[267]ジャンボうさぎで正座すれば牡丹
タイトル:ジャンボうさぎで正座すれば牡丹
掲載日:2023/11/29
著者:海道 遠
イラスト:よろ
内容:
恋美兎神社で正座を教える麗歩(れいほ)さんは、おいら、うさぎの座タロウの飼い主つどいの片思いの人。友人の仏前結婚式で正座して足が痺れて転んでしまい、大失態!
落ち込んでいたが、神社で「うさぎ男衆」という会が結成され痺れ対策で正座の膝にジャンボうさぎを乗せてお稽古していると聞き、参加する。女子大生の美々華ちゃんとジャンボうさぎの撫デロウくんも参加して練習する。折しも牡丹祭が迫っていた。
本文
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第一章 麗歩さんのショック
グレーのミニウサギのおいら、座タロウが、中学生のひまりちゃんをぐいぐい引っぱって、夕方の恋美兎神社の中をウサンポ中である。ひまりちゃんはヌシのつどいの可愛い妹だ。
「あら、座タロウくん、可愛いの着ているわね」
(メロンとオレンジのプリントがいっぱいの新しい洋服、カッコいいだろ)
境内を掃除中の巫女さんたちから声をかけられた。おいらはいい気持ちになって反り返る。
鳥居の外側の、うさぎの石像と向かい合うアマガエルの石像のところへ行って「あかんべえ」をした。
(お前は正座オーディションで、おいらと互角の香箱座りをして石像にしてもらったけど、おいらの方が何倍も可愛いしカッコいいからな。覚えとけよ)
そこへ走ってきたのは、ゴムマリみたいに小さくて可愛いチモリンダちゃんだ。彼女はおいらのヌシの「つどい」の正座お作法の先生、麗歩(れいほ)さんの愛兎だ。
いつも綺麗なベージュの毛並みにおしゃれしてるのに、ピンクのリボンが曲がってる。どうしたんだろう?
「座タロウく~~ん!」
「どうしたの、チモリちゃん。もしかして泣いてる?」
「うわ~~ん! 麗歩さんが、麗歩さんが……」
「麗歩さんがどうかしたの?」
「ジャンボうさぎをお迎えするんだって。もうチモリのこと、嫌いになっちゃったのかしら」
「そ、そんなわけないだろ。麗歩さんがチモリンダちゃんのことを嫌いになるだなんて」
チモリンダちゃんの後から、小紋の若緑の鮮やかな着物すがたの麗歩さんがやってきた。
「ちょっと、つどいくん、よろしいかしら」
どえらく悲壮な顔つきだ。
「れ、麗歩先生、顔色が良くないですよ。とりあえず社務所で休憩させてもらいましょう」
おいら、座タロウとつどい、ひまりちゃんとチモリンダちゃんと麗歩さんは、社務所の畳敷きの小さな部屋で休憩することにした。おいらとチモリンダちゃんは、たんぽぽを食べて大満足だ。
「実はね」
麗歩さんは、巫女さんから出されたお茶をひと口飲んでから口を開いた。
「この前の日曜日、友人の仏前結婚式だったの。その席で長く正座していて足がものすごく痺れてしまって、ひっくり返って大ハジかいてしまったのよ。それがショックでショックで……。お作法に厳しい母からも、『それでも人様に正座をお教えしている人のやることですか』って叱られる始末なの。どうにかしなければと焦ってしまって……。もっと下半身を筋トレしなくてはと」
「サルも木から落ちるってやつだよ、先生。そういうこともあるさ」
「ありがとう、優しいのね、つどいくん」
つどいってば、麗歩さんにはものすごくいい顔見せるんだから! ま、ずっと片思いしてるんだから仕方ないな。口元をくしゅくしゅと毛づくろいしながら、おいらは聞いていた。
「それでね、痺れないよう足に筋肉つけるために、重いものを持ち上げてスクワットしようと思うの」
「重いものって」
「たとえばジャンボうさぎとか。お願い、つどいくん、トレーナーになってくれない?」
「俺が麗歩さんのトレーナーに?」
正座のお稽古の師匠と弟子の立場が逆転することになっちゃうな。
第二章 撫デロウくん
神社の隣りの農家の牛さんは、百々作(どどさく)っていう。お乳出してるママさん牛なのに、勇ましい名前だ。ご神事には出番があるんだって。普段は畑で唐鍬(からすき)っていう農具をつけて作物を作るお手伝いをしている。
次の日も、おいらがつどいとひまりちゃんとウサンポしていると、夕暮れの薄紫色に染まる頃、神社のお百度石を巡っている見慣れない女の子がいる。
ぼうっと見ていると、女の子が振り向いて近づいてきた。小柄な黒髪のおかっぱの子だ。
「あのう、もしかして、正座で有名な波崎つどいさんですか?」
「波崎つどいですが」
つどいは、おいらがご神兎に選ばれた時、きれいな正座ができて一緒に表彰されたから、顔を知ってる人がいるんだ。
「やっぱり! 大学の構内で時々お見かけするから、そうじゃないかと思ってました。じゃあ、この子が座タロウくんですね!」
顔を輝かせていきなりおいらを抱っこした。えへへ。これだから、モテる男はつらいよ。
「大学の構内で?」
「同じ大学なんです。私、卯近(うこん)美々華と申します」
「へええ。さっき、お百度詣りしてましたね」
「はい……。ちょっと願い事がありまして」
大学生に見えない幼げな女の子は会釈して、お百度詣りに戻り、また本殿とお百度石の間を往復する。
おいらとつどいが振り向くと、側の木にリードでつないであるのは、胡麻柄(ごまがら)のジャンボうさぎじゃないか! うわ~~! 存在感にびっくりした! 大きなワンコくらいの身体だ。ミナギルさんのチョロくんよりデカそうだ! おいらの8倍くらいあるかな?
お百度詣りを終わって、さっきの女の子が戻ってきた。
「もし良かったら、うちの『撫デロウ』とウサンポしてやってくださいませんか?」
これはつどいへのデートの誘いか? 「撫デロウ」だってさ。ずいぶんずうずうしい名前だな。ま、おいらもいつも「撫でろ~~!」っておねだりしてるけどさ。
「愛兎の撫デロウが、ダイエットできますようにってお百度詣りしてたんです。撫デロウは太りすぎというかデカくなりすぎて、心臓に負担がかかっているかもしれないとお医者様から言われたので……。おやつや果物は少しにして、ラビットランに連れていってるのですが、なかなか痩せなくて」
美々華っていうおかっぱの女の子が打ち明けた。
おいらには心臓とか負担とか、何のことだか分からないんだけど、撫デロウくんは運動するのがしんどいそうだ。そりゃ、あれだけデカくちゃな。身体が元々大きい種類なんで作り変えることはできないらしいけど、これ以上脂肪がつかないように一緒にウサンポすることになった。
撫デロウくんは胡麻柄で、優しいうさぎだ。
「でも、おいらより少し年下だから、撫デロウくんは子分だぞ」
「はいはい、座タロウさん、うちの飼い主さんの美々華ちゃんは、ちょっとワガママなところがあるけど、ボクのことを親身になって考えてくれる優しい娘なんですよ。よろしくお願いしますね」
と、父親みたいなことを言う。
第三章 ミナギルさんと再会
ウサンポを始めてしばらくした頃、ミナギルさんとチョロくんに出会った。
ミナギルさんは居合道やってる筋肉もりもりの人だ。チョロくんもジャンボうさぎで、おいらの友達。
「あれ? ジャンボくんの友達ができたのか?」
ミナギルさんが陽に焼けた顔に白い歯を見せて笑いながら、近寄ってきた。
「うん。こちら、卯近美々華さんと撫デロウくん」
美々華さんは、おとなしく頭を下げた。
「こんにちは。ミナギルとチョロです」
ミナギルさんはつどいに向かい、
「俺たち、ジャンボうさぎ飼い主ばかり集まって「うさぎ男衆」っていうグループを作ったんだ。正座した膝の上にうさぎに乗ってもらう。痺れ対策の稽古だ」
「そ、そりゃまた、荒療治だな」
つどいがたまげた声を出した。
通りかかった麗歩さんが、足を止めた。
「痺れ対策ですって? そのグループに、私も参加させていただけないかしら? 女ではいけませんか?」
「麗歩先生が?」
「わたくし、お恥ずかしいことながら痺れに悩んでいますの。是非ともお願いします、ミナギルさん」
「いいですよ。いつでもおいでください」
「どこでやってらっしゃるの?」
「恋美兎神社の宮司さんのお宅のお座敷を借りて、月に二回やってます。もうじき牡丹祭ですから神社も活気づいています。正座の美しい女性を『牡丹姫』に選んでご神事に参加してもらう、あれですよ」
「ああ、牡丹祭! ここのところ、痺れ対策ばかり考えていて忘れていました。子どもの頃から『牡丹姫』になるのが夢なんですよ」
麗歩さんに久しぶりに笑顔が戻った。つどいも嬉しそうだ。
お隣の牛、百々作さんが「んもう~~~」と、のどかに鳴く声が聞こえた。
第四章 牡丹祭のこと
恋美兎神社の境内には約数百本の牡丹が植わっていて、初夏には、ローズピンクや白、可愛いピンクや黒っぽい赤紫色のや、レモン色など、いろんな色の牡丹が咲く。
すごく甘くていい匂いだから、おいらには果物まんじゅうに見えて食べちまいそうになる。つどいが慌てて止める。
見物に来るお客さんや、お祭りに使う牡丹を食べちまうのは、ちょっとまずいよね?
『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』
って、宮司さんや巫女さんたちがよく言ってる。
『座れば牡丹』って『正座すれば牡丹』っていうのと同じ意味かな? ほいじゃ、恋美兎神社にぴったりの言葉じゃん!
麗歩さんにもぴったり! 正座のお稽古の先生だもん。
牡丹姫に選ばれたら、重そうな着物を何枚も着て頭に牡丹の花をポン! と飾り、牛車に乗って町内を行列して歩くんだ。おいら、ひまりちゃんに抱っこされて行列見たことある。
「そうよ! 私ったら牡丹祭の夢のことを忘れてたわ! 牡丹姫に選ばれること! 十二単衣をまとって牛車で美しい正座をして練り歩くのよね」
麗歩さん、ヤケにイキイキし始めたぞ~~。
「ミナギルさん! ジャンボうさぎのグループの会に行かせていただきますね」
「それなら、ジャンボうさぎはチョロをお貸ししましょうか?」
「ええ、ぜひ」
ミナギルさんと麗歩さんが話していると、おかっぱの美々華ちゃんが、
「あのう、私も撫デロウと参加してみたいのですが」
「大歓迎ですよ。君も正座の痺れ対策のために?」
「それもありますが、撫デロウのダイエットとお友達作りのために、皆さんの活動に参加することは良いことなんじゃないかと……。それと」
「それと?」
「牡丹祭の姫に選ばれること、私も夢なんです」
美々華ちゃんも牡丹祭の姫になるのが夢だって?
「ほいじゃ、麗歩さんと美々華ちゃんはライバルになっちゃうのか!」
「そういうことだな。完成された大人の女性、麗歩さんが選ばれるに間違いないだろうけどな。美々華ちゃんはまだ、幼い感じだからな」
腕組みして、つどいが言った。そりゃ、つどいは麗歩さんにベタ惚れしてるから肩を持つのはわかるけどさ。
第五章 うさぎの男衆の会
麗歩さんが初めて「うさぎ男衆」の会に参加する日、おいらとつどいは様子を見に行った。
青年たちは、麗歩さんが現れると歓迎の大騒ぎをした。
「なんと華やかなお嬢さんだ!」
「目の保養だ!」
麗歩さんが正座のお師匠と聞いた青年たちから、「うさぎ男衆」でも正座の所作を伝授してもらいたいという声が多数上がった。
「では……」
麗歩さんがすっくと立ち上がり、参加者のジャンボうさぎの飼い主、15人ほどは注目した。
「背すじを真っ直ぐに立ちます。そのまま床に膝をつき、着物は手を添えながらお尻の下に敷き、かかとの上にゆっくり座ります。両手は静かに膝の上に置いてください」
説明しながら流れるような所作で美しく正座した。
「さすがにキマッた所作だねえ」
参加者たちはため息をついた。
「しかし、問題はその後なんだよね。しばらくすると足が痺れてくる。法事の時など特に長く感じる。これはどうすればいいのですか?」
参加者のひとりの青年が質問した。
「痺れは私にとっても大きな問題です。最初はかかとの上に座りますが、足を開いてその間に座ったりすると少しは避けられますが。それと立ち上がる時は、いきなり立たないで足を斜めにして少しずつ立ち上がると痺れをマシに感じます」
麗歩さんが最近まで悩んでいたことだけに、慎重に答えた。
「麗歩さん、この前言っていた、ジャンボうさぎを肩の上に持ち上げてスクワットして、足腰を鍛えるっていうのはどうしますか?」
つどいが尋ねた。
「えええ? うさぎを肩の上に持ち上げてスクワット?」
「そりゃ危ないんじゃないかな」
参加者から反対の声がもれた。ミナギルさんが、
「たしかにうさぎを肩に持ち上げると一体感があって、やる気出るでしょうけど」
「うさぎが怖がるんじゃないかな。それに重いから、人間の足腰に負担がかかるよ」
参加者たちはあまり賛成者がいない。
「でも、正座した膝の上にジャンボうさぎを乗せて鍛えるってのも、かなり膝に負担がかかるんじゃないですか?」
ミナギルさんが、
「せっかく集まっていただいたことですから、膝の上に乗せてみる方法だけはやってみましょうよ」
参加者たちは、部屋の中に待たせていたジャンボうさぎたちを呼び寄せた。
「リンゴちゃん、いらっしゃい。ママのお膝にじっとしててね」
「ぴょんすけ、おいで。膝の上に乗って」
第六章 美々華のスクワット
麗歩さんのお手本を思い出して、皆でそろって所作を確かめながら正座した。
おいらは、香箱座りしてチモリンダちゃんと見物した。うん。みんな上手だ。
そこへ、廊下からズシ~~ン、ズシ~ンと大きな振動がしてきた。誰の足音だろう? 振り返ると、桃色の花の小紋を着たおかっぱの美々華ちゃんが、肩の上に撫デロウくんを担いで顔を真っ赤にして一歩ずつ進んでくるではないか。まるで、つどいのパパさんがいつも「懐かしの映画配信」で観ている「大魔神」みたいだ。
「美々華ちゃん?」
つどいも振り向いて、目ん玉を飛び出させた。
美々華ちゃんは座敷の真ん中までやってくると、ゆっくりゆっくりと力を抜かずに撫デロウくんを床に下ろした。
美々華ちゃんの顔面から汗が伝い落ち、肩でぜいぜいしている。
「う~~ん、残念。スクワットまで続けてできなかったわ」
悔しそうにうめいてから、真っ赤なたすき掛けを結び直した。
「よし、もう一度! 撫デロウ、行くわよ!」
撫デロウくんの身体の下に両手を入れて持ち上げ、両足を踏ん張った。大きな身体の撫デロウくんが、あれよあれよと持ち上げられていく。
「あんな小柄な美少女が、すごい怪力だ」
おいらたちも「男衆」の他のメンバーも、目を見開いてツバをごっくんと飲みこんで見守る。
「いやあっ!」
美々華ちゃんが気合いの雄叫びを上げた。撫デロウくんを持ち上げたまま、スクワットする。
1回目、2回目……。
「まるでバーベル競技だな。ジャンボうさぎはかなり重いんでしょう?」
つどいがミナギルさんに聞いた。
「撫デロウくんなら、体重15キロくらいはありそうだ。あの子の筋力、すごいよ」
美々華ちゃんはスクワットを5回やって、撫デロウくんをそっと畳の上に戻した。
「ふう~~、今はこんなとこにしとくか」
麗歩さんも呆気にとられていた。
「わ、私、とてもあんなことできませんわ。無謀な考えだったわ」
美々華ちゃんが、
「私、バイトでリキシャマンをやっていますから、自然と足腰が鍛えられたんだと思います」
「リ……リキシャマン? 君が? リキシャレディか?」
つどいたちは上ずった声を出した。リキシャマンて、何のことかな? 消臭剤の名前かな?
「違うわよ。座タロウくん。人力車っていう観光地の乗り物を引っぱる人のことよ」
チモリンダちゃんが教えてくれたが、どんなのか想像できない。
「いくら体力作りのためでも、うさぎをバーベル代わりにするってのは、どんなもんかなあ」
「うさぎ男衆」の青年が発言した。周りの何人かもうなずく。
美々華ちゃんは落ち着いて正座して、
「皆さまからの反対のご意見は予想していました。バーベルを使えばよいと思われることでしょう。でも、私は撫デロウのお腹の下に手を滑りこませる時――、また、撫デロウの体温と重みを首すじに受け止める時――、とても厚い信頼感を感じて力が湧いてくるのです」
「体温と重み……、信頼感……」
つどいが繰り返す。
「なるほどな。俺も座タロウを抱く時、言いようのない熱い生命力をもらうもんな」
「うんうん」
ミナギルさんと麗歩さんもうなずく。
「だからと言って、バーベル代わりにするのは……」
反対派の青年が言おうとしたが、つどいが温和な口調で、
「これは、あくまで美々華ちゃん独自の筋トレということで、大目に見てあげていただけませんでしょうか。いくら筋肉をつけても、痺れに効果があるかどうかは別問題ですし」
「えっ?」
麗歩さんと美々華ちゃんが、つどいに目を向けた。
「筋肉のある人が痺れない、なんてことはないでしょう? ね? ミナギルさん」
「まあ、そうだな」
ミナギルさんは苦笑しながら、
「痺れ防止は、慣れが一番だそうです。だから、ジャンボうさぎの飼い主の我々は愛兎に協力してもらって膝の上に乗せることにしたんです。な、チョロ」
チョロは大きな身体をミナギルさんに擦りつけて甘えた。
「それなら人間もうさぎも無理のないよう、正座をして痺れないようお稽古を重ねましょう」
麗歩さんが言い、美々華ちゃんに目をやると彼女もにっこり笑った。さっきの「大魔神」みたいな形相がウソみたいに可愛い。
麗歩さんは、ミナギルさんのチョロくんを借りて膝の上に乗せた。
「麗歩さん、チョロくん、がんばって!」
チモリンダちゃんがおいらと一緒に応援した。
第七章 牡丹姫
やがて、牡丹祭が迫り、神社の関係者一同で牡丹姫の選出の話し合いが行われた。
神社の話し合いには総代である麗歩さんの両親も出席する。
出かける時、麗歩さんの母親が、朱色の炎を瞳の奥にらんらんと燃やして、
「麗歩、くれぐれも先日のお友達の仏前結婚式で足が痺れてしまったことは内密にね。口が裂けても言ってはなりませんよ」
言い渡したが、
「お母さん、もう手遅れよ。私、痺れ対策のための筋トレに参加してるんですもの」
「なんですって~~!」
母親はよろけて真っ青になって総代に支えられた。
「これで牡丹姫になるのは絶望的よ、麗歩……。なんてことなの。楽しみにしていたのに」
しかし! 番狂わせなのか何なのか。
牡丹姫の候補は神社関係者の推薦した人から選ばれるのだが――、推薦された中にいた美々華ちゃんが、もう少しで牡丹姫になれるところまで話し合いがされたそうだが、結局、麗歩さん以上の適任者はいないということで、今年の牡丹姫は麗歩さんに決定した。
「ありがとうございます。責任あるお勤め、慎んで勤めさせていただきます」
決定の知らせを受けた麗歩は大喜びで、さっそく宮司さんの元へ行き、挨拶した。おいら座タロウとつどいと「男衆」代表のミナギルさんも、次点になった美々華ちゃんも同席していた。
目を細めた宮司さんが美々華ちゃんに優しく、
「美々華ちゃんとやら。惜しかったねえ。また来年、チャンスがあるからね」
声をかけると、
「ありがとうございます。よく考えますと、私、牛車に従う男衆に向いていると気がつきましたので、そちらに立候補いたします」
「青年たちに混じって、牛飼い役を引き受けて下さると?」
「はい! 筋肉には自信がありますから」
「ははっ、こりゃ頼もしいや」
つどいが調子に乗って言ったので、おいらがちょいと睨んでおいた。美々華ちゃん、大丈夫かな?
第八章 牡丹姫の行列
牡丹祭の前夜は春の嵐が吹き荒れて、神社の参道や行列が通る道は、ドロドロにぬかるんでしまったが、翌朝は晴れ渡った。
牡丹姫に選ばれた麗歩さんが、十二単衣(じゅうにひとえ)っていう色とりどりの着物を何枚も着せてもらう部屋にも、牡丹の鉢植えがズラリと並べられて、とってもいい匂いが部屋いっぱいに広がっている。
ところが香りの刺激が強すぎたのか、チョロくんたちジャンボうさぎ全員がコーフンして足ダンを始めた。足ダンっていうのは、うさぎが怒ったり、コーフンしたりした時に後ろ足を踏み鳴らすこと。おいらはガマンしたけど、牡丹の香りが美味しそうだ。
ダンッ☆
ダンッ☆ ダンッ☆
これがけっこう人間には響くらしい。ましてやジャンボうさぎだもんな。麗歩さんも着付けの人たちもびっくりして手を止めた。
あれ?
撫デロウくんだけは落ち着いているじゃないか。大したもんだ。
チモリンダちゃんも、和装のサスペンダードレスを着て、おめかししている。
麗歩さんは前髪に挿されたかんざしの脇に、真っ白な牡丹の花が飾られた。
「なんてきれいなんだ~~」
つどいの鼻の下が伸びきっている。
「つどい、お前、行列の先導役なんだろう? しっかりしろよ!」
「わかってらい、座タロウめ!」
本殿前の境内では、5人の巫女さんが空色の袴をはき、豪華な扇を持って牡丹を髪に飾って舞を奉納する。扇の上に置かれた牡丹の花が、手が上を向く度に花びらがひらひらと風になびいて、おいらもうっとりした。
麗歩さんは、その間に本殿で宮司さんからお祓いを受け、お付きの侍女さんに十二単衣の裾を持ってもらい、そろそろと牛車に乗りこんだ。
牡丹姫の乗る牛車は屋根つきの大型車だ。付き人の男衆は、退紅(あらぞめ)という地味な赤色の上衣に白い小袴の装束だ。
行列の先導役のつどいだけは、男衆の中で法被に頭には、ねじり鉢巻きという庶民的なお祭りの格好をしている。
あれ? こっちにぴょんぴょん跳んでくるのは撫デロウくんじゃないか。
後ろに隣の農家の牛さん、百々作さんを従えて行列に案内してきた。百々作さんは車の前まで来ると、牛飼い役の青年ふたりにクビキというものをはめてもらって牛車にスタンバイした。
行列が出立した。
先頭は神官さんで、次が宮司さん。
おいらはチモリンダちゃんのおねだりで、一緒に麗歩さんの膝の上に乗せてもらうことになった。つどいが歯ぎしりして悔しがっている。ヘヘン。モテる男はツラいよな。
十二単衣を着て車の中央に正座した麗歩さんは、まるで花の王様の牡丹そのものだ。牛車にも牡丹がたくさん飾られていい香りだし、麗歩さんのお膝は乗り心地満点。でも、お顔が少し曇ってるぞ。どうして?
麗歩さんに尋ねてみると、
「座タロウくん、長い行列の間、牛車の中でずっと正座していなくてはならないの。痺れやしないかと心配で……」
「なんだ、そっか。麗歩さん『うさぎ男衆』の会でたくさん練習したから大丈夫だよ」
「だといいんだけど……」
牛車の後ろには、付き人の神官さんや巫女さんたち。侍女の扮装をした人たちが二十人ずつくらい。その後ろに牛車からつながっている紅白の綱を持って歩く子どもたち。
しばらく田んぼの畦道(あぜみち)が続く。沿道には氏子さんたちがたくさん、牡丹姫を一目見ようと押し寄せた。
第九章 行列アクシデント
そんな時だった。
いきなり、牛飼いの青年のひとりがぬかるみに足を取られてコケてしまった。そのせいで牛車の大きな車輪が畦道から滑り落ち、傾いてしまった。そのまま斜面を水田までズズズズ……とずり落ちていく。
「きゃあっ」
麗歩さんの正座もガクンと傾いてしまった。
先導役のつどいが、大急ぎで駆けつけた。
「お~~い! このままじゃ牛車が田んぼにハマっちまう! 皆、来てくれ!」
四方に散らばっている「うさぎ男衆」に救助を求める。おいらはちょうど側にやってきたつどいの肩に跳び移った。
足を滑らせた青年はミナギルさんにおんぶされて、行列の後ろへ下がっていった。ネンザっていうのをしちゃったんだって。
ギギギギ……。
その間にも牛車が田んぼに傾いていく!
おや? 牛につき添っていた、男装の美々華ちゃんが田んぼに足を突っこんで踏んばりながら、牛車の床を肩で支えているじゃないか。
「う~~~~むっ」
いつかの、撫デロウくんを持ち上げた時よりもっと力んで、大魔神がこめかみの線が切れそうな形相で踏んばっている。
でも、女の子には無理だよ! 危ないよ!
男衆も応援に駆けつけた。
「お前はそっち側の車輪を持て」
「ぬかるみにハマるな、気をつけろ!」
「牛の百々作さんの身体にもケガさせないよう、気をつけろ!」
「う~~ん、う~~~ん」
皆は顔を真っ赤にして牛車の片方の車輪を畦道に戻そうと頑張る。牛車がだんだんだんだん、立ち直ってきた。美々華ちゃんがラストスパートに、
「えいや――っ」
力をふりしぼって、牛車はドッタンと、畦道に戻った。
「大丈夫か、美々華ちゃん! 麗歩さん!」
ミナギルさんが戻ってきた。
「ふたりともケガはないか?」
「ええ。もう少しで田んぼに放り出されるところでしたけど、正座を水平にするように踏んばっていたら、落ちずにすみましたわ」
麗歩さんはまだコーフン覚めやらない様子で答えた。
「美々華ちゃん、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。撫デロウに協力してもらってスクワットしておいて良かったです」
美々華ちゃんは全身も顔面も泥だらけだ。つどいも負けずに顔を泥だらけにしてやってきた。
「美々華ちゃんが踏んばってくれたから、牛車が田んぼに落ちずにすんだよ。よ~~し、行列、再開するぞ!」
つどいがホイッスルっていう笛をピ―――!って鳴らして、合図した。
第十章 足の痺れより?
牛車と行列は、無事に恋美兎神社に帰ってきた。
麗歩さんは牛車から下りるなり十二単衣を引きずったまま、美々華ちゃんの元へ駆け寄った。
「美々華ちゃん、ありがとう!」
泥が打ち掛けを汚すのもかまわず、美々華ちゃんの細い身体をぎゅうっと抱きしめる。
「あなたのおかげで牛車がひっくり返らずにすんだわ。さすが、リキシャレディね!」
「いや、その、私だけの力では……」
「いいえ、あなたが頑張ってくれなかったら、どうなっていたことか。あなたこそ本物の牡丹姫よ!」
麗歩さんは、頭の上の白い牡丹を美々華ちゃんの髪に飾った。美々華ちゃんは照れながらもまんざらでもなさそうだ。
撫デロウくんが、側でにっこりしていた。
「さすが、うちのお嬢ちゃんだ」
おいらも駆け寄った。
「良かったね、撫デロウくん。飼い主の美々華ちゃんは牡丹祭の英雄だよ!」
「ありがとう、座タロウくん! お姫様って呼んでやってね」
つどいがやってきた。
「麗歩さん、牛車に乗る前に心配していた足の痺れはどうですか?」
「足の痺れ? そうねえ、こうしてちゃんと牛車から降りて歩けているから、大丈夫よ。あの騒ぎですっかり忘れていたわ!」
「なんだ、良かった~~~! あはは」
つどいが安心して高笑いしていると、背後から総代夫人の麗歩の母親が、血相変えて飛び出してきた。
「笑いごとじゃありませんわよ、あなた! ああ、この十二単衣の泥汚れ、落ちるかしら~~? 落ちるとしても、おいくらかかるのかしら~~?」
「お母さま……。もし汚れが落ちなかったら、べ、弁償ってことになるかも……」
総代夫人は今度こそ真っ青になって、宮司さんの腕の中に倒れこんだ。
まったく人間て、心配ごとが無くならないんだな。痺れなかっただけでも良かったじゃないか。
「ねえ、チモリちゃん?」
お顔をクシクシしていたチモリちゃんは、ふと、自分のサスペンダードレスを見下ろした。
「あら? チモリの着物風ドレスにも泥がついちゃったわ」
「そりゃ大変だ! つどい! クリーニング屋さんへ持ってくぞ!」
おいらとつどいは、大急ぎでチモリンダちゃんのドレスを脱がせてクリーニング屋さんへ全力疾走した。