[47]正座先生、正座勉強法を編み出す!
タイトル:正座先生、正座勉強法を編み出す!
分類:電子書籍
発売日:2019/03/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:112
定価:200円+税
著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり
内容
星が丘高校3年生のリコは、茶道と正座の普及のため活動する、茶道部の部長。
大学進学後も茶道を続けると決意したリコは、茶道サークルのある星が丘大学への進学を志望するが、先生には「今の成績では少し厳しい」と言われてしまう。
そんな折、7月に行われる学校祭に向けて、部活対抗で期末テストの成績を競う「部活対抗・期末テストグランプリ」の開催が決まる。
なんでも、6月末の期末テストにおいて、部員の平均成績が1位の部活には、学校から特別に部費が支給されるのだという。
当然、茶道部も参加することになるが、特技の正座を活かした勉強法を編みだそうと燃えるリコの前に、なんとサッカー部のユリナと、アーチェリー部のアンズまでもが「正座勉強法」を教わりにやってきた!
果たしてリコが編み出した「正座勉強法」の効果はいかに?
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本文
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1
わたしサカイ リコは、時間というものについて、次のように考えています。
時間とは、特に目標なく、漫然と過ごしているときには、無限にあるもののように感じられます。
なのに『これをやろう!』と目標を定めたときには、途端にとても残り少ないもののように感じられるものである……と。
これは、一体なぜなのでしょう。
それを考察するために、まずはわたし自身について先にご説明させていただきます。
わたしサカイ リコは、現在、星が丘高校に通う三年生です。
部活は茶道部に所属し、なんと、部長を務めさせていただいています。
ですが、そんな私の茶道歴は、かなり短いです。なんと、まだたった一年ほどなのです。
それはなぜかというと、わたしは高校に入学してすぐ茶道部に入ったのではないからです。入学から一年以上後、高校二年生の学校祭で行われた茶会に参加したことがきっかけで、わたしは茶道部員になったのです。
なのでわたしは、三年ある高校生活で、一年生の春から三年生の秋に引退するまでの、最大約二年半ほどの『部活動ができる期間』のうち、一年以上を帰宅部として消費してしまった状態で茶道部員となりました。
さらに、茶道部員になるまで、わたしに茶道経験は一切ありませんでした。
だから、入部までに茶道の知識だけは蓄えていたとか、友人に連れられて茶会に参加したことはあるとか、茶道漫画の愛読者であったとか。
そういった、なんらかの貯蓄があった! ……ということもなく、完全な初心者として部活動を始めました。
そんなわたしが活動を始めるにあたって、当然、覚えなくてはいけないことは無限にあります。
しかも当時、茶道部は廃部の危機にありました。
わたし以外の部員は皆三年生であったため、先輩方が卒業された後は、わたししか部員が残らない……。というか、部員が一人では活動が成り立たないので、部を存続させるためには、自分をのぞいて、最低二名以上の部員を新たに獲得しなくてはならない状況にあったのです。
それを知った日から、わたしの高校生活は、突如加速を始めました。
茶道部に入る前、帰宅部として過ごしていたころのわたしにとって、高校生活とは、ゆったりと長く、のんびりと過ぎていくものでした。
毎日が同じように始まって終わり、特にこれといった刺激もなく、ただ平和に季節が移り変わっていく。
ちょっと起伏には欠けるかもしれないけど、これも一つの生き方だよね……。
そう思いながら、なんとなく進むものだったのです。
だけど、茶道部員となって『茶道を学びながら、部員集めもする』というミッションを与えられた、その瞬間から。あり余っていたはずの時間はどんなに節約してもまるで足りず、たとえわたしが『お願い待って!』『せめて、もっとゆっくり過ぎ去っていって!』と頼んでも、矢のように飛んでいくものに様変わりしたのです。
そして、わたしは手元にある時間のほぼすべてを部活動に費やし、とにかく日々を全力で駆け抜けて……気が付くと、入部からほぼ一年の時が経過しようとしていました。
その過程で、茶道部は部員獲得のために、様々な取り組みを行いました。
結果、年度末になるころには、茶道部には二名の茶道部専任の部員と、十名以上もの他の部との兼任の部員が入部し、正式に存続が決まったのです。
四月以降も、新たに三名の専任の部員が入部してくれたこと、学外から特別講師が来てくださるようになったこと。そして、新二年生たちがとても頑張ってくれていることで、星が丘高校茶道部は今、とてもうまく回っています。
わたしも茶道部部長として、たった一人の三年生部員として、なんとか安心できる状態となってきたのです。
……が。
ここでまた、問題が発生しました。
しかも、史上最大級に大変なものが。
ここでお話をお聞きのみなさまは『どうして? あなたは、手元にある時間のほぼすべてを費やすほど、部活を頑張っていたのではなかったの?』とお思いになるかと思います。
そうです、その通りです。実を言うと……それがいけなかったのです。
わたしは部活に夢中になるあまり、高校生の本分であるはずの勉強の存在を、完全に忘れていたのです!
高校二年生の初夏から全力で取り組んできた茶道部の活動が、ついに落ち着いたとき。
わたしの前に現れたのは『部活を引退したらどうするの?』という問題……つまり、卒業後の進路でした。
だけど、入部以降、部活以外のことをほぼしてこなかったわたしは、当然、そんなこと全く考えていません。
『考えていません』じゃないよ! 自分の将来にかかわることでしょう!
と、お叱りの声が聞こえてきそうですが、わたしにはどうも、一つのことに夢中になりすぎると、他のことがまるで見えなくなるという、困った傾向があります。
今回もそれを見事に発動させ、気が付くと、進路について考え始めるには、ちょっと遅いよね? という時期になってしまっていたのです。
ああ、もしも、もっと早くに茶道を始めていたら。
というか、入学当初から、毎日コツコツ勉強を続けていたら。
きっとこんなことにはならなかった!
茶道に必死になりすぎて進路を決めてないという、同じ結末に至ったとしても、もう少し余裕があったはずだ!
わたしの、バカ!
……と。正直なところ、こんな風に考えることもあります。
ですが、すでに飛んで行ってしまった時間は当然戻せません。
なので、わたしは泣き言を言う時間も惜しんで、今度は勉強に励まなくてはならないのです。
時間とは、特に目標なく、漫然と過ごしているときには、無限にあるもののように感じられます。
なのに『これをやろう!』と目標を定めたときには、途端にとても残り少ないもののように感じられるものです。
これは一体なぜか? この問題について、わたしは自分の経験をもとに、次のように結論づけました。
人間は目標を定め、その達成のためにやるべきことを列挙したとき。
確実に目標をクリアするためには、どうしてもたくさんのこと……たとえば英語の勉強であれば、単語を覚えて、文法を覚えて、リスニングのために英語に耳を慣れさせて……と、学ぶこと、覚えること、練習することがあまりにも多いことに気づきます。
それらを着実にこなしていくためには、どうしてもまとまった時間が必要です。
それに、もし早い段階で完璧な習得ができたとしても、油断はできません。
知識と技術をより確実なものとするために、まだまだ時間が欲しくなるものです。
なので、時間が足りなく感じるのは、やること、やりたいことが多すぎて、実際問題、本当に物理的に足りなくなってしまうから。
と、結論づけることにしましょう。
はい。今のわたし、本当に時間がないんです。
星が丘高校の生徒として過ごせる時間は、いよいよ少なくなってきてしまったから!
さて、どうやって勉強しましょう?
ということで……今回は、そんなお話です!
2
「うーん。ちょっと厳しいぞ。今の成績だと」
「あぁ……やっぱりそうなんですか……?」
六月の半ば。星が丘高校職員室にて。
わたし、サカイ リコの新たな目標は、さっそく、きびしーい……指摘を受けていた。
「星が丘大学の文学部なあ……。
ワンランク下の私立大学の文学部なら、問題なく合格圏だと思うんだが。
だけどなあ……サカイは絶対星が丘大学がいいんだもんな。
だって、OGのカワウチ アヤカも所属してる、茶道サークルがあるもんな」
「はい……」
窓の外は素晴らしい快晴で、鳥たちは緑鮮やかな木々に仲良くとまり、ピチュピチュと、とても楽しそうに鳴いている。
だけどわたしの顔は曇り空よりもどんよりと暗くかげり、わたしの指導担当をしてくださっているユモト先生の表情も実に渋い。
ああ、ここだけ大雨の気配である……。
と、悲しくなってしまうくらいだ。
先ほどお話しした通り、わたしは高校二年生の初夏からこの一年間、茶道部部員として、ほぼすべてを茶道部の活動に捧げて暮らしてきた。
だから、情けないことに卒業後の進路のことは完全に失念していたのだけれど、先日ついに真面目に考える機会に出くわしたとき、わたしは『大学でも茶道を続けたい。それなら、茶道サークルのある星が丘大学に進みたい』と思うようになったのだ。
しかし、そう思ったはいいものの、何せわたし、いまひとつ成績が良くない。
わたしの成績は、入学当初はなかなか良かった。
……にもかかわらず、高校二年生の初夏から、わたしの成績の棒グラフはわかりやすく、ガクン。ガクン。ズルッ! ……と下降線を描き……今では相当悲惨なものになってしまっているのだ。
しかし、わたしが進学を希望する星が丘大学の偏差値はやや高い。なので、ユモト先生も青ざめる、というわけだ。
ちなみに先ほど話題に出たOGのカワウチ アヤカ先輩は、星が丘高校茶道部の先代部長である。
ただし、アヤカ先輩はわたしと違ってとても優秀でいらっしゃった。
なので、わたしのように先生に心配されるようなことは一切なく、それどころかかなり早い段階で推薦合格をされ、卒業ギリギリまでわたしの指導をしてくださった。
そんなアヤカ先輩は、わたしの自慢だ。
アヤカ先輩がいたから、わたしは完全初心者からなんとか脱出できたし、何よりとても楽しく、有意義で快適な部活動ができた。
できることなら、わたしもアヤカ先輩のような部長になりたかった。
だけど残念ながらわたしとアヤカ先輩には、技術も経験も差がありすぎて、この一年ではとても埋められなかった。なので、今のところそれは夢に終わってしまいそうに思える。
けれど、わたしが大学でも茶道を続けるのであれば、まだチャンスはある。
わたしはまだまだ上を目指したい。だから、どうしても星が丘大学に入学したい!
のだけれど……。
「まったく合格の望みがない……というほどではないんだ。
今こそ振るわないが、サカイは成績トップで入学してるわけだしな。
ただ、サカイはやる気にムラがあって、良い成績のときと悪い成績のときの差が激しい。
だから少し判断材料が足りない。
まずは期末テストの結果を見たいんだよ。
明後日にはテスト二週間前だし、頑張ってみないか?
全教科七割程度の点数を安定して取ってくれれば、話は変わってくるぞ。
苦手なポイントは、夏期講習で重点的に抑えていくこともできるし」
黙り込んでしまったわたしを心配してくれたのだろう。
ユモト先生が、あわててフォローするように言う。
成績トップで入学。
そう、わたし、そんな栄華を誇ったこともあったんだよなあ。あぁ……当時の頭脳がここにあったなら……。
と。一人で空想していたせいで、少し説明が足りなかった。
お話ししましょう。
本日二度目の『先ほどお話しした通り』になるけれど、わたしには、一つのことに夢中になると、他のものがまるで見えなくなってしまうという、困った傾向がある。
しかし、これが一度だけ、おおむね良い方向に作用したことがあった。
高校入試のときである。
当時、なんとしてでも星が丘高校に合格したいと考えていたわたしは、勉強に夢中になった結果、誰もが驚く、すさまじい結果を残したのだ。
ただし、それには大きな反動もあったのだけれど……。
「中学時代のリコ部長は、高校受験においてどのような勉強法をされていたんです?
当時と同じように取り組めば、一気に成績を上げることも不可能ではないのでは」
「それなんだけどねえ……。って、シノちゃん!?」
当時について思いを馳せていると、ヒョイと脇から見知った女の子が顔を出した。
茶道部の一年生部員の、カツラギ シノちゃんである。
「すみません。
私もユモト先生に用事があったので……つい割って入ってしまいました。
はい、ユモト先生。ノートを集めてきましたよ」
「おお、ありがとう、カツラギ。
というか、そうだな! 確かにカツラギの指摘通りかもしれん。
サカイ、先生にも当時の勉強法を教えてくれないか。
トップ合格するほどのものだぞ。それを応用できれば、きっとすごいぞ」
シノちゃんはこの通り、クールで物おじせず、思ったことを正直に言い、気になったことを率直に聞く性格だ。
そしてユモト先生は一見ちょっと厳しく、怖そうに見えるけれど、実は意外と面白いことが好きで、なんでも柔軟に対応してくれる先生だ。
だから二人の期待が一身に注がれるこの状況が心苦しいのだけれど、言うしかない。
……あれは、我ながらまったくお勧めできない。
「シ、シノちゃん。ユモト先生。
その、当時についてですが、勉強法というほどのものは特になかったんです。
ただ、中学三年生の秋から受験終了まで、勉強していたこと以外の記憶がほとんど消えてしまうほど、勉強漬けの日々を過ごしてただけというか。
当時は友達にすら『リコはいつも勉強をしていた。というか、勉強以外のことをしている姿を、秋以降はまるで見なかった』と言われるほどでしたから。
あと、そんな生活をしていたものですから、常時寝不足で、身体はひどいものでした。
入試が終わる瞬間まではなんとかもちましたが、その直後、緊張の糸が切れて……。
帰り道で倒れて大騒ぎになりました」
これが『大きな反動』である。
言い終えた途端、わたしの周囲は、当然ながら冷蔵庫のようにヒンヤリと温度が下がり……そして、シーンと静まり返った。
ユモト先生の顔は、さっきよりも青くなっている。
「……それは、先生としてもお勧めできんな。
サカイ、その勉強法はやめよう」
「そうですよ!
期末テスト後に倒れてしまったら、学校祭の準備ができません!
絶対いけませんよ! 学校祭の茶会はとても大切な行事なんですから!」
「だよねえ……。
だから、入試で良い成績を出したのは事実なんだけど、当時のやり方でまた頑張るっていうのは、ちょっと難しいかなって」
当然、このやり方は、お父さんとお母さんにもきつく止められている。
『勉強するのはとても素晴らしいことだけれど、倒れるほどめちゃくちゃな詰め込み方は厳禁だ』と、当時倒れて意識を取り戻したあとに叱られてしまったのだ。
それにしても、シノちゃんから、学校祭の茶会を心配する言葉が出るとは……。
なんだか嬉しく、とても感慨深い。
そう。今でこそこんな風に仲良く過ごしているわたしとシノちゃんだけれど、シノちゃんが茶道部員になってくれるまでには、実は結構な時間がかかった。
それはなぜかというと……シノちゃん自身に茶道へ関心がある・ない以前に、もっと大きな問題があったからだ。
シノちゃんと出会った当初のわたしと茶道部は、彼女にまったく良い印象を持たれていなかったのである。
ここで少しだけ、当時の話をしよう。
わたしとシノちゃんの出会いは、今年の四月。
入学式の日にさかのぼる。
その日、新一年生として入学したシノちゃんは、本当なら式を終え、担任の先生から簡単な説明を受けて、そのまま帰るはずだった。
だけどオトハちゃんという、今ここにはいないシノちゃんの中学時代からのお友達は、そうはしなかった。
オトハちゃんは、入学前から星が丘高校茶道部に強い関心を持ってくれていた。
中学三年生のころ、星が丘高校が受験を検討中の中学三年生向けに開くイベント『学校説明会』でわたしと出会い『絶対星が丘高校に合格し、茶道部に入ろう』と決めていてくれたからだ。
だから、オトハちゃんは、本来なら次の週から始まる部活動見学に先駆けて『フライングで見学したい! というか、もう入部したい!』と考えた結果、放課後そのまま茶道部を訪れてくれたのだ。
対するシノちゃんは、そんなやる気満々のオトハちゃんに、付き添いとして同行した。
自分自身は茶道部への入部を考えているわけではないけれど、オトハがこれだけ興味を持っているのだから、覗くくらいはしてみようか……。
シノちゃんは当時、おそらくそんな気持ちだったと思う。
だけどそのとき、わたしたち茶道部員は、せっかく来てくれた二人に対して、とても失礼なミスを犯してしまった。
今お話しした通り、入学式の日は、本来、一年生の各部活への見学は推奨しておらず、入部も受け付けていない。
そもそも、入学式とはとにかく疲れるもの。
オトハちゃんくらいパワフルな子でもなければ、初めての場所に訪れた不安と、これから始まる新生活への緊張ですっかりグッタリしてしまい、とても『入学式終わったぞ! よし部活見学に行こう!』とはならないからだ。
なのでわたしたちは『入学式だし、まさか一年生が見学に来ることはないだろう』と高を括っていた。
その結果、だらだらとお菓子を食べながら会議をするという、ちょっと褒められたものではない過ごし方をしていたのである。
その先に待っていた展開は……お察しだ。
オトハちゃんはわたし同様、夢中になったものに対して、躊躇なく突っ込んでいくタイプだ。だから、部室の扉を開けた先に残念な光景が広がっていても、まったく気にせずに入部してくれた。
だけど、当然ながら、シノちゃんは呆れていた。
シノちゃんの目には、茶道部は『お菓子を食べて遊んでいる不真面目な部活』にしか見えず、そこに属する部員たちも、とても尊敬できないものに感じられたのだから。
この事件はのちに『サボリ事件』と名付けられるのだけれど、シノちゃんはこれを目撃して以来、茶道部にいい印象を持ってくれてはいなかった。
もちろん、そんな部に嬉々として入部したオトハちゃんのことも、シノちゃんは心配でたまらず……加えてシノちゃんは、オトハちゃんに対して強い責任を感じていた。
なぜならば、そもそもオトハちゃんが『学校説明会』に参加したのは、シノちゃんが同行を頼んだからなのだ。
二人は実は、星が丘高校に通うには、ちょっと遠いところに住んでいる。
だからオトハちゃんはもともと別の高校を受験予定だったのだけれど、シノちゃんに『一緒に説明会に参加して欲しい』と誘われたことで星が丘高校へ行き、そこでわたしと出会ってしまった。
その結果、急きょ星が丘高校への受験を決めたオトハちゃんのことを、シノちゃんは『自分がオトハの進路を変えてしまった』と責任を感じるようになる。
だから、茶道部見学へついてきた。
その行動には『どんな団体か、この目で見てやろうじゃないか!』と考える気持ちがあったのだと思う。
なので、シノちゃんは『サボリ事件』以降も茶道部の存在を気にし続け、入部はしないけれど、なぜか茶道部のイベントにはいつも顔を出し、茶道部について、部員並みに詳しい知識を持つ……。
という、実に不思議な存在になった。
そんなことが何回も続くので、やがてわたしは『シノちゃんは、本心では、茶道部に多少関心を持ってくれているのでは?』と考え、同時にシノちゃんとのわだかまりをどうにか解くために、彼女に対して積極的に働きかけるようになっていった。
そうするうちに、星が丘高校茶道部のOGであり、わたしの友人でもあるユキさんのサポートもあって、わたしはシノちゃんが和風なことに強い興味があり、茶道部にも実は、かなりの関心があったこと。だけど、正座が極端に苦手で、活動中に正座し続けられる自信がないため、入部には至らずにいたことを知った。
なのでわたしは、シノちゃんに『正座への苦手意識を克服して、茶道部に入部してくれないか』と、再度アタック。
それは見事成功し、シノちゃんはとうとう茶道部員になってくれた……というわけだ。
今日までの道のりは本当長かったけれど、部員となったシノちゃんは、もうバリバリ活躍してくれている。
シノちゃんは頭の回転が速く、教えたことに対して飲み込みもよく、何より茶道部の今後の運営について、自分の意見を臆さずはっきり言ってくれる。
そんな彼女と、基本的には初心者で構成されており、今年度から本格的に盛り上げていくぞ! というフレッシュな雰囲気の我が茶道部はピッタリ合っている。
お互いの意見を正直に伝えあい、切磋琢磨することで部をよりよくしていこうという空気が、今の茶道部にはできているのだ。
シノちゃんだけじゃない。
わたしは部長としてかなり頼りなく、ついでに成績も残念なものだけれど、わたしと一緒に活動してくれる茶道部員は、みんな素晴らしい子たちだ。
あと、頭もみんないい。
少し前にお互いの成績をなんとなく教えあったとき、かなり成績のいい子ばかりで驚いた記憶がある。
シノちゃんも一年生三百六十人中、トップ五十に入る成績だそうだ。
――だから、もし仮に、テストの成績を部活対抗で競うようなイベントがあったとする。
それが個人の成績を競う形式であれば、茶道部はかなりいい線を行く。
……というか、もしかするとトップを狙えるかもしれない。と、わたしは思っている。
だけど、もしそれが部員全体の平均成績を競う形式になった場合、わたしがその値を著しく下げるので、まずトップは狙えないな。とも、思っている。
うーん、つくづく頼りない部長で申し訳ない……。
……と、何の話だっけ。
そうだ、期末テストの成績を、どう上げるかという話だった……。
「かつての勉強法では厳しい。
であれば、リコは期末テストを機に、新しい勉強法を編み出すしかないんじゃないかのう?」
そこへ、わたしたちの元へ向かって、小柄な女性がトコトコと近づいてきた。
茶道部特別講師の、ヤスミネ トウコ先生である。
「おわっ!? トウコ師匠じゃありませんか……」
「やあリコ、シノ。そして……ユモト、ついに会えたな。
クフフ。ユモト、おぬし、わらわが再び星が丘高校に出入りするようになってから、ずっとわらわから逃げておったじゃろ。
元師匠としては実に淋しかったぞ。このこの」
「えーっと……それはですねえ……」
おや。
なんと、トウコ先生とユモト先生は知り合いだったらしい。
しかもこの雰囲気だと、ユモト先生はトウコ先生に、一切頭が上がらないようである。
わたしとシノちゃんは意外な展開にキョトンとし、二人の会話を見守る形になる。
「で、悩み事とはなんじゃ。話してみろ」
「えっ……!? トウコ師匠、まさかご存じで?」
「当たり前じゃろお。他の教師たちから聞いたのじゃ。
なんでも、学校祭と部費の件で困っておることがあるのじゃろ?
相談に乗ってやってくれと言われたので、来てしまったわい。フフフ」
今、トウコ先生がこちらへやってきたとき、わたしは、おそらくわたしに用事があって、トウコ先生は職員室までいらっしゃったのだろうと思った。
だけどトウコ先生の本命は、ユモト先生であったようだ。
トウコ先生はニマニマとユモト先生を見上げ、ユモト先生は、困ったように首の後ろをかいている。
というか、困ったことってなんだろう?
教えてもらえないかもしれないけど、質問してみよう。
『部費』という言葉が出たということは、茶道部も無関係じゃないかもしれないし。
「ユモト先生。
今、部活に関することで、先生たちの間で困っていることがあるんですか?」
「うーん……。まあ、そろそろ公表予定のことだからいいか」
ユモト先生は一瞬参ったような表情を浮かべ、少し黙ったのち。観念して話し始める。
「いや、トウコ師匠。
実は去年の部費の予備費のうち、余ったお金を学校祭で使うのはどうかという話が出ておりまして。
部費なんでね、もちろん部活に関連することに使いたいんですが。
特定の部活に使うお金と決まっていたわけではないので、職員会議でも、どう分配するか決まらずに悩んでいるんですよ」
「つまり、余っている部費の使い道に悩んでおるのじゃな?
……そうだ、わらわに良い考えがあるぞ」
「え?」
トウコ先生は現在学外から『特別講師』という形で茶道部のサポートをしてくれている、れっきとした成人女性だ。
だからユモト先生の悩みにも、ビックリするほど速いスピードで、解決策を提示してくれる。
だけどその見た目はわたしと変わらないほどに若く、一見女子高生にしか見えない。
だからそんなトウコ先生に、五十代のおじさん先生であるユモト先生が敬語を使っているのは、なんだか不思議な光景でもある。
しかし、お聞きの通り、トウコ先生の『~なのじゃ』『~であろう?』といった、なんだか古めかしい口調は、女子高生の言葉としては少し珍しい。
さらにトウコ先生は、見た目と年齢がまるで合致していないような、独特の雰囲気がある。
……そう。
トウコ先生は、見た目は高校生のようで、書面上では二十代の女性ということになっているけれど……実年齢は、なんと百歳を軽く超えられている。
信じられない話だけど、つまりトウコ先生は人間ではないのである。
トウコ先生の正体は、星が丘市にある、星が丘神社に祀られている『部活動の神様』だ。
星が丘神社には、昔から『どんな部活も立派な団体に育て上げる先生がいる』という噂がある。それが『部活動の神様』であり、トウコ先生なのである。
トウコ先生とわたしが出会ったのは、今年の春。
無事に今年度がスタートして、ひとまず茶道部の存続に成功したわたしは、茶道部をよりよくしていくため、今度は指導者が必要だと考えていた。
茶道部はご存じの通り、昨年度まで廃部寸前だった。そのため、顧問の先生も他の部との掛け持ちで『メインで指導している部のついでに、茶道部も面倒を見る』といったスタンスでいらっしゃった。
さらに先生は、茶道の知識も特にあるわけではなかったので、茶道部には実質指導者がいないという状態にあったのだ。
そこでわたしは、星ヶ丘神社のうわさを聞きつけて、すぐに向かった。『どんな部活も立派な団体に育て上げる先生』ならば、星が丘高校茶道部を救ってくれるかも……! と考えたのである。
境内でお掃除中だったトウコ先生に、わたしは彼女こそが『どんな部活も立派な団体に育て上げる先生』ということも、そもそも人間ですらなく、神様であるということも知らぬまま声をかけ、知り合った。
その結果わたしは、星が丘高校茶道部の代表として、我が部が『どんな部活も立派な団体に育て上げる先生』が指導するにふさわしい団体であるか確かめるための、テストを受けることになったのである。
そしてなんとか合格したことで、トウコ先生は特別講師になってくださった。
また、テストの中でわたしはトウコ先生が神様であることを知り、トウコ先生の従者であり、トウコ先生と同じく人間ではない存在であるマフユさんとも親しくなったというわけだ。
以来、トウコ先生は、マフユさんを連れ『実は神様である』ということを隠して、星が丘高校に通ってくださっている。
だから時々、わたしたちの成長を促すために……こんな、ちょっと驚きの提案もしたりするのだ。
「部活ごとに期末テストの成績を競うのじゃ。
成績上位の部活には、例の予備費をそのまま学校祭の出し物に使える権利を与え、テストと学校祭の、両方の活性化をはかる。
どうじゃ?」
「成績を競う……?」
「そうじゃ。
そうじゃな。成績の出し方は各部の部員全員の、平均成績がいいだろう。
これなら、非常に成績がいい生徒が一人いる部位が有利で、その生徒に任せて、他の部員はサボってもいいということにはならんからの。
あと……帰宅部のやつらはこのままだと参加資格がなくなってしまうので、ひとりひとりを一つの部とカウントする形で参加させればよい。
もし帰宅部が上位入賞した場合は、同額分の学校祭で使える買い物チケットを渡すというのはどうじゃ?
そうすれば、全校生徒がやる気を出すんじゃなかろうか。
現金を渡すことはせず、あくまで学校祭でだけ使えるお金をプレゼントする。
……という形式にすれば、強い反対意見も出ないじゃろ」
つまりそれは、期末テストで良い成績を残した部は、学校祭でよりお金のかかった出し物ができる……ということか。
それは大変魅力的だけれど、わたしとしては不安材料もある。
というか、これって、さっきわたしが考えた『もし仮に、テストの成績を部活対抗で競うようなイベントがあったら……』という話に似ていないだろうか!?
「……いいかもしれませんね。
うちの学校は、サカイの他にも『部活は熱心にやってるが、成績の方は怪しい』って生徒が、ちょくちょくいますから。
彼らのやる気を燃やすためにも、トウコ師匠の案は有効な手段かもしれません」
「あっ、でもそれ、考えようによっては帰宅部の方の方がかなり有利ですね。
ダントツに成績の良い帰宅部の方がいらっしゃった場合『平均値を出す』というということをしなくて良く、純粋に自分の実力だけで戦えるので、強いです」
トウコ先生の提案に、ユモト先生は意外にもノリノリだ。
シノちゃんも、さっそくシステムにつっこみを入れているし、それは『もし実施することになっても、自分は構わない』という気持ちの表れといえるだろう。
えっ、というか、もしかしてこれ、本当に行われちゃう流れだろうか。
そうなったら茶道部で一人だけ成績が良くないわたしは、茶道部のお荷物になっちゃうんじゃ……?
「……まあ、最終的に決めるのはこの学校の教師たちじゃ。わらわは案を出すだけじゃよ。
これから職員会議なんじゃろ? そこで話してみてくれ。
ほいじゃ、そろそろわらわは行くぞ。
リコ、まだユモトと話があるのか? であれば、部室で待っとるぞ。
あ、シノはもし用事がもう済んでいるなら、ちょいと手伝ってくれんかのう。
今日は大荷物でのう。わらわとマフユだけでは厳しくて困っておったんじゃ。
職員室の外に置いてあるから、一緒に運んでくれんか」
「はい! 承知いたしました。お付き合いします。
……では、ユモト先生、失礼します。
リコ部長。のちほど部室でお会いしましょう」
「あっ、うん。またあとでね!」
わたしがひとり青くなっているうちにトウコ先生とシノちゃんは職員室を去ってしまい、こうしてこの場には、わたしとユモト先生二人だけが残された。
ユモト先生とのお話は『期末テストを頑張る』ということでおおむね決着していたので、もう特に話すべきことはないのだけれど、うっかり出遅れてしまった。
ところで、ユモト先生。トウコ先生を『トウコ師匠』と呼ぶということは。
ユモト先生も、もしかして……。
「トウコ師匠は、今回は高校生の姿でいらっしゃるんだな。
あの方は本当に変幻自在だ。驚いたよ」
「ってことは、ユモト先生って……」
やっぱり!
ユモト先生は今『トウコ師匠は、今回は高校生の姿をしていらっしゃるんだ』と言った。
それは、トウコ先生に師事した生徒でないと知らない事実を知っているということに等しい。
そう。神様であるトウコ先生は、ある条件の元、その容姿を自在に変えることができるのだ。
そして、その『ある条件』とは……。
「ああ。僕も星が丘高校のOBでね。
剣道部の生徒として、高校一年生から三年生まで、トウコ師匠に師事したんだ。
当時の星が丘高校剣道部は新設の部でね。最初の大会までに、なんとしてでも指導者が欲しくて、必死に探し回った結果出会ったんだ。
……まあ、僕がトウコ師匠の秘密を知っていることは内緒にしておいてくれよ。
とはいっても、基本的には信じてもらえないタイプの話だがなあ」
トウコ先生の容姿は『自分たちの団体の指導者になってほしい』と星ヶ丘神社を訪れ、試験に合格した団体の代表者……つまり、現在であればわたし、ユモト先生の時代であればユモト先生の精神の成熟度合いに、強く影響を受ける。
わかりやすく言うと、今のトウコ先生は、今のわたしの精神の成熟度が高校生程度なので、高校生にしか見えない姿をしているのである。
だから、たとえば、ある日突然トウコ先生の身体が成長して大人になっていたら、それはわたしの心が大人並みに成長したということだ。
そんな劇的な成長が起きれば素敵だなあ……。
と、実は毎日トウコ先生に会うたびにわたしは期待している。
でもそうはなっていないので、トウコ先生は高校生なのである。
せめて卒業時には、大学生くらいにトウコ先生を成長させちゃいたい! とわたしはひそかに野望を抱いている。部活を頑張る理由は、実はここにもあるのであった。
「……そうだ。
ユモト先生の頃は、トウコ先生はユモト先生の精神の影響を受けて、一体おいくつくらいの姿をされていたんです?」
こんなに真面目で落ち着いたユモト先生のことだ。
高校生のユモト先生がトウコ先生の指導を受けていたときも、トウコ先生はそんなユモト先生の影響を受けて、大学生か、それ以上か、最低でもわたしと同じ、高校生の姿ではあったに違いない。
しかし、ユモト先生が発したのは、意外すぎる一言だった。
「小学生くらいだったよ」
「えーっ!」
「僕は剣道の完全な初心者で、当時は身体も小さかった。
高校の三年間で一気に身長が伸びて、体重もかなり増えたから、今こそこんな体型になったがなあ。
だからあのころは選手としても、男性としてもまるで自信が持てなくて……。
ゆえに僕の心を反映したトウコ師匠も、なかなか小学生以上のお姿にはならなかった。
僕が卒業するころに、やっと僕と同世代くらいに見えるようになったんだよ。
だから今年度、茶道部の特別講師として、トウコ師匠がいらっしゃったときには驚いた。
トウコ師匠は、初日からサカイと同世代の姿をしていたからなあ。
つまりそれは、サカイは当時の僕より、精神的に成熟しているということだからね。
それって、高校二年の初夏に茶道部に入部して、それから三年の春に至るまでに、真剣に部活に打ち込んで、自信をつけていたって証だろう?
だから、サカイが最後までより部活に集中するためにも、先生は勉強を頑張ってほしいと思ったんだ。
成績が悪い状態が続いて、思うように部活ができなくなったら困るからな」
「そうだったんですね……」
高校生のころのユモト先生も、今のわたしのように完全初心者から剣道を始めて、たくさん悩んで、今のユモト先生になっていたんだ。
実は、わたしとトウコ先生が出会った瞬間も、トウコ先生は指導候補者のわたしの精神を反映して、小学生くらいの容姿でいらっしゃった。
だけど試験を受ける過程で、わたしは、少し成長をした。
わたしが『茶道部の部長として、部のめざましい成長をトウコ先生にお見せする』と約束した次の朝、トウコ先生は現在の、わたしと同世代の姿になっていたのだ。
だから、実はわたしとユモト先生は同じスタートラインから始まっていたのだけど……。それは今は秘密にしておくとして。
こうして周りの人と話して、その想いを知るとき、わたしはたくさんの人に支えられて生きていることを実感する。
ユモト先生みたいに、ちょっと厳しく見える人も、みんなわたしのことを考えてくれている。
だから、またものすごく低いレベルからのスタートになるけれど、もう一度勉強を頑張ってみよう。
そう……かつて茶道部の茶会に参加するにあたり、苦手な正座を克服しようと必死に頑張ったみたいに。
「ユモト先生。お話ありがとうございます。
あの、わたし、もし『部活対抗・期末テストグランプリ』が実施されないとしても……。
この期末テストに賭けてみます。
ユモト先生やトウコ先生、そしてシノちゃんたち部員……。たくさんの支えてくださるみんなに、これ以上心配かけないように成長してみせます」
「よーし、頑張れ」
わたしの言葉を受けて、ユモト先生が微笑んでくれる。
わたしは
「はい!」
と深く頷いて、もうすぐ会議の始まる職員室を後にした。
3
「ということで、茶道部本日の議題は『部活対抗・期末テストグランプリ』についてです!」
トウコ先生がユモト先生に提案した、翌日。
職員会議の結果、正式に『部活対抗・期末テストグランプリ』の実施が発表された。
そしてここは星が丘高校三階、茶道部部室。
今ここには、茶道部部長のわたしをはじめとした茶道部のメンバーが一堂に会し、『部活対抗・期末テストグランプリ』に向けた対策会議を開いていた。
「まさか、本当にやることになるとは思いませんでしたね。
私てっきり、あの場限りのトウコ先生のご冗談かと」
「あはっ。シノの言う通り。
確かになんだか冗談っぽいって言うか、突然始まったゲームみたいな感じだよねー!
……でもぉ。リコ部長。これってー、チャンスですよね?
わたし、予備費は茶道部のものになると思ってますから。
当然わたしも、戦力として活躍しちゃうつもりですっ」
ここで、我が星が丘高校茶道部のメンバーを、順に紹介していこう。
今、とても心強い発言をしてくれたのは、先ほども少し登場した、シノちゃんの中学時代からのお友達。一年生部員のムカイ オトハちゃんだ。
今は六月の半ばなので、オトハちゃんとわたしは、一緒に活動するようになってから、まだ三か月もたっていない。
だけど、気持ちの上ではもうずっと一緒に気がするくらいに馴染んでいるのは、やはり、先ほど話した『学校説明会』の存在が大きい。
オトハちゃんがシノちゃんに連れられる形で『学校説明会』に来てくれ、そのときに茶道部とわたしをとても気に入ってくれたから、今があるのである。
オトハちゃんは『学校説明会』で茶道に目覚め、別の高校から星が丘高校に受験先を変えて、入学するまでずっと、わたしたちの活動を星が丘高校のホームページを通じて見てくれていた。
特に茶道部がPR用に作り、ホームページに掲載した動画は、一人でなんと入学までに百回以上見て、さらに今月に入ってとうとう視聴回数二百回を突破したらしい。
そんな『星が丘高校茶道部マニア』ともいえるオトハちゃんは、茶道部と同じくらいわたしのことも慕ってくれており、過去のわたしの努力を、誰よりも肯定的に受け止めてくれる。
出会った当初は、オトハちゃんがわたしと本格的に知り合う前に組み立てた、本物よりもかなり美化されている『ムカイ オトハの想像上のサカイ リコ』と、本物のわたしである『現実に存在するサカイ リコ』のギャップに結構悩まされた。
だけど、今はそれも一つの関係だと思って、『ムカイ オトハの想像上のサカイ リコ』へ近づく努力はしつつ、本当のわたしも知ってもらいたいと思っている。
……知ってもらった結果、成績が悪いというのがばれてしまったのはつらいけれど。
それでもオトハちゃんは、いつでも『一番いいときのわたし』を基準に、わたしを応援してくれる。
前述の『サボリ事件』のときも一貫して『そういうときもありますよねぇ』ってスタンスだったし、わたしがガクっと成績を落としても『でも、入学時はトップだったんで、卒業までに巻き返せばなーんにも問題ないですよね!』と笑ってくれる。
そんな優しさがプレッシャーだったり申し訳なかったこともあるけど、励みになることも確かだ。
ちなみにオトハちゃんは、受験時わたしに近づきたいと思うあまり、トップの成績で合格している。
本人の言う通り、『部活対抗・期末テストグランプリ』において、茶道部最大の戦力なのである。
「トウコ先生はとんでもないことをするでござるなあ……。
こういう、突然の仕打ち……。
拙者、慣れたつもりでござったけど……。ござったけどぉ……」
一方、頭を抱えているのは、一年生部員のマフユさんだ。
マフユさんは、星ヶ丘神社に住む精霊のような存在で、トウコ先生の従者をしている。
だからトウコ先生が星が丘高校茶道部を指導するにあたり、トウコ先生のサポートをするために一緒に人間の姿に代わってやってきた。
そんなマフユさんは先生ではなく、生徒として星が丘高校にやってきたため、一年生として所属している。
なのでマフユさんも『部活対抗・期末テストグランプリ』の参加者になってしまったのだ。
なお、マフユさんはトウコ先生同様、わたしよりもずっとずっと長く生きている存在だ。
だからわたしも、学年こそ二つ下になってしまっているけれど、そのあたりを尊重して、マフユさんを『さん』づけで呼んでいる。
つまり、わたしには『すさまじく年上の先生』に加え『すさまじく年上の後輩』までもがいるのであった。
「そうですよ。『部活対抗・期末テストグランプリ』なんて。
トウコ先生は、どうしてそのようなことを思いついたんですか?
シノさんたちから話を聞いて……正直なところ、私もかなり驚いています」
「そうですわよ!
ジゼルお姉さまなんて『これはマズイデース!』と言って、茶道部の会議すら放って、飛び出して行ってしまいましたわ。
大方、書店まで参考書を買いに行ったのかと思いますけど……。
それくらい、わたくしたちは動揺しておりますのよ?」
それから、トウコ先生へ早速抗議しているのが、二年生部員のタカナシ ナナミと、コゼット・ベルナールちゃんだ。
誰に対しても敬語で話す、穏やかな雰囲気なのがナナミで、丁寧なお嬢様口調で話し、ハキハキと元気な子がコゼットちゃんだ。
まず、ナナミのご紹介からしよう。
ナナミはわたしより一歳年下の二年生だけれど、昔から仲良しの友達だ。
ナナミはおうちが剣道道場で、高校でも剣道部と兼部する形で茶道部に所属している。
幼いころから剣道の作法を叩きこまれているナナミは、当然、正座もお手の物。
茶道部に入部したのは一年生の秋からだけれど、それを感じさせないほどの流麗な所作で知られている。
そして何を隠そう、ナナミはわたしが、茶道部に入部する勇気をくれた人でもある。
実を言うとわたしは、茶道部に入部まで、正座が大の苦手だったからである。
幼いころ座禅教室で、本当ならしなくてもよかった正座の姿勢を無理に続けてしまい、足が痺れて、恥ずかしい思いをしてしまった。
一年前のわたしはそんな過去の思い出を引きずり、もう一度正座することに対して、まるで前向きになれずにいた。
だけど、そのときちょうど参加を考えていたのは、学校祭で行われる茶会。
参加のためにどうしても正座が必須となったわたしは、ナナミに頼んで『正座先生』になってもらったのである。
ナナミは剣道の選手として門下生に日常的に指導している関係から、教えるのがとてもうまい。
そのときも、まずは超のつく正座初心者が、茶会の間痺れずに過ごせる方法として、次のようなことを学んだ。
・ 正座の基本姿勢は背筋を伸ばして、肘は垂直におろし、手は太股の付け根と膝の間に、ハの字にして置くこと
・ 手は重ねず、それぞれの足の上に乗せるようにしてみること
・ 足は閉じるか、軽く開く程度にすること
・ 正座をするとき、足の親指同士は、触れている・重なっている・深く重なっている、どの状態でも大丈夫なこと。ただし、片足の親指が、もう片方のかかとより外には出ないようにすること
・ 正座は、服装によって痺れやすさに違いがあること。特に、ジーンズをはくと足が圧迫されて足が痺れやすくなってしまうので、初心者のうちは、ジーンズでの正座は避けること
・ スカートをはいて正座をするときは、お尻の下にスカートを敷くようにして座ること
・ 座っている時に痺れを避けるには、あごを引いて、かかとと足の甲に、体重をかけないようにすること。手を太ももの位置より前の方に置いてみるのがよいこと。また、足の親指は、軽く重なっている程度にしておくと、より痺れを避けやすいこと
・ 正座の練習には、座布団の上と、お風呂の湯船の中が適していること。その理由は、お湯の中では浮力が働くので、身体が柔らかくなり、楽に練習ができるからということ
これらの教えは今でも役に立っており、たとえば茶道部の新入部員に対しても、まずはこれを教えている。
次に、コゼットちゃんについて紹介しよう。
彼女はその名の通り、フランスからやってきた留学生だ。
けれど、留学を始めて半年ほどであるにもかかわらず、すでに日本語は完璧。
校内でも以前から『日本語がうますぎる留学生』として知られていたけれど、最近はとうとう『日本人を超える日本語力を持つ留学生』と呼ばれつつある。
そんなコゼットちゃんは、一見すると、とても日本が好きそうに見える。
だけど実は茶道部に入るまでは、大の日本嫌いだったのである。
コゼットちゃんには、とても仲の良い双子のお姉さんのジゼル・ベルナールちゃんがいる。
だからコゼットちゃんはジゼルちゃんを『お姉さま』と慕い、フランスで楽しく過ごしていたのだけれど……去年の秋、ジゼルちゃんは突如『日本で茶道を学びたい!』という理由で、日本へ留学してしまったのである。
なので、フランスに一人残されたコゼットちゃんは『お姉さまを日本・正座・茶道にとられた!』と思うあまり、その三つを恨むようになってしまったのであった。
だからコゼットちゃんは、去年の冬、ジゼルちゃんの留学を終了させ、フランスに連れ帰るという目的で、星が丘高校にやってきた。
当然、ジゼルちゃんが入部した茶道部だって大嫌いだし、即、やめさせたい。
特に正座に関しては、フランス人にとっては馴染みなく、フランスで生活する限りは特に必要ないということもあって、とにかく毛嫌いしていた。
でもコゼットちゃんは、わたしと出会って、わたしの口車に乗せられ、一度失敗して以来大嫌いだった正座を、もう一度することになった。
そうしたら、コゼットちゃんはあっさり正座できてしまったのである。
そしてコゼットちゃんは気づいた。
『もしかしたら、自分は今まで正座が苦手と思い込み、一方的に嫌っていただけ。もう一度座ってみたらあっさり正座できたし、正座はそもそも、結構身体に良いものなのかもしれない』と……。
かくしてコゼットちゃんは自分の立てた仮説を検証し、かつては大嫌いだった『日本・正座・茶道』を見直すために茶道部員となった。現在では留学を続行し、我が部の優秀な副部長として活躍してくれているのである。
ちなみにジゼルちゃんは、今コゼットちゃんが言った通り、『部活対抗・期末テストグランプリ』の開催に衝撃を受け、慌てて参考書を買いに行ってしまったので今はここにはいない。
うーん。前にもこんなことがあった。
大事な場面で、なぜか欠席しているのがジゼルちゃんの個性となりつつある。
なので、コゼットちゃんに続いてトウコ先生に抗議する……ということもない。
だから、顔立ちも髪型も体型も実によく似ているベルナール姉妹のことは、
・気が強くはきはきしていて、日本語がうますぎる方がコゼットちゃん
・明るく元気で、今日は(『も』ともいう)欠席している方がジゼルちゃん
と覚えてもらうといいかもしれない。
しかし、そんな我々の抗議に対し、トウコ先生は、実にケロっとしているのであった。
「んー? なんでこんなことをしたかって。
この方が面白いじゃろ?
元々余っていた部費を分配しようという計画があったのなら、すべての部で公平に分け合うより、優秀な部に多く与えた方が、質の高い学校際にもつながると思うしのう。
あと、ユモトに限らず、今の星が丘高校の教員って、世代は違えど、昔のわらわの教え子ばっかりじゃし。
その辺融通が利くんじゃ」
「やっぱりー!? だからみんなトウコ先生になんだか頭が上がらなくて、あっさり提案が通っちゃったんですね?」
「ほっほっほ。まあその通りじゃが。
経緯など何でも良いではないか。
大切なのは今回を機におぬしたちがどれだけの実力を発揮し、それを学校祭につなげていけるかじゃよ。
良い成績を収めた部には、学校祭の予算として予備費をプレゼントする。
それを『もので釣ろうとしている』と考えるやつもおるじゃろうが……。
わらわは、たとえそれがもので釣られたように見えたとしても、それがきっかけで努力し、変わることができた人間は、その後『もので釣られる』ことがなくなっても、同じように頑張れると思っておる。
だから、励むのじゃぞ。
ところで……リコ。
今回に関して、何か提案があるんじゃろ?」
きた。
今回のトウコ先生はなんだか積極的である。
ニヤニヤとわたしの方を見て、まるで『早く話し始めるが良い』と言うように、わたしが何か言い始めるのを待っている。
「……はい。
期末テストと『部活対抗・期末テストグランプリ』の開催にあたり、もうすぐ部活はお休み期間に入るわけですが……。
この間、わたしサカイから、メールマガジンを発行するという形で、みなさんの勉強のサポートができたらいいなと思っています」
「メールマガジン?」
突然の提案に、みんなはキョトンとしてこちらを見ている。
だけどこれは、ユモト先生と『期末テストを頑張らなくてはならない』と話し合ったときから、なんとなく考えていたことだ。
「現在の茶道部で、三年生はわたしだけだよね。
だから、二年生や一年生のみんなは、同じテスト範囲を部員同士で一緒に勉強することができても、三年生のわたしは、必然的に部員のみんなとは勉強できません。
一人で勉強するか、茶道部部員以外の三年生と勉強することになります。
だからテストが終わるまでは、別々に過ごすことになるけれど……。
でもわたしは『正座勉強法メールマガジン』を送るという形で、みなさんの勉強に貢献したいなと思っているんです。
……今回のテストを機に、前から気になってた『正座勉強法』を研究して、まとめたいと思っているの」
正座。
それは座り方のひとつであり、日本における伝統的な文化のことだ。
茶道部に入るまでのわたしは、正座を敬遠していた。
でも、生活することはできた。
だから、極端な話、日本の習い事や武道をしない限りは、正座は生きていく上で絶対に必要なわけではない。ということも、わたしはわかっている。
にもかかわらず、なぜわたしは正座にこだわるのか。
それは、自信のない自分を変えるきっかけとなったのが正座だったからだ。
一年前まで、わたしにとって正座は、ずっと苦手で『できないと思っていたこと』の象徴であった。
それが茶道部の活動を通じて変わり、今では、自分の大きな特技となっている。
わたしは昨日、その特技を茶道をするとき以外にも活かせないか。
というか、勉強にも応用できないだろうか。
と考えていたのだ。
茶道部員の中には、高校卒業後は茶道をやめてしまう子もいるだろう。
でも、そこで『茶道部で学んだことは、もう必要ない。おしまい』となってしまっては淋しい。
だから、仮に誰かが茶道をやめてしまったとしても、茶道部活動の中で得た経験が、何らかの方法でずっと続いていくものになってほしい。とわたしは考えている。
たとえば正座なら、茶道をするときだけに行うものじゃない。
一例として、剣道や華道といった他の和風な武道や習い事をするときはもちろん、食事するときにも、家でくつろぐときにも、いつでも行えるものだ。
そしてその『正座をする瞬間』の一例として『勉強』をプラスすることはできないだろうか。とわたしは思った。
正座には、集中力を上げる効果がある。
正座をすることで骨盤が左右対称になり、背筋が伸びるからだ。
すると、身体が吸収する酸素量も増える。その結果、呼吸は整えられ、脳の働きが良くなるのである。
だけど、こういった根拠があるからとはいえ、現在の成績の良くないわたしが『正座をすると成績が上がります!』と言っても、どうしても説得力に欠ける。
なので、今回のテストを通じて、それを実践してしまおうと思ったのだ。
「いいじゃないですか!
やーっぱりリコ部長と言えば正座! ですよね!
メールマガジン、絶対たくさん配信してくださいね?
わたし、そのためにもっと頑張っちゃいますからー!」
わたしの提案に、真っ先に喜んでくれたのはオトハちゃんだった。
コゼットちゃんも、フムフムと頷くと、応援の言葉をくれる。
「大変楽しみです。
メールマガジンは配信後にホームページに掲載したり、冊子にまとめたりすれば、また茶道部に貯蓄する知恵のひとつとして利用できますしね。
……ところで、わたしたち、茶道部ですけど、文芸部っぽい活動も結構しておりますわよね。
何かといえば、冊子や掲示用のポスターを作っているような気が……」
「いいことじゃよ。
文字も、写真も、動画も、みなずっと残る情報として後世に伝えられるからな。
たとえばリコが卒業したあと。シノたちも卒業して、リコを直接知るものが茶道部に一人もいなくなっても。
廃部ギリギリのところからがむしゃらに茶道部を立て直して。
茶道だけじゃなく、正座の普及にも一生懸命だったOGがいた。
そんな風に思ってもらえる資料を作れたらいいよな」
「……はい。
じゃあみんな、後のことはよろしくね!
ご存じの通り、相変わらず成績が危険水域なので、これからさっそく帰って勉強しようと思って……今日はこのあたりで失礼するね」
「承知しましたわ!
これから、わたくしたち二年生と一年生は、ジゼルの帰りを待ち、具体的な勉強の方針を話し合ってから帰りますが……。
リコ様は、早速、メールマガジン一号の発行のための作業に入ってください!」
「ありがとう!
じゃあ、次はメールマガジンの初回発行時にお会いしましょう!」
わたしはお辞儀をして茶道部部室を後にし、早速帰宅しようと歩き出す。
そして会議は、わたし抜きでも続いていく。
昔は茶道部で行われる活動のすべてに責任を持ちたくて、何もかもに顔を出していたことがあった。
だけど今はいい意味で、後輩のみんなに任せるという決断……つまり『茶道部離れ』ができるようになりつつあった。
少し前までは茶道部に完全にべったりだったわたしも、変わろうとすれば変われるものだ。
でも、こういうとき、三年生の部員が自分一人だけっていうのは、なんだか淋しいなあ……。
と。
「おっ。いた、いたぁ」
昇降口まで来たところで、見慣れた女子生徒が二人、並んでこちらへやってきた。
同じクラスに所属する、わたしの大親友。
モリサキ ユリナと、キリタニ アンズである。
「こんにちは。茶道部部長のリコさん」
「あたしたちさぁ、あなたに話があって待っていたんだよ」
声をかけてきたユリナとアンズは、わたしの目の前まで来てストップすると、ドドン! となぜか仁王立ちをする。
それにしても二人とも、妙に他人行儀というか、かしこまった雰囲気だ。
話とは、一体なんなんだろう?
「トウコ先生から聞かせてもらったぜ。
なんでも今回のテストを機に『正座勉強法』っつーか、正座すると成績が上がるって言う根拠を見つけようとしてるらしいじゃん」
早い! もう情報が回っているのか!
だからさっそくわたしを探していたのね!?
わたしはトウコ先生が、他でもないこの二人にこの情報を流したことに、トウコ先生の目論見がなんであるかをおおよそ察しつつ……二人の話を聞くことにした。
なぜならば、ユリナとアンズはわたしと仲の良い友達というだけでなく、それぞれ女子サッカー部と、アーチェリー部の超重要な部員。つまり『部活対抗・期末テストグランプリ』における強力なライバルであるからだ。
「まあ、正直に言うとな。
女子サッカー部もアーチェリー部も『部活対抗・期末テストグランプリ』で上位入賞して、予備費をゲットしたい。
その過程で、ついでに成績も上げたい。
だから噂の、これから編み出すっていう、リコの『正座勉強法』にぜひ頼りたいなーって。
……ダメ?」
顔の前で両手を合わせ『頼むぜ!』って感じでウィンクするユリナは、見た目も口調も男の子みたいで、一見ちょっとガサツな子と誤解されがちだ。
だけど実は、茶道部の動向を茶道部部員並みに把握し、いつも心配してくれている、とても細やかで親切な女の子だ。なので、女子サッカー部の部員たちにも、とっても慕われている。
今はちょっとこんなお願いをされているけれど、これまではたいてい、わたしの方がユリナに話を聞いてもらったり、助けてもらう立場だった。
ちなみに少し前に『茶道部の指導者が見つからなくて困っている』と相談したとき、トウコ先生の存在を教えてくれたのもユリナだ。
だからユリナは、一緒に活動したことこそなくても、茶道部には欠かせない存在なのであった。
「当然、無料で、とは言いませんよ。
勉強場所として、私の自宅を提供します。
キリタニ家は今年の三月末に兄が就職、五月末に姉が結婚でこの街を離れたので、現在部屋に空きがあるんです。
期末テスト終了まで、三人そろって勉強することも、兄と姉の部屋を貸して三人別々に勉強することもできる環境をお貸ししましょう」
そしてこちらのアンズは、同級生だけれど、わたしの頼れるお姉さんというか、お母さん的存在だ。
アンズはユリナと対照的に、一見おっとりとした雰囲気だ。
だけど、実際はとてもキビキビしていて、アーチェリー部でも『裏顧問』と呼ばれるほどの指導力を持っている。
そんなアンズは、いつもわたしを思った、厳しくも温かいサポートをしてくれる。
少し前、急激に成績が落ちたのを知られたときは怒られてしまったけれど、それもわたしを案じてのことだと、わたしはちゃんと理解している。
だから……。
「もちろんあたしも、お返しはさせてもらうぜ。
リコが手伝ってくれるなら、女子サッカー部の先輩たちが部員用に残してくれた、星が丘大学の過去問や出題傾向の資料を全部お見せするぜ。
それに加えて、勉強法が本当に効果あるか試す実験台にもなれる。
どうだ? 悪い取引じゃないだろ?」
いつもわたしを助けてくれる二人が、今はこんな風にわたしに頼ろうとしてくれている。
だからわたしは『トウコ先生に仕組まれている!』と思いつつも、二人の手を取った。
だって、やっぱり一人より、みんなでやる方が幸せだもんね!
「いいでしょう! テスト当日まで、三人で勉強しながら『正座勉強法』を編み出そうね!」
4
こうしてわたしたち三人は、期末テストまで一緒に勉強をすることになった。
わたしたちは教室ではいつも一緒にいるし、お昼ごはんも揃って食べる。
だけど、三人とも部活が忙しいので、学校の外で一緒に遊ぶ機会は、意外と少ない。
なのでこんな合宿をしていると、なんだか二回目の修学旅行に来たような気分である。
そう。テスト十日前。今日はアンズのおうちに三人でお泊りなのである。
「さて。今日は本気で『正座勉強法』について構築していこうぜ。
その前に確認させてもらうけどさ。
リコって、昔……高校受験のときは、どんな風に勉強してたんだよ?
あたし『正座勉強法』って、当時のやり方に正座をミックスさせたもの……とばかり思ってたんだけど」
ユリナが最初に口にした疑問は、やはりシノちゃんとユモト先生と同じものだった。
しかし、わたしが、いかにその勉強法がダメだったかを教えると
「……その勉強法はダメだな」
と、あのときのユモト先生のように青ざめた。
「じゃあ、勉強しながら考えていくか。
とはいっても、あたしたちって、部活では教える側じゃん?
そのときのノウハウを、自分たちが勉強するときにも生かしたいよな。
たとえば、アンズは、後輩にはどんな風に指導してるわけ?」
「私は『自分で自分を、具体的にほめろ』と言っていますね」
ユリナがアンズに振ると、意外な答えが返ってきた。
アンズは自分にも他人にも厳しい。
だからわたしもユリナも、正直なところアンズが『ほめて伸ばすタイプ』というか『ほめることを推奨するタイプ』だとは思っていなかったのである。
アンズは続ける。
「誰かにほめてもらうことを待ったり、期待していると……。
もし思い通りの結果が出せず、さらに誰からも声をかけてもらえなかったときに、気持ちが折れてしまいがちです。
だからまずは、自分が自分の一番の理解者となり、支える存在にならなくてはいけません。
なのでアーチェリー部では、自分で自分を認め、ほめながら活動することを推奨しています。
ただ……もちろん、根拠もなく褒めるのはいけません。
具体的な基準としては『他者から見ても、結果や行動が明らかなことに絞ると良い』と話しています。
たとえば、アーチェリー部は初心者が多いので。
まずは『合計五回部活に参加した』くらいから始めて『休まずに一か月間参加し続けた』『合計三十回部活に参加した』といった風に、ごく軽い成果ではありますが、他者から見ても、参加したという事実が明らかなことから、ご自身をほめていただきます。
また、それは、紙のノートであったり、スマートフォンのメモアプリであったり、PCのテキストアプリであったりといった記録媒体に、達成した日付と一緒に書き連ねていくのです。
『思うような成績を出せた』『大会で入賞した』といった、大きな成果ではなくてよいのです。
『誰よりも早く朝練に来た』『部室の掃除を行った』そういった日常のひとつひとつの良い行いこそ、わたしは記録し、自身をほめていくべきだと思っています。
そして、そうやって並べていくと、毎日の部活の中で、意外と多くのことをやっているものだ……と気づくのです。驚きますよ」
「……あれ?
それ、ちょっと前にトウコ先生も似たようなことを言ってた気がする」
「へえ、そっちも聞かせてよ」
アンズの話には、どこか覚えがあった。
それは今回何かと暗躍していらっしゃる、トウコ先生の過去の体験談である。
「トウコ先生が昔、文芸部を指導してたときの話なんだけど。
ある生徒がね。
学校祭を機に、それまで文字数にして三千文字程度の短編小説を書いていたところを、大幅にボリュームアップして、三万文字の中編小説を書くことにしたんだって。
だけど、三千文字から三万文字だから。これまでの十倍でしょう?
その子は自分で『やる!』って決めたものの、急に執筆しなきゃいけない量が増えすぎて、どう手を付けたらいいかわからなくなっちゃったんだって。
……そこでトウコ先生は、その子と相談して、作品が完成するまでの工程を、できるだけ細かく切って表にしてみたんだって。
たとえば……。
◇ 作品の執筆を始める
◇ 作品を、合計千文字地点まで執筆する
みたいな感じでね。
これってまさしく、今アンズが言ったことと同じだよね」
「……そうですね。
小説は、あらかじめ決まった文字数で書きますから、こうして到達度をチェックすると非常にわかりやすく、執筆のモチベーションにもつながるでしょうね」
「うんうん。
でも、たとえば『合計一時間小説の執筆をした』とかにしちゃうと、一時間時間が経過さえすればクリアになっちゃうから、実際の執筆はまったく進んでいなくても、ただパソコンの前にいてサボってるだけでOKってことになっちゃうよね。
だからさっきアンズが言った通り『他者から見ても、結果や行動が明らかなことに絞ると良い』ってトウコ先生も指導したんだって。
『作品を、合計千文字執筆する』とか『作品を、全五章のうち、第一章の執筆を完了させる』とか、目に見えて、かつ他人からも客観的に見えるところをチェックポイントにするのが良いって。
あ、実際に作ったチェックポイント一覧をもらってたんだ。見せるね。
基本的には白いダイヤマークなんだけど、黒いダイヤマークのところは作業上重要なポイントだから『ここまでクリア出来たら、自分をほめてあげよう!』ってしていたみたい」
◇ 作品のボリュームを設定する(今回の作品の場合は、三万文字)
◆ 作品に登場するキャラクター設定を作る
◇ 作品の簡単なあらすじを作る
◆ 作品の詳細なあらすじを作る
◇ 作品の執筆を開始する
◇ 作品を、合計千文字執筆する(以下、千文字刻みでチェックポイント。一万字ごとに黒いダイヤマーク)
◆ 作品を、合計三万文字執筆し、完成させる
「ああ……アーチェリー部員としても、なんだか見覚えのあるものになりました。
アーチェリー部でも、これとほぼ似たものを作成しています。
目標を小さく刻むことで、次にやるべきことがわかりますし、どんどん目標を達成していけますので、モチベーションアップにつながるんですよね」
「なるほどな!
じゃあ、勉強法っていうか、モチベーションアップと、進捗管理として。
毎日自分が達成したことを紙やスマホにまとめていくのと、今の状況をすぐに把握できるように、TO DOリスト化する。これは勉強法として決まりだな。
次は正座だな。どう勉強と絡めていくつもりなんだ?」
「それはねえ。
まず、わたしも、ユリナも、アンズも。
これまでテスト勉強中、主に正座をして勉強して受験した……って経験は、まだないよね。
今回が初めてだよね」
「そうだな。机に向かって、椅子に座って勉強することが一番多かった。
正座をして勉強したことはなかったよ」
「私もです。こちらが前回のテストの成績になりますが……。
あ。なるほど、これが『正座をしなかったときの成績』として利用できるんですね」
「そうそう。『正座をしなかったときの成績』と、今回の『正座をしたときの成績』を比較する形で『正座をすると成績が上がるよ!』って根拠にしようと思って。
茶道部部員皆にも同じようにお願いしてるから、データはたくさん取れるよ。
で、まず、わたしたち高校生の場合、夜勉強するのって、主に夕ご飯を食べた後だよね。
でも、食後って、すごく眠くなっちゃうじゃない。
正座はなんと、この対策ができます」
「おおっ! すげーな!」
「そもそも、どうしてご飯を食べると眠くなるのかというと、胃に食べ物が入ってきたことで、血液が胃に集中するからなんだよね。
胃に血液が行ってるせいで脳内の血液が少なくなっちゃうから、思考力が落ちてしまって……その結果、眠たくなっちゃうの。
でも! 正座をすると、血液は上半身にだけ巡っていくから。
脳内の血液が少なくなるのを防ぐ効果があって……つまり、眠くなりづらくなるんだ!
食後の勉強に、正座は本当にお勧めなんだよ」
「マジかー!
そういや、さっき夕ご飯食べたばっかりだけど、いつもより眠くない気がする!
おおお……。すげーな! 正座勉強法!
すっげーいい成績残せる気がしてきた! うおー!」
すっかりハイテンションのユリナを見て、アンズがクスクスと笑う。
『正座勉強法』は一人でその内容を定めて、茶道部部員のみんなにデータ協力してもらう形で進めようと思っていたけれど、こうしてユリナとアンズが手伝ってくれたことで、より楽しいものに変わった。
わたしたちは楽しいし、正座での勉強は実際にいいこと尽くしだし、さらにデータの精度も上がり、最高の結果が出せそうである。
「『正座勉強法』をしようと考えたのは、トウコ先生に勧められたのがきっかけでしたが……。
こうして三人で集まって試してみると、本当に楽しいものですね。
というか、いつかどんな形でも、私は茶道部に貢献したいと思っていたので……。
今回『正座勉強法』の実験台として参加できたことは、わたしにとっても、とても喜ばしいことなのです」
「アンズ……?」
ユリナが『うおー!』と叫びながら、ものすごい勢いで問題を解いているその隣で、アンズが小さく頷く。
どうやら、わたしに何やら伝えたいことがあるらしい。
アンズはコホン。と咳ばらいをすると、こう続けた。
「だって。私は、いつもついリコに厳しいことを言ってしまいますが……。
私はリコに絶対に成功して欲しいのです。
……だって、とても夢のある話じゃありませんか。
まったくの初心者どころか、茶道に必須である正座が苦手で、まったくできなかったあなたが……。
今はそれを克服して部長となり、多くの部員を指揮している。
それどころか正座が大の得意になって、次代に受け継ぐために様々な取り組みをしている。
さらに今は、茶道をする上で学んだ『正座』という文化を、勉強に応用しているではありませんか。
あなたの成長は、初心者が多いアーチェリー部にとっても、とても勇気づけられる話です。
きちんと努力をすれば、まったく知識や技術がないところからでも、人はここまで進化できるというのを、リコは証明しているのですから」
「アンズ……」
そうか。アンズも、そんな風に思っていてくれたんだ。
アンズの言葉は、この前ユモト先生がくれたもののようにとても温かい。
二人ともわたしが成績ダウンしたときはかなり怒ってくれたし、厳しいことも言われてしまったけれど、そこにはやっぱりわたしへの優しさがあった。
ああ、わたしは、なんて周りの人に恵まれてるんだろう。
みんなの期待に応えるためにも『正座勉強法』で成績を上げなくっちゃ……。
と思った、そのとき。
「うわあ!?」
ユリナが素っ頓狂な声を上げ、同時に机の上は……ダラダラと、今こぼれたお茶に浸食されていた。
「ごめーん!
勉強に気合入りすぎて、腕振りすぎた。結果……お茶こぼしちまった!」
「もう、ユリナったら!」
わたしたちは笑いながら、ふきんをユリナに渡す。
こうして楽しい『正座勉強法合宿』は、あっという間に過ぎていくのであった。
5
そして、期末テスト当日は驚くほどあっという間にやってきた。
これもまた『時間は目標なく、漫然と過ごしているときには、無限にあるもののように感じられるが、目標を定めた途端に、とても残り少ないもののように感じられる』の法則、そのものである。
結論から言うと『正座勉強法』は大成功だった。
勉強をする上でのかなりの難敵である『食後の眠気』を、正座による集中力アップと血流コントロールで克服したわたし、いや『正座勉強法』を実施した全員は、当日までにかなり効率よく勉強することができた。
特にわたしは『こんなにスラスラ回答欄を埋められたのは、高校入試以来だ!』と思えるほどの、なかなか手ごたえのある答案を残すことができたのである。
が……。
「ああ……リコったら、ここにいたのね……」
「ようリコ……。結果、見たか?」
そんな風に、テストに完全燃焼したわたしの元へ、すべてを終え、同様に完全燃焼したはずのアンズとユリナが、ヨロヨロとやってきた。
「うん……」
そう……これだけ頑張り、事実皆の成績は大幅にアップしたのだけれど……。
茶道部も、女子サッカー部も、アーチェリー部も、本当に健闘したのだけれど……。
『部活対抗・期末テストグランプリ』には、思わぬ超強敵がいたのである。
「……リコ。一位になった『数学部』って知ってたか?
三年生の部員三人だけで構成された、部室も空き教室が割り当てられてるっていう、ちょっとっていうか、かなり目立たない感じの部なんだけど。
活動内容も、主に数学関係の検定試験に向けて、ひたすら問題を解くっていう、すげえ真面目な部なんだけど」
「……知らなかった。今回の『部活対抗・期末テストグランプリ』で初めて知った。
三年生の部員が三人……。
まさかそんな、去年の茶道部並みに存続が危険な部があったんだね」
「そう。だから彼らは『部活対抗・期末テストグランプリ』を、数学部のアピールの場として利用できる。
良い成績を残して上位入賞すれば、全校生徒に『数学部ってすごい! 入部したい!』と思ってもらえるのでは。と考えたらしいのです。
結果、数学部の方々は全力を尽くし、三人そろって、ほぼ全教科で十位以内にランクインするというすさまじい結果を出したそうです。
当然、数学部は『部活対抗・期末テストグランプリ』の優勝者となりました。
そして彼らの目論見通り……現在数学部には『数学部に入って数学部部員に教われば、数学のみならず、すべての教科において好成績がおさめられるのでは!』と考えた生徒が殺到しているそうです」
「あはは……。それは……かなわないね……」
「なぁ? 正直あたしも興味あるもん。
今から数学部と女子サッカー部の兼部部員になろうかな?
正座しながら数学部部員に教えてもらったら、次のテストはさらに最高な結果が残せそうじゃん?」
「……私もモリサキ先輩に同意してしまいます。
……まあ、茶道部でやることがたくさんありますので、今はやめておきますが」
「おや、シノちゃん。……ていうか、みんな!」
三人でガクンと肩を落としていると、そこに茶道部のみんながやってきた。
みんなは結果発表を聞いて、わたしに会いに来てくれたようだ。
特にコゼットちゃんは小走りでわたしの目の前に来ると、すぐに励ましの声をかけてくれた。
「リコ様! わが茶道部は、惜しくも一位は逃しました、が……。
二位です。一位ほどではないにしろ、部費は頂戴することができました。
これも全員で『正座勉強法』を実施したお陰ですわよね!
数学部ほどとはいかなくとも、この結果は、部員獲得のための新たなアピール方法として非常に強力であると、わたくしは考えますわ。
そしてこのお金を元に、学校祭の計画そのものも、当初よりさらにリッチなものに仕上げることができますわよ。
先ほど知ったんですけど……具体的にはこの程度頂戴できます」
「おお……思ったよりもらえるねえ……」
「ということで、茶道部のみなさま! ここで早速会議ですわ。
これまで計画していた学校祭での出し物に加え、この『正座勉強法』も学校祭ではアピールしていきましょう。
数学部とのコラボレーションなんかも良いかもしれません!
ジゼルお姉さまなんて、もう準備を始めるべく部室におられます。
さ、行きますわよ!」
「コゼットちゃん、すっかり次期部長の貫禄が出てきたね。
もうわたしも、いつ引退しても大丈夫そう」
「あら? 何をおっしゃってますのリコ様!
テストも終わったことですし、今日の会議は、いつも通りリコ様に仕切っていただくんですからね!」
「そうですよぉ!
リコ部長はー。
今回編み出した『正座勉強法』を使いながら、ギリギリまで茶道部で活動していただくんですから!
期末テストでは一位を逃しましたけど……。
学校祭では、打倒数学部を目指して、がんばっていきましょーねっ!
「うん! じゃあみんな、行こっか!
ユリナ、アンズ! また明日ね!」
「おう! 頑張れよー!」
「はい! アーチェリー部も、負けませんからね?」
そう、学校祭はもうすぐだ。
今日の窓の外は雨で、鳥たちも巣の中で静かに過ごしている。
だけどわたしの顔は誰よりも明るく、ドキドキと希望に満ち溢れている。
もしかしたら、ここだけ晴天の気分なのかも、と思ってしまうくらいだった。
ああ、学校祭、楽しみだ!
こうしてわたしは大切な友達二人に見送られ、茶道部のみんなに囲まれて。
とても軽い足取りで、茶道部部室へ歩いて行った。