[318]ウミガメの子・白い座玉(すえたま)


タイトル:ウミガメの子・白い座玉(すえたま)
掲載日:2024/11/10

著者:海道 遠

あらすじ:
 奈良時代。おいらはうさぎのコタタ。飼い主はもえぎちゃん。
 丹後地方の籠(この)神社に仕える守護の任務についている。女の子ながら腕が立ち、皆に正座の所作を教えている。ある日、昔なじみの鈴導(りんどう)っていう流離いの巫女がやってきて、オマーンという国へ行ってもらうという。なんと、もえぎちゃんは海岸に産卵に来るウミガメの卵のひとつから産まれたんだという。おいらはびっくりした!



本文

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第一章 流離い(さすらい)の巫女

「うしゃしゃ〜い!」
 おいらは褐色うさぎのコタタ。
 倭国の奈良時代。飼いヌシは倭国人のお転婆娘のもえぎちゃん。大陸の草原で拾われて、海を渡って倭国にやってきた。
 丹後地方の籠(この)神社の裏側の屋敷に住んでるヌシのもえぎちゃんが、神社を守る海都(かいづ)一族のひとりだからだ。
 久しぶりに、村に流離い(さすらい)の巫女がやってきた。長い長い髪をひとつに縛った、色白のまあまあの美人だ。
 名前の通り、腰に異国風のカタチの鈴をぶら下げている。
「わあ、鈴導(りんどう)ちゃん、久しぶり~~!」
「もえぎちゃん! 相変わらず陽に焼けて元気そうだね!」
 もえぎちゃんと鈴導の巫女は昔なじみらしく、浜辺で抱きあってぴょんぴょん跳んでいる!
 もえぎと同じ年頃かな? と思ったら、一族の長老の呼吟(こぎん)爺やさんが、
「見かけはずっと変わらんが、何百歳かわからんお化けみたいな巫女じゃぞ」
 ――だって。
 おいらはきょとんとした。白い巫女着物が似合う清らかな姿なのに、お化けみたいな巫女だって?
 流離いの巫女、鈴導ちゃんは海都一族の屋敷に通されて、頭領のぺき様や男衆からうやうやしく迎えられた。
「もえぎちゃん、いくつになった? そろそろ嫁入りの話もあるんじゃないかい?」
「鈴導ちゃんてば。あたいは嫁になんて行かないよ。海都一族の柱の一本でもあるしね。任務で船に乗って、遠くの国へ行ったりするのが楽しいのさ。それに神社で庶民の皆に正座の所作も教えていることだし」
 一族の頭領のぺき様――本当は碧王丸(へきおうまる)様っていうんだけど、柱を背にして頭をそびやかしている。
「これ、鈴導巫女、まず余に挨拶するのが筋であろう」
「これはこれは、碧王丸さま。正式に一族の頭領の座に就かれたとか。おめでとうございます。狩衣もよう似合われて。ご健勝なご様子で何より。前にお寄りした時は、もえぎに泣かされているハナ垂れ小僧でしたのに」
「ハナ垂れ小僧だと?」
 ぺきのヤツが、ハナ垂れ坊主だって! きゃはは。おいら、笑っちゃった!
 今、12歳か13歳くらいだもんな。そんなに昔のことじゃない。面白かったから、ぺきのヤツの膝の上でぴょんぴょん跳ねて、ほっぺにウサパンチしてやった。
「こら、コタタ! 痛いじゃないか。もう、お前の好物の黄色い果物をやらんぞ」

第二章 嫁さんに?

 そろそろ夏が近い。
 ウミガメが産卵のために海岸にやってくる季節だ。もえぎちゃんに抱っこされて月夜の海岸に散歩に来た。
「コタタ。お月さまがきれいだね。金色だ」
 馬の駆けてくる音がした。
 ツバクっていう若い男だ。ツバクはもえぎちゃんとは幼なじみで腕が立つ頼れるヤツだ。おいらも気に入ってやってる。
 馬の上から手を差し出した。
「もえぎ、岬まで乗っていかないか? コタタも一緒に」
 ちぇっ、おいらをついでみたいに言うな。
 ふたりで月夜の浜辺を馬で散歩するなんて、ツバク、なかなかやるな。ロマンチックな雰囲気、満ち満ちやないか。
「もえぎ、俺は一生、海都一族に仕えるつもりだ」
「あたいもだよ」
「朝廷に仕官するつもりも、農民か漁民になる気もない。こんな俺だが、あの……、その……」
「何だよ」
「俺の嫁さんに――だな、なってくれないか?」
 おいらは思わず、もえぎちゃんの腕からずり落ちた。
「危ないよ、コタタ!」
 助けるついでに、おいらごと、もえぎちゃんの背中から抱きしめて、ツバクめ、もえぎちゃんの可愛い唇に「ちゅー」した!
 きゃ――! おいら、恥ずかしい~~!
 ずっこいぞ、ツバク! どさくさにまぎれて!
 でも、あれ? もえぎちゃんは困った顔をしてる。
「俺のこと、嫌いか?」
「そうじゃないよ……」
 鈴導ちゃんの鈴がチリンチリンと鳴らして近寄ってきた。
「鈴導の巫女……」
 ふたりは馬を下りた。

第四章 六芒星のカタチ

 鈴導ちゃんが白い衣にいっぱい首飾りをじゃらじゃら着けて、月の光を浴びて立っていた。やっぱり巫女っぽい。
「ツバク……」
「はい」
「心からもえぎちゃんを愛してる?」
「はい!」
 ツバクは緊張して、しっかり返事した。
 鈴導ちゃんが、長い棒切れを持って砂浜に何か描いた。六芒星だ。これはおいらも知ってる。えっへん! もえぎちゃんの一族のしるしだもんな。
「これを見て何か連想しない?」
「六芒星から……?」
「何だろう」
 鈴導ちゃんが、
「お前さんたちの腕にしっかり刺青(いれずみ)があるでしょ?」
「あっ!」
 もえぎちゃんとツバクは同時に叫んだ。
「ウミガメ?」
「うむ。そら、六芒星には六つの出っぱり。ウミガメにも、頭、前足二本、後ろ足二本とシッポ。六つの出っぱり」
「じゃあ、籠(この)神社の六芒星って、ただの神紋じゃなくウミガメのカタチなの?」
「そう。もえぎちゃん、あんたには格別、深い繋がりがあるのよ」
「深い繋がり?」
「びっくりしないでね。真面目なことよ」
 鈴導ちゃんが真剣な顔になった。
「十数年前、この浜で産卵したウミガメの一匹が、ひと抱えもある大きな卵を産んだの」
「え? そんなバカな。ウミガメの卵って、手のひらに三つくらい乗る大きさじゃない」
「それが……その卵だけとても大きくて。産まれてきたのが、人間だったのよ。正座したカタチでね」
「……」
「……」
 もえぎちゃんも、ツバクも啞然(あぜん)とした。おいらも!

第五章 海亀の卵から産まれし子

 砂浜に足音がして、呼吟爺やがやってきた。
「そのウミガメの卵から生まれてきたのが、もえぎ、お前なんじゃ」
「あ、あたい?」
 自分の鼻を指差した。
「あたいは、旅の女が産んだ子だって、籠神社の宮司さまがおっしゃっていたわ。第一、そんなことあるわけが……」
「これが、証しじゃよ」
 呼吟爺やが岩の上に、脇に抱えてきた包みを開けた。それは油紙で包まれた、干からびた白いものと大きなウミガメの甲羅だった。
 一枚の古い紙が甲羅の内側に入っており、爺やが読む。
「ウミガメの産んだ子、籠神社のために一命を賭して働く子」
「そ、そんな。誰かの細工よ」
 もえぎちゃんは、首をふりながらも震えが止まらなかった。無理もない。おいらはもえぎちゃんの懐にもぐりこみ、元気づけた。
(しっかりしな、もえぎちゃん! おいらがついてる!)
「これは、海神さまからの文としか思えぬ……」
 呼吟爺やと鈴導が立った。
「どう? ツバク。もえぎがウミガメの卵から産まれた子でも、ずっと愛してやれる?」
 ツバクも目を見開いて、包みの中の卵の乾いたものや甲羅を見つめていたが、しばらくして、
「あ、当たり前さ! 俺は俺の知ってるもえぎしか知らない。誰から産まれてこようと、ひとりだけだ!」
「よし!」
 呼吟爺やが大きくうなずいた。
「それだけの決意があるなら、どこへ行こうと、もえぎを守ってやれるだろう」
「うむ」
 鈴導ちゃんもうなずいた。
 おいらともえぎちゃん、ツバクはポカ――ンとした。
「どこへ行こうとって?」

第六章 依頼

「何の話だ?」
 もえぎは鈴導ちゃんに尋ねた。
「実はね、もえぎ、ツバク。オマーンの国から本社の宮司さまに依頼が来ているのよ。白い座玉を持って、ひと仕事してきてもらいたいの」
「……、今、なんつった、鈴導ちゃん! オマーンの国だってえ~~~?」
「ええ。オマーンの国の娘が唐王朝の小国の王子様に見初められたんだけど、唐渡りの正座ができなくて困っている。そこで、父親である王様に承諾させ、あんたが正座を教えてやってもらいたいのさ」
 もえぎちゃんは飛びのいた。
「オマーン? インドを越えて波斯(ペルシャ)までは行ったことがあるけど、もっと西じゃないか!」
「唐王朝の小さな国の王子が、嵐の時に寄港したとかで、オマーンの宿屋の娘を見初めたんだもん」
 鈴導ちゃんは遠い国の話をして、けろりとしている。
「かなり遠いな。片道、船で三~四ヶ月はかかるな」
「ツバクについていってもらえばいい。あんたにぞっこんじゃないか! さっきの決意を聞いただろ?」
「あ、ああ」
「もし、小国の王様がオマーンの娘を息子が娶る(めとる)ことを反対したら、『海神のご意志で娘はウミガメの卵から産まれた』と言って、正座の所作を教えれば父親は断れない。上手くいくはずだ」
「な、なんだって~~? じゃ、さっきの話は……」
「オマーンの娘を妃にしてあげてください、とお願いする時のお手本だよ。あんたがウミガメの卵から産まれたはずはないじゃないか!」
 鈴導は、のけぞって大笑いして、もえぎちゃんは激おこしすぎて言葉が出てこない。
「り、り、鈴導ちゃ~ん! こんの~~! 許さないから!」
(こりゃひどすぎる!)
 おいらも砂地で足ダンッ☆して怒った!

第七章 オマーンの国

 何やかんやで、何カ月も船旅をして、オマーンという国へ来てしまった、もえぎちゃんとおいら。そしてツバク。
 鈴導ちゃんは、『困ったことがあったら、これを鳴らすんだよ』と言って鈴を持たせてくれた。どうやったら鈴の音が届くんだろ?
 来る日も来る日も青い海の旅で、時々、嵐にも巻き込まれたけど、急に砂がいっぱいの国へ来たぞ! 海から崖が切り立つ町へ着いた。白く長い服をずるずる着たおじさんがいっぱい働いてる!
 暑いから、もえぎちゃんが皮袋に白い座玉と一緒に入れてくれた。不思議なことに白い玉はひんやりしている。
 そっと顔を出して覗くと、ラクダっていう大きなのが歩いてる。怖いよ。でかい目玉に食べられそうだよ。可愛いおいらが食べられたら、どうしよう? え? これの背中に乗るの?
 ツバクもラクダを借りて、おいらたちの後ろを歩いてきた。
 石みたいなので造られた白い家がいくつか建っているオアシスってところに来た。空の一部分を切り取ったみたいな湖がある。
「この村に、唐の王子に見初められた娘が住んでいるらしいよ」
「何か手がかりは?」
「宿屋の娘でぽっちゃり系の『白い玉』って意味の名前なんだって」
「そういえば、白い座玉はどこだ? もえぎ」
「ばっちり、いつもふところに抱いているよ」
 おいらが皮袋の中で座玉の上に乗ってるよ。ひんやりひんやり。

 王子が泊まったのは、大きな宿屋に違いない。ツバクが、村で一番大きな宿を尋ねると、すぐに分かった。
「へい、いらっしゃい」
 お腹の出っぱった青いターバンを巻いたおじさんが、奥から返事をした。
「お前さんたちは異国の人みたいだね」
「こちらに娘さんはいるか?」
「娘なら8人いるが」
「う~ん、『白い玉』っていう意味の名前の娘さんは?」
「白い玉? 真珠ならドゥッラがいるよ」
 もえぎちゃんとツバクが顔を見合わせた。
「そのドゥッラちゃんのことで話があるの」
(鈴導ちゃんからもらった鈴、役にたつわ! おじさんのしゃべる言葉が分かるんだもの)

「なあにい? 父さん。私にお客って。友達とお茶会の最中だったんだけど……」
 ドゥッラという娘さんが、宿のひと部屋にやってきた。手にはおやつのようなものを持って口をもぐもぐさせている。
 おいらは皮袋から顔を出して、どうなるかワクワクしていた。見事なぽっちゃり系だ。民族衣装を着けていても分かる。丸まったら玉になりそうだ。
 この娘さんに、唐の王子とやらが一目惚れしたのか……。もえぎちゃんの方がスタイル良くて可愛いと思うけどなあ。
 黒い被り物のせいで顔が眼だけしか分からない。おやつを食べる時は隙間から口元にパクッとしてしまう。
「ドゥッラさん、私たちはあなたをお妃に迎えたいと思っていらっしゃる唐王朝の張王のご子息からのお使いで参りました」
 もえぎちゃんが説明すると、おやつを喉に詰まらせて胸をドンドン叩いた。
「そのお話は、ご子息の父上が反対されたとお聞きしましたけど……」
 早くも涙が溢れて、鼻がグスグスいう音がした。
「よいのですか、諦めても。あなたもお話をお受けしたいと思っておられるのでは……」
「浩然(ハオラン)王子様をお慕いしております! でも……私なんかがお妃に……。あれ以来、ショックでショックで食欲が止まらないのです。それで、こんなにまん丸になってしまい……」
 あ、ストレスが食べることに向く方だったんだね。おいらは納得した。
「ドゥッラさん、あなた、ご自分が誰だか分かっておられない」
「砂漠の国のちっぽけな宿屋の娘です」
 もえぎちゃんは強く首を横に振った。夕暮れ迫る窓を開け放った。
「この海岸はウミガメたちの産卵場所。毎年、たくさんのウミガメが産卵するでしょう」
「ええ」
「あなたは、ウミガメから産まれた海神の使いなんです」
「私がウミガメから産まれた? お客様、お戯れ(たわむれ)を」
 あの時のもえぎちゃんと同じように拒絶した。
「戯れではありません。あなたは海神さまと唐の国の橋渡しなのです」
 そこへ、青いターバンの親父さんが入ってきて、
「実はそうなのだよ、ドゥッラ。お前は大きなウミガメの卵から産まれたのだ。母さんが夢に現れたウミガメから予言を聞いて、こんな大きな卵を産んだのだ」
「母さんが?」
 もえぎちゃんはふところから白い大きな玉を取り出した。拍子においらも飛び出した。
「私たちは唐の東に位置する、倭国の者です。倭国の籠神社の者。これがその証拠の座玉と申します。これがあれば楽に正座ができます」
「なんて立派な純白の玉……」
「お前もちょうど、これよりひと回り大きい玉から生まれたんだ!」
 親父さんが指さして言った。お母さんが産んだ卵なら、やっぱり本当のことなのかな?
「私たちが唐の国までお供しますから正座をしてお見せし、王様にご子息とのご婚約を認めていただきましょう。それが海神さまのご意志なのです」
「そうとも。お前が王子様と結ばれるのは十分、資格があるんだ。ウミガメの卵から産まれたんだから!」
 もえぎちゃんは、見事に宿屋のご主人を騙し……いや、ウミガメの卵から娘が生まれた説は本当だったみたいだ。えええ?

第八章 鷹が白い座玉を

 帰りの船旅――、先っちょの尖がった長細い舟、三角の帆が高い高い船で長いこと旅をした。
 来る日も来る日も青い海と青い空ばかりで、嵐も乗り越えて、おいら、飽きちまったよ! 暑いから座玉の入ってる袋から、あんまり出られない。
「コタタ。退屈そうな顔してるね。もうすぐ唐の国の港に着くからね」
 え? 唐の国? 寄り道するの? まだ丹後の国へ帰るんじゃないのか……。

 唐の国の大きな港に着いた。いっぱい色んな肌の人がいる。おいらは座玉の袋に入ったまま、もえぎちゃんに担がれて船を下りた。またラクダがたくさん待ってる。アイツら、まつ毛長いくせに、ツバかけたりしてお行儀よくないから好きくない。
「コタタ、どこ見てるの? こっちの馬車に乗るんだよ」
 馬が二頭引っぱるきれいな屋根のついた馬車が待ってる。
 上を見上げると、トンビが飛んでる。――と、思ったら、鷹だ! うわぁ、おいら、鷹は大の苦手だ! 草原でたくさんの仲間がさらわれたんだもん。
 
 ツバクは馬に乗って、馬車にはもえぎちゃんとおいらと、ドゥッラっていうオマーンの国から連れてきた娘っこが乗る。
 ずっと全身隠れた黒い民族衣装を着ていたけれど、馬車が動き出して初めて顔を出した。
 わあ~~。なんて深い真っ黒な瞳だ! 星が輝いている、きれいな瞳! 浅黒い肌だけど、そこがまたいい!
 こんなに可愛いのに、黒い民族衣装をずっと着ているのは勿体ないや。ぽっちゃり系で、身体をくるくる丸めたら、座玉みたいにまん丸になりそうだ。
「うさぎさん、私、ドゥッラ。船ではお話できなかったわね。よろしくね」
 お? ナデナデしてくれるの? 気持ちいい~~! うしゃしゃ〜い!
「おいらはコタタ。もえぎちゃんに草原で拾われて育ててもらったんだ」
「可愛い。ふわふわの毛だね」
 可愛い? 今さらそんなこと言われても、よくみんなから言われるから、どんな返事すりゃいいんだ……。
「私、唐の国は初めてよ。知らない王様にお会いするからドキドキするわ」
 だ、大丈夫だよ、もえぎちゃんがついてるから。頼りがいあるんだぜ。
 いきなり、馬車がガタン! と傾いた。
 岩が混じったガタガタの道だから仕方ないけど……、あっ! 白い玉がもえぎちゃんの皮袋からコロコロと転がり落ちた。そのまま岩原を転がっていく! おいらのせいだ! おいらが取り戻す! 馬車を飛び出して後を追った。
 空からバサバサと音がして、大きな翼の影が来た。鷹だ! うわ~~、おいら、捕まっちまう~~!
 と思った瞬間、抱き上げられた。
「コタタ、危ないじゃないか!」
 鷹は鋭い爪で何かをガッシりとつかんで飛び上がった。白い玉だ! わ~~! わ~~! 鷹が白い玉を!
「あっ、あの鷹、大切な白い座玉を……」
 ツバクが馬をとばして追いかけたが、鷹の姿は原野の果てへ飛び去ってしまった。
「まずい――! 白い座玉が無ければ、ドゥッラを王様の前で正座させる時に困る!」
 もえぎちゃんが馬車を下りて、鷹の飛んで行った空を睨みつけた。

第九章 王の屋敷へ

 張王様の元へは、ドゥッラさんを送っていくことは知らせてあるらしい。待たせんぼうしたら、よけい反感買うと思ったもえぎちゃんは、とりあえず王様の屋敷に向かうことにした。
 検問所では、ハナ垂れ坊主の「ぺき」が預かっていた唐の国の通行札を見せれば、すぐに通された。
 途中で兵隊が二十人ほど待っていて、馬車を囲んで護衛してくれた。
 いよいよ屋敷に着き、おいらたちは馬車から下りた。
 門番の兵士も立っていて、かなり立派なお屋敷だ。皇帝陛下の息子である王様の住まいだもんな。岩でできているオマーンの宿屋のねぐらじゃないもんな。
 もえぎちゃんが手を貸して、ドゥッラさんを馬車から下ろした。また黒いヴェールを被ってる。
 玄関を入ると長い廊下が続き、女官が並んでいる。
 王様に会う「謁見」ていうのは次の日なんだそうで、ドゥッラさんはその晩、もえぎちゃんから正座の所作を何回も教えてもらった。
「いい? 真っすぐ立って膝はゆっくり床に着くでしょ。衣は手を添えてお尻の下に敷きながら、かかとの上に静かに座る。これだけよ」
 ドゥッラさんの国は、1日に5回も神様に土下座してお祈りするんだとかで正座によく似た座り方をする。だから、正座もお茶の子さいさいで覚えてくれたみたいだ。

 おいらは眠くなって、絹の布団の寝床で途中から寝ちゃった。
 朝早く目が覚めたら、知らない青年が来ていた。張王様の息子の浩然(ハオラン)王子様だって。
「ドゥッラ、遠い海を越えてよく来てくれた」
「あなたが海神さまにお願いしてくださったのでしょう。倭国からの使いに私を迎えに行き、唐の国まで送るように」
「海神さまが私たちを憐れんで、気を回してくださったんだよ、きっと」
 はははと笑った王子は、のんきすぎ? 誰の一目惚れのために何か月も船で旅して、あんな熱い国へ行ったと思ってるんだか。
 ご褒美に、甘い甘い果物もらいたいよ!
「じゃ、また父上のところで」
 浩然王子はドゥッラさんのオデコにちゅーして、部屋を出ていった。
 まったくのんきなんだから!
 もえぎちゃんはツバクとどこかへ出かけていて、窓から部屋へ帰ってきた。ツバクは大きなものを廊下から引きずってきた。黒い布に包まれている。なんだかうめき声がするぞ。
「静かにしな。ここは王様の居所だ」
 もえぎちゃんがドスの利いた声で、うめき声を黙らせた。

第十章 謁見室で

 次の日の午後、おいらたちは王様から呼び出された。
「謁見室」というところに行くと、めちゃんこ豪華な絨毯が敷かれた部屋の奥には、唐の金ぴかな着物の王様らしいおじさんとお妃さまらしいおばさんが、立派な椅子に座って待ち構えていた。
 もえぎちゃんたちが進み出て正座し、額に手を組み顔を伏せた。おいらも隣で「香箱座り」した。
「倭国の籠神社の使いでございます」
 王様は楽にするようにと言い、もえぎちゃんは「感謝します」と言って立ち上がった。この国では立つ方が楽らしい。
 後ろには、ドゥッラさんとツバクが控えている。
「この度、オマーンの国の娘を迎えに行きお連れしてまいりました。こちらが、浩然王子様が旅先で嵐に見舞われた時に、介抱したドゥッラ嬢にございます」
「ここ張王国では、都においでの皇帝陛下の命により、正式に座る時は『正座』と決められている。その娘にできるかな? できなければ王子の正室にすることはできぬ」
「元より、承知しております」
 もえぎちゃんがドゥッラさんを振り返ってから、王様の御前に進み出て黒いヴェールを取り去った。美しい瞳があらわになって、王様と王妃様は少し驚いたようだ。
 そして、昨夜、もえぎちゃんから習った通りの美しい正座の所作をして両殿下に額づいた。
「おお、これは……」
「どこに出しても恥ずかしくない正座ですわね」
 王様たちは小声で褒めたようだ。
「この娘は、オマーンの海岸でウミガメの卵から孵化(ふか)して生まれたのです。当時の卵の殻、海神さまからのお文も持参してございます」
 ふふふ、もえぎちゃんが騙されかけたヤツだな。
「正座など生まれる前からお手のもの。卵の中で正座していたのですから」
「な、なんと?」
「それと、王様にこの娘の献上品として、大変重宝な品をお持ちいたしました」
「重宝な品?」
「はい。港からの途中でも目ざとい者が、鷹を使って奪おうとしましたが、取り返しましてございます」
 おいらは耳をピクッとさせた。
 もう取り返しただって? さすが、もえぎちゃん!
 肩の上のおいらに向かって、鈴導の巫女から借りた鈴をチラッと見せてにんまり笑った。鈴導の巫女に何か頼んだんだな。
「娘、証拠を見せよ」
 ツバクが大きな布袋を引きずってきた。
 そして、一気に袋から大男を引きずり出した。男はようやく袋から出られて荒い呼吸をしている。
「ああ、苦しかった」
「お、お前は? 鷹匠のなんとかいったな、お前か」
 張王様は男に見覚えがあるらしい。こんな大男、一回見たら忘れないよな。
 巨体と共に、白い玉が転がり出た。

第十一章 白い座玉の効力

 正座をしていたドゥッラが、ズルズルと床に倒れた。おいら、びっくり!
「ああ、足が……」
 注意をそらすように、もえぎちゃんが王様に向かって、
「正座をなさる時に、何かお困りになることはございませんか? 国王殿下」
「困ることか。長く正座をしていると、足が痺れることであろうか?」
「その悩み事に、この白き玉は効力を示すのです」
 もえぎちゃんは転がり出た白い玉を拾い上げ、正座しなおしたドゥッラの膝の上に置いた。
「こうしてしばらくすると痺れが治りますからね」
 ドゥッラは目を丸くした。
「しかも一度乗せるとその日は、二度と痺れなくなるのです」
「なんと!」
「張王様は椅子から乗り出し、王妃様も檀上から下りてきて白い玉を手に取った。
「殿下、これは望んでもめったに手に入らぬ品ですわ! 昨年、皇帝陛下にお召しされた時、痺れにお困りだったでしょう」
「これ、声が高い! うむ……うむ。さすがは海神さまからの贈り物だ」
 袋から出された大男は、足に巻きつけられていた流星錘(りゅうせいすい)を外された。ブン! と投げて目標にオモリを巻きつけるクサリ付きの武器だ。カッコいいけど、コワいよお、あれが鈴動の巫女が与えた武器なのかな? 
 鷹が白い玉をつかんで飛んで行こうとした時、もえぎちゃんが地上から鷹を操っていた大男の足に投げつけたらしい。
 大男は王様の命令で地下へ連れていかれた。
 白状したことは、
『兄王のところへ白い玉が運ばれてくるかも? と睨み、配下の者が、もえぎちゃんとおいらたちを港で待ち構えていたこと、これは弟の謀反らしい』。
「むほん」って何だろう?
 急に城の中が物々しい気配になった。
 張王様は、ただちに弟の一派を役人に捕まえさせたんだって。

第十二章 永遠に神社のため

「謀反人が判り、正座の痺れを防げる神品(しんぴん)まで手に入るとは! これも皆、オマーンから来た娘御のおかげだ」
 王様は正座して礼をした。ドウッラさんは慌てた。
「浩然王子殿下が私などを見初めてくださったおかげです」
「ドゥッラさんは、ウミガメの卵から産まれてこられた方。つまり、海神さまの使い。それを王子様が発見されたのですよ」
 もえぎちゃんが言った。後で、「ウソも方便」とか言うに決まってるんだ。

 浩然王子が謁見室にやってきた。
「ドゥッラ、聞いたぞ、お手柄じゃないか!」
 ふたりは見つめ合った。
「王子よ。異国の娘を娶るなどもっての外と思っていたが、この上なき嫁だ。さすがウミガメの卵から産まれた娘だ」
「では、父上、お許しくださるのですか」
「もちろんだ。娘御、すぐに輿入れの支度をせよ」
「ありがとうございます」
 ドゥッラと王子は並んで正座した。

 もえぎちゃんとツバクが部屋を出ようとすると、王様が、
「待ちやれ。お前たちは何ゆえ、そのように詳しいのだ?」
 もえぎちゃんとツバクは、左腕の内側のウミガメの刺青をお見せした。
「我らは、倭国の籠神社の警護を担う者にございます。ウミガメは、神社の神紋の六芒星を表すもの!」
「我らの結束と誓いは、永遠に神社のために尽くすことにございます」
 ツバクが言い添えた。
 カッコいいぞ、ツバク! もえぎちゃん!
 おいらは、ふたりの足元を無限大のカタチにくるくる走り回った。

 ドゥッラさんを王子様の元に戻し、海岸まで帰ってきた。
 しばらくの間に、もえぎちゃんは布の包みを背負って戻ってきた。
 広げてみると、ウミガメの甲羅と白い卵の乾いた殻と、ぼろぼろの文だった。もえぎちゃんはその文に何か書き加えた。
 おいらは読めないから、もえぎちゃんが読んでくれた。
「海神さま。あなた様の娘のひとり、ドゥッラを無事に唐の王朝へ嫁がせることができます。――籠神社の警護、海都一族の者より」
 甲羅に卵の殻と書き加えた文を戻し、波打ち際から海へ流した。甲羅は大海へ流れ出ていき、小さく小さく見えなくなっていった。
 これで、海神さまからの依頼は果たせたし、ドゥッラさんも幸せになれるんだな……。
 倭国の丹後への帰りの船に乗り込むと、もえぎちゃんが、甘い果物を持ってきてくれた。そうそうこれ! 黄色くて長いの。ばななとかいうの。
「うしゃしゃ〜い!」
 おいらはもえぎちゃんの膝の上で、これさえ食べられりゃ、難しいことはどうだっていいや。


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