[294]第28話 姿勢を正すと 医者が青くなる


発行日:2024/06/19
タイトル:第28話 姿勢を正すと 医者が青くなる
シリーズ名:やさしい正座入門学
シリーズ番号:28

著者  :そうな
イラスト:あんやす

本文

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やさしい正座入門学

第28話 姿勢を正すと 医者が青くなる

 最近、在宅仕事やらなんやらで、家での姿勢について悩むことが増えた。どんな姿勢なら疲れないのか? どんな動作なら体に負担がかからないのか? こたつで仕事をしていても、腰が痛くならない方法はないのか? 等々だ。

 私は、姿勢についてスクラップしていたファイルを開くと、一時間ほど調べ始めた。実に色んな切り抜きがあった。例えば、身体に良い姿勢、寝るときに良い姿勢、はたまた精神に良い姿勢など、広い方面からの検証(眉唾あり)が記載されていた。
 そんな中、特に目についた記事があった。特集名は『疲れない日常動作のコツ』で、中でも特に気になった内容は、以下の3点だった。

① 腰を丸めてから起き上がる。
② 片方に重心をかけると疲れる。前後に重心をかけた方が疲れない。
③ 骨盤を前に傾けると疲れる。特にあぐらをかく場合は、畳んだ座布団などをお尻の下に敷いてサポートすると良い。

 上記の項目について、正座をしている状態から考えてみよう。
 ①はすぐにできそうだ。一般的な正座からの立ち上がり方は、小笠原流礼法を参考にさせていただこう。調べてみると、次のように記載されていた。「片足ずつ爪立てて跪座(きざ)となり、その後片足を踏み出しながら、腰を浮かせてゆき、後ろの足を引き寄せながら立ち上がります。(弓馬術礼法小笠原教場小笠原流礼法HPより)」
 これは、前後左右に体が揺れることなく、立つ、座るの動作を行うためだそうだ。流石、美しい所作である。

 しかし、品のある所作を保つためには、時として我慢が伴う場合がある。この場合は、立つときに生じるスクワットだ。この立ち方は美麗だが、その際に膝にスクワットのような状態が生じてしまい、『疲れない日常動作』からはかけ離れてしまっている。
 ①を目的に考えた場合、筆者が考える正座からの楽な立ち上がり方はこうだ。
あくまで『体への負担軽減』だけを追求しております。 正座の姿勢から、握りこぶし(または三つ指)を膝の前20~30cmほど先に作り(このとき、ゴリラのようなポーズに見えていればOK)、腰を丸めながら左右どちらかの足を手首近くまで引き上げ、さらに腰を丸めながらもう一方の脚を最初に出した足付近まで出しつつ立ち上がる。脚だけではなく、両手にも力を分散させながら起き上がるようにしよう。立つ間際まで腰を丸めるようにすることもポイントだ。(足が長い方は難しいかもしれない。その場合は、足をできるだけ前に持ってこられる位置に置いて試しほしい)
 こうすると、あまり無酸素運動状態を作り出さずに、疲れを軽減して起き上がれるのではないかと思う。(他に『楽な正座からの起き上がり方』にお気づきの方は、ぜひ当協会へご意見をお寄せください!)

 ②も問題なく実践できそうだ。正座をしていて、足が疲れたり、痺れてきたりすると、体の重さを散らそうとして左右のどちらかに重心を置きがちである。そこで左右ではなく、前後に状態をそらし、重心をずらしてみたところ、左右のどちらか片方に重心をかけるよりは負担が軽減されると感じた。膝を少し伸ばすこともできて、ほんの少しだが軽いストレッチにもなるようだった。

 問題は③だ。骨盤が前に傾くとは、どういうことだろう? 以前の私は、骨盤なんて体の中でも特に内側の方にある骨が、簡単に動かせるワケがないと思っていた。
 しかし、あるときその疑問は解決した。それは、体幹(たいかん)を鍛えてもらいに整骨院へ行った時のことだった。

整体師と私 整体師は、さも当たり前のようにこう言った。
「まず、骨盤を上に向けてください。」
 私は、まるで幼稚園児が初めてスワヒリ語で話しかけられたような無垢な表情で、「……え?」と答えた。発音は、「あ」の口で、「え」の発音だ。どうでもいいが、それくらい驚いたのだった。
 しかし、整体師は、真顔でさも当たり前のように、念を押してくる。
「骨盤を、上に。」
 まるで容赦がない。
 これは、当たり前の知識なのだろうか? みんな当たり前に通じることなのだろうか? 何かものすごく無茶なことを言われている気がするが、「まず」と言われた手前、これをクリアできないと先へ進めないことがうかがえる。
 困り果てた私の脳内では、有名な読み間違えの『インド人を右に』が浮かんでいたが、今回は書き言葉ではないので、聞き間違うことはありえないのだ。
 整体師は、無言で待っている。私が骨盤を上にすることを待っているのだ。こうしている間にも、私の施術時間は無情にも過ぎていく……。私は混沌とした脳で考えながら、口を開いた。
「骨盤を……上に?」
 やっと出た言葉がこれだった。
 整体師は、またも頷き返してきたが、ハッと何かに気づいたような表情をし、「やり方ですね!? 教えますね!」と返してくれた。かくして、多少のロスはあれど、施術時間内になんとかすすめることができたのだった。

 骨盤の動かし方はこうだ。

骨盤の動かし方

① まず、椅子やベッドのフチ、どこでもいいから直角に座れる場所に背筋を伸ばして座る。
② その後、腰を丸めながらおへそを覗き込むようにすると、前を向いていたおへそが上を向き、より目視で見やすくなる。
 以上が、骨盤の動かし方だという。
「え!? こんな簡単な動作で骨盤が動くんですか!?」
 私は心底驚いたが、整体師は、さも当たり前といったように頷いていた。
 考えてみれば、骨盤を手動でどうにかするワケではなく、骨盤全体を動かすだけなのだから、姿勢を変えれば骨も一緒に動くものなのだと分かる。体内にある骨を動かすと聞くと、なんとなく痛そうだと思いがちだが(私だけかもしれないが)、割と簡単に動かせるものである。

 引き続き、整体師に指示されるがまま必死に骨盤を動かしながら、私はまたも頭によぎった疑問を口に出していた。
「ところで、今、骨盤を動かしているこの動きには、一体どういった……」
 私が難しい顔をして口ごもると、整体師はしっかりと説明してくれた。

腸腰筋

「これはですね、腸腰筋(ちょうようきん)という筋肉を鍛えています。骨盤を前方に引き出す動きをすることによって、腸腰筋を鍛え、体幹を鍛えていこうという動きを、今行ってもらっているんですね。体幹が崩れる原因の一つに、腸腰筋の衰えがあります。これが衰えると、正しい姿勢を維持しにくくなり、結果として体幹が崩れていくんですね。そうすると、腰痛や足への負担など、体の様々な箇所の不調を起こす要因になります。」
「あとは腹筋を鍛えることも体幹に大切な要素です。さぁ、四つん這いになって、右手と左膝だけをつけて、左手と右膝を上げて! この後は、腹筋を行いましょう!」
熱血整体師と苦しみ頑張る私

 一連の動きの理由は分かった。また、軽く下腹に力を入れて引きしめることが正しい姿勢(体に負担をかけない姿勢)をするために大切なのだという。その姿勢を保つために、少々の腹筋が必要になってくるとのことだった。その後、骨盤を前後に動かす運動と腹筋を、一日に数回程度行うことを推奨され、私は整骨院を後にした。
 もし、どこかで「骨盤を動かせ」という指示があったら、ものすごい試練がきたと身構えずにこの記事を思い出してほしい。余裕の笑みで骨盤を動かしてあげよう。

 ところで、骨盤が後ろ側に傾きがちな姿勢は、腰痛を引き起こしやすいという統計が出ているそうだ。大手製薬会社のHPでも『腰痛の原因は様々ですが、その1つに「骨盤のゆがみ(左右差)」が挙げられます。』と記載されていた。(大正製薬製品情報サイト『仙腸関節・股関節のストレッチで腰痛解消』より)
 また、骨盤を動かしたり、腰痛を防止したりといったストレッチ動画も多々出回っているため、自分に合った方法を見つけてほしい。(筆者のオススメは、出典や教えてくれる人が明記してある医療関係のページ)

 さて、話を③に戻すが、「骨盤を前に傾けると疲れる」という説から、骨盤を立てた座り方を推奨していることは分かる。しかし、骨盤を立てるには、椅子に座っていようが胡坐(あぐら)をかいていようが、背筋を伸ばしたり下腹部に力を入れたりと、意識がけをしないと頬杖をついたり、片足に重心をかけたりと自由な姿勢になってしまう。こんなに色んな姿勢がある中、骨盤が前に傾くのを阻止してくれるような、そんな効率のいい姿勢なんてあるのだろうか?
 心配ご無用。実は、もっとも骨盤を立てられる姿勢は、正座だ。正座は背筋を伸ばす姿勢であり、下腹部に軽く力を入れて維持することから、骨盤をまっすぐにする動作に一役買うのだ。また、正座をしている間は、椅子に座っているときのように頬杖をつくこともなければ、胡坐をしているときに起こりがちな片脚に重心を傾けてしまうこともない。
 しかし、近年では、フローリングの床が増えたため、痺れが厳しく感じたり、また変形性膝関節症で困っている方も多いと聞く。無理はせずに、クッションや補助いす(正座椅子)などを使用して、優しい環境で姿勢の維持に努めていただければと思う。
座布団や正座椅子など、補助をしながら快適に行おう!

 さて、とにもかくにもだ、座った姿勢では【骨盤を立てること=おへそを視線と並行にまっすぐ前を向かせること】を意識してほしい。そうすれば、姿勢からくる痛みや体調の悪さから逃れることができるかもしれない。ぜひ、体にとって楽な姿勢を行ってみてほしい。
 もはや、姿勢を正すと医者が青くなるといっても過言ではないだろう。健康は姿勢から。この記事を読んだ読者様、今この時から、ぜひ試してみていただきたい。

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