[215]正座先生ギャラクシーと新たな正座の先生



タイトル:正座先生ギャラクシーと新たな正座の先生
分類:電子書籍
発売日:2022/01/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:64
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり

内容
 星が丘市に暮らす平凡な中学生・キョウカは、宇宙人のミライに正座を教える『正座先生・ギャラクシー』として活動中。
 しかし、そうとは言っても、キョウカ自身もまた『正座初心者さん』。
 ミライと共に、偶然持っていた正座に関する冊子や、図書館で見つけた本から勉強したり、正座に造詣の深い星が丘高校茶道部の面々に正座を習ったりしながら、正座について知識を深めている最中だった。
 果たして今の自分は、ミライの先生といえるのか?
 ミライにはもっと、よい正座先生候補がいるのではないか……?
 ある日そんな風に悩んでいたキョウカは、偶然帰省中という大学生・ナツカワさんに出会う。
 なんと彼もまた『正座先生』として活動している最中らしく⁉
 地球人と宇宙人、二人で一から正座を学ぶ、新しい『正座先生』シリーズ、第4弾です!

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本文

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『先生になりたい!』

 と思って先生になった訳ではないけれど、先生という、誰かにものを教える立場になったからには、責任を持って取り組みたい。
 たとえ『先生』というのは名ばかりで、実際は生徒と一緒に学ぶ身で……。
 少しでも油断したら、生徒に追い抜かされてしまいそうな弱い『先生』であったとしても! 気持ちだけは、それらしくあるべきである。
 ……と、思ってわたしはこれまで先生業務に励んでいたわけなのだけど、最近、少し不安になってきてしまった。
 わたしの名前は『サワタリ キョウカ』といい、日本の星が丘市に住む、ごく普通の中学二年生だ。
 わたしには、これといって得意なことはない。
 逆に、これといってものすごく苦手なことも……多分あるんだろうけど、これといって自覚することはなかった。つまり、深刻な悩みとして立ちはだかることはなく暮らしてきたのである。
 だからわたしのこれまでの人生は、本当に平凡、平凡に続いてきた。
 もし仮に『あなたは先生と生徒、どちらになることが多い?』という質問を受けたなら『多い、少ないも何も……私は生徒にしかなったことがありませんよ! 少なくとも、当面はこの状態が続くことでしょう』と、答える人生だったのだ。
 そんなわたしは、最近、突然『先生』となった。
 正座を教える『正座先生』になったのである。
 しかもこれは、同じ日本人に教えるとか、日本にいらっしゃった海外の方に教えるとか、そういう地球人相手の『先生』ではない。
 いや、お相手は、海外の方といえば海外の方で間違いないのだけど……海の外というよりも、空の外にいた存在だ。
 ……つまり、わたしの生徒は、宇宙人なのである。
 ゆえに今のわたしは、宇宙人に正座を教える『正座先生・ギャラクシー』なのであった。
 ここまでの話を聞いたら、おそらくみなさんは

『これといって得意なことはない、なんて嘘だったんですね!
 それはきっと、これまで教える機会がなかったというだけ。
 実はキョウカって、正座のエキスパートだったんでしょう!』

 ……と、思うことでしょう。
 でも、実際はまったくそんなことはない。
 これは、謙遜のつもりは一切ない。だからさらに深刻なのだ。
 わたしは本当に、ただの『正座素人』。
 ……と名乗るのは悲しいので、もう少し柔らかい表現にして……『正座初心者さん』なのである。
 つまりわたしは『先生』と呼ばれたり『先生』を自負したりするほど正座ができるわけではないのに『正座先生・ギャラクシー』になってしまったというわけなのだ。
 これは、わたしの生徒である宇宙人『ミライ』さんが、出会った当初、他に先生候補として頼る相手がおらず、とても困っていたから……。というのが大きい。
 ミライさんは正座を学ぶために、遠い母星から、はるばる単独で地球にやって来た。
 と、ここまではよいものの……宇宙人であるミライさんは、宇宙人であるがゆえに、地球の知り合いはいない。
 そんな中『サワタリ キョウカという子は、正座先生と呼ばれるほどすごいらしい』という情報だけを頼りに、わたしをたずねてきたのである。
 だが、この情報は『誤り』だった。
 正確には『正しい』らしいのだけれども、それは約一年後のわたしの情報らしい。
 つまり……今は二〇二〇年なので……二〇二一年秋ごろのわたしは『正座先生』と呼ぶにふさわしい存在になっている。
 でも、ミライさんは時間旅行に失敗した。
 二〇二一年ではなく、二〇二〇年秋に暮らす、ごく一般的な日本人程度にしか正座の知識がない人間……つまり『正座初心者さん』でしかないわたしの方へ、会いに来てしまったのだ。

『だったら、今すぐ一年後にワープし直さなくちゃ!
 ミライさんは、時間旅行ができるんでしょう?
 なら、一年後のキョウカから学んだ方がいいよ!』

 そう思って、実行できたのなら良かった。
 だけどこれは叶わず、ミライさんは当面のあいだ、二〇二〇年秋の日本で生きていくことになった。
 要するに『正座先生初心者さん』のわたしに頼らざるを得なくなってしまったのである。
 かくしてわたしは、ミライさんの先生となった。
 『一年後の自分は、すばらしい正座の知識と技術を身に着けている』そんな情報だけをよすがに、ミライさんと一緒に勉強しながら、頑張っている。
 だけどそうするうち、わたしは気づいてしまった。
 それは、この星が丘市には、本物の『正座先生』と呼べる存在がたくさんいるということだ。
 たとえば、星が丘高校茶道部のみなさんがこれに該当する。
 彼女たちは、茶道部の活動と並行して、正座の良さを伝える活動も行っている。
 わたしがミライさんと出会った日、最低限正座について教えることができたのも、以前星が丘高校茶道部が配布していた『正座マニュアル』が自宅にあり、これを参考にしたからなのである。
 そんな星が丘高校茶道部のみなさんとわたし、そしてミライさんは、最近『正座マニュアル』の存在がきっかけで知り合った。
 彼女たちは本当に親切で、正座への知識と技術も深く、まさしく『正座先生』と呼ぶにふさわしい存在だった。
 だから、わたしは思ってしまったのだ。

『だったら、ミライさんは、初心者のわたしから無理に学ぶよりも……。
 星が丘高校茶道部のみなさんのような、本物の正座先生に師事した方がいい。
 だってその方が、きっと早く正座を学べる!』

 と……。
 果たしてわたしは、これからどうするべきなのでしょうか。

『いや、そんなことはない。
 ミライさんはわたしを選んでくれたし、わたしもこれに応えると決めた。
 だから、たとえわたしのレベルは『正座初心者さん』程度の状態でも……。
 正座先生・ギャラクシーとして頑張るべきだ!』

 と、これまで通り一緒に正座を学び続けるのか。
 それとも、

『初心者の自分が、無理に先生役を続ける必要はない。
 もっと適切な先生役を見つけたのなら、事情を説明して、その人に引き継ぐのがよい。
 ミライさんのためにも、自分のためにも……。
 その方が、きっとうまく行くはずだ』

 と考え『正座先生・ギャラクシー』でいることをやめるのか。
 さらにそれとも……もっと別の、存在するかどうかもわからない、第三の選択肢を探すのか。
 今回は、これを探るおはなしです。


「あぁ……。これから本当に、どうしよう……」

 十一月上旬のある日。
 わたしはこんなことをつぶやきながら、一人川原を歩いていた。
 今の時刻は、十四時半と言ったところ。
 天候はまさに『小春日和』という感じで、心地よく暖かい。
 暦の上では寒い季節に差し掛かりつつも、この川原には、穏やかでさわやかな空気が満ちている。
 つまり、散歩するにはうってつけのタイミングなのであった。
 だけどわたしは、この通り悩んでいる。
 ズドーンと、ドヨーンと、身体全体に暗い空気をまとって……トボトボと歩いている。
 悩んでしまう理由は、先ほどお伝えした通りだ。
 わたしは、『正座初心者さん』でありながら、ミライさんの『正座先生』として頑張る。……という、現在の生活について、疑問を感じるようになっていたのだ。
 早い話が『ミライさんには、わたしよりも、もっといい先生がいる』『わたしが先生のままでは、ミライさんは正座をマスターできないかもしれない』と感じるようになってしまっているのである。
 一度こうなってしまうと、なかなか考えを変えることはできない。
 また、自分以外の誰かに、この件について聞くのも難しい。
 なぜならまず、ミライさんは優しく、そして義理堅い。
 この件についてたずねたところで、きっと

『キョウカは必ず、すばらしい正座先生になります。
 今は、少し自信をなくしてしまっているだけです』

 と励ましてくれるか……あるいは、

『正座先生という響きが重荷なら、これからは『正座生徒』になりましょう。
 いつか二人揃って正座先生になれると信じて、一緒に頑張っていけばいいじゃありませんか』

 と、先生としてではなく、生徒同士として頑張るのもいいじゃないか! と、提案してくれることだろう。
 そう。ミライさんはとても優しい。
 だから仮に『キョウカには期待できそうもない。だから、他の人を探さなくてはならないかもしれない……』と、思っていても、口に出すことはないだろうし、実行に移すこともないように思う。
 そもそもミライさんには、先ほどお話しした通り、現状、わたし以外に頼れる人はほぼいない。
 いるとしても、それは星が丘高校茶道部の方々だけだ。
 わたしから、わたしとの共通の知り合いに『乗り換える』ようなことをするくらいなら『キョウカの成長を待つか、一緒に茶道部のみなさんに頼って、一緒に成長する道を選んだ方が良い……』と、考えることだろう。
 では、どうするのがいいのか、ミライさんにではなく、第三者に意見を募りたいところだ。
 けれど、これも難しい。
 まず、わたしのお父さんとお母さんは正座について特に詳しくない。
 また、わたしたちがどんな風に正座について取り組んでいるかも知らない。
 だから二人に聞くのは、あまり意味がない。
 これは、わたしの友達についても、同じことがいえる。だから、友達に聞くのもできないのである。
 では、正座についてよく知っている人に聞くのがよさそうだけど……。
 これもまた難題だ。
 正座についてよく知っている知り合いは、星が丘高校茶道部の方のような、わたしとミライさんの共通の知り合いしかいない。
 そんな立場の人たちは、やはりわたしを気遣ってくれるだろう。
 たとえば、ズバッと鋭いことを言ったり、バシッと現実を突きつけてくれたりすることはないように思うのだった。

「……だけど、できれば誰かに相談に乗ってほしいんだよなぁ……。
 わたしがこのまま考えを決められずにいたら、ますますミライさんの足を引っ張ってしまうかもしれないし。
 だって、ミライさんが地球に居られるのは一年間って決まってる。
 それまでに必要な知識と技術を習得できなかったら、ミライさんは困ってしまうよね。
 ……仮にわたしが『正座先生』の仕事をやめるって言ったら、ミライさんはどうするんだろう。
 うちに住むのも、やめちゃうのかな」

 そう。また、ミライさんには、住む場所の問題もある。
 現在ミライさんは、わたしの家に居候しながら、一緒に正座の勉強をしている。
 それはやっぱり、他に頼れる人がいなかったからだ。
 だからわたしは、お父さんとお母さんにどうにか交渉して、ミライさんをうちに住めるようにしてもらったのである。
 これは、なかなか骨が折れた。
 当初、お父さんとお母さんに、家族でもなければ、地球人ですらないミライさんの素性をごまかすことは、それだけで大変だったからだ。
 けれど現在では、ミライさんはすっかりうちに馴染んでいる。
 わたしたちサワタリ家と、ミライさんが一緒に住むようになってからの期間は、まだ短い。
 でも、お父さんもお母さんも、すでにミライさんを、もう一人の娘同然に感じるようになっているのだ。
 だから、仮にわたしが『正座先生』をやめることがミライさんとのお別れに直結するなら、それはとても残念だと思うし……。
 お父さんもお母さんも、きっと悲しむだろうと思うのだった。
 逆に、わたしが正座先生をやめたとする。
 それでもミライさんは、引き続きうちに住むという選択肢もありだ。
 でも、その場合、ミライさんは気まずい思いをするのではないか。
 うーん……どうしよう……。こんなに考えているのに、何一つ決まらない……。
 ところで、そんなミライさんは今日、『ヤスミネ マフユ』さんのところへ遊びに行っている。
 マフユさんは星が丘高校茶道部の一員で、とても親切で優しいだけでなく、正座についてもすばらしい実力をお持ちの方だ。
 だから今日も、ミライさんは遊びに行くついでに、正座について学びに行っているはずなのだった。
 実はこの席には、わたしも誘ってもらっていた。
 だけど……わたしはミライさんの正座先生でいることについて、少し一人で考えたいと思っていた。
 だからお断りして、こうして一人で川原に来ているのである。

「はぁ……。
 ミライさんにも、マフユさんにも、悪いことしちゃったなぁ。
 もし今後も『正座先生』でいることを続けるなら、今日も絶対、遊びに行った方がいいって、自分でもわかってたのに。
 でも……」

 わたしが『正座先生』をやめてしまって、このままマフユさんに正座を学ぶ方が、結果的にはミライさんは幸せかもしれないし……。
 そんなことを考えながら、わたしはレジャーシートを敷き、河原の草むらの上に座り込む。
 こんなときでも、つい開いてしまうのは『正座マニュアル』だ。
 ここには、星が丘高校茶道部のみなさんがまとめた、正座の基礎がたっぷり詰まっている。
 わたしとミライさんは、ここに載っている内容を何度も反復しながら、少しずつ正座レベルを上げていると言ってもよい。
 だから『正座先生になる』と決めて以来、暇さえあれば開くようにしているのだけど……。

「あっ!」

 そんな『正座マニュアル』のページをめくろうとした瞬間、それは、ビュワリ! と、強風にあおられる。
 そのまま『正座マニュアル』は……サイクリングロードの方へ飛ばされてしまうではないか!

「ダメ! 飛んでいかないで!」

 すぐさまわたしは、レジャーシートに重しの石を置き、慌てて立ち上がる。
 そしてそのまま、風に舞う『正座マニュアル』を追いかけ始めた。
 だって『正座マニュアル』は、手元に一部しかない。
 なくすわけにはいかないのだ!

「あー! すみません! その冊子、つかまえてくれませんかーっ!」
「……おや?」

 こうして必死に『正座マニュアル』を追いかけていると、飛んでいく方向に、若い男性の姿が見えた。
 しかも『正座マニュアル』は、たった今、彼の足にぶつかる形で止まったではないか。
 チャンスだ!

「わかったよ。必ずつかまえよう」

 男の人は、わたしの声を聞くて大きく頷くと、すぐさま『正座マニュアル』を拾い上げてくれる。
 こうして無事『正座マニュアル』は回収できたのだった。
 はぁ……助かった。
 『正座マニュアル』がぶつかったのが、感じのよさそうな方でよかった!

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!
 ありがとうございます、ひ、拾っていただけて……。とても助かりました……」
「いやいや、とんでもない。ちょうど通りがかっただけだからね。
 はい、どうぞ」
「ありがとうございます! 本当に助かりました……!」

 わたしが息を切らしながら近づくと、男の人は、にこやかに微笑む。
 それから『正座マニュアル』についた砂埃を軽く払い、そのままわたしに手渡してくれる。
 そんなこちらの方は、大学生くらいなのだろうか?
 背が高くて、眼鏡をかけていて、優しそうで……おまけになんだか知的な雰囲気の方である。
 だけど男の人は、ここで一度『正座マニュアル』の方をジッ……と見た後、眼鏡を一度『クイッ』と上げ直して……。
 わたしを正面から見つめ、こんな質問をしてきた。

「ところで……。差し支えなければ、おたずねしてもいいかい?
 この冊子を持っているということは、君ってもしかして……」
「あっ!」

 だけどわたしは、男の人が質問を終える前から、その内容を察する。
 そう。前にもこんなことがあった。
 前述のマフユさんと知り合った時も『正座マニュアル』の存在がきっかけだった。
 図書館で『正座マニュアル』の話をしているわたしとミライさんのところに、偶然通りがかったマフユさんが『もしかして正座に興味があるの?』と、声をかけてくれたのだ。

「はい! わたし、星が丘高校茶道部のみなさんから、正座を学んでいる身です!」

 だからわたしは、はっきり答える。
 もしかしたらこの方も、星が丘茶道部の関係者なのかもしれないからだ!

「……というと、茶道部部員というわけではないのだね。
 あ、もしかして、まだ中学生なのかな?」
「そうです。わたしは今、とある事情があって……どうしても正座の技術と知識が必要なんですが……通っている中学には、茶道部も、正座を勉強できそうな部活もないんです。
 だから、星が丘高校茶道部のみなさんに協力していただいています」
「なるほど……」

『ところで、お兄さんは、星が丘高校茶道部に関係のある方ですか?』
『もしかすると、元部員さんですか?』

 と、わたしが質問する前に、男の人は『ハッ!』と気づいたように口を大きく開く。
 それから慌てて、鞄の中を探り始め、やがてパスケースを取り出すと……中から、運転免許証を出して見せてくれたのだった。

「あぁ、申し訳ない!
 色々聞く前に、まずがこちらが名乗らなくてはね。
 僕は『ナツカワ シュウ』といいます。これが身分証明だよ。
 僕は星が丘高校の卒業生で、今は東京都の大学に通っているんだ。
 だけど今時期は少し余裕があるから、土日を利用して帰省してきたというわけさ」
「えっ! つまり、OBの方ってことですか?」
「そうだよ。僕は茶道部には所属していなかったが、在学中、茶道部のみなさんには本当にお世話になった。
 受験に成功できたのも、彼女たちの協力があったから……。と言っていいくらいなのさ。
 だからこの『正座マニュアル』を見て、君も同じように、星が丘高校茶道部に関係のある方なのかな? と思った。
 だから、つい嬉しくなって、質問してしまったわけだ」
「なるほど……!」

 『受験に成功できたのも、茶道部の協力があったから』というと……。
 もしかしてナツカワさんは、当時、集中力がアップするお茶とかをたててもらっていたのかな……?
 もしそうなら、ナツカワさんのパワーの源になったのは『茶道』で、『正座』はあんまり関係ないのかな……?
 と、ついわたしは在学中のナツカワさんと、星が丘高校茶道部のみなさんのことを想像してしまう。
 ナツカワさんの免許証を見るに、今は大学二年生でいらっしゃるようだ。
 つまり、マフユさんたちの二学年上に当たり、一緒に通った期間が一年あるということである。
 ということは……ナツカワさんとマフユさんはお知り合いなのかもしれない!
 ……でも、この件については後で聞いてみるとして。今はまず『協力』の内容について知りたい。
 でも、『勉強に効果的なもの』というのなら、やっぱり『正座』よりも『お茶』の方が、近いようにも思う。
 だけど、もし、もしそれが『正座』の方だったのなら、ぜひお話を聞いてみたい……。
 そう思っていると、わたしが今気になっていることに答えるかのように、ナツカワさんが口を開いた。

「おっと。ごめんね、説明が足りなくて。
 僕は当時、数学部という違う部活動に所属していた。
 だからずっと、茶道部とはかかわりのないまま暮らしていたんだ。
 だけどある日、茶道部は『正座勉強法』というものを開発してね。
 それがなかなか効果があるということで、校内で話題になったんだよ。
 そこで僕は『なんとしてでも、正座勉強法を習得したい!』と思った。
 僕は当時、難関大学を受験予定でね。
 だから、もし良い勉強法があるなら、何でも知りたいと思っていたんだ。
 そこで、当時の部長さんたちに声をかけて……これがきっかけで、茶道部のみなさんと仲よくなったんだ」
「正座勉強法!? そんなものがあるんですか……!
 それから、当時の部長さんって……!」
「うん、あるよ。そして部長は『サカイ リコ』くんだね。
 サカイくんもまた難関大学を受験予定だったから、合格のために『正座勉強法』を編み出したのさ。
 つまり、まず、志望校に合格したいという気持ちがあって、だからこそ新しい勉強法を生み出せたということだね。
 かくいう君は、なぜ正座を始めたんだい?
 今の話だと『部活や趣味に必要だから』というわけではなさそうだけど……」
「あっ……それなんですけど……」

 質問をされて、わたしは思わずドキっとする。
 かつてサカイさんが『勉強に必要だから、正座勉強法を生み出した』のなら、わたしには『ミライさんに教えるのに必要だから、正座を勉強し始めた』以外の理由はなかった。
 でも、それを正直に言うのは、なんだかはばかられた。
 だってそれは『もしミライさんがいなかったら、わたしは正座をしなかった。つまり、自分には正座は必要ないものだった』と認めているのに近い。
 正座を大切に思っている人の目の前で、それを言うのはよくないことのような気がしたのだ。
 『かと言って、今のキョウカには、それ以外に正座をする理由はないのでしょう?』と指摘されてしまったら、ぐうの音も出ないのだけど……。

「……もしかして、何か訳ありかな? 良かったら相談に乗ろう」

 だけど、そんな迷いは、ナツカワさんにはお見通しだったようだ。
 妙に口ごもるわたしを見て『何かありそうだ』と察したらしい。

「あ……。実はわたし、最近、海外から来た方に、正座を人に教える『先生』になりまして。
 それもあって、この『正座マニュアル』をよく読むようになっていたんです。
 でも、わたしはこれまでずっと正座をしてきたわけではないので……その人の『先生』として、なんだか自信がなくなってきてしまったんです。
 『もしかして、わたしよりも、もっといい先生役がいるんじゃないのかな?』『わたしはこんな気持ちのまま、正座を教えていていいのかな?』って、思うようになってしまったんです」
「ふむ……」

 そのまま、川原に沈黙が流れる。
 それは当たり前だ。自分から質問したこととはいえ、急にこんな悩み相談をされて、ナツカワさんは困ってしまったことだろう。
 だって、ナツカワさんには、解決策を出せるほど、わたしに関する情報がない。
 さらに言えば、唯一の情報といえるわたし自身の気持ちも、まるでまとまっていないのだ。
 そんな中助けを求められたって、わたしだったら、困ってしまう……。
 と、思っていると。

「キョウカくん。僕の見解をお話ししてもいいかい?」

 ナツカワさんが口を開いた。
 もしかすると、高校時代マフユさんたちと正座を学んだ身として、何かわかることがあるのかもしれない!

「はいっ! もちろんです!
 何か気づいたことがあれば、ぜひお聞かせ願いたいです」

 そう思ったわたしは、ナツカワさんが、一気に問題を解決するような、何か素敵なことを言ってくれるんじゃないかと期待した。
 しかし……。
 彼が続けた言葉は、わたしにとって、あまりにも予想外なものだった。

「思うに、君はたぶん、まだ正座が『好き』か『嫌い』なのかも……。
 自分にとって『必要』か『不必要』なのかもわかっていないんじゃないかな。
 だから『自分がどうしたいか』じゃなくて『相手がどう思っているか』を基準にものを考えてしまうんだよ。
 だってもし『自分がどうしたいか』決まっているなら……。
 たとえば『正座先生を続けたい』と思っている場合は『正座に詳しい人は、どんな勉強をしてきたんだろう』と、具体的なレベルアップ方法について考えるはずだよね。
 逆に『正座先生を続けたくない』と思っている場合は『それを生徒役の人に、どう打ち明けるか』とか『いっそのこと、もっとよい先生にバトンタッチするために相談してみよう』なんて、考えるはずだもの」
「えーっ!」

 その発想はなかった。
 でも、確かにナツカワさんの言う通りかもしれない。
 そう思い始めてきたわたしに、ナツカワさんは続ける。

「まず君は、自分のためではなく、生徒役の方のために、正座を学び始めた人だ。
 だから心のどこかで、『正座先生』を目指すことが義務になってしまっているようだ。
 だから『正座をすると、自分はこんな風に良くなる』という未来を描けていないままだし……。
 それゆえに、モチベーションが上がりきらずにいるし『正座について本気で学ぼう!』という気持ちにもなりにくい。
 その結果、先生役を続けるかどうか、悩んでしまうのではないかい?」
「どうして、ナツカワさんはそう思ったんでしょうか……?
 今のわたしは、そんなに、正座に情熱がなさそうに見えますか?」
「それはね。僕自身、正座にかつては特に関心がなかったからさ。
 『正座は自分にとってプラスになる』そう確信したから僕は正座を始めた。
 だから、始めた当時の僕には『志望校』への情熱はあっても、『正座そのもの』に対する情熱はなかった。
 だけど、『今の自分に必要なもの』だとは思っていたから真剣に取り組んだ。そのうちに、正座をよく知り、純粋に良いものだと思った。
 だから、正座そのものにも情熱を持つようになっていったんだ。
 きみも当時の僕と同じなんじゃないのかなって、思ったんだよ」
「なるほど……」
「きみは一度、自分自身が今後どうしたいのか、考える機会を持つべきだ。
 せっかくだし、ここで少し正座をしてみようか?
 あそこのレジャーシートはきみのもののようだし。
 ……あ、いや、いくら天気がいいとはいえ、長時間ここにいたら、身体を冷やしてしまいそうだね。
 どうしようか……。おっと!」

 プルルルルル!
 そこで、ナツカワさんのスマホが着信を告げた。

「すまないね。少し待っていてくれるかい」

 ナツカワさんは小さく手で『ごめんね』のポーズを作ると、電話をかけてきた相手を確認しようと、画面表示を見る。
 わたしも頷いた拍子に、その表示が目に入ってしまった。
 その相手は……『ヤスミネ マフユ』さん!?

「えっ? マフユくん?」
「えっ! マフユさん!?」
「おや、もしかしてマフユくんと知り合いなのかい?」
「はい、そうですが……」
「なるほどね。そうだ。だったらスピーカーにしよう。
 そしたら、キョウカくんも僕たちの会話を聞けるからね。
 もしもーし! マフユ君! どうしたんだい?」
「もしもーし! ナツカワ殿!
 突然で申し訳ないでござるが、今から星が丘神社においでよでござる!
 今拙者は、最近正座を始めたお友達と、正座をしているのでござる。
 だが、生まれた頃から自然に正座をしている拙者では、正座について、うまく伝えられない部分があるのでござるよ。
 そこで、高校生になってから本格的に正座するようになった人に助けてほしいな……と考えたとき、ナツカワ殿が浮かんだでござる!
 予定では会うのは、明日でござったが……今日もお時間があるのなら、ぜひ! と思ったのでござる。
 一緒に正座しながら、おやつを食べようでござるー!」
「おや、いいね! 実は僕も今『正座初心者さん』とお話をしていたところだったんだ。
 もしよければ、その方も連れて行っていいかな?」
「もちろんでござるよー! 待っているでござる! ではまたあとで!」
「えーっ!」
「ありがとう! ではまた、あとで!」
「ええーっ!」

 わたしが口をはさむ前に、星が丘神社行きが決定してしまった。
 ナツカワさんは早々に電話を切ると、向こうに放ってあるままのわたしのレジャーシートをたたむ。
 もう、星が丘神社へ向かう準備を始めてしまっているのである。
 だけど、突然の展開にアワアワするわたしに、ナツカワさんはこう言った。

「強引で申し訳ない。でも、いい機会だよ。行ってみようじゃないか。
 ここで、君の今後の正座について考えよう」
「で、でも……」
「もし、もしもだよ。
 もし、君にとって正座が不必要なものであるなら、それに気づくのは早い方がいい。
 正座はよいものだけど、決して強制されてやるものではないんだ。
 もし君が『正座をしたくない』『正座は自分には必要ない』と思ったなら、やめてしまうのも、正しい選択だ。
 どんなに正座を好きな人間であっても、目の前に、気が進まないのに正座をやらされている人がいたら、止めるよ」

『決して気が進まないわけではありません』
『自分で決めたことなのに、自信が持てずにいるだけなんです』

 そう言いかけたところで、わたしはやめた。
 少なくとも、今のナツカワさんには、その違いがわからないほど、わたしは頼りないのだろう。
 だったら……。

「……わかりました。わたし、星が丘神社に行って、見極めてみようと思います。
 自分が正座をどう思っているかを」

 今日の行動次第で、わたしが『正座先生』を続けるか否かが決まるかも知れない……。
 そう思い、わたしはゴクリとつばを飲み込んだ。


 かくしてわたしは、結局誘われた通り、星が丘神社にやってきたのだった。

「いやー! すばらしい偶然でござるなぁ。
 まさか、キョウカ殿とナツカワ殿が、川原で出会うだなんて!
 では、ここからはみんなで『正座会』でござるな!」
「まったくだ。偶然に感謝だね」
「マフユさん、今日は突然すみません! よろしくお願いいたします!」

 到着後、わたしはまず、マフユさんにご挨拶をした。

「……………」

 だけどわたしを見て、ミライさんはキョトンとした表情で黙り込んでいる。
 それはそうだ。
 わたしは今日『用事がある』と言って、一緒にマフユさん宅へ行くお誘いを断った。
 なのに、なぜか今になって、結局星が丘神社に来ているのだから。
 ……あぁ、なんだかちょっと気まずい。
 それに、わたしは今日の結果次第では、正座先生を辞退するかもしれないのである。
 どうしよう。ミライさんと目が合わせられない……。

「では早速。正座の仕方のおさらいを頼むよ、キョウカくん」
「おおっ!? 本当に早速でござるなぁ! 今日はやる気でござるな、キョウカ殿!」
「はいっ! 到着して早々で恐縮ですが、正座の仕方をご説明いたします!」

 わたしとナツカワさんは、ここに来るまでに色々話し合い、今日は次のような方法で『サワタリ キョウカにとって、正座は必要なものなのか』と見極めることにした。
 それはまず『正座を教えるのは、楽しいかどうか』ということだ。
 わたしはミライさんの正座先生になった以上『教える側』の役割をする。
 なので、そもそも『教えるのはつらい、向いていない』と感じるようだったら、正座先生を無理に続けるのはよくないのではないか……。という結論に至ったのだ。

「では……そこの、畳のお部屋がよさそうですね……。
 マフユさん、あそこで正座をしてもいいですか?」
「もちろんでござる! そのつもりで、うちを会場にしたようなものでござるからな!」

 『正座先生』として最初にするべきは『無理なく正座ができる場所』の確保だ。
 当然ながら、正座ができる場所は決まっている。
 例えば、靴を脱ぐのが不可能な場所では正座ができないし、靴を脱ぐことはできても、冷たい床やコンクリートの上では、長時間正座はとてもできない。
 まず、教えるのに適した場所を確保するのも、先生の役目なのである。

「ではでは、次にみなさん、確認をします。
 正座とは、座り方の一つで、主に日本で行われている座り方です。
 元々は中国の座り方でしたが、現在の中国では正座の文化はなくなっており、『日本のもの』と言ってよい座り方になっています。
 正座は、床に座っているときの座り方になります。
 椅子やソファーに座っているときは、正座はしません。
 床に座っているときに正座をしますが、床が冷たすぎたり、腰を下ろすのに適さなかったりする場所ではお勧めしません。
 あくまで快適に、無理なく過ごせる場所で正座をしましょう。
 なので今日は、畳の上を、正座場所として選ばせていただきました」
「うんうん。正しいよ! その調子だ、サワタリ君」

 ナツカワさんが優しく相槌を打って応援してくれる。
 わたしはこれにホッとしつつ、指導を続けた。
 今のところ……『つらい』『嫌だ』とは感じない。
 むしろ、みなさんがわたしの話を聞いてくれることを嬉しく感じ、ドキドキしている。
 つまり、気持ちが高揚しているのだ。

「ではではでは、立っている今の状態から、正座をしてみましょう。
 形としては、まず、膝から足の甲までを床につけます。
 それから、膝を曲げて、かかとの上にお尻を乗せます。
 この座り方が、正座です」
「…………」

 全員で正座をしてみても、ミライさんは沈黙を守ったままだ。
 この説明は、もう、ミライさんと、何度も繰り返してきた。
 繰り返し口にしたり、相手に教えたりすることで、知識を頭に刻んできたからだ。
 それを『大変だ』『覚えられるのか不安だ』と感じたことはある。
 だけど『こんなことをしたって意味がない』とか『できなくたってかまわない』と思ったことはなかった。
 それは、わたしには意味のあることだったからだ。
 それは『ミライさんに教えるために必要な知識だったから』というのが大きい。
 でも仮に、ミライさんが今のわたしに不満を持って……。
 『やっぱりキョウカに正座を教えてもらうのはやめます!』と言ったとする。
 だけど、それでもわたしは『じゃあ、もう正座の知識なんかいらない』『全部忘れてしまおう。どうでもいい』とは思わないだろう。
 むしろ、たとえミライさんとの関係がうまく行かなくなったとしても、機会があれば、誰かに正座を教えようするだろうと思った。
 それは、正座を学ぶうえで、ミライさんと四苦八苦したり、試行錯誤した時間に、価値を感じているからだ。
 誰かが同じように正座を学ぶことになったのなら、その手助けがしたいと思うからだ。
 そう思っているわたしに『正座は必要か、不要か』とたずねるのなら……。
 『必要だ』と言っても、いいのではないだろうか?

「以上が、わたしが正座について知っていることです」
「ええっ!?」

 ここで、ミライさんが初めて発言した。
 本当はもう少しくらいは正座の知識があるのに『今持っている知識はこれだけ』と宣言したからだろう。
 だけど、今はこれ以上『知っているふり』をしたくなかった。
 それは、マフユさんやナツカワさんという、自分よりも正座に詳しい方がいる前で『正しいかどうか、自信のない知識』を披露するのはよくないなと思ったのもあるし……。
 もし自分が今後も『正座先生』であり続けるなら『正座初心者さん』であり『正座生徒』として、自分よりも正座に詳しい方から、積極的に学びたい。
 そう思ったのだ。

「なのでナツカワさん! ここからバトンタッチお願いします!」
「そ、そう来たでござるか!? もしや二人、ここに来るまでに打ち合わせをしていたでござるな!?」
「まぁ、そうとも言えるかな。実はサワタリ君から『何でも構わないので、今の自分が知らない正座の知識を教えてほしい』と頼まれていたんだ。
 で、サワタリ君が知らないことであれば、きっとミライ君も知らないだろうと考えた。
 ならば、ここに来てから話してもいいかなと思ったんだ」
「ナツカワ殿の得意な正座の知識……ということは……」
「そう。『正座勉強法』の話をしようと思って」
「あぁ! それはよいでござるな。
 キョウカ殿とミライ殿は、今は『正座を使う文化』などには特に触れていないでござる。
 正座をすることで、何かにつながるという実感が得られにくいようなのでござるよ」
「ん? 正座勉強法……?」
「端的に言えば、正座をすることで集中力アップにつなげる。
 これによって、勉強の効率もアップする……。
 という勉強法だよ」
「えーっ! そんなものがあるんですか!」

 それは初耳だった。
 ナツカワさんってば、ここに来るまで、そんな秘密を隠していたのか!

「実は正座にはね、目を覚ます効果があるんだ。
 たとえば食事の後『お腹がいっぱいで、眠くなってしまった』『そのせいで、予定したことができそうにない……』ということがあるだろう?
 こんなとき、正座をすると、目が覚めるんだよ。
 理由は、正座をすることによって、頭の血流が急に増えるからだ。
 これによって、脳は活性化して、眠気が失せる。
 同時に、集中力を高めることもできるんだ。
 だから、勉強に限らず……。食後も何かを頑張りたいときは、正座をお勧めしているよ。
 眠かったら、したいこともできなくなってしまうからね」
「なるほど……!」

 大きく頷くわたしの横で、ミライさんはまた、黙っている。
 ミライさんはきっと、今のわたしに対して、思うところがあるのだろう……。
 だけど、たとえ今、ミライさんがどう思っているとしても……。
 わたしは今、正座のことをもっと知りたいと思い始めていた。
 自分にとって、正座は必要か、不要か。
 その答えが『必要』と、わかった今も……。
 答えを知るためだけじゃなくて、もっと知識を付けたいと思い始めていた。

「ナツカワさん、マフユさん! もっと正座のこと、教えて下さい!」
「もちろんだとも!」
「任せるでござるよー!」

 だから、今日の『正座会』は続いて行く。
 『ミライさんに教えなくちゃいけない』という義務感を抜きにして……。
 もっと正座と自分のことを知るために、わたしは正座を学び始めていたのだった。

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