[90]次期・正座先生と正座パーティ


タイトル:次期・正座先生と正座パーティ
分類:電子書籍
発売日:2020/05/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:52
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり

内容
 高校2年生のコゼット・ベルナールは、フランスから日本にやってきた留学生で、星が丘高校茶道部の部長。

 新しい年になり、コゼットたちはナナミの家で新年パーティをすることに。
 またも日本に遊びに来ているルイーズも交えて、先日ルイーズが作った『正座初心者さん向け』の動画鑑賞会をする。
 すると話題は、自然と『来年度の茶道部の活動について』になり……。

 次期・正座先生のコゼットは、茶道部のリーダーとして奮闘中!
 茶道部に入部して一年がすぎ、すっかり日本を楽しんでいるコゼットが、仲間たちと今後の活動について話し合いながら、正座をします。
 『正座先生』シリーズ第26弾も、どうぞお楽しみください!

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本文

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 お正月くらいはゆっくりして、特に何も考えない暮らしをしてみたい。
 たとえば大みそかは、遅くまでテレビの歌番組をハシゴして、その年のヒット曲を、ウットリと振り返る。
 日付が変わって元旦になれば、双子の姉と、現在居候中の親戚宅のみなさまと初日の出を見に行って、家に戻ったらおせち三昧。普段は、あまり食べられない食事を楽しむ。
 その後、三が日は、まず初詣を済ませたのち、やはりテレビに張り付く。
 『駅伝』という日本伝統のマラソン番組をはじめとする、お正月ならではの特別番組を家族でダラダラと視聴しながら、家に備蓄してある、おみかんを食べつくす。
 その他には、たとえば、新年のご挨拶に集まった親戚と、カードゲームやボードゲームパーティ。さらに日本の文化が大好きな姉のために、凧あげ、羽子板、福笑いという、未体験の日本の遊びにもトライしてみる。
 特に予定のない日は、ひたすら睡眠。最長で何時間眠り続けられるか? という、時間がある時ならではの遊びにチャレンジする。
 さらに予定のない日は、普段はあまり遊ばないスマホゲームに興じたり、周囲に勧められた本や漫画を一気読みしたり、特に目的もなくフラフラと散歩に出てみたり。とにかく、有意義ではありつつも『必ずしも何らかの成果を出す必要はない』日々を送る。
 一度くらいは、そんな、いかにも『日本のお正月』らしいことをやってみたい。
 来年のわたくしは、高校三年生で受験生ですから、今年くらいは高校生としての、最後の余裕の冬を過ごしてみたい……。
 ――とは思っていたものの、このわたくし『コゼット・ベルナール』は、『ダラける』ことがとことん苦手な性格なのでした。
 実際のわたくしは、現在かねてから希望していた『必ずしも何らかの成果を出す必要はないお正月』とは程遠い日々を過ごしております。
 わたくしはこの名前の通り、一年と少し前、フランスから日本に留学生としてやってきたフランス人女性です。
 そんなわたくしは、来日当初こそ、留学を早々に切り上げる予定でした。
 しかし、今では日本の大学へ進学する気満々です。しかも、狙うは国公立大学です。
 なので、今からコツコツと学力を伸ばしておきたい。ゆえに、冬休みだからと言って、教科書・参考書を開かない……というわけにはいかず、これまで通り勉強をしています。
 さらにわたくしは、とにかくボーッとしていられないタイプです。
 年末年始の歌番組を見るなら、特に好きなアーティスト様が出演する時間帯は、しっかり把握しておきたい。
 初日の出を拝むのでしたら、フランスの友人たちに贈るべく、バシャバシャ撮影を行いたいですし、駅伝を楽しむなら、どの大学が優勝候補なのか? 特に注目されている選手は誰なのか? といったことを、事前に勉強してから見たいと思っています。
 初詣だって、漠然とお参りすることはいたしません。
 お正月の神社は人込みでごった返しているからこそ! スムーズに、適切な方法でお参りをし、すみやかに他の参拝客のみなさまに場を譲りたいと思っています。
 当然、親戚たちとのゲーム大会だって全力です。初めて遊ぶゲームだからと言って『一人だけルールがわからず、周囲を困らせる』なんてことがあってはなりません。事前にルールブックを読み込み、もちろん優勝を狙いに行きます。
 この調子では、珍しくスマホゲームをすればハイスコアを狙ったり効率的な遊び方を探したくなったりしてしまうでしょうし、本や漫画を読めば、特に宿題は出ていないにもかかわらず、自発的な感想文をしたためることでしょう。
 そんなわたくしが、ただベッドでじっとしていられるはずがございません。
 睡眠時間は必要な量をとれば、もうさっさと起き上がります。
 散歩に行ったときでさえ、わたくしは何らかの『発見』を求めてしまうことでしょう。
 つまり、実際のわたくしは、何をやってもそれらについて勉強や努力をしてしまう。あるいは、何かを得ようとする。という『ダラけ』とは真逆のことをしてしまいます。
 結果、今年のお正月は日本に関する知識がさらに増え、各イベントを最大限にエンジョイしました。
 特に親戚一同で行った羽子板大会においては、本気のスマッシュを決め……『相変わらず、コゼットはすべてにおいてやる気がありすぎる』と、親戚たちの間で、良くも悪くも話題になってしまったのでした。
 うーん、どうして、わたくしはこんなにも『休む』ことが下手なのでしょうか……。
 こうなったら、一度『休む』ことを勉強してみるべきかもしれません。
 いいえ! でも、次の行事くらいでは、わたくしでもダラけられるはずです。
 そう、次に控えるは、高校の部活の友人のみなさまとのイベントです。
 わたくしは三が日が過ぎ、でも、冬休みはあと少しだけ残っているという本日、所属している『星が丘高校茶道部』のみなさまと、新年会を開く予定なのです。
 ……あ。でもそこには、今もっとも頑張っている『茶道』『正座』に関する話題が確実に出てくるでしょうね。
 果たしてわたくしは、そのような場で、今度こそダラダラできるのでしょうか……?
 ということで、今回は、そんなわたくしの、とある冬休みの一日の過ごし方をご覧になっていただきましょう。
 すでに『ダラける』ことは不可能なような気がしておりますが、ぜひ楽しんでいってくださいましね。


「それではみなさん、あけまして、おめでとうございます!」

 今年の星が丘高校茶道部の新年会は、二年生部員の『タカナシ ナナミ』様による、このご挨拶で幕を開けました。

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。
 普段はあまり部活動に参加できない私ですが、今日はみなさんと少しでも楽しい時間を過ごすことができたらと思い、企画させていただきました。
 ぜひ、楽しんでいってくださいね!」

 ナナミ様はこの通り、とても真面目で丁寧な方です。
 背筋はいつも正しくピンと伸び、物腰は穏やかで、わたくしと同級生とは思えないほどいつも落ち着いておられます。
 またナナミ様は、星が丘高校においては茶道部の他に、剣道部に所属されておられます。
 というか、おうちが剣道道場で、とても小さな頃から剣道を続けられてきたという、生粋の剣道女子なのです。
 そんなナナミ様は、基本的には剣道部が優先です。
 そのため、今おっしゃられました通り、わが星が丘高校茶道部の活動にはあまり参加することができません。
 しかし、そのようなご多忙な中でも、茶道部のことは、いつも気にかけてくださっています。
 それで、本日もこのような場を設けて下さったのでした。
 ちなみに先ほども申し上げました通り、わたくしとナナミ様は同学年ですが、茶道部に入部されたのはナナミ様の方が先です。
 また、その後わたくしが入部してからも、わたくしはナナミ様から、茶道と正座について、非常に多くのことを教わりました。
 そのため、わたくしは今でもなんとなく、彼女の方が先輩のような気分でいてしまうのでした。

「いぇーいっ! すでにとっても楽しんじゃっていまーすっ!
 ナナミ先輩、本日は本当にありがとうございます。
 ナナミ先輩のおうちに来たのって、初めてですっ。
 すごく素敵なおうちですね……歴史ある日本家屋! って感じですぅ」
「ありがとうございます。せっかく同じ茶道部なのに、私はなかなかオトハさんたちをお招きできませんでしたから。
 今日は来ていただけて嬉しいです。
 古いせいで、家の中が寒いのが申し訳ないのですが……。楽しんでいってくださいね」

 次に、今ナナミ様とお話しされているのが、一年生部員の『ムカイ オトハ』さんです。
 オトハさんは今年の春、入学式が終わったその足で茶道部に入部しに来てくださったほどの、やる気に満ち溢れた方でございます。
 そして、この通りとにかく元気で積極的。とある方と二人並んで、茶道部のムードメーカーと言っていいでしょう。
 で、その、もう一人のムードメーカーはどなた? といいますと……。

「ナナミサンのおうち、そういえばワタシも初めてデース!
 茶道部はみんなで集まるときも、部室や多目的室を使うことが多くて……。
 誰かのおうちに行く場合も『いつもお邪魔しているおうち』はなく、毎回違うおうちへ行くことが多かったデスヨネー!
 だからワタシも今日が、とっても新鮮デース!」

 たった今発言されたました、わたくしの双子の姉『ジゼル・ベルナール』お姉さまのことでございます。
 ジゼルお姉さまはフランスにいたころから大の日本好きで、一年と数か月前、もっと日本のことを知りたい! という理由で日本……つまり、この星が丘市にやってきました。
 その留学はあまりにも突然で、留学当初、わたくしとジゼルお姉さまはずいぶんもめたものですが……今ではこの通りです。
 最初は留学に反対し、ジゼルお姉さまを日本に連れ戻す気でいたわたくしの方が、最終的には考えを改めました。
 その結果、この通り一年以上が経過した今でも、わたくしたちは二人仲良く留学を続けているというわけです。
 一年と数か月前のわたくしは、意見を途中から変えてしまうなんて、格好悪いことである。一度決めた以上は、貫き通す以外の道はないのだ……! と、思っていました。
 しかし、その意見を途中から大きく曲げてみたことで、今の楽しい日本での暮らしがあります。
 要するに、いわゆる『手のひら返し』も、時には良い未来を生むということでしょう。人生、柔軟さが大切ということですわね。
 そうだ。『手のひら返し』といえば。
 わたくしの友人にも、数か月前、大きな意見変更をされた方がおられました。
 その方は、本日は特にお誘いしていなかったはずなのですが……。
 現在、なぜか、しれっとわたくしの隣に座っておられます。
 では早速、ご本人にその理由を聞いてみることにいたしましょう。

「……で、なんでここにルイーズがいらっしゃいますの?
 あなた、茶道部でしたかしら?」
「いいいっ、いいじゃなイ! 私も来てみたくなったのヨー!」
「コゼット新部長っ。実はぁ、今日はわたしがお誘いしたんですよぉ。
 『また日本に来られるなら、新年会に参加しない?』って!」
「ソウヨソウヨ! オトハが呼んでくれたんだから、来たっていいじゃなイ!」

 ということで、今現在わたくしの隣に座っておられますのは、茶道部ではない方です。
 その正体は、わたくしとジゼルお姉さまのフランスでの友人『ルイーズ・モロー』。
 つまり、フランスの高校に通っているフランス人で、普段はフランスで暮らしている方です。
 わたくしとジゼルお姉さまは、ルイーズとは長い付き合いです。
 しかし、わたくしたちが留学してからは、あまり連絡をとれておりませんでした。
 それゆえにルイーズは、去年の夏まで、わが星が丘高校茶道部との縁は、比較的薄めの方でした。
 しかし、去年の夏、わたくしとジゼルお姉さまが茶道部の友人を連れて帰省したのがきっかけで、ルイーズはすっかりわが部になじみました。
 特にこの通り、オトハさんとはすっかり仲よくなり……今のルイーズは、わたくしとよりも、オトハさんとの方がよく連絡を取っているのではないか? と思ってしまうほどです。
 ちなみに先ほどをお話ししたルイーズの『手のひら返し』とは、ルイーズは去年の夏まで、日本と正座を嫌っていたけれど、今ではすっかり『正座勉強中』の身になったことです。
 ルイーズは去年の夏、わたくしたちが開催した『正座講習会』に参加したことがきっかけで『正座なんて、自分の人生には不要である』という考えを改めました。
 つまり『自分の人生に、正座は絶対に必要というわけではない。けれど、学んでみると楽しかったし、正座をする意義も理解した。機会があれば、もっと学んでみたいと思っている』という状態になった訳です。
 さらに今ではこうして日本に積極的に遊びに来てくださっているのですから、やはり、時には『手のひら返し』は正解。急に自分の意見を変えるのも、良いことであると言えるでしょうね。

「だって私、オトハと、シノ以外のコゼットたちのお友達にお会いしたかったノ。
 ナナミからは、私が作った動画の感想を聞いていないシ……。
 だから来てしまったワ。せっかくパスポートもあることだシ」
「ふふ、そうだったのですね。私は大歓迎です。
 私も、ルイーズさんに直接動画の感想をお伝えしたいと思っていましたから」
「もう、ナナミ様ったら、ルイーズに甘いんですから!
 まぁ、ナナミ様がそうおっしゃるのでしたら、よくってよ?
 でもルイーズったら、事前に連絡くらいはしてほしいものですわ。
 ナナミ様のおうちについたら、突然あなたがいらっしゃるから、わたくし、ビックリしてしまいましたわ」
「アーラ、ごめんなさイ。私ってば、オトハとナナミとジゼルには話したから、もう全員に報告したつもりになっておりましたのヨ」
「そういうところですのよー!?」

 ところで今『シノ』さんという方のお名前が出ましたが、この方も茶道部部員で、本日出席予定の方でございます。
 しかし、まだこちらには到着しておられません。
 それはなぜかというと、事前に約束した集合時間には、まだまだ余裕があるからです。
 つまり、今ここにいる四人は、ナナミさんのお宅に、集合時刻よりも早く集まりすぎてしまった、せっかちな人々なのでした。
 あぁ、これを加味すると、それでもまったく気にせずいてくださるナナミ様が、ますます偉大な存在に感じられてまいりますね……。

「それでは、他の方は到着までまだかかるようですし、先に動画を見ていましょうか。
 とはいっても、もう全員が視聴済みの作品ではありますが……。
 実際に見ながらの方が、ルイーズさんもお話ししやすいですよね?
 少々お待ちください。ノートパソコンを持ってきます」
「ハイ! ぜひそうしていただきたいですワ。データはこちらにございまス!」

 そう、動画。動画です。
 一か月ほど前、ルイーズはこの動画を作るために、緊急来日しました。
 これを聞くと、みなさまは『えっ? それは、フランス国内では作れない動画だったの?』とお思いになられるでしょう。
 その答えはこうです。『フランス国内でも作れないことはないが、日本で下準備をしてから作った方が、格段に製作が楽になるものだった。その理由は、動画の題材に選んだものが『正座』という、日本の方が圧倒的に情報を集めやすいものだったから』です。
 去年の夏、『正座講習会』によって正座への偏見をなくしたルイーズは、その後、正座についてもっと学んでみたいと考えるようになりました。
 そこで去年の十二月、冬休みの宿題として出された自由研究の題材に、正座を選んだというわけです。
 で、その自由研究を手伝ったのが、わたくしたち茶道部。
 わたくしたちとルイーズは、星が丘図書館の資料を使って正座に関する最新情報を集め、普段正座をしないフランスのみなさま、つまり『正座初心者さん』向けの動画作りのお手伝いをしました。
 その後帰国したルイーズは、わたくしたちと集めた資料をもとに動画を作成。あっという間に完成させ、数日後にはインターネットを通じて送ってくれたのです。
 ちなみに冬休みの宿題として出された自由研究とは、みなさまもご存じの通り、基本的には冬休み中に研究を行い、冬休み明けに提出するものです。
 ですが、今がその冬休みです。
 つまりルイーズは、十二月、自由研究が宿題に出されると知った瞬間、題材を正座に決めて来日。その後、冬休みが終わるまでどころか、二学期が終わる前に自由研究を完成させて、今日に至るのでした。
 ……とにかくこの方は、途方もなくせっかちなのです。

「お待たせしました。では、視聴を始めましょう」

 そんなことを考えていると、一度席を外されたナナミ様が、ノートパソコンを持ってお戻りになられました。
 ナナミ様はそのままノートパソコンをわたくしたちが座っていた大きなテーブルに置きます。
 わたくしたちはノートパソコンを囲むように集まり、ナナミ様が何度かダブルクリックを繰り返すと、早速再生が始まりました。

「ナナミ、ありがとうございまス!
 そうダ。この動画は、すでにみなさん一回以上見ておられるでしょうかラ……。
 見ている最中も普通にお話をして、どんどん意見を聞かせてほしいですワ」
「そうだよねーっ。
 ルイーズったら、クリスマスになる前にはこの動画を日本に送ってくれてたもんっ。
 わたし、もう二十回は見ちゃったしー」
「二十回? それはすさまじいですね」

 ところで、すっかりお伝えし忘れておりましたが、ルイーズは日本語を話せません。
 オトハさんとナナミ様も、フランス語を話せません。
 であるにもかかわらず、この三人が問題なく意思疎通ができているのは、もちろん両方の言葉を話せるわたくしとジゼルお姉さまが、通訳しているのもありますが……。
 それ以上に、オトハさんの驚異的なコミュニケーション能力によるものが大きいです。
 オトハさんはフランス語がわからなくてもまったく動じず『なんとなく』程度の理解のまま、どんどんお話をしていきます。
 これによってルイーズも『こちらの気持ちが通じているのだろうか? まぁ、おおむね通じているっぽいぞ?』と、あまり不安な思いをすることなく、自然に自分の気持ちを伝えられるので、会話がスムーズに進むというわけです。
 日本のみなさまは、自国以外の言葉でコミュニケーションをとるのが苦手な傾向があると聞きます。ですが、少なくとも、それはオトハさんにはあてはまらないようです。

「動画の最初は、いきなり『毎日少しずつ正座をして、身体を丈夫にしよう!』でしたよね。
 インパクトのある、よい出だしだと思います」
「ありがとうございまス!
 最初は、正座の歴史から入るのもいいかなと思ったのですけれド……。
 コゼットが『見ている方の興味を引く始まりにするといい』とアドバイスしてくれましたノ」
「ふふん。まぁ、当然の助言ですわ」
「そうそう。毎日短い時間でも正座をすると、血流がよくなって、健康につながるというのは最近話題ですモノネー!
 普段正座になじみのないフランスのみんなも、たとえば『正座健康法は、一分間正座をするだけでも効果があるヨー! 特に、朝起きてすぐに正座は、血流がよくなった結果、目覚まし効果につながるから、やってみるといいヨー!』と聞いたら『これまで正座を必要とする暮らしをしてこなかったけど、これからは眠気覚ましにやってみようカナ……』と思えますもんネー」
「まさに! です。
 それだと、正座自体にはまだ興味を持てていなくても、眠気覚ましとして続けるうちに身体が正座に慣れて自分にとって自然な座り方になったり『正座ができるようになったから、他の正座を生かせることにもチャレンジしてみようかな』って思えるようになったりしますもんねっ」
「そう言えば、私の知人に、一度正座を教わりに来た人がいらっしゃいます。
 その人は特に正座を必要とする活動はされておりませんので、結局そこまでたくさん正座する機会はないようなのですが……。
 この『眠気覚ましとしての正座』は今でも続けているとおっしゃいました」
「まぁ! そんな『正座ライフ』もあるのですわね!」

 このように、みなさまとワイワイおしゃべりしながらの動画鑑賞は楽しいものです。
 普段はフランスにいるルイーズが混じっても、普段と同様に会話がビュンビュン進んでいくのは、やはり『正座』という共通の話題があるのが大きいのでしょう。
 また、言語の違いにおいても、全員がお互いに気を遣い、身振り手振りを交えたり、実際に正座をしてみたりしながら話しているのも大きいです。
 つまり、ここにいる全員が、周りに自分の気持ちを伝える努力をしているのです。
 ……あら。やはり今日もわたくしは『ダラけ』とは程遠いことをしているようです。

「動画のこのあとのパートでは、コゼットさんたちが先月星が丘図書館で見つけられた『初心者でも安心! 茶道のマナー』という本を参考にしているんでしたっけ」
「その通りですわ、ナナミ様。
 この『初心者でも安心! 茶道のマナー』は、あくまで茶道がメインの本なのですが、序盤で正座についても触れておられます。
 さらにその内容が非常に濃く、説明もイラストを多く交えて行われておりまして、とてもわかりやすいのです。
 その結果、参考図書として採用させていただいたわけなのですわ」
「ソウソウ! この本は、日本語のわからない私でも理解できましたノ」

 ルイーズがそう発言すると、同時に、動画の中のルイーズも同じことを言います。
 今日のルイーズとは髪型と服装が違う動画のルイーズは『初心者でも安心! 茶道のマナー』の良さを語ったのち、次のように説明をしながら正座を始めました。

「正座は、みなさんも一度は聞いたことがあるかと思います通り、床に、足の膝から下を、折りたたんで座る座り方でス。
 具体的には、次のことに気を付けて正座をしまス。
 まず、背筋をまっすぐに伸ばすことでス。
 こうすることにより、呼吸もしやすくなりまス。
 次に、肘は、垂直におろすようにしましょウ。
 背筋と平行にしながら、肘から下でクッと曲げるイメージですワ。
 それから、手は、太もものつけ根と膝の間に置きツツ、決して重ねないようにしましょウ。
 では、手はどのように置くのがいいかと言うと『カタカナ』……あ『カタカナ』は日本にしかないものなので、わかりにくかったですわネ」

 動画のルイーズはそこで立ち上がると、脇に用意していた大きなホワイトボードに、文字を書き始めました。
 そうです。一緒に本を探していたときには忘れていましたが、『初心者でも安心! 茶道のマナー』は日本の方向けの本で、この動画はフランスの方向けです。
 ゆえに、本に書いてあるまま、日本語である『カタカナ』のことを話しても、フランスの方々にはピンと来ないことでしょう。
 そこで動画のルイーズは、実際に『カタカナ』を書いてみることで『カタカナ』がどのようなものであるかを説明することにしたのですね。素晴らしい判断です。

「手を、この形。日本語のカタカナの『ハ』の字に置くコト。
 こうすることで、正座の状態を維持しやすくなりまス。
 では、次にこの座り方が、なぜ『血流をよくする』以外にも健康につながるのか、ご説明いたしますワ。
 たとえば、正座をして、背筋をしっかり伸ばして座ることで、腰痛と肩こりの予防になりまス。
 また、膝をしっかり曲げて座る座り方に慣れておくことで、膝痛予防にもなるのでス。
 最後に、正座をするときにスカートをはいているようであれば、それは必ずお尻の下に敷くようにいたしましょうネ。
 お尻の下に敷かず、広がってしまうと見栄えも悪いですワ。
 それから、この動画をご覧になっている方には『腰痛なんて、若い自分には関係ないよ』とお思いになる方もいらっしゃるかもしれませんわネ?
 でも、油断大敵ですわヨ? 今は若い方でも腰痛の方は多くいらっしゃいますシ。
 日々の小さくて、コツコツとした努力が将来の健康を作るのでス。
 なので、今から腰痛予防をしておくに越したことはございませんワ。
 そうそう。いくら正座が健康によいとはいっても、正座の形をしてさえいれば、どんな姿勢でもOKというわけではありませんノヨ。
 『猫背』……。その名の通り、動物の猫のように、背中が曲がった姿勢で正座をしていると、足がしびれやすくなってしまいますノ」

 動画のルイーズはそこで大げさに背中を曲げて『猫背』を表現します。
 『カタカナ』とは違い『猫背』に該当する言葉はフランスにもございます。
 しかしこれは動画ですから、言葉や、テロップだけではなく、実際に自分の身体でやってみるのが大切だと判断したのでしょう。

「猫背では見栄えも悪いですし、避けてくださいましネ。
 では、一緒に正座をしたまま、次は正座の歴史についてお聞きくださいナ」

 こうして動画のルイーズは元の正しい姿勢に戻ると、次は正座をしたまま、正座の歴史について、具体的には、日本人がなぜ正座をするようになったかを語り始めます。
 これは、やはり星が丘図書館で見つけた『こどものスポーツ からて』という本から得た知識です。
 つまりわたくしたちは、茶道の本の次は、空手の本から正座を学んだというわけです。
 意外と、正座専門の書籍は少ないのです。資料探しには苦労しました。
 これは今度わたくしたちが、正座に関してまとめた本を作って行かねばなりませんわね。

「ああ、面白い動画でしたネー。
 ワタシは見るのは五回目くらい? デスガ、飽きまセーン」

 その後、ルイーズが、自分を含めた日本人以外の方の正座成功体験を語るコーナーを経て、動画は終了しました。
 これも星が丘図書館で見つけた『SEIZA IS GOOD』という本をヒントに作ったコーナーです。
 わたくしたちは資料を集めた日、フランスのみなさまが見る動画なのに、日本人の視点から見た正座についてだけを語ったり、日本人が教えた正座方法だけを話したりしていては、フランスのみなさまが不安を感じてしまうのではないかと考えました。
 具体的には『日本人は比較的よく正座をしているから、正座が簡単だと思っている』『フランス人、つまり、普段あまり正座をしない自分たちには、結局正座はできないのではないだろうか』と思われてしまうことを恐れたのです。
 結果、ルイーズはここで『正座講習会』に参加したことと、一緒に参加した家族がその後も正座を続けていることを話すことにしました。
 これも賢明な判断だとわたくしは思います。
 世の中には、一年と数か月ほど前のわたくしのような、正座が苦手で、正座なんて自分の人生には必要ないと思い込んでいる方もいらっしゃるでしょうからね。

「本当にいい動画だったよねーっ。
 さ、ほら、ルイーズっ。今日の本題に入ろう!」
「……ええ、ありがとう、オトハ。そうするワ」
「本題?」

 思わず、ここでわたくし、ジゼルお姉様、ナナミ様の声が重なります。
 オトハさんだけは、ルイーズがこれから話そうとしているらしい『本題』の内容を知っているようですが、わたくしたちにはまるで見当もつきません。

「これからいらっしゃる、シノたちにももちろん確認を取るつもりだけド、先にアナタたちにご質問とご相談をしたいノ。
 この動画、どうかしら?」
「えっ? わたくしだって、ナナミ様やオトハさんと同意見でしてよ?
 『正座初心者さん』の目線に立った、とても良い動画だと思っていますわ」
「ワタシもデスヨー? どうしマシター、ルイーズ。いつも自信満々のアナタらしくないデース」
「そうですよ。冬休み明けに行われる発表でも、優秀賞を狙えるのではないでしょうか」

 質問をされたわたくしたち三人は、思ったままの感想を述べます。
 しかし、ルイーズときたら、それでもまだ不安そうです。
 でも、不安になる必要がどこにあるのでしょう。
 この動画は、途中までとはいえ、わたくしたちが全面サポートを行いました。
 いわば『制作協力:星が丘高校茶道部』ともいえる動画なのです。
 それから、途中から、ルイーズが試行錯誤を重ねながら完成させたものなのです。
 わたくしはその努力を知っています。それは、『ダラけ』とは正反対のものでした。
 いい作品……そう、すべての『正座初心者さん』に見ていただきたいものに決まっています。
 わたくしたちがキョトンとしたままでいると、ルイーズは一度大きく息を吸い込まれます。
 それから、一度立ち上がると、本日ずっと続けていた正座をし直して、同じく正座しているわたくしたちに改めて向き合いました。

「アノネ! よかったらこの動画を、星が丘高校茶道部で役立ててほしいノ!
 オトハに聞いたワ。茶道部はホームページに力を入れていて、茶道と正座に関する動画を、ホームページ内に掲載するだけじゃなく、有名動画サイトにも投稿しているッテ。
 それから、これから春になったら、また新入部員を募集するでしょウ?
 そのときにも、入門動画として使っていただけたらって思っていたノ!」
「ルイーズ。あなたってば、もしかして、それを相談するために、本日いらっしゃったの?」
「そうよ。悪イ?」
「悪いわけないじゃない……!」

 これは思わぬ展開です。
 てっきり暇を持て余して遊びに来たのだとばかり思っていたルイーズは、わたくしたちの役に立ちたいと思い、それを相談するために、今日来て下さっていたのです。
 まったく、せっかくの冬休みだというのに『ダラけ』ができないのは、ルイーズも同じのようです。
 なんと素敵な申し出なのでしょう。もちろんわたくしは断るはずがありません。あとは……。

「オーウ、それはありがたいデース!
 ワタシたち茶道部にはフランスにも『正座』をする仲間がいて、それは茶道部の活動でできた仲間だとみなさんに知ってもらえたら……とってもステキデース!」
「私もそう思います。もちろん正式に使用させていただくかどうかは全員の意見を頂戴してからになりますが、個人的には非常に嬉しいです。
 ルイーズさんの動画は単純に作品として非常に優れていますし、正座になじみのないフランスのみなさん向けの作品であるということは、日本にいる『正座初心者さん』向けの作品でもあるという事ですから。
 それに、動画は文章や写真に比べると、どうしても作るのが大変なコンテンツですものね。
 そんな力の入った作品はたくさんの方に見ていただきたいです。
 ぜひ、茶道部のホームページに掲載させていただければと思っています」
「ジゼル、ナナミ、アリガトウ……!
 で、あの、コゼットは……」
「わたくしの答え? そんなの決まっているじゃありませんの」

 わたくしは先ほどのルイーズがしたように一度立ち上がると、一歩進んでルイーズの正面に行き、そこで改めて正座をして座りました。
 そして、深々と頭を下げます。
 これは、いわゆるジャパニーズ・ドゲザとはまた違うものですが、正座を大切にしてきたわたくしたちにとって、とても真剣なご挨拶であり、また、感謝の気持ちを伝えるものです。

「最終的な決定は、もちろんまだ到着されていないみなさまの意見を聞いてからになりますわ。
 でも、わたくし個人としては、ジゼルお姉さまとナナミ様と同意見です。
 ルイーズ。ぜひあなたを『星が丘高校茶道部 フランス支部』のメンバーとして、ホームページで紹介させてくださいな!」
「コゼット……!」
「やったー! 実はー。まだ来てないシノやマフユさん、モエコちゃんたちにはすでに電話で相談済み&了承をゲット済みでーすっ。
 ということで、これで正式決定だよ! やったねルイーズ!
 今日からルイーズはフランス支部でーす!」
「オトハさん、さすがですわね!?」

 どうやら今回、この動画の掲載のために誰よりも動いていたのは、オトハさんだったようです。
 わたくしはニコニコと嬉しそうにダブルピースをするオトハさんを見ながら、こんな頼もしい後輩がいらっしゃるなら、今年の茶道部の活動も安泰だと思ったのでした。


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