[31]正座先生、不思議な神社へ行く
タイトル:正座先生、不思議な神社へ行く
分類:電子書籍
発売日:2018/02/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:76
定価:200円+税
著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり
内容
茶道部部長のリコは、茶道と正座の普及のため活動する、星が丘高校の3年生。
新学期が始まり、茶道部における今年度の活動目標を「部員全員を『正座先生』と呼べるほどの茶道と正座のエキスパートに育てる」と定めたリコは、新たな活動に励むことになる。
しかし、実際の茶道部は、大人の指導者がいない状態。
生徒同士の指導に限界を感じ悩むリコだったが、そこで友達のユリナから『どんな部活でもトップレベルに育て上げる伝説の指導者が、星が丘神社にいるらしい』という奇妙な噂を聞く。
わらにもすがる思いで星が丘神社を訪れたリコだったが、そこにいたのは、なんと小学生にしか見えない謎の女性、トウコだった!
早速トウコに茶道部の指導者になってほしいと頼むリコだが、そのためにトウコは「星が丘神社での試験に参加し、リコの茶道部への想いを見せてほしい」と言ってきて!?
星が丘神社での、リコの『正座修行』が始まった!
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1
部活の部長となったからには、少しでも良い部活動がしたい。
できれば部を引っ張っていくにふさわしい、尊敬される人間になりたい。
わたしサカイ リコの高校三年生の春は、そんな悩みから始まった。
「今年度の茶道部の目標は、部長のリコが、茶道においても正座においてもエキスパートの『正座先生』になって。
二年生以下の部員全員を、リコの後を引き継げるような……。つまり、自分と同じか、それ以上の『正座先生』に育てること。……かあ。
――リコよ。それはまた、でっかいこと言っちゃったなあ」
「いやあ、本当、そうだよね!? どうしようね!? ユリナ!」
四月の半ば、日曜日。
今年の茶道部入部希望の一年生たちに、今隣にいるユリナいわく『でっかいこと』を言ってしまった次の日。
わたしは、自分が掲げた目標へ向かい、早速邁進する!
……どころか。
その達成難易度の高さにさっそく不安になり……。
そしてここのところの疲れもたまっていたのか……。
ダラリと、近所の公園の芝生の上に寝転がっていた。
「いやあ……今までも充分頑張ってるなあとは思ってたけどさあ。
そこでさらにハードル上げちゃうんだもんな。
リコらしいよ」
そんなわたしをたった今偶然発見したのが、高校の友達で、いつもそばでわたしの部活動を見守ってくれているユリナだ。
星が丘高校に通うわたしリコは、今でこそ茶道部の部長をしているけれど。
たった一年ほど前までは、茶道の基本である正座を維持するのも難しい、極度の『正座下手』だった。
そんなわたしが、当時の茶道部部員で、現OGのユキさんに憧れ。
『学校祭で行われる茶会に参加したい!』と思ったのがきっかけで、幼なじみのナナミと正座の特訓を開始。見事茶会に行けたことで茶道部に入部。そこから廃部寸前の部を何とか立て直し無事存続に至り……この度、ついに進級した。
だけど茶道部入部前のわたしは、当然帰宅部。
校内ではどちらかというと目立たず、人をまとめた経験なんてもちろんない、毎日ぼんやり暮らしているだけの高校生だった。
そんな、どこから見ても頼りないわたしを、茶道部関係者の方々はもちろん。茶道部とは『友達が所属している』ということ以外ほぼ縁のなかったユリナと、今ここにはいないもう一人の友達のアンズはいつも温かく、辛抱強く応援してくれた。
だから周囲のみんなのためにも、やっぱり頼れる人間を目指していきたい。
だから掲げた『でっかいこと』に、クククッとユリナは笑い。
飲んでいたいちご牛乳から口を離して、寝転がっているわたしを優しく見つめる。
「やっぱりそれは、あの『オトハ』と『シノ』って一年生が理由か?
リコのファンのオトハはともかく、シノはオトハの母ちゃんみたいで手ごわいもんな。
大方昨日の集まりで、シノに『まだ認めません! この茶道部は、オトハが入部するに、ふさわしくありません!』みてぇなこと言われたんだろ」
「さっすがユリナ。わかってるね。
でも、どちらかというと、わたしの方からシノちゃんへ『認めてほしいからもう少しチャンスが欲しい』ってお願いした形なんだ。
このままじゃ終われないっていうか……」
「どういうことだよ?」
二人そろって頭に浮かべるのは、今年度の茶道部入部希望者のオトハちゃんと、そのお友達のシノちゃんのことだ。
まずオトハちゃんは、去年、星が丘高校受験予定の中学生向けに開催された学校説明会で知り合った、当時中学三年生の女の子。
説明会中、なぜかわたしを気に入ってくれたオトハちゃんは、なんと茶道部に入部するため、本来別の高校を受験予定だったのを急遽変更。
星が丘高校に通うには、ちょっと遠すぎる場所に住んでいるにもかかわらず、わたしと一緒に活動するために星が丘高校を選んでくれたのだ。
そんなオトハちゃんをとても心配しているのが、今ユリナが『手ごわい』と言ったシノちゃん。
シノちゃんはオトハちゃんの昔からのお友達で、最初から星が丘高校に進学を考えてくれていた女の子だ。
学校の下見として学校説明会への参加を考えたシノちゃんは『ひとりで行くのは不安』とオトハちゃんを誘い、それがきっかけでわたしとオトハちゃんは出会った。
だから、シノちゃんは、結果的に自分がオトハちゃんの進路を変えさせてしまったことに強く責任を感じているらしい。
なのでオトハちゃんが入部を熱望した茶道部がどんなものか気になってならず……。星が丘高校に入学したその日、今度は自分がオトハちゃんに同行する形で茶道部にやってきたのだ。
しかし、やってきたタイミングが悪かった。
早く入部したいあまり、一年生の部活見学が始まる本来のタイミングよりもかなり早く訪れた二人は、わたしたち茶道部部員が部活をせず、お菓子とジュースを飲み食いしている現場を目撃してしまった。
結果、シノちゃんの茶道部への信頼は消滅。
わたしたちは『真面目に活動せず遊んでいる人たち』と認識されてしまったのだ。
言い訳をさせてもらえば、そのときはちょうど部の存続祝いをしていたところで、普段はきちんと、本当に真面目に活動しているのだけど……。
いまさらそんなことを言っても信じてはもらえない。
わたしは失った信頼を取り戻すため、昨日二人を呼び出して改めて部の説明を行い。そこで出たのが先ほどの『でっかいこと』だ。
たった一年前までは『正座下手』で、毎日やりたいこともなく漫然と暮らしていたわたしが『正座先生』を名乗って、初心者の二人を、自分が部活を引退するまでに同じレベル以上に育てる。
よく『口に出せば願いはかなう』なんて言うけれど。
これはもう、口にしたからと言って成就するような甘いものではない気がする。
だけど、言ったからには達成せねばと思うし。
というか本当は、そう自分にはっぱをかけることが目的だったような気もする。
「さっきユリナは、わたしが『ハードルを上げた』って言ったけれど……。
わたしは、いい加減自分に自信を持ちたかったの。
いつまでも『わたしは初心者です。茶道を始めて日が浅いので、できないことがたくさんあります』って顔をしていたら、シノちゃんがなかなか認めてくれないのも当たり前だし。
わたし個人も、成長できるものもできなくなっちゃうんじゃないのかなって」
「だから『もう初心者じゃありません。なんでもできるんです』って振る舞うために。
『自分は正座先生です!』って宣言して、さらに無理にでっかい目標を立てて成長しようとしたのか?」
「……そういうこと。無謀なのはわかってるけど……。
飲み食いしてるところを見ても、変わらずわたしを信頼してくれてるオトハちゃんのためにも成長したいっていうか。
もちろん、今までずっと相談に乗ってくれてるユリナやアンズのためにもね?」
「ふーん……?」
支えてくれる人、好意を寄せてくれている人のために頑張りたい。
それは本心からの言葉だったのだけれど、聞いたユリナは、なぜか少し困ったような表情を浮かべた。
まるで『それでいいのか?』って言いそうな雰囲気。
……あれ? わたし何かおかしいのかな?
だけどそれを質問する前にユリナはいちごミルクを飲み干し、うんうん、と深く頷いた。
「いや、いいんじゃねえ?
短期間で一気に成長するには、確かにでっかすぎる目標も必要なのかもな。
……って、この漫画でも言ってた!」
ユリナは笑顔に戻ると、かばんをガサゴソと探り。中に入っていた、お気に入りのサッカー漫画を見せる。
なるほど、ユリナはこれを買いに行った帰りにこの公園を通り、その途中でわたしを発見したらしい。ユリナは女子サッカー部のエースなので、好きな漫画ももちろんサッカー関係なのである。
「で、具体的には何から始めるんだ?
あたしにできることだったら、もちろん手伝うけど……」
「うん。いろいろ考えたんだけどね。まずは、わたしを指導してくれる先生が欲しいなって」
「『正座先生の先生』ってことか?」
「そういうこと」
頷くとわたしは芝生から起き上がり、さっきまでひとり考えていたことを口にする。
指導者の獲得。それこそが、今茶道部とわたし自身のために必要なことだと考えたのだ。
「今の茶道部には、特定の顧問の先生もいなければ、部活に来て教えてくれるプロの方っていうのはいなくて。
昨年度は、小学生のころから茶道をされてるアヤカ先輩がいらっしゃったから練習はできたけど。
今はもう卒業されてるから『どうにかしなきゃね』『先生を探したいよね』って部員みんなでも話してたんだ。
独学で何とかなるようなものじゃないし」
「そうだな。あたしも、指導者を入れるのは良い考えだと思う。
今の茶道部顧問って『とりあえず責任者になってくれてる』ってだけで別の部活との兼任だから、ほとんど部活にも来られないんだろ?
うちの女子サッカー部も、OGの方にコーチに来てもらったりしてるし。
学校外からでも先生になってくださる方を見つけて、手続きをすれば……。
より良い形で部活動ができると思うぜ」
「うん。理想としては、定期的に部員みんなに教えてくれる先生がいたら心強いって思ってる。
だけど、それが難しいなら、わたし個人に指導してくれる先生でもいいと思ってるんだ。
とはいっても、あてがあるわけじゃないんだけど……」
他の学校の茶道部について調べてみたところ、星が丘高校茶道部のようなゆるい茶道部ではなく、専門の先生が出入りしているきちんとした茶道部には、入部してから卒業までに『免状』『許状』という、資格……というか『あなたはここまでできるようになったので、次の段階に進んでも良いですよ』という、まさしく『おゆるし』のようなものが取得できる学校もあるらしい。
茶道というのは『競技』ではない以上、誰かと競うものではない。
だけど、自分自身と競い『自分はここまで来た』とはっきりわかる目安があるのはよいことだと思う。
部活動を続けるためのわかりやすいモチベーションにつながるし、『免状』の獲得のために部活を始める。という考え方もできるようになる。
だから、可能であれば正式な先生をお迎えしたいのだけど……。
「リコ……あのさ……」
「え? もしかしてユリナ、何か知ってるの?」
考えを巡らせていると、そこでユリナが口を開く。
とはいっても、渋々。
一度『あのさ』と言ったはいいけれど、やっぱりやめておこうかな……。
といった態度である。
「うーん。でもどうかな……。都市伝説みてぇな話だからなあ……」
「都市伝説でもいいよ! 教えて欲しい!」
しかし、ユリナとしては教えるのに気乗りしない情報でも、わたしは今、ワラにでもすがりたい気分なのだ。
ユリナもそれはわかっているのだろう。だから、戸惑いはあるのだろうけど、どうにか話してくれた。
「これは……その……眉唾な話なんだけどさ。
この公園の一番奥まで行ったところに、星が丘神社があるだろ?
その神社の中には、なんでも……どんな部活でも強豪に育て上げる伝説の先生がいるらしい。
その名も『部活先生』っていうんだってよ」
「へ?」
本当に都市伝説みたいな話だった。
しかし、ユリナはいたって真剣に続ける。
「まあそれだけなら、そんな先生がいて、実績多数で、さらにこの辺に住んでるっていうなら……指導者に困ってる部活は、みんな『部活先生』に学びたいし『ぜひ教えて欲しい!』って頼みに行くよな」
「うん。その話が本当なら、わたしもぜひご指導いただきたいもの」
「だろ? でも、そうならないのはな?
噂によると『部活先生』の指導を受けるには、試験が必要らしいんだよ。
指導希望者は、星が丘神社の奥の建物に連れていかれて。
教えてもらう資格があるかどうか調べるために、ありとあらゆる、厳しい試験を受けるんだってよ」
「ありと、あらゆる……」
「さらに。そもそも試験を受けるには『部活先生』であるヤスミネ トウコ先生のチェックが必要らしくてな。
トウコ先生のお眼鏡にかなわなきゃ、試験を受ける資格も得られないらしい。
しかも、トウコ先生は、見た目の情報がバラバラなんだ。
大人の女性だって言う人もいれば、おばあさんだって言う人もいるし。
高校生くらいにしか見えなかったって言ってる人もいる。
だから、神社に行ったところでどなたがトウコ先生なのかはかなりわかりづらいだろうし……。
しかも、噂によれば、星が丘神社は、指導希望者として訪れた以上、何が起きてもおかしくない神聖な場所らしいしな。
ていうか、これ。どこをとっても妙な話だろ?
いまひとつ現実味がないっていうか、ファンタジー漫画みたいっていうか。
実際にトウコ先生と活動した部活があったり、写真が残ってるあたり、嘘ではないんだろうけど……。
それでも、あんまりお勧めできるような話ではないっていうか」
だから、今の話は忘れてくれ。
ユリナは本当は、そう言いたかったのだと思う。
しかしここで『わかった。やめておくね』と言っては、事態は何も好転しない気がした。
せっかく今、近くまで来ているのだし……。
ここはひとつ、まず身体を動かしてみるのはどうか。
どうせ今日はもう、何の予定もないのだし!
そう考えた瞬間、わたしはもう立ち上がっていた。
「じゃあ、行ってみるよ!
せっかく今神社のふもとの公園にいるんだし」
「えっ!? 本気かよ!?」
「うん、今日は日曜で、明日はもう学校だし。行くなら今しかないよね?
ダメもとで、神社にいる人に詳細を聞いてくる。
もし誰にも会えなかったときは『今年度の部活動がうまく行きますように』ってお参りだけして帰ってくるし!
ということで、早速だけど行くね。
今日も話を聞いてくれて『部活先生』のことを教えてくれてありがとう、ユリナ!」
「おーい! リコ!?」
実を言うとわたしはそのとき、ユリナの話を完全に信じていたわけではなかった。
ただ、このまま芝生の上に寝転んで『どうしよう。どうしよう』と言っているうちに日は暮れるし。
その後には
『どうしよう、と言っているだけで何もしなかった』
『日曜日は、ユリナに話を聞いてもらっていただけの日になってしまった。優しいユリナは明日以降もわたしを心配して、もやもやした気分で過ごすだろう』
という後悔だけが残るだろう。
一度飲み食いしている現場を見られ『遊んでばかり』と思われたのもあり。わたしは最近『ダラダラしているくらいなら、とりあえず身体を動かした方がいい』という気分になっていた。
とにかく日が暮れる前に行ってみるしかない。
「もう! 気を付けて行けよ!」
なのでわたしはちょっとあきれ顔のユリナを背に……。ダッシュで、星が丘神社へ向かった。
2
かくして、わたしは星が丘神社にたどり着いた。
ユリナから聞かされた『部活先生』の話そのものは、確かに都市伝説みたいな話だ。
だけど、好奇心旺盛で面白い話が大好きな茶道部の一年生・ジゼルちゃんとか、フワフワしていて、不思議なこともあっさり受け入れちゃいそうな茶道部OGのミユウ先輩ならまだしも……特に占いやオカルト好きでない、ユリナまで『部活先生』のことを知っていたこと。
さらに、写真が残っているということで、多少は信憑性のあるものとして噂が広まっていたことが気になる。
しかし、春とはいえど、山の奥まったところにある神社はなんだか薄暗い。
しかもユリナは『指導希望者として訪れた以上、何が起きてもおかしくない場所』と言っていたし。ちょっと怖いかも。
ひとり砂利道を歩きながら、わたしはだんだんと『やっぱりユリナについてきてもらえばよかったかなあ』と不安になってきていた。
――いやでも、こういうのは自分一人で頑張らないと。
そう、みんなのためにも……。
と考えていると、ふと、前方に小さな人影が見えた。
「あのー!」
「うん?」
呼び止めた瞬間、小学生くらいの小柄な女の子が振り向く。
女の子は着物を着て、お人形のように可愛らしい顔立ちをしている。
さらに、なんだか存在そのものに神秘的な空気が漂っており……。わたしは直感で、彼女が星が丘神社の関係者であると確信した。
もう暗くなってきて、あまり時間もないし。
まずは、この子に聞いてみよう。
「すみません。
ここで、先生? 巫女? をされているっていう、トウコさんがどちらにいるか教えてくれないかな?
わたし『部活先生』として名高いトウコさんに、所属している茶道部を指導していただきたくて、そのご相談にここまで来たんだ」
「ああ。それなら、ここにおるぞ」
「へ?」
女の子は口を開くと、なんだかおばあさんのような古めかしい口調で話し始める。
ひとまず、女の子が星が丘神社の関係者ではないかというわたしの直感は当たった。
しかし、それでも予期できなかったのは、彼女がなんと……。
「いかにも。わらわがヤスミネ トウコ。
おぬしの言うところの『部活先生』じゃな」
「ええーっ!」
噂のヤスミネ トウコ先生が、こんなに小さな女の子であったということだ。
トウコ先生はニタリと笑うと、両手に持っていたほうきを抱きしめるように抱え、わたしを見上げる。
まるで、こんな風に驚かれるのは想定内……という調子で。
「まあ、驚くのも無理はあるまい。
わらわ自身、今回ここまで小さいことを意外に感じておる」
さらに自称トウコ先生は、何やら不思議なことを言い出す。
『小さいことを意外に感じる』?
一体何の話だろう。
……もしかしてわたし、からかわれているのかも?
少し肌寒い春の空気と、不思議なオーラの漂う神社に圧倒され。わたしが不安を感じ始めていると、自称トウコ先生は、今度は奥の建物を指さした。
「しかし、ここを訪れ、わらわを発見し。
わらわと話ができただけで、おぬしには試験を受ける資格がある。
話を聞かせてもらおうか。
少々お時間を頂戴するかもしれんが、いいかね?」
「あっ……」
やったー! ぜひお願いします!
思わずそう叫ぶ前に、わたしは今になって大切なことを思い出す。
試験を受けさせてもらえるのは嬉しいのだけど、今日は衝動的にやってきたものだから、家に『遅くなる』って連絡をしていない。
そもそも、今って何時だろう?
わたしは慌ててスマホをポケットから取り出すと、おそるおそる今の時刻を確かめる。
ただいま、日曜日の午後六時……。
ちょっと『時間がかかってもいいです。お話をさせてください』というには遅い時間だ。
だけど、ここで『今日はお話だけ聞きに来ました。試験は、後日またよろしくお願いします』なんて言ったら、その間に別の部活がトウコ先生の元へやってくるかもしれないし。
さらには、トウコ先生に指導いただく権利を奪われてしまうかもしれない。
……せっかく足を運んだんだもの、やるしかない。今しかない。
わたしは深く頷くと、少しでもやる気がアピールできるようにと、やや大きめの声で言った。
「はい、ぜひお願いします。試験、受けさせてください!」
「よろしい。では、これから一泊二日、よろしくな」
「へっ?」
えっ? そんなに時間かかっちゃうの? 明日学校があるのに?
そう思う間もなく。自称トウコ先生がパチンと指を鳴らした途端、今度は真上から急に明るく光がさす。
その光により、薄暗い夕方だったはずの周囲の景色は、突如さわやかな朝の光景に変わり……。
わたしはそれに、息をのむしかなかった。
「……あれ? 今って、夕方だったはずじゃ……」
「何を言っておる? 今日は土曜日! これから、一泊二日の試験を始めるんじゃろうが」
「土曜……日……?」
そうだったっけ。いや、絶対にそんなはずはないんだけど。
でもこの空、完全に明るいし。あたり一帯、朝の空気だし。
わたしはまったくわけがわからないまま、もう一度スマホを取り出し、時間を確認する。
すると……。
スマホの時計がさしていたのは、土曜日の、朝七時半。
――本当に、土曜日に時間が巻き戻っている。
「何をしておる? さっそくはじめようぞ。
ここへ来た以上は、帰るまですべてが試験と思って行動されよ」
「あっ……はい!」
……ユリナ、わたし本当にとんでもないところに来ちゃったかもしれない。
まったく説明のつかない謎の事態に見舞われたまま、わたしは自称トウコ先生の後を追いかけ、神社の奥へ入っていった。
3
「……ではまずは、軽く面接といこうかの。
早速だが、自己紹介と、ここへ来た理由を述べてもらえるか?」
「はい! 本日はよろしくお願いいたします!」
数分後。
わたしは案内された先で、自称トウコ先生から面接を受けることになった。
通された部屋の中には、ズラリとトロフィーや賞状が並べられ、壁一面には、さまざまな学校の、さまざまな部活動の集合写真が飾られている。
その中には噂通り、顔立ちは似ているけれど、年齢がみな少しずつ違うように見える、女性の指導者が写っていて……。
それがますます『ここにいる自称トウコ先生は、本当にトウコ先生?』という謎を生んでいるのだった。
「星が丘高校茶道部で部長を務めております、三年生のサカイ リコです。
この星が丘神社へは、友人からトウコ先生の存在を教えていただいたのがきっかけで来ました。
星が丘高校茶道部は、昨年度廃部の危機にあり、今年度存続できたのが奇跡と言われている部活です。
顧問の先生はいらっしゃいますが、本来の担当である別の部活に忙しく、ほぼ活動には参加できません。
なので、茶道部に専門にコーチしてくれる方を学校外から探そうと、ここまできました」
話しながら、わたしは考える。
もしかして『ヤスミネ トウコ』というのは企業名やチーム名のようなもので、『トウコ先生』と呼ばれる人たちは、実はたくさんいるのかもしれない。
たとえば、ヤスミネ一家は大家族。
ヤスミネ家を構成するのはみんな似た顔立ちの女性で、たとえば今わたしの目の前にいる、小学生のようなトウコ先生もいれば、おばあちゃんのトウコ先生もいる。
そのそれぞれが、全員違う部活動のエキスパートとして活動していて。だから本当は別人なのだけれど……顔が似ているせいで同一人物とみなされ。『トウコ先生の指導の腕はすごい』という噂に尾ひれがついた結果。現実とは思えないような不思議な噂が広まっている。
……とか。
少し苦しいかもしれないけど、いい線をいっている推理ではないだろうか。
でなければ、トウコ先生と呼ばれる女性の年齢が、証言によって上にも下にも変動するなんておかしな話だし。
「今わたしは、自分自身の実力アップと、茶道部の体制の確立を望んでいます。
その二点は、定期的に指導してくださる先生を獲得することで同時に達成できると思っています。
まだ今年度は始まったばかりで、これは気が早い考えなのかもしれませんが……。
わたしは、少しでも早く、自分が卒業した後も大丈夫と思える茶道部を作ることが理想だと考えています。
なので『部活先生』と名高いトウコ先生のお力をお借りしたいんです」
「ふむふむ……リコ殿は、そのような想いでここを訪れたのでござるな」
「なるほどな。
しかし、実力アップをしたいということは、おぬしは今の自分の実力に不安があるのじゃな?」
「……はい。今は、それが問題なんです」
今わたしを『おぬし』ではなく『リコ殿』と呼んだ方。
トウコ先生の隣でメモをとっているのは、助手のマフユさん。
語尾に『~ござる』とつける、武士や忍者のような、トウコ先生とはまた違う古めかしい口調で話すマフユさん。彼女は、この二日間、わたしのお世話をしてくださることになっている。
つまりトウコ先生とマフユさんの二人が試験期間中、わたしと一緒に過ごすことで、わたしを教えるに値するか、審査してくださるというわけだ。
「わたしは先日、とても後悔することがありました。
茶道部の現状について、これでいいかな。もう頑張らなくてもいいかな。
って、思ってしまったんです。
茶道部には、大会のようなものはないし。
秋には自分はもう自分は部を引退するし……。
だから、茶道部部員として過ごす最後の年であるこの一年が、楽しく過ごせればそれでいい。
無理に新しい部員を獲得したり、他校と交流することはしなくてもいいかもって……。
そんなことを考えてしまったのです。
結果、わたしは関心を持って茶道部に訪れてくれた一年生たちを、がっかりさせてしまいました。
この失敗を取り返すためにも頑張りたいですし、そもそも、部活動に現状維持を望み、及び腰になりかけていたのは、わたしが自分に自信がないからです。
だからそれを克服して、今後の活動につなげたいんです」
「なるほどな。承知した。
おぬしの望みは二点。
茶道部に専門の先生をつけることで、茶道部をより魅力的な部活にしたい。
それから、自分に自信をつけるために、指導を受けたい。
ということじゃな。
それでは今回の試験は、おぬしの本来の力を引き出せるよう、色々試していこうな。
多少荒っぽいこともするかもしれんが。そこは許されよ。
試験に一泊二日という長い時間を頂戴しておるのは、この間で、わらわがおぬしの人柄を知り、そこから指導の糸口を見つけたいからじゃ。
そこで聞きたいのじゃが、おぬしはなぜ自信が持てない?
先ほどお手前も見せてもらったが、技術的に難があるとは思わん。
むしろ、入部して一年足らずでこれだけできれば大したものよ。
にもかかわらず、なぜおぬしはその調子で……さらに、わらわは子どもの格好なのか。
それを知りたいのじゃ」
えっ?
自分に自信がない理由はさておき、トウコ先生が子どもの格好をしている理由は、わたしにはわかりませんよ?
そう言おうとしたけれども、トウコ先生はまるでその二点に深い関係があるようなそぶりだ。
マフユさんと顔を見合わせ、きょとんとしている。
であれば、ここはひとまずその疑問は置いておいて。わたしはトウコ先生の『技術的に難があるとは思えない』という点に関して返答することにした。
「……それが、嫌なんです。
茶道部のみんなも、部活外の友達も……。
一年前までは初心者だったがために、みなさん、わたしを見る目が優しいって言うか。
ハードルを低めに設定してくれてるというか。
わたし自身も『始めたばかりなのにここまでできるなんてすごいよね』って、自分を甘やかしちゃってるんです。
でも、初心者気分のままじゃ、自分の実力を低く見すぎるあまり、できることもできなくなっちゃうと思います。
そのためにも、トウコ先生から学びたいんです」
「自分の実力を低く見すぎるあまり、できることもできなくなっちゃう?
できること……。
それはたとえば、ライバルや見返したい相手に、目にもの見せてやる。といったところか?」
「えっ?」
鋭いところを突かれて、正直戸惑う。
ライバルや見返したい相手。それは本音を言うと『いる』。
だけどわたしは、それを告白するのがとても怖かった。
『口にすれば夢はかなう。だからどんどん発言すべきだ』そう言う人もいるだろう。
その通りなのかもしれない。
それでもわたしにとって、言いづらい気持ち、胸にしまっておきたい本音だってある。
いや……口にして『そんなことできるもんか』と言われるのが怖いのだ。
だけど……。結局それが『自分に自信が持てていない』ということになっている気もする。
「……いませんよ。
今のわたしは、わたしを支えてくれている人たちへ、自分が立派になることで恩を返したいんです!
ライバルを作るとか、誰かを見返すとか、今そんな話をするのはおこがましいですよ」
「ほう……?」
そう、これがわたしの本心。心のすべてではないけど……嘘はない気持ちだ。
にもかかわらず、トウコさんは困ったような顔をする。
それは、ここに来る前、ユリナが浮かべた表情に似ていた。
「話はわかった。しかし、今日は昨日の続きじゃよ。
たとえわらわがどれだけいい指導者だったとしても、少し教わったところで、ある日即座に大変身。新しくて、素晴らしい自分になれる……なんぞありえんよ。
あるとすれば……それは、自分に自信を持ったからということになるじゃろうが……。
おぬしには、やはりそれが欠けておるようじゃ。
わらわが見るに。
おぬしは自分自身のことを、茶道においては、本来は自分自身の年齢通り、高校生程度の実力は持ってなくてはならんところを……。小学生程度の力しかないと思って居るようじゃ」
「あはは……そうなんですよね」
おっしゃる通りです、先生。
わたしこれだけ『自信が欲しい』と思っていながら、どうしたらそれが身につくのかあまりわかっていません。
苦手だった正座を克服し、勇気を出して茶道部に入って。
いくつものイベントを成功させ、廃部から茶道部を助けた今でも。
わたしはシノちゃんが納得するような、良い部活動ができる自信がないんです。
「だから悩みすぎて……ここまで来ちゃいました」
そこで会話は途切れ、手ごたえをまるで感じられないまま、面接の時間は終わろうとしていた。
4
「リコ殿。今のままじゃ、試験突破は厳しいかもしれないでござるよ」
「あー……やっぱりそうかあ……」
結局その日は一日神社のお手伝いをして終わり。そしてとうとう寝る時間の十時になってしまった。
あの後もわたしは、トウコ先生に良いアピールをすることができず。
正直なところ、このままでは神社のお掃除をしただけで家に帰ることになりそうな雰囲気が立ち込めていた。
こんな状態では、合格できるかわからない。というか、ちょっと厳しい。
だから、茶道部の皆には、指導者を探しにひとり星が丘神社まで来てしまったことはまだ言いにくくて。星が丘神社で試験を受けることは、先ほどユリナにだけ電話で話した。
時間が日曜日の夕方から土曜日の朝まで巻き戻ってしまった影響か、ユリナはわたしが星が丘神社に行ったことを知らなかった。ただトウコ先生のことは昔から知っていたからか
『トウコ先生って実在するんだな。会えたからにはリコに素質はあるんだと思う。がんばれよ』
と言ってくれた。
それから、わたしがある日突然星が丘神社に泊まりに行くというのは、家族には説明が難しいから、ユリナには外泊のアリバイつくりも手伝ってもらった。
家族には『今日はユリナの家に泊まる』と連絡しつつ、実際は星が丘神社に泊まる。良心が痛むけど、今回ばかりは仕方ない。
そして……今はマフユさんと一緒に過ごしていた。
今日一日頑張って、にもかかわらずこれといったことができなかったのに、身体はふらふらだ。
こんなことでわたし、どうするんだろう……。
最近ずっとやる気だけが先走りして、結果がついてきていない気がする。
そう暗い気分になっていると、わたしが落ち込んでいると思ったのだろう。
同じ部屋で寝る予定のマフユさんが、助け舟を出すように質問してきた。
「リコ殿は、茶道をしているとき以外も正座を徹底しておるのですね」
「そうなの。普段から練習するようにしているんだ」
「だからリコ殿は、とても姿勢が美しいでござるな!
だけど練習を始めてからはまだ一年にも満たぬのでござろう?
いつから、自然に正座ができるようになったでござるか?」
「それはね……」
ああ、それなら自信を持って教えられる!
正座の話になると、わたしは明るく得意げな気持ちになれる。
それは『正座下手』だったころから、わたしにとっての『正座先生』であるナナミが懇切丁寧にやり方を教えてくれたことと、今マフユさんにもお伝えした通り、自分自身でも毎日コツコツ練習し続けたおかげだ。
「座るとき、前へ重心をかけてみるとか。
膝の上に、手をカタカナの『ハ』の字に見えるように置いて、自然と背筋を伸ばして、顎を引く姿勢になるようにするとか。
技術的なことももちろんあるんだけど……。やっぱり自然な正座をするのに一番大切なことは、毎日少しずつ正座して、身体を正座に慣らすことかな。
急に上手にはならないから『今日は何分正座ができた』『正座してると姿勢が良くなって、呼吸がしやすい』『正座を習慣にしてから、背筋が伸びているから、腰や首が痛くなりにくくなった』とか、そういう気持ちを積み重ねて上手になっていったのかも。
とはいっても、やっぱり練習を忘れちゃうこともあるんだけどね!
あとは、自負した。というのが大きいかなって……。
わたしは茶道部の部長なので。
周囲から見れば、正座のプロみたいなものだから……。
『絶対に正座が必要!』というわけではない場面でも、意識して、正座してみるようにしたんです。
知識があるから自分はできる。自然に長時間座れる。
そう思うことがわたしには大切みたい」
「さようでござるか! ふむふむ。背筋を伸ばして、顎を引くことを意識する……。
こうかな?」
「そう! 上手にできてますよ」
ん?
知識があるから自分はできる。自然に長時間座れると思うこと。
……もしかすると、それが『自信』なのだろうか?
そう考えた瞬間、部屋の外から、ざわざわと女の子の声が聞こえてきた。
たった今まで全く気付かなかったけれど、どうやら、わたし以外にも試験を受けに来ている人がいるらしい。
「……今ここへ来てるのって、茶道部なのでしょう。
だったら、私たちが教えていただく権利を獲得したも同然ね」
「ええ。さっき面接しているのを少し立ち聞きしたけど。
今いらしているのは、存続しているのが奇跡のような、小さな茶道部の方らしいわ。
そんな部にトウコ先生に教わる権利は渡せない。
わたくしたちのような実績ある部活こそ、ふさわしいわ」
えっ。な、なんで?
まるで根拠のないことを言われた驚きのあまり、わたしはマフユさんと顔を見合わせて息をのむ。
というか、まさか、他の人も来ていたとは思わなかった。
でも、確かにそうか。トウコ先生に教わりたいと思う人はたくさんいる。
最初はわたしのように半信半疑で訪れても、部屋に飾ってあったあのトロフィーと賞状、何より楽しげな集合写真たちを見れば『この人ならばもしかして』という気持ちは強まる。
待って待って。このままじゃわたし、この人たちに教わる権利を持っていかれちゃうの?
「だいたい正座なんて、昔の人がするもの。
それを現代でも続けていること自体、無意味ですわ」
「そんなことを言って。あなた、そもそも正座したことはありますの?」
「なくってよ。だってすぐに足がしびれるし、なんだか身体に悪いような気がするし……いやでしょう?」
ああ、これはいけない。……いけない。
生き方にも座り方にも、みんな好みや得意な傾向はある。
だから、自分なりに正座をしてみて、その上でどうしても『自分には正座が合わなかった』というなら、正座を避けるのももちろんわかる。
でもこの人たちは、正座をしたわけでもないのに、単なる印象で『悪いもの』と考えているだけじゃないか!
「すいません。お言葉ですが、正座は決して無駄なものではありません……」
そう思った瞬間には、部屋のふすまをススス……と開け、思わず口をはさんでしまっていた。
そこには三人の女子生徒がおり、主に話しているのは二人の女の子だった。
もう一人は会話に参加せずうつむき、わたしの様子をうかがっているように見える。
本来無関係の話題に首を突っ込んでいくなんて、我ながらちょっと迷惑な奴だ。彼女たちと自分は考え方が違うのだって仕方ない、無理に自分の意見を押し付けるのも変だと思う。
でもわたしはここへ来たとき、最初にトウコ先生が言っていた言葉が気にかかっている。
『ここへ来た以上は、帰るまですべてが試験と思って行動されよ』
……つまり、トウコ先生はこの会話も聞いているかもしれない。
わたしはこの人たちに、今試されているのかもしれない。ということだ。
「だったら、正座の利点について話していただける?
わたくしたち、それが思いつかないから、正座をする意味がないと感じておりますの」
「はい! ぜひお話させてください!」
意地悪を言うつもりが、わたしが思い切り乗ってきたので、彼女たちもたじろいだようだ。
思わず絶句し、結果的にわたしの言葉を待つ形になっている。
だけど待っていてくれて大丈夫だ。だって、わたしはよく知っている。
この一年間、正座の良いところについてずっと学んできたから、それをすらすら話せるのだ。
「正座は確かに『身体に悪いのでは?』と疑われることもあります。
身体が硬い人にとっては維持しづらい姿勢ですし、足がしびれてしまうこともあるから、不安に感じる方が多いのもうなずけます。
ですが実際は違います。
正座をして背筋を伸ばし、正しい姿勢になることにより。内臓の動きが活発になったり、骨盤矯正がされ、身体によいのですよ。冷え性の方が正座をすれば、その改善にもつながります。
それに何より、美しい姿勢で人と接することは、そのまま一緒にいる相手への敬意につながります。
『わたしは今、真剣にあなたと向き合っています』という意思表示を、姿勢で示すことができるんです。
もちろん『いつもどんな時でも絶対に正座しろ!』『足を崩して座るなんて、絶対にダメ!』とは、わたしは思いません。
でも、誰かと一緒にご飯を食べる時。どこかにお呼ばれした時。誰かの真面目なお話を聞く時。
良い姿勢で正座できる方は……きっと相手にとって、気持ちのよい人になれます!
だから、その点を踏まえてもう一度正座をしてみて欲しいんです!
……ところでトウコ先生! どこかで聞いてますよね、この会話!
わたし、今正座の話をしてわかりました! 自信って、先生のおっしゃる通り、日々の努力で少しずつつけるものなんですね!
だから、こんなのはどうですか。
トウコ先生。わたしは正直なところ、まだ部長としては自信を持てません。
口先でまず格好いいことを言って……その言葉に、後から自分の実力を追いつかせようとしている状態です。
でも、正座に対しては違います。自信を持っています。
知識を、技術を。ずっと毎日コツコツ積み上げてきた自負があるからです。
だからもしかしたら、正座に関してなら、トウコ先生だって知らないことを、わたしはお話しできるかもしれません。
だから! 指導対象に、わたしを選んでくださいよ!
こんなわたしの力を伸ばして、すごい部長にさせてください。
もう『支えてくれる誰かのために頑張ります』なんて言いません。
たとえひとりぼっちで活動することになっても、自分のためにもっと実力をつけたいと思うほど、今のわたしには強い熱意があります。
絶対に後悔させませんよ!
『部活先生』が選んでよかったって思うような部長になってみせます!
だから……だからっ……!」
「ちょっと、あなた!?」
「リコ殿!」
そこまで言ったところで、わたしの体力はついに切れたようだ。
目の前の慌てる他校生たちとマフユさんを残して、わたしの意識は、静かに遠のいていった。
5
目が覚めるとベッドの上で、どうやらあの後、わたしは倒れてここまで運ばれたらしい。
スマホを探して起動すると、時間は朝の五時。
つまり、あれから七時間ほど、ずっと眠っていたというわけだ。
確かにここ一週間くらい、オトハちゃんとシノちゃんのことが気がかりでほとんど眠れず寝不足だった。だから、ただでさえ緊張だらけの試験を受けたのに加え、必死で大きな声を出して気持ちを主張したことで、身体がついに限界に達したのだろう。
我ながら、無茶をしたものだ。
隣のお布団ではまだマフユさんが眠っており、部屋の外ではチュンチュン、と鳥が鳴いている。
目を閉じて静かにその声を聴いていると、やがてゆっくりふすまが開いて、トウコ先生が部屋へ入ってきた。
わたしは部屋の入口の反対側に顔を向けていたので、そのつもりはなくても、トウコ先生からプイッと身体を背ける形になる。
「おはよう、リコ」
「……おはようございます」
「すまんのう。昨夜は騙すようなマネをして。怒ったか?」
「やっぱりあれ、トウコ先生がわたしの本音を引き出すために用意した人たちだったんですね?
いきなりあんなことを言って、ひどいじゃないですか」
「さよう。おぬしは、それに気づいたから、途中からまるでわらわに語り掛けるような雰囲気だったのじゃな」
「そうですよ。だってあの女の人たちの中に、ひとりだけまったくしゃべらず、しかもマスクをして顔がよく見えない人がいたので。
きっとトウコ先生が混じって話を聞いてらっしゃるんだなって思ったんです」
「ははは。バレバレじゃったな」
振り向く前に会話が始まり、さらに体勢が体勢だから、トウコ先生にはわたしが怒っているように見えてしまったのだろう。
背を向けているわたしに向かって、トウコ先生が申し訳なさそうに、後ろからぺたりと触れてくる。
実を言うとちょっと怒っているけれど、でも『ここにいる間はすべてが試験だ』と、前もってヒントも出されていたわけだし……。仕方ないことだな、とも思っている。
だからといって、即『怒っていませんよ』というのもしゃくだから。わたしはまだ振り向かず、怒ったふりをしていた。
するとトウコ先生の、わたしよりもかなり小さな手が『ごめんね』と言うように、わたしの手をさするように覆い……。
ん?
覆ってる? 小学生にしか見えないトウコ先生の手は、わたしの手よりも確実に小さいはずなんだけど……。
「……もしわたしがあの場で我慢してたら。
『確かに面接も芳しくなかったし、茶道部はもうだめです。みなさんに権利を譲ります』
なんて言ったら、トウコ先生はどうしてたんですか?」
「その可能性はないと確信していたよ。
あそこまで言われて我慢をする奴は、そもそもわらわを見つけられない。
おぬしは不思議な存在であるわらわを発見し、会話ができた時点で見込みがあった。
なので後は信じて、リコが自分の意見を話してくれるのを待つのみだったのじゃよ」
話しながら、トウコ先生が、わたしの肩にコン、と顎を乗せてくる。
発見? 会話ができた?
ていうか今、トウコ先生、ご自身のことを『不思議な存在』って言った?
さきほどから、いや出会った瞬間から、トウコ先生はよくわからないことばかりを言う。
そして、今肩の上にあるトウコ先生の頭の重さに、わたしは改めて思う。
これはおかしい。
というか……なんというか。
「あの、ところでトウコ先生。まさかとは、思うんですが。
……なんか、昨日よりも大きくなってません?」
それでもわたしは『気のせいじゃろ』と言われると思った。
たったの一日で、人が急に小学生ほどから高校生ほどの大きさまで成長するなんて、ありえない。そう思ったからだ。
しかし、トウコ先生の言葉は、わたしの予想をあっさり覆すものだった。
「気のせいじゃないかもなあ?
わらわという『部活先生』。
つまり、星が丘神社に住む『部活動の神様』の容姿は、試験を受けに来た人間の心に強く影響を受ける。
大方、試験を受けに来て、見事の合格した人間が。
この一夜で自信を持ち、精神的に成長した。
人間の身体に例えるなら……小学生程度から、高校生程度に。
なのでわらわも。この姿に定着した。ということじゃろう」
「ということって」
……つまりそれは。わたしが茶道部部長としての精神年齢が小学生程度だったのから、適正な高校生程度にまでこの一泊で育った。
だから星が丘神社の神様であるトウコ先生はその影響を受け、高校生の姿に変わったということ?
あまりにファンタジックな話に目を白黒させるわたしの耳元で、クフフッ、とトウコ先生が笑う。
ピョイ、とわたしの背中から離れ、いつの間にかあったわたしの荷物を差し出す。
つくづく、この神社では不思議なことしか起こらない。
どうやらわたしは『でっかいこと』をなそうとする過程で、すごい方に認めてもらえたのかもしれない。
この自分なら、今年度の部活も何とかなっちゃいそうかも……! そう思うほどの。
「おう。合格じゃよ。
茶道部部長としてはまだ心配もあるようだが、正座への熱意は感じ取った。
わらわはおぬしの話をもっと聞きたい。
今後、どのような部活動をしていくのか興味がある。
だから、ぜひわらわを指導役にさせておくれ」
「やったあ……!」
ありがとうございます、こちらこそよろしくお願いします。
わたしはトウコ先生にそう伝えようと両手を伸ばし、握手をお願いしようとした。
しかしトウコ先生はそれに気づく間もなくヒラリと一歩引くと、ふすまを開け。
部屋を出て、早速もう靴を履いている。
えっ!? 早くないですか!?
「ほいじゃあ、さっそく山を下りて。部活を始めようか。
わらわがおるからには、もうおぬしら星が丘高校茶道部に情けない思いはさせんぞ」
「えっ、でもまだ早朝では。というか、朝のお掃除は?」
「何をおっしゃいますかリコ殿!
決まったからには、一刻も惜しいではありませんか。
拙者も同行しますよ! さあさあ、行きましょう。これからよろしくでござる!」
「えーっ!?」
しかも、マフユさんも途中から起きていて話を聞いていたらしい。
高速で自分とわたしのお布団をたたむと、シュバッと飛びのいてトウコ先生に並ぶと、やっぱり早速靴を履いている。
今回のわたしは急展開ばかりだ。
相変わらずついていくのにも精一杯な状態だけれど……。急な変化は『変わりたい』というわたしの気持ちに、周囲が呼応してくれているのだと思いたい。
じゃあまずは、わたしも即座に着替えて、靴を履いてここを出る準備をしなくっちゃね。
「そうじゃ! まずは体力作りにランニングじゃ! 手始めに公園を一周するぞ!
昨日おぬしが言った通り。
良い姿勢を作るには、適正な体力と柔らかい身体が必要じゃからな!
それが終わったら、現在の茶道部についてもっと詳しく聞かせろ。
早く成長したいのであれば、情報共有は最優先に行わねばな」
「はい!」
山を降りたら、星が丘高校茶道部はさらににぎやかになる。
頭に浮かぶのは、部員みんなの顔だ。
新しい先生がもう見つかった。しかも、その正体は人間じゃないみたい?
そう言ったら、一体みんなはどんな顔をするだろう。
それから、まだ茶道部部員ではないシノちゃんは……なんて言うかな。
わたしは新しい茶道部の風景を頭に思い浮かべ、ワクワク、ドキドキしながら。トウコ先生とマフユさんを追いかけ、神社の階段を、一歩一歩降りて行った。