[258]弁当の正座
タイトル:弁当の正座
掲載日:2023/06/22
著者:虹海 美野
イラスト:鬼倉 みのり
内容:
毎子は社会人、育児、短期勤務、ボランティアなどを経て、現在は家族六人分の弁当作りを担っている。
これまでの友人、知人関係も途切れていたが、ある日かつての友人るり子さんと会う。
そこでお弁当屋さんの試食会に参加しないかと誘われる。
了解した毎子だが、そのお弁当屋さんは日本の老舗料亭が隣接した店舗で出しているお店で、試食会も料亭で行われると知り、焦る。毎子はるり子さんに正座についての指導をお願いすることに。
地元正座シリーズ第一段です。
本文
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1
「正座をする時は背筋を伸ばして、膝はつけるか握りこぶしひとつ分開くくらい。脇は締めるか、軽く開く程度で。スカートはお尻の下に敷いて。ああ、足の親指同士、離れないように。手は膝と太もものつけ根の間にハの字で」
そう説明しながら、るり子さんはそっと毎子の猫背を直してくれた。
こんなふうに優しく背を押されるのは、歯医者での定期健診の時に歯科助手さんが手を添えてくれて以来だろうか、と毎子は思ったのだった。
背座毎子(せざまいこ)は、とある都市郊外、閑静な住宅街に長いこと暮らしている。毎子は現在会社勤めの夫と二人暮らし、同じ敷地内に娘夫婦が家を建て息子、娘の四人で住んでいる。娘夫婦は、娘婿が会社員、娘はパート、孫息子、孫娘がそれぞれ高校二年、高校一年である。毎子は結婚まで会社員、当時所謂オフィスレディと呼ばれる、流行の化粧をし、頻繁に美容室に通い、話題の飲食店に出向き、ドライブやスポーツを楽しむ独身会社員の時間を数年過ごし、結婚後は育児に十数年費やし、暫くいくつかの仕事とともに習い事にも通い、孫が誕生した頃に、仕事を辞めた。
その後、夫だけではなく、娘夫婦の夕飯を時折作るようになり、現在は夫と自分、娘一家四人の弁当作りを毎子は引き受けている。その代わり、夕飯は軽いもので済ます、或いは娘夫婦が何か買って帰る、デリバリーを頼むという時は、こちらの分も任せている。
とにかく、現在毎子は家族以外との関係がほぼない生活を送っていた。
先にも述べた通り、毎子は会社員、それに学校を介したボランティア、短時間勤務の仕事、習い事を経験したが、ある日それら全てから離れて暮らしたい、という思いが湧き、それからは自宅で過ごすことが多くなり、出かけることといえば、近所への買い物くらいであった。
いつも毎子は早い時間に買い物に行き、あまりかつての友人、知人と会うこともなかったが、最近夕方にタイムセールスを行うスーパーができ、その広告を見た毎子は散歩がてら行ってみることにした。
開けた箱の中に山積みになった数々の野菜と、極太ペンで表示してある大きな値札、今からこちら半額です、という活気溢れる呼び込みの声が聞こえてくる魚や肉、お寿司やコロッケの売り場。いつもより値段の抑えられた食品が次々に買われていく。その熱気に押されながら、毎子もいくつかの品を買い物かごに入れ、会計を済ませた。
なんともいえない満足感に浸り帰ろうとすると、「久しぶり」と声をかけられた。
振り返ると、なんと毎子の子育て時代に一緒に学校の係をやったるり子さんだった。一時期は連日のように会い、互いの家が第二の家と感じるほど頻繁に行き来する仲であった。しかし、その後互いの生活の変化とともに共通の友人も減っていき、疎遠になっていた。
久しぶりの再会に、互いの近況を差しさわりない範囲で話した。「このあたりも新しいお店が増えたのね」と毎子が周囲を改めて見て言うと、「この先にお弁当屋さんがあるのを知っている?」とるり子さんが訊いた。毎子は曖昧に「どのお弁当屋さんかしら」と首を傾げた。何せここ何年も昼食は弁当を作っている身である。販売されている弁当には縁がなかった。
「私、今、公民館のヨガ教室に通っているんだけど、そこでお友達になった人の息子さんのお店なの。手作りで、安くて、だけどすごくおいしいの。年取ると、あんまり食欲わかないってこともあるんだけど、あそこのお弁当なら食べられるって言う人もいるくらい」
「へえ」と毎子は頷いておいた。
相変わらず、人付き合いの上手な人で、人生を楽しんでいると感じた。
それでこの話題は終わるかと思われたが、るり子さんは思わぬことを提案した。
「ねえ、今度ね、そのお店で大幅にメニューのリニューアルをするらしくて、その前にね、一般の人の意見が聞きたいんですって。息子さんの年代の人や、十代、二十代の人はアルバイトの子やパートさんのお友達に協力してもらって、もう大丈夫らしいんだけど、私たちの年代からの味の濃さとか量とか、ごはんの硬さとかね、そういうのも知りたいらしいの。まだ行ける人が私のほかに三人で、あと一人くらい誰かいないかしらって話で。背座さんなら、昔からきちんとした人で紹介しやすいし、お料理もずっとしてきているから適役なんだけど、一緒に行かない? 試食会だからもちろん無料だし」
どう断ろうか、という思惑とは裏腹に、つい昔の懐かしさで、毎子は「ええ、ほかに行く人が見つかれば、私はいいから、それまでの頭数ってことなら」と、控えめではあるが、その話を受けた。
るり子さんは「背座さんだから誘っているのよ」と返し、毎子とスマートフォンでの連絡先の交換を実にあっさり済ませ、後で日時と場所を送るわね、と告げ、颯爽と去って行った。
届いた連絡には、行くお弁当屋さんの場所と時間とともに、一緒に行けるよう、駅前での待ち合わせもご丁寧に提案してあった。
すっかり家庭内での生活に浸りきっていた毎子は、何を着ていこうか、バッグはあったかしら、と久しぶりに箪笥の中を覗き、娘夫婦から誕生日だかなんだかにもらった、落ち着いた色とデザインながら、若い顧客も多いというお店の服を見つけた。まだビニールの袋に入ったままである。それを出して袖を通し、違和感がないことを確認した。靴は少し前に購入した、つまづかない、おしゃれ、歩きやすい、といった特徴のものにした。手提げは前に孫娘がもういらない、という理由で捨てようとしていた、まだ十分に使えるし新しいビニール素材の小ぶりのものにした。ファスナーがついていて、うっかりとした落とし物防止になるし、ショルダーバッグにできる紐もついていて便利だ。
そうして、まあ、なんとかなるでしょう、と思ったところで、お弁当屋さんの名前をスマートフォンで検索してみた。いくつか心当たりはあるが、どこだかはっきりと思い出せない。
そうして出て来たお弁当屋さんを見て、毎子はえ、と思った。
それはこの辺りでは有名な仕出し弁当屋で、冠婚葬祭などで利用され、隣接した大きな店での食事会も行われる、こちらのお食事処が主体の、いわば高級どころであった。その横でどうやらリーズナブルなお値段での弁当も提供しているといったところらしい。いつも行列ができている店だ。てっきりお店の中のスペースでお弁当待ちのお客用のベンチにでも座っていただくのかと思っていたが、これはとんでもない勘違いであった。否、ベンチでいただくお弁当も毎子は大好きである。そういうことではなく、この流れでいくと、どうやらあの足を踏み入れたことのない和室で試食会ということになりそうだった。
毎子は焦ってるり子さんに連絡した。
焦っていたのでメッセージの送信ではなく、直接電話した。
電話の呼び出し音を聞きながら、ああ、メッセージにすべきだったと思いながらも、呼び出し音を聞き続けた。
少し経ってるり子さんが電話に出た。
外出先にいるようだ。
「ごめんなさいね。急に電話して」と毎子は開口一番詫びた。
友達付き合いを絶ってからのブランクを感じた。
「大丈夫よ」と、優しいるり子さんは言ってくれた。
「あの、お弁当屋さんのお店を見たんだけど、随分立派なお店よね。それでね、私、もうずっとそういうところへ行っていなくて、るり子さんのお友達のところだし、迷惑をかけたくなくて、それでね、るり子さんには迷惑になってしまうんだけど、当日前に一度会えたらと思って」
「ああ、いいわよ。これからヨガの教室があって、それが終わったころでよければ」と快く承諾してくれた。
「ありがとう……。じゃあ、終わるころ、そっちに行ってもいいかしら」
「来てくれるの? 助かるわ。ここ、新しい公民館だから、お茶する場所もあるし、じゃあ、入ってすぐの吹き抜けの自販機のあるところにいるわね」
実にわかりやすい説明をしてくれて、電話が切れた。
毎子は時計を見て室内を簡単に掃除し、出かける準備をした。
2
新しい公民館は、ホテルとまではいかぬとも、吹き抜けのガラスの天井からは光が降り注ぎ、広々として解放感があり、敷地内には多くの木々が枝を広げており、なんとも心地よい場所であった。新たな公民館の横は何度も通ったが、毎子は外から中を窺うだけだった。るり子さんが誘ってくれなければ、まだまだ来る機会はなかっただろう。
るり子さんはヨガの教室をすでに終え、自販機の横にある畳のこあがりでコーヒーを飲んでいた。
「ああ、毎子さん、こっちこっち」とるり子さんが手招きする。
隣にいる人が、お弁当屋さんを営む息子さんのお母さんで、るり子さんのお友達なのだそうだ。
「この度はありがとうございます」と、るり子さんのお友達は大層丁寧に立ち上がってお辞儀をする。
雑に言えば、毎子はただめしを食わせてもらいに行くだけの存在、といったところだが、品あるこのるり子さんのお友達はそんなことは微塵も考えていないようで、心から感謝しているといった印象だった。
毎子は恐縮し、「私でお役に立てるか……」とぎくしゃくとした挨拶をした。
「ねえ、とてもいい方でしょう?」とるり子さんは二人を引き合わせ、微笑んでいる。
「あ、あの、それでね、お座敷でのお作法というか、そういうところでご迷惑をおかけしないか心配で、今日来たのだけれど」と、毎子は切り出した。
るり子さんとそのお友達は顔を見合わせる。
「来ていただくだけでありがたいのに、そんな心遣いは……」というお友達に、「だから毎子さんは丁寧な人なのよ」と、るり子さんが間に入ってくれる。そして、「ねえ、私も試食会で浮かれていたけれど、やっぱり感謝の気持ちを伝えるのに礼節は必要だし、そこの元おかみさんに教えてもらえれば本当に助かるんだけど」と引き受けやすいように言ってくれた。
「これといって特には……」と言いながら、るり子さんのお友達はこあがりを利用し、そこで正座について教えてくれた。
「背筋を伸ばしてくださいね。膝はつけるか、握りこぶし一つ分開くくらい。脇は締めるか、軽く開く程度で。スカートはお尻の下に敷いて。足の親指同士が離れないようにね。ああ、それと、足がしびれたら、決して無理なさらず、足を崩してくださいね」
るり子さんのお友達はそう優しく教えてくれ、「では当日お待ちしていますね」と言い、実に優しく笑った。
その後、るり子さんの厚意に甘え、公民館からの帰り道、るり子さんのお宅にお邪魔することにした。るり子さんの家庭も毎子と似たような感じで、昼間はるり子さん一人だ。
途中、ケーキ屋さんに寄り、割り勘にしようとするるり子さんを説得して、お土産を買った。こうしてケーキを買ってお友達の家に行くのもずいぶんと毎子には久しぶりであった。
るり子さんの家は玄関や室内にいくつもの家族写真が飾ってあり、それは毎子と疎遠になった後も順調に続いていた家族の様子を現していた。すっかり大人になったるり子さんのお子さん、お孫さんの映った写真や、お孫さんが描いた絵がリビングに飾ってある。
るり子さんは毎子がアップルティーが好きだったのを覚えていてくれ、瀟洒(しょうしゃ)なテイーセットを出す。
観葉植物の並んだリビングの窓側に目をやる。
「じゃあ、いただきますね」と、るり子さんは、さっき毎子が買ったケーキを出す。
それから小一時間ほど話し、ああ、最後に正座をもう一度、ということになった。るり子さんは普段からよく出かけているし、今もヨガをやっているからか、姿勢もいい。「ちょっと直すわね」と優しく言い、るり子さんは、毎子の猫背を直してくれる。
おいしいお茶とケーキ、心地よいリビング、そして優しいるり子さんとの時間に、ふっと毎子の心が温かく浮足立った。
3
こうして毎子は試食会の日を迎えた。
正座をする、つまり座敷でお食事をすると気づいて、靴下は新調した。意外と気づかないもので、履き心地のよい靴下だからと重宝していたが、結構年季が入っていた。
るり子さんは待ち合わせの場所にもう来ていて、毎子の服装やバッグなどを、ほどよい距離感で褒めてくれる。素敵ね、とか、とても毎子さんに似合うわ、といった具合だ。言うまでもなくるり子さんはおしゃれな人で、薄いスカーフなんかも上品に取り入れている。るり子さんは昔から、いつ会ってもきれいにしているわ、と毎子は思ったことを伝える。るり子さんは笑顔で「そうかしら。このスカーフなんかは、バーゲンで買ったものなんだけれど。ありがとう」と笑う。
お弁当屋さんまでは毎子の足でもすぐの距離で、案の定、お弁当屋さんの入り口ではなく、料亭の入り口の方から招かれた。
先日お会いしたるり子さんのお友達と、その息子さんとが出迎えてくれ、とても丁寧にお礼を言う。
「今日は是非、忌憚のないご意見をお願いします」
最後に笑顔でそう言い、息子さんとお友達は厨房の方へと戻って行った。
「じゃあ、座って待ちましょうか」とるり子さんが言う。
「ええ」と頷き、どちらとも上座を遠慮して、手前の席に並んで座った。
間もなく、入り口の方が賑やかになり、新たに男性二名、女性一名がやって来た。三人はカラオケ仲間で以前よりこのお店の常連だと言う。
和気あいあいと自己紹介を簡単にしたところで、数種類のお弁当に、それぞれのおかずの盛られた大皿、おひつに入った炊き込みご飯やおこわ、白米などがずらりと並んだ。それとともに、店の自販機で売っているお茶も一通り用意してあり、取り皿やグラスをるり子さんのお友達が「どうぞ」と置いてくれる。
なんだか慌ただしい始まりに感じたが、そこで箸を持つ前に、毎子は正座をした。教えられた通り、背筋を伸ばし、脇を閉め、膝も握りこぶし一つ分開く程度にし、足の親指同士が離れないように気をつけた。スカートもきちんとお尻の下に敷く。
「居ずまいがきれいですね」と、初対面の、向かいに座る女性が言ってくれた。
「いえいえ」と、毎子は慌てる。
「そうなの。毎子さんは昔からとてもきちんとしていて真面目で、信頼できるお友達なの」とるり子さんが言う。
そんなふうに思ってくれていたのか……、と毎子はじんわりと目元が熱くなるのを感じた。
るり子さんはお友達が多くて、なんだか毎子が独り占めしてしまうのが申し訳ないような気がして、周囲に溶け込むまでは一緒にいても、少し距離を取るのが大人としての気遣いだと考えていた。そのうちに、るり子さんは初めての場でもあちこちに知り合いから声がかかり、話の輪の中心になり、毎子はるり子さんに挨拶だけしてその場を去ることが増えた。やがて毎子もるり子さんほどではないが、それなりに友人、知人が増えた。ただ、その中でどこまで親しくすべきかの線引きを考えると、あまり深い話はしない方がいいと考えるようになり、それが相手にも伝わり、気づけば、毎子の方が古くからの知り合いであっても、新しく知り合った人同士が、まるで学生時代の友達のように意気投合し、ランチや飲み会、そして旅行までするようになり、置いて行かれたような気持ちと、気遣いながら仲間に入ることの気疲れを考えると、これでよかったという安堵が湧きあがって、ふと気づいた時には何があるわけでもないが、人付き合いに疲れていた。
ちょうど長女の家族の食事作りを引き受けた頃だったし、少し休もうという気持ちがあった。現在もその生活は続いており、毎子にとっては、たくさんの友人を作って出かけるよりも、その方が肌に合っているとも気づいた。
だが、それでもこうして、『信頼できるお友達』と躊躇いなく言ってくれるるり子さんという存在は、毎子にとって大きかった。
「私にとって、るり子さんはとても優しい気遣いの達人で、尊敬するお友達です」と毎子は言った。
「いいですね。学生の頃からのお友達みたいで」と、実に仲の良さそうな三人に言われ、なんだか毎子はこそばゆい思いだった。
そして、「そうなんです」と頷いたるり子さんは、「飲み物、どれにしましょうか」と、言い各々のグラスにお茶を注ぐ。
毎子はどうにもこうした気遣いが苦手で、大人しくしていた。
「さあ、始めましょうか」という三人に促され、遅れて箸を取る。たけのこを使った煮物やこんにゃくのピリ辛炒め、にんじんともやしのナムル、マカロニサラダ、ポテトサラダ、大根、きゅうりの漬物、エビやイカ、白身魚、サツマイモ、大葉、にんじん、れんこんの天ぷら、から揚げ、フライ、サケやサバの切り身を焼いたもの……。あまりの種類の多さに箸を手にしても、迷いが生じる。
そういえば昔はビュッフェのランチにもよく行った。中華やインド料理、パンやケーキの種類が豊富なホテル。それらにはいつもるり子さんがいたことを思い出す。そこでは、ふと心に刺さった、日常の本当にささいな気がかりを話し、共感し、励まし、前進させてくれる何かがあった。ささやかな贅沢であり、楽しみな時間だったことを毎子は思い出す。
そして今、前に並んだたくさんのおかずを前に心躍るのを感じる。
それとともに、毎子が経てきた時間の中で、確実に食卓に並ぶおかずに変化があったことを実感する。多くの料理を毎子なりに手掛けてきただけに、そこにかかる手間のひとつひとつ、味付けの段階からの材料の選択も学んできた。
自宅でこれだけ作るとなったらさぞ大変だろうと、毎子はひとしきり感心する。そして、どれも味付が優しく、それでいて物足りなさは感じない。全て食べたいが、その前に満腹になった。
折を見計らって、るり子さんのお友達がやって来た。
「いかがでした」という問いに、毎子は「どれもとてもおいしくて。でも、全て食べられないのが残念です。毎回買いに来て次はこれっていう楽しみもあると思うんですけど、ごはんをおにぎりとか、二種類入っているお弁当なんかがあると嬉しいです」と答えた。
るり子は「本当においしかったです。揚げ物も軽く食べられて、とても食べやすくて、久しぶりにこんなにいただきました。家で揚げ物って、面倒だと敬遠してしまうから、そういう面でも贅沢ですね。あと、ここのお店の方では、季節の果物を使ったゼリーが食後に出ていますよね。こういうおいしいお料理の後に、そういうちょっとした一品も同じお店で買えると、とても嬉しいのだけれど」と言った。
他の三人も、煮物や揚げ物は、弁当と一緒に入っているものだけではなく、個別に売っていると、家でごはんは炊いてあるとか、そういう時に利用しやすいとか、白米をかため、やわらかめの二種類から選べると、体調に合わせやすいといった意見を述べた。
るり子さんの友人の息子さんはそれを全て書き取り、「とても参考になりました。ありがとうございます」と頭を下げた。
「こちらこそ、こんなにおいしいものをごちそうになって、ありがとうございます」と毎子は言い、あ、なんだか家にいるような感じで言ってしまった、と焦ったが、「本当にそうですよ。ごちそうさまでした」とるり子さんが付け足してくれた。
「あの、嫌でなければ、こちらお持ち帰りになっていただいて構いませんので」と、るり子さんの友人が言い、弁当を入れる容器と輪ゴム、紙袋を置いた。
その場にいた全員が目を輝かせ、お互いに遠慮したりしつつも、最終的には「じゃあ、私がこちらいただきますね」などと、譲り合うようなかたちで、全てのお料理を容器に取り分けたのだった。
4
これで今晩のごはんは作らなくて済むと、ほくほくしていた毎子だったが、夕方帰って来た孫や娘が家に来て、惣菜を食べつくしてしまった。
二日分くらいになるかしら、と思っていた天ぷらやから揚げはあっという間に消え去った。残ったおこわと炊き込みご飯に、さて、後は何にしようかしら、と考え、鶏ももがあったことを思い出した。そのうちにガーリックステーキにでもしようと思っていたが、今日いただいたから揚げを思い出し、先日のスーパーの特売で買ったにんにくと生姜をすりおろし、下味をつけて冷蔵庫に入れ、夫が帰って来る三十分前に揚げた。
から揚げのほかは、炊き込みご飯とおこわのご飯を半分づつに分けて、毎子の作り置きのほうれんそうの胡麻和え、朝の残りの豆腐とわかめの味噌汁を出しての夕飯だった。
この夕食後、毎子は翌日の弁当の下ごしらえに取り掛かる。
今日いただいた雑穀米もおいしかったから、明日は久しぶりに雑穀米のごはんにしましょう、と考え、米研ぎをする。
今日いただいたたけのこの煮物と、こんにゃくのピリ辛炒め、明日作ってみようかしら。それから……。
皆おいしいと言ってくれるが、ここのところ似たり寄ったりの弁当を作っていた毎子は、久しぶりに新たなおかずを作る楽しみができたことに気づいた。
そして、今回のお弁当の試食会に誘ってくれたるり子に「今日は楽しかったです」と、短いメッセージを送信したのだった。