[27]正座先生は3年生


タイトル:正座先生は3年生
分類:電子書籍
発売日:2017/11/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:80
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり

内容
茶道部部長のリコは、茶道と正座の普及のため活動する高校3年生。
新学期が始まり、リコたち茶道部部員は、さっそく勧誘活動を始めることにする。
しかし、予定よりも早く見学に現れた1年生のオトハとシノに『真面目に活動していないのでは?』と誤解を受けてしまう。
さらにシノからは「茶道は活動内容がわかりにくい。茶道部に入部することで、どのような良いことがあるのかよくわからない」と指摘されてしまう。
悩んだリコは、オトハとシノの誤解を解くため、今年度の新たな目標を発表するのもかねて、二人を茶会に招くことにする。

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本文

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『祝! 茶道部無事存続決定!』

 ――それは、こんな垂れ幕を見ながら、みんなでのんびりとお茶をしている午後に始まった。

「ということで。みんな進級、おめでとう!」

 星が丘高校一階、茶室。
 ……ではなく、茶道部が部室として使っている空き教室。
 わたしたち星が丘高校茶道部員たちは、それぞれにお菓子と飲み物を持ち寄り。
 茶道部の存続と各自の進級を祝して、紙コップで乾杯をしていた。

「オメデトウゴザイマース!
 これでワタシたち三人は無事二年生。
 リコセンパイは三年生デスネー!
 新年度も。改めマシテよろしくお願いしマース!
 くーっ! めでたくて、ジュースがおいしいデース!」

 今、オレンジジュースを飲み干し、明るく声を上げたのは、二年生のジゼル・ベルナールちゃん。
 ジゼルちゃんは昨年度フランスからやってきた留学生だけど、この通り、日本語は驚くほど堪能。
 なので、茶道部では書記も担当してくれている。
 いつでも笑顔で、明るく積極的に部を引っ張ってくれるジゼルちゃんは、茶道部にとって、なくてはならない存在だ。
 学年こそ後輩ではあるけど、わたしはジゼルちゃんを、同期の仲間としてとても頼りにしている。

「茶道部も無事、兼部の部員を含めて、部員数が五名を超えている……。
 ということで、存続が決定しマシタわね。
 まだ何が起きるかはわかりまセンが。
 この日に立ち会えたことを、わたくしは大変喜ばシク思いマスわ。
 新入部員獲得に向けて。
 気を引き締めて頑張っていきまショウね!」

 ぶどうジュースをゆっくり飲みながら、ジゼルちゃんよりもさらに流ちょうな日本語で話すのは、同じく二年生で、ジゼルちゃんの双子の妹のコゼット・ベルナールちゃん。
 丁寧なお嬢様口調を使い『日本人のわたし以上に日本語がうまいのでは?』と感じるコゼットちゃんは、気が強く負けず嫌いで、何事にも全力な性格。
 来日当初は、正座に強い苦手意識があり。
 『フランス人のわたくしには、茶道を学ぶ必要はないと思いマスわ!』と『正座嫌い』に等しい状態だったコゼットちゃん。
 そんな彼女は、茶道部のクリスマス会に参加したのがきっかけで茶道に関心を持ち。正座にももう一度トライしてみようと入部してくれ……今ではなんと、副部長に就任した。
 正座がきっかけで新しい出会いがあり、その縁が今も続いている。
 それを、わたしはとても嬉しく思っている。

「一年生は本日の入学式ののち、明日の対面式を挟んで。
 明後日から二泊三日の宿泊学習へ行かれるそうです。
 なので、本格的な勧誘活動は来週からになりそうですね。
 今週を準備期間とし、作業を進めていきましょう」

 ウーロン茶の入った紙コップを一度置き、年間行事予定を見せてくれるのは、わたしの古くからの友達であるタカナシ ナナミだ。
 学年はベルナール姉妹と同じ二年生で、わたしとは一学年違っている。
 でも、しっかり者で、昔からいつもわたしをサポートしてくれて。
 実年齢よりもかなり落ち着いた性格のナナミは、これまた『先輩のわたし以上にお姉さんっぽい人なのでは?』と感じる存在でもある。
 ナナミには、茶道部のみに所属する専任の部員ではなく、剣道部との掛け持ちの『兼部部員』として在籍してもらっている。
 おうちが剣道道場で、もともとは剣道一筋の高校生活を送るはずだったナナミ。
 にもかかわらず、正座が苦手だったわたしに、親身に座り方を教えてくれて。
 茶道部での話も、いつも真面目に聞いてくれて。
 さらに秋に茶道部に体験入部したのを機に、剣道部との両立を決意してくれたのだ。
 剣道部でも未来のエースとして活躍中のナナミは、茶道部に来られる日は限られている。けれどその分、一回一回の活動をとても大切にしてくれている。
 どんなに忙しくても一切弱音を吐かず、目の前のことをひとつひとつ解決する力のある真面目なナナミは、わたしの自慢の友達だ。そんなナナミと部活動ができる時間を、わたしは絶対大事にしなくてはと思っている。
 ……ところで、そうそう。
 申し遅れてしまったけれど、先ほどジゼルちゃんから『唯一の三年生』と紹介されたのが、このわたし。
 部長のサカイ リコである。
 一年前は長時間正座することができない極度の『正座下手』で。
 『正座嫌い』だったころのコゼットちゃんよりも、はるかに正座に苦手意識を持っていたわたしは、昨年度、ナナミの勧めで茶道部のお茶会に参加したのがきっかけで茶道部に入部。
 さらに、当時二年生以下の部員が私しかいなかったことから、三年生の部活引退を機に、なんと部長に就任してしまったのである。
 三年生が卒業した後は、自分以外の部員はゼロ。そんな状態からジゼルちゃんに出会い、ナナミが兼部してくれ。
 同時期に、それまでのPR活動が実を結んで、たくさんの兼部部員が入部し。
 最後にコゼットちゃんが入部して、今の状態になった。
 その道のりは、決して楽なものではなかったけど。存続が確定して、ひとまず結果を出せて本当に良かった。
 と、安心したとたん、もう一年生が入学。すぐにまた勧誘活動が始まる……。
 そんな慌ただしさについていくのは正直大変でもあるけど、今年度も頑張っていこうと思う。
 そう、一年生。
 今のナナミの話だと、今日入学した新一年生たちは、今週ほとんど学校に来られないってこと?

「宿泊学習かあ。
 わたしが一年生のときは、四月じゃなくて五月の行事だったんだよね。
 だから、明日くらいから、すぐにでも一年生が部活見学に来るのかと思っちゃった。
 入学式は二時開始だっけ? そろそろ、終わった頃かな?」
「そのようデース。
 さっき、なんだか外がニギヤカでしたし……。
 デハデハ、そろそろ部員獲得の作戦会議、はじめマスー?
 日本に戻ってキテ初の大仕事! ジゼル、燃えてきたデース!」
「もう。ジゼルお姉さまったら。まだ早いのではなくて?
 来客があるわけでもナシ。
 せめて、食事が終わるまではゆっくりいたしまショウ?」
「うんうん。久しぶりに集まったんだし、今日くらいはのんびり行こうよ」

 今話が出た通り、ジゼルちゃんとコゼットちゃんは、春休み中はずっと、フランスの実家に戻っていた。
 その間も連絡はインターネット上で取っていたけど、顔を合わせるのはかなり久しぶり。
 なので、今日は部活というよりも、とりあえず集まって。
 一時は存続すら危ぶまれた茶道部が、今年度も無事続くことを祝いつつ……。
 お菓子を食べながら、これからの活動について話そう! ということになっていた。
 飲んでいるのは抹茶じゃなくてジュースやウーロン茶で、食べているのは和菓子ではなくスナック菓子。
 一見あまり茶道部っぽくはない光景だけど、今日くらいは大目に見てね……。ということで。
 さあ、話を戻そう。
 茶道部の今年度の目標はひとまず『専任の部員をたくさん獲得すること』だ。
 星が丘高校茶道部は、現在部員数十二名とそこそこだけど。
 専任で在籍しているのは、ここにいるわたし、ジゼルちゃん、コゼットちゃんの三名のみ。
 つまりナナミを含む、残りの九名は全員他の部活動との兼部なのである。
 もちろん兼部部員も正式な茶道部員ではあるけど、活動できる時間は専任部員と比べて、大きく限りがある。
 だから、この新学期で、いかに新入部員。かつ、専門で活動してくれる一年生を獲得できるかどうかに、茶道部の未来がかかっているのだ。
 なのでわたしたちは、春休みは部活をせずゆっくり休んだ分、本来登校しなくても良い入学式の今日からエンジンをかけ、活動の準備をすることになっていた。
 専任の部員は三人と少ないけど、ひとりひとりが一生懸命で、意欲的。
 兼部のナナミも、専任の部員と全く変わらないくらい茶道部の将来を考えてくれている。
 わたしはこの四人で作る、茶道部の前向きで和気あいあいとした空気がいいな、って思っている。
 だから、もちろん勧誘は全力で頑張るけれど。最悪、部員があんまりたくさん入らなくてもいいかも? とも考えているのだ。
 今のこの良い空気を維持して、自分たちなりの活動ができたらいい。
 大きな成果は出せなくとも、居心地の良い団体であれたら、それで十分なのではないか。
 と、最近思ったりもするのだ……。

「ここだよ! ねぇねぇ、早くおいでよ!」

 コーラを飲みながらそんなことを考えていると、そこで誰かの声がした。
 なんだろう? と耳を澄ますと、元気な足音が、どんどんこちらへ近づいてくる。
 果たして、一体、これから何が起きるのか?
 結論から言うと、先ほどのコゼットちゃんの言葉が『前フリ』となった。
 『来客があるわけでもなし。今日くらいはゆっくり食事しよう』
 この場にいる全員がそう思っていたけれど……。
 来客は来たのである。
 しかも、一人ではなく、二人も。

「待ちなよ。いきなり行ったら、迷惑になるよ!
 ……ていうか、今日、活動してるのかなあ……。
 あっ、もう、オトハ!」
「ごめんくださーい!」

 一人が制止する声と、一人が大きく挨拶する声。
 それらとともに、ガラガラガラ! と部室の扉が開く。
 中にいる全員が、のんびりとお菓子を食べているさなかに、見知らぬ女子生徒が二人入ってきた。

「……あれ?」

 そのうちの一人は、どこかで見たことのある女の子だった。
 知り合い、と呼べるほど何度も顔を合わせたことはおそらくないけれど。
 確実にどこかでわたしたちは出会っている気がする。
 ……でも、それがどこだったか、ちょっと思いだせない。
 ええっと、誰だっけ……?
 なんだか、わたしの記憶ではもうちょっと、おとなしい感じのイメージだったのだけれど……。
 おっ? なんとか思いだせそう? 確か……。そう思いだしかけたとき。
 彼女の方から、その答えが届けられた。

「あぁ! やっぱりあの時の方だ!
 あの! 覚えてらっしゃいますか。
 わたし。去年の学校説明会で、リコ部長に声をかけていただいた、第一中学校の生徒です!
 あの時からずっと、星が丘高校茶道部に入りたいって思ってました。
 入部、したいです。わたしも茶道部で活動させてください!」

 そして、その後ろに。
 扉を開けた女の子から一歩引いて。
 困ったような、呆れたような……。
 『あまり乗り気ではない』という態度で、腕を組んでこちらを見ている女子生徒が一人。
 彼女の呆れた視線と言葉は、わたしたち全員にぐさっと突き刺さる。
 内心、全員気にしていたことだからである。

「ていうか、ここ、本当に茶道部なんですか?
 おやつ食べて遊んでるなんて……ちょっと、どうかしてません?」


「で? それでその……『オトハ』と『シノ』って一年生二人はどうしたんだ?」

 翌日。
 わたしが現在在籍する、星が丘高校三年二組の教室。
 わたしは友達のユリナに、昨日の顛末について質問されていた。

「どうもこうもございませんわよ!
 あの! あのシノさんって子ったら! わたくしたちのこと!
 『申し訳ないんですけど、茶道部とは思えません。空き教室で飲み食いしてるだけですよね?』って言ったんですのよー!?」
「あっはっは! そいつはすげえや! そいつ、一年生なのに気が強いな!
 コゼットにそっくりじゃん!」
「何をおっしゃいますのユリナ様! わたくしの方が!
 遥かに礼儀正しく、お上品デシテよ!?
 ねえ、リコ様! リコ様も何かおっしゃってくださいまし!」
「うーん……。実際、活動しないでお菓子食べてたからね……」

 わたしの代わりに回答したコゼットちゃんは、いまだに怒りが収まらない様子。
 タコさんウィンナーをがぶりとかじりながら、プンプンと頬を膨らませている。
 コゼットちゃんは二年生だけど、お昼休みは毎日わたしたち三年生の教室にやって来て、一緒にお弁当を食べている。
 なのでわたしの友達とも、すっかり仲良し。
 ゲラゲラとおおらかに笑うユリナと、わたしの隣で静かにほほえんでいるアンズの四人で過ごすお昼休みは、すっかり日常風景となりつつあった。

「もう一人の、オトハさんという方はどうでしたの?
 話に聞くところ、大層やる気のある方のようですね」

 二個目のタコさんウィンナーを、グサッとフォークに突き刺すコゼットちゃんと、その隣でがっくりとうなだれるわたし。
 そして、面白い一年生の存在に、思わず笑ってしまっているユリナ。
 そんなわたしたちの様子を見かねて、アンズがそっと話題を変える。
 所属するアーチェリー部では『デキるお姉さま』的存在のアンズは、穏やかで物腰柔らかく、そして下級生の扱いがとにかくうまい。
 プンスカ怒っていたコゼットちゃんも急に目を輝かせ、その質問に答え始める。

「はい! シノさんと違って!
 オトハさんは素晴らしかったのですわ。
 なんでもオトハさんったら。
 昨年行われた学校説明会でリコ様とお話しされてから、大変なリコ様のファンでいらっしゃるらしくて。
 リコ様に憧れるあまり。
 先日わたくしたちが公開した茶道部の紹介動画を、なんとお一人で百回以上ご覧になられたそうなのです」
「すっげーなそれ! リコ、芸能人みたいじゃん!」
「なるほど。動画再生数が大変好調だったのは、そういった理由だったのですね」
「あはは……。そうなの。主に、オトハちゃんが見てくれてたみたい」

 頭に浮かぶのは、昨日のオトハちゃんの言葉の数々。
 去年、シノちゃんと一緒に訪れた星が丘高校の学校説明会で、茶道部のPR活動中のわたしと出会ったこと。
 本来は別の学校を受験予定だったけど、わたしとの出会いがきっかけで茶道部に入りたくなり、志望校を変えたこと。
 さらに、無事合格後、わたしたちが学校のホームページに公開した紹介動画を見て、茶道部への熱がさらに高まり……。我慢できず、入学式が終わったその足で茶道部部室までやってきてしまったということ。
 茶道部に入部してからのわたしは、いつも目の前の学校行事や、課題に必死で……。
 誰かに憧れることはあっても、憧れられたことはおそらく一度もなかった。
 だから、オトハちゃんの存在は夢のように嬉しかったのとともに、強い不安を生むものでもある。
 それは、なぜかというと……。

「まあ、問題もございまして。
 オトハさんのおっしゃるリコ様像は、どうにも……。
 わたくしの知ってるリコ様とも、リコ様ご自身が考えるリコ様像とも。
 ずいぶん違っているようなのです。
 なんでしたっけ? 『優しく、強く、完璧なリコ部長!』でしたっけ?」
「そうなの! オトハちゃんってば、ちょっとわたしを美化しすぎてるみたいで……」

『わたしは優しく、強く、完璧なリコ部長と。一緒に部活動がしたいんです!
 リコ部長。早速教えていただけませんか。
 動画では、昨年度は部の存続を第一にPR活動に最も力を入れたとおっしゃっていましたが……。
 無事茶道部が存続した今年度は、何を目標に活動されていくのですか?』

 昨日、オトハちゃんはそう言った。
 けれど、ここにいる四人全員が知っている通り、わたしは『優しく、強く、完璧』……に、なりたいと思っているだけの普通の人だ。
 当然、突然浴びせられた質問にも、まさか
『今年度の茶道部の目標は、とりあえず専任の部員をたくさん獲得することです!
 正直なところ、茶道部が存続して、今いる部員が集まって楽しく活動ができれば、それで充分かなって思い。
 それ以上のことはまだ考えていませんでした!』
 とは答えられず。
 なんだかはぐらかすような形になり……。
 オトハちゃんが語る『サカイ リコ』と、実際のわたしを別人のように感じてしまって、とても落ち込んでいる。
 だから今のわたしは、オトハちゃんに対し
 『そんなに憧れてくれてありがとう!』
 という感謝の気持ちと。
 『わたしはちっとも完璧な人間ではないよ! 質問にすら答えられない、情けなくてダメなやつなの!』
 と訂正したい気持ちがせめぎ合っていて……。
 このまま頼りない自分を隠したまま接するのは、オトハちゃんを騙していることにならないか? ととても不安なのだ。

「まあ、そういうことはあるよな。
 相手をよく知らないから。
 『どんな人か』っていうのを、少ない情報で判断したり。
 想像で補ったりしちゃって……。
 実際よりも格好良く、素敵なイメージを持っちゃってるんだろ。
 アンズも、リコと似た経験があるんじゃねえ?」
「そうですね。部活の部長や、委員会をまとめる立場の生徒は、そういった誤解を受けがちです。
 思わず『そんなことはないよ』と訂正したくなることもあるかもしれませんが……。
 大切なのは、丁寧に相手の想像と、実際の自分のギャップを埋めていくことです。
 一緒に活動していく中で、実際の自分を知ってもらうのもいいですし、相手の理想に近づく努力をするのも良いです。
 ただ、あまり無理をしないのがいいですよ。
 特にリコは……。
 張り切りがちというか。必要以上に頑張ってしまうことがありますから」
「なるほど……」

 ユリナは女子サッカー部のエースで、アンズはアーチェリー部の『裏顧問』と呼ばれるほどの指導上手。
 わたしよりずっと前から、ひとつの団体の中心として活動してきた二人には、わたしの悩みは『あるある』って感じのものらしい。
 同じ学校の同じクラスに通う同い年の友達なのに、急に二人がとても大人に見えて。なんだかますます自分が情けなくなってしまった。

「でも、羨ましいよ。
 そんな、初っ端からそんなに積極的な部員が来てくれるなんて、なかなかあることじゃないぜ。
 シノの方はちょっとわかんねえけどさ。
 オトハは。あたし、きっといい部員になってくれると思う。
 まあ、ちょっとリコを美化しすぎてる感じはあるけどさ!
 そこは。アンズの言う通り。
 一緒に活動しながら、少しずつ修正していけばいいんじゃねえ?」
「私もユリナに同感です。
 部活動において、やる気は何よりも大切です。
 わが校の部活動は強制されて行うものではありません。
 だからこそ、本人の気持ちが、活動の質を大きく左右します。
 入学式から即、そんな方が来てくださるなんて、とても幸福なことですよ。
 プレッシャーはあると思いますが、リコは今までもたくさん困難をクリアしてきたのですから。
 今回もきっと何とかできると私は信じています」
「ですわ! それに! いざ部活が始まレバ。
 『リコ部長よりコゼット副部長の方がステキー! オトハは今日からコゼット副部長についていきます!』
 なんてことも。あるかもしれまセンし?」

 わたしが浮かない様子なのを察したんだろう。
 アンズがわたしの肩を優しく撫で、ユリナがニカっと歯を見せて笑う。
 そしてコゼットちゃんが冗談なのか、本気なのかわからないけど、思わずクスッとしてしまうことを言って。わたしを笑顔にさせてくれる。
 わたしの周りの人は、みんな優しくて、立派だ。
 だからいつまでも自分が一番ダメなような気がしてしまうけど、新入生がやってくる今、そんな不安も克服していかなければならないのかもしれない。
 そう……いろいろ準備不足だけど、とにかくやるしかないのだ。

「で、今日はどうすることにしたんだ?
 オトハとシノに、放課後来てもいいって約束しちまったんだろ?」
「うん。ひとまずオリエンテーション的に、道具とかを見せつつ、一年間の活動予定をお話ししようと思ってる。
 本当は部活見学は来週からで。一年生は明日からの宿泊学習の準備をしなきゃいけないから、先生たちには見つからないように……。
 こっそりと、ちょっとしたことしかできないけどね。
 やるだけやろう……と思う」
「まあ、わたくしとジゼルはおりマスし。
 ナナミさんも『いざとなれば、自宅にある和室が使えます。必要であれば連絡をください』とおっしゃってくださいマシタわ。
 どうにでもなりますわよ。
 それに、シノさんはトモカク。オトハさんに会えるのは楽しみですわ!
 わたくし、あの方とは気が合うと思いますの」

 人生は突然の出来事の連続だ。
 スケジュールに余裕があるつもりでいても、急に変更になることもある。
 準備不足でも、自信がなくても。
 とにかく目の前の課題にチャレンジするしかない場面も、時にはあるのだ。
 とりあえず……やるだけ、やろう。
 放課後に向けて気合を入れるべく、わたしは今日のお弁当で一番楽しみにしていたハンバーグを口に入れた。


 かくして放課後となり、わたしはオトハちゃんとシノちゃんに、茶道部のガイダンスをする……。
 はずだったのだけど。

「すみません。本日、オトハは来られなくなってしまいました」
「えーっ!?」

 今度は、自分の考えが『前フリ』になってしまった。
 『人生は突然の出来事の連続だ』
 その言葉の通り……放課後茶道部室に現れたのは、シノちゃんのみだった。
 その上シノちゃんは部室にやってくるなり、予想だにしない一言を発したのだ。

「……あの。ソレは、もしかして。
 オトハさんは昨日のわたくしたちの様子を見て……。
 『イメージしていたのと違う』と感じられ。
 入部意欲が失せてしまった。ということですの?」

 コゼットちゃんは、やはり昨日のことを気にしているようだ。
 お昼休みはあんなに怒っていたのに、アワアワと顔を青くしてシノちゃんに質問している。
 おそらくコゼットちゃんは、昨日作戦会議開始を促すジゼルちゃんに。
 『せめて、食事が終わるまではゆっくりしよう』
 と言ってしまったばかりに、必要以上の責任を感じてしまっているのだろう。
 でも、たとえオトハちゃんの入部意欲が失せてしまったとしても、コゼットちゃんが悪いわけではない。
 むしろ、部長なのに、あのときオトハちゃんの質問に答えられなかったわたしの方にこそ、問題はあったのではないか……。

「それは、違います」

 しかし、シノちゃんはこの通りきっぱりとコゼットちゃんの不安を否定してくれ。
 代わりに、もっと衝撃的な事実を教えてくれた。

「その……。オトハは憧れのリコ部長に出会えて、気持ちがたかぶりすぎてしまったんです。
 オトハと私は、最寄り駅から自宅までは自転車通学なんですが。
 昨日、あのあと。かなりハイになっておりまして。
 帰り道、止める私の言うことも聞かず『サイクリングロードだから大丈夫!』と自転車を力いっぱい漕ぎ……。
 木に激突して、自転車ごと転んで……。
 全治一週間のけがを負ってしまいました」
「あらららら……」

 現実では、わたしたちの妄想とはかなり違う出来事が起きていたようだ。
 木にぶつかったオトハちゃんは、さぞ痛い思いをしたことだろう。
 その原因が自分にもあると思うと、やはりものすごく申し訳なくなってくる。

「幸い入院するほどではなく、自宅療養となったんですが。
 学校は数日休まざるを得なくなり、明日からの宿泊学習も、大事を取って欠席することになってしまいました。
 先輩方にはお電話などでご連絡差し上げられれば良かったのですが。
 ご連絡先を存じ上げなかったので……。
 こうして放課後、直接来ました。
 なので、申し訳ありませんが、これからお見舞いに行くので。
 見学は中止とさせてください。
 では、私はこれで……」
「待って! わたしも行きたい!」

 ここまで聞いておきながら『じゃあ、さようなら』とは言えない。
 オトハちゃんの容態が気になるし、正直なところ、すごく責任を感じる。

「わたくしも行きマスわ!」

 が、しかし。ここでコゼットちゃんまで手を上げてしまった。
 しかも、オトハちゃんが欠席した理由がわかって、自分のせいではなかったと発覚し安心したのか……。コゼットちゃんは元気だけではなく、シノちゃんへの怒りまで取り戻してしまったらしい。

「それにシノさん、あなたとお話ししたいこともございマスし!?」

 まずい。
 どうやらコゼットちゃんは、オトハちゃんとシノちゃんに昨日の弁解がしたくてたまらないようだ。
 さすがコゼットちゃん、持ち前の負けず嫌いぶりを発揮している。言い負かされたままでは終われないのだろう。
 だけど今は、それはあまり重要なことではないというか。
 茶道部思いなのは嬉しいけれど、今はお見舞いが優先。
 そもそもお見舞いに三人は多いのではと思うし、興奮しているコゼットちゃんをオトハちゃんに会わせてはいけない気がする。
 どうしよう? ここは、わたしも遠慮して、来週まで待った方がいいのかな?
 悩んでいると、脇で静観していたジゼルちゃんが、突如バタッと床にうずくまった。

「ウッ!」
「どうしましたの、ジゼルお姉さま!」

 ただごとではない雰囲気に、全員の視線がジゼルちゃんに集まり。
 シノちゃんをにらんでいたコゼットちゃんが、慌ててジゼルちゃんのそばへ駆け寄る。

「おなかが……おなかが痛くなってしまいマシタ。コゼット、タスケテー」
「ええっ?」

 ジゼルちゃんはブルブルと激しく震えだすと、息も絶え絶え、絞り出すのもやっと。という雰囲気で、なんとかわたしたちに助けを求める。

「痛い。痛いデース。今すぐ帰りターイ。
 でも、コゼットがいないと、一歩も歩けそうにありまセーン。
 コゼット。コゼットはどうか、ワタシと一緒に帰ってクダサーイ。
 でもオトハチャンも気になりマース。
 シノチャンさえ差し支えなければ。
 リコセンパイを茶道部代表としてお見舞いに同行させていただけマセンカー」
「なっ!? ちょっと、お姉さまってば……!」

 コゼットちゃんが再びアワアワとするさなか、ジゼルちゃんがコゼットちゃんからは見えない角度で、こちらに向けて親指をぐっと立てる。
 ……なるほど、そういうことか。
 あっけに取られていたわたしとシノちゃんは顔を見合わせると、同時に頷き。慌てて身支度を始める。
 ジゼルちゃんは、いつも明るくはしゃいでいるようで。
 実は周りをよく見ており、とても機転がきく。
 今のもつまり『自分がコゼットちゃんを引き留めている間に、二人だけでお見舞いへ行け』ということらしい。

「……承知しました。
 ごめんなさい、リコ部長。一緒に来ていただけますか」
「もちろんだよ! ありがとうシノちゃん。
 ジゼルちゃん、任せておいて。わたしが代表として、オトハちゃんの様子を見てくるから。
 あっ、コゼットちゃんはジゼルちゃんをよろしくね」
「ちょっと! リコ様!? わたくしは納得してまセンことよ!」
「アウッ! コゼット……ワタシはもう……ダメかもしれまセーン……」
「ええーっ!? ああ、お姉さま、しっかりしてクダサイまし!」

 ありがとう、ジゼルちゃん。
 ジゼルちゃんの迫真の演技に感謝しつつ、わたしとシノちゃんは、そっと茶道部部室を後にした。


 かくしてわたしは、昨日出会ったばかりのシノちゃんと二人きりとなり。
 大怪我をしたオトハちゃんお見舞いへ向かうこととなった。

「お時間頂戴してすみません。
 でも、実は、こういうのって初めてじゃないんです。
 オトハはあの通り、猪突猛進な性格ですから。
 普段はむしろ『おとなしい子』って印象なんですけど。
 気持ちが盛り上がると、途端に元気になりまして。
 注意がおろそかになって……。
 すぐケガをしちゃうんです」

 道すがら、シノちゃんはオトハちゃんについて、ポツポツと話してくれた。
 それまであまり良い雰囲気とはいえなかったわたしとシノちゃんだけれど。
 オトハちゃんの家が近づくにつれ、だんだん自然に会話ができるようになってきていた。

「うん。それはもうとてもよくわかった。
 昨晩思いだしたんだけど、シノちゃんの言う通り。
 オトハちゃんって、学校説明会で会った時は、むしろ静かな子って印象だったの。
 だから、気持ちが高まると別人になるって聞いて、すごく納得した。
 まさか、喜びのあまり木にぶつかっちゃうほどとは思わなかったけど……。
 それだけ茶道部一直線で、秋からずっと勉強して。
 うちの高校へ通うって、決意してくれたんだね」
「はい。だから、こんなに遠くから星が丘高校に通っています」

 断定するシノちゃんの言葉は、ズッシリと重い。
 オトハちゃんの住む家は学校の最寄り駅から地下鉄に乗って、それから電車に乗り換え、しばらく乗り続けて着く駅にあり。
 さらにそこから自転車で、十分ほどかかるところにあった。
 こんなにも遠距離にある学校。
 高校を選ぶとき『家からできるだけ近く』も条件にしていたわたしには、ここから通うのであれば、星が丘高校は受験候補にもできないくらいの遠さだ。
 思えば、学校説明会の日も、第一中学校から来ていた子はオトハちゃんくらいだった。
 わたしが第一中学校の存在を知っていたのだって、このあたりに住むいとこが通っていたからなのだ。

「昨日本人が言っていたとおり。
 オトハは、本来星が丘高校を受験する予定はありませんでした。
 ちょっと、遠すぎますからね……。
 にもかかわらず学校説明会に来たのは、私に付き合ってくれたからです。
 つまり、リコ部長とオトハが出会ったのには私も関係があるというか。
 私には、軽い気持ちでオトハを誘って。
 結果的に進路を変えてしまった責任があると思います。
 なので。オトハがそんなにも強くひかれた茶道部部長というものに、自分も会ってみたい。そう思いまして。
 ……だから、昨日は同席させていただいたんです。
 なので、お察しかとは思いますが……私自身に茶道部入部の意思はありません」

 はっきり言われるとグサッと来るけど、あんな姿を見せた後じゃ、仕方ないのかな。
 部室でお菓子を食べていたのは仕方ないにしろ。
 せめてわたしがオトハちゃんの
 『無事茶道部が存続した今年度は、何を目標に活動されていくのですか?』
 という質問にしっかり答えられていれば、シノちゃんの気持ちもまた違ったのかもしれない。もしかしたら、入部を考えてくれたかもしれないのに。
 『ごめんね。がっかりしたでしょう』
 今すぐにでもそう謝りたくて、うなだれる。
 そのさなか、夕暮れの住宅街が、次第に暗くなり。
 並んだわたしたちの影が、二つ長く長く伸びていく。
 そのうち、大きな方の影が、ふいにペコリと頭を下げる。
 謝りたいのはわたしの方なのに、そうしたのはシノちゃんの方だった。

「昨日はごめんなさい。
 あの時はたまたまパーティをしていたことくらい、私にだって見ればわかります。
 ……でも、オトハがあれだけ努力して、あんなに入部を楽しみにしていた茶道部が。
 実際は遊んでばかりのふざけた部活だったのかもしれないと思ったら。
 ついかっとなってしまって……。
 揚げ足を取るようなことを言ってしまいました」
「それはいいんだよ。
 来客がないと思って、お菓子を食べて雑談してたのは事実だし。
 というか、それよりも……」

 『質問に答えられなくてごめんね』
 そう言いたかったのに。
 できなかったのはどうしてだろう。再びシノちゃんが話し出し、わたしはまた謝る機会を失ってしまった。

「私とオトハって、幼なじみで幼稚園からずっと一緒なんですけど……。
 私は、これまでも何度も、オトハがいろんなものに関心を持って、チャレンジしていく姿を見てきました。
 でも、ここまでオトハが始めるから強く期待しているものは、茶道部が初めてなんじゃないかな? って思うんです。
 だから、できれば、応えてあげて欲しいといいますか……。
 私も、安心して去りたいといいますか。
 今の私は見学として茶道部に参加させていただいてますが、オトハのケガが治って、正式に入部するころには、消えます。
 だから、その前に……」
「あれーっ!?」

 『納得のいく、茶道部の今年度の目標を聞かせてほしいです』
 シノちゃんは、おそらくわたしにそう言いたかったのだろう。
 しかし、そこで思わぬ方向から声がして、会話が途切れる。
 わたしたちが来るのを聞きつけたオトハちゃんが、パジャマ姿で家の入口から顔を出したのだ。

「オトハ! だめじゃない! まだ寝てなくちゃ!」
「へーきだよ! ケガするのとか、いつものことだし。
 シノとリコ部長が来てくれるって言うから! 思わず飛び出しちゃいました!
 シノ。また心配かけてごめんね。でも大丈夫だから。
 リコ部長も、わざわざお越しいただきありがとうございます!」

 『大丈夫』とは言いながらもヨロヨロした足取りのオトハちゃんが、ヒョコヒョコとこちらに近づき、わたしに握手を求める。

「リコ部長が来てくださるなんて。わたし、すっごい嬉しいです!
 もう、それだけでケガ治っちゃいそうです!」

 初めてわたしに憧れてくれたオトハちゃん。
 そして、彼女を誰よりも心配してるシノちゃん。
 彼女たちのためにも、わたしは今年の具体的な方針を決めなくちゃいけないと改めて思った。


 一人きりの帰り道は長く、再び電車に乗って戻る中、わたしはいろいろなことを考えてしまった。
 昨年度のわたしは、ずっと部の存続のことを考えていた。
 三年生の先輩方が安心して卒業できる茶道部にするために、まずは必死で新しい部員を集めた。
 その次は、新しい茶道部が良い組織であることを先輩方に知ってもらうために、部の活動風景を撮ったPR動画を作った。
 それを学校のホームページに載せたことで、それはオトハちゃんにも届いたけれど……。
 実際のわたしは、目の前のことに必死になるあまり。部の存続が最終目的のような気分になってしまい……。
 部が存続した後にやってくるオトハちゃんたち一年生のことを、考えているようで、実際はよく考えていなかったのではないか。
 だから、昨日、今年度の目標を聞かれて、うまく答えられなかったのだ。
 宿泊学習が終わって、オトハちゃんも登校できるようになる来週までにいい案を出せなければ。今はわたしに期待してくれているオトハちゃんの入部意欲も、失せてしまうかもしれない。
 何とかしなくちゃ。
 そのためには……。
 窓の向こうの景色を見ながらアイディアを練っていると、そこでポケットのスマホが着信を告げる。
 相手は、なんとナナミだ。
 今日、茶道部に顔を出せなかったのを気にして、連絡してきてくれたらしい。
 ちょうど駅に着いたのもあり、わたしは慌てて電車を降り、電話に出た。

「……もしもし?」
「ああ、リコ先輩。こんばんは。今日は大丈夫でしたか?
 ジゼルさんから連絡頂戴しました。
 シノさんと一緒に、怪我をされたオトハさんのお宅へ向かわれたそうですね。
 オトハさんの具合はいかがでしたか?」

 気遣うような、電話越しの優しい声が嬉しい。
 思わずウルっとしてしまい、のどが詰まってしまって声が出ない。
 自分を何とか落ち着かせようとしていると、優しい声は一つじゃなかった。
 耳慣れた元気な声が、大きく響いてくる。

「オット! ナナミサンだけではありまセーン!」
「ですわ! わたくしたちもおりましてよ!
 リコ様! シノさんと二人きりで、また意地悪言われたりしまセンでした?」
「ジゼルちゃん、コゼットちゃん……」

 三人全員が集まって、わたしの心配をしていたことを知って。
 わたしはいよいよ泣き出しそうになった。
 だけど、泣いている場合ではない。
 みんながそばにいてくれるから、わたしは正直になれる。
 だからこそ自分の良くないところを素直に認めて、それを克服するため。この茶道部をこれからどうするべきか、部長として指示を出さなければならないのだ。

「みんな、ごめんね。わたし、楽をしようとしていたみたい」
「へ? ナンの話ですの?」

 受け止めるコゼットちゃんは、不思議そうな声。
 まずは自分の気持ちから説明しなくてはならない。
 今のこの四人だけでの活動が心地よすぎて、つい『もうこれ以上頑張らなくてもいいかな?』と思いかけていたことを。

「わたし。三人のおかげで、茶道部が存続できたから。
 卒業した先輩方にも、安心してもらえたから……。
 もう兼部の皆さんもいるし。
 すごいことができなくても、新しい部員がいっぱい入部してくれなくても。
 今のみんなで楽しい活動ができれば、それでいいかも?
 って、ちょっと思うようになっちゃってたの。
 『今が楽しければいい』って、自分のことしか考えてなかった。
 だけど、部長のわたしの使命は、わたしが部活を引退した後も、長く続くような茶道部を作っていくことだよね。
 昨日、オトハちゃんに聞かれた今年度の目標。
 『とりあえず専任の部員をたくさん獲得すること』以外にも考えたいと思うの。
 それで、ちょっと案があって……。きょ」
「承知いたしました!」

 『協力してくれるかな?』
 そうたずねる前に、もう返事があって驚く。
 ああ、みんな、なんて頼れる仲間なんだろう!
 わたしはこの三人のためにも、少しでも頼れる部長になっていかなくちゃいけないんだ。

「私はいつでもリコ先輩を応援しています。
 あなたの決めたことについていきます。だから、どんなアイディアか教えてください」
「まあ、今回のことは油断していたわたくしにも責任がございマスし?
 当然。全、力で! お付き合いさせていただきマスわよ?
 早くおっしゃってくださいな」
「デース! 早く教えてくだサーイ!
 おなか、もう治りマシタしー!」
「ああもうジゼルお姉さまったら! やっぱりあれは仮病だったんですのね!?」

 ベルナール姉妹のやり取りに思わず笑ってしまいながら、通話したまま改札を抜け、すっかり暗くなった空を見上げる。
 三月、茶道部のPR動画を作ったわたしは、これまで出会った人、茶道部を助けてくれる人たち全員が『正座先生』で。自分はそのたくさんの『正座先生』のひとりとして、後輩に接していきたいと思っていた。
 だけど、そうやっていつまでも『自分が一番下で初心者』『たくさんいるうちのひとり』という考えはもうやめよう。
 一人では実現不可能なことを、周りに支えてもらう。
 それはもちろん必要なことだと思う。
 だけど、何かあったときは、自分が中心となってまとめる責任感を持つ。
 今のわたしに求められるのは、きっとそういう能力と心構えなのだ。
 いつも周りに頼って、助けてもらって。それでなんとか成立している部長は、この相談をもって卒業しよう。
 アンズの言った通り、わたしは。
 オトハちゃんの想像の中にいる『優しく、強く、完璧』なわたしと、実際のわたしとのギャップを、わたしなりに埋めていきたいのだ。

「じゃあ、さっそくなんだけど……」

 まずは、開催地の確保から始めよう。
 今度はナナミがくれた言葉が、次の展開の『前フリ』となりそうだ。


「本日はお越しいただき、ありがとうございます」

 翌週末、わたしたち茶道部は、オトハちゃんとシノちゃんを招いて、プチ茶会を開くことにした。
 その会場には、ナナミの家の和室を使わせていただくことになった。
 茶道道具は、OGであるアヤカ先輩のご自宅にあるものだ。
 卒業してもやっぱり頼ってしまう自分が情けないけれど、アヤカ先輩は快く貸与してくれた。
 道具を借りに行った日、アヤカ先輩はこう言った。

『人は急には変われないよ。少しずつしか成長できない。
 だから卒業した後も、少しならOGの私たちに頼っていいんだ。
 ……でも、リコ君はそれを良しとしないようだ。
 なら、オトハ君からの質問には。
 部活全体のためでもあり、自分自身の成長にもつながる目標を設定して答えるといいだろう。
 目標を決めて、毎日努力することに意味があると私は思う。
 正しく積み上げれば必ず達成できる目標を示すことは、後輩たちの意欲にもつながるはずだと思うよ』

 部活全体のためでもあり、自分自身の成長にもつながる目標。
 その言葉を聞いたとき、わたしは真っ先に、わたしが卒業して、わたし抜きで活動していく茶道部を思い浮かべた。
 そのときは、思った以上に早くやってくるだろう。
 秋にはわたしは部活動を引退して、受験勉強に専念する。アヤカ先輩のように推薦入試は考えていないから、引退後もちょくちょく顔を出すのは難しい気がする。
 だったら、準備不足を悔やんだついこの前の経験を無駄にしないためにも。
 気づいた瞬間から、自分がいなくなった後の茶道部を支える準備を始めたいと思った。
 だけどそれは、オトハちゃんの考える『強く、優しく、完璧』な自分を演じるということではない。
 やはりアヤカ先輩の言う通り、人は急には変われないと思うし、実力以上のことを長期的に続けることはとても難しいからだ。

「本日先生を務めさせていただきます、サカイ リコです。
 本日はよろしくお願いいたします」

 今日のわたしは、着物で参加した。
 これもアヤカ先輩にお借りしたものだけれど、これまでは基本的に制服だったり、スーツを着ることが多かったから。
 着物を着て活動するだけで、いつも以上に気持ちが引き締まる気がした。

「ムカイ オトハです! こ、こちらこそよろしくお願いします!」
「カツラギ シノです。……よろしくお願いします」

 この前、電話の後。
 合流したわたしたちは、改めて今の茶道部について考えた。
 まず、茶道部は今『ゆるい』か『きつい』かに分けたら『ゆるい』部活だと思う。
 部員は全員が初心者だし、茶道は『競技』ではないので、運動部みたいに大会があるわけでも、文化部のように展示会や発表があるわけでもないからだ。
 だからといってわたしたちは茶道部を、『きつい』部活に変えたいとは思わない。
 去年じっくり話し合って決めた通り。星が丘高校茶道部は、初心者が中心なのを活かした、親しみやすく、敷居の低い部にしたいからだ。
 だけど周囲から悪い意味で『ゆるい』部活だと思われるのはいけない。
 もしお菓子を食べて雑談したいのであれば、部室ではなく誰かの家でやるべきだったし、いつ誰が訪問するかわからないという緊張感を失っていたのはよくなかった。
 一度した失敗は消せない。
 オトハちゃんとシノちゃんをがっかりさせた事実は、もう変わらない。
 これから、こうして一つずつ行動で示して、二人の印象を良いものに変えていく努力をしなくてはならない。
 先週、オトハちゃんという自分に憧れてくれる後輩ができて、わたしは不安になった。
 『もう十分がんばったし、現状維持できればいいや』
 そう思いかけていた自分が、オトハちゃんの期待に応えられるのか自信がなかったからだ。
 でも、がっかりさせたまま終わってしまうのだけは嫌だと思う自分がいる。
 だったら、このままじゃいられない。いられないから……。
 現状維持できればそれでいいと怠けそうになる弱い心を捨て、新しいことを始めるのだ。

「本日は茶道部のオリエンテーションもかねて、気軽にお楽しみいただければと思います。
 でも、その前に、先日頂戴したご質問に回答したいと思います」

 オトハちゃんがきょとんと目を見開き、シノちゃんが真面目な顔で頷く。
 そばに座っている、ナナミたちも緊張した面持ちで私を見つめる。
 大丈夫。と、茶道部員三人に小さく頷いて、わたしは正座でオトハちゃんとシノちゃんに向き直る。
 それにしても、わたしは正座にも、すっかり慣れたものだ。
 一年前は『正座で過ごす』というだけで大変なプレッシャーだったのに、今では心配事にも上がらない。
 対するオトハちゃんとシノちゃんは、ちょっとまだ不安定だ。
 なんだか昔の自分を見ているようでもあるし、今はこういった状態の二人を、わたしが『正座先生』として導いていくことに少しだけ緊張もする。
 だけど、大丈夫。
 先週はちょっと失敗もしてしまったけれど、わたしはちゃんと成長もしているのだ。
 それを信じて、前に進んでいきたいと思う。

「今年度の目標は、部長のわたしが『正座先生』となり。
 二年生以下の部員全員を。わたしの後を引き継ぐ……ひとりだけでも指導者として通用する『正座先生』にすることです。
 だから、オトハちゃん。シノちゃん。
 改めて、一緒についてきていただけませんか?
 わたしたちは先日みっともないところをお見せし、信頼を損なってしまっていると思いますが……。
 強い意欲のある一年生は、とても貴重な存在です。
 まだ茶道部に関心を持っていただけているのであれば、わたしたちは一緒に活動したいです」
「喜んで!」
「その言葉は……」
「はい! ……リコ部長。覚えてらっしゃいますか?
 これ、リコ部長がわたしと初めて話したときにおっしゃった言葉ですよ!」

 そう。
 今オトハちゃんが言った『喜んで』という言葉は、わたしがオトハちゃんと初めて話したときにかわした言葉でもあるし。
 同時に、わたしが今までいろんな人とかわしてきた言葉でもある。
 はじめは茶道部に入部するとき、ユキさんと。
 次は学校説明会の日、オトハちゃんと。
 そして、茶道部へ剣道部との兼部希望をしたナナミと。
 『喜んで』とは、明るい意欲を示す言葉だ。
 アンズの言う通り、うちの学校の部活動は、強制されてやるものじゃない。だから、一人一人の意欲こそが、部活動していくうえでの、一番大切なエネルギーだ。
 それを受け取れることを、わたしはとてもありがたく思う。

「もちろん覚えてますよ!
 二回目ですね、このやりとり。改めまして、よろしくね。
 ええと……シノちゃんは……」

 そう……今は『喜んで』とは言ってくれないこの人からも、いつかは。
 この前、シノちゃんと二人きりになった日。
 『がっかりさせてごめんね』と謝って、それでおしまいにできなかったのは、わたしが自分の非を認められず、素直になれなかったからじゃない。
 わたしはまだあきらめたくなかったのだ。
 謝るのが遅くなって申し訳ないけれど、もう少しちゃんとしたところを見せて。
 入部してはもらえないかもしれなくても『オトハを任せてもいいか』と思ってもらえるようになりたい。
 振り向かせたいという強い意欲が、わたしにはある。
 だからまず行動し、言葉にする。
 『正座先生』としてはまだ新米のわたしだけど、もう自分を卑下したりはしない。
 新しい出会いに、堂々と向き合っていくのだ。

「私も、なんですか?
 ……もう。このお茶会が終わったら、顔を出すのはやめようと思ってたのに……」
 まあ、オトハを『正座先生』になれるほどしっかり育ててくれる部活なら……。
 いいですよ。
 予定を延長して、もう少し見学させていただきたいと思います!」
「ありがとう! それでは、改めましてよろしくね」

 握手がしたくて両手を二人の前に出すと、二人が手を重ねるように握り、大きく頷く。
 わたしの茶道部引退まで、あと半年ほど。
 それまでに、部員皆を『正座先生』にしてみせる。
 そんな、自分の卒業を意識する、新しい部活ライフが始まった。


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