日本正座協会


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第25話 正座はエクササイズ


執筆者:そうな


 これまで『正座と日本人』では、正座を日本の歴史やその時代背景と照らし合わせ、様々な可能性を考察してきた。
そんな本書を追っていくのも、この回が最後である。


 色々と正座についての雑学が増えた今でも、「難しい」という意識は変わらないのではないだろうか。
味わい深い歴史を噛みしめながらも、いざ正座をしてみれば、どうしても越えられない何かがある……。それはやはりシビレだろうか、それとも腰痛だろうか、はたまた膝痛だろうか……。

 だが、それもきっと今回までだ。
ここからは、著者のアドバイスをまとめつつ紹介してきたいと思う。
きっと読み終えたころには、上記のような正座に対する悩みなど感じなくなっているに違いない。正座にお困りの方は、今よりも清々しい気持ちで取り組めるようになるだろうことを推測する。


 まず最初は、正座のメリット、デメリットだ。
メリット、デメリットの話はよくあるが、著者は、医学の観点からそれをまとめている。
それを簡単に以下に紹介してみた。

1.集中力が高まり、精神が充実する。
正座をすると、本来は下肢に向かう血流が急激に脳に回るためです。

2.眠気が覚め、認知症を防ぐ。
正座をすると、脳の血流量が増すことで、認知症予防の効用も期待できます。

3.心臓、肺、横隔膜など内臓の負担が軽くなる。
さらに発声がよくなり、特に高音が出るようになります。

4.消化力が高まる。
正座によって内臓の血流循環が高まり、消化機能が高まると考えられます。

5.肥満やメタボリック症候群を防ぐ
太っていると、重い体重が下半身にかかって、正座は苦痛になります。そうすると、正座をすることが体重を減らそうとする意識を高めることになり、結果的には肥満を防いだりダイエットに結びついたりします。

6.膝の周辺の靭帯や筋肉が強く、かつ柔らかくなる。
膝を180度近く曲げ、しかも立ち居振る舞いに太腿の筋肉を必要とするため、膝の周辺の靭帯や筋肉が強く、かつ柔らかくなります。

7.股関節、膝関節、足関節の3つの関節の可動域が広がる。
関節の可動域が広がるということはそれだけ下肢全体が柔軟になり、動きがスムーズになるということです。ただし、骨が形成されるのはだいたい思春期ですから、14、5歳までに正座をしたことのない人がこれを過ぎて正座をしても、この効果はほとんど期待できません。

8.肛門括約筋をはじめ、骨盤と内臓を支える筋肉が鍛えられる。
足をシビレにくくするために、微妙に重心や体を動かします。この際、骨盤を支える筋肉と内臓を支える筋肉が緊張して、知らず知らずのうちに運動になります。

9.側副血行が盛んになって、下肢の冷えが少なくなる。
正座をすると下肢の深部動脈の血行が一時的に悪くなりますが、その代わり、皮膚の表面近くに側副血行ができてきます。そのため下肢が冷えにくくなるのです。

10.姿勢が美しくなり、発声にもよい。
呼吸などによって姿勢が乱れないため、接するものに何かしらの美の感情を生じさせます。

 以上が、正座のメリットだ。
これについて著者は興味深いことを記している。それは次のようなことだった。
「正座のしすぎは膝痛の原因になります。しかし、正座をまったくしないことも、膝痛を招くことがあるのです。膝を180度曲げる正座の動作が膝を鍛えるのです。正座は、座る姿勢の中で一番、椅子に座っているときよりも背筋が伸びる姿勢です」


 次は、正座のデメリットを以下に簡単に紹介してみた。

1.足がしびれて、つらい。
座り方の工夫や座布団を敷いたりすれば、緩和されますが……。

2.関節炎や膝関節症を起こす可能性がある。
長い時間繰り返すと、膝の関節に炎症を起こし、膝関節症を起こしたりすることがあります。

3.運動障害を起こすことがある。
神経が痛んだり筋肉が弱まったりなどの運動障害を起こすことがあります。

4.ロングフライト血栓症をまねくことがある。
いわゆるエコノミークラス症候群の状態です。下肢静脈瘤(かしじょうみゃくりゅう)のある人も正座は控えたほうがよいと思います。

5.脳血管障害を起こすことがある。
高血圧の人はそうでない人に比べ、血管がもろくなりがちです。そのため、血流が脳の血管を圧迫して、脳卒中を起こしてしまう危険性が生じてしまうのです。そのため、長時間の正座は控えたほうがよいでしょう。

6.腰痛を引き起こすことがある。
適度の正座はよい効果をもたらしますが……。

7.肩凝りを招く
正座をすると、抗重力筋に拮抗するために首から肩にかけて緊張が走ります。

8.座りダコができて、足が外見上美しくない。
足首部の色が変わり、いわゆる座りダコができます。

 以上が正座のデメリットである。
著者はこう述べている。
「かつて、日本人は正座が原因で、外国人と比べて足が短いという説がありました。――しかし、平均身長や足の長さが伸びているのは正座をしなくなったためではなく、栄養の摂り方や運動、労働の条件がよくなったためです」
 上記のこともさることながら、本書にはとにかく「長時間の正座」がいけないと記してあった。
長時間の正座は人それぞれだろうが、「つらい」と感じたら……いや、できればそう感じる前に足を崩すのが、身体・精神共に良い正座の仕方のようだ。

 そして上記のメリットデメリットを踏まえた上で、作者はこう提案している。
それは、「正座をエクササイズとしてとらえてみること」である。

エクササイズと聞くと、どうにもエアロビクスのように体全体を動かす運動を思い出してしまう。
そこから考えを広げると、正座をしたままジャンプで移動したり、ラジオ体操の一環に正座の形を入れたりとするのだろうか等とよく分からないことを考えてしまうが、本書に記されている行い方は、もっと簡単なことだった。
それは、風呂に入ることだ。
ただ入るのではない、勿論、正座で入るのである。
「え?それだけ?」と思うほどの簡単なことなのだが、これがどうやら結構なエクササイズになるようだ。

 そもそも、なぜ風呂なのだろうか。
水中で正座をすれば、浮力で脚への負担が減る……と、そこがポイントなのは分かるのだが……。
 著者はこう記している。
「12歳ごろまでに正座をする習慣のなかった人は、大人になってから初めて正座をすると、靭帯や関節軟骨を痛めてしまう可能性があるからです」

 幼いころから正座の練習をした方が良いと言われてきた私だが、あまり気にしていなかったため、今まさにその意味を体感している。
しかし、この本書を読む限り、幼いころから正座をしているのとしていないのでは、大きな差があるのだということは事実なのだと思わせられる。

 思えば、正座がご無沙汰になるだけで、いつの間にか正座をしにくくなる。
それが、そもそも昔から正座をしていなかったとしたら、急に正座をすれば痛めるリスクは充分に考えられる。
 少し飛躍するが、運動選手が長い時間をかけて身体を鍛えるようなものだろうか。
某マラソン選手が、海外の標高の高い所にある国の空気の薄さになれるために日本の高い山に登って練習したり、某新体操の選手が訓練で足のバネを鍛えたりしていたように。
それも、長い時間をかけて対応させたものだろうから、何も練習をしていない素人が空気の薄い山頂を走るなんて危険だし、いきなり高いバーを飛んだりすることはできない……いや、それどころか危険な行為だ。

 そう考えると、確かに正座も練習が必要な気がしてくる。
正座というものは、そんなにアクティブな動きをしないから、別になんの訓練もいらないように思うが、今まで見てきた正座には危険が沢山つきまとっていた。
シビれて立てなくなることもさることながら、立ったがために転んでしまう。しかも、足の感覚がないから、上手に転ぶことも難しいときがある。
改めて思えば、こんなに危険な座り方が他にあるだろうか……。
さらに、今は昔のように正座が頻繁に行われていた時代とは違う。
……それでも日本文化の一部として認識されているのだから、これからの時代は、やはりエクササイズが必要だろう。
 それに、風呂の中での正座なら、そんなに負担にはなるまいとは思う。
嬉しいことに「正座のまま温まると、疲れがよくとれる」と、著者はいっている。
負担にならずに疲れがとれる……2つ嬉しいことがあるならば、ぜひやってみようではないか……そう思える効能だ。

 実は、エクササイズはそれだけではなくて、他にも著者は、1〜5分程度の数分間の正座を午前中にすることも推奨している。
なぜ夜ではないのかは、正座が交感神経を高ぶらせるという効能を考慮してのことだ。
夜は神経が高ぶって眠れなくならないようにし、朝はその効能でスッキリできるという実に合理的な行い方である。
そしてやはり、足がシビれる前にやめることを進めている。

 さて、いい大人が関節を痛めないように風呂(水中)で正座の訓練をすることと、正座をするに適する時間帯のことは充分に分かった。
ここから著者は、できれば幼少期に身につけておきたい正座のエクササイズを具体的に記している。
それは、次のようなことだった。
「まず、下肢や膝の準備運動を念入りに行ってください。ストレッチも忘れずに行います」
「板の間・畳にじかに正座するのは避けてください。せめて座布団を敷いて、その上で行ってください。その際には厚手の靴下や足袋などをはいて行えば、なおよいでしょう」
「ソファの上で正座しても構いません」
「正座用のミニ補助椅子である合引(あいびき)を使うのもよいでしょう。床にお尻をペタンとつけて行う必要は必ずしもありません」
「少し高めの肘かけを使うことをおすすめします。肩と首に対する張りを極力防ぐことができます」
「きつい衣服は避けてください。パジャマやトレーナーなどのゆったりした服装が理想です」
 なんとも優しい正座の仕方である。
こんなに気を遣っていただきながらエクササイズができるなんて、なんと贅沢なのだろうか。
上記の用意をしたその後、正座をした時の姿勢にも気を配るようにと著者は記している。鏡の前で行うと分かりやすいようだ。
「上体を美しく保つように心がけてください。そのために、腰をしっかり据え、顔を正面に向け、首をまっすぐに伸ばします。同時に肩と胸を楽にし、手には力を入れずに、肘を軽く上げる感じにします」
 そして、やはり著者は、これらをシビれる前にやめるようにといっている。これも5分程度を4,5回行う程度でよいそうだ。
これで、エクササイズは充分なのだそうだ。なんだか、これを地道に行っていれば、自然と腹筋がついてきそうな気がする。
身体の歪みも少しは治りそうかな……なんてことも望めそうな気がしてきてしまう。

 更に著者は、「正座の後にも準備運動と同じメニューの運動をすると完璧です」と記している。
先ほどのエクササイズ後にクールダウンするということだろうか。
それは、次のような内容だった。
「手の指は開かないで、大腿の上にごく軽く置きます。口は閉じ、必ず鼻で呼吸します。視線は1.8メートルほど先の床を見ます。この姿勢は、腰の周りの肛門、会陰の筋肉群を鍛え、見た目にも美しく、見栄えよく見えます」


 さて、ここまでで著者は総じて、下半身の筋肉を鍛えることが大切だといっている。
それはなにも正座だけではなく、日常の座り方や生活にも影響してくることだろう。
著者は、正座や和式トイレといった、日常生活の中で知らず知らずのうちに下半身を鍛える機会がなくなった現代人を心配しているのだ。
その衰えを、どうやらよく電車の中で見かける「社長座り」と呼ばれる座り方が表しているらしい。
著者は、それと同じ座り方を、公家出身の岩倉具視がしている写真を見て、そう思ったのだそうだ。

(『Yahoo!百科事典』より写真引用)
(中央の岩倉具視は、確かに社長座りをしているように見える)


そして、こう記している。
「日本では、正座の文化は育ちましたが、椅子に座る文化は充分には育っていません」
確かに言われてみればそんな気もしてくる。
思い起こせば、人生の中で椅子の座り方を習ったことなどほとんどない。
小学校に入りたての時期と書道の時間に、学習机の正しい座り方を少し習った程度である。
正座の座り方は、大人になってからも色んな場面で習ったことはあるのに……。(人それぞれかもしれないが、例えば代表的なのは『道』のつくお稽古事だと思う)
椅子なんてただ座れれば良いのだと思っていたが、和風のものに礼儀作法があるように、洋風のものにもマナーはあるのだ。当たり前だが。
 海外の映画に、たまに「テーブルマナーで椅子の座り方も教えている場面」を観ることがある。
やはり、椅子の文化が日本に入ってきたというのなら、そのマナーを学ぶことも必要だとは思うが……これはまだ日本の椅子の文化が正座よりも浅いから起こっていることなのだろうか。
「マナーなんて必要ないよ、好きに座ればいいよ」
という気もしてしまうが、電車の中で見かける社長座りが既に迷惑行為・マナー違反なのを考えると、椅子のマナーを学ぶことも蔑ろにしてはいけないように思えてくる。
 とまぁ、これより先は大きく脱線してしまうので戻るが、正座とは、意外なことに日本人の健康や生活などで陰ながら支えてきたのだな……と実感する話である。


 さて、この本書を通して正座を見るのも、これでおしまいである。
これまで、色々な歴史を経てこのエクササイズまでやって来た。
最後に著者が正座をエクササイズとまとめるところが、またすごい発想だと舌を巻いてしまうが。
 ちなみに、今までとりあげてきた以外にも、本書には沢山の知識が詰め込まれている。
ちょっと笑ってしまうような話から、深く考えさせられる話まで様々だ。
この内容じゃ物足りない……という人はもちろんのこと、本書に興味が出た人・正座についてもっと考えたい人は、一度読んでみることをお勧めする。
きっと「なるほど」とうならせられる内容があるだろう。

 「正座の歴史」などという正座のみの書物がなかなか見つからないだけに、この本はとても貴重である。著者は、医学的経験と立場、歴史研究家としての広い視野で考察し、そして、この一冊に凝縮したのであろう。
見解に色々な意見があるのは当然のことだが、そういう意味においては、この本は今後の正座を研究していくための手がかりになるのだと思う。

 最後に、著者の言葉で気にいった言葉を書き出してみる。
「“浅い伝統文化”ともいえる正座には、まだまだ改善の余地があります」
この本と共に正座の歴史を学習してきて、医者である著者が患者さんの正座の負担を減らしてあげたいと思う気持ちや、なぜ正座が日本人の生活様式に合っているか・どんなに必要だったかなどが少し理解できてきた気がしている。やはり、足腰のことを考えると正座は昔から自然とエクササイズになっていたのだ。

 著者は、正座は明治維新以降に一般大衆に広められ、日本人の教養として日常生活に取り入れられたと記していた。そう考えると、立ち居振る舞いを通して自然とお互いに教え、教えられることは日常的だったかもしれない。
実際にそのような礼儀作法の教科書も存在しているし、一昔前の人たちは今の世代よりもそういった教養を知っている人が多いように思える。
 だから、時代が移り変わった今では、正座を通して礼儀作法を習うことは難しくなってきている時代だと思う。
親から礼儀作法を学べた人は、運がいい。
他人から学べた人は、もっと運がいい。
……そうとすら思える。

 正座離れが始まったのは今の世代からではない。
生活様式が変わった今、これからも正座を幼いころから身につけている人は、もっと減ると思う。
 しかし、何であろうと伝統の守り方というものに、絶対に決まった形はないのだ。
だからこれからは、ただのシビれる姿勢などではなく、本書に書いてあるようなシビれる前にやめるという気軽なエクササイズのように広まっていけばいいと思う。
そうして未来には、胸を張って「健康にも精神にもいい綺麗な姿勢」といえるような、日本の素敵な文化として扱われるようになっていればいいなぁと、願うのである。


長い間『正座と日本人』のお話にお付き合いくださり、ありがとうございました。