タイトル:お江戸正座44
掲載日:2026/08/28
シリーズ名:お江戸正座シリーズ
シリーズ番号:44
著者:虹海 美野
あらすじ:
諏訪理田屋の六男、文六と、薬屋の一人娘おらんの出会いから許嫁になるまでを、おらん目線で描いた物語。
薬屋の一人娘のおらんは、大切に育てられ、少々のんびりした性格であった。
そのため、手習いの算盤などの勉強で遅れを取り、そこで面倒を見てくれたのが、抜群の記憶力を持ち、算法の得意な文六だった。
手習いで「間違えてもいい」という文六の言葉に励まされ、おらんは手習い後も、前向きに頑張り、ある時文六と再会し……。
本文
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1
手習いに通う前に、おらんは、お父ちゃん、お母ちゃんと一緒に先生のところへあいさつに行った。言われた通り、背筋を伸ばし、着物を尻の下に敷き、脇はしめるか、軽く開く程度、肘は垂直におろし、膝はつけるか握りこぶし一つ分開くくらい、手は太ももの付け根と膝の間で指先同士が向かい合うように揃え、足の親指同士が離れぬようにする。
「ほう、お行儀のよろしいことで」と、先生はほめてくださった。
「これからよろしくお願いします」と、家でさんざんお父ちゃん、お母ちゃんの前で練習した通りにあいさつする。
「こちらこそよろしく。ここには子どもたちがたくさん来るから、毎日楽しく勉強ができますよ」
おらんは大きく頷いた。
お父ちゃんが持ってきた文机を端に置いてもらっていると、座敷の奥で何かを書きつけているお兄さんがいた。お兄さん、といっても手習いに来ている年齢だから、今思えば、そこまで年は離れていなかっただろうが、この時のおらんには、大層大人に思えたものだ。おまけに整ったお顔で、とても賢そうだと思った。そう、背丈があるとか、そういうことを除いても、賢そう、というところで、おらんから見たこの人は、大人に思えたのだ。
「ああ、あれは諏訪理田屋さんとこの六男の文六ですよ。算術が得意でね、ここで教える勉強はとうに済んで、物足りなくって、算法を勝手にやっているんですよ。弟の方は書物が好きで、これまたうちへ来ては本を読んでいる。いや、なあに、きちんと勉強は教えていますからご安心を」
そう言うと、先生は、「あれの集中力は大したもんで、多分、今は目の前の算法しか入ってないんでしょうね」と付け加えた。「こっちで話をさせましょうか」と言う先生に、「それには及びませんよ。せっかく勉強してるってえのに、そいつを邪魔しちゃあいけねえや」と、お父ちゃんが声を落として言う。そして、「いやあ、諏訪理田屋さんは立派なご子息に恵まれて。てえしたもんだ」と、お父ちゃんが感心する。
「うちは、おらん一人で、周りの子とうまくいくか……」と、お母ちゃんが言う。
ここへ来るまで、実はさんざんお母ちゃんが言っていたことである。
おらんは、小さいし、優しいし、おっとりしているし、いい子だけど、よその子とそんなに親しく遊んだこともないし、大丈夫かね……、と。それがそんなに心配なことなのか、おらんはわからず、お母ちゃんを見上げていた。
「ほら、この子の、こののんびりした、呑気な顔ったら、ねえ、大丈夫かい?」
お母ちゃんは、そう言って、お父ちゃんに尋ねる。
お父ちゃんは「なんだって? 小さいし、優しいし、おっとりしているし? いいことばっかじゃあねえか。それ以上、このおらんに何を求めるてえんだ。贅沢も休み休み言え」と返し、「おらん、お父ちゃんとこ来るか?」と、膝を叩き、おらんを呼ぶ。
「ほら、そうやって猫かわいがりするんだから。外ではね、そんなのは通用しないんだよ。おらんのことを思うならねえ……」
そういうお母ちゃんも、お嬢さん育ちだから、おらんほどではないが、そこそこに心配されたり、かわいがられたりはしていたのだが、その点に本人は気づかない。
「ああ、うるせえなあ。なあ、おらん」
子どもの頃から薬草の畑で働いていたお父ちゃんは、一番家でおっとりした顔をして、そうおらんに話しかける。……というようなことが、繰り返されていたのだった。
お母ちゃんの胸中を知ってか、知らずか、それこそ、のんびりと、呑気に「なあに、ここでは大きい子も小さい子ものびのびやってますから」と、先生は言ったのだった。
まさか、この時、算法に夢中だったお兄さんと、将来一緒になるとは、おらんは思いもしなかった。
2
おらんのお父ちゃんは薬屋である。家には小さな抽斗が数えきれないほど並んだ棚があって、店は清潔で、草のような薬の匂いがする。人も雇っているけれど、やはり薬に詳しいのはお父ちゃんだ。お父ちゃんは薬の元になる植物を育てる畑で子どもの頃に働いて、そこから薬屋に奉公し、今のお店を持った。根が真面目で大層きっちりした人だから、この仕事には向いている。だが、人間やはり気を緩める時というのは必要で、そういう時に紹介されたのが、ご近所のお店のお嬢さんであるお母ちゃんだった。色白く、瞳と髪が黒く艶やかで、お針はもとより、歌も踊りもお三味線も上手なお母ちゃんは、お父ちゃんにとって、ずっと一緒にいられる竜宮城のお姫様のようだったそうだ。お父ちゃんは仕事のできる人だから、お店は繁盛していたし、お母ちゃんの実家も裕福だったから、家には余裕があった。そうして生まれたのがおらんである。お父ちゃんは、おらんが生まれた時、人目をはばからず、大声で泣いて喜んだと聞く。
幼い頃から薬草畑で働いていたお父ちゃんだが、おらんには滅法甘かった。
何をするにも、「お父ちゃんと一緒にやるか」と、膝におらんを座らせて、一緒だった。おらんと一緒にいるために、朝早く起きて仕事をするようになり、なるべくおらんと一緒に過ごせるようにしたと聞く。
おかげでおらんは、なにかで不安になることなく育ったし、なにかで困ることもなかった。なにせ、いつもお父ちゃんが一緒だし、そうでない時は、お母ちゃんが面倒を手厚くみているのだ。
だからというべきか、困ることになるのは、その数年後、手習いに通うようになってからである……。
3
先にも述べたように、手習いに行くに際し、背筋を伸ばし、着物を尻の下に敷き、脇はしめるか軽く開く程度、肘は垂直におろし、膝はつけるか握りこぶし一つ開くくらい、手は太ももの付け根と膝の間で指先同士が向かい合うように揃え、足の親指同士が離れぬようにする。
そうして、先生にごあいさつをした。
ここまでは、褒められた。
こうして、手習いに意気揚々と通うようになったのだが……。
多少過保護であったが、手習いまでお父ちゃんにおらんは見送ってもらった。その道中も、あれやこれやとお父ちゃんは心配し、なにかあったら、先生に言うんだぞ、を繰り返した。そうして、名残惜しそうに見送るお父ちゃんに、散々「行ってまいります」を繰り返し、手習いの家へと入る。
自分の家と違い、当然、お父ちゃん、お母ちゃんがいない。
最初にやるのは、文字を書くことと、簡単な数の数え方であった。
ここまでは、まあ、よい。
その次の段階である。
そうすると、墨を擦って字の練習をするのも、おらんは、遅れを取る。
先生が見かねて、「こうしてな」と、最初のお手本はおらんの元でやるようになった。最初の一枚は先生のお手本だから、それを真似すればいいわけである。ああ、なるほど、とおらんは、先生が自分のところでやった通りにやってみる。
もともと丁寧な性格なのがよかったのか、字はそこそこにうまく書けた。
先生に褒めてもらい、それをお父ちゃんに見せると、お父ちゃんは目を潤ませ、「おらん、こんなに立派な字が書けるのか」と偉く褒め、おらんがここで先生に教わった字の由来なんかを披露すると、拍手喝采、「才色兼備とはこのことだ。おらんは器量もこんなにいい上に、頭もよかったのか。こいつあ、どうしたもんだ」と、おらんを抱っこして、上機嫌である。
だが、それが算術となると、そうもいかなくなってくる。
簡単な数の数え方はよかった。
みんなでやっていたから、利発な子が答え、それを聞いているような場合なら、おらんは騒がないから、注意を受けることもない。
だが、それぞれが机に向かってやる段階で、雲行きが怪しくなった。
お父ちゃんが運んできてくれた立派な文机の出番だが、自分で解く段階、つまりは、ここからがようやく本番といったところだが、ここで、おらんの手は止まった。
算盤をはじくだけだから、どうにもならないわけではないが、これまでいつもお父ちゃんかお母ちゃんがそばにいてくれたおらんには、未知の体験であった。周囲の、こう言ってはなんだか、字はそれほどうまく書けない子たちが、次々に算盤を弾いて、答えを書いては、先生のところへ持っていく。
どうしよう。
これでいいのか。
こうやっていいのか。
さっき先生はここを弾いたけれど、こっちを弾いていいのか。
そうすると、先生の言っていたさっきの答えを違うけど、いいのか……?
おらんはすっかり混乱した。
要するに、おらんは何かに挑戦する、という体験がなかったのである。
否、正確に言えば、一人で挑戦することに、である。
いつまで経っても、答えを書いて持って来ないおらんに、先生もいろいろと手を尽くしてくれたが、おらんに付きっきり、というわけにもいかぬ。
「おおい、文六」と、先生は立ち上がり、座敷の奥へ歩いて行った。
遠目に、以前見たお兄さんがこちらへ来る。
声をかけても気づかないほどの集中力で、算法の本を読んでいる人の邪魔をしてしまった、と申し訳ないという思いもややあったが、いかんせん、のんびりしていて、いつもおらん中心の我が家で育っているので、すぐにその考えは消え去った。
文六は、先生に頼まれ、おらんの勉強を見ることになった。
文六は、間違えていい、と言った。
今日は晴れだ、とでも言うような調子だった。
それが、おらんには、目からうろこであった。
だから好きにやってごらん、と文六は続ける。
表情をあまり変えず、顎だけちょっと動かして、「やってごらん」というふうに指示する。
これまで好き勝手やってきたと、おらんは思っていたが、それと、新しいことを自分でやってみて、戻って、ということがなかった。
文六は、おらんが算術をやっている間、決して口を挟まない。
顔をしかめることもない。
淡々と、様子を見ている。
その視線が、おらんにはなぜか心地よかった。
前にこの人がいるだけで、安心感があった。
この人は、ただ頭がよく、寡黙なだけではなかった。
騒がしい子どもがいれば、ためらいなく、そうして気負わずに、「もう少し静かにやれ」とか、そういうことの言える人だった。
いつもお父ちゃん、お母ちゃんに守られていたおらんは、そういうことがちょっと言いにくかった。否、言ったことがなかった。
文六の、そのざっくばらんなたくましい精神力というか、そういうものが、おらんには尊敬に値した。
勉強をみてもらうために面倒を見てもらっているのだが、おらんにとっては、もっとも注目すべきは、文六の落ち着いた、そうして腹の据わっている性分であった。
文六は頃合いを見計らって、「できた?」と訊く。
おらんが頷いて紙を出すと、ほんのわずかの間に、「うん」と言い、「これはいい。これとこれ、ここが違う」と返す。
「はい」と先生と同じように返事をして、直す。
そんなことを繰り返すうちに、だんだんと算盤もできるようになってきた。
少し残念なのは、お父ちゃん、お母ちゃんに、文六の頭の良さとか、あの性格をうまく説明できないことだった。
ただ、すごいんだよ、と言うだけであった。
だが、ある時、思いがけない機会が訪れた。
文六が手習いの帰りに、おらんの家に寄ることがあった。
その時、おらんが、すごいんだよ、と言う前に、文六の頭の良さはあっさりとお父ちゃんに伝わった。毎日見ていても、全く何がどこにあるのか覚えていないおらんと違い、文六は、おらんの家に来て、店の薬の入ったおびただしい数の抽斗を、手代が一度説明しただけで、把握した。
そうして、何番目だったかの抽斗の薬の効能について、とかいうことで、三つくらいの薬についてお父ちゃんに質問した。
その正確な記憶力に、お父ちゃんは目を見張った。
文六が帰った後も、お父ちゃんは薬の抽斗を前に、暫し、なにかを考えている様子で、「あれはてえしたもんだ。神童ってえのは、本当にいるんだな」と呟いていた。
4
文六が手習いでの勉強を見てくれたおかげで、家で手習いの復習ばかりをしなくてもどうにか済んだおらんは、お針の稽古やお三味線の稽古なんかにも通いだした。
その時、手習いの時と同じように、背筋を伸ばし、着物を尻の下に敷き、脇はしめるか軽く開く程度、膝はつけるか握りこぶし一つ開くくらい、手は太ももの付け根と膝の間で指先同士が向き合うように揃え、足の親指同士が離れぬようにし、「よろしくお願いします」とあいさつする。
そうすると、先生はにこやかに応じる。
その後、「何か聞いておきたいことは?」と言うので、この時、おらんは「間違えてもいいのでしょうか」と訊くようになった。
先生はちょっと小首をかしげ、「ええ」と頷く。
おらんは、それを信じた。
そうして、失敗した。
お三味線のお稽古で、何人かでみてもらう時、大概、間の取り方で、どっちだっけ? あれ? 違う? だけど、間違えてもいいって、先生言っていた……、と先に弦を弾き、そこでおらん以外の全員の手が止まる。
お針では、皆の動きを止めることはなかったが、こうした方がいいんじゃないかしら? と思いつき、その通りに針を進めた結果、どう考えてもいいんじゃないかしら、というのとは程遠い結果になった。
そのたびに、ああ、やっちゃった……、と思う。
もちろん、反省もする。
けれど、心の中では、ここに文六がいれば、なんとかしてくれるんだろう、という思いがあった。
考えてみれば、文六がお三味線やお針ができるかどうかは、わからない。
教えられるほどの腕前かどうかも、もちろん知らない。
けれど、そう思うことで、おらんの心はいつも軽かった。
なんとかなる、というような、心やすい気持ちになり、また、温かくもなった。
まあ、周囲は迷惑をこうむっている状況だから、呑気といえば呑気だし、時には腹立たしいと思われていたかも知れぬ。
だが、元々がお気楽なおめでたい性格。
そういうところは、一応はわかっているが、ため込まぬ。
だから、お三味線もお針の稽古も続けた。
本人は至って真面目。
そうして、楽しい。
ついでに言えば、一度やった間違いは、次からはしない。
冷静にみれば、順調とはゆかずとも、本人なりにお稽古事は進歩していった。
5
お稽古事の成果が発揮されたのは、お三味線のお稽古帰り、思いがけず、文六が香道だかなんだかの帰りに、一張羅の夏用の羽織りをほつれさせた時だった。
まあ、おらんはお針のお稽古事で、決して優秀ではなかったが、時には先生に「丁寧で素晴らしいですね」と言ってもらえることもあるにはあった。ほかにも、「早くて、しかも目が細かく揃っていていいですね」などと褒められる生徒さんはいくらでもいるのだが、そういうことは置いといて、嘘ではなく、先生に褒められた、というようなことだけをおらんは文六に伝えた。
甲斐甲斐しく、文六の世話を焼き、座敷で背筋を伸ばし、着物を尻の下に敷き、膝はつけるか握りこぶし一つ開く程度、足の親指同士は離れぬようにして、文六の羽織りのほつれを直した。
文六は多少なりとも感心してくれ、ああ、お稽古を続けてきて本当によかった、と思った。この時のことが功を奏したのかどうかはわからぬが、兎に角、文六は、おらんと一緒になり、おらんの家に婿入りすることが決まった。
6
文六は真面目であった。
店の薬を全て覚えたのだから、もうやることはないだろうとおらんなどは思うのだが、今度は薬の成分や、その元となる薬草についても詳しく知りたがる。
しかもお商売を学ぶ姿勢がまた素晴らしい。
背筋を伸ばし、着物を尻の下に敷き、脇はしめるか軽く開く程度、肘は垂直におろし、膝はつけるか握りこぶし一つ開くくらい、手は太ももの付け根と膝の間で指先同士向き合うように揃え、足の親指同士が離れぬように正座する。
それはお客の前ではもちろん、お父ちゃん、お母ちゃんの前でも同じである。そうして、手代や幼い奉公人にも大層丁寧に接する。
ある時には、お父ちゃんに頼み、薬草の畑へ連れて行ってもらっていた。近所の畑ではなく、お父ちゃんが子どもの頃に働いていた、ここからは少しばかり離れた方である。日帰りで行き来できるが、やや遠い。
お父ちゃんは嬉しそうに、朝からそこへ文六を連れて行く話をしているが、おらんは面白くない。
許嫁になったとはいえ、まだ、週に何度か会えるくらいの間柄である。
それを差し置いて、一日がかりで出かけるなんて。
おらんも行くと言ったが、遠いし、向こうは畑でまだ暑い。
家で待っているようにと言うのだから、増々面白くなかった。
7
さて、お父ちゃんと夕刻に戻って来た文六は、大層饒舌であった。薬草が実際に育てられているのを見て、それほど嬉しいものなのかは、おらんにはわからぬが、文六が楽しそうにしているのは嬉しかった。そうして、それを見ていると、おらんもそれに加わりたくなる。
昔、手習いの時に文六が手習いをやめた後、おらんはさすがに一人で勉強するようになったが、その間、ほかの子に何か誘われれば、遊びに加わったが、誘われなければ、自分から加わろうと思ったことがなかった。楽しそうでいいなあ、と思うくらいで、それに自分も入りたいとか、ましてや、自分だけ抜かされているとか、悔しいとは露ほども思わなかった。
だが、どうにも文六のこととなると、話は別らしい。
秋に入った頃にも、また薬草の畑に行くというのを聞いて、おらんは一緒に行くと言い張った。
文六は前回と同じように、遠いことと、日差しが強いことを説明し、おらんは家にいるようにと言うのだが、もう秋だから大丈夫だと、おらんも譲らなかった。
「おめえ、文六さんは、遊びに行くんじゃあねえ。いずれうちに来てくれるってえ話だが、今は諏訪理田屋さんにいる身だ。それでも、こっちの商売のことを考えて、休みの日にわざわざ薬草の畑まで勉強に行ってくれるってえんだ。途中で、おんぶだ、抱っこだってえ、言い出しでもしたら、文六さんがてえへんじゃあねえか」
……確かに昔、お父ちゃんがちょっと出かけると言うと、おらんは自分もついて行くと言うことがあった。そうして、暫く歩くと、お父ちゃんに背負ってもらっていた。
それは、認める。
だが、一体どれだけ前の話だ。
「お父ちゃん、私、もう大人よ。大丈夫よ」と、おらんは言い張った。
8
当日、何度も「本当に大丈夫か」と訊くお父ちゃんに「行ってまいります」と言い、おらんは文六とともに家を出た。
文六はお父ちゃんも来るつもりでいたらしく、お父ちゃんもそのつもりだったらしいが、おらんが「お父ちゃんも家でゆっくりした方がいいよ」と言い、文六と二人ででかけた。
秋の和らいだ日差しの中、朝から文六と出かけるのは、なかなかに嬉しいものだ。それが仕事のためであっても、おらんは一向に構わない。
文六はさっさか歩かず、おらんに合わせて歩いてくれた。
途中、菓子屋に寄り、先方への土産にと、箱に詰めた菓子を買い求めた。
そこでおらんが、「文六さん、何か食べて行きましょう」と、すかさず言う。
「え? 今?」と、文六は、やや驚く。
「今でなければ、いつですか?」とおらんが首を傾げ、「じゃあ、どれにするんだ」と、文六が折れる。
おらんは餅菓子を選び、「文六さんは?」と訊く。
「俺はいいよ」と文六が言うが、もう一度「文六さんは?」と訊くと、文六はため息をつき、「じゃあ、同じものを」と言った。
二人して並んで上がり框に座り、茶とともに、餅菓子をいただく。
秋に出た新作だとかで、控えめな甘さの餡と餅が大層おいしかった。
ここでおらんは、早速おしゃべりを始める。
これといって文六と共通する話はないが、おらんは、文六に、この前うちで食べた夕餉では、何か一番おいしかったか、とか、ここは餅菓子がおいしいけれど、ほかにはどんな菓子が好きか、とか、自分が通っているお三味線のお稽古のことを聞かせたりする。
文六の返答は短く、無駄がない。
だから、おらんばかりが話す。
それはそれで楽しい。
このまま今日はずっとここでいいような気もする。
だが、文六は「そろそろ行こう」と立ち上がり、勘定を済ませたのだった。
街中を抜け、川沿いを歩く。
視界が開け、澄んだ空高く、悠然と舞う鳥の姿も見られる。
文六は、川沿いに自生している草なんかを見て、「これも薬草になるんだ」などと、教えてくれた。
正直、おらんは薬草かどうかは、あまり興味がなく、文六がおらんに何かを教えてくれる、ということが嬉しい。
これを言ったら、文六はもう何も教えてくれなくなりそうだから、黙って、「はい」とか、「へえ」とか返事をしておく。
半刻(一時間ほど)歩き、お父ちゃんが昔世話になっていた薬草の畑に着いた。思っていたよりも、大きな平屋の屋敷があり、その隣に薬草畑が広がっている。
正直にいえば、おらんにとっては、ここまでの文六との道中が今日の目的で(本当は先ほどの菓子屋まででもよかった)、ここに着いてしまえば、もう用もないも同然だ。あるとすれば、帰り道に文六と共に歩くことくらいである。(その際には、またどこかの店に寄ることと、そこでおしゃべりすることも目的に入っている)
文六とともに、薬草畑を管理している人にあいさつし、菓子を渡す。
「こっちが手伝ってもらうてえのに、なんだかなあ」と言う、お父ちゃんよりも年上の人に、「勉強させていただいておりますので。義父からも『よろしく』と言付かっております」と、文六は丁寧に言う。
本来なら、ここでこういうことを言うのは、おらんの役目だったかも知れぬ。
ただまあ、文六がしっかりしているから、その隣にいるだけで気安く、なんとも幸せなもんだから、おらんは、自分から何かをしようとは思わぬ。
畑を少し一緒に周った後、文六はおらんを振り返り、「少し、中で休ませてもらっておいで」と言う。
「一緒にいる」とおらんは言ったが、「これから畑仕事をするんだ。中にいた方がいい」と言うので、そうすることにした。
9
なんでこんなところまで来てしまったのだろう、とおらんは思う。
大きなお座敷でお茶を出してもらい、遠目に見える文六は、ずっと畑仕事をしている。
もともとは、おらんのお父ちゃんのゆかりの地であり、文六は入り婿でここへ来ているのだが、もう、完全に連れはおらんの方である。
文六に恥をかかせてはいけないと思い、おらんは礼儀正しく、座敷にいた。
背筋を伸ばし、着物を尻の下に敷き、脇はしめるか軽く開く程度、肘は垂直におろし、膝はつけるか握りこぶし一つ開くくらい、手は太ももの付け根と膝の間で指先同士が向かい合うように揃え、足の親指同士が離れぬようにする。
半刻ほど歩いただけではあるが、やはり座敷に上がると、足の疲れが出て、じんわりと足が熱くなる。
それを吸い取ってくれるように、畳は心地よい冷たさである。
初めは、薬草の間に見え隠れする文六を見ていた。
そのうちに、ふと、心地よい畳に手をついた。
覚えているのは、そこまでである。
10
「いやあ、文六さんは、薬草の知識の飲み込みも早いが、囲碁もお強い。大したもんだ」
「薬草は、こちらで教えていただいたおかげです。囲碁は友達が好きで、鍛えられました」
「そうですか。そのお友達もなかなかのものということですな」
夢うつつに、そんな話声が聞こえてきた。
囲碁。
文六さんが?
それにしても、楽しそう。
私とは、全然そんなふうに話さないのに……。
ここで、ふと我に返った。
いつの間にか眠っていたようである。
「ああ、起きたか」と、隣の座敷で碁盤の向こうにいた文六がこちらを見た。
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なんと、おらんが眠っている間に文六は畑仕事を終わらせ、昼餉を出していただいたのだが、おらんが起きるのを待っていたと言う。
なんとも情けないやら、申し訳ないやらであった。
「起こした方がいいのではないですか、と訊いたんですが、文六さんが『ゆっくり休ませてやってください』と言うもんでね。いや、その間、碁の相手をしてもらっていましたから、こちらは構わんのですが……」
家主の言葉にも、おらんは増々縮こまるばかりである。
そうして、改めて膳を前に、背筋を伸ばし、着物を尻の下に敷き、脇はしめるか軽く開く程度、肘は垂直におろし、膝はつけるか握りこぶし一つ開くくらい、手は太ももの付け根と膝の間で指先同士向かい合うように揃え、足の親指同士が離れぬように正座する。
向かいに家主のご夫婦が座られ、こちらには文六とおらんが並ぶ。
「まあ、お似合いですこと」と、おかみさんが言う。
夫となる人が実家の家業を継ぐため、畑で働いている間に昼寝をしてしまったことを思うと、それもおらんは素直に受け止められぬ。
「いえ、その、文六さんは、父に頼まれて、うちに入ってくださることになったんです。私のような不甲斐ない娘で、今日も文六さんに恥をかかせてしまいましたが、文六さんは、私とは違って、きちんとした方なんです」
おらんはもじもじと言った。
「不甲斐ないだなんて!」と、おかみさんが笑う。
「いえ、もともと、文六さんは、私をここへ連れて来るつもりはなかったのですが、私が無理を言って連れて来てもらったんです。文六さんは頭のいい人ですから、こうなることがわかっていて、来ないようにと言っていたのでしょう」
増々もじもじと俯き、おらんが答える。
それを聞くと、家主夫婦は目を合わせ、示し合わせたように笑いだした。
一体、どういうことだ。
そんなにおかしいことを言ったのか。
もしや、文六さんまでばかにされたのか……。
「あの、本当に文六さんは賢い人なんです。本当に……」
「おい、おらん」と、文六が小さく言う。
「わかっていますとも」と、家主が言う。
「ええ」とおかみさんも頷く。
「『漆黒の髪と目に、抜けるような肌の、お人形さんのような、自分にとっての姫なんですよ。だから本当はなるべく外に出したくなくてね』って、碁盤を見ながら、真剣に言うんですから」
「本当におらんさんがかわいらしいのはわかりましたよ」
今日ほど驚いたことがあったろうか……。
おらんは、まじまじと文六を見る。
話し相手としても、自分は不足だと感じていたし、碁の相手もできぬ。
それなのに、そんなふうに思っていたのか……。
「今度からは言ってくださいな」とおらんが言うと、「絶対に言わない」と言い、文六は汁茶碗を手に、顔を隠したのだった。
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畑の家主夫婦に礼を言い、文六とおらんは、おらんの家に帰った。
文六はおらんの家で夕餉を取る予定である。
うっかり向こうで眠ったことは、言わないでおきたかったが、お父ちゃんがお世話になった薬草畑の主の家である。おらんは正直に話した。
さすがのお父ちゃんも、「ああ」と小さくため息をつき、お母ちゃんは、「だから家にいた方がいいと言ったのに」と、今更ながらのことを言う。
文六に麦湯を入れて持って行くと、文六は座敷で座ったまま、柱にもたれて眠っていた。
夕餉まで、まだ少し時間がある。
それまでどうか、ゆっくり休ませたい、とおらんは思う。
いつの日か、ここが文六の帰る場所になり、休む場所になる。
そう思うと、たまらなく、おらんは一日一日を恋しく思うのであった。