[11]もう一度正座しよう


タイトル:もう一度正座しよう
分類:電子書籍
発売日:2016/06/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:36
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みの

内容
正座に苦手意識のある女子高生リコは、憧れの先輩ユキに茶道部のお茶会に誘われる。
長時間の正座が不安なリコは、後輩のナナミから、正座について一から教えてもらうことに。
そのうち、正座の良さを知ったリコ。
お茶会に無事参加できたあかつきには、これまで正座が不得手なためにできなかった「あること」に挑戦しようと決める。
果たして、お茶会のゆくえは?

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本文

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「できる気がしないよ。やっぱり断る」
「リコ先輩……。
 あきらめが早すぎませんか?」

 いつもの放課後。
 わたしは後輩のナナミと、自分の部屋で、ある一枚のチラシを囲んで座っている。
 それはわたし達の高校の茶道部が主催する、お茶会のお知らせだ。
 とは言ってもわたしは帰宅部だし、ナナミは剣道部だ。
 つまりわたしは、とある先輩からこれを受け取っている。

『来週の学園祭でお茶会をするから、ぜひ来てほしい』

 そう言われ、お誘いを受けたにもかかわらず、わたしは断ろうとしていた。
 もちろんそれには理由がある。
 だけど決してお茶が苦手だとか、誘ってくれた人のことが好きじゃないとか。
そう言ったことが原因ではない。
 お茶会に強い関心があって、誘ってくれた先輩のことがとても好きなのに、それでも渋ってしまう事情があったのだ。

「長時間正座ができない?」
「そう。だから……行くのが怖いなあって」

 白状したわたしは、今も座布団の上に足を崩して座っている。
 対して、向かいのナナミはきちんと正座して、まっすぐにわたしを見ている。
 立っている時、わたしはナナミより身長が高い。
 でも座っている今は、その座り方の違いで、ナナミの目線の方がより高くなっている。
 姿勢もナナミの方が遥かに良い。
 向かい合っていると、自分の背中が曲がっているのがはっきりわかってしまう。
 正座か、そうじゃないか。
 それだけで、見た目にくっきりと差が出ているのを感じる。

「そんな理由で断っちゃうんですか?
 誘ってくれたの、リコ先輩の大好きな三年のユキさんですよね」
「そうだよ。マジマ ユキ先輩。でも不安なの。
 一応理由はあるんだよ。
 わたし、ユキさんとは子どもの頃から仲良くしてもらってて。
 一緒に、座禅教室に行ったことがあるんだけど。
 正座して座禅をしたとき、案の定、わたしは足が痺れちゃってね。
 見つからないように足を崩そうとしたら、そのまま転んじゃったの。
 座禅の先生や、ユキさんたちは笑って許してくれたんだけど……。
 それ以来、行きづらくなっちゃって。やめちゃったの」
「なるほど」

 話を聞いて、納得したようにナナミがゆっくりとうなずく。
 背筋がピンとしていると、それだけの動作もきれいに見える。
 一方わたしは背中を丸め、しゅんとするばかりだ。

「リコ先輩の気持ちはわかりました。
 でもそれって、子どもの頃の話ですよね?
 しかも座禅って、正座を許可している場所もありますけど、本来足を組んでするものですよね。
 私としては、一回の失敗で怖がるのはもったいないです。
 これを機会に乗り越えて、お茶会に行ってほしいですし。
座り方はどうあれ、座禅にも再チャレンジして欲しいと思っています」
「そうなんだよ。
 座禅はナナミの言う通りだったんだよね。
 なのに、自分から正座を選んで、それで失敗したのがつらい思い出になってるの。
 ナナミの言うことは正しいよ。
 でも、どうしても勇気が出ないの」
「うーん……」

 子どもの頃の出来事なのだから、一回の失敗で怖がるのはもったいない。
 自分でもそう思う。
 でも、わたしにとってはなかなか踏み出せない問題だ。
 しかも、実はかれこれ三回くらいユキさんの誘いを断り続けて今日に至る。
 今から「行きます」って言っても遅いんじゃないか。
 そう思ってしまうことが、ますますわたしの腰を重くさせていた。

「そもそも、リコ先輩が正座に苦手意識があること。
 ユキさんは知っているんですか?」
「知らないと思う。いつも、都合が悪いなんて誤魔化して断っているから」
「それではユキさん、リコ先輩に嫌われていると思っているかもしれませんよ」
「そうなの。だから困ってるの。でも、理由を伝えるのは恥ずかしいし」

 うーん。
 我ながら、話せば話すほど情けなくもったいない話だ。
 それでもナナミは真剣に付き合ってくれる。
 しかもこの話をしている間、その姿勢はまったく崩れていない。

「では、どうでしょう。
 今から正座をしてみて、できるか試してみるんです。
 私は剣道で日常的に正座していますから、お教えできることもあると思います。
 お茶会に参加するかは、実際にやってみてから決めましょう。
 私の前だったら、失敗して転んでも恥ずかしくないですよね?」
「……ナナミ、ありがとう!」

 素直にお礼が言えたのは、こうなるのを心のどこかで望んでいたからかもしれない。
 わたしにとって、正座がうまい人イコール、ナナミだ。
 それだけじゃない。
 彼女は一つ年下だけど、落ち着いていてとても頼りになる。
 ナナミが先生なら、たとえまた失敗してもつらい思い出が増えることはないと思った。

「よろしくお願いします」

 足を崩したまま深く頭を下げるわたしに、ナナミは

「では」

 と立ち上がって言った。
 立った状態から座るところから始めてくれるようだ。 

「まず、基本から順に見直していきましょうか。
 もしかすると、リコ先輩は正しい正座の仕方をご存じないのかもしれません。
 違う形で覚えているから、長時間正座できなかった……。
 ということも考えられます。
 とりあえず一度、立ったところから正座してみていただけますか」
「わかった。じゃあ、ジャージに着替えてくるね。
 ちょっと待っててくれるかな」
「あ、それは必要ありません」

 やると決めたからには真剣に。
 そう思ってクローゼットに向かおうとすると、手のひらを広げてナナミが制した。
 スカートで正座は難しいと思って、着替えようと思ったんだけど……。

「今日は、着替えずに練習しましょう。
 お茶会当日は制服だと思いますし、このままスカートがいいと思います。
 お尻の下にスカートを敷くようにしてみれば大丈夫です」
「……こうかな?」

 言われて、座布団の上にすとんと正座してみる。
 自分の思う通りに、しっかりとまっすぐ。
 でも、これがどうしてかバランスが悪い。
 一方ナナミはわたしの座り方を見て、合点が言ったようにうなずいた。

「まず、背筋を伸ばしてみましょうか」
「うん」
「肘は垂直におろして、手は太股の付け根と膝の間に、ハの字にして置いてください。
 手は重ねず、それぞれの足の上に乗せるようにしてみてください」
「ハの字? まっすぐに、じゃなくて?」
「はい。ハの字の方が楽だと思います」

 そう言われるまで、わたしは手を膝と同じ方向に、まっすぐに置いていた。
 加えて、腕は「く」の字に開いてしまっているし、ナナミの教えてくれるものとはずいぶん違っている。
 確かに、これまで違う座り方で正座していたようだ。

「本当だ! 自然に座ってられる!
 わたし、手は膝と平行にするのが正しいと思っていたよ」
「慣れない方に、そういった方は多いんですよ」

 教えられた通りに直してみると、違いは歴然。
 なんとなく前かがみになり、格好悪い状態だったのが改善され、「く」の字も消える。
 部屋の奥の鏡に写る自分は、驚くほどすんなり正座していた。

「脇は閉じるか、軽く開くくらいにすると、もっと楽にできるはずです。
 それは自然にできていますね」
「うん。手を、太股の付け根と膝の間に置いたら、脇も自然にしまったみたい。
 こうすると、簡単に背筋が伸びるんだね」
「はい。鏡をご覧の通りです」

 信じられない。手の位置に気を付けただけで、こんなにあっさり苦手が克服できるなんて。
 正しい指導により生まれ変われたことが嬉しくて、今度は別のところが気になってくる。
 次は足だ。

「ねえナナミ。上半身はうまくできたけど……。
 足の親指同士がくっついちゃいそうなのは平気なの?
 これって良くないのかな?」
「それは問題ありません。
 親指同士は、触れている・重なっている・深く重なっている、どの状態でも結構です。
 ただ、片足の親指がもう片方のかかとより外には出ないようにしてくださいね」
「こうかな」

 どの状態でも結構と言われると、つい深く重ねてしまう。
 するとパズルのピースがはまったようにしっくりきて、我ながらとても良いのでは。
という気持ちになって来る。
 だけど、姿勢改善後も敵はまだいる。
 子どもの頃のわたしを転ばせた原因だ。

「ナナミ……。
 教えてもらったおかげで、座り方は良くなったと思うんだ。
 これで、痺れることも減る?」
「いいえ。残念ながら、絶対に痺れない、とは言い切れません」
「そうだよね……」

 がくっと肩を落とすわたしにナナミは思案顔だ。
 彼女もここからがポイントだと思っているのだろう。
何か思い出そうとするように天井を見て、やがてゆっくりと話し出す。

「痺れにくくなる方法……。
 基本的にはやはり、正座に慣れることが大切なのですが。
 今回はお茶会まで時間がありませんので、コツをお伝えしたいと思います」
「コツ? そんなものがあるの!?」
「ありますよ。小さなことからでも緩和できるんです。
 まず、先ほどスカートで練習しましょうと言ったのは、服装によって痺れやすさに違いがあるからなんですよ。
 たとえばジーンズなどは、痺れてしまいやすいんです。
 その点制服のスカートであれば、心配はいりません」
「確かに。ジーンズで正座すると、すごく足を締め付けてしまいそうだね」
「はい。では次に、座っている時に痺れを避ける方法をお伝えしますね。
 ひとつめは、あごを引くことです。そうすることで、重心が前にかかります。
 かかとと足の甲に、体重をかけないようにするのが目的です」
「じゃあ、その通りに座って、しばらくこのまま話してみようか」
「それがいいです。
 そうそう、先ほど、足の親指の話もされましたが。
 それが、ふたつめの痺れを回避する方法になります。
 一般的には、足の親指同士は、重なっている程度が一番良いと言われています。
 先輩は少し今深く重ね気味なのですが……。
 それはそれで、痺れやすくなってしまうかも」
「わあ! すぐに直すね!」

 確かに、さっき「この方がしっくり来るかも」と思って、深く重ねすぎたかも。
 慌てて直そうとすると、ナナミは笑って首を振る。
 「かも」と言ったのがポイントのようだ。

「もちろんどの姿勢が楽かは、個人によって差があります。
 なので、色々試すのが一番ですよ。
 学園祭まであと一週間を切っていますが、それまで細部を変えながら正座してみてください」
「わかった! いっぱい練習するよ。
 こういう場所で練習すると良い、っていうのはあるかな」
「練習には、今のように座布団の上が適していますよ。
 あとは、お風呂が良いと思います」
「お風呂? 血行が良くなるから?」
「その理由はですね」

 ひとつ理解できたと思ったら、またすぐに新たな疑問。
 そんな知りたがりの子どもみたいなわたしにも、ナナミは丁寧に説明してくれる。
 これじゃあ、完全に先輩と後輩の立場が逆だ。
 そう思いつつ、何かを教わること、教えることに年齢は関係ないと再確認した。
 剣道部に属していて、おうちも剣道の道場のナナミは、きっと日常的に先生役をしているのだろう。
 正座だけじゃなく、教えること自体に慣れているから、わたしも心地よく勉強できるのだ。

「お風呂で練習する理由は、お湯の中では浮力が働くので、身体が柔らかくなるからです。
 お部屋でするよりも、楽に練習ができるはずですよ」
「そうなんだ……勉強になるよ。ありがとう。
 ようし、なんだかできる気がしてきた。
 ユキさんに「お茶会行きます」って連絡するね。
 当日は、ナナミも一緒に行ってくれるよね?」

 正しい座り方。
 痺れにくくなるコツ。
 自分に合った正座の仕方を確かめるための、良い練習場所。
 このみっつを教えてもらえば、わたしでもなんとかなる気がする。
 気持ちが明るくなったわたしは、そっと立ち上がって携帯電話を取る。
 こんなに久々の正座なのに、今のところわたしの足は痺れていないから、すごい。
 と。

「それが……。ごめんなさい。
 ご一緒したいのはやまやまなのですが……。
 学園祭の日、お茶会の時間帯は剣道部の出し物がありまして。
 私は行くことができません」
「あらら。じゃあ、当日はそれぞれ別の場所で正座してるって感じになるのかな」
「そうなります。
 でも、それまではギリギリまでお付き合いしますよ。
 たとえばこれから一緒にゲームをする時間、ずっと正座の練習もするというのはどうでしょう」
「えっ!? わかった……受けてたとう。ゲームも正座も負けないよ!」
「その意気です」

 そうして、日が暮れるまで一緒に遊んで。
 やっぱり正座でもゲームでもナナミには勝てなかったのだけど。
気軽な気持ちで正座すると、楽しく続けられることを知った。

「じゃあ、また明日学校で。
 わからないことがあったら連絡してください」
「うん! とりあえず、言われたことみんなやってみる」

 ナナミが帰ってしまったあとも、彼女の話をまとめたメモを参考に、わたしは本当に全部試した。
 初心者のわたしにとっては、湯船につかるくらいの長さの時間は、正座の練習にちょうど適しているとか。
 確かにジーンズでの正座に挑戦するのはまだ難しい。とか。
 たくさんの知識を得てお風呂から上がって、もう一度鏡の前に座ってみる。
 そこには、見違えた自分の姿があった。
それで、改めてよくわかった。
 わたしがこれまで正座できなかったのは「向いていない」からじゃなくて、怖くて自分の姿を確かめようとしなかったからなんだって。
 正しいやり方を学んで、現状と比べてみれば、その差から埋められる。
悪い状態からでも、ちゃんと良くなっていける。
 ナナミの言う通り、わたしはこれまであきらめが早すぎただけだ。
 「できるかできないか」をきちんと確かめずに、勝手に落ち込んでいた。
でも、もうそんなわたしではなくなったと、自信を持って言える。
 お茶会当日、うまくできるかはわからないけれど。挑戦した意味はあったと思った。
 そして……。

「リコちゃん。今日は来てくれてどうもありがとう」
「ユキさん!」

 運命の学園祭の日は、ナナミに教えてもらったことをすべて実践した結果、なんとか無事に参加することができた。
 正座している間、重心に気をつけたり、意識して顎を引いたり。
 それでも途中、やっぱり痺れてしまったので、立ち上がる時はツボ押しも試してみた。
 自分で探した、眉の上にあるツボ。
 すると、痺れた足できちんと立てるか、あんなに不安だったのに。
 わたしは周りに気づかれることなく、茶室を出ることができたのだ。
 そうして今、ユキさんと向かい合っている。
 もしうまく正座ができたら、わたしはユキさんに、どうしても伝えたいことがあったからだ。

「それで、話ってなあに? もしかして、本当はお茶が苦手だったとか?」
「そうじゃないんです。逆なんです。
 わたし、お茶、本当は大好きで。すごく興味あって……」 

 だけど今まで、正座ができるか不安で。
 だから切り出せないことがわたしにはあった。
 でも、今なら大丈夫。
 たとえすぐには完璧にならなくても、もうわたしは前みたいにすぐにあきらめたりしないし、勉強しないうちから「できない」なんて決めつけたりしない。
 何よりわたしには、ナナミという先生もいる。
 だから、勇気を出してユキさんに告げられる。
正座ができるようになったら、絶対したいと思っていたこと。
 そのために、これまでずっとどの部活にも入らず、この日を待っていたことを。

「茶道部に入部させてください。わたし、もっとユキさんと一緒にお茶を楽しみたいです」

 学園祭が終わったら、まずナナミに結果を伝えに行こう。
 ちゃんと正座できたよ、ちゃんと茶道部に入りたいって言えたよって。
 今頃学校の別の場所で正座しているであろう後輩のことを思いながら、わたしはユキさんに入部届を差し出す。
 そして彼女のこんな答えが聞けるのも、がんばって挑戦してみたからだと感じる。
正座の座り方と一緒だ。
 ささいなことから、世界は大きく変えられるのだ。

「喜んで!」

 笑顔で受け取るユキさんが、もう片方の手で握手を求めてくれる。
 それに応えるわたしは、これから新しい生活をスタートさせるのだ。

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