[387]青龍を探せ!


タイトル:青龍を探せ!
掲載日:2025/11/03

シリーズ名:スガルシリーズ
シリーズ番号:5

著者:海道 遠

あらすじ:
 マグシ姫は無事に出産した。スサノオは生まれた皇子の名前を翡翠石に黒鉄で彫っていると、スガルと共に突風に襲われる。黒鉄の苦手な青龍の仕業だ。土砂降りになり、都の一部は水浸しになる。青龍の好きな孔雀(ピーちゃん)を呼び寄せるが、ピーちゃんは待ちきれず帰ってしまう。
 スガルと親友の甘露來(カンロク)は、青龍の捜索を命令されて追うが行方が分からない。
 見かけた白孔雀に頼んで、青龍を引き寄せて人間に変身させ、正座して静かに考え事をしてもらった。



本文

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第一章 龍の苦手

 大地が轟くような音がした!
 一心不乱に翡翠石に、生まれた赤ん坊の名前を刻んでいた、スサノオの尊の手が止まった。
 頭上の木々が吹き飛ばされそうな突風が襲ってきて、思わず袂(たもと)を頭にかぶる。
「な……なんだ?」
 スサノオの尊は黒鉄(くろがね)の矢を地面に置いた。
 隣で翡翠石に名前を刻んでいた、うりずん(梵・そよぎ)とスガルも立ち上がった。
 スサノオが叫ぶ。
「しまった〜〜! 青龍が来ていたんだ!」
「青龍がどうした?」
 スガルが聞く。
「龍の一番の苦手は黒鉄の矢なのだ!」
「ええ〜〜? ……知らなかった……」
「それで、とんでもない勢いになって荒ぶったのか、龍は!」
 うりずんも呆然と立ち上がった。
「かなり、オッタマゲた顔になってたな」
「せっかく生まれた皇子の名前が決まったのに、落ち着いて刻めやせん!」
 3人は、黒鉄の矢におののき興奮する青龍を偵察していたが、やがて龍はふらふらと空高く登っていった。
 それからしばらくして……。
 どろどろと墨のような黒い雲がわいてきた。
「カッ」と白い稲妻が走り、いきなり土砂降りの雨がやってきた。
 スサノオたちは黒鉄の矢だけを持ち、林の中にあるお堂に逃げ込んだ。世の中が裂けるような雷鳴が鳴り響き、3人はお堂の中で耐えていた。
「こ、こんなひどい嵐は初めてだ……」
 端正な横顔を稲妻に白く染められながら、スガルはひと言つぶやくのがやっとだ。
「龍が黒鉄の矢に出会ってしまったから、荒ぶってるんだ」
 うりずんが叫ぶ。スサノオも、
「八坂神社の地下湖に棲む青龍のおかげで、私はヤマタノオロチが支配する『兇つ奴(まがつど)党』から護られたというのに、龍の苦手な黒鉄の矢で翡翠に刻まねばならんとは……皮肉な……」
「桃の木の矢にしたんじゃないの?」
 スガルが聞いた。
「それが、翡翠に刻むには黒鉄でしか無理なんだよ。因果なもんだなあ」
 うりずんがごちた。
 お堂の小窓から覗くと雷鳴が猛り狂う中、龍が雲を縫って苦しそうに飛び、のたうっている。

 ついに堤は決壊してしまった。
「避難しろ〜〜!」
 村人の声が聞こえてきた。家財道具を背負う者や、子どもを見失って呼ぶ声、牛や豚の鳴き声など、阿鼻叫喚(あびきょうかん)が聞こえてきた。
 スガルがポツンと、
「八坂神社の辺りはどうなんだろうか……」
 つぶやいたとたん、スサノオの手厳しいひと言が飛んだ。
「私もお前も神仙の者。家族は二の次だ。まず人間を心配せねば」
「は、はい」
 スガルは反省して顔を伏せた。
 うりずんとて、美甘(みかん)奥ちゃんとゆいまるのことが心配だが、ガマンして雷雨が止むのを待つしかない。
 この激しい雷雨と青龍の興奮の中では、翠鬼(すいき)の想念も届かない。
 青龍の起こした雷雨は三日三晩も続き、ようやく3日めの朝、静かになった。

 辺り一面が泥の湖になっていた。
 流されてきたものがぶつかる音以外、何も聞こえない。我に返ったスサノオ、スガル、うりずんは、腰まで水に
 浸かり、それぞれの心配する人の元へ急ぐ。
 翠鬼が空を飛んできた。
「神さま方、何よりです!」
「おお、お前も無事だったか」
「ご安心ください。八坂神社は高台に建っていますから被害はなさそうです」
「うっかりしていた……青龍の苦手な物を使ってしまい……」
 翠鬼が、
「青龍は黒鉄の矢は嫌いますが、翡翠は好きで本能から寄ってくるのです」
「なんてこった! これでは、いつになったら名前を刻み終えられるか分からんぞ」
 スガルが歯を食いしばり、
(いつになったら、あかりの名前を刻んで真の夫婦になれることか……)

第二章 あかりの案

 その、あかり菩薩がぬかるみの中を、馬に乗って泥だらけになって、村の一軒へやってきた。
「スガル! スサノオさまとうりずんさまは?」
「ご無事だ!」
「3日間、ロクに食べていないでしょう? 食料を持ってきたわ。まずは白ご飯を召し上がれ!」
 三柱の男神は、人間と変わりなく急遽用意された食事を有難がって食した。
「スガル、お前の奥ちゃんは気がきくなあ」
 うりずんがもぐもぐしながら言った。
「あかりは、私を育ててくれた母でもありますからね」
「俺も、年上妻にしとくべきだったかな」
 うりずんの言葉を聞いて、スガルが、
「そんなこと言ったら美甘姫に怒られますよ。あなたの跡継ぎを産んでくれたじゃないですか」
「それは感謝しているさ。それより――、今は青龍をどうするかだ」
 あかり菩薩が、
「やっぱりこの大嵐は青龍が起こしたのね。察しがついていたわ。黒鉄の矢に怒ったのですね」
「そうなんだ。また翡翠に惹かれて来るだろう。どうすればいいだろう? このままじゃいつまでも、あかりとの婚礼も挙げられない」
 スガルがあかり菩薩の肩を引き寄せて、頬にチューしながら愚痴る。
「スガル! 私たちは今、妻に会えないというのに……」
 スサノオの尊とうりずんが、ふくれっ面をした。
「先日の出撃騒ぎで鉄の女神、タタラさまと青龍が顔を合わせなくて幸いだったな」
「とにかく青龍に少しガマンしてもらえばいいのですね。青龍の相性がいいのは、孔雀、えっと好物は桃、花は蓮、玉、青い空、天敵はムカデ、ま、いろいろありますけど。飴とムチでどうにかするしかないでしょうね」
「あかり! 俺のことも飴とムチで育てたのか」
 スガルが尋ねた。
「もちろんよ!」
 ずっこけるしかない、スガルだ。
 うりずんが前に出て、
「スガルのことはさておき。――あかり菩薩さま、青龍は孔雀と相性がいいんですって?」
「ええ、とっても気が合うそうよ」
「なら――、あのクジャクに来てもらうか! ほら、万古老正座師匠の元カノを背中に乗せている――」
「ピーちゃんとかいう、おしゃべりの孔雀だな」
 意外にもスサノオが答えた。
「スサノオさま、ご存知だったんですか!」
「何度か八坂神社にも来たからな。あのクジャクならなんとか青龍をなだめてくれそうだ」
 スガルもうなずいて、
「じゃあ、万古老正座師匠から元カノの孔雀明王さまにお願いしてもらおう!」
「スガルも知っていたのか」
 スガルは胸をそらせて、
「正座教室の児童コースから通ってましたからね!」
「そのわりに正座がへたくそだけどな」
「ちぇ~~っ! ずいぶんできるようになりましたよ!」
 皆の笑い声が林に満ちた。

第三章 ピーちゃん怒る

 それからというもの、近い地方のどこかでおっとろしい(恐ろしい)豪雨が何回も降った。どうやら青龍の行くところところで、そうなっているらしい。
 天帝からも、人間の帝からも「青龍を探せ!」と命が下った。
 スガルと甘露來(カンロク)に名指しで命令が下ったのだ。
「どうして俺たちが?」
 ふたりで首をかしげていると、スガルが、
「俺は先日までの任務の続きだろう」
 カンロクの眼はやる気を失くして、とろ〜んと死んでいる。
「俺は関与してないぞ。どこへ出没するか分からない龍を大雨の中、追い回すなんて計画が立てられやしない。やだぞ〜〜! しばらくサラサちゃんとゆったりしようと思ってたのにぃ~~」
 ふたりとも不服で満パイだが、スガルはあかり菩薩と婚礼を挙げて翡翠に早く名前を刻みたいので、青龍をどうにかしたい。

 万古老師匠に頼んだことでもあり、孔雀のピーちゃんが瞳を輝かせてやってきた。
「なぁに? バイト代は、はずんでもらえるんだろうね」
 翡翠石を彫っていた林で待っていてもらったが、青龍は次の次の日になっても現れなかった。
 待ちぼうけ食らったピーちゃんは、プライドをキズつけられたと言って、カンムリ毛を真っ赤にしている。
「毎日、まゆらちゃん(孔雀明王)と離れないのに引き離しといて、どういうわけ?」
「だって龍が何を考えてるか、わかんないんだもん」
「スガル! さすがは鹿の樹(かのじゅ)将軍の弟だな! 無責任なところがそっくりだぞ」
「聞き捨てならんな、今の言葉! 兄上は無責任なんかじゃないぞ! 俺を育ててくれたんだから」
 カンロクとサラサちゃんがなだめたが、
「まあまあ、ケンカは止めとこうな」
「俺は手伝う気をなくしたぞ! さいなら」
 ピーちゃんは、羽ばたいて帰ってしまった。

第四章 龍の好むもの

 翌日から、豪雨に見舞われた。
 青龍が滞在しているのか、関係のない豪雨なのか、見分けがつかない、凡人(神)のスガルとカンロクだ。
 命令は待ったなしだから、出立することに決めた。
 馬たちにぬかるみを歩かせるのは危険なので、宿場で待たせることにして、カンロクの上衣の中にうさぎのサラサだけが入る。
「やはり青龍の行先を知る手立てが必要だな」
「好きなものでおびき寄せるって方法はどうだい?」
「好物か? ちょっと待て」
 スガルは、首からヒモでぶら下げてあるスマホで調べた。
「祭の屋台の食べ物!」
「祭をやるなんて手間がかかる。ボツ!」
「龍の文字が入っている食べ物。竜田揚げ、竜眼焼き、飛竜頭(ひりゅうず=がんもどき)、火龍果(ドラゴンフルーツ)食べたことないぞ? 梨。今は秋だから、無理だな。茹でたまごか、生卵。竜髭菜(アスパラガス)? 食べたことないな。竜舌蘭(りゅうぜつらん)テキーラって酒の原料だってさ! そんな酒飲んだことないよな。後は……タツノオトシゴ? 何だ、こりゃ? ――後は人。人身御供だ。俺たち、神の端くれでも人扱いになるのか?」
 言ったものの、スガルはぞっとした。
(あのデカい赤い口に食われるなんて~~!)
「結局、手っ取り早いのはナマ卵か茹で卵だな」
 スガルとカンロクは顔を見合わせて、付近の農家に目を移した。鶏小屋があり、たくさんの鶏がひしめいている。
「クァ――クァックァッカッカッカ!」
 大雨の中、鶏小屋からニワトリが大混乱を起こす騒ぎが起こり、羽根がたくさん飛び散った。
「こらぁっ! 卵どろぼう!」
 農家の親父さんがクワを持って追いかけてきて、スガルとカンロクは逃げ出すしかなかった。
「いくつかゲットしたか?」
「1個だけだ」
「俺も……」
 ふたりはヘタヘタとなってしまった。
「後、龍に好まれるタイプは?」
「おしゃれで、活気に溢れていて前向きで、失敗を恐れない、リーダーシップに長ける、自分に厳しくしっかりしている。これって、まるであかり月光菩薩のことじゃないか。だ、ダメだぞ、あかりは誰にも渡さんぞ!」
「考えすぎだよ、スガル」
 雨は降り止まない。ふたりは寺の軒先で休むことにした。

 茹で卵をおいて森に隠れて待っていても、青龍は来なかった。桃や酒を用意して待って待って待ち続けても、青龍は現れない。
 豪雨はますますひどくなり―――スガルとカンロクが、旅を続ける先は雨が止まない。雷鳴がひどくなる。
「ここは信濃の国辺りか―――成す手がない。一度、京に帰るか」
 スガルが言った時、ふところにいたサラサが顔を出した。
「その方がいいと思うでしゅよ、カンロク」

第五章 あかり現る

 その時、薄日が射してきた。
 馬蹄音が響いてきた。白い馬にまたがってきたのは――。
「あかり?」
 スガルはぎょっとして振り向いた。
「そのうさぎの言う通りよ、スガル。龍はうさぎも好きだから、龍の方から方向転換したうさぎについてくるわ」
「知……知らなかった……」
 カンロクがサラサを抱いて、シゲシゲと眺めてみた。
「それならそうと早く言わぬか、サラサ」
「アタチも龍に会ったことないんでしゅもん」
 サラサは、しゅんと耳を伏せた。
「龍の前に出ても平気か」
「ま、平気でしゅ。梨と同じくらい龍が好きな、みかんを持って待ちましゅ」
 サラサはすまして答えるが、
「ま、また、みかんか……みかんはもうたくさんだ」
 スガルは肩を寄せた。
「絶対にうさぎをパクリと食べないように、わらわが龍に言い聞かせるわ、カンロク」
 あかり月光菩薩が念を押した。
「あかり菩薩さまが言い聞かせてくださるなら、大船に乗った気でいられます!」
 カンロクはお礼を言った。が、スガルはそのでかい図体を押しのけて、あかり菩薩を抱き寄せた。
「よく駆けつけてくれた……さすがはあかりだ」
「スガル……早く青龍を発見して帰ってきてね」
「分かってるさ」
 ふたりが口づけをかわす寸前に、サラサがカンロクの顔面に張りついて目をふさいだ。
「ひとりもんには刺激が強いでしゅからね!」

 彼らの横をすり抜けて、滑空していった白いものがある。スガルが叫んだ。
「あれは?」
「クジャクだ! 白クジャクだ!」
「なんてまぶしいんだ……」
 一同は見惚れた。不意にスガルは、
「あかり! 馬を貸してくれ! 白クジャクを追いかける!」
「気をつけてね!」
 どさくさに紛れて、サラサがスガルのふところに飛び乗った。
(サラサ! 何だ何だ?)
「ま、黙ってらっちゃい!」
 スガルはあかりが乗っていた馬にまたがり、白いクジャクの後を追った。
「どうするつもりだ、スガル」
「捕まえて青龍を惹きつけるんだよ! ピーちゃんよりは成果がありそうな気がする」
「そうかなぁ……」
 白いクジャクは山のふところへ消えていく。スガルは追い続けた。
(見失った!)
 と、思ったとたん、ふところのサラサが、
「白クジャクさん、待って! あなたは青龍さんと仲がいいんでちょう?」
 白クジャクは頭上の枝に首をかしげて止まっていた。
「青龍さんがいろんなところに大雨を降らせて、人間さんたちが困っているの。力を貸してくれない?」
 白クジャクが神秘的な高い声で答える。
「私は、これから山寺の孔雀明王とピーちゃんという孔雀のところへ行く途中なんだが」
「お願い、ちょっと寄り道してくだしゃい」
 サラサは香箱組みをして、丁寧に頭を下げた。
「じゃあ、少しだけだよ」
 白クジャクが地上に降りてきた。
 スガルは馬から下り、白クジャクと対峙した。
「頼みを聞いてくれるのか……ありがたい」
 まだ濡れている地表に膝をついて、衣をお尻の下に敷いてから踵(かかと)の上に座り、改めて真っ直ぐに視線を送った。
「これが、人間の真剣にお願いをする時の座り方で正座という。さっき、サラサも香箱組みの正座をしただろう」
 白クジャクはしばらくスガルの瞳を見つめた。――やがてうなずき、自分も汚れるのも構わず、尾をわざわざ開いてから地面に寝かせて首を下げた。首が長くとても優雅だ。

第六章 青龍との対面

「頼みを受けてくれるのか?」
「貴方の座り方に感動して返したのだ。で、青龍はどこにいるのだ?」
「あっ、西に雨雲が!」
 サラサが叫んだ。
「行ってみよう」
 スガルは再び馬に乗り、西を目指した。白クジャクも飛び上がってついてきた。

 青龍は轟々と風の吹きつける雷雲の中にいた。
「お〜い、青龍!」
 スガルはありったけの兄譲りの大声で呼んだ。空をつんざく雷鳴よりでかい声だったようだ。
 青龍は飛ぶのを止めて、空中に制止した。
「私を呼んだのは、お前か?」
 ギロリと黄色い目玉を動かした。
「青龍、お願いです! 八坂神社の地下に戻ってください! 地上に下りてきてください!」
 白クジャクが、
「私からもお願いします! とにかく下りてきてください」
「白クジャク? お前がそういうなら……」
 青龍は太い胴体を低空飛行させて、ぬかるんだ地面に「ズザザ〜〜〜!」と、滑り落ちて着地した。
 スガルは急いで駆けつけた。
 ひと口で食べられそうな、デカいアゴに足がすくまずにはいられない。
「あなたの行く先々で豪雨が起こって、川や田んぼが水びたしになり、人間は皆、困っています。どうぞ地下湖にお帰りください!」
 白クジャクもやってきて、再び美しい正座をした。
「白クジャクまで頭を下げるのでは、いうことを聞いてやりたいが、最近、人間が黒鉄の矢で翡翠にカチンカチンと何か彫っておる! 翡翠は好きだが、鉄は気配や匂いだけでも苦手なのだ〜〜!」
 また、パニックに陥りそうだ。

第七章 あの手この手

 スガルが慌ててなだめながら、
「じゃ、じゃあ、黒鉄の矢で翡翠石に刻む場所を変える! そして翡翠の玉をたくさん進呈する! 丸いものがお好きなんでしょう? これで八坂神社の地下湖に帰ってくれませんか?」
 お願いしているうちに、カンロクがサラサを抱いて、あかり菩薩も駆けつけた。
「おい、スガル! 翡翠の玉を進呈ってどうするつもりだよ? 大丈夫か? 大きなこと言って……」
「この前、知り合った翡翠の輝公子かビワネ姫にお願いしに行くよ。手頃なのを譲ってもらうように」
 スガルは、大汗をかきかき言った。
「承知してくれるかな?」
「お願いしてみないと分からんが……」
「ワシは最高級の翡翠しか興味はないぞ〜〜!」
 青龍が叫んで辺りがどよもした。
「―――では」
 あかり菩薩が一歩前に出た。手に翡翠の腕輪を持っている。
「青龍さま、地下湖に戻ってくださるなら、この翡翠でできた腕輪を献上させていただきます。いかがですか」
「ほ……本当か?」
 青龍がチロッと横目で見てから答えた。
「もちろんですとも。角に飾ってさしあげましょう」
 さっそく角の枝に引っかけた。
「……月光菩薩がそこまで言うなら……」
「その代わり、正座の所作を覚えてください。ヤマタノオロチでさえ人間の姿になって覚えたそうですから、青龍どのにできないわけはございませんわね」
「むむむ……。では、ワシを人間の姿に変えなさい!」
「念じてください。人間になりたいと」

 かくして――、青緑の鱗に覆われた青年が立っていた。

第八章 青龍の正座修行

「お前、俺との約束をすっぽかして、何をやってるんだ!」
 ピーちゃんが真っ赤なカンムリ毛から湯気を出してわめく。
 待ちぼうけくらって、白クジャクの立ち合いの下、青龍が月光菩薩さまの指導で正座の稽古をすると聞きつけたピーちゃんは、現場へやってきたのだ。
 青龍は恥ずかしそうに二本足で立っている。
 肌は黄緑色でウロコがびっしりある。髪はもっと淡い黄緑色、しかし翠鬼よりも、ぐ~~~~んと美青年で体格もいい。
 あかり月光菩薩が向かい合って立った。
「スガル、ちょうどいいわ。あなたもお稽古なさい」
「えええ~~~?」
「上達すると鹿の樹将軍から挙式が認められるんでしょう? このままだと、いつボツになるか分からないわよ」
「……わかった……」

 あかり菩薩が正座の所作の説明をはじめた。
「普段の青龍どのとは異なる体型なので苦しいかもしれないけど、できるだけ背筋を真っ直ぐ伸ばして立ってください」
「はい……」
「では、その場に膝をついて。衣に手を添えてお尻の下に敷きます。かかとの上に静かに座ります。〜〜できましたか?」
「はい」
 素直な答えが返ってくる。スガルも言われた所作で正座した。
「では、三人でしばらく正座したまま瞑想しましょう。目を閉じて……」
 月光菩薩も目を閉じた。

 刻(とき)が、沈黙のうちに流れた―――。
 やがて、青龍の青年が青緑の瞳の目を開けた。
「不思議な安らぎの中にいた―――。幼い頃、とうに置いてきた和んだ気持ちだった―――。正座すると、今までのことが走馬灯のように浮かんでは消え、していった――そして、我の使命を思い出した」
「青龍どの……清々しいお顔をしておられます」
「そう……我は京の都を護る守護神だった。早く地下の湖に帰らなければならない……」
 青龍の瞳の奥に青い炎が燃えはじめた。
「八坂神社の守護神として、しっかり地下湖に鎮座しなければ……」
 青龍は立ち上がり、京を目指して歩きはじめた。
「青龍どの! 八坂神社までお送りいたします」
 スガルとあかり菩薩が声をそろえて言った。
 白クジャクとピーちゃんたちとは、ここでお別れだ。

 京まで長い旅を続けた。
 カンロクとうさぎのサラサもついてきたが、青龍が通った場所が豪雨に見舞われることはなかった。
 穏やかな天気が続き、無事に逢坂の関を過ぎ、京に入ることができた。

第九章 黒鉄の浄化作用

 八坂神社まで来ると、相変わらずの賑やかさだ。地下湖へ通じる通路までたどり着く。
 奥殿からは、赤ん坊の泣き声と侍女のはしゃぐ声が聞こえた。
「スサノオの尊さまのご嫡子がお生まれになり、翡翠石にお名前を刻んでおられるのです」
 知らずにいた青龍は、喜ばしい気持ちと反省した気持ちがないまぜになった表情になった。
「そうでしたか……それは申し訳ないことをしてしまいました」
 地下からひんやり冷たい空気が上がってきた。湖は青い宝石のように輝くばかりだ。

「―――う!」
 突然、あかり菩薩が足を止めた。背中に担いでいた弓を素早く構え、素早く水面に向かって構える。
「あかり! どうした?」
「どす黒い……汚れたものが湖の底に待ち受けている……!」
「何?」
「青龍どの、気をつけられよ!」
 弓を限界までギリギリ絞って、敵を見ようとする。

 ―――ギュン!
 鉄の矢は放たれ、力強く湖面を走った。鮮烈な黒鉄の矢が、汚れを取り除いていくように―――。
 やがて、矢は湖に沈んでいった。
 湖面はいっそう輝く。
「なんだか……より美しくなったような?」
 スガルがつぶやく。
 あかり菩薩が、
「黒鉄は実はとても浄化作用が強い。湖の底に沈澱していた邪気が一掃され、水質も良くなるのだ。青龍どの、安堵して戻られるが良いぞ」
「鉄の浄化作用が強い? 初めて聞きました……。でも、本能的に黒鉄は、私はダメなのです」
「残念だが、本能なら慣れていただくより仕方あるまい」
 月光菩薩が笑う。
「湖の底に沈殿していた汚れたものとはいったい?」
「気をつけられよ。沈殿物の他にも……ヤマタノオロチは、まだ滅んでおらぬゆえ」
 青龍は表情を引き締めた。
 あかり菩薩は弓を背負って、青龍に別れを告げる。きちんとした正座で頭を下げ、感謝の気持ちを伝えてから、龍の姿に返り、湖へ戻っていった。

終章

「私の婚約者は、なんと聡明で知識者で、霊感に優れた方なのだろう。いつも助けられてばかりだ」
「年の功かもしれないわね」
「早く翡翠石に連名で名を刻みたいよ」
 スガルが肩に抱き寄せようとした時、
「あのう、オジャマそうですけど、こんなのが届いています」
 翠鬼が紙切れを持ってきた。
『神仙軍少尉様 
 ニワトリ卵2個代金 計150銀。
 信濃国の農家より』
「そ、そんなのは神社の経理部か、カンロクに回しておいてくれ!」
 スガルは叫んだ。
「スガル、いけな……」
 反論しようとしたあかり菩薩の唇は、スガルのチューでふさがれた。


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