[69]正座先生と、最後の学校説明会


タイトル:正座先生と、最後の学校説明会
分類:電子書籍
発売日:2019/10/01
販売形式:ダウンロード販売
ファイル形式:pdf
ページ数:92
定価:200円+税

著者:眞宮 悠里
イラスト:鬼倉 みのり

内容
 茶道部部長のサカイ リコは、茶道と正座の普及のため活動する、星が丘高校の高校3年生。
 2学期になったばかりの模試で、無事好成績を収めたリコは、高校生活最後の部活動として『学校説明会』の準備を始める。
 『学校説明会』とは、今後星が丘高校への受験を考えている中学生向けのイベント。
 在校生は、そんな中学生達へ、自分達の学校の良さをアピールするという重大な仕事があるのだ。
 一人でも多くの中学生に茶道と正座の良さを知ってほしいリコは、これまで培ってきたノウハウを生かしつつ、誰もが参加したくなるようなイベントを作れないものかと考えるが……。
 『正座先生』シリーズ第19弾は、基本に立ち返り、正座初心者さんが安心して正座できるような知識を豊富に収録!
 今回も正座と学校生活を絡めながら、日々努力する大切さをたっぷり伝えていきます!

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本文

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 正直なところ、時間はまったくない。
 それでも、できる限りのことをしよう!

 わたし『サカイ リコ』が、『学校説明会』という高校生活最後のイベントを迎えるにあたり、まず最初に考えたのは、このような『限られた時間で最善の成果を出す』ことについてでした。
 わたしは日本の星が丘市にある『星が丘高校』に通う三年生で、日本の高校三年生の大部分がそうであるように、もうすぐ受験を控える身です。
 しかも、今は二学期が始まったばかりの九月。入試の日は、着々と迫っています。
 なので本来ならば、毎日ひたすら勉強漬けでいた方がいい。いくら学校生活が楽しいからって、今は勉強を優先した方が絶対にいい! ……と、周囲に説得されそうな状態にあります。
 なぜならわたしの成績は志望校合格ギリギリのラインで、最新の模試こそ良い成績だったものの、まったく予断を許さぬ状況にあるからです。
 だけどわたしには、この『学校説明会』というイベントを、どうしても頑張りたい理由がありました。
 その理由は三つあります。
 まず『学校説明会』は、在校生も関わるイベントであるということです。
 『学校説明会』は、来年星が丘高校への受験を考えている中学三年生たちが、星が丘高校はどのような学校であるかを、見学しに来るイベントです。
 同時に彼らは、この日、校内にはどのような部活動があるかもチェックします。
 なので、在校生であるわたしたちがおもてなしをしなくては、このイベントは始まらないのです。
 次に、わたしは星が丘高校茶道部の部長であり、茶道部の良さを、ぜひ中学生のみなさんにアピールしたい立場であるということです。
 茶道部は、野球部やサッカー部のような、派手で人気のある運動部でもなければ、美術部やパソコン部といった、もともとの趣味人口が多い文化部でもありません。
 さらに、中学校までに茶道を経験してきている! ……という人は、おそらく少数派です。結果『中学は茶道部だったから、高校も茶道部にしよう』という『経験者の入部』も、正直なところ、見込めません。
 なので茶道部は、入学前の早い段階で少しでも興味を持ってもらわないと、部員獲得はなかなか難しいという……ちょっと大変なポジションにあるのです。
 最後に、この『学校説明会』は、わたしが部長として参加できる最後のイベントであるということです。
 わたしのような部活動に所属している高校三年生は、大会で勝ち抜いたり、推薦入試に成功して早めに受験勉強を終えたりしない限りは、おおむね一学期の終わりまでに、所属している部での活動を終えます。
 だけどわたしは、文化部所属なので比較的活動量が少ないということと、あふれる熱意で、何とか周囲を説得して活動時間を伸ばしていることがあるので『学校説明会』が最後の参加行事となるというわけです。
 そんな、何が何でも学校説明会に参加したいわたし、サカイ リコという人間は……。一見『高校入学時から、茶道部の活動に全力な人』『在学中、茶道部関係のイベントには、すべて参加した人』そして『茶道のプロ』に見えることでしょう。
 だけど、実際はそうではありません。ほぼ、逆なのです。
 わたしは高校二年生の夏に遅れて入部した『かなり後になってから来た人』です。
 なので『むしろ、参加できなかったイベントの方が多いくらいの人』であり、そして『今は少し自信があるけれど、入部当時は茶道のさの字も知らなかった人』なのです。
 そんなスタートダッシュに失敗した『かなり後になってから来た人』であるわたしは、入部以降、すべてのイベントに全力を尽くすという姿勢で活動をしてきました。
 その結果、少しずつですが茶道部部員としての実力をつけ、同時に、茶道において必須である『正座』も得意になり、今では『正座先生』と呼んでいただけるまでになりました。
 わたしはそんな自分の活動を誇りに感じていますし、我ながら、よく頑張ったなあ! と思っています。
 ……だけどこれには、大きな代償もありました。
 それが何なのかは、もうお察しのことでしょう……。
 わたしは部活動に真剣になりすぎるあまり、学業をおろそかにしてしまったのです。
 それがこの『志望校合格ラインギリギリ』という現状を招いているのでした。
 部活動を始めてからの、わたしの成績の急降下。
 これを今、わたしは『おろそか』という言葉で表現しました。
 しかし、高校三年生になってすぐのころ、この言葉ではまだ足りない気がするほど、わたしの成績はガックリ落ちていました。入試のときはトップで合格し、入学式のときは代表として挨拶をさせてもらったくらい、我ながら賢かったのに……。その二年後には、とても同一人物とは思えないほどの成績ダウンを起こしてしまったからです。
 わたしの指導担当である『ユモト』先生なんかは『一体どうしてこんなことに!』と、おそらく心の中で悲鳴を上げていたことでしょう。
 だから本来なら『学校説明会』への参加も危ぶまれていたのですが……。

〝今回の成績なら、少しくらい準備を手伝ったって大丈夫だろう。
 残り少ないイベントだしな。参加しておいで〟

 前回の模試で良い成績を出したとき、ユモト先生はこうおっしゃってくれたのです!
 だけどその直後、茶道部の特別講師である『ヤスミネ トウコ』先生は、すっかり舞い上がっているわたしに、こうおっしゃりました。

〝じゃが……今までと同じ『とりあえず全力で部活動をする』『それ以外のことは、ひとまず置いておく』という姿勢はダメじゃぞ。
 勉強と部活。これを両立させる方法を模索し、自分なりの結論を見つけること。
 これが、リコが『学校説明会』に参加しても良い条件じゃ〟

 と。
 かくしてわたしは、できる限りの力で『学校説明会』の準備を頑張りつつ、勉強も頑張る……という、実に大変な課題を与えられました。
 そして『限られた時間でベストを尽くすにはどうすれば?』というテーマに向き合っているわけです。
 正直なところ、この課題を与えられたその日は、トウコ先生を恨みました。
 『トウコ先生……最後のイベントなんだから、全力を尽くさせてくれてもいいじゃありませんか!』と、布団を濡らしました。
 だけど一晩明けて考え直したとき、わたしはトウコ先生のお言葉こそが正しいと気づいたのです。
 なぜなら、もし今回わたしが『高校生活最後のイベントなんだから、勉強よりも部活動を優先させて良い』という考えで活動したら……。
 わたしはきっと次回以降も、同じような理屈をこね、『そのときやりたいことの方を優先! その他は置いておいてもいいよね!』という戦法を取るだろうと思ってしまったのです。
 というか、これはわたしの昔からの得意技です。
 わたしは茶道部入部以降、ずっとこの戦法を使い続けてきたので、一時期危険すぎるほどに成績を落としてしまったのです。
 一度痛い目を見ているのに、また同じミスをする。
 これでは、さすがに成長がなさすぎます。
 にもかかわらず、わたしは『最後のイベントだから』という理由で、危うく同じことを繰り返しそうになっていました。
 そんなわたしの性格をよく理解しているからこそ、トウコ先生は釘を刺してくれたのでしょう。うーん、さすがわたしの先生です!
 なのでわたしは、今ではすっかりこの課題に前向きです。
 それは、もう同じ失敗を繰り返したくないからというだけではありません。
 今回に限らず、人生には、今という限られた場面でしか取り組めない出来事が、たくさん発生すると気づいたからです。
 それらについて『大切なイベントだから』『最後の機会だから』『全力を尽くしたいから』といった理由で、最優先で頑張りたいと思うことは、もちろんたくさんあるでしょう。
 だけど、それらに対して、必ずしも全力を尽くせる環境にあるかどうかは、限らないのです。
 おそらく、今回のような『数か月後に大学入試がある』というのは、比較的低いハードルでしょう。まだ少し時間はありますし、イベントに参加してもよいというお墨付きももらっています。頑張らなくてはならないのは、スケジュール調整くらいでしょう。
 でも、これがたとえば、途中で突然体調を崩してしまったり、不慮の事故に遭ってしまったり。あるいは、避けようのない災害に巻き込まれてしまったりしたら、どうでしょう。
 これらの場合は『両立する』という選択はおろか『あきらめる』という方法を取らざるを得ないことだってあるでしょう。
 その可能性は低いだけで、いつも存在するのです。
 なのでわたしは、トウコ先生の課題に真剣に取り組むことにしました。
 この先また、なんらかの理由で好きなことに全力で取り組めないとき。
 『○○があったからできなかった』『××さえなければうまく行った』と言ってしまっては進歩がありません。
 大切なイベントを、本当に満足の行く状態で終えたいなら『○○という障害が発生するという前提で作業する』『××が起きてもいいように、心構えをしておく』といった、準備力が必要になってくるのです。
 ということでわたしは、これから始まる茶道部のミーティングで、いかに部員のみんなの負担にならず、でも発表のクオリティは落とさずに『学校説明会』の作業ができるかを、話し合おうと考えています。
 ……だけど、こう考えていたのは、実はわたしだけではなかったようです……?
 それでは、今回の『正座先生』活動、始めていきます!


「本日の会議は『学校説明会』での、具体的な発表内容について話し合いましょう!」

 九月半ばの茶道部ミーティングは、そんなわたしの言葉で始まった。

「はーい! このムカイ、ムカイ オトハっ。入学時からずーっと! このイベントを待っておりましたぁ。
 なのでぇ! 全力を尽くしちゃいまーすっ!」

 今、選挙演説のように自分の名前を繰り返したのは、ご本人のおっしゃる通り『ムカイ オトハ』ちゃんである。
 オトハちゃんは今年入部したばかりの一年生部員で、茶道も今年始めたばかりの初心者だ。
 だけど。いや、だからこそ? 非常にモチベーションが高く、すでに茶道部のムードメーカー的存在になりつつある。
 オトハちゃんは星が丘高校に通うにはかなり遠い地域に住んでいて、毎朝とても早い時間に起きて登校し、帰るときも、他の部員のみんなの二倍近い時間をかけて帰っている。
 だから移動時間だけでも、日々の自由時間を相当奪われているはずだ。
 にもかかわらずオトハちゃんは、この通りとにかくエネルギッシュで、やる気抜群。
 わたし個人としても、とても見習いたい、尊敬する要素たっぷりの女の子なのである。
 しかもオトハちゃんのエネルギーは、決して部活だけに注がれているわけではない。
 彼女は入試トップで入学し、その後もトップクラスの成績を維持し続けている、秀才でもあるのだ。
 オトハちゃんを見ていると、わたしはつくづく、世の中にはすごい人がいるものである……と実感する。
 そして、そんな優秀な人が茶道部の活動にここまで熱心になってくれるなんて、本当に嬉しいなあ! と思うのであった。
 しかし、驚きの事実はまだ終わりではない。
 そんなすごい子であるオトハちゃんは、なんとわたしと一緒に部活動がしたくて、はるばる遠すぎる地域から、この星が丘高校に通ってくれているのである!
 オトハちゃんとわたしの出会いは、ちょうど一年前の『学校説明会』だ。
 この日のわたしは、とにかく中学三年生のみなさんにアピールがしたくて、必死に部活動紹介をしていた。
 オトハちゃんはそんなわたしを偶然目撃し、なぜかとても気に入ってくれた。そして、それまで無縁だった茶道の世界に興味を持ち、当時予定していた進路を変更して、星が丘高校を受験してくれたのである。
 なので、わたしとオトハちゃんにとって『学校説明会』は本当に大切なイベントだ。
 だからこそオトハちゃんも今『全力を尽くしちゃいまーすっ!』と言ってくれたのだろう。
 だけど今日のわたしは、そんなオトハちゃんに、これから『今回のわたしは、できるだけ全力を尽くしつつも、勉強もおろそかにしないようにバランスよく作業をします』と言わねばならない。
 うう、胸が痛い……。
 い、いつ切り出すべきか……。

「『学校説明会』の開催は、今日から十日後です。
 今月はもうテストはありませんから、今日から十日間を部活中心に、無駄なく過ごすことで、良い発表を作り上げたいですね」

 わたしが胸の痛みに苦しんでいると、オトハちゃんと同じく一年生部員である『カツラギ シノ』ちゃんが、そう発言した。
 シノちゃんはオトハちゃんと昔からのお友達で、二人は同じ地域から登校している。
 つまりシノちゃんもオトハちゃん同様、毎日かなり遠い場所から通って来てくれている子なのである。
 だけどシノちゃんはそんな大変さをおくびにも出さず、いつもキリッとクールに振る舞う、大変優秀なお人である。
 部活動にはこの通りとても真剣に取り組んでくれるし、成績も、オトハちゃん同様学年トップクラスだ。
 星が丘高校は、一学期『部活対抗・期末テストグランプリ』という、部活動単位、あるいは個人単位で成績を競い合うイベントがあった。
 そこで茶道部は、見事二位に輝いたのだけれど……それは、この優秀一年生コンビの功績によるものが大きいと、わたしは考えている。
 そんなクールな『デキる女』のシノちゃんとわたしは、実は最近まであまり良い関係ではなかった。出会いの日、とても恥ずかしい姿を見せてしまったわたしは、シノちゃんにしばらくの間『ダメな先輩』だと思われていたからだ。
 シノちゃんは、中学三年生の夏にはすでに、星が丘高校への進学をほぼ決めていた。
 そこで一年前シノちゃんは、当時特に星が丘高校には関心のなかったオトハちゃんに付き添ってもらう形で『学校説明会』へ訪れる。
 だけど、わたしとシノちゃんの出会いはこの日ではない。
 シノちゃんは部活動にはあまり関心がないし、先生達からの説明を聞いているうちに、ちょっと体調を崩してしまった。なので、オトハちゃんが部活見学をしている間、自分は部活紹介しているフロアを軽く通り過ぎた程度で、ほとんど休憩していたのである。
 だけど、二人が一度別れ、再会するまでの実に短い間に、オトハちゃんの将来設計は激変した。
 シノちゃんが数十分間オトハちゃんを待っている間に、オトハちゃんは、茶道部を大好きになり、家から近い高校から、星が丘高校へ急遽進路変更をしたからだ。
 この展開に、当然シノちゃんは驚いた。
 しかし『本気なの?』と訊ねても、オトハちゃんは『もちろん本気だよぉ!』としか言わない。
 それにオトハちゃんと長い付き合いのシノちゃんは、オトハちゃんが一度決めたらもう曲げない、猪突猛進な性格であるということをよく知っている。なので早い段階で『あっ。これはもうオトハの中で決定事項なんだ。質問や説得をしても無駄なやつだ』と理解し……『ほ、本当にそれでいいの?』と思いつつも、一緒に星が丘高校を受験することになったのである。
 だからシノちゃんはやがて、オトハちゃんの進路を変えさせるほどの力を持つ星が丘高校茶道部とは、さぞかしすごい存在なのだろう……。と考えるようになった。
 星が丘高校に入るために頑張るオトハちゃんと一緒に勉強しながら『無事合格した暁には、どんな部なのか、オトハと一緒に見学に行ってやろう……』と思うほどには。
 そして二人はそろって合格を果たし、晴れて星が丘高校生となった。
 だけど、星が丘高校入学式の日。シノちゃんの目の前には信じられない光景が広がっていた。
 『茶道部』と書かれた教室の扉をオトハちゃんとともに開いた途端……目に入ったのは、お菓子を食べながらダラダラと会議している、先輩部員たちの姿だったのである。
 当然シノちゃんはこれに腹を立て『星が丘高校茶道部とは、なんてふざけた部活なんだ!』と、わたしたちのことを毛嫌いするようになってしまった。
 そしてその後、数か月にわたってじっくりとコミュニケーションを取り、わたしたち茶道部の方から必死に『あのときのわたしたちは間違っていました。ごめんなさい! でも、茶道部は本当は、真面目に活動している部です。なので、名誉挽回がしたいです!』という思いを伝え続けたことで、なんとか誤解を解き、茶道部部員にもなってくれたのである。
 ちなみに少しだけ言い訳をさせていただくと、入学式の日は本来、新入部員の見学や入部は受け付けていない。
 新一年生たちは基本的に、緊張と不安で、入学式を過ごすだけでヘトヘトになる。
 だから、部活動の見学は、入学後、数日たってから始めるのが星が丘高校のスタンダードなのである。
 つまり、オトハちゃんはやる気があふれているあまり、シノちゃんを引き連れてフライングをした結果、悲劇は起きた。
 わたしたち部員はすっかり油断し、ダラけている姿を見せてしまったのである。
 まあ『基本的に一年生は現れない日』だからと言って、お菓子を食べながら会議をしてもいいというわけではないけれど……。今はそんなことはしていませんよ、もちろん。
 なお、この残念なわたしたち先輩部員の姿は、当然オトハちゃんもしっかりと目撃した。だけどオトハちゃんはまったく入部の意思を崩さなかったので、本当にありがたい話である。
 おっと。うっかりシノちゃんについて話すのが楽しくて、説明が長くなりすぎてしまった。
 話を戻そう。
 かくしてわたしとシノちゃんは無事に仲の良い先輩と後輩になり、今は仲間として茶道部を盛り上げている。
 そして、茶道部の次なるイベントである『学校説明会』は、実はもう結構間近に迫っているのである。
 茶道部の前回のミーティングは、約二週間前の九月一日だ。
 だから本来なら、その日に具体的な話を進め、もっと早く準備を進めてもらうこともできた。
 でも、オトハちゃんたち後輩のみんなは『わたしが参加できる最後のイベントだから』という理由で、そうはしなかった。
 わたしが昨日の模試を終えるまで、話を詰めすぎずに待っていてくれたのである。
 それはみんなが、わたしを頼りにしすぎているからとか、自分たちが頑張るのは面倒なのでわたしをたくさん働かせようとしているから、というわけではない。
 みんなは、わたしがいかに茶道部を大切に思っているか知っている。
 なので、わたしが今回思う存分活動できるように、あえて計画を進めずにいたのである。
 わたしはこの気持ちが本当に温かく、嬉しい。
 わたしは本当にいい後輩に囲まれたなあ……。と思っている。
 にもかかわらずこれからわたしは『勉強もあるので、学校説明会の準備に力を入れすぎないようにします』という、まるで『頑張りません宣言』と受け取られても仕方のないことをしなければならないのだけど……。
 ウウッ。胃が……。
 でも、もちろんわたしはサボりたいわけじゃない。手を抜きたいわけじゃない。みんなと少しでも長く楽しく活動がしたいのである!
 ああ、自分のこの気持ちを、果たしてなんと表現したものか……。
 と、思っていると。

「その発表内容についてなのですが。私から一つ提案があります」

 わたしの隣の席に座っていた二年生部員で、わたしの古くからのお友達である『タカナシ ナナミ』が手を上げた。

「なあに? ナナミ。提案って」

 ナナミは茶道部の他に剣道部にも所属している兼部部員で、茶道部の方には、限られた時間しか参加することができない。
 なので部の会議中は、自分の意見はしっかり持ちつつも、基本的には控えめにしていることが多い。
 そんなナナミが今日は積極的なので、思わずみんな、ナナミをジッと見つめてしまう。
 するとナナミは、一度、スウ……。とゆっくり息を吸った後、わたしたちにこう告げた。

「十日間という限られた期間でできるだけ発表の質を上げるために、私は去年の発表を参考に準備をするのがいいと思っています。
 あえて去年と同じ内容で。だけど、その品質を、しっかり上げて行なうんです」
「あの……それって、いわゆる『使いまわし』をするということですの?」

 ナナミに質問をしたのは、ナナミと同じ二年生部員で、次期茶道部の部長である『コゼット・ベルナール』ちゃんだ。
 コゼットちゃんはその名前の通り、フランスからやってきた外国人留学生だ。
 去年の冬に留学を開始したコゼットちゃんは、この一年にも満たない期間で完璧に日本語を習得し、星が丘高校では『日本語がうますぎる留学生』として知られている。
 コゼットちゃんの日本語には、もはや不自然な発音や、言葉の誤りはほとんどない。
 たとえばコゼットちゃんが話す様子を録音し、コゼットちゃんのかわいらしい、外国人とはっきりわかる容姿を伏せて、声だけを聞かせたなら……誰もがきっと、日本人の女の子が話していると思うだろう。
 そんなコゼットちゃんは超がつく負けず嫌いな性格で、わたしは彼女のことを、ひそかに『負けず嫌いであるがゆえに、伸びしろがものすごい留学生』だと思っている。
 なぜなら日本に来たばかりのコゼットちゃんは、日本語こそとてもお上手だったものの、茶道や正座と言った日本の文化はどれも大嫌いであった。双子のお姉さんである『ジゼル・ベルナール』ちゃんが、ある日自分の言葉を聞かずに日本へ行ってしまったので、彼女を連れ戻すため、仕方なく留学を始めたのである。
 だから、たとえば当時のコゼットちゃんに『これから一年も経たないうちに、あなたは日本にすっかりなじみます。それから、あれだけ嫌っていた正座をマスターして、次期茶道部部長になっちゃいますよ!』なんて言ったら……。
 きっと『絶対に嘘ですわ! ありえないことをおっしゃるのはやめてくださいまし!』と、怒り出すに違いないだろう。
 そんな彼女が今のポジションに落ち着いた理由は、負けず嫌いだからだ。
 コゼットちゃんは、正座も茶道も嫌いだった。けれど、だからと言って、正座や茶道ができない自分に甘んじているのは、もっと嫌だ! と考える人でもあった。
 なのでコゼットちゃんは、留学を始め、かつて大失敗して以来、大嫌いになってしまった正座にもう一度出会った際、こう思った。
 『あのときの自分は正座ができなかったけれど、今でもできないとは限らない。もし、今正座を克服できたなら、自分は正座に勝てたことにならないか?』と。
 その予想は当たり、さらにわたしとナナミが少しお手伝いさせていただいたこともあり、コゼットちゃんはあっさり正座ができるようになった。そして、今では茶道部の中心人物となったのである。
 昔のコゼットちゃんは気が強くて何事にも一生懸命な分、人とぶつかりやすかったり、誤解されやすかったりすることもあった。
 だけど最近はすっかり落ち着いて、雰囲気も柔らかくなっている。
 たとえば今日の議題についてだって、昔のコゼットちゃんであれば『もしかして手抜きをするつもりなのかも?』と考え、心配になるあまり……もっと大きなリアクションをしていたはずだ。
 でも、今のコゼットちゃんは違う。ちゃんとナナミの話を最後まで聞いた上で、判断しようとしている。
 これは『正座』というかつての苦手分野を克服したことをきっかけに、少しずつ精神的に余裕ができた証なのかなあ。だったら、とても嬉しいなあ……。と、わたしは思うのであった。

「はい。コゼットさんのおっしゃる通りです。
 でも、昨年の発表時、部に所属していたのはリコ先輩だけです。
 私も少しお手伝いしましたが、そのときはまだ茶道部の兼部部員にはなっておりませんでしたし。
 だから実質的にはほぼ『使いまわし』にはならないと思っています」
「ナルホドー。確かにあのころはワタシも、まだ色んな部を見学して回っていたころで、茶道部には関われておりまセンデシター。
 自分が所属していなかったころのことを改めて学べるのでしタラ。それはとても有効なことだと思いマース!」

 ナナミの言葉に同意したのは、先ほど名前が出た、コゼットちゃんの双子のお姉さん、ジゼルちゃんだ。
 ジゼルちゃんはナナミとコゼットちゃんと同じ二年生部員で、茶道部では書記も務めてくれている。
 そんな彼女はコゼットちゃんとは対照的に、人懐っこく、慣れないことにも積極的に取り組むタイプの、日本が大好きでたまらない女の子だ。
 ジゼルちゃんはコゼットちゃんよりも数か月早く、ちょうど一年前の今頃に留学を始め『学校説明会』が終わった後の十月に茶道部へやってきた。
 日本の文化が好きで、それを理由に留学を始めたジゼルちゃんは、入ってみたい部活動が多すぎた。だからしばらくの間『見学部員』という特殊な形で、様々な部活動に体験入部し、その最後の方の段階で茶道部に現れ……見学した上で、入部を決めてくれたのである!
 ただし、前述の通り『学校説明会』の時期は、他の部の見学部員としてすごしていたので、一年前のわたしたちの発表がどのようなものかは、深くは知らないのであった。
 ところで、ベルナール姉妹は二人とも日本語が堪能だ。
 けれど、まだちょっと外国人さんっぽい発音をするのがジゼルちゃんで、完璧な日本語を、丁寧なお嬢様口調で話すのがコゼットちゃんである……と覚えると、非常にわかりやすいと思う。
 とはいっても、コゼットちゃんは、ちょっとありえないくらいの語学力をお持ちである。なのでつい忘れがちだけど、留学して一年で、ここまで流暢に話せるジゼルちゃんも、相当にすごいのであった。書記としても、全部しっかり日本語で議事録を付けてくれているし……!

「ジゼルさん、ご同意いただきありがとうございます。
 おっしゃる通り、私の提案は『使いまわし』ではあるけれど『復習』でもあるんです。
 先輩方が作られた発表をもう一度しっかり見直すことで、そのすごさを再確認できますし、当時先輩方が手が回らなかったことについては、今年の発表で改善することができます。昨年度はとても部員が少なく、リコ先輩も含めてたった四人で運営されていましたからね。
 さらに、ベースにする発表がすでにあることで、時間が少し足りなくても、良いものができると考えたんです。
 特に……」
「ああー! 拙者。わかったでござるよ!?」

 そこで、一年生部員である『ヤスミネ マフユ』さんが手を上げた。
 マフユさんは、その名字の通り、特別講師である『ヤスミネ トウコ』先生と同じ星が丘神社にお住まいの方だ。
 だけどお二人は血の繋がったご家族ではなく、トウコ先生が主人、マフユさんが従者の、主従関係でいらっしゃる。
 さらに言うとお二人は人間ですらない。
 トウコ先生は星が丘神社に祀られた神様で、マフユさんはそのお世話をする精霊様なのである。
 お二人は以前、わたしが『星が丘高校茶道部を助けてください!』と頼んだのを受け、特別に講師として、あるいは生徒として、茶道部を見守り、指導してくださることになったのだ。
 なのでわたしは、学年としては二つ下ではあるけれど、実際はわたしよりもずっと年上で、精霊様であるマフユさんのことを『さん』づけで呼び、敬語でお話しさせていただいている。
 もっともマフユさんは、そういったことを一切気にしない、とても腰の低い方だ。
 なので、本当の先輩と後輩のように親しくさせていただいている。
 いや、本当に先輩と後輩でもあるのだけれど……。
 その前に人間と精霊様なので、どうしても『先輩と後輩』である実感が湧かないのであった。
 ちなみにお二人が人間ではないという事実は、最初はわたしと、ごく限られた人々だけの秘密であった。だけど今では茶道部の中心人物は全員知っているので、茶道部は神様と精霊様にサポートされていることを自覚しながら、日々頑張っているのであった。
 ということで、ここまでに紹介した一年生部員三人、二年生部員三人、そしてわたしという三年生部員一人に、あちらの椅子に掛けて会議を見守ってくださっているトウコ先生を加えた八人が、茶道部の主なメンバーとなる。
 主にこの八人で活動内容を計画し、運営しているというわけだ。
 実は、部員自体は、他にもたくさんいらっしゃる。
 だけど、茶道部は大会などがなく、比較的自由に参加できる部活動であるため、他の部活動と兼部している方や、都合の合うときにだけ、ふらっと参加される方も多い。
 なので今日のような定例会議は、わたしやコゼットちゃんのような茶道部専任で活動している部員だけが参加必須。ナナミのような兼部部員、あるいは今日ここにはいない不定期参加部員な方、幽霊部員と化しつつある方は原則自由参加なのであった。
 ……で。ところで、マフユさんは何が『わかった』んだろう?

「ナナミ殿は、オトハ殿とシノ殿が去年の『学校説明会』に参加されたということも、今回の発表に役立てたいと考えておられるのでござるな?
 当時お二人が『学校説明会』に参加して印象に残ったことや面白かったことを聞けば、発表をさらにグレードアップさせられるでござるものな?」
「あっ。なるほどーっ! ナナミ先輩、すっごーいですっ!
 ……でもわたし、茶道部の発表を見てからは茶道部しか目に入らなくなっちゃったので……。
 『茶道部のここが良かった』という点は覚えているんですが、『他の部活動はここが良かった』点について聞かれると、ちょっと記憶があいまいかも……」
「では、その点に関しては私、シノにお任せください。
 オトハが『去年なぜ茶道部の発表に心惹かれたか』を伝えるというのなら、逆に私は『去年なぜ茶道部の発表を見に行かなかったか』をお話しできますから。
 まあ、それは、単に体調を崩していて、部活動見学をする元気がなかったからなのですが……。
 でも、部活紹介のパンフレットをいただいたとき、印象に残った部と、そうでない部に分かれたのは事実です。
 去年の『学校説明会』は、オトハのおかげでわたしの記憶にもずいぶん残っていますから。わたしもお役に立てるかもしれません」
「あーっ! 当時のパンフレットや、茶道部の発表でいただいた資料なら、わたし、保管していますよぉ!
 ていうか、教室のロッカーに入れてあります。さっそく取りに行ってきましょうか!
 その他にも! 使えそうなものが、ロッカーの中に色々入ってます」
「オトハ……あなた茶道部関係のものなら本当に、完璧に保管してあるんだね……」
「当たり前だよシノっ! では早速行ってきます!」

 そう言ってオトハちゃんは立ち上がり、すぐさま部室の扉へ向かって駆けだそうとした。
 ……が、何かを思い出したのかピタリと止まると、クルリと振り向いて、両手を合わせる。そして、わたしたちにこんなお願いをした。

「あの、ごめんなさい!
 今思い出したんですけど、資料、結構量があるんですぅ。
 なのでっ。誰か一緒に取りに行ってくださると嬉しいです!」

 すると……。

「では、わたくしが参りますわ。一年生の教室、懐かしいから行ってみたいですし」
「えっ? コゼット副部長だけを行かせるわけにはいきません。オトハ。私も行くよ!」
「ジャアー。コゼットと後輩チャンたちだけを行かせるわけには行きまマセーン。ワタシも行きマース!」
「ええっ!? あの、ジゼルお姉様? そんなには人数必要ないのではなくって?
 ……というか、ジゼルお姉様も、一年生の教室が懐かしくなったのですわね? そういうことなのでしょう?」
「では拙者もー! オトハ殿の秘蔵の資料、一緒に運ぶでござるー!」
「じゃあわらわも一緒に行っちゃおっかなー。一年生の教室、見てみたいぞ」
「もぉー! みなさま、さては外の空気が吸いたくてたまらないのですわね!?」

 オトハちゃんのお願いには、予想以上に人が殺到した。
 わたしとナナミ以外の全員が手を上げ、立ち上がり、すっかり一緒に行く雰囲気である。

「じゃあ、わたしとナナミも……」
「いいえ! リコ部長とナナミ先輩はっ。去年の発表について思い出し合っていてくださいっ!
 当時のことを知るのはぁ、お二人しかいないんですからぁ!」
「そう……? わかったよ。じゃあ、行ってらっしゃい」

 かくして六人は、楽しくワイワイと出て行ってしまった。
 部室には私とナナミだけが残され、さっきまでにぎやかだったこの部屋は、急に静かになってしまったのであった。
 あ、でも。
 ちょうどわたしも、ナナミに聞きたいことがあったからいいか……。

「みなさん、今回もすごくやる気ですね。これなら『学校説明会』は間違いなく成功しそうです」
「うん! ナナミのおかげで、順調に進みそうだなって、わたしも思ってた。
 だけど……急にどうしたの? ここまでナナミが茶道部の活動に積極的なんて、なんだか珍しいよね」

 こんな質問をされることは、ナナミも想定内だったのだろう。
 ナナミは小さく頷くと、自分の現状について話し始めた。

「あはは……。さすがリコ先輩です。わかってしまいましたか。
 実は……来週、隣の県から有名な剣道の先生がいらっしゃいまして、特別に、剣道部に稽古をつけてくださることになったんです。
 その先生は父の知り合いで、父と剣道部顧問の強い希望で、来てくださることになりました。
 だから、私は稽古期間中、欠席するわけにはいきません。
 なので『学校説明会』における茶道部の活動には、全日程参加できない可能性が出てきたんです」
「ええっ!? そうだったの……」
「そうなんです。だから私なりに、両立させる方法がないかと考えたというわけです。
 その結果、もし去年の発表をベースに作業ができるなら、去年リコ先輩のお手伝いをした経験が役に立てるのではと思ったんです。
 コゼットさんのおっしゃった通り『使いまわし』の側面もありますから、作業負担も減りますしね。
 もちろん、こんなにもすんなり自分の意見が承認されるとは、実は思っていなかったのですが……」
「なるほど……」

 つまりナナミは『茶道部にだけ力を注げない』という、わたしと似た状況にあったのか。
 だからナナミなりに考えて、案を出すことで、できるだけ活動に参加しようとしてくれたんだなあ……。
 ナナミが多忙という今の話を聞いて、昔のわたしだったら『どうして茶道部を優先してくれないの? わたしとナナミが一緒に活動できるのは、これが最後なのに……』と、がっかりしていたかもしれない。
 でも、今ならわかる。それは逆なのだ。
 ナナミはわたしと一緒に活動したいから、この方法を選んでくれたのだ。
 だって、ナナミのおうちは剣道道場である。
 だからナナミは茶道部に入るまでずっと剣道一筋の生活を送ってきたし、星が丘高校に入るときも、入部する部活と言えば、剣道しか考えられなかったはずだ。
 そもそも、今回隣の県から先生を呼べるのだって、ナナミのお父さんが剣道の先生で、星が丘高校剣道部の顧問とも仲が良く、部を良くするためにいつも力を尽くしてくれているからだろう。ナナミの人生は、基本的にそれくらい、剣道漬けなのだ。
 だけどナナミは約一年前、茶道部との兼部を決意してくれた。
 今回も『剣道部を優先したいので、茶道部にはしばらく参加できません』ということだってできたのに、そうはせず、茶道部の発表にアイディアまで出してくれたのだ。
 だったらわたしは、その思いをきちんと受け取って、喜んだほうがいい。
 いつまでもうだつの上がらないわたしだけれど、これでも日々成長しているのだ。

「……でも、リコ先輩にも何か案があったのでは?
 会議が始まってからずっと、何かを言いたげにしていらっしゃったではありませんか」
「あっ、あれはねぇ……」

 バレてしまっていたか。
 わたしがナナミのことを少しはわかるように、ナナミには、わたしのことが何でもお見通しなんだなあ……。
 なのでわたしは、一瞬『わたしも受験勉強があって忙しいので、学校説明会の準備には、力を入れすぎないようにしようと思っている』という、今日みんなに話そうと思っていたことを伝えようとした。
 ……だけど、今になって思う。
 これは果たして、みんなに宣言すべきものなのか? と。
 『勉強もしたいから、部活動に力を入れすぎないようにする』というのは、わたしの都合だ。
 だから、これは自分の中で誓っておけばいいことだ。
 基本的には普段通り活動しつつ、たとえば『今日は十七時からは勉強する』と決めているのなら、それをはっきり言って早めに帰らせてもらったり、急な部長会議などが入ってしまったときは、コゼットちゃんたちに相談して、参加を代わったりしてもらえばいいのではないだろうか。
 そうだ。そもそもトウコ先生だって『勉強と部活を両立させる方法を模索し、自分なりの結論を見つけろ』と言ったのである。『みんなに、今回は大変なので全力を尽くすのは難しいと言え』と言ったわけではない。
 『学校説明会』が終わった日、わたしがどんな状況であるかを見せることが、その『結論』になりはしないだろうか。
 それなら……。

「ナナミの方がいい案だったから、やめとく! 『学校説明会』まで、お互い忙しいだろうけど、可能な範囲で一緒に頑張っていこうね」
「はい!」

 今回は『不言実行』で行こう。
 その方が、先輩としても、格好いいような気がするし……。
 と、ナナミとニコニコ微笑み合っていると……。

「リコ部長、ナナミせんぱーいっ! 資料、お持ちしましたよぉっ!」
「お待たせいたしました。この量……予想以上でしたわ!」
「あっ。お帰りなさーい!」

 資料を取りに行っていたみんなが戻り、会議は再開となったのであった。


 こうして『学校説明会』に向けた本格的な準備が始まった。

「さて。始めますかぁ。去年、リコ部長たちがされたことは……。
 まず、今わたしが教室から持ってきた『茶道部について、よくある質問をまとめた冊子』を作られたことですよねぇ?
 リコ部長。この冊子のデータってお持ちですぅ?」
「うん。部室に置いてある、部活用のUSBメモリーに入っているよ。
 この冊子をベースにしながら、加筆修正をして、もっと良くする作業をしていきたいね。
 あぁ、この冊子、懐かしいなあ……。ナナミも、これを作るのを手伝ってくれたんだよ」

 作業が始まって最初にチェックしたのは、去年『学校説明会』で中学三年生向けに配布した冊子だ。
 ちなみにオトハちゃんは当時この冊子を『読む用』と『保存用』の二部持ち帰っていて、今回持ってきてくれたのはやや傷んでいる『読む用』である。
 こうなるまでたくさん読んでくれたんだなあ……。
 と思うと、非常に嬉しくなるわたしであった。

「ええ、私もお手伝いさせていただきました。懐かしいです。
 この冊子では、『茶道部のお茶会には、必ず着物を着て参加しなくてはならないの?』ですとか『茶道部には、正座が得意じゃないと入部できないの?』と言った、普段よく質問される、基本的な疑問に回答しているんですよね。
 ではマフユさん。この二つの質問に対する答えをお願いします」
「はーい! でござる!
 正解は『着物を着る必要はない。学校の制服や、スーツでお茶会に参加される方も多くいらっしゃる』と『正座が得意じゃなくても大丈夫。お茶会中は基本的に正座しなくてはならないけれど、どうしてもつらいときは足を崩して構わないし、茶道部に入れば、長時間正座をしやすくするコツも教えます』でござる!
 茶道は一見ハードル高いように思われがちでござるが、実は割と臨機応変に対応できるものなのでござるよな!」
「あはは、大正解です、マフユさん!
 ……この冊子って、わたし、リコ自身が感じた疑問をまとめたものって側面があるんだよね。
 わたし自身、入部前は茶道部に対して『始めるのが大変そう』ってイメージを持っていて。
 興味はあるけど、少し足を運びづらいな、って思っていたんだ。
 だから、茶道部に入っている仲のいい先輩がいるのに、質問もできなくて……ずっと知識が増えることもなく、誤解が解けずにいたの。
 でも、わたしみたいな『興味はあるけど、直接質問するのは緊張する』って人は、きっとたくさんいるんじゃないかな? って、ある日思ったんだよね。
 だから、冊子を作って紙面で説明することで、興味のある人は情報を得やすくなるし、その結果知識が増えれば、参加もしやすくなるんじゃないのかな? って思ったんだよ」
「それ、大成功ですよぉ! わたしも最初は茶道のことっ、何にも知りませんでしたけどぉ……。
 この冊子を読んだから『高校に入ってから始めても大丈夫そうかも!』って思えたんです!」
「私もこの試みは成功だったと思っています。
 ……そうだ。リコ先輩。
 昨年度は、この冊子と同じ内容のポスターも掲示されていましたよね。
 それを今年も部室の入り口にある掲示板に貼っておけば、確かに『なんだ! 茶道って、こんなに気楽に始めていいんだ!』と思っていただくことができ、ハードルが下がりますね。部室の中へも入ってもらいやすくなるかもしれません」
「そうだね! えっと。あのポスターは、どこへやったっけ……」
「ウフフ。その話題になるのを待っていましたわ!」
「おや、コゼットちゃん!」

 ここで、部室の奥で資料整理をしていたコゼットちゃんが顔を出す。
 今、茶道部は『冊子について話し合う班』であるわたし、ナナミ、オトハちゃん、マフユさんの四人と『使えそうな資料を見つけてくる班』のコゼットちゃん、ジゼルちゃん、シノちゃんの三人に別れている。
 わたしとナナミは去年の冊子についてよく覚えているし、オトハちゃんとマフユさんは文章を書くことが好きなのでこちらの班となり、なので、しばらく別行動中だったコゼットちゃんと話すのは数十分ぶりである。

「そのポスターは今、部室のロッカーから発掘いたしました!
 保存状態もいいですし、とてもわかりやすくまとまっておりますから……。
 こちらは冊子とは違って改良などはせず、このまま使用したいと思うのですが、みなさまいかがかしら?
 良い意味の『使いまわし』で、部費を節約。ですわ!」
「いいねえ、コゼットちゃん。ぜひそうしよう!
 ……というか、実はこの冊子の本文自体が、良い意味の『使いまわし』だったんだよねぇ。
 去年の先輩方は、毎月新しく掲示用のポスターを作成していたから。そこから流用すれば、作業負担を減らせるねって言いながら、この冊子を作ったんだよ」
「あっ。わたし、それだけじゃないって知っていますよぉ!
 この冊子には、リコ部長がナナミ先輩と、茶道部入部前に個人的に作っていた『長時間正座をするための練習方法』も収録されているんですよね?
 わたし。茶道部のホームページでこの冊子に関するエピソードを読みましたから!」
「オー。このメモは、ワタシも去年いただいて勉強させていただきマシター!」

 ここでジゼルちゃんも登場し、会話はさらににぎやかになる。

「このメモは本当に参考になりマシター……。
 もうすっかりシワシワになっていマスが……。今でも大事に保管してありマース!」
「……時々思いますけれど、茶道部って冊子を作ったり、ホームページの文章に力を入れたりと、文芸部のような活動も多くしていますわよね。
 わたくしやジゼルお姉さまがの日本語があっという間に上達したのも、茶道部の、文芸部的な活動が大きくかかわっているような気がしますわ……」
「あはは。確かにそうかも!」
「……あのー。お話し中すみません、みなさまお疲れ様です。
 資料を整理しながら、私シノは、発表についても考えてみました。
 昨年度の茶道部は、部員の人数が少ないのを生かした活動をされていましたよね。
 具体的には、茶道部の発表場所である和室と、その隣の空き教室の二か所で、小規模な、顔を出しやすいブースを作られたのだとか」

 そしてオトハちゃんの膨大な資料を整理し終えたシノちゃんが部室に戻り、部員たちは再び一か所に揃ったのであった。

「そうそう。あんまり大規模で、真面目な発表だけをすると『ちょっと興味あるかも』くらいの人は、入りづらいんじゃないかなって思って、そうしたんだよね。
 だから去年はお茶会はせずに、メインの発表場所である和室は、部の活動内容の一部を体験するコーナ―として設けて……。
 隣の空き教室の半分はポスターなどの掲示。そして残り半分は、お茶とお茶菓子を振る舞うコーナーにしたんだ」
「わたし覚えてますよぉ!
 和室では、正座体験コーナーを作られてましたよねぇ!
 そこは会話自由で、とっても話しやすい雰囲気になってて……。
 冊子を見ながら、部員の皆さんのアドバイスを受けながら正座するっていう、楽しいコーナーになっていましたよねぇ」
「へぇ! それは素敵でござるなあ。
 たとえば拙者のような『日本の文化に詳しいわけではないけれど、和風なものは大好き』という方は多くいらっしゃるでござるからな。
 そういった方……たとえば、和室ファンの方なんかは、多く押し寄せたのでござろう?」
「そうなの! そこで、成り行きみたいな感じで正座してもらって、長時間正座しやすい方法をお伝えするうちに『自分は意外と正座が得意かもしれない……』って思って、のちに入部してくれた人もいてね。
 ほら。今日はいらっしゃらないけど。兼部部員の一年生のミヤタさんだよ」
「ミヤタさんも『学校説明会』がきっかけで入部してくれてたんですねぇ! 今度出席されたら、ミヤタさんからもお話聞きたいですねっ!」
「……そうだ。話は前後してしまいますが……『文芸部のような活動』という言葉で思い出しました。
 資料整理中に、このようなものも見つけましたよ」
「あっ! それは!」

 シノちゃんがピラリとこちらに広げてくれたものは、昨年度先輩が書いてくださった、和菓子のレシピであった。
 去年はこれをポスターと一緒の場所に置いて『自由にお持ちください』という形で配布したのだ。

「これって、和菓子のレシピですの?」
「そうだよー。部活見学の時間って、ちょうどおなかの空く時間だったんだよね!
 だから中学三年生のみなさんは甘いものが欲しくなっているんじゃないかなって思って、レシピだけじゃなく、お茶と和菓子の配布も行ったの。
 見に来てくれた方は、正座体験コーナーに参加してくれてもいいし、ブースでお茶とお菓子を楽しんで行ってくれるのもいいし……。
 時間がないなら、和菓子のレシピを自由に持っていくだけでもいいよってスタンスにしたんだ」
「お菓子まで! では『学校説明会』では、文芸部のようなことだけではなく、料理部のようなこともされておられましたのね。
 茶道部って、本当に……。部員獲得のために、尽力されてきたんですわねぇ……」
「その通り。冊子やポスター、お茶、お菓子、レシピ。そして正座。きっかけはなんでもいいから『星が丘高校には茶道部があって、なんだか楽しそうなところだった』って思ってもらえれば、きっと来年度につながると考えたんだ。
 ……さて。発表の方向性もおおむね決まったから……。
 次は、飾りつけはどうしようか。去年は、ポスターに加えて、着物をお持ちの先輩が、空き教室の飾りつけとして着物をマネキンに着せて、展示してくれたんだよね。
 今年はそれはできないから、別の飾りつけを考えないと」
「では先ほど話題になった、部活用のUSBメモリーに入った写真を貼るというのはどうでしょうか?
 以前ホームページ作成用に撮った、茶道の道具の写真や、茶会はこんな雰囲気ですよと言った写真、茶会における正装の写真と言った、真面目な写真が多くUSBメモリーの中に入っていますよね」
「オー! それは素敵デース!
 茶道部がマジメに、きちんと活動してるってコト。写真からも理解していただきマショウ!」
「あはは……今度は写真部のようですね。
 では、写真の選定と飾りつけのデザイン、実際の飾りつけ作業については、私ナナミにお任せください。
 それらの写真は、ほとんど私が撮影しました。
 だから、自宅にもデータが残っていて作業しやすいですし……。
 私は今回、剣道部の活動もあってすべての準備日程に参加できませんので、家でもできる作業、一人でも進めやすい作業を振っていただけると助かります」
「いいね! じゃあ、ナナミが急遽忙しくなって作業ができなくなったら、家が近いわたしが手伝うね」
「そうしましょう! 冊子についてはぁ、わたしとマフユさんで進めますねぇ!
 わたしが去年この冊子を読んで『ちょっとわかりにくいかもぉ?』と思ったところはリコ部長たちのアドバイスもいただきながら加筆しますし、マフユさんにも意見を出してもらって、この冊子をとっても分厚くしちゃいまーす!」
「はーい! オトハ殿、一緒に頑張ろうでござる!」
「いえーい! 頑張ろうねっ。マフユさん!」
「ふふ。二人とも頼もしい!」

 去年の『学校説明会』の発表内容。
 これは、わたしが茶道部に入部して、初めて考え、先輩たちの前で発表した企画だ。
 それを当時の先輩たちは快く受け入れてくださり、去年の発表が完成したのである。
 でも、粗はやっぱりあり、改良できる部分は満載だ。
 だけど、なんだかそれも含めていとおしい。あのころの自分は、あのころなりに必死だったのだと、この冊子を見て改めて思えたからだ。

「じゃあ、飾りつけ担当と、冊子作り担当は決まったね。
 そしたら、次はメインの『正座体験コーナー』担当を決めようか」
「はい! もちろんわたくしは立候補しますわ」
「ハーイ! ワタシにもやらせてクダサーイ!」
「私もやります! 一年生のときから、人に指導するのに慣れておきたいです」

 うーん、本当にみんなやる気満々だ。
 わたしが挙手を求める前に、すぐさま三本の手が上がる。
 コゼットちゃん、ジゼルちゃん、そしてシノちゃんである。

「よし! じゃあこの三人にお願いするね。わたしは部長として三種類の業務を全部チェックしながら、お手伝いをする役割をするよ」
「そういたしましょう。リコ様は受験勉強もございますから、すべての業務の補佐をしつつ、リコ様個人の色々も進めるのが良いと、わたくしも思いますわ。
 では、さっそくお聞きしたいのですけれど……。
 リコ様は去年『正座体験コーナー』の担当もされたのですわよね?
 初対面の中学三年生の方とは、どのようなお話をされましたの?」
「えーっとねえ。緊張をほぐしてもらうために『自分も昔は正座が苦手だったよ』『正座の練習を頑張りすぎて、こんな失敗をしたこともあるよ』って話を多くしたかな?
 たとえば『正座初心者のうちは、お風呂で正座の練習をするのがいいよ』って教えてもらって、うっかりのぼせかけるまで正座し続けてしまったこととか。
 同じように『正座に慣れないうちは、お尻とかかとの間に座布団を挟んで座ってみるのがいいよ』って言われて、自分好みの、練習用の座布団を買うためにずいぶん遠くまで買い物に行って……かえって正座の練習時間が減っちゃったこととか、ね」
「アハハ! リコセンパイらしいデスー。
 ……でも『マイ座布団』なら、ワタシも持っていマース。
 リコセンパイ! 早速稽古をつけてクダサイ!」
「わぁ!? さすがジゼルちゃん。用意がいいね!」

 てっきり今日は、去年の思い出話だけで終わるのかと思ったら、そうではなかった。
 アグレッシブなジゼルちゃんはすぐにでも正座の練習に移れるよう、マイ座布団をかばんの中に入れていてくれたらしい。
 もちろん、さっき話題にした『ずいぶん遠くまで買いに行ったわたしのマイ座布団』も、今日は持参して来ている。
 だけど……ほ、他の二人は、今ここで正座の練習を始めても大丈夫なんだろうか?

「フフフ。ジゼルお姉様だけではありませんわよ! わたくしも同じように、自分の座布団を用意してきておりますわ!」
「ええっ!? じゃ、じゃあ、もしかしてシノちゃんも……?」
「当然です。私も毎回部活用に、マイ座布団を持参してきておりますから。今すぐここで練習できます」

 すごい! ちょっとびっくりしちゃうくらいにすごい!
 これはもう、わたしも本気で応えるしかないじゃないか!
 わたしはスクッ……と立ち上がると、かばんを開け、自分の『マイ座布団』を見せながらこう言った。

「オッケー。任せて。『正座先生』として、バッチリ監修してみせるから。練習しよう!
 ……でも、さすがにこの教室の床に直に座布団を敷くのは冷たすぎるから……。
 多目的室へ移動しようか」

 かくしてわたしたちは、もともと靴を脱いで利用する教室である多目的室へ移動し、そこで各々の『マイ座布団』を敷いて練習を始めることになった。
 とはいっても、もうみんな正座に関しては熟練の腕を持っている。
 なので、正確には、正座をしながら『正座体験コーナー』の内容について話すというものになったのであった。

「では、まずは正座の基本をおさらいしようか。コゼットちゃん、お願いします!」
「はい。承りましたわ。ではまず、服装の確認から致します。
 今回は中学三年生のみなさまは、全員制服で参加されます。
 なのでこの服装確認は必須ですわよね。
 ではその理由を、シノさん、教えてくださいます?」
「承知いたしました。それは、正座するときは、必ずスカートをお尻の下に敷く必要があるからです。
 今回、女性の方は、ほぼ間違いなくスカートを穿かれているでしょうから、最初にこれを話す必要があるんですよね。
 正座初心者の方が正座するときは、このルールについてご存じない可能性もありますし」
「その通りですわ!
 では、服装の確認が終わりましたら、次は、背筋を伸ばして座ることを意識して正座していただきます。
 正しい姿勢になっていただくことで、足が痺れるのを避けていただくためです。
 普段生活していると、もっと楽な姿勢……たとえば、背中が曲がった姿勢の方が座りやすくて、楽に感じられる方もいらっしゃいます。
 でもこれは、血行の悪化が早く、痺れを招きやすいですからね。
 この点、気を付けていただくことが『正座体験コーナー』では重要かと思います。
 そして、良い姿勢で正座ができたら、肘は垂直におろしていただくように指示します。
 すると手の位置は、自然と太股の付け根と膝の間に来られますので、両手をカタカナの『ハ』の字になるように置いていただけるよう、お伝えします。
 これで、上半身の姿勢はきちんと整うかと思います」
「バッチリだね! では続きを、ジゼルちゃんお願いします」
「ハーイ!
 今ので上半身が完璧になりマシタので、次は下半身のアドバイスをシマース。
 まず、足の親指の位置については、座る人の自由にしていただいて大丈夫なことを伝えマース。
 だけど、片足の親指が、もう片方の足のかかとより外には出ないようにシテネ! とも話しマース。
 それから、足の甲を床にベッタリつけていると、痺れやすくなってしまいマスので、これは避けてネと伝えマース」
「……そうだ。リコ部長。正座体験中、足が痺れてしまった方にはどのように対処されましたか?」
「そうデース。ワタシもそれ、気になりマース。
 痺れた方って、自分では言い出しにくいこともあると思いマース。
 だから、できるだけこちらから気づいて、助けてあげたいデスヨネー」
「それなら、正座を始めるときに『足が痺れないように、こんなことを試してみてね』とか『もし痺れちゃったときは、こんな風にしてみてね』って、あらかじめ伝えておくのはどうかな?
 たとえば『痺れない方法』だったら、こんなのはどうかな。
 『座ったまま、時々重心の移動をしてみてね』ってアドバイスするの。
 ほら。正座をしていると、足首の周りに体重がかかることになるよね。
 この状態が続くと血行が悪くなるから、すぐに痺れてきちゃうでしょう。
 これを避けてもらうために、思い出したときに重心移動するのを心掛けてもらうわけ。 
 次に『もし痺れてしまったときの対処方法』だったら『足が痺れてしまったときは、体験終了後も、無理にすぐ立ち上がらないようにしてね。他の参加者のことや、時間のことは気にしなくていいから』って言っておくのはどうだろう。
 たぶん体験中は、本当は足が痺れているのに『あと少しで正座終了だから』って、頑張って、痺れているのをわたしたちに秘密にしたまま正座し続けてくれる人もきっといると思う。
 そういった人が体験終了後、急に立ち上がったら……転倒の危険性が出てくるよね。
 それを考えて、この件は必ず伝えるようにしておくといいと思う。
 あと……。正座初心者さんには『痺れ』って最大の恐怖だけど。痺れが起きちゃうこと自体については、正座に限った話じゃないってことを知ってもらいたいよね。
 たとえば机に座っているときも、猫背だったり、足を組んでいたりで良くない姿勢を取っていると、身体の一か所に負担がかかって痺れちゃうし。寝ているときだって、自分の腕を枕にして寝ちゃうと、起きたときすごく痺れていることがあるよね?
 つまり、どこかに負担がかかって血行が悪くなっちゃったら、その瞬間から痺れは生まれれるんだよね。
 逆に、きちんと正しい姿勢でいられれば、長時間正座していても足は痺れない。
 つまり、わたしたちのアドバイス通りに正座すれば痺れからは遠ざかるし、それでも痺れちゃったときは無理しないでねって言うの!」
「なるほど、いいですね!
 あの、今回配る冊子に、今リコ部長がおっしゃられたことについて書き加えるといいかもしれません。
 帰って読み返していただければ、知識の定着につながります」
「いいね! ぜひ、そうしてもらおう」

 そう言いながら、わたしは一緒に持ってきたメモに、今のことを書き加える。
 そして、戻ったらオトハちゃんとマフユさんにこれを伝えて加筆してもらい、同時に二人の現在の成果も確認する。
 それからナナミは長時間作業ができないかもしれないから、何時までいられそうか確認して、ナナミが茶道部を離れた後は、彼女の作業を引き継げばいい。
 そうだ。これがわたしの『両立』だ。
 来年度部の中心になるコゼットちゃんたちの活躍の場を奪い過ぎないように、主にサポートする立場で行動する。
 その中で自分にしかできない作業を見つけて、部に貢献していくのだ。
 これなら勉強と一緒にできそうです、トウコ先生。
 わたしはそんなことを考えながら、再び『正座体験コーナー』の練習に戻った。


 こうして準備に追われた二週間は、去年同様、あっという間にすぎていった。
 そして、今日はいよいよ『学校説明会』当日。
 茶道部の掲示物は、どれもナナミのデザインと指示により、ビシッと完璧に配置され、美しく並べられている。
 和菓子もかなり好評だ。今回はどのお菓子も兼部部員や、たまにしか来られない部員の方も含めた全員でレシピを見ながら作ったので、とても嬉しい。
 正座体験コーナーは、ベルナール姉妹とシノちゃん、そして体験にいらっしゃった中学三年生のみなさんの楽しそうな声であふれている。特に、三人が大切に持ってきている『マイ座布団』の話がウケているらしい。
 コゼットちゃんは一人一人丁寧に正座を教えているし、ジゼルちゃんは本当にその場の雰囲気を和ませるのが上手い。そしてシノちゃんは『自分も少し前まで正座が苦手だったけど、今はこんなに上手くできるようになった』ということを伝えて、中学生のみなさんをホッとさせている。
 つまり茶道部の発表は、控えめに言っても絶好調であった。

「中学三年生のみなさん、こんにちはー! 茶道部の発表、ご覧になっていきませんかー?」
「茶道部っ! 最高に楽しいですよぉ!」

 一方わたしは今、オトハちゃんと一緒に呼び込み活動をしている。
 今回の茶道部の発表は、想像以上に人が集まっている。
 これは、無理に凝ったことをしすぎず、去年の発表をグレードアップさせるという方法を取ったのが良かったのだろう。
 なのでたくさん人は集まってくれているのだけれど、わたしとオトハちゃんとしては、もう一声、集客したいところである。
 そう思ったわたしたちは、和室から遠く離れた、フロアの端の教室まで足をのばし、どんどんアピール。本日の簡単なプログラムを書いたちらしと『長時間正座をするための練習方法』の冊子を持って、声を上げながら、お互い少し離れた位置で宣伝を行っていた。
 だけどそれも、そろそろいったん休憩かもしれない。手持ちの冊子とちらしがなくなってきた。

「あの」
「ん?」

 と、オトハちゃんに『そろそろ戻ろうか』と言おうとした瞬間、ひとりの女の子が、オトハちゃんに声をかけた。
 背が高く、凛とした雰囲気の彼女は、わたしたちとは制服も違うし、第二中学校のバッヂをつけているから中学生だ。
 対するわたしとオトハちゃんは、茶道部の腕章をつけ、茶道部発行の冊子を持って歩いている。
 これって……。もしかしたら!

「あの、茶道部の方ですよね! 
 私、さっき、茶道部のブースに行きました。
 正座体験コーナー、とても面白かったです。
 でも、実は冊子をもらい忘れてきてしまって……。
 これから発表場所まで戻られるのでしたら、私も一緒に行っていいですか?」
「はい! 一緒に行きましょうっ! 茶道部に関心を持っていただけてっ。すっごく嬉しいですぅ!」
「ありがとうございます!
 それであの、よかったら、茶道部の活動内容について、一つ質問させていただきたいことが……」
「もちろん! もちろんいいですよぉ! 何でも聞いてくださいっ!」

 ……ああ、この姿は、去年のわたしのようだ。
 オトハちゃんの表情はみるみるうちに明るくなり、幸せそうにキラキラ輝く。
 わたしにはその気持ちが、手に取るようにわかる。
 なぜなら一年前のわたしにも、これによく似た出来事があったからである。
 茶道部の発表に興味を持った中学生の女の子が、わたしに話しかけてくれ、わたしたちは一緒に正座体験コーナーで体験会をしたのだ。
 その日の彼女が、今わたしと一緒にちらし配りをしているオトハちゃんだ。
 だから、今、オトハちゃんと話している彼女は、もしかすると去年のオトハちゃんのように、来年茶道部に入部してくれるかもしれない。
 そして、コゼットちゃんが部長となった新しい茶道部で、バリバリ活動していくのかもしれない。
 それを直接見ることができないのは、わたしとしてはとても残念だけど……。

「あの!」
「んんっ!?」
「まだ茶道部の冊子! 残ってますか! 一部欲しいです!」

 来年の茶道部に関わることができないのは、本当に残念だけれど……まだわたしにも、茶道部のためにできることはたくさんあるらしい。
 なんと、わたしまで、別の中学生の子に声をかけてもらえたのである!

「喜んで! どうぞお持ちください!」

 わたしは振り向き、去年よりも随分分厚くなった冊子を、その子へ手渡す。
 この分厚くなった分こそが、部の成長であり、わたし自身の成長の証になっていたらいいな……! と、思いながら。


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