[108]次期・正座先生と今年度最後のイベント


タイトル:次期・正座先生と今年度最後のイベント
分類:電子書籍
発売日:2021/01/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:56
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり

内容
 高校2年生のコゼット・ベルナールは、フランスから日本にやってきた留学生で、星が丘高校茶道部の新部長。
 いよいよ高校2年生も終わりが近づいたある日、茶道部では、一年間特別講師としてお世話になった『ヤスミネ トウコ』の送別会と、この一年間の活動の成果を見せることになった。
 コゼットは、そこに元部長の『サカイ リコ』が出席できない事を残念に思っていたが……? 

 コゼットの今年度の活動も、いよいよ大詰め!
 『次期・正座先生』として頑張るコゼットが、トウコの任期満了に向けて、最後の思い出を作るべく奔走する『正座先生』シリーズ第30弾です!

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本文

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 一年間の部活動でお世話になった特別講師の先生に、部員一同からの『お疲れ様会』を開きたい。
 また、ここで、一年間の成果を見せたい。
 わたくしたち部員は、この一年、先生のおかげでどのくらい成長できたのか。
 これを、最後に先生の目で見ていただきたい。
 わたくし『コゼット・ベルナール』の高校二年生最後の行事は、このような気持ちから始まりました。
 わたくしはこの名前から察せられる通り、高校一年生の冬に日本へやってきた、フランス人留学生です。
 そして一年以上が経過した今も滞在を続け、現在通っている星が丘高校に、卒業までいる予定の『日本大好き留学生』でもあります。
 もっともわたくしは、当初はすぐ帰国する予定でした。
 予定より多少前後することはあれど……少なくとも、高校二年生になる頃にはフランスに戻っているとばかり考えていたのです。
 そんなわたくしが今でも日本にいるのは、茶道部の存在があったからです。
 わたくしは星が丘高校生であるとともに、茶道部部員です。
 つまりここに、例の『特別講師の先生』がいらっしゃるわけですが、まずはわたくしの自己紹介を簡単にさせていただきますわね。
 かつて日本を『食わず嫌い』していたわたくしは、前部長『サカイ リコ』様のおかげで、その考えを改めました。
 これをきっかけに留学延長を決意し、高校二年生になってすぐ、その『特別講師の先生』である『ヤスミネ トウコ』様に出会えたことで、茶道部の活動はさらに充実していったというわけです。
 つまり、このお二人に出会えたから、このお二人が茶道部にいらっしゃったから……今のわたくしがあると言っても過言ではないのです。
 だけど、出会いがあれば別れがあるというものです。
 一学年先輩……要するに三年生であるリコ様は、三月で卒業されます。
 トウコ先生も、今年度いっぱいで特別講師としての活動を終了します。
 来年度からは、別の学校の、別の部活動の講師になられる予定です。
 ゆえに……わたくしが三年生になる時には、二人はもう星が丘高校にいらっしゃらないのです。
 これは、非常に残念なことです。
 できれば受け入れたくないことでもあります。
 なのでわたくしは、先日まで別れの日を思っては、一人淋しさに打ちひしがれておりました。
 もちろん、淋しさを感じること自体は自由です。
 自分自身、気が済むまで残念がってよいと、わたくしは思います。
 ですが、その気持ちに支配されているあいだにも、時間はどんどん過ぎていく。これもまた事実なのです。
 ということで、わたくしは淋しさから一歩踏み出す決意をいたしました。
 それが『お疲れ様会』の開催というわけです。
 とはいっても、こちらにリコ様が参加される予定はなく、ひとまず『トウコ先生のためのイベント開催』という形になるわけですが……。
 ということで、わたくし自身の高校生活は、まだあと一年ございますが……。
 この『お疲れ様会』を、高校生活の集大成!
 ……と思うくらいの気持ちで、今回は挑みたいと思います!


「それでは、本日はみなさま、トウコ先生の『お疲れ様会』にお集まりいただき、誠にありがとうございます!
 トウコ様、一年間お疲れさまでした。
 みなさま、今日は楽しんでいってくださいましね!」

 わたくしの今年度最後の行事である『お疲れ様会』は、わたくしの、このような号令で始まりました。
 場所は、もはや茶道部の第二の部室と言ってよい、多目的室です。
 多目的室は上靴を脱いで入室し、床に座って作業ができる教室です。
 なので、茶道部で何かをしたいけど、部室では狭く、茶室は適切ではない……。
 そんなときは、自然とこちらが開催場所となります。
 そして、多目的室に本日集まっているのは、わたくしたち茶道部部員と、その仲間たちである、二年生以下の生徒です。
 今回は茶道部のイベントではございますが、参加対象を広げています。
 具体的には、まず、茶道部に入部はしているものの、普段はあまり活動できない『幽霊部員』。
 茶道部部員だが、それ以上に力を活動している部活動が他にある『兼部部員』。
 そして、茶道部部員ではないが、その活動には興味のある方。あるいは、お友達に茶道部部員があり、一度活動をのぞいてみたい方。
 そういった方々にも、ぜひ来てほしいとお声がけしております。
 ゆえに、本日の多目的室は大盛況。
 用意した長テーブル二台ぎっしりに、たくさんの人が集まりました。
 もっとも、今は二月。
 さすがに現在受験勉強中である三年生の出席は、ゼロです。
 ゆえに、二年生以下の生徒のイベントとなったわけですね。

「いやはや、今日はわらわのために集まってくれてありがとうな!
 実は、わらわの方も、おぬしらの一年間の活動を『お疲れ様会』したいと思っていたのじゃが……先を越されてしまったのう! ほっほっほ!」

 ということで、たった今、このように発言されたのが、うわさのトウコ様です。
 トウコ様はこの通り、やや古めかしい、ご年配の女性のような口調でお話しをされます。
 ですが、その容姿はおばあさんではありません。
 ……いえ、実際にはおばあさんを超える存在なのですが、見た目はわたくしとさほど変わらない、十八歳程度の女性にしか見えません。
 『ということは、トウコ先生は、実年齢はおばあさんである。でも、実年齢と見た目が一致しない……いわゆる『美魔女』と呼ばれる存在なのだろうか?』
 と、みなさまはお思いになられたことでしょう。
 それは、半分正解で、半分不正解でございます。
 実は、トウコ様は、そもそも人間ではないのです。
 だからわたくしはトウコ様を『おばあさんを超える存在』と呼んでいます。
 つまり、トウコ様はお若い容姿でありながら、実年齢は正確な値を判断しかねるほどの超高齢。その名も……。

「神様ですね。トウコ先生ってば、さっすが神様です!
 わたしたち、本当に気が合いますよねっ。
 こーんな素敵な先生に『特別講師になってほしい!』って考えたリコ部長とコゼット新部長たちってば、ほんとに慧眼すぎますよねーっ!」

 おや。図らずしもその答えをおっしゃった方がおられました。
 一年生部員の『ムカイ オトハ』さんです。
 それにしても『神様である』ということと『部員たちと気が合う』ことは特に関係のないことのように思えるのですが……まぁそれは置いておいて。
 そう。トウコ様は、神様なのです。
 『神様のように慕われている存在』ではなく、本物の神様です。
 星が丘市にある『星が丘神社』にまつられている『部活動の神様』として、わたくしたち部活動に励む学生の、味方をしてくださっているのです。
 オトハさんが今おっしゃいました通り、さる昨年の五月、リコ様とわたくしはあることに悩んでおりました。
 それは『茶道部には、指導者がいない』ということです。
 そこでリコ様は適任者を探しに行った結果、トウコ様が神様であることも知らずに『彼女こそが最適である』と判断し声をおかけし、今日に至るというわけです。
 ということで、トウコ様は神様なので、そのお姿も自由自在です。
 今は、最初に声をおかけしたリコ様……つまり『指導者と被指導者』として契約した関係の相手の精神状態に強い影響を受けて、リコ様の精神年齢と同じ、十八歳の女性の姿をしているのです。
 ですが、これはリコ様といる間絶対に変更できない! というものではなく、基本的には、好きな形に姿を変えられるそうです。
 ところでこのオトハさんは、この通り大変元気な方です。
 それとともに、まだ一年生でありながら、今当茶道部一番のやる気ガールとして知られる大変頼れる存在です。
 来年度、リコ様とトウコ様が部を離れても、オトハさんがいるなら、茶道部はきっと大丈夫……。
 わたくしにそう思わせてくださる方なのです。
 ちなみにオトハさんがおっしゃいました通り、現在のこの部の部長はわたくしでございます。
 なので、先ほども音頭を取らせていただいたというわけですね。

「ではさっそくですが、トウコ先生へ、私たちなりの『お疲れ様』を披露させていただこうと思います」

 続いて発言されたのは、わたくしと同じ二年生部員の『タカナシ ナナミ』様です。
 ナナミ様はご実家が剣道道場という生粋の『剣道女子』で、普段は主に剣道部で活動されております。
 しかし、実は茶道部との兼部部員でもあり、今回はこうして参加してくださったというわけです。
 ナナミ様とわたくしは同学年で、入部した時期も数か月程度しか違いません。
 しかし、幼い頃から剣道という形で『正座』に親しんでいたナナミ様は、茶道においてもその技術を発揮し『正座先生』としてリコ様にも正座を教えていた大先輩です。
 わたくしもまた、日本の文化に親しむ上で、ナナミ様をお手本にしたところが大いにあります。
 なのでわたくしにとってナナミ様は『同い年の先輩』といえるのでした。
 そんなナナミ様は、リコ様の古くからのご友人でもあります。
 だから今日は、兼部による多忙な日々の合間を縫ってでも参加したい。
 受験勉強によって参加が難しいリコ様に代わって、トウコ先生に『お疲れ様』をしたい。
 そんなお気持ちが、強くあるのでしょう……。
 と、わたくしが考えておりますと……。

「それではリコ先輩。よろしくお願いします!」
「ええっ!?」

 いきなりのサプライズです。
 ナナミ様が、本日ここには来られないはずの方のお名前を呼びました。

「こんばんはー! みんな、久しぶり!」

 それは……本日欠席とばかり思っていた、リコ様です!

「リッ、リコ部長! どうしてここにーっ?」
「リコ! おぬし! 受験勉強はどうしたんじゃ!?」

 『ええっ!?』と驚きの声を上げたわたくしに続くように、オトハさんとトウコ様が大変ビックリされながら、早速質問をしています。

「むふー。待っていたでござるよ! リコ殿!」
「お勉強お疲れ様です。リコ前部長のお飲み物は、こちらに用意していますよ。
 オレンジジュース、お好きでしたよね?」
「席はワタシとシノサンの隣デース!
 やっぱり、リコセンパイがいると『茶道部のイベント』って感じがシマスネー!」

 その一方で、どうやらこの件について事前に知っていた方々がいるようです。
 お話しされた順番にご紹介しましょう。
 まずは、一年生部員でトウコ様の従者である『ヤスミネ マフユ』さん。
 まるでジャパニーズ・武士のような口調でお話しされた方です。
 この『トウコ様の従者』という点から、もう、聡明なみなさまはお察しになられたかもしれません。
 マフユさんの正体は人間ではございません。星が丘神社を守る精霊様なのです。当然、もう何百年も生きていらっしゃいます。
 その次は、同様に一年生部員で、オトハさんの幼馴染の『カツラギ シノ』さん。
 ナナミ様に似た、真面目で、きちんとした口調でお話しされた方です。
 彼女は、出会った頃は茶道部に対して懐疑的な方でした。
 そもそも、特定の部活動に入部する気のない方だったのです。
 ですが、今ではこの通り。すっかり我が部になじんでおられます。
 最後は、二年生部員で、わたくしの双子の姉である『ジゼル・ベルナール』お姉さま。
 少しだけカタコトの日本語でお話しされた方です。
 ジゼルお姉さまは昔から日本の大ファンで、それを理由に、一年半ほど前に日本への留学を決めました。
 わたくしは、それを追う形で、星が丘高校に留学したというわけですね。
 なので、先ほどはお伝えしそびれましたが……今日のわたくしを作り上げたのは、リコ様とトウコ様はもちろん、このジゼルお姉さまでもあるわけです。
 でも、それを言ったら、今日ここにいるみなさま全員が『今日のわたくしを作り上げて下さった大切な人』と言っていいかもしれませんね。
 ところで、この感じですと……。
 むむむ。さてはマフユさんたちってば、三人で結託して、わたくしたちにこの件を秘密にしておりましたわね?

「ご安心ください。受験勉強は大丈夫です!
 事前に小テストを受けて、ユモト先生の許可をもらってきたからっ!」

 ですが、それはそれ。
 リコ様が本日参加できるのは非常に喜ばしいことです!

「それならよかったですわ。もう二次試験も近いですし。
 リコ様には、しっかり勉強しつつ、適度に息抜きをしていただきたいですものね」
「えへへ。コゼットちゃん、いつも心配してくれてありがとう」

 さらに、勉強も順調という事でしたらなおよいです。
 ちなみにこのユモト先生とは、星が丘高校のおじさま教師であり、リコ様と親しい先生でもあり、トウコ様のかつての教え子でもある方です。
 なので、リコ様とユモト先生は、トウコ様に頭が上がらないのでした。……まぁ、これはリコ様とユモト先生に限った話ではなく、ここにいるほぼ全員にあてはまることでもありますが……。
 ところでユモト先生とトウコ様は、並ぶと、中年男性のユモト先生と、十八歳程度の容姿をしているトウコ様になります。
 一見年上に見えるユモト先生が、トウコ様に敬語でお話しし、目上の女性として接している姿は……何も知らない方からすると、少し不思議なものに思えるかもしれませんわね!

「では、全員揃ったところで、一度立ち上がって……姿勢を整えまショーウ!」

 リコ様が席に着いてすぐ、ジゼルお姉さまが立ち上がり、こうおっしゃいました。
 なんだか、部長としての仕事をとられてしまったような気もしますが……ジゼルお姉さまは茶道部副部長でもあります。まぁ、よいでしょう。

「おやおや、これは意外な展開じゃのう。いや……茶道部らしいのかな?
 おぬしらは、一年間茶道をしていく上で、座る姿勢をとても大切にしてきたものなぁ」
「ソウデース!
 茶道は、座って行うもの。
 『取り組み方』という意味。つまり、気持ちの面でも……。
 『ポーズ』という意味。つまり、身体の面でも……。
 ワタシたちにとって、座り方を整えることは、とても大切なことなのデース!
 ではコゼットー! 正座の基本的な心得を、おさらいしてクダサイデース!」
「はいはい。承知しましてよ」

 まったくジゼルお姉さまときたら、突然すぎます。
 これでわたくしがまごついてしまったら、ジゼルお姉さまはどうなさるおつもりだったのでしょうか。
 ですが、ご指名いただいたのはわたくしですから、そのようなことはありえません。受けて立とうではありませんか。
 ところで、ジゼルお姉さまは今『正座』とおっしゃいましたね。
 確かに茶道は基本的に『正座』で行うものです。
 わたくしたちは一年間、これを何より大切にしてまいりました。
 そういった意味では、茶道部の基本姿勢は『正座』であるといえるでしょう。
 しかしこれは、日本におけるわたくしたち……外国人にとっても、日本のみなさまにとっても、あまりなじみのない座り方でもあります。
 なので……。

「それではみなさま、一度お立ちになって。
 一度きちんと背筋を伸ばして下さいまし。
 でも、その後は再び自由に座ってよいですわ。
 各自、今日というお祝いの席を楽しむために、一番よいと思う座り方をしてほしい……。
 わたくしたち茶道部は、そのように考えております。
 つまり、正座をする必要はございません!」
「ええっ?」

 驚きの声を上げたのは、幽霊部員と兼部部員も含む茶道部部員たちではなく、部員の友人のみなさまや、本日部に興味を持って遊びに来た方々です。
 きっとみなさまは『絶対に正座をして下さい』と言われるとばかり思ったのでしょう。

「で、で、で、では! わたしはっ……ひとまず正座、しません!」

 一度、スクッ! と立ち上がったのち、ピンと背を伸ばし、そう宣言したのは、一年生部員の『ヤノ モエコ』さんです。
 モエコさんは間違いなく、わたくしの意図を汲んでくださっています。
 茶道部部員ではない方々の中には、今きっと

『正座をしなくてもいいと言ったって、茶道部部員たちはみんな正座するんだろう?』
『だったら、周りの雰囲気に合わせて、結局自分も正座をすることになるじゃないか』
『それは、結果的に強制されるのに等しいじゃないか』

 と思っている方もいらっしゃるはずです。
 もちろん、これは誤解です。
 決してそんなことはありません。
 ですが、わたくしたちの座り方によっては、そう思わせてしまう……あるいは実際にそうなってしまう可能性は高いでしょう。
 なのでモエコさんは、茶道部部員であり、正座の大切さを知っていながら、あえて『ひとまず正座をしない!』と、参加者全員に聞こえるようにおっしゃってくださったのです。
 そして……。

「で、で、で、ですが、ここは茶道部のイベントですのでっ。
 最初にコゼット部長から、座り方の一つとして、正しい正座の仕方を、レクチャーさせていただきます。
 ではお願いしますっ」

 モエコさんはわたくしが話しやすいように、話題を正座に戻してくださいました。
 実にありがたいことです。
 これでお話を聞く茶道部部員以外のみなさまは『茶道部のイベントとして、正座の仕方を学ぶ時間はあるが、その後の座り方は自由だし、部員の中にも、ひとまず最初のうちは正座をしないで過ごす人がいるようだ』と思ってくれたことでしょう。
 モエコさんはこの通り、大変緊張しやすい方です。
 お話しされるときも、どもってしまうことが多くあります。
 ですが、お人柄は大変一生懸命で、活動にも熱心。彼女のできる最大限の方法でわたくしたちを支えて下さっていることを、日々感じます。
 モエコさんのような後輩のためにも、わたくしは部長として頑張らなくてはならない……と、わたくしはいつも思うのです。

「では、お聞きください。
 今こちらのモエコさんがおっしゃってくださいました通り、最初だけ、全員で正座をいたしましょう。
 まず、まっすぐ立ちましょう」

 わたくしの言葉にならって、みなさまがそれぞれに背筋をシャンとさせます。
 そんな中でも、ジゼルお姉さま、オトハさん、マフユさんなどは、みなさまの緊張を解きたいのでしょう。
 おどけるように、少し跳ねるように……コミカルでやや大げさに『ビョン!』と背をまっすぐにしています。
 対照的に、ナナミ様とシノさんは、正確な姿勢をお見せしようと思っているようです。
 静かに落ち着いた動作で立ち上がり、わたくしはその美しい所作に見とれている女子生徒たちを発見しました。彼女たちは、今後ナナミ様やシノさんに憧れて茶道に関心をもってくださるかもしれませんね。
 それからモエコさんは、少し悩んでいたようですが……『普段の自分らしさ』を見せることにしたようです。
 モエコさんは、入学してすぐに入部したものの、本格的な活動を始められたのは少し遅い部員です。
 そんな自分の素の姿を見せることで『茶道部にはこういう部員もいるよ』とお伝えしたいのだと思います。
 そしてリコ様が『それでいいよ』と言うように、モエコさんにならいます。わたくしも同意見です。同じようにしました。
 これは、またも部長としての役割を先取りされてしまったような気がしますが……リコ様は前部長といえど、部長であることに変わりはございませんから、これでよいです。
 こうして、全員が思い思いの立ち方をしました。本題に入りましょう。
 トウコ様は……そんなわたくしたちの取り組みを、穏やかに見守ってくださっています。

「みなさま、背筋を伸ばして立たれましたわね。
 それでは、そのままの姿勢で、足を折りたたんで、ゆっくりと正座しましょう。
 ……と、その前に。
 本日スカートを履いている方は、必ずスカートをお尻の下に敷くようにしてください。
 これをせず、スカートが広がるように座ってしまうと、見栄えが良くありません。
 また、場合によっては、広がったスカートを誰かが踏んでしまったり、どこかに引っかかったりしてしまって、ケガの原因につながる可能性もありますからね」

 先日のマフユさんとの相談通り、スカートの件を最初に説明することができました。
 これを後から言うと、正座し直しになってしまう方が出てくるかもしれません。
 なので、最初に説明した方が親切なのです。

「正座されましたら、ご自身の頭の真下にございます、ご自身の足をご覧ください。
 太もものつけ根から、膝までを見て、その間の位置へ、手を置きましょう。
 ここでカタカナの『ハ』の字を意識するように、斜めに置いてみると、腕が少し楽かと思いますわ。
 この時、脇は閉じるか、少し開いておく程度にしておきましょう。
 膝も、同じように考えるといいですわね。
 膝同士をぴったりとつけるところを『一番近い状態』、膝同士の距離を握りこぶし一つ分程度まで開くを『一番遠い状態』として、この間の範囲で開くようにしましょう。
 足の裏は、ある程度楽にしてかまいませんわ。
 親指同士が触れる程度。親指同士が軽く重ねる程度。あるいは、親指同士が深く重ねる程度。
 この辺りから、自由に選んで座ってくださいまし。
 ただし、親指同士が遠く離れるようにはしないようにしてくださいましね。
 特に、片方の親指が、もう片方のかかとよりも外側に向くのはよくありません」

 これは、これまでに何度もしてきた説明です。
 ですが、わたくしは、たとえ何度目であっても……初めて話すときのように、緊張感をもってお話しするのが大切だと思っております。
 なぜなら、その日初めてこの説明を聞く方が、毎回必ずお一人はいるはずだからです。
 だけどかつてのわたくし……茶道部に入る前のわたくしでしたら『説明し慣れているし、特に気をつけなくても上手に話せるはずだから』と、適当にこなしてしまっていたかもしれません。
 それは、自分のことしか考えていなかったからです。
 説明を聞く相手のことにまで目や、考えがいかず、ただ『話を問題なく終えること』にしか気を配っていなかったからです。
 でも、今は違います。それは茶道部の活動の中で、世の中には様々な人がおり、物を教えるということは、その一人一人がどのような人であるかを、きちんと把握することなのだと理解したからです。
 つまり……茶道部に入ったことで、わたくしの視野は、こんなにも大きく広がったのです。

「みなさま、大変上手に正座ができましたわね。
 それでは、席にございますレジュメをお持ちになって、もう一度お立ち下さい」

 わたくしのこの言葉によって再び全員が立ち上がり『誰も正座をしていない状態』に戻りました。
 わたくしの正座指導は、こうなってようやく完結します。
 なぜなら、正座をしたまま『あとはご自由に』といっても、みなさま正座を崩しにくいでしょうし『せっかく一度正座したのだから』『教えてもらったのだから』と、無理に正座をする人が出てきかねません。
 わたくしたち茶道部は、そういったことはしていただきたくないのです。

「それでは、これにて正座の説明を終了いたします。
 今後の座り方は自由です。みなさま、それぞれ楽な座り方でお過ごしください。
 ですが、もう一度正座をしてみたい方は、お手元のレジュメをご覧になり、ぜひ正座なさってみてください。
 こちらのレジュメには、正座に関する知識も掲載しております。
 こちらはお持ち帰りになり、お手すきの際にご覧になっていただけると嬉しいですわ」

 こうして、わたくしたちによる茶道部の『正座指導タイム』は終了しました。
 みなさまは座席に思い思いの姿勢で座りますと、テーブルの食べ物や飲み物をつまみ始めます。
 これは茶道部のイベントではありますが、必ずしもなじみのない茶道部部員と会話する必要もございません。
 みなさまは、本当に自由に『お疲れ様会』を過ごし始めました。
 すると……。

「このレジュメ、いいのう。
 わらわが知らなかった知識まで載っておるじゃないか」
「ありがとうございまーっす!
 これはぁ、今回、会を中心になって企画したみんなで作ったんですう。
 ねっ! コゼット新部長!」
「あっ! はい! さようでございますわっ」

 トウコ様が、早速レジュメを見て下さり、オトハさんがその説明をしてくださっているようです。
 説明をして少し疲れていたわたくしは、うっかり一瞬お返事が遅れてしまいました。
 ですが、このレジュメは自信作です。
 ぜひトウコ様にも隅から隅までチェックしていただきたいものですわね。

「なるほどなるほど……。
 オモテ面はまず、たった今説明した正しい正座の仕方を、文章とイラストでまとめたもの。
 ウラ面には、正座をすることによって得られるメリットがまとめられておるのか」
「はい。上半分は、勉強に関するメリットですわ。
 正座によって脳に向かう血流がよくなることを根拠に、脳の活性化や、集中力のアップ。
 正座には限りませんが、『良い姿勢』でいることによって、計算スピードがアップした例をご説明させていただいております。
 また、良い姿勢でいることは、身体を守ります。
 たとえば、長時間同じ姿勢で過ごすときは、それができるだけ良いものであった方が、最終的には楽ですわ」
「それはつまり『友達と同じ場所で座って話す』……今のような場合も含まれるのじゃな?」

 トウコ様がニヤリと微笑みました。
 まさに慧眼。先ほどのオトハさんがおっしゃった通りです。
 わたくしたち茶道部は、正座を大切にするからこそ、これを強制してはならないと考えております。
 ですが、正座に対する様々な知識をお伝えした結果……それを聞いた、読んだ方ご自身が『正座はよい。正座をしてみたい』と思って下さるなら、別です。
 わたくしたちは、できればそうなっていただきたいな……。
 という気持ちで、活動し……こういったレジュメを作成したのです!

「さようでございます。
 今回この場に来てくださった方は『少し』以上に正座や茶道に関心を持ってくださっていると思います。
 ですが、いきなり長時間正座をしたり、正座を強制させられたりしては、その気持ちはしぼんでしまうかもしれません。
 なので、あくまで『興味のある方だけが見る』という形で、このレジュメを作成させていただきました。
 ですので、もしかすると……」

 ここで多目的室内を見渡しますと、早速いらっしゃいました!
 友達グループのお一人がレジュメをご覧になったのでしょう。
 そこから波及して、全員が正座を始めているところがございます!

「あのように、進んで正座をするものがいるというわけじゃな。
 こちらのウラ面下部もいいな。
 『正座と武士』という観点から正座を語っておる」
「そうなんですよーっ!
 調べてみたら、正座とは、江戸時代の武士にとってぇ『攻撃する意思がありません』という意思を示す座り方だったみたいなんですーっ。
 正座は最も立ち上がりにくい座り方なので、何かトラブルがあっても、いきなり刀を振るう! ってことができない姿勢なんですねぇ。
 これによって武士のみなさんは『今は斬り合うつもりはありません』という気持ちを伝えていたんですってぇ」
「こちらも、本日ここに来られる方は、日本の文化に興味があるはずだと踏んで作成した記事ですわ。
 『日本の歴史』や『武士』や『刀剣』に興味のある方に見ていただいて、そこから正座にも関心を持っていただけたらと思いましたの」
「狙い通りじゃな」
「え?」
「ほら、あそこを見てみい」

 言われるままにトウコ様がさした方向を見ると、先ほどとは別のグループ全員正座しておりました。
 その会話に、耳を澄ませてみると……。

「僕たちに争う意思はない。
 つまりこの席においては、全員正座するのが、歴史的に正しいのではないかい?」
「あたしもそう思った! よし! 正座だね!」
「いや、オレにはちょっと戦う意思があるよ……。
 このジュース、おかわりしたかったのに、オマエが全部飲んだな?」
「えっ! ごめんなさい! バレちゃった……。
 でも応戦する気はありません。反省してる!
 ほら! 正座してるのがその証拠だよっ」

 おや、これは、つまり……?

「あの方々は、トウコ様が今おっしゃったように、歴史から正座を見て下さったんでござるな!
 あの女の子が正座したことによって、ジュースの件で怒っていた男の子も正座して『許しました』『もう戦う気はありません』と伝えているようでござるなぁ」
「そのようですわね。
 こうやってコミュニケーションに活用していただけるのも嬉しいものですわね。
 それに、争いも一つ防げたようです」
「はっはっは。これもおぬしらの努力のおかげじゃな」
「いえーいでござる! 拙者たち、やりましたぞ!」

 会話にマフユさんが加わり、一層にぎやかになります。
 部員たちで力を合わせて作ったレジュメが早速活用されている。
 これはささやかなことかもしれませんが、十分に成功であるとわたくしは思えます。
 そうです。今日は、こういった取り組みをトウコ様にお見せしたくて、企画したのです。
 こんなわたくしたちを、果たしてトウコ様はどのように評価してくださっているのでしょう……?
 すると、トウコ様もわたくしたちの気持ちを薄々察してくださっているのでしょう。
 目を細めて微笑みました。

「……本当におぬしらは成長したのう。
 これでわらわも、安心してこの部を去ることができそうじゃ。
 頑張ったな。一年間」
「トウコ様……!」

 思わず涙が出そうになりますが、ここで終わってはなりません。
 正座の説明をするとき『無理に正座しなくてよい』『正座はよいものだと、心から感じたときに、正座してほしい』と必ずお伝えするように……。
 わたくしがこの部で何か良い活動ができたときにも、必ずお伝えしなくてはならないことがあります。
 それは……。

「これも……きっとトウコ様とリコ様をはじめとする、みなさまのおかげなのですわ。
 わたくしたちは、入部当初、正座に苦手意識があったり、正座への知識がまるでなかったりするものばかりでした。
 だから、正座が必要な茶道も、もしかするとできないかもしれない。
 途中で挫折してしまうかもしれない……。
 多かれ少なかれ、そんな不安を抱えておりました。
 でも、頼れる特別講師の先生や、優しくて柔軟な先輩がいらっしゃったおかげで、そんな不安は的中することなく、楽しく過ごせております。
 今日はこれをお伝えしたくて、この会を企画したのです。ねぇ、オトハさん?」
「そうでーっす! これは部員全員の総意ですよっ。ねっ、マフユさん!」
「当然でござる! あちらでお二人でお話しされているナナミ殿とシノ殿と、一年生たちに交じっているジゼル殿も呼んできましょうぞ。我々の気持ちは一つであると、トウコ様に証明するのでござる! あとそれから、リコ殿とモエコ殿にも来ていただかねば!」

 三人でニコっと微笑むと、今名前を呼んだみなさまが次々に集まってきます。
 今日はみなさまで、心行くまでおしゃべりして、お食事をして、盛り上がりたいものですわね!

「おっ? コゼットちゃん、わたしのこと呼んだー?」
「ええ。そうです。リコ様のお話をしておりましたわ!
 久しぶりにゆっくりおしゃべりできそうなんですもの。
 リコ様。モエコさんともども、こちらに来てくださいまし!」
「あぁ……。お呼びでしょうか? 離れていて申し訳ございません。
 ついナナミ先輩とのお話が楽しくて」
「前から思ってたけどーっ、シノとナナミ先輩って雰囲気似てるもんねぇ。
 ふたりなら、いつまででも話し込んじゃいそう!」
「はい。オトハさんのご指摘通りです。わたしの不在時の部活の話も聞けるのが楽しくて……」
「ここっ、こっちでもっ。ナナミ先輩とシノ先輩みたいにっ。
 わたしが入部する前のお話っ、リコ先輩からお聞きしてました! 
 とととっ、とても、興味深くて!
 あの! もっとみなさんのお話も聞かせてほしいです!」
「テヘーッ。あっちで勧誘してたら皆食いついてくれマシテー。
 ご挨拶が遅れて申し訳ありマセーン、トウコ先生!」
「まったく、ジゼル殿らしいでござる。でも……素晴らしいでござるぞ!」
「はっはっは。茶道部は、本当にみんな元気じゃのう」
「よし……これで全員揃いましたわね!」
「はーい!」

 各々が大きく手を上げ、一つのテーブルに、茶道部の中心メンバーが集結します。
 今日はきっと、いつまでも解散したくないくらい、ゆかいなひとときとなるでしょう。
 同時に、わたくしたち二年生以下の部員の成長を、トウコ様とリコ様に、もっと見ていただける機会にもなるでしょう。
 ――絶対に長丁場になるでしょう。
 そんなことを思いながら、わたくしはその時間をより良いものにするべく……もっとも『良い姿勢』である、正座をし直したのでした。


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