。
 そこにはアヤカ先輩がいた。
 アヤカ先輩は、さっきジゼルちゃんが言ってくれた通り、もうすぐ卒業される先輩で。『秋の部活動週間』のときには、おうちを合宿所として提供してくださった方でもある。

「コゼット君から聞いたよ。
 高校のホームページ用に、茶道部の活動内容や、今後の抱負を話す動画を撮ってるんだってな」
「よくご存じで!」

 さすがコゼットちゃんである。まさか、先輩にも動画の話をしてくれているなんて。
 だったら、先輩にも話を聞いてみたい。
 今回の動画には参加されないけれど、アヤカ先輩は、茶道部でわたしたちと一緒に過ごした時間を、どう思っているんですか。……って。

「……アヤカ先輩は、この三年間茶道部で活動して、いかがでしたか?」
「そうだな。私はこの三年間、部活を通じて『一年生、二年生、三年生』と順番に成長していったというよりは。
 『一年生、二年生、二年生』という風に、二回二年生として過ごした気分だったよ」
「どういうことですか?」
「すでに推薦入学が決まっていた私は、本来三年生が引退する時期になってからも。
 リコ君たちと一緒に、引き続き一緒に活動させてもらっていただろう?
 同級生が部を去って、下級生の君たちといるとき。
 私は上級生のいない部で、たったひとりの三年生というよりも、一年若返ってリコ君と同級生の、二年生になった気分だった。
 そのくらい楽しかったんだよ。経験済みのことを、また新鮮に感じるくらいにね」

 アヤカ先輩はとても昔を思い出すように目を閉じて、それから優しくほほ笑む。
 アヤカ先輩はわたしにとって、本当に偉大な先輩だ。
 たとえ受験勉強がなくとも、アヤカ先輩はとても忙しかったはずだ。そんな中で、初心者のわたしに親身に指導してくれた彼女がいてくれなかったら、わたしはきっと部長として成長することはできなかった。
 そうそうに挫折して。一年前の私の予想通り、ユリナとアンズと並んでも『リーダートリオ』ではなく『リーダーコンビと、帰宅部ひとり』になっていたかもしれない。
 アヤカ先輩は自分用に買ったらしいお茶のボトルを開けると、一口飲んで続ける。

「部に残ったのは、部長ではあるがまだ初心者のきみを、サポートするという名目だったが……。
 実際は、私が一番活動を楽しんでいたと思う。
 先輩がいつまでもうろうろしていて、きみたちにとっては邪魔だったかもしれないが……私はとても楽しかった。いい思い出をくれて、本当にありがとう」
「とんでもないです!
 わたしも。アヤカ先輩に教わることができて本当に良かったです」

 アヤカ先輩とわたしはずっと親しくさせていただいて、良い関係のつもりだったけど。直接話してみないとわからないこともあるものだ。
 いつも堂々としているアヤカ先輩でも、自分を『邪魔だったかもしれない』と感じることがあったなんて。
 なら、誤解があったことをすぐに伝えなくちゃ。
 次はいつ会えるかわからない。
 今日が最後かもしれないんだから、チャンスを大切にするんだ。って、わたしは決意したばかりなのだ。

「ジゼルちゃんも動画で話してるんですけど……。
 合宿、楽しかったですよね。
 勉強をするための合宿だけど、ひとりひとり、密接なコミュニケーションを取りながらできたから。
 楽しみながら、学ぶすばらしい経験になりました。
 今、『来年度も合宿をやりたいね』って話が出てるんですよ。
 アヤカ先輩がいらっしゃったから、今の茶道部があります。
 わたしは一度だって、アヤカ先輩を邪魔だと思ったことなんてありません」
「それはありがたいな。
 私は部員の獲得は下手だったが、それでも良い縁を結べていたんだな。
 ……なんだか、不安が溶けていったような気分だ。
 ――ところで、あの、リコ君。私がこうして部室に顔を出した理由なんだが。
 その、動画って……」
「あー。いたいた! 久しぶりー、リコちゃん!
 明かりがついてるから、いるかなーって思って、覗きに来ちゃった。
 あれっ。アヤカもいるー!」
「ミユウ先輩!」

 もしかしてこの方も、コゼットちゃん情報が届いているんだろうか?
 私立大学の入試のため、今日は県外に行かれていたはずのミユウ先輩が、トランクを引っ張りながら部室に入ってくる。
 受験を終えてすぐ、様子を見に来てくれたのだ。

「聞いてるよーリコちゃん。動画作ってるんでしょー?
 ねえ、それわたしも映りたーい。混ぜて!
 ていうか、アヤカも『自分も出たい』ってお願いするために部室に来たんでしょー?」
「お。おい。自分で言うつもりだったんだが……」
「本当ですか!?
 わたしも今ちょうど、お二人の分も撮影出来たらなって思ってたんです!
 ……お二人とも、出演していただけますか?」
「もっちろーん!
 とは言っても、今日はもう遅いか……」

 ミユウ先輩はそこまで行ったところで、外の様子を見る。
 確かに今日中の撮影は難しいかもしれないけど、話だけでも聞きたかった。
 いつも明るく、のんびりした雰囲気のミユウ先輩は、一緒に活動する時間こそ短かったけど、大切な先輩だ。
 入部したその日から優しく話しかけてもらって、とても安心したのを今も覚えている。

「あ! では、リハーサルだけでもしますか?
 ミユウ先輩は、この三年間茶道部で活動して、いかがでしたか?」
「わたしー? すごく楽しかったけど……。
 正直、ちょっと悔しさというか。後悔もあるよー。
 ……リコちゃんと同級生の部員を、もっと作ってあげたかった」

 ふんわりした口調だけれど、ミユウ先輩の意見はユキさんの意見と似ていた。
 アヤカ先輩も『私は部員の獲得は下手だった』と言っていたように、三人の先輩方は『本当はもっと多くの部員と活動したかった』という後悔が、どうしてもあるのだろう。

「でも、わたしは後悔にも意味があると思ってるんだー。
 ていうか! 失敗した事実は変えられないから。
 それを活かさないと、もっと悔しいことになるじゃない?
 『完璧にはできなかった』って認めるのは、恥ずかしいことでもあるけど。
 わたしは、うまくいかなかったことと向き合うことも、大切なことだと思ってるよ。
 そのうえで、あきらめないことも大事!
 最後の最後まで部員獲得活動する!
 だから、動画に出るならわたしは『今からでも、三年生、入部しませんか!』みたいなことを言いたいです!」
「……あの、わたし」
「おっと」

 わたしって、そんなに考えてることがわかりやすいんだろうか?
 『ミユウ先輩が最後まで部員獲得活動をあきらめないなら、わたしはユキさんにも動画に出てほしいです。お二人に、呼び出してもらうことはできますか?』
 そう聞く前に、アヤカ先輩とミユウ先輩は顔を見合わせると、頷いてほとんど同時にわたしのスマホを指さした。
 二人が意図するところは、それだけで伝わってしまった。

「リコちゃんが、今来てほしいと思っている人!
 その人を私たちが今呼び出してしまうのは簡単だよー。
 でもね?」
「ああ。茶道部はもうリコ君の部だからな。卒業する私たちが手伝うわけにはいかない。
 現部長として、君が彼女へオファーを出すんだ」

 その通りだ。この動画制作のリーダーは、もう先輩方ではなく、わたし自身だったのだ。
 なのにわたしときたら、勇気を出すのが怖くなって。そこに頼れる先輩方が現れたから、最後の最後で、つい頼りたくなってしまった。
 でも、そこで『あなたが頑張るんだよ』と言ってくれるお二人に会えて、本当に良かったと思う。

「お二人とも、後押ししてくださってありがとうございます。
 ……わたし、頑張ってみます」
「ああ! それでこそ部長だ!」
「来週には彼女、受験、終わるからね。そこで呼び出してみて。
 がんばれリコちゃん!」
「はい!」

 『ユキさんは、この三年間茶道部で活動して、いかがでしたか?』
 この卒業制作を通じて、それをちゃんと質問できるわたしに、わたしはなろうと思った。


 二月末の放課後。
 ユキさんが残した動画を見てしまった日から、十日後。
 わたし・リコは『ある人』を待ちながら茶道部部室で待機している。
 不安はたっぷりだけど、もう迷いはない。
 やりたいことは、もう決めたのだ。

「こんにちは、リコちゃん。お待たせしちゃってごめんね」
「……こんにちは、ユキさん。来てくれて、本当にありがとうございます」
「ううん。リコちゃんがメールでくれた質問に、答えに来たよ」

 そうして今、ユキさんと向かい合う。
 もしうまく動画が、ほぼ完成段階までたどり着いたら。
 わたしはユキさんに、どうしても聞きたいことと、どうしても伝えたいことがあったからだ。
 悩みや不安は尽きないけど、それでも今回の動画制作を通じて、自分は先に進んでいる、いい方向に変われていると信じて、勇気を出して行動してみよう。

「わたしがあの動画を撮って、残した理由はね。
 リコちゃんが送ってくれた動画で、ミユウが話していたことに似てるよ。
 たぶん私は、自分の後悔を何かの役に立てたかったの。
 この気持ちを、誰にも言わない。誰も知らないままでいたら。
 なんだか私の失敗が、もったいない気がして……。
 だから本当は、わたしはリコちゃんに動画を見つけてほしかったんだと思う。
 だから、昨日、編集中の動画を送ってもらって。
 わたしの動画を見たのをきっかけに、リコちゃんが撮影を決めたって知って。
 当時の私の気持ちが、実際にリコちゃんに届いたんだって知ったときは驚いたよ。
 それでちょっと……『ああ、もっと早く伝えて、もっとリコちゃんと部活がしたかったなあ』なんて思っちゃった。
 ごめんね。動画、明るい内容じゃないから、見てびっくりしたでしょう。
 今撮ってるのは、まだ未完成のシーンもあるんだっけ。完成はいつ……」
「そうじゃないんです。逆なんです。
 わたし、あの動画を見て、びっくりしましたけど。
 明るい内容じゃなかったからこそ、やりたいことができたんです」
「えっ?」

 だけど今まで、それが叶うか不安で。
 だから切り出せないことが、わたしにはあった。
 でも、今なら大丈夫。
 たとえ一度でOKしてもらえなくても、もうわたしは前みたいにすぐにあきらめたりしないし。
 気持ちを伝えないうちから『無理だった』なんて決めつけたりしない。
 何よりわたしには、この動画を一緒に作ってくれた仲間がいる。
 だから、勇気を出してユキさんに告げられる。
 今日お会いできたら、絶対お願いしたいと思っていたこと。
 そのために、これまでこの動画を完成させずに、待っていたことを。

「今日は、出演依頼に来ました。
 ユキさんも、PR動画に出てほしいんです。
 動画は、まだわたし個人のシーンが完成していません。
 そのシーンに、一緒に出演してほしいんです。
 そうすることで、あの動画は完成すると思っています。
 今お話ししてくださったとおり、もう一度だけわたしと部活しませんか。
 わたしと。もっとたくさんの人に関心を持ってもらえるような動画を……最後に撮りましょう。
 わたしと、次の代に正座を教える『正座先生』になりませんか!」

 このお願いが終わったら、まずみんなに結果を伝えに行こう。
 ちゃんと動画を届けたよ、ちゃんと『もう一度一緒に部活しましょう』って言えたよって。
 今頃学校の別の場所で待機しているであろう後輩たち。
 それから『結果報告待ってるね』と言ってくれた先輩たちのことを思いながら、わたしはユキさんに、まだ返却していなかった撮影機材を見せる。
 そしてユキさんのこんな答えが聞けるのも、がんばって挑戦してみたからだと感じる。
 『もう一度正座してみよう』とチャレンジした日と一緒だ。
 ささいなことから、世界は大きく変えられるのだ。

「喜んで!」

 笑顔で涙ぐむユキさんが、両手で握手を求めてくれる。
 それに応えるわたしは、これからユキさんと最後の部活をスタートさせるのだ。


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